□ 万獣の詩 〜猫井社員、北へ往く〜  
 本編。比較的まじめな話。シリアスな話や暗い話、小難しい話があったり。  
 最終的には3Pとか浣腸とかネジ緩んで来るんだけど序盤はエロ皆無。  
 
□ 万獣の詩 〜MONOGURUI〜  
 外伝。常に死狂ってるギャグ小説日和。上記の通り萌えと笑いが重視。  
 登場人物が何故か美しい日本語を使ってるのに関しては、無作法お許しあれ。  
 
 
の二本立て。基本路線はどっちもほのぼの。  
 
 
<警告事項>  
 ・ヒトが登場しない。  
 ・マダラ(人間型♂)や、ケダマ(獣人型♀)も同様。  
 ・必然的に獣人型♂の比率が高いので、猫耳OK獣人NGの人にはお奨め不能。  
 ・大長編ドラえもん。50〜100KBの話が全部で10〜20個。  
 ・エロ(絡み場・ベットシーン)は全体の1/4〜1/5。  
 ・序盤は非エロが続く。  
 ・アブノーマル属性の話は事前に警告。  
 ・兎の国の設定は兎の人氏の十六夜賛歌にほぼ準拠。  
 ・本文の長さが長さだし、国の設定とか登場人物とかもごちゃっとしてるんで、  
 あとで設定擦り合わせ用の要点まとめとかを避難所あたりにでも。  
 
 
 
 
=─<Chapter 1 『C.E.S.』 in >───────────────────────‐= 
 
 
 音封石への魔力注入を一旦切る。 
 …この先を求めてインタビューを続けるべきか、一瞬迷ったからだ。 
 確かに僕はジャーナリストだけど、それでも他人の、 
 それも一個人が密かに胸の内に秘めた秘密や過去の過ちを暴き立てて喜ぶほど 
 性根の卑しいイヌではないと自覚しているつもりだった。 
 でも―― 
 
「あの……」 
「あらあら、構いませんわ」 
「そうそう、僕達の事をよく分かってもらう為のインタビューなんだしね」 
 ――当の本人達にニコニコと笑って許可を出されては、 
 人々に真実を伝えるジャーナリストとして、もう目を逸らす事は僕にはできない。 
 
 音封石への魔力注入を再開しながら、意を決して核心をつく質問を放ち、 
「ではその、奥さんが今胸に抱いてらっしゃるお子さんは、つまり、 
奥さんと旦那さんの子ではない、別の旦那さんとの子供だと……」 
「ええ」 
 …にっこり笑ったウサギの奥さんが、何でもないようにそう言葉を返す。 
 
 記録中である事を示す音封石の淡い燐光が、今だけは妙に間が抜けて見えた。 
 
 
 
=─<1-1 : Laski Greenall in : monologue >──────────────────= 
 
 
 僕の名前はラスキ。 
 イヌの国のテレビ局の特派員で、取材記者だ。 
 …元はあの『乙女の祈り』『紳士の嗜み』の発行元で有名な某出版社の 
 二級記者だったんだけど、20年くらい前にあったちょっとした事件をきっかけに 
 今の仕事場に半ば強引に引き抜かれてしまって現在に至る。 
 
「おみゃーみたいにゃユーシューにゃ人材を、まだ若いからってだけの理由で 
二級記者のまま据え置いとくだにゃんて、ホント『ネンコージョレツ』にゃんてもんに 
意固地に拘るイヌの考え方が分からんにゃ。にゃははははははははは」 
 そう言って腰に手を当てて笑った局長さん(女性)が、 
 主任記者の地位と倍の給料という待遇で僕を迎え入れてくれたんだけど、 
 でも待っていたのは出版社時代よりも遥かにキツくなった仕事の数々。 
 
 …列車強盗に出くわしたり、白熊の国へ取材に行く途中で雪山遭難しかけたり。 
 戦乱地域であるヘビの国の現状をドキュメンタリーしてる最中、 
 いきなり飛んできた矢に600セパタもする映像記録機材が壊された時なんかは、 
 それだけでもう頭が真っ白になって、どっかに魂が抜けそうになった。 
 …心臓に、心臓に悪いよこの仕事。 
 …正直二級記者として『乙女の祈り』で「今月の占い」や「ダイエット特集」なんかを 
 地味に書いていた方が良かったと、後悔してももう遅いんだろう。 
 
 ただ、それでも僕がこの仕事を続けているのは 
 やっぱり忙しい以上に「必要とされている」って事を認識できるからでもあって。 
 
 テレビ局……魔洸テレビは、比較的新しいメディア媒体だ。 
 石版や土板、巻物の書写にまで遡れば数千年、 
 活版印刷に限って言っても数百年の歴史を誇る書籍媒体と比べれば遥かに若くて、 
 でも一部のとても高位の魔法使いや、国宝に相当するような凄い魔具にしか 
 出来なかった「音声付き映像の記録・保存・転送・出力」を、 
 魔洸と科学の力で魔力のない人にも扱えるよう一般化した凄い技術。 
 
 もっとも、それでもまだ高価な技術であるという事には変わりないから、 
 ネコの国を除いてはイヌの国でも上流階級の家庭や軍事施設。 
 …あとはこの国みたいな高度に安定かつ生活の豊かな高密度都市国家や、 
 トラの国や狐耳国、獅子国ら辺のごく一部の物好きぐらいしか 
 保有している人がいないマイナーなメディアだってのも反面で事実なんだよね。 
 せっかく電波塔を建ててもすぐに壊されてしまう、 
 イヌやオオカミの地方辺境、内乱状態のヘビやカモシカの国なんかじゃ、 
 全く縁の無い代物とさえ言える。 
 
 …それでも局長さんや、(うちの局のイヌの国支社の)支社長さんは、 
 腰に手を当てて見えない夜空の一番星を指しては、 
 
『これは大陸史に残るメディアの変革にゃ! 俺のメディアはレボリューションにゃ! 
今はへっぽこかもしらにゃーが、技術革新でローエンド&ローコスト化が進めば、 
200、300年後にはどの国の一般家庭にもテレビが一台なんて光景が広がってるに 
違いがないのにゃ。猫井のコタツが、猫井の冷蔵庫が、猫井のテレビが、 
あらゆる種族の家庭にお茶の間アイドルとして君臨する日も夢じゃにゃーのにゃっ! 
にゃはは、にゃははははははは、にゃーっはっはっはっはっはっはのはーー!!』 
 
 と肩を抱き合っては高笑いし、 
 
『猫井の技術はッ!?』 
『世界一ィィィイイイイ!!』 
 
 僕や他の人が見ている前だというのに、変なポーズを取って高らかと叫ぶんだ。 
 (…ああ、職場がバレてしまった。…そうです、僕は猫井TVの特派員です) 
 ……うん、テンション高いよね。仕事はデキる人達なんだけどね。 
 
 とにかくこの人達と一緒にいると、この人達の下で働いてると、疲れて、疲れて、 
 疲れて疲れて疲れて。 
 
 ――でも。 
『そーゆーわけで、ラーーーースキ君、おみゃーの力が必要にゃー!』 
『猫井TV百年の計のために、骨身を削って一歩一歩を歩むのにゃ!』 
 ……悪くはないと、思ったんだ。 
 
 流石にまぁ、200年後、300年後には世界中に魔洸テレビが溢れかえってるという 
 凄い光景を想像して――『それはない』、『ありえない』と苦笑したけど。 
 ……でもこの人達が僕というイヌを必要としてくれる、不可欠としてくれる以上、 
 そこに仕える事に、従う事には何の疑問も躊躇いもないと思ったんだ。 
 
 
 
 グリノールブリッジ家の庶子、手付けで生まれた混じり子の僕を、 
 父さんだけは目に入れても痛くないくらいに可愛がってくれたけれど。 
 …でもだからこそ異母兄(にい)さんや異母姉(ねえ)さん、義母さんにとっては、 
 僕は邪魔な子、要らない子以外の何者でもない障害(もの)らしかった。 
 高等魔導院――魔法学校の寄宿舎3年目で父の死の知らせに呼び戻された後、 
 いきなりの軍に入れとの異母兄さんの命令を拒んだら、 
 『分配分』だという僅かばかりのお金を突き付けられ、あとは家から放り出された。 
 
 幸い、学院時代の悪友との付き合いで庶民生活には慣れてたから、 
 アルバイトを経て雑誌記者の仕事にありつくまでの苦労は少なくて済んだけど。 
 …でも子供の頃可愛がってもらった老従僕が、 
 20年程して憤りを胸に僕の事を探し当て(探偵を使ったらしい)訪ねて来て言うには、 
 明らかに分配がおかしい、遺言の執行に不義不正があったとの事。 
 何でも家督と領地、家屋敷といった身分・不動産財産こそ異母兄さんが継いだけど、 
 純血の慧芒種でない僕の社会的地位を考慮して、 
 僕には相当量の動産や、父さんの個人的財産が分与されていたのだという。 
 学院も中退ではなく卒業まで、それが父さんの意志だったらしい。 
 
 そう僕に伝えた上で、これは不義である、然るべき手続きをもって 
 訴訟裁判に訴えるべきだとする彼の申し出を、……僕はやんわりと断っていた。 
 父の忠臣であった彼に、だけど庶子の自分に対して、決して豊かではない 
 グリノールブリッジの財産を不用意に割き与える父の行為の社会的なまずさを諭し、 
 裁判沙汰にする事で、しかしグリノールブリッジの醜聞が世間に広く露呈する事、 
 そんなお家騒動を理由に、懲罰や転封を受ける危険性を説く。 
 …そうして、自分が父に愛されていた、こうしてお前がそれを伝えに来てくれた、 
 それだけで自分は十分だ、十分嬉しい、ありがとうと。 
 
『ぼっちゃま! これは不忠私めの独り言にございますが!』 
 愚直な彼は、濡れた鼻先をちり紙で一つ噛むと感極まった様子でそう叫んだ。 
『現グリノールブリッジ家当主は、いささかに身贔屓の過ぎるきらいがあり! 
先代より仕える古老忠臣をないがしろにしては、己が知己たる若輩のみを登用! 
耳に痛き言葉を述べる者を遠ざけ、甘きを述べる者のみを侍らせております! 
武勲には優れども勘気の過ぎる様、配下領民に恐れを抱かせ心離るる事甚だし! 
先代の奥方様にもそれを嗜めるそぶりなく、事態の拍車を招いております!』 
 ――ああ、それは知っているよ。 
 風の噂に1,2度聞いたからね、今のグリノールブリッジの当主は暗君だって。 
 軍功は上げても、領地経営の方はないがしろ、 
 古くからの有能な忠臣ばかり流出させて、お気に入りばかり登用してる、 
 「武芸」「魔法」には一流でも、「君主」としては三流だって。 
 
『私めも散々諫言致しましたが力及ばず! このままでは亡くなった先代に 
合わす顔がございません! ぼっちゃま、なにとぞ、なにとぞ――』 
『声が大きい、ステュワート』 
 ――誰に聞かれているか分からない、月の無い夜ばかりじゃないんだぞ、と。 
『お前の息子夫婦や孫が、職を失って路頭に迷う様を見たいのか?』 
 ――不用意な事は言うもんじゃない、もう少し自分の身の上に気を遣え、と。 
『これ以上醜聞を増やせというのか? 貴族院の連中に取り潰しの口実を?』 
 嫁いだ異母姉はともかく、異母兄と義母は、その様子じゃ未だに僕を憎んでるだろう。 
 10年前でさえ孤立していたのに、そんな今のグリノールブリッジに戻ったとして、 
 果たして僕がどれほど立ち回れるか、タカが知れてるというものだ。 
 …毒を盛られるのも、川に浮かぶのも、ならず者に襲われるのもごめんだし、 
 異母兄さんや義母さんにそんな手管に走らせるのもごめん。 
 ……僕がいけないんだ。 
 汚れた血の子が、けれど父さんの寵愛を一身に受けたりしなければ。 
 混じり子の方が、正しい血の子より父さんの若い頃の容姿に瓜二つでなければ。 
 …異母兄さんも義母さんも、きっと今頃立派な領主と領主の母であったはずだ。 
 何より、 
 
『……「優秀」であれば「正統」でなくてもいい、そんな道理が通るとでも?』 
『……っ!』 
 本当は分かっているのだろう、老僕もギッと口を引き結んで押し黙る。 
 
 「優秀であればどこの馬の骨でも王となる資格がある、なってもいい」 
 ……そういう状態を、でも【戦国状態】とか【戦乱状態】とも呼ぶ。 
 優秀なら、実力さえが全てというのなら、それはただの弱肉強食の獣の世界。 
 
 「実力主義」は、確かに全ての人間に等しく可能性を与えるけど、 
 でも、同時に「無能無才の人間は何百年頑張ったってダメ」という絶望も押し付ける。 
 自分よりも遥かに若い能力ある人間がどんどん昇給昇格していく様は、 
 真面目にコツコツやるしかない、それしかできない者達のやる気を著しく奪うだろう。 
 古臭い、年寄り臭いと呼ばれる「年功序列」の良いところはそこだ。 
 凡才でも、真面目に頑張ればそれなりの地位まで行ける事を保障するシステムは、 
 全てのより劣った、より弱い、より無能な人間達に希望を与える。 
 「努力したって報われない時は報われないんだよ」なんて残酷な事実は突きつけない。 
 「ダメな奴は何をやったってダメ」なんて絶望は押し付けない。 
 
 前者が成り立つのはネコやトラ、ライオンみたいなネコ科の社会においてだけ。 
 イヌみたいな群れる種族、ヘビのような猜疑心の強い種族でそれをやれば、 
 まず間違いなく社会形態が破綻する、現にヘビは未だに小国分立の戦乱状態だ。 
 
 …皆が皆、そんな強い人間じゃない。 
 完全な弱肉強食、実力主義の社会にあってこそ、尚生き生きと輝く人がいる一方で、 
 そんな社会に放り出されたら、すぐに疲れて、神経衰弱に陥ってしまう人がいる。 
 いつ寝首を掛かれるか、いつ裏切られるか、いつ今の地位が崩れるか、 
 今日正しかった事が明日も正しいとは限らないなんて、そんな恐怖に耐えられない、 
 …だから作ったんじゃないか、安心できる為に、怯えて眠れぬ夜を回避する為に。 
 
 王族、貴族、平民、賤民。 雑種と血統種。 年功序列。 法律と制度。 
 …それは疑問を持ってはいけないもので、永遠に書き換えられてはいけないものだ。 
 どれだけ能力があっても覆せず、どれだけ優秀であっても覆せず、 
 「だから」誰もが安心できる、自分の地位が脅かされない事に、枕を高くして安眠できる。 
 絶対だから、磐石だから、どうしようもないものだからこそいいんだよ。 
 「どうしようもないもの」なら、皆で一緒に「諦められる」。 
 
 ネコみたいに、誰もが新しい自由と変化を求めてるだなんて、思わないで欲しい。 
 あらゆる他人の妬みや恨みを跳ね除けて、金を、物を、自己の快楽を追求し、 
 でも「それがどーした!」と胸を張れるような、強い人間ばかりだと思わないで欲しい。 
 イヌは、弱いんだ。 
 ……もちろん、僕も含めて。 
 
 
『帰ってくれ』 
 背を向けて、諦めてくれと言外に滲ませながら老僕に退室を促す。 
 ……この浅ましい性根が、けれど僕が「混じり子」である事の証左なんだろう。 
『帰ってくれ』 
 グリノール家は、あるいはこのまま凋落し衰退していくのかもしれない。 
 その領民は、やがて飢えと寒さに苦しむ事になるのかもしれない。 
 ――でも、それが僕になんの関係があるっていうんだ? 
 
『……もう放っておいてくれないか、こんな「雑種」の事は』 
 
 
 僕は「正統」じゃない。僕ではできない。僕にはそもそもどうしようもない。 
 買い被りだ。 
 ……僕は、「混じり子」であるという事への風当たりや誹謗中傷に耐えつつも、 
 正妻であった義母さんや異母兄姉達を退けてまで、 
 領主として、当主として、民の命を預かりながら権謀術数渦巻く貴族社会を 
 生き抜いて行こうと思えるほどの、意思も、勇気も、胆力も無い。 
 権力になんて、興味ない。 
 …為政者の、上に立つ者の責務だなんて、負いたくないし、耐えたくない。 
 
 父さんの事は愛していた、愛していたけど、でも大嫌いだったよ。 
 …どうして庶子である僕の事なんかを溺愛したんだ、家が割れるのを解っててまで。 
 僕のせい、異母兄さん達の事を可哀想とは思うけど、でも大嫌いだよ。 
 …あんな針のむしろ、嫌味と嫌がらせと悪意の渦巻く家に、どうして今更戻れって。 
 そしてステュワート、お前の好意もすごい嬉しいけど、大嫌いだ。 
 …お前だって自分じゃどうしようもないから結局僕を頼ってる、結局他力本願だ。 
 
 皆が皆、少しずつ責任を放棄して逃げを打ってるのに。 
 ……なんで僕一人だけがバカ正直に、全部を背負い込まなきゃいけないんだ? 
 王は、領主は、指導者は。 
 ……なんでも責任を押し付けられる、下の者達の為の便利屋じゃない。 
 
 
『……申し訳ございません、出過ぎた事を申しました』 
『…………』 
 
 
 それで、おしまいだった。 
 そのままステュワートは、顔を背けたまま振り返ろうとしない僕の背後で 
 アパートの扉を開けて退室していった。 
 その後僕は猫井TVに引き抜かれる事になり、 
 その関係で住所も変更したので、それ以後彼との面識も無い。 
 
 新しい職場で大陸の各地を飛び回る日々は忙しく、 
 だけど毎日が新鮮な驚きと刺激に満ち溢れていて。 
 やたらとハイテンションでノリのいい、おバカ局長の下での主任記者としての仕事も、 
 それはそれでプレッシャーは感じずに伸び伸びと仕事をする事ができた。 
 ……局長と支社長が、一体『乙女の祈り』編集部時代での僕の何を買って 
 引き抜いてくれたのか、それだけはちょっと分からずじまいのままだったけど、 
 でも僕の仕事に対する局長の評価は、 
 給料のアップと任された部下の数という形でこの20年間に確実に上がって行き。 
 千人、万人の命を預かれなんて言われたら困るけれど、 
 10人、20人くらいの部下や後輩の面倒見なら、僕もそれほど苦痛ではなくて。 
 
 目まぐるしく日々は過ぎ―― 
   ……時にグリノール領の噂を聞くことはあっても、耳を塞ぐ。 
   ……『あれ』も、『それ』も、僕のせいじゃない。 
 ――そうして20年という月日が記者生活の中で過ぎ去って来たのだけど。 
 
 
 
 ……それでもこのウサギの夫婦の発言は、 
 散々異文化との接触にも慣れたはずの僕にとっても衝撃的だった。 
 
 
 
=─<<1-2 : a married couple of rabbit in : 5th day PM 2:37 >>──────────‐= 
 
 
「ええと、その、それはつまり――」 
「もちろん避妊は心掛けてたんですけれど。…今日は絶対に安全な日だからって 
油断してしまったのがいけなかったんですよねぇ」 
 ほぅ、とため息をつく、どこから見ても若奥様といった様子の白ウサギの女性。 
 
 素朴だけれど、どこか人懐っこさを感じさせる可愛らしい女の人だ。 
 病弱というよりは純粋無垢という印象を放つ雪色の白髪が、 
 ぱさりと首の横から胸元へと柔らかく零れ、 
 半年前に二人目を生んだばかりだというふっくらとした胸では、 
 当の女の赤ちゃんがすやすやと寝息を立てて抱かれてる。 
 
 そんな彼女の傍らに立つのは、これまた普通な半人半獣の灰色兎の男性。 
 ヒトが見たならラグビーボールに近いと感じる楕円形のウサギ頭。 
 灰色の毛に覆われた顔の中央にはやはり競技用球のような白地の線が一本走り、 
 短めの耳と合わさって「美麗」や「精悍」と印象とは程遠い分、 
 その代わり「人好きのする愛嬌さ」を感じさせる親しみ易い顔立ちをしてた。 
 
 そうして二人とも真っ赤な、…いかにもウサギといった感じの真紅の瞳を持っていて。 
 暖房魔法陣による加護の上とは言えやや肌寒いアトシャーマ内部、 
 質素ながらも保温性の良さそうな、至って普通の市民風の装いをしてるんだけど。 
 
 問題。 
 
 そう、問題なのは。 
 
 「白」と「灰」に挟まれ抱かれたその赤ん坊が、「黒髪黒耳」の女の子だっていう事。 
 
 
「やっぱりナマでするのはゴム有よりもずっと気持ちいいからねえ、仕方ないよ」 
「もう、貴方ったら! …でも当分はゴムつけてでないとダメですからね」 
「はははは、分かってるともさ」 
 まるで昨日の情事の盛り上がりぶりを語るかのような夫婦の会話。 
 そこには下ネタ特有の下品さはなく、微笑ましい空気と和やかさのみが存在して。 
 ……でも、ああ、なんだろう。 
 なんだろうこの拭い去れない違和感は。 
 
「……あっ、あの、では、もしかして最初のお子さんというのも…――」 
「あ、いえいえ、あの子はちゃんと僕達の子ですよ? ねえイーちゃん?」 
「うんそうよね、それで私達結婚したんですもの。 ねぇハー君?」 
 バカップルオーラを撒き散らしながら微笑みあって小首を傾げる二人。 
 ……お、落ち着け。 
 冷静になるんだ僕。 
 状況をよく整理して……よし、 
 
「…で、二番目に当たるそちらの腕の中のお子さんが…――」 
「うん、ヴィー君の子だよ」 
「順番は前後しちゃったけど、これで一姫二太郎よね」 
 
 ………… 
 
 ――『浮気』、――『寝取られ』、――『伴侶交換プレイ』。 
 これでもいっぱしの男だから、 
 浮かぶべくしてのそんな単語が僕の頭の中を駆け巡った。ぐるぐるぐるぐる。 
 
(…え、母親は同じでも、前の子は旦那さんとので) 
(…で、今の子は別の男との子で。あれ?) 
 
 
「……それは、その、つまりは『浮気』というものでは――」 
「「ウワキ?」」 
 何だか段々疲れて来て、げんなりした表情で質問を変えてみたら、 
 今度は両方に声を揃えて首を傾げられる。 
 ……なんだか会話が噛み合わない、 
 っていうかもしかして『浮気』って単語を知らないとか言わないよな? 
 
 そんな事を考えながら目の前のこのおしどり(おしうさぎ?)夫婦を眺めていたら。 
 
 
「「――タイム!」」 
「……認めます」 
 
 
 
 
 
「えー、なになにハー君……気って……でしょ? 同意アリなら……でないの?」 
「……でも言われみれば……方合意と事後承……の違いは考えてな……」 
「でもフツー……するよね? ……なくない?」 
「あー、でもホラ、イヌの国って貧……から中絶……とかが問題……っこう……」 
「あーあるかもね……かりしてた……うんうん……」 
 
 
 
 
 
 なんか部屋の隅まで言ってごにょごにょボソボソ囁き出す二人。 
 …ていうかついつい反射的に「認めます」って言っちゃったけど、 
 「タイム」ってなんだ「タイム」って。 
 …ついつい条件反射で合いの手を返しちゃう辺り、僕も局長に毒されて来たのか? 
 奥さんがさっきまで座っていた籐椅子を見れば、 
 クッションの上で母親の膝の上から下ろされたのにも気がつかずに 
 スースーと寝ている黒ウサギの赤ちゃんがいる。 
 ……寝つきがいいなぁ。 
 
「質問です!」 
「……はいどうぞ」 
 でもって何か急に婦人の方に元気よく手を上げて質問されてしまった。 
 …インタビューしてたのは僕の方だったのに。 
 
「旦那様に内緒で、奥さんの方が、旦那さんは知らない別の男とエッチする。 
あるいはその逆、奥さんに内緒で旦那さんの方が知らない別の女とエッチする。 
……これはまず、間違いなしでそちらの国でも浮気なんですよね?」 
「はいそうです」 
 まず間違いなく浮気、それも相当典型的な紋切り型の浮気だろう。 
 てかそちらの国っていうか、どこの国でも浮気だろうな。 
 ……でも、 
 
「じゃあ、じゃあ『当事者全員、双方の家族も同意の上で』相手を交換して、 
最初から伴侶以外の相手との子供を作る目的でエッチしても、 
それで子供が出来ちゃっても、それでもやっぱり浮気ですか、例えばイヌの国では」 
「――は?」 
 
 やや論旨が整然としない次の質問には、ちょっと思考が止まる。 
 
 ……え? なに? 
 家族ぐるみの同意の上での浮気で、他の旦那の子を孕むのも同意の上? 
 
「…それは、ひょっとして片方の旦那さんが無精子症だとか、 
あるいは奥さんが不妊症であるとかの場合で、いわゆる代理母とかそういう―― 
「いえ、両方とも普通に健康の場合です」 
 
 …………他の国はともかく、 
 
「……それは、少なくとも一夫一妻制のイヌの国では『浮気』に当たります」 
「ええええ!?」 
 途端に婦人の口から上がる、ものすごい驚きの絶叫。 
 旦那さんの方もなんていうか、「え? マジで?」的なぽかーんとした表情。 
「…少なくとも本人達には浮気のつもりではないのかもしれませんが、 
でも社会的、倫理的には浮気と見なされ、世間からは非難を浴びる行為です」 
「えええええええええええええ!!!?」 
 ますます高く上がる物凄い絶叫。 
 ……そしてそんな大音響の中でもスヤスヤと眠り続ける例の黒耳赤ちゃん。 
 これは……将来相当な大物になるな、うん。 
 
 
 うちの国では一応、「側室」を置く事ができるのは王族だけという事になっていて。 
 ……でも半ば秘密裏の公然、暗黙の了解という形で貴族や上流階級の人間が 
 いわゆる「妾」を囲ったり、使用人に手をつける事が半ば許容されている。 
 相当な有力貴族、古くからの大貴族になると、もう公然と「建前上は」王族にしか 
 許されないはずの側室を置いて、その為の予算まで普通に組んで。 
 ……僕の母さんも、まぁそんな手をつけられた使用人の一人だったわけだ。 
 
 酷いのは、そんな男性貴族側の「武勇伝」が社交界のカーテンの裏側なんかで 
 普通に酒のつまみや噂の種として語られるのに対し、 
 女性貴族側に限っては――ヒト召使いという例外はあるものの―― 
 一転して厳しい態度が取られるって事。 
 妻の方が男の使用人や他の貴族男性なんかと関係を結んで 
 妊娠までしてしまった事がバレた場合、 
 普通に離縁離婚や実家への送り返しみたいな処罰も下されちゃうんだよね。 
 男は「悪い奴だなあ」程度で済むのに。 
 ここら辺は、ネコやライオン、後は女権国家のキツネ辺りからも評判悪い。 
 この男女平等の時代に、時代遅れの男性優位主義だって。 
 
 もちろん、そういう事はしない誠実な貴族や上流階級の良き夫もいるし、 
 貴族以下の雑種や平民に限ってはこちらは厳密な一夫一妻、 
 夫が浮気をしても、妻が浮気をしても、等しく同じだけの罰が与えられる。 
 …誤解のないように言っておくと、貴族よりも平民の男の方がよっぽど紳士、 
 むしろ愛妻家や恐妻家、尻に敷かれてる男の方が多いくらいなんだ。 
 自分よりずっと小柄な嫁さんに対してペコペコしてるイヌの男は珍しくない。 
 
 というか、むしろ妻の浮気の方が多い。 
 都市生活者――王都や地方の裕福都市の、中流〜上流階級人限定でだけど、 
 「つまらない男」「ふがいない男」ってのが、多くの場合の理由らしいとか、 
 そんな事をまとめた記事を、確か『乙女の祈り』の記者時代に書いたっけ。 
 何しろ20年以上も前の話だから、詳細はちょっと思い出せないけどね。 
 
 
「そ、それじゃ、例えば乱交パーティーとかでついうっかり妊娠しちゃって、 
でも出来ちゃったものは仕方ないって、旦那様と相手夫婦の事後承諾を貰って―…」 
「……それは『浮気』というのとは少し違いますが、しかし社会的に非難される 
行為だというのには違いありません。…当人達が良くても、世間に知られたら、 
まず間違いなく白い目で見られます。ふしだらとか、淫蕩とか、非常識だとか」 
 
 ――ああ、でも段々理解できてきたぞ。 
 
「……でも、つまりウサギの国では、それは社会的に許されているんですね?」 
 
「ええ、そうです」 
 未だに『えーっ!?』という表情をしたままの婦人に代わって、 
 ご主人の方が前に歩み出て大きく頷く。 
 ……それがふと、なんだか装いに似合わない酷く洗練された動きに見えた。 
 
「僕らの国においては、『浮気』というのは一番最初のケースのみ、 
パートナーに嘘をついたり黙ったりして他の人間と関係を持つ事だけを言います。 
当事者間の事前ないし事後の同意があれば罪にはならないし社会的な非難の 
対象にもなりません。…同じく同意さえあれば、他の女性に『種』を分け与える事、 
他の男性から『種』を貰って来て、夫婦ないし個人で育てる事も許されています」 
 
 そうして、と付け加えて。 
 
「そして大抵のウサギは、『同意』を拒否はしません。多くの場合『許します』」 
 
 ふんわりと笑い、まるでなんでもない事のようにさらりと。 
 
「もう一人のパートナーにとってのよっぽど嫌いな相手だとか、よっぽど悪い噂や 
良くない評判を持ってる相手、近親婚や性病、遺伝病といった医学的な理由でも 
ない限りは、まずすんなり受け入れます。…本人達の同意ありき、での話ですが」 
 
 
 
=─<<1-3 : He is : 5th day PM 2:52 >>────────────────────= 
 
 
◆つまり【半・多夫多妻制】とも言うべき夫婦制度 
 
 記録限界量に達したものの代わりに次の音封石を取り出しながら、 
 後でドキュメンタリーナレートに纏めやすいよう、手帳にも箇条メモを取っておく。 
「どうぞ」 
「お言葉に甘えて」 
 慣れた手つきで新しく入れられた紅茶に、 
 薦められるがままにフレイムベリーのジャムを一匙、銀のスプーンで掬って落とす。 
 …何しろ僕らイヌは鼻が最大の武器なので、 
 仕事中のイヌの軍人が時間外までコーヒー・紅茶・煙草の類の摂取を 
 禁じられているというのは結構有名な話なんだけど、 
 別に犯人逮捕や探偵をするわけではない記者の僕にとっては関係のない。 
 
 ご婦人の方が「お乳とおしめの時間だ」と言って奥の部屋に一時退室したため、 
 この場にいるのはご主人である彼と僕だけ。 
 ……後は手前の廊下、玄関のところに、僕の『監視役』兼『護衛』として 
 王城から派遣された魔法騎士団の女の子がいるんだけど、 
 彼女をこの際勘定に入れるべきなのかは、正直微妙なところだと思う。 
 
 
 出発前に聞いた【例の噂】の内容と比較すればいささか拍子抜けする程に、 
 兎国王都アトシャーマは、治安の保たれた平和な街だ。 
 今日で滞在五日目になるが、やれ『襲われた』だの『犯された』だの、 
 そんな話はどこにも聞かないし、町並を行き交うウサギ達の姿は平和そのもの。 
 路上を見回しても裸に剥かれた他種族やヒト奴隷の姿なんてどこにもなく、 
 強いて特筆するのならイヌの王都やネコの王都に同程度か、 
 それ以上の街の巨大さに驚いた位だろうか。 
 
 …まあたった一つの都市がそのまま「国」として完結している以上、 
 街の規模がこれだけ大きいのも当然といえば当然なのかもしれないけど、 
 それでもネコの国からの最近の技術導入だという路面電車。 
 そして大通りから裏路地、スーパーマーケットから民家、市場に公共施設、 
 資材置き場と空き家に至るまで、 
 そこら中の床に壁にと刻まれた不思議な紋様、無数の幾何学的線。 
 ……魔法大国というのも、なるほど頷ける光景だった。 
 
 シュバルツカッツェの町並みを「活発にして盛況絢爛」、 
 ル・ガルの王都の町並みを「重厚にして質実剛健」と例えるのなら、 
 アトシャーマという都市の町並みは「静謐にして安穏神秘」。 
 シュバルツカッツェのビル街とは対象的な、静かで穏やかな赤煉瓦の連なりは、 
 背の高いビルやコンクリート製の建物こそ見当たらない田舎めいた風景だけど、 
 でも何か心安らいで懐かしい、清潔さと暖かさを感じさせる情景だった。 
 個人的には、とても好みの町並みかな。 
 ……辿り着くまでのあの地獄の豪雪、悪夢の猛吹雪さえ考えなければだけどね。 
 
 
「あの猛吹雪のお陰なんですよ」 
 カタン、とカップに手を掛けながらご主人が灰色の耳をぱたぱたと動かした。 
「ウサギの国周辺が、どうして一年中猛吹雪なのか知ってますか?」 
「…有名な話ですね」 
 カタン、と僕もカップに手を掛けて一息に言う。 
「大陸有数の異常魔力地帯――この辺の魔力的な力場が完全に狂ってるからだとか」 
「正解」 
 ちびちび飲んでもいいが、あいにくとこんな耳まで裂けたイヌの口だ。 
 ぐいっと一息に口奥に押し込んだ紅茶の温度のちょうど良さに、 
 猫舌(犬舌?)である僕に対する相手の配慮が感じられて好印象が持てる。 
 
「…これでも若い頃は、うちの国の高等魔導院まで進学した身でしたから。 
魔素濃度が大陸の平均の8倍近いって、教授の誰かが言ってましたよ」 
 ヘビの国の『砂海』、トラの国の『ダンジョン』、キツネの国の『霊山』。 
 大陸各地の曰く付きの土地、あるいは霊場霊地と呼ばれる地を挙げて比較し、 
「……『実に無尽蔵とも呼べるほどの、豊富な魔力資源に恵まれた土地、 
ただしあんな所に定住して街まで作るなんて正気の沙汰じゃない』、だったかな」 
「はは、手厳しいですね」 
 
 紅茶のそれに加えて、果物特有の甘く品のいい香りが鼻腔をくすぐる。 
 普段の僕はコーヒー党だけれど、たまには紅茶も良いと素直に思える味だった。 
 …それでも仕事で徹夜中に飲むんだったら、 
 間違いなく「うぇっ」と来るほど飛びっきりに濃いブラックのコーヒーに限るのだが。 
 
「でもそんな永遠に猛吹雪を巻き起こし続けるだけの狂った異常魔力が、 
同時にこの街のあらゆる機構の動力源であり、アトシャーマ繁栄の理由でもあります。 
……外敵に対しての『自然』という名前の最大の守り、と言う事もできますしね」 
 ご主人はそういって、 
 そうして「気がつきましたか?」と言葉を繋ぐ。 
「同じアトシャーマ内でも国内中枢、ムーンストーン城へと近くなる程気温は低く、 
逆に外縁部進むほど外気が温暖になっていっているんです」 
 と。 
 
「そう言えば、この国に入った直後はまるで春みたいな暖かさに……ああ、」 
 一つ得心がいって、思わず膝を叩く。 
「だからムーンストーンのお城はいつも雪を被っているんですか」 
「お察しの早い」 
 ふっ、と笑って窓の外、城のある方向を眺める赤い瞳は、でも嫌なものではない。 
 自分の国、自分の種族に誇りを抱いている人間特有の晴れ晴れとした目だ。 
「いかがですか? 世界七大名城の一つに数えられるうちの国の主城は」 
 
 
 ――ちなみに世界七大名城というのは、 
 1.『黒の鶴翼』、シュバルツカッツェの黒翼城 
 2.『月を射抜く塔』、アトシャーマの月石城 
 3. 
 4. 
 5. 
 6. 
 7.『八方均一たる四錐』、カモシカの国の白のピラミッド 
 
 ………… 
 
 …い、いや、手元にメモがあれば僕もきちんと七つ全部挙げられるんだが、 
 ともかく七つ、大陸のもっとも美しい城を並べ挙げた俗称であってだ! 
 
 …真っ先に挙げられるのが、シュバルツカッツェの黒翼城だろ? 
 …イヌの国の城は、入らない(機能重視で華美さに欠けるのは自他共に認める) 
 …100年前に失われてしまった旧ザッハーク帝国の帝城の代わりに、 
 ここ20〜30年程ではカモシカの国の白のピラミッドが挙げられるようになった。 
 
 ……この三点はまぁ、比較的覚え易いんで僕も覚えてるんだけど、 
 残りの五つが――まぁ一つはアトシャーマのムーンストーン城だと仮定して―― 
 狼国の王城だったか、獅子国の帝城だったか、狐耳国の巫女連本部だったか。 
 えーと…… 
 
 ………… 
 
 ………… 
 
 ……ま、まぁあれだね! 
 どこの種族も好きだね、三大名観とか、六大ダンジョンとか、 
 七大名城、八大名所、十傑集だの百名山だの。 
 『乙女の祈り』『紳士の嗜み』の編集者やってた頃は、これ系の特集をやる度に 
 必ずと言っていい程届く苦情の手紙に悩まされたっけな。 
 3つとか5つとかしか選べないのに、 
 自分の地元の名所や名物が入ってないと皆子供みたいに怒るんだ。 
 
「あー、いいですねぇ。昼間の景観もいいけど 
夜に月の光を反射して青白く浮かび上がるのなんかもうたまらないですね」 
 そうして褒め千切ると、 
「そうでしょう、そうでしょう、そうでしょう!」 
 まず大抵の相手は悪い気がしない、自分の事みたく喜んではしゃぐ。 
 
 …こういう類の愛国心、でも見てて不快じゃない。少し羨ましい。 
 僕らの国にはなんていうかこういう……名景、名観みたいなものが少ないからなぁ。 
 華美さに欠けるっていうか。 
 倹約精神、機能美重視、質実剛健もいい事だけど、 
 でも軍本部も、議会の議事堂も、真四角合理で面白みにかけるし外観だし。 
 貧乏なのは分かってるけど、でも僕らの国に足りないのってそういう無駄な贅沢、 
 派手さ華やかさ華々しさだと思うんだよな。 
 そういうのを楽しめる余裕と余力があれば、もっとこう、四角い頭もまーるく、 
 下向きの思考も上を向くんじゃって思うんだけど。 
 
 
「気候操作と暖房効果の為の魔法陣は、城を中心に徐々に放射状に外側へ。 
つまり城の周辺ほど旧式の、外縁部ほど最新式の式が用いられてるんですね。 
同じ魔法陣内でも温度差が生じてるのは、まぁこれが一番の理由です」 
「…古い魔法陣を書き換えたりはしないんですか?」 
「城を核(コア)に、継ぎ足し継ぎ足しの形で魔法陣を広げて来ましたからねぇ。 
内側の魔法陣ほど、新規改良しようと思うと手間暇が掛かってしまう計算で」 
 
 『それに』、と。 
 
「さすがに国内全域が同じ温度というのも、それはそれで味気ないものですよ。 
何より役にも立つ、…見ましたか? 街の外縁部にある薬草園や果樹園は」 
「それならもう。一昨日ばっちりロケさせてもらいましたから」 
 うん。 
 防寒具についた雪を払い落としながらおもむろに顔を上げたら、 
 常緑の緑が飛び込んで来たのには驚いた。 
「野菜、果物、薬草、香草…。名産のフレイムベリーとスノーベリーもそうですけど、 
魔を帯びた土地であるからか、多くが魔法薬の材料にもなりましてですね」 
 都市の中に畑を作るというのも奇妙な話だけど、 
 ウサギの国でしか採れないこれら幾つかの貴重な果物や薬草類が、 
 この国の収入源の一つになってるのは間違いないらしい。 
 それともう一つ、この国の輸出食料品で他国にも有名なものと言えば―― 
 
「後はブドウ――ワインの他には果実酒なんかをそれらで作っていまして。 
それらを保管するに最適なのが街の中央、王城の地下というわけです」 
 そう言って、くるりと手首を返しながら椅子に深く腰掛け直す 
 目の前のご主人の姿を見ていると、 
 
「『シャトー・ペルミネール』、『ラパン・ド・ルージュ』、『ニールレシーラ』……」 
 
 ……なんていうんだろうか、その。 
 
「…昼間だというのが残念だ。夜にいらして頂ければご馳走したんですが」 
 
 両手を上げて肩を竦め、にいっと笑ってみせる彼の仕草に纏う空気。 
 見れば見るほど、どうも僕が先入観として抱いていた 
 ウサギの男に対するイメージとは違う、何とも意外な人物像が見えてくる。 
 想像ではもっとこう臆病で、弱気で、ビクビクしてて、おとなしくも紳士的で…… 
 ……いや、紳士的ってのは間違ってないけど、でもやっぱり何か違うというか。 
 浮かべる笑みは肉食科の動物特有のそれではなくて、 
 ただし悪戯っ子やワルガキがそのまま紳士に成長したような笑み。 
 ネコ族のハイテンションさや悪戯気質とは違う、大人特有のウィットがあり、 
 トラやライオンのような重厚さはない、軽快で身が軽いやり取りだ。 
 イヌにはここまでのおふざけはなく、オオカミにはここまでの知性の閃きはない。 
 それでいてカモシカやヘビよりはずっと垢抜けてる、都会人の空気。 
 
「なにゆえイーちゃ……オホン、今は妻が傍に居ますから」 
 
 でありながら妻や女性の顔を第一に立てるのは、やっぱりウサギの特性か。 
 思案して、メモにその点を付け加えて置く事にした。 
 
 
◇つまり【半・多夫多妻制】とも言うべき夫婦制度 
◆基本は女性上位、ただし狐耳国のものに近い穏健かつ非強制的な 
◆ウサギの男性には(極度の)フェミニストが多い。男が望み進んで女を立てる 
 
 
「まぁともかく、そんなワイン保存庫の下にあるわけですね、グラウンド・ゼロは」 
「ぐらうんど?」 
 そしてペンを走らせながら耳にした、耳慣れない言葉。 
 ヒュゥッと口笛を吹いて窓の外を見るご主人の姿は、妙に粋というかイナセというか。 
 (…あの口の形だから出来るんだな。僕らイヌの男には口笛は無理だ) 
 
「爆心地。……この吹雪と魔力場の原因元凶、その中心たる何かです」 
 つ、と一本指を立てて。 
「そもそもムーンストーンのお城は……いえ、王城の中央魔力制御塔、 
中心に見える最も高い尖塔はその上に位置して作られているんですよ」 
 何も無い空虚を、上から下へ一本線、なぞるように。 
「月石城が『射抜く』のは、何も遥か天高くの表裏の月だけではありません。 
地に敷かれた陣を対称面――鏡として、同じだけ地下深くをも『貫いて』いる」 
「地下、ですか」 
「ええ」 
 そうして胸の前で大きく両手を広げた。 
 
「ムーンストーン城の地下はもう、それこそ地上に伸び広がったのと同じ分だけの 
広さと深さがあると言われています。古い魔道書や傷みやすい古書を保管する 
地下の大書庫に、さっき言いましたワイン貯蔵庫。同じく寒さを利用しての食料庫に、 
地下水を汲み上げる汲水場、送られ戻ってきた生活廃水を浄化する浄水場…… 
……ほとんど使われてませんが、お城名物の拷問部屋に地下牢もばっちりと」 
 
「文字通り、お城が都市機能の中枢というわけですか」 
 少し北に行った所に海こそあるが、でもあれは分厚い氷に覆われた北の海だ。 
 何より湖やら川やらがないのにどこから水を引いてるのかと思ったら、 
 なるほどそういう仕組みなのか。 
 土に染み込んだ雪解け水を、城の地下で集積して飲料水として街に送り、 
 また戻ってきた生活廃水を魔法の力を使って浄化して土に還しているんだな。 
 
 その全てがこの気候、この土地、この狂った魔力場があっての、 
 …だけど理にかなって完結したシステム。 
 『ウサギは引き篭もり』なんてよく揶揄されるけど、これなら理由も理解できる、 
 それだけこの街が完成されている、外に出る必要のない街だって事か。 
 
「はい、……もっとも、そう言いながらも城の地下部分に関しては、 
今は王族でさえその正確な構造を把握してないような状態なんですがね」 
「…え? …そんなに広いんですか?」 
「広いというか、あれはもう一種の『ダンジョン』ですよ。モンスターやトラップこそ 
無いですけど、その代わり昇ったり降りたり小部屋と細い通路がうねうねと――」 
 
 と。 
 そこまで聞いていて、ふっと気がついた。 
 
「……ご主人は、ム ー ン ス ト ー ン の お 城 に 入 っ た 事 が あ る ?」 
 
 
 
 ぱちり、とご主人がその赤い瞳を瞬かせた。 
 ほんの僅か、僅かだけの沈黙の後。 
「…ええ、僕は城仕えの魔技師の一人ですからね」 
 何事も無かったかのように笑うご主人。 
 でも。 
「陣のパスや魔力制御塔の整備を行うために、城に出入りさせてもらってます」 
 ――なんだ? この違和感? 
 ――何が。 
「地下にも何度か降りましたけど、あれは酷いですねぇ、本当に」 
 ――王城深部への出入りは、確か一般市民には。 
 ――ああでも、城仕えの魔技師なら。 
「比較的使ってる部分はともかく、そこを外れるともう照明灯が無い。 
照明灯が無いとなにしろ地下ですから、もう真っ暗で怖い事怖い事」 
 
 ……王城内を撮影されてもらおうと、撮影スタッフの入場許可を申請したんだけど。 
 当然ながら許されない、翌日の応答で拒否されてしまった。 
 流石にどこの馬の骨とも知れぬ異種族の一般旅行者(それも変な機械を持った)に 
 ホイホイ城内見学を許してくれる王様女王様は、絵本の中にしか居ないらしい。 
 謁見の間を始めとした城の比較的浅い部分になら、 
 信用ある他種族の人間やウサギの国民なら許可を取る事で入城可能らしいのだが。 
 
「当然隅から隅まで掃除なんてのも無理でして、もう何十年も使ってないような 
放置区画なんか、積もった埃やら虫やら蜘蛛の巣やらで大変ですよ」 
 ――なんでだか分からない。 
 ――ただ。 
 ――僕の記者としての勘、としか言いようの無いものが、警告を。 
 ――これ以上踏み込むな、話題を変えろ、と。 
 
 
「……どうしてそんな、放置区画なんてものが出来てしまうまで、 
お城の地下を広く作ってしまったんです?」 
 できるだけ自然な装いで、ゆっくりと危険だと感じた方向から話題を離していく。 
 なんとなくとか、勘とかしかいいようのないものに頼ってだけど、 
 そろりそろりと危なくなさそうな方へ。 
 
「いえ、何せ1800年近く前には、ウサギ全てが地下で暮らしていたくらいですから」 
 ただ。 
「その当時の『地下都市アトシャーマ』……『穴倉』の名残だと言うわけです」 
 踏み出した足の踏んだ方は踏んだ方で、 
 僕にとってはまた別種の地雷とも言うべき話題だったらしかった。 
 
 
 
=─<<1-4 : Atosyarma : 5th day PM 3:18 >>──────────────────= 
 
 
 何か困ってしまった時、無意識に耳下の毛を指でいじるのは僕の悪い癖だ。 
 
「………あの…」 
 こういう時は。 
「…すみませんでした、本当に」 
「――はい?」 
 …やっぱり謝って置いた方がいいんだろうと、思ったのだけれど。 
 
 
「…………ああ! いえいえ! そうじゃありません、違います違います!」 
 そんな僕の態度に、ご主人は慌てて首を振って。 
 
「確かにきっかけは2000年前の大戦でしたけれど! …でもその事を恨んだり 
根に持ったりしているウサギは、もううちの国ではどこにも居ませんよ。 
他の種族の方々はどうか知りませんが、少なくともうちは寧ろ感謝している位で」 
「か、感謝??」 
 もう気にしてない、と言われるのならまだしも、 
 感謝しているとまで言われたのには、流石にちょっと面食らった。 
 だって、結果的にウサギをこんな場所に追いやったのは…… 
 
「記録にある限り、それ以前からウサギは弱小国で、生来の臆病さ、お人良しが 
祟って周囲の国々からちょっかいを掛けられる事が多かったそうですから、 
ある意味踏ん切りがついた、良い契機になったという見方もする事ができます」 
 それに、とご主人は、ほんの少しだけ困ったような顔をして。 
 
「…何より戦後の連合国の補償分配においては、『土地』に関しては諦める事で 
多めの『賠償金』――2000年前の話ですから金銭のみに限らず食料などの 
物納なども含みますが――を貰うという事で同意したという記録も残っています。 
…アトシャーマ建設なんていう『当時としては』狂気の沙汰とも言える計画を 
僕らが実行に移せたのは、ある意味貴方がたの血肉の犠牲があってこそとも」 
 
 ――…その辺に関しては、確かに誰もが基地外沙汰だと思ったようだ。 
 当時のそれに関する逸話は、僕らの国にも残っている。 
 一年中雪と暴風が収まらない、誰もが近寄らなかった北の極寒の雪原地帯に、 
 まるで 身投げするみたいにウサギが自分から飛び込んだんだ。 
 ほとんどの種族が当然の反応として、少しでも多くの、少しでも良い土地を 
 取ろうとする中でのそんな狂気の沙汰に、当時の誰もが一様に、 
 『ウサギは自殺する気か』と顔を見合わせてその真意をいぶかしんだらしいが。 
 
 ……という事は、逆に言えばその頃から既に、 
 ウサギだけはこの土地の稀有な特徴、利点と可能性、 
 その中心に座す『何か』の存在に気がついていたという事なんだろう。 
 
 ……同時に今でこそこうして当たり前に存在しているけど、 
 でも当時の誰もがこの未来、この結果を、1%とて予測できなかったはずだ。 
 ……2000年後の遠い未来に、難攻不落と呼び称される大陸「最硬」の防衛国家、 
 自然の脅威を最強の味方に変えた、『魔法大国アトシャーマ』が存在する事を。 
 
「何よりもまず、地下に穴を掘る事から始めたそうです」 
 そんな街が生まれた理由を、丁寧に順を追って辿り出すご主人。 
「…当たり前ですよね、その頃の『此処』にはどこにも風雪と寒さを凌げる場所が 
無かったんですから、掘るべくして穴を掘って暖を取り、暴風と氷雪も退けて、 
そうして資材や食料を運ぶ為の場所、作業をする者達が休める場所を作りました」 
 『ウサギの穴倉、ウサギの巣穴なんて当時はバカにされましたけどね』と、 
 まるで卑屈を滲ませるわけでもなくご主人は笑い、 
「ですが知ってますか? ウサギの巣穴はこれで案外深くて広い、…驚くほどね」 
 ……うん、卑屈さがない。 
 臆病で、諍いが嫌いで、お人良しなのかもしれないけど、卑屈なんじゃあない。 
 僕なんかとは違って、少なくともその目はいつも『前』を向いていた。 
 
「城を……『巨大魔法陣』の基幹式となる、当時の技術の粋を尽くして設計された 
『魔法の城』を建築するまでの間の仮の棲家のはずだったんですけどねえ。 
あっちこっち広げて深く掘って、住み易いように煉瓦で補強したり空気孔つけたり、 
地下水を集める魔法式やキノコの栽培の為の魔法式なんかをつけてたら、 
なんかどんどん本格的に、楽しくなっちゃって調子に乗っちゃったらしくてですね」 
 …………。 
「た、楽しいって…でも、穴倉生活ですよ? 落盤とかだってあったんじゃ――」 
「確かにそういう痛ましい事故もあったでしょうけど」 
 ケタケタと笑ってさえみせるご主人に、 
 ちょっと信じられなくてそう声をあげる僕だったけど。 
「でも何せウサギ全国民の、種族ぐるみ、国挙げての一大プロジェクトでしたから。 
辛くても、苦しくても、それでも楽しい。だって皆でやるんですものね。それに……」 
 足を組み替えて背を伸ばし、改まった口調でご主人は言及する。 
「……『穴掘りのプロ』にも手伝っていただけましたしね」 
 
 
「賠償金支払いの代替緩和としての労働力の提供……まぁ所謂『出稼ぎ』ですが、 
それを申し出られた時、ですから当時のうちの国は快く受け入れたようです」 
 なんでもオオカミ族の鉱山採掘技術、石材建造物や大型城砦の 
 建築に関する技術知識は、これ程巨大な城や砦なんて作った事なかった 
 当時のウサギにとってはとても貴重なものだったのだそうだ。 
「イヌの…当時はオオカミですか…の力と体力は、実際凄い助けになったらしいですし」 
 ウサギが他種族と比べると過酷な環境での肉体労働に1〜2枚劣るのも事実。 
 地上拠点たるお城が完成して以降こそ手を借りるのも少なくなったものの、 
 それまではイヌの出稼ぎ労働者達には大いに助けてもらったのだとご主人は話す。 
 
「ですからウサギはイヌに感謝こそすれ、憎むなんてそれこそ有りえないんです」 
 
 大戦後、真っ先に戦後の不平等条約を改正して、イヌの国との 
 対等な通商国交を再開してくれたのがウサギだったというのは有名な話だ。 
 …しかもイヌ側からの交渉の結果ではなく、ウサギの方からの提案という形で。 
 
「…だって、『友達』を憎むだなんてそんなのおかしいじゃないですか」 
 
 もっとも慈悲深く、もっとも心優しい種族。 
 …一般的にイヌという種族が重んじる、『献身』とか『奉仕』、『恩義』『忠誠』とは 
 また同じようで違う、『友情』とか『友愛』、『許容』『赦し』と呼ばれるその精神。 
 
 完成したウサギの新しい王城のお披露目パーティーを兼ねる席、 
 『その提案』におっかなびっくりながら招かれたイヌの外交使節団の前で、 
 当時のウサギの女王はそれをビリビリに破いてみせたという。 
 ……まだ残り三分の一ほど額の残っていた、賠償金支払いの誓約状を。 
 
 
――『いいじゃないの、おめでたい席なんだし。恩赦恩赦♪』 
 
 ウサギの中からも騒然とする者が現れる場内で、けれど女王はころころと笑い。 
 
――『…それに、相手がもう十分申し訳なく思ってて懐も寂しいのを分かってるのに、 
    それでもびた一文まからずお金を取り立てる様な「お友達」が、どこにいます?』 
 
 でも、だからこそイヌは感銘を受けて。 
 だからこそ今でもウサギに対して一目置く、その事への恩義を忘れない。 
 他の種族に「性善前提」「甘ちゃん」「生ぬるい」「お人好し」と揶揄する者がいても、 
 それでもイヌは「その性情」を、「ウサギの精神」を尊重する。 
 
 『友好国』、と言っていいだろう。 
 貿易に際しても、国難に際しても、何だかんだで色々と助けて貰っている。 
 絹糸に縛られる以上、『同盟国』というのは有り得ないとしても、 
 でもネコやオオカミのような関係険悪の国とも違い、 
 ヘビやサカナやライオンのように、距離が遠すぎ可もなく不可もなくな国とも違う。 
 トラやキツネ、クマと並んで……その中でも特段の友好国。 
 ウサギの言葉を借りる所の、『お友達』の国。 
 
 でも。 
 
 それでも。 
 
 
 
「……そういうものでしょうか?」 
 政治的にも、私情の面でも、正直理屈で納得できない、疑問が拭えないのだが。 
「そういうものです」 
 意に介した様子もなく、堂に入った態度で目の前のウサギは笑って頷く。 
 
「ネコは執念深い、ヘビを殺すと七生祟る、オオカミは穢された誇りを忘れない、 
ヤギは1人を殺せば全てが敵に…なんて紋切り型な噂も飛び交うようですが、 
でも僕達ウサギに限って言えば、ほとんどまず『そういうの』はありません」 
「……『恨み』の概念が、無い?」 
「!! いえいえ、恨むという気持ちはあります! 僕らウサギにももちろんね。 
『怨恨』、『憎悪』、『憤怒』といった気持ちはありますし、理解もできますが…」 
 
 全てがそうじゃない、例外はもちろん存在するとして。 
 でも、総じてネコは恩義は三日で忘れるくせに、恨みは延々忘れない傾向があり。 
 『復讐』とか『敵討ち』なんてものは、裏切りと同じくヘビにとってのお家芸だ。 
 オオカミは命よりもなお誇りやプライドと言ったものを重要視する傾向があるし、 
 ヤギの仲間意識、そうして目には目をといった応報観念は総じて強めだ。 
 そうしてウサギ、ウサギの場合は――…… 
 
「…でも、親の怨恨を子に押し付けたり、特別親しくないウサギが殺されたのを 
集団全体への挑戦や怨恨へと転嫁し直すなんて事は、まず無いです。 
怒りや憎しみはあっても、それはあくまで『個』の内のものですよ、伝播はしない」 
 
「ネコやトラのように個人主義……我は我、他は他という事でしょうか?」 
 意外な返答に戸惑いながら、確認を返ず。 
 ――同じ種族の赤の他人が死んでも、何も感じない、何も思わない?―― 
 僕が抱いていたウサギという種族のイメージからは想像もできない『冷たさ』に、 
 思わずそう聞き返してしまったのだが。 
 
「いや、『良いもの』、『正い遺産』は分かち合い、受け継いでいくんです。 
交友関係とか、お祝い事、知識や技術、喜びや幸せはむしろ積極的なくらいに。 
……残さない、押し付けないのは、『悪いもの』、『負の遺産』の方」 
 ――ああ、つまり。 
「他の種族の方々だって、『それ』は重々分かってらっしゃるはずなんでしょう?」 
 ――そういう事、か。 
 
「……『憎しみは、復讐は、怨恨は、何も生まない、空しいだけだ』、と」 
 
 
 
 これが、ウサギの特異な点なんだろう。 
 
「ですから私達には、どうしても『それ』が理解できないんですよ。 
…いえ、理解はできなくても、きっとそういった方々にはとても重要な事なんだろうとは 
『もう』十分分かってますんで、余計な口出しはしないし、干渉もしないんですがね」 
 
 ――菜食主義者(ベジタリアン)。 
 
「ネコも、イヌも、オオカミも、ヘビも、ヤギの方々も。……どうしてそんな、 
親の諍いを子にも強要したり、あるいは1人で喧嘩して負けたからって今度は10人 
仲間を連れてくるような、そんな『負の遺産』を広げて拡散させるような真似を」 
 
 ――肉食動物(にくくい)ならぬ、草食動物(くさくい)。 
 
「子供の喧嘩に親が、あるいは親の喧嘩に子供や孫まで引っぱり込んでどうします。 
本当に親なのであれば、己だけに留めるべきでしょう、受け継がせてはだめだ。 
『親』は『親』ですが、『子』は『子』だ。果たせぬ悲願を託すための『代わり』じゃない。 
一人の胸の内だけに留めておけない憎しみも、なら最初から背負うべきでない。 
『恨み』、『憎しみ』を分かち合うだなんて、どうしてそんな、『哀しい』事、『空しい』事」 
 
 ――もっとも臆病で、もっとも優しく、もっとも寛容な種族。 
 
「大事な人を殺されて、だから殺し返したとして、でもその人は戻って来ますか? 
五代前、七代前の遠い昔の恨みを晴らして、でも本人達は空しくないんでしょうか? 
『ケジメ』とか『プライド』とか、『ナメられない為に』とか、僕らには分かりません。 
そんな事の為に傷つけたり殺したりして、でも掴んだ手の中に何が残るんですか」 
 
 ――『友情』と、『友愛』。 『許容』と、『赦し』。 
 
 
「…到底賛同して貰える考え方ではないですね。…その考え方は、高潔すぎる」 
「はい」 
 膝の上、胸の前で腕を組んで、ウサギのご主人は思い悩んだ風で苦笑する。 
 …でも、そういうものじゃないだろうか? 
 
 復讐は何も生まない空しいだけ、そんなの散々言われて来た事なのに、 
 それでも復讐や嫉妬、報復に逆恨みが世界からなくならないのは、 
 頭や理屈では分かっていても、心や感情がそれに納得して従ってくれないからだ。 
 ウサギやヒツジみたいな草食系の種族だったならともかく、 
 ネコやイヌ、オオカミ、トラやライオン、ヘビみたいな『肉食系の』種族には、 
 この考え方は頭はともかく、心が到底受け入れられない。 
 
 …基本的に、残酷なのだ、肉食の種族は。 
 闘争本能とか、暴力衝動とかの情動のうねりを、草食みたいには制御できない。 
 許せないと感じた激情のままに理性のタガを跳ね飛ばされて、 
 後悔や空しさを感じるのはいつだって冷静さを取り戻した後、屍の山の上でだ。 
 
「……だからね、僕らは『それ』が『哀しい』んですよ」 
 そしてそういう意味では。 
 確かにウサギは、『異質』で『異常』なんだろう。 
「僕らが苛められるという事よりも。嘲笑され、陰口を叩かれて、蔑まれる事よりも。 
…そうやって諍わなければならない、諍いが世界から無くならない事が、『哀しい』」 
 そう。異質。 
 きっと他の種族にはどうしてあんなネコは自己中なのか、イヌは雇われ根性なのか、 
 ヘビは年中争ってばかりで、オオカミは誇りなんてものに意固地になるのか、 
 さっぱり理解ができないように、ウサギに関しても彼ら自身にしか理解できない。 
 
「だから僕らのご先祖様も、此処にこのアトシャーマを作ったんでしょう」 
 そこまでして、『こんな場所』に国を作った理由。 
「攻め込まれない、守り切れるというよりも、もう誰とも諍わなくて済みますから」 
 そこまでして、誰とも諍いたくない、争いたくないという考え方。 
「訪ねて来る人達は、本当に理解し合いたい、仲良くなりたいという人達だけ。 
この年中止まない猛吹雪が、だけど全てのそうじゃない人達の足を遠ざける」 
 憧れるけど、でも僕らには無理だ。 
 理解できない人には理解してもらえなくていいと、そこまで献身的にはなれない。 
 そこまで躊躇いなく道を譲れる、自己顕示欲を捨てる事は僕らには――… 
 …――僕らイヌには、到底無理だ。 
 ……『褒められたい』『認められたい』という気持ちを、捨てられないから。 
 
「そうして僕らウサギがあまりこの街から外に出て行かないのも、 
実はそういった部分に理由の一つがあるんですよね」 
「……どういう事ですか?」 
 乾いた口内を舌で湿らせながら、本当は分かっている事を聞きだす。 
 僕はインタビュアーだ。 
 良き聴き手、良き相槌役、良き司会進行役になるのがその仕事。 
 
「――何が辛いって、哀しそうに、辛そうにされる事ですよ」 
 
 そうだ、だからこそ伝える必要があるだろう。 
 図鑑や歴史書の格式ばった形式的文章では伝えられない、生の人間の生の声で。 
 ウサギがどれだけ『軟弱ではない』のかを、世界中に。 
 
「『喧嘩は良くない』と言って、『何言ってんだコイツ』みたいな顔をされるんだったら 
まだいいんです、…辛いのは、苦しそうに目を伏せられてしまう場合で」 
 痛ましそうに――演技ではなく本当に痛ましそうに――ご主人は目を細めて、 
 指を折りながら一つ一つ。 
 
「傷つけたくはない、僕らは傷つけるつもりなんてないのに、でも『ぬくもり』を。 
『愛情』、『優しさ』、『赦し』、『癒し』を、与えれば与える程に傷つく人達がいる」 
 ウサギはただ、あまりにも『優しすぎる』だけだ。 
「ウサギであれば誰もが喜ぶ暖かさでも、でも彼女らの氷を溶かしてはあげられない、 
むしろ溶かせそうになるほど苦しめて、傷つけて、暴れさせてしまうのが辛くて――」 
 如何なる存在とも『争いたくない』だけだ。 
 他の誰をも『傷つけたくない』だけだ。 
 
「――だから、出て行かないんです」 
 だから出てこない。 
 引き篭もりと呼ばれても、妙な噂だけが暴走しても。 
 
「そんな人達にとって、僕らみたいなのは、大抵はただ傍に存在しているだけで 
邪魔で目障りな、いるだけで心が痛くて苦しくて堪らない相手なみたいですから」 
 あまりにも眩しすぎる光は、逆に目障りなだけだ。 
 濁った水に住み慣れてしまった者に、綺麗過ぎる清流は毒になる。 
 異なる主義、異なる思想。 
 それがただ存在しているだけで一緒に暮らす者を傷つけると分かった時、 
 だからウサギは他種族の傍にいる事すらやめた。 
 そこまで極端に、極端すぎるほど、ウサギは誰も傷つけたくない。 
 異思想・異文化の理解が他者に苦痛を強いると知れば、 
 「なら理解も要らない」と、人が住めないはずの北の極寒に居を移す。 
 
「僕らには赦しや癒し、ぬくもりしかあげられません。…憎しみを分かち合う事も、 
復讐を手伝ってあげる事もできない以上は、傍にいたって苦しめるだけですから」 
 全ての良きもの、暖かきものでも癒せないものがあると知った時、 
 だから哀しそうな顔をして身を引く事しかできなかった。 
 ただただ殺戮と復讐、冷たくも灼熱の刃の中でしか癒されない衝動があっても、 
 でもウサギにはどうしようもなくて、ただ身を引く事しかできないかった。 
 
「……本当に、分からないんですよねえ」 
 『聖人』が、哀しそうに首を傾げる。 
 ネコやイヌの中にあっては、間違いなく『聖人』と――良い意味と皮肉な意味、 
 両方を込められて――呼ばれるような人間が言う。 
 
「どうして外の人達、他種族の方々は、あんなに『壁』を作るのか、『棘』を作るのか」 
 ネコが言っては戯言に、イヌが言っては悲観にしか聞こえないその言葉も、 
 けれどウサギが言ってはやけに実を帯びた言葉に聞こえた。 
 …奇麗事や性善論も、ウサギが言うとなぜか軽々しくは聞こえない。 
 
「…『さみしく』は、…ないんでしょうか? …『こごえて』しまいはしないんでしょうか?」 
 言いたい事は分かるけど。 
「……僕らは、僕にはあんな風に強くはなれませんよ、いられない。…ウサギは――」 
 理解はできる、できるけど――… 
 
 
「――『ウサギはさびしいと死んでしまう』。…とても軟弱な種族なんです」 
 
 
 謙遜しつつもおどけてみせるご主人の姿は、やはり僕には眩しかった。 
 理解はできても、出来ない事が。 
 やっぱり世の中には、存在するものなんだと。 
 
 
 
=─<<1-5 : Sweet Lovers : 5th day PM 3:39 >>────────────────= 
 
 
 ――存在するものなんだと思う。 
 
「というわけで、事の始まりはまぁヴィー君、ミレイちゃん夫婦とのスワッピングでね」 
 
 さらっと言われたとんでもない言葉に、 
 思わず口の中に入っていたスコーンを吹き出しそうになってしまい激しくむせた。 
 「失礼」と言おうにも、咳き込みが激し過ぎて声も出ない。 
「ゴフッ、グフッ、グフッ、ゲフッ……!!」 
「あの夜は本当に燃えたわよねぇ。激しすぎて今でも思い出すだけで濡れてきちゃう」 
 そうしてそんな僕の醜態にも構わず、平然と後を継ぐ奥さんがまたあれだ。 
 口に手を当てて、外に飛び散らないようにするのが精一杯。 
 お茶を飲もうにも咳き込みが止まらなくて、ちょっと涙まで滲んだりした。 
 
 
 
 どうも戻って来るのが遅いと思ったら奥さん、 
 どうやらついでにお茶請けのお菓子も買いに行っていたらしかった。 
 
――『はいどうぞ。イヌさんと言ったらやっぱり紅茶にはこれでしょう?』 
 
 そう言って満面の笑みと共にテーブルに出してくれたのは、 
 僕らイヌにとっては親しみ深いお菓子であるスコーン。 
 異国であるこのアトシャーマで、わざわざイヌの国の菓子であるこれを 
 手に入れて来てくれた、そのご好意にはいたく感謝するのだけれど。 
 
(…………あっま) 
 
 甘い。 
 甘すぎる。 
 なんだろうこの甘さは。 
 
 スコーンはそもそも紅茶やコーヒーに供するためのお茶菓子であって、 
 しかもジャムやクリームを塗って食べるのが普通だから、 
 生地自体には味がほとんどないのが普通なんだ、少なくともイヌの国では。 
 (分からない人は、乾パンやクラッカーをイメージしてほしい) 
 
 ……それが何だろう、どう見ても生地に砂糖が入ってる。 
 生地に砂糖が入ってるだけでなく、よく見れば表面には糖衣と粉砂糖まで。 
 うちの国ではスコーンに砂糖なんて入れません、 
 小麦粉とバターとふくらし粉と卵と牛乳、それだけで作るからスコーンなんです。 
 
 ……スコーンじゃない。 
 こんなのスコーンじゃないもん。 
 こんなのル・ガルのジェントルドックがティータイムに楽しむ、 
 本家のスコーンじゃありません。 
 
(…………うわぁ) 
 
 なんて言えるはずもなく、とりあえずモクモクと食べていたら、 
 目の前のウサギ夫婦はこれに更に蜂蜜やらジャムやらクリームやらをつけて、 
 それはそれはおいしそうに。 
 
 ……そんな所にの、この爆弾発言である。 
 つくづく世の中には、理解はできても実行は勘弁という事が多いみたいだ。 
 
 
 
「『あーん、ナマが、ナマがいいよぅ』」 
「『だいじょぶだから、今日はだいじょぶな日だから、お願い入れてぇ』」 
 
「ゴホッ!ゲホッ!……あ、あの、何、やってるんですか……」 
「…え? だってこれはそういう場で、それはそういう番組なんでしょう?」 
 キョトンとした表情で僕の顔を見る奥さんだが。 
「…だ、だからってわざわざその時の様子を迫真の演技して貰う必要は……」 
 録音されてるってのは、もう何度言ったか分からない位なんだけど。 
 てか旦那さんまで、わざわざ奥さんの声真似してまで合いの手入れるのはどうかと。 
 ……どうかと思うんだけど。 
 
「ええーっ!? ここが重要な所なんじゃないの、ねぇハー君?」 
「そうだよ! 僕らの愛を是非とも世界中の皆さんに届けて貰わないとねっ!」 
 
 両手握り合ってそんなガッツポーズまで決めて。 
 気持ちは分かるが、普通誰も。 
 気持ちは分かるが、普通誰もやんない。 
「だ、大体ご主人の方は、それで悔しいっていう感情は無いんですか!?」 
「……悔しい?」 
 咳払いをして訊く僕に対し、これまたキョトンとして首を傾げる旦那さん。 
 でも、だって普通はそうだろう!? 
 『スワッピ……ごほん、『夫婦交際』して、でも相手の男の子を奥さんが孕んじゃって、 
 それで普通に出産を許した上で自分の子として育てるだなんて、 
 どう考えてもNETORARE―― 
 
「…でも、ヴィー君とは前々からの友達だし、何よりいい漢(やつ)だし……」 
「そりゃハー君に比べたらガサツですけど、でもそれはちょっとぶきっちょなだけで 
本当はとても優しくて紳士的な方なんですのよ? 意外にはみかみ屋さんだし…」 
 
 ……いや、だから。 
 
「実際、公私双方で長いこと夫婦ぐるみの付き合いだしねぇ?」 
「ヴィー君もミレイちゃんも、驚きこそしたけどとっても喜んでくれましたし」 
「『結婚』が立場上無理なのこそ残念で」 
「本当に、向こうも二人目はまだだからって、特にヴィー君が欲しがったんですけど」 
「まぁそこは慣行に従ってヴィー君も最後には折れてくれたよ」 
「いつでも会いに来てくれていいからって言ったら、渋々でしたけれどね」 
 
 …えー、何? 
 …そういうもん? そういうもんなの? 
「……ていうか、父親がどっちかとか普通に揉めなかったんですか?」 
 こんな不謹慎で、色々面倒そうな事をそんな簡単に言ってくれちゃって。 
 至極真っ当な、考えるべくとしての常識的な事も僕としては考えるのだけど。 
「…フッ、魔法大国アトシャーマの『性活』技術を嘗めてはいけませんよ!」 
「じゃじゃーん、驚くなかれ、妊娠二ヶ月でもう父親判定、性別判定は可能っ!」 
「…せ、『性活』……??」 
 ……なんで『そういうトコ』だけはネコの国以上に高度なのか。 
 ……どうしてそういう技術の開発に掛ける知識と熱意だけは圧倒的なのか。 
(父親がどっちかで悩んでる子が居たらウサギの国を薦めよう……) 
 あっけに取られた頭でそんな事を考えつつ、ただただ紅茶で喉を潤すしかない。 
 
 
 ――ちなみにこれは後から分かった事だが。 
 ウサギの国における『夫婦形態』というのは、必ずしも男1人女1人とは限らない、 
 男2人に女1人とか、男3人に女5人とか、そういうのも普通にあるらしい。 
 
 …もっとも『婚姻』が特別の関係、よっぽど気があって仲良しなウサギ達の間で 
 結ばれるものだというのは他の種族や国々と同じらしく、 
 そういう理由で言えば、さっきの男3人に女5人みたいな大所帯は珍しい。 
 『婚姻』まで行くのはよっぽどの、本当によっぽどの仲良しさん達の間でだけで、 
 大抵はそこまで強固厳格には結びつかず、友達関係で済ますんだとか。 
 
 夫婦が友達と違うのは、すなわち社会的責任を伴う『家族』の、『共同体』の形成。 
 夫婦の内の誰かが子供を生んだ場合、皆で一人前になるまで扶養して育て、 
 全員の子供であるかのように分け隔てなく接するのだそうだ。 
 住居に関しても共有して同居し、財産なんかも家族全員で共有して分配。 
 
 …『友達』で済ます場合は、そこまでは行かずもっとフランクな、 
 仲良しだけど同居とか財産共有とかまでは行かない、緩くて楽な関係になるらしい。 
 目の前のウサギ夫妻のケースみたく、 
 『友達』同士で子供が生まれてしまい、でも『結婚』まではしない場合なんかでも、 
 まぁ普通に交流や、必要に応じての出来る範囲での資金援助はする。 
 ――ちなみに先刻話題になった超高度な父親判定も、 
 この辺から来る責任追及といったゴタゴタをよりスムーズの解決する為、 
 かなり早期から研究開発されていた結果の産物なのだとか。 
 
 ……おかげで「そちらに負担は掛けませんから種だけください、自分で育てます」な 
 羨ましい申し出も普通にあったりするそうだけど、 
 そういう場合でも、だからって本当に一切手助けしないケースは逆に珍しい、 
 なにせウサギは優しいので、多くは男側が自分から援助を行うらしい。 
 かといって一切援助をしない事が社会的・世間的に非難されるわけでもなく、 
 (※冷たい男だという事でその後のモテモテ度には大幅にマイナスならしいが) 
 たくさんの女の子から狙われる競争率の高い男も存在する関係上、 
 (※そういうのは凄いレアケースらしいが) 
 互助一切無しの種だけ関係もOK、育てられるなら問題なし、各ウサギの自由。 
 
 聞けば聞くほど、知れば知るほどものすごい関係、ものすごい種族だが、 
 でも実はこんなの『まだまだ序の口』。 
 ……ウサギの夫婦制度の凄いのは、共同体形成の意味合いが大きい関係上、 
 『男2人』の夫婦や、『女3人』の夫婦を作るのが認められてる事。 
 実法的にも、世間的にも、ごく普通に。 
 それはつまり…… 
 
 
「何より僕自身ヴィー君とは、お尻を許し合った仲だしねっ!」 
 ブフッ!! 
 
 今度はもう紅茶を噴いた、噴いてしまった。 
 さすがに相手に掛かるなんて事だけは回避したものの、テーブルは汚れるし、 
 何より僕の方がちょっと気管に入って死にそうになる。 
 
「『入れた』し『入れられた』、『舐めた』し『舐められた』、ほら、理想の関係さ!」 
 『ウサギの男でもここまで一方的でないリバリバな関係は珍しいよっ☆』と 
 誇らしげに胸を張ってのたまうご主人だったけど、 
 僕はもうそれどころじゃない、背中を丸めてむせ返りながら涙を流す。 
「もう、ヴィー君ラブは貴方だけじゃないもん、私だってお尻を許した仲なんだから」 
 そこにプンプンしながら、でも本気で怒った様子ではない奥さんが続ける。 
 でも何? 
 アナル普通? 
 男も女も普通にアナルはプレイの一環なの? 
 あなるせっくす? 
 
「それに……ミレイちゃんにお尻を犯されてよがってたのはだーれ?」 
「はは、それを言うならそのミレイちゃんのお尻を更に犯してたのは誰だい?」 
 ………… 
「大体あの時だって、前をヴィー君に、お尻をミレイちゃんに、口を僕に犯されて…」 
「やーんもう、やめてよぅハー君ったらぁ」 
 バシバシと旦那の身体を叩くご婦人。ウサギの国では 
 他人を傷つける事は厳禁のはずだけど、これくらいはまぁいいのか……って、 
 ……エーナニ? 
「『いいよぅ、いいよう! 私おかしくなっちゃうよぉ!』だったっけ?」 
「…だ、だって、だって、あんな…ナマで、しかも三本差しなんて…… 
凄くてっ、メチャクチャで……壊れちゃいそうだったんだもぉんっ♪」 
 やーん、とか、きゃーん、とか言いながら顔に手を当ててぶんぶんする奥さん。 
 ……ていうか女なのに差した差す? モウリカイデキナイ。 
 
 
「ケホッ、ゲホッ……ま、ま、まさか、その、ケホッ、奥さんは、半陰よ――?」 
「え? …あらやだ! 違いますわよ違います♪」 
「そうそう、ペニスバンドペニスバンド♪」 
 
 ペニ 
 
「……ペ…ペニ、ペニス……バンド、というのは…?」 
 うぅ。 
 ああ、顔が熱い。真っ赤だなきっと。 
 こういう時ばかりはマダラじゃなくて良かったと思う。 
 バレにくくて済むから。 
 もういい大人、尻の青い子供じゃないと思ってたつもりだったけど。 
 でもやっぱりこんなアブノーマルワードを、 
 白昼の、それも訪問先の民家、世間話の中で堂々と出すのは、流石にちょっと。 
 
「え? ペニスバンドはペニスバンドですわ」 
「ディルドーですねディルドー。張り型とも呼ばれる、大人のオモチャの一つです」 
 ……いや、それは知ってますけど。 
「め……珍しくは、ないんですか」 
「「??? 他の国では珍しいんですか?」」 
 珍しいですよ、はい。 
 というかそもそも同性婚や同性姦淫、ホモセクシュアルにバイセクシュアル、 
 ゲイやレズビアンに関しては、 
 大抵の国では忌避感があったり非難の対象だったりが普通だったと思います。 
 法的・宗教的に厳しく禁じられてる国や種族こそ少ないですが、 
 眉をひそめられない、おおっぴらに認められる国なんてのは流石に聞いた事が。 
 
「ペニスバンドを使わないなんて……じゃあ、夫婦で奥さんの側が旦那さんの側を 
突きたくなったり苛めたくなったり喘がせたくなったりした時はどうするんですか?」 
「そ、それは……その……」 
「なりますよね? だって女の子ですもの。いっつも男の子だけが攻めなんてずるい、 
女の子だってたまには攻めに回りたいでしょう? プレイもマンネリになりますわ!」 
「…ぎゃ、逆レイプやフェラチオなんてのは、あるみたいですが……」 
 
 ……って、僕は何を言ってるんだ。 
 
「ああんそういうのじゃなくって! もっと『ズコズコ』とか『バコバコ』とかそういうの! 
女の子だってたまにはズコズコバコバコしてみたいはずじゃあないですか!」 
「そうですよ、そうして男だってズコズコバコバコされたい時があるもんでしょう!?」 
 
 嗚呼やめてください。 
 お願いですからやめてください。 
 下卑た表情で卑猥さを漂わせながらとかならともかく、 
 そんな真剣かつ真面目な表情で『ズコズコ』『バコバコ』言わないでください。 
 頭がくらくらしてくるんですけど。 
 
「……仮に外の国に張り型がないとしたら、それは由々しき事態ねぇ」 
「ああ、是非ともそこの所はうちの国の宣伝も兼ねて念入りに伝えて貰わないと」 
 あ、ちょっと、何深刻な表情で頷きあって、 
 
「うちの国の名物といったら、時計にワインにジャムが有名だけどっ」 
「隠れた名物の一つがペニスバンド、そこのところをお忘れなく」 
「マンネリ気味の夫婦生活を解消するために☆」 
「あるいは夫婦ゲンカのない円満な家庭生活のために!」 
「細くて長いのから太くて短いのまで」 
「前の穴用からお尻の穴用、中にはポンプで暖めたミルクを出せるのまで」 
「お金とご相談さえ頂ければ、オーダーメイドも致しまぁす♪」 
「他の種族の方も、勇気を出して! 是非とも新しい世界にいらしてみてください!」 
 
「…やめてぇ……」 
 泣けてきた。 
 
 
 
=─<<1-6 : shameless & jealousless : 5th day PM 4:08 >>────────────= 
 
 
「……あなた方には、羞恥や嫉妬というものはないんですか?」 
 ぐったりとして。 
 インタビュアーとして相応しくない、多少トゲのある言い方になるのも仕方ない。 
 とにかく疲れて困る。 
 ためらいもなく次から次へと飛び出す隠語やトンデモカミングアウトに、 
 だけど記者である僕の方が疲れて果ててしまった。 
 …なんだか色々気を遣ったり、遠慮をするのがバカバカしくもなってくるものだ。 
 
 『やったわ♪ やったわ♪』 
 『これで世界中のマンネリ気味の夫婦生活が数多く救われる事だろうねッ!』 
 なんて手を手を取り合って喜ぶこのウサギ夫婦を見ていると、 
 「ウサギに羞恥心がないんじゃないか」というそんな疑いさえ湧き上がって来る。 
 
 あるいは幾ら……穴兄弟でホモレズ夫婦交際ありの大親友だからって、 
 それでも寝取られ紛いの事をされても喜ぶだけのご主人や奥さんに、 
 嫉妬という感情は存在しないんじゃないかという、そんな疑いもまた浮かんで来る。 
 ……とりわけ僕らイヌの男は、所有欲とか独占欲とか支配欲とか、 
 従順でマゾでヘタレと思わせといてそういうのが強い、嫉妬心も大きい傾向があるから、 
 尚更この二人の、特に旦那さんの考え方は異質に映る。 
 …僕自身、こんな爽やかに割り切るなんてとても。 
 自分の血、自分の種だという事に拘るのは、イヌやオオカミではまず普通だ。 
 
「ありますよ?」 
 ――と言うのは奥さんだ。 
 いつのまにか目を覚ましてしまったらしい黒髪、黒耳、黒目の我が子を、 
 胸に抱いてあやしながら。 
「『恥ずかしい』と思う気持ちはありますし、『嫉妬』という感情も理解はできます」 
 ――と答えるのは旦那さんだ。 
 短い灰色の毛で覆われた指を、自分の血は流れていない子の前に差し出し、 
 それに手を伸ばそうとする女の子を優しい表情で眺めながら。 
 
「ですがさっきも言った通りに、そういうのは『悪いもの』に対してしか働きません。 
『良いもの』を恥ずかしいと思う事や、『良いもの』に対して嫉妬をするという事は、 
ウサギの民、レシーラ教の教義に置いてはそれこそ恥ずべき――…」 
 ご主人がふいに、とても真剣な表情をして。 
「…――そう、お宅の国での『フリン』や『ウワキ』に対してと同じ位の禁忌ですかね」 
 
「……キンキ、ですって?」 
「はい」 
 飛び出した硬質な言葉に、柔らかく頷くのは奥さんだ。 
「『悪いもの』には、戸口に棒して外には出さない」 
 ――『悪いもの』というのは、やはりこの場合憤怒や怨恨、嫉妬といった感情で。 
「だけど『良いもの』なら喜んで皆と、分け合い、共有しあうのがウサギの常理。 
そしてその暖かさと幸せで、戸口の中の『悪いもの』を弱め消し去るのですわ」 
 ――『良いもの』というのは、愛や恋、気持ちのいい事、楽しい事か。 
 
「『愛』に『友情』、『ぬくもり』に『幸福』、『気持ちよい』…、どれも素晴らしい事だ」 
「『恋』のように甘くて素晴らしい蜜は、皆で分け合ってこその美味しさでしょう?」 
 微笑み合って手を取り合いながら、 
 でもまるで『美徳』や『お菓子』を語るみたいに『性愛』を語る。 
「でもそんな素晴らしいはずの物に、恥と思っての壁を立ててしまったらどうします?」 
 
 
「性別が同じであろうと、種族が違おうと、既にもうそんな関係になった者がいようと、 
…それでも新たに分かり合え、助け合え、好きになる、愛し合う事は素晴らしい事だ」 
「そんな手と手を取り合えた喜び、友達になれた喜びを、でも性別が違うからとか、 
種族が違う、『フリン』や『ウワキ』だからと歪め、押し込めてしまってどうしますの?」 
 理屈は分かるけど…… 
「素晴らしい事が、素晴らしいはずなのに、素晴らしくなくなってしまうじゃないですか。 
秘密に変わり、重荷と変じて、本来『よきもの』のはずなのに不安や悩みの種へと」 
「それじゃあまりにも哀しいですわ。愛し合える事を恥じる必要なんてないですのに」 
 ……為し難い事。 
 
 子が成せない、自然本来のあるべき姿じゃない事への本能から来る後ろめたさ。 
 だから同性愛や異種族間恋愛にはどこの種族でも白い目があるのに、 
 ここまでそれを払拭し、セックスというものを親交や友愛を確かめる一手段、 
 少し激しいコミュニケーションの一つ程度にまで捉え直してしまうのは、 
 もはや種族差から来る異質ですら済まない、一つの文化と呼べる価値観か。 
 
「恥と思うのは、【壁】を作る事です。己の心の中に、それ以上入って来れぬように」 
 魔法大国アトシャーマ。 
 北の極寒の地で、物質文明よりも精神文明の方が発達した稀有な国。 
「【壁】を作れば見えませんわ。中にどれだけ『よきもの』があっても、見えなければ 
他人には『善』とも『悪』とも区別がつきませんし、だから不安や疑念、警戒も生む」 
 種族としての精神的成熟は、ひょっとすると最も進んでいるのかも知れない。 
 手段こそ獣のそれ、節操なしだの淫蕩だの、色情狂など言われるけど。 
 ……でも逆に言えば、避け得ない三大欲求の一つにこれ以上なく真っ向から。 
 
「であればこそ、『愛』を『恥』と思うのは愛そのものへの背信ではありませんか! 
好きになった相手、好きになれた自分自身に対する、他でもない嘘と裏切りです」 
「壁の内側に閉じこもる内に、『見えない敵』、『本当はいない敵』を次々作って… 
…最後には自分自身をも敵に変えてしまいますわ、『自分はなんて酷い奴だ』と」 
 『打ち明けてみれば、いざ白状してみれば、そういうのは何でもない、 
 むしろ祝福してもらえる事だったりしますのにね』と、そう奥さんが哀しげに呟く。 
 
 ――大事なのはモノの豊かさよりも、ココロの豊かさ、ココロの幸せ。 
 
「堂々としているべきなんですわ。やましくも無ければ、うしろめたくもありません。 
だから私達ウサギはその事を恥とは思わない、嘘や隠し立てはしないんですの」 
「僕達がどれだけ幸せか、僕達がどれだけ毎日愛し合ってるかの証拠だものね。 
世界中の皆さんに知ってもらいたいと思う事はあっても、隠そうだなんてさ」 
 手を取り合って、誇張も気後れもなしにそう言ってのける。 
 自分達の性癖が世界中に放映されても、確かにこれなら何の痛痒も感じないだろう。 
 
 強いな。 
 …というかちょっと、強すぎる。 
 
 つまり、羞恥心を克服した種族なんだ。 
 【恥】の感情が無いわけじゃないけど、それに打ち勝ってその先に進んだ種族。 
 …そうしてだから、その行動が他の種族には『奇行』と映る。 
 羞恥心を、心中に壁を作ってしまう事を、完全に克服できてない者達にとっては、 
 ウサギの行動は『恥知らず』とか、『節操無い』としか映らないだろう。 
 本当は恥を知らないんでなく、羞恥を完全に制御可能になっただけなんだけど、 
 まぁその次元にまで達していない種族にとってはどっちも同じ。 
 そりゃあびっくりもするし、そうそう受け入れられもしない、拒否反応も示すわけだ。 
 
 
「……レシーラ教において『嫉妬』がタブーなのも、そういう理由ですか」 
 お前もそれを実践しろと言われたら別だけど。 
 だけどそういうもの、そういう存在として捉えるなら、理解できる。 
 
「ええそうですわ、嫉妬深いウサギは、だからアトシャーマでは嫌われてしまいます」 
「妬みや嫉みなんて、諍いやケンカの元にしかならないって分かってるからね。 
それくらいだったら一人の男の子、一人の女の子を全員一緒に愛する方を選びます」 
 ……分かっても出来ないから、皆困ってるんだけど。 
「『臆病さ』というものは、悪徳ですわ」 
「だから【勇気】を持つ必要がある。臆病さを抑え付けられるだけの【勇気】をね」 
 でも誰よりも臆病だから。 
 臆病だからこそ、誰よりも勇気の大切さを。 
 
「お友達が楽しそうに遊んでいて、自分一人だけがその輪に入れない時に」 
「大事なのは、『あれは酸っぱいブドウなんだ』なんて負け惜しみを言って 
自分の内側に溜め込む事じゃありません、それは積もり積もって不和を生む」 
 そして羞恥心に同じく嫉妬心までも。 
「『仲間に入れて』って言える事と」 
「自分が同じ立場になった時を思っての、それを受け入れられる優しさでしょう」 
 国民レベル、種族レベルで克服し。 
 社会レベル、文化レベルで対応し。 
「その一言を言えない『臆病さ』も、【壁】ですもんね」 
「言う前から無理だって諦めて【壁】を作っちゃうより、まずは試す【勇気】がないと」 
 図々しいとか無遠慮なとも言われるだろうそれは、 
 でも言い換えれば他人との間の垣根の無さ、共有心の表れとも捉える事ができた。 
 
 
「『独占欲が無い』……いえ、」 
 確認しかけて、だけどそれでは正しくない。 
「…『ある』けどそれを良しとしない、抑えるのを良しとするのがウサギですか」 
「さすが、ご理解が正確ですのね」 
 桃色の唇に指を添えて、目前の良い生徒にご機嫌とばかりの奥さんが笑う。 
 無いわけではないのだろう。 
 始めから感じないなんて、そこまで何か違うイキモノ、異種で異質な存在ではない。 
 ただ出来る限り……抑制する、作らない。 
 
「レシーラ教……ウサギという種族においての三大禁忌とは、すなわちそれです」 
 指折り数えてご主人も言う。曰く、 
 
 ――【殺傷】 
 ――【諍い】 
 ――【独り占め】 
 
「だから性格や容姿の良いウサギのところには、男も女も区別無しにたくさんの 
ウサギが集まりますし、集まられる方も分け隔てなく接するんですのよ?」 
「もっとも対応可能限界というものがありますから、その場合は早い者勝ちですがね」 
 
「……執着心が高じてや、痴情のもつれからの刃傷沙汰は、すると当然に?」 
 
「ええもちろん、まぁどうして、そんな怖い事」 
「それくらいだったら皆で『分け合い』ますよ。『良いもの』は皆で、仲良くね」 
 恐ろしそうに頬に手を添えて首を振る奥さんと、 
 堂々とした様子で何の引け目もなく、貞操がない事に胸を張るご主人。 
 
 
 
 猛吹雪によって外界より隔絶された、豊かだが狭い都市内。 
 スペースは狭苦しく、リソースも限られている。 
 諍いや争い事は起こってしまえばたちどころに狭い国内に大きく影響を及ぼし、 
 自然協調や協力、遠慮や妥協といった求められた事だろう。 
 似たような境遇を辿った僕らの国と違うところは、 
 この土地がより狭く隔絶された、より外敵に怯える必要がない安全地帯だったこと。 
 だから奪い合いや競い合い、自己防衛といった観念が発達せず、 
 譲り合いや分かち合い、労わり合いと助け合いの精神が発達したというところか。 
 
 貴重な財産、希少な資源、人気の高いオスないしメスを、 
 一人が独占するのではなく、無駄な消耗を避ける為にもケンカしないで分け合う。 
 なにせ周囲が寒いので、エネルギーの浪費は厳禁なわけだ。 
 単に交尾や種の保存という生物学上の目的のみならず、 
 娯楽やふれあいの一つとしても性行為や性的快楽の追及が過剰発達したのも、 
 そんな『ぬくもり』を欲したが為かもしれなかった。 
 娯楽や物質的な豊かさに乏しいこの地で、 
 物質文明よりも精神文明、物の豊かさよりも心の暖かさを追求していった結果。 
 …酷い言い方をすれば、『セックス以外娯楽がない田舎だったから』とも。 
 
「…大体、イーちゃん程度の事で嫉妬してたら僕の立場がね?」 
「そうよねぇ、もしも私がヘビやイヌだったら、ハー君間違いなく刺されてるわね☆」 
 実際。 
「……? あの、どういう意味で……」 
 まさか、と思いつつ。 
 まさか、と思いつつも、それでもどこかで否定し切れずに聞いてみたのだが。 
 
 
「ハー君はね、すっごいたくさんの子のパパさんなのよ?」 
 
 
「……は、はぁ」 
 危惧した通りの返答に、でも僕はもうそれほど驚きは―― 
 
「確かうちの子を合わせて8人よね、ええっと……」 
「ユーク君ちに、テセラちゃんに、バイエル君夫婦に、カナトちゃん、セドナちゃん、 
セレン君ちに、デューイ君夫婦にそれぞれ一人ずつだよ」 
「わぁ、ハー君すごい、ちゃんと即答できるのねぇ」 
「あはは、それくらい当然じゃないか。…勿論、一番愛してるのがイーちゃんなのもね」 
 
 ――……いや、ごめんなさい、やっぱり驚きました。 
 
「す、すごいんですね……」 
「うん♪ ……でも、ハー君みたいなのはちょっと『特別』よ? そこだけは注意ね? 
ここまでモテモテのウサギって言うのは、アトシャーマでも滅多にいないかな」 
 そこのところを念を押すように注意する奥さん。 
 …隣のご主人を見ると、子沢山自慢や精力自慢でニヤニヤと笑うわけでもなく、 
 普通に紳士的なニコニコ笑顔を保ってるのが……それはそれでアレか? 
 
「エッチはたくさんするけど、でもそんなにウサギは子沢山ってわけじゃないの」 
「楽しむ分だけきちんと避妊はしますし……」 
「事故で出来ちゃった時でも、親に育てていくだけの資力や余裕がない時は、 
きちんとお薬で中絶しないとダメなのよ? 親も子供も不幸にならない為にね」 
 意外な発言に驚いて。 
 ……ああ、でもここで意外だと驚くのは彼らに対して失礼なんだろうな。 
 物質的な豊かさよりも、精神的な充足を。 
 それを重んじて性的快楽を楽しむからこそ、あるいはそういう事にも厳格なのか。 
 ウサギの『優しさ』が無責任で野放図なものじゃないのはもう分かってる、 
 本当に『優しい』からこそ責任を取って、本当に優しいからこそ【勇気】を持つ。 
 
「まぁ本当に育てていくお金も余裕もない時に、ゴム無し、避妊薬無しで 
やっちゃうウサギは普通はいないね。居たとしても褒められた話じゃない」 
「私達だって、最初の子が成人して余裕があったからこそ 
ヴィー君達とゴム無しエッチを楽しめる余裕があったんですもんね」 
 そんな責任ある優しさは、目の前のこの夫婦にあってもどうやら同じらしかった。 
 見境ないと見せかけて置いて…(見境無いからこそ?)、 
 それでも最低限のケジメはきっちりつけてた、そこまで酷くは無かったみたいだ。 
 
「大体どこも2人、多くても3,4人かしらね? 普通のウサギの女の子の場合?」 
「1人ってのは逆にあまりいないけど、4人もあまり見かけないね」 
「アリアンロッドやイナバの分家みたいな名家筋になるともうちょっと増えるけど…」 
「それでも多くて5,6人かな? …8児の母、10児の母ってのはまず見ないね」 
 
「…それでアトシャーマの人口増加は、こんなに緩やかなわけですか」 
 そこら辺は、素直に身につまされる思いだ。 
 
 ――『可哀想だから産んだ』けど、でも結局『育てられなくなった』から。 
 そういう理由で生まれた捨て子や浮浪児、ゴロツキ、チンピラが、 
 うちの国やネコの国の都市の路地裏、ダウンタウンにはごまんと転がっている。 
 大陸の中でも有数の文明国を気取っておきながら、 
 でもそういう所のケダモノぶり、無責任さは、案外どこの国より酷いのかも知れない。 
 
 とりわけシュバルツカッツェの裏路地やダウンタウンが、 
 その賑やかさ煌びやかさに反比例しての大陸有数の無法地帯なのは有名な話。 
 捨て子の数自体はそれよりも多いイヌの王都の裏路地やダウンタウンが、 
 それでもネコの国のダウンタウンよりは治安がいいのは、 
 なんて事は無い、軍がまるで同じイヌじゃないみたく容赦なく取り締まってるからと、 
 温暖なネコの国と違い、冬を越せずに凍死する浮浪児の数が膨大だからだ。 
 しかも両国とも地方や辺境部に至っては、未だに『人買い』や『子返し』が残ってる。 
 これは都市国家であるという利を持つアトシャーマと違い、 
 辺境の農村部や貧民階級までは避妊用具や堕胎技術が行き届かないからで。 
 そしてそうやって生まれたゴロツキやチンピラが、 
 盗賊だの山賊だの野盗だのに身をやつして国内の治安を低下させる。 
 
 年中内乱状態のヘビやカモシカ、北の僻地のウサギやシロクマの事を、 
 辺境国、未開国と指差して言うネコやイヌは多いけど。 
 ……でもこういうのを見ていると、さて本当にケダモノなのはどっちなのか? 
 ……色狂い、色情狂であるウサギよりも節度がないのは、どこなのか? 
 
「でも、だからこそハー君はすっごぉーいのよ!?  
もう男の子にも女の子にもモッテモテでね! ハー君の赤ちゃんなら欲しいって子、 
もう他にもいっぱいいるんだから! 私のじまーんの旦那様なのよ♪」 
「ははは、いっぱい居過ぎてちょっと困っちゃうくらいだけどね」 
 
 ………… 
 
「もうっ! ハー君ったらメッよ、そんな『多すぎて困る』なんて弱気な事言っちゃ! 
なんてったってこの私の旦那様なんですからね? もっと皆の好意と友愛を 
ひろーい懐で受け止められる、立派で実力のある男の人になってくれなきゃ!」 
「……!! そうだ、そうだねイーちゃんッ、僕が間違ってたっ!! 
不甲斐ない僕を許しておくれ、10人に求められたら10人に、100人に求められても 
100人に答えられられるような大地のように懐の深い男になってみせると誓うよ!」 
「ああんダーリーン♪」 
「ああ愛しのハニー♪」 
 
 ……あ、でも。 
 ……ケダモノじゃあないかもしれないけど、でもバカップルなのはどうなんだろうな。 
 繁殖に節度があっても、人前でいちゃつくのに遠慮が無いのは問題じゃないかな。 
 ……目の前で可視可能なくらいのハートマークを飛ばしながら、 
 「うふふふ」とか「あははは」と自分の世界を形成する二人を見ているとそう思う。 
 
 知れば知るほど、よく分からない。 
 
 やっぱりウサギは、他の種族と比べて「異常」なのかもしれなかった。 
 
 
 
 
 
 

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