せっかくの料理をこぼさないよう慎重に、でもできるだけ急いで僕は歩く。  
 長い長い廊下のちょうど真ん中あたり、大きな扉をノックすると、中からご主人様の穏やかな声が聞こえた。  
 よかった。今日は読書中じゃなかったみたいだ。  
 僕のご主人様はとても読書好きで、本の内容に没頭しはじめると何も聞こえなくなってしまう。  
 そうなると手が痛くなるくらいノックを繰り返さないと気付いてもらえない。  
 今日はそうならなくてよかった、と思いながら僕はドアを開けた。  
 少し甘い、どこか懐かしいような匂いが鼻をくすぐる。  
 ご主人様は夕焼けが差し込んでくる窓の前で椅子に腰かけていた。  
 その奇麗な長い髪も、ふかふかした毛並みの垂れた耳も、眼鏡をかけた優しい横顔も、今はみんなオレンジ色で上書きされている。  
 何もかも忘れて見とれてしまいそうになったけど、僕はなんとか自分の仕事を思い出すことができた。  
「お食事をお持ちしました、ご主人様」  
「ありがとう、ぽち」  
 僕はこちらの世界に落ちてきたときに自分自身に関する記憶をなくしてしまった。  
 自分の名前もわからない僕に、ご主人様が新しくつけてくれた名前が「ぽち」。  
 なんでもポチョなんとかっていう、イヌの国の歴史にある伝説的な英雄から取ったらしいんだけど  
 僕からするとどうしても犬っぽく聞こえてしまうというか……いや確かにここはイヌの国なんだけど僕はヒトであって……  
「ぽち? どうかした?」  
 僕の様子を不思議がって、ご主人様が声をかけてくる。  
「あ、い、いえ。なんでもないです」  
「そう……?」  
 こんなことでご主人様に心配をかけるわけにはいかない。  
 犬っぽかろうとなんだろうと、ご主人様がつけてくれた名前なんだから大事にしなくちゃ。  
 
「そ、それよりどうぞ、召し上がってください。冷めちゃいますよ」  
 半分ごまかすように僕が言うと、ご主人様は少し考えるようなそぶりを見せた。  
「――ごめんなさい、今はいい。後で食べるから置いておいて」  
 え……また?  
「あの、ご主人様……差し出がましいかもしれませんけど、お体の調子が悪いようならお医者様を呼びましょうか?」  
 最近、ご主人様はずっとこんな調子で元気がない。  
 面白い本に熱中して、読み終わるまで寝食を忘れたりすることは何度かあったから、今回も同じだと思っていたんだけど……  
 いくらなんでもここのところずっとというのは長すぎるし、第一それならいま本を手にしていないのはおかしい。  
「体調が悪い……わけじゃない、と思うけど……」  
 なんだか歯切れがよくないご主人様の言葉。  
「でも、もし何かの病気だったりしたら大変です。念のため診てもらった方が――」  
「いやっ!」  
 いつも落ち着いているご主人様の、めったにない上ずった声に、僕は思わずすくみ上がった。  
「あ……」  
 自分の声のトーンに自分で驚いて、ご主人様は口元に手をやる。  
「……ごめんなさい。だけどね、本当に病気とか、そういうのじゃないの」  
「じゃあ……」  
 もう一つの心当たりを口にしかけて、飲み込む。これはヒト召使いの僕なんかが口を挟んでいいことじゃない。  
 でも――  
「じゃあ……サリクス様とのこと、ですか?」  
 ご主人様は何も言わない。  
 だけど、違うとも言わないということは、まったくの見当外れでもないのかな……  
 
 サリクス様――サリクス右将軍は、今この国でもっとも発言力を持っているイヌと言っていいと思う。  
 詳しい経歴は知らないけど、北伐で大きな功績を挙げて将軍位にまで昇った方で……  
 さらに先日、王様が病に伏せっているのをいいことに独断でネコの国を攻め落とそうとした兄・レガード左将軍を止めたことによって。 
 まもなくイヌの国の歴史上でも数えるほどしか存在しない左右将軍兼任――大将軍の地位を与えられるだろうと噂されている。  
 ……そして、大将軍就任と同時に僕のご主人様……イリア姫様と婚礼を上げるだろう、とも。  
 王様が重病で、いつお隠れになるかわからない今、一刻も早く次期国王を決める必要がある。  
 だけど現在この国で王位継承権を持っているのはご主人様だけ。  
 それなら一番実力のあるオスをご主人様に婿入りさせて、そのオスを次の国王とすればいい、と誰かが言い出した。  
 そして、今この国でもっとも発言力を持っているのは……  
 
「ぽち」  
 僕と同じようにしばらく黙り込んでいたご主人様が、ふいに口を開いた。  
「……ぽちは、私の味方?」  
 答えは最初からわかりきってる。  
「はい」  
「……何があっても?」  
「はい」  
 ご主人様が僕を拾ってくれたときから決めていた。  
「――ありがとう」  
 夕焼け色のご主人様が柔らかく笑う。ご主人様には笑顔が似合うと思う。  
「それじゃあ、私のお願い……聞いてくれる?」  
 
 
 足音を立てないよう慎重に、でもできるだけ急いで僕は歩く。  
 長い長い廊下はすでに明かりが落ちていて、ただしーんと静まり返っている。  
 あれからずっと、僕の頭の中ではご主人様のお願いごとがぐるぐる回っていた。  
『今夜、見つからないように部屋に来て』  
 これは、やっぱり、そういうこと……なんだろうか。  
 こちらの世界では、力が弱くて子供ができる心配もない僕らヒトは、その……えっちなことをさせる奴隷として最適だと言われている。  
 僕自身、最初はそういう目的で拾われたんだと思っていたし、そのための練習もした……というか、させられた、というか……  
 だけどご主人様は今まで一度だって僕にそういう役割を求めたことはない。  
 だからきっと、これは僕が勝手に勘違いしてるだけなんだろう。  
 でも、夜に女の子の部屋に忍んで行くっていうのはどう考えても……  
 ああ、もう!  
 どうどう巡りを繰り返すだけなので、僕は悩むのをやめてただ足を動かすことにした。  
 
 まず気付いたのは、ドアの隙間から漂ってくる香りの違いだった。  
 ご主人様がふだん好んで使っている、くせのないアロマとは違う。  
 いやな匂いというわけじゃない。ただ――いつもの香りは僕を落ち着かせてくれるのに、この香りは逆に僕を刺激するような感じ。  
 その源、サイドテーブルに立てられたアロマキャンドルの炎だけを頼りに、暗い部屋の中を見渡す。  
 ご主人様は僕に背中を向けるようにしてベッドの上にうつ伏していた。  
(眠ってる……のかな?)  
 僕がそう思った瞬間、  
「んっ……!」  
 噛み殺したような声と同時にご主人様の体がびくん!と跳ねた。  
 その動きで光の当たり方が変わって、僕はやっと――ご主人様がパジャマを上しか着ていないことに気が付いた。  
 
 柔らかそうなお尻から僕の方に向けて伸びた二本の脚。その隙間を、ご主人様自身の指が這っている。  
 あからさまに言うなら、ご主人様が女の子の部分を自分で慰めている。  
「んー……んんっ」  
 シーツか枕でも噛んでいるのだろうか、奇妙な響き方をするご主人様の声。  
 ロウソクのぼんやりした光が太腿のあたりで反射してきらきらと輝いた。  
 濡れて……るんだ。それもすごく。  
 心臓が破裂しそうに高鳴る。僕は後ろ手にそっとドアを閉め、ふらふらとベッドに近付いていった。  
 ほんの少し腰が浮いているせいで、しなやかな指が割れ目を撫でる様子がよく見える。  
「ん……くぅ……」  
 時折、おそるおそるといった感じで指をわずかに中に潜り込ませてはすぐに抜く。  
 それだけの動作でもご主人様の気持ちいい液がとろり、と溢れ出してこぼれていく。  
 弱い照明の中で目をこらして見てみれば、ご主人様のあそこの下にはそうしてできたシーツの染みが広がっていた。  
「ふぁふ……ううん……」  
 夢中で僕に気付いていないのか、それとも気付いていて見せつけようとしているのか――ご主人様はいっそう高くお尻を持ち上げる。  
 つ……と上から下へ、秘裂をなぞるように指を滑らせていく。ゆらゆらと左右に揺れるしっぽがご主人様の快感を表していた。  
「んあぅ!」  
 指が秘裂の終点、ぷっくりと膨らんだ芽の部分にたどりつくと、ひときわ高い悲鳴と共にまた腰が跳ねた。  
 裸の下半身を震わせながら、けれどご主人様はそこから指先を離そうとしない。何度も何度も快感の種を擦る。  
「んっ! うあぅっ……あぅん!」  
 何かに耐えるみたいにご主人様は体を弾ませる。さっきまでうつ伏せだったのに、今ではほとんど膝立ちの格好になっている。  
 ご主人様の愛液がまた新たに一筋、二筋と太腿を伝っていく。その眺めから僕は目が離せない。  
 そして、白い中指と親指が肉芽を摘み上げたとき――ご主人様の背中と脚としっぽがぴん、と伸びた。  
「んぅっ……んああああああぅ!」  
 突っ張った手足が、やがてゆっくりと脱力していき、くたりと折れる。  
 豊かな金色の髪がせつな宙に広がり、それからご主人様がベッドに倒れ込む軽い音がした。  
 
 静まり返った部屋の中、はっ、はっ、という荒い呼吸音だけが聞こえる。  
 それは快感の余韻に浸るご主人様のものだろうか。それとも僕のものだろうか。  
 ご主人様の手がまた股間に潜り込んで、くちゅ、と必要以上に大きな水音を立てた。  
 また始まるのかな……?と思わず僕は唾を飲み込む。  
 けれど、実際にはそうはならなかった。  
「ぽち……?」  
 ご主人様が、肩越しに僕の方を振り返る。眼鏡はしていなかった。フィルターを取り払った澄んだ瞳に見つめられて僕は返事もできない。  
「おいで……」  
 ご主人様はいつものように優しい、でもいつものように優しいだけじゃない微笑みを浮かべて手招きする。  
 その仕草には逆らえず、僕は靴を脱いで、手と膝で四つんばいになって大きなベッドに上がり込んだ。  
 横に並ぶとご主人様の上気した頬、涙ぐんでいる目尻、それに……今までくわえていたらしい、よだれで濡れたシーツがわかった。  
 いつも落ち着いているご主人様がこんなに乱れるなんて……  
「遅いよぅ、ぽち」  
 少しすねたように言って、ご主人様は僕の目の前に右手――さっきまでご主人様の秘部に触れていた手――をかざす。  
 ご主人様の手は、指先からしずくが落ちそうなくらいびしょびしょに濡れていた。  
「ぽちが来てくれないから、こんなにしちゃったよ……?」  
 甘い声が僕を責める。ご主人様は右手をそのまま僕の唇にあてがった。違和感からつい顔を遠ざけそうになって、なんとか我慢する。  
 口の中に指先が潜り込んでくる。もう遠ざけない。ご主人様の希望を汲み取って、僕は一生懸命濡れた中指を舐めた。  
 これが、ご主人様の味……  
「ふふふ、くすぐったい」  
 ご主人様がくすくすと笑う。やがて指が引き抜かれると、今度は僕のよだれが糸を引いた。  
 
「ご主人様……」  
 少しためらってから、僕は自由になった舌を動かす。  
 ご主人様が僕を求めてくれるなら、それは嬉しい。だけど今夜のご主人様はなんだか――おかしい。  
 だから、確認しておくことがある。  
「お薬……発情抑制剤、飲み忘れたんですか?」  
 僕の言葉に、ご主人様はそれまでのうっとりした表情を失って、目を伏せた。  
「こんなときに聞くことじゃないのはわかってます、でも――」  
 事故なら事故だとはっきりさせておきたい。勘違いしなくてすむように。  
「違うの……」  
 ご主人様はふるふると首を振った。  
「でも……違わないのかもしれない」  
「え――?」  
 その言葉の意味がつかめなくて、僕は戸惑う。  
「お薬はちゃんと飲んでる。ちゃんと飲んでるのに、それなのに……私の体、おかしいの……」  
 するすると、ご主人様の右手がまた下がっていく。  
「あんまりご飯が欲しくなくなって……本を読む気も起こらなくなって……その代わり、いやらしいことばかりしたくなって……」  
 水音と共に、ご主人様が眉をひそめる。また指先であそこを弄り始めたらしい。  
「何回、い……いっても、満足できなくて……んっ、オスを迎え入れないとっ、治まらないみたい……で……」  
 ご主人様は目を閉じて一心にオナニーを続ける。  
「これっ、まるで……はっ、発情みたい……だよね? だけど、んぅっ! 私、お薬ちゃんと飲んでるのに……どうして、どうしてぇ……っ」  
 ぽろ、とこぼれた涙は快感のせいだろうか、それとも――  
「んっ……やっぱり私、病気……なのかな……? でも……ふぁ、こんなことお医者さんに言えない……言えないよぅ……」  
「ご主人様!」  
 僕は思わずご主人様を抱き締めた。  
「あ……」  
 それで我に返ったように、ご主人様は目を開ける。  
 僕はその濡れた瞳を見て、すごく奇麗で色っぽいな……なんて場違いなことを思って、どきどきした。  
 
「すみません……ご主人様」  
「どうしてぽちが謝るの……?」  
「その……色々」  
「それじゃわからないよ……」  
 ご主人様はいつものように優しく微笑んでくれた。  
「私の方こそ、ごめんなさい。こんないやらしい主人で……」  
「ご主人様が謝ることなんて何もないです。……僕の方が、ずっといやらしいですし」  
「え――?」  
 僕はご主人様の手を取り、自分のズボンに押し当てる。  
 そこには、とっくにかちかちになってしまっている僕のものがあった。  
「あ……」  
 ご主人様が目を丸くする。かなり……いや、とても恥ずかしい。  
「ご、ご主人様があんな……見せるから」  
 思わず視線をそらして言い訳をしてしまう。  
「私がしてるのを見て、こんなにしたの……?」  
 すりすりと、僕の形を確かめるように撫でてくる手。これで最大だと思っていたのに、ご主人様に触られるだけでさらに熱を帯びてくる。  
 ご主人様の声にもだんだんとさっきの熱っぽさが戻ってきた。  
「そう……主人と召使い、揃ってえっちなんだ……」  
 楽しそうに笑うご主人様。スイッチは入ったまま……やっぱり発情しているようにも見える。  
「ぽちのこれ……私にくれる?」  
 服の上から強めにこわばりを押さえられて、僕は黙って頷いた。  
 
 作法にならって、ご主人様の後ろに回る。  
 イヌの国ではこの体勢――後背位が標準的な体位だ、って教えられたけど……  
 ヒトの僕にとっては、初めての相手とこの姿勢でするのはなんだか変な感じがしないでもない。  
 でもご主人様の知識の中でもこれが標準的なんだろうし……  
「ぽち……?」  
 ご主人様が振り返って、不安そうに僕の名前を呼んだ。  
「あ、はい。準備……しますね」  
 おもむろにすべすべしたお尻に触れる。  
「ん……」  
 ご主人様の肌はすみからすみまで色が白くてきめ細かい。ずっと撫でていたくなる。  
 ちょっとした好奇心から、僕はお尻の上で揺れるしっぽにも触れてみた。  
「きゃん!」  
 たちまちご主人様が悲鳴を上げる。  
「す、すみません! 痛かったですか?」  
「痛くはないけど……びっくりしちゃった。急にしっぽなんて触るから……」  
「あんまりこういうときに触るところじゃない、ですか……?」  
 もしかしたらすごく気持ちよくなってくれるかも、って少し期待したんだけど……  
「触って気持ちいいところだったら、さっきも……」  
 段々と小さくなっていくご主人様の声。  
「あ……そ、それもそうですね……」  
 僕もなんとなく恥ずかしくなってしまった。  
 
「それより……」  
「はい、それじゃこっちを……失礼します」  
 促されて、僕はご主人様の大事な部分に顔を寄せる。  
「あ、違……うぁんっ!?」  
 下の唇にキスされてご主人様の言葉が途切れる。  
 すでにご主人様自身の蜜で潤っているそこに、さらに僕の唾液をなすり込むようにぺちゃぺちゃと舌を動かす。  
「だめっ、また……また溢れてきちゃう……」  
 そうやってふたつの体液が混ざり合ったのを見計らって、僕はず……とそのミックスジュースを啜った。  
「や……飲まないでぽち、おと、音立てないで……!」  
 両手で大きな耳を押さえて、音を聞かないようにするご主人様。その仕草があんまり可愛らしかったから、僕はわざと喉を鳴らして飲んだ。  
「いやぁ……!」  
「あ――?」  
 僕の口から逃れるように、ご主人様の体がベッドの上の方へ移動する。  
「ぽち、ひどい……」  
 枕をぎゅっと抱き締めながら、今度こそ本当にすねた口調でご主人様が言う。  
 ちょっと調子に乗りすぎた……かな。  
「す、すみません。つい……」  
「は……早く欲しいのに、焦らしてばっかり……」  
「……え?」  
 もしかして、ご主人様のご機嫌が斜めなのは、さっきの意地悪のせいじゃなくて……?  
「もう、準備はできてるから……」  
 枕に顔を半分うずめたまま、ご主人様がお尻を高く持ち上げる。しっぽがぱたぱた左右に振れる。  
「……して……」  
 目の前のご主人様の媚態と甘えた声、それに部屋に満ちた嗅ぎ慣れない匂い。全部が僕を興奮させて頭をくらくらさせた。  
 
 服を脱いで、痛いくらいに腫れ上がったものをご主人様のそこにあてがう。  
 ご主人様はきつく枕を抱き締めている。初めてオスを迎え入れることに対する期待と不安がごちゃ混ぜになっているんだろう。  
「我慢できないようだったら言って下さいね……」  
「うん、もう我慢できない……きて……」  
「そ、そういう意味じゃなくて――」  
 慌てて言葉を足そうとすると、くすっとご主人様が笑う声が聞こえた。  
「わかってる……ありがとう。でも、ぽちのだったら大丈夫だから……」  
「……ご主人様」  
 僕はその背中に抱き付きたくなる気持ちを抑えて、代わりにゆっくりと腰を突き出していった。  
「あ……入って……」  
 先っぽがくるまれただけでものすごく気持ちいい。柔らかくうごめく濡れた内部が僕の欲望をさいなむ。  
 ご主人様のえっちな姿を見続けたせいで限界まで張りつめたこわばりは、油断すればすぐに爆発してしまいそう。  
 なんとか耐えて入っていくと、やがてご主人様の中に抵抗を感じた。  
 一瞬だけためらったけど、僕はその先へと僕自身を進めた。  
「くぅん……っ!」  
 何か、ひきつるような感触。ご主人様が枕を抱きつぶす。  
 そして――こつん、と僕のものがいちばん奥まで達した。  
「ぽち……」  
 息を乱したご主人様が僕の名前を呼ぶ。  
「ぽちので、私の中いっぱい……」  
「ご主人様……我慢、できそうですか……?」  
 ふるふると首を振るご主人様。本当はもっとこの快感を味わっていたいけど……ご主人様を苦しませるわけにはいかない。  
「じゃあ……抜きますね」  
 そう言って腰を引こうとした瞬間、お尻に添えていた僕の手にご主人様の手が重ねられた。  
 
「ち、違うの……」  
「ご主人様……?」  
「我慢できないのは、気持ちいいほう……」  
「え……?」  
 恥ずかしさからか、僕の手を握るご主人様の手に力がこもる。  
「だ、だからっ……すぐ、いっちゃいそうなの……」  
「い、痛くはないんですか……?」  
「ちょっと痛いけど、気持ちいい方がずっとたくさん……」  
 手だけじゃなく、ご主人様のあそこも僕を逃すまいときゅ、きゅと締め付けてくる。正直、中でじっとしているだけでも余裕がない。  
「おちんちん入れてもらうと、みんなこんなに感じるの……? それとも……私がいやらしいだけ……?」  
 うわごとのように呟くご主人様。そのお尻がかすかに、でも確かに前後に動き始めている……  
「どうしよう……動いちゃうよぅ……やっぱり私、すごく、んっ、いやらしいみたい……」  
 僕はすっと腰を引いて、ご主人様が押しつけてくるお尻の動きから逃れた。  
「あ……」  
 ご主人様はそれ以上は深追いしてこない。  
「ぽち……やっぱり、呆れた……?」  
 ただ、寂しそうな声で僕に聞いてくる。  
「僕は、ご主人様が気持ちいいならそれでいいです……」  
 乱暴なくらいの勢いで、ほとんど抜けかけた僕自身を再び打ち込む。  
「うぁんっ!?」  
 不意打ちで深くまで突かれたご主人様が背中をのけぞらせる。  
「だから、何も気にしないで……もっと気持ちよくなって下さい」  
「はっ、はぁっ……ぽち、やっぱりひどい……急にするから、軽くいっちゃった……よ……」  
 言葉とはあべこべに、ご主人様の口調は少しも怒ってなくて、むしろ嬉しそうだった。  
「お詫びに……もっと私を、気持ちよくして……?」  
 
「んっ、くぅん……うんっ」  
 ご主人様のここは、深く潜れば潜るほど気持ちがいい。  
 初めてとは思えないくらい柔らかく熟しているのに、同時にきつく締め付けてもくる。  
 すみずみまで包まれたくて飽きず腰を進めてしまう。我慢なんて、できない。  
「ぽち、深い……よ」  
 いちばん奥に触れると、ご主人様が熱い息を吐いた。  
 さらにご主人様のお尻を引き寄せて、先っぽを押しつけるようにしてみる。少し硬いような子宮口の感触。  
「あ、あん! ぐりぐりしてる……おちんちん、私の深いところ擦ってる……」  
 先端に感じる刺激と、周りからくるまれる充足感。  
 ずっとここに留まっていたくなる気持ちを抑えて腰を引く。絡みついてくるひだに逆らうせいで摩擦計数が上がる。  
「ひぁっ!? ぎゃ、逆向きにこすれ……めくれちゃう……!」  
 入り口でわずかに引っ掛かるのを合図に、後退をやめてまた進んでいく。  
 繰り返し。繰り返し。僕はご主人様の中を何度も往復する。  
「ぽちっ、すごいよ、私の中熱くなっちゃうよぅ……!」  
「……っ」  
 悲鳴を上げたくなるのは僕も同じだった。必死で声を噛み殺す。  
 単なる錯覚なのかもしれないけど、ご主人様の体はどんどん気持ちよくなっていくみたいで。  
 だんだんとご主人様の痛みを気遣う余裕がなくなって、僕のテンポが加速していく。  
 下半身を打ち付け合う音が部屋中に響く。それこそケモノのような勢い。  
 
「ご主人様、もう……僕……」  
「うんっ、私も、私も……っ」  
 きれぎれに交わす言葉でお互いに限界が近いことを知る。  
 僕はひときわ強く、体ごとぶつかるみたいにして僕自身を突き込んだ。  
「きゃぅんっ!?」  
 ごつっ、と奥深くを叩かれて、ご主人様の体が少し前にずれる。  
「あ……」  
 乱暴にしすぎた――?  
 心配になって、思わず僕は動きを止める。  
「大丈夫……大丈夫だから、好きに……」  
 唇から濡れた舌を覗かせて、ご主人様がそう言ってくれたとき、最後の理性がはじけ飛んだ。  
「うぁんっ! ひぅんっ! きゃうっ!」  
 衝動に任せて何度も、強く強く打ち込む。一突きごとにベッドのきしむ音と甘い声。  
 最後の場所にたどりつこうと、階段をひとつ飛ばしで駆け上がっていくような感覚。  
 そして……僕とご主人様は一緒に達した。  
「んぁ、あああうぅ――っ!!」  
 まるで体に電気が走ったみたいに、ご主人様ががくがくと体を震わせる。  
 僕はご主人様のお尻を引き寄せて、根元まで飲み込まれた状態で溜まっていたものを全て吐き出した。  
 大量の精液がご主人様の中を汚していく……  
「ぽちの……私の奥に……かかってる……」  
 勢いよく吹き出る流れを感じて、ご主人様がうわごとのように呟いた。  
 左右に振れるしっぽにおなかを撫でられて少しくすぐったかったけど、僕はご主人様としっかり繋がったままでいた。  
 
 一回出してしまっても、まだ僕のこわばりは半分硬いままだった。  
 ただ頭の方は少し冷静になって、さっきは暴走してちょっと乱暴にしすぎたかも……という後悔がわいてくる。  
「ご主人様……」  
 呼びかけても返事はなくて、聞こえてくるのは荒い息だけ。僕は急に不安になってしまう。  
 ご主人様の方も、それなりに気持ちなってくれたとは思う……んだけど……  
 僕は覆い被さるようにご主人様の耳元に顔を近付けて、  
「また……いいですか……?」  
 そう聞いた。  
「ぽち……まだ、できる……の?」  
 しばらくして、心配するようなご主人様の声が返ってくる。  
「したいんです……」  
 相変わらず居心地のいいご主人様の中で、僕のものはじわじわと力を取り戻していく。自分のことながらはしたない。  
 もう一回、今度は優しくしてご主人様に気持ちよくなってもらおう、と思ったけど……それも僕のひとりよがりなのかも……  
「嫌だったら言って下さい。すぐやめますから……」  
「嫌じゃないよ」  
 駄々をこねる子供を相手にするみたいに、ご主人様はくすりと笑う。――みたいに、じゃなくてそのものなのかな。  
 それでも拒まれなかったことが嬉しくて、僕はゆっくりと前後運動を再開した。  
 僕が吐き出したもので満たされて、ご主人様の感触は少しさっきと違っている。  
「んっ、んっ……」  
 敏感になっているのか、ご主人様は動くたびに小さく声を上げる。だけどその表情はわからない。  
「……」  
 ご主人様の中から僕自身を引き抜く。少し広がったように見えるそこから、ピンク色の液体がこぼれた。  
「ぽち? やっぱり、疲れた……?」  
「そうじゃないです。ご主人様としたいです。でも……」  
 やっぱり、僕は駄々っ子だと思う。  
「その……今度は、仰向けになってくれませんか?」  
 
「この格好でするの……?」  
 仰向いて僕を見上げるご主人様が言う。今さらだけど、下半身だけ裸になっているのがすごくえっちに見える。  
「恥ずかしいよ……してるときの顔、ぽちに見られちゃう……」  
 ヒトの僕にとっては普通でも、ご主人様にとっては変な位置関係なんだろう。でも――  
「ご主人様の顔を見ながら、したいんです」  
 ご主人様の頬が赤くなる。こういうちょっとした変化も見逃したくないから、僕はこの格好でしたい。  
「でも、ご主人様が嫌なら――」  
 僕はまた、ずるい言い方をする。  
「嫌じゃないよ」  
 最後まで言わないうちに、ご主人様がそれをさえぎった。  
「私だってぽちの気持ちいいときの顔、見てみたいし……ね」  
「あ……」   
 確かに、お互いに顔が見えるなら僕の方だって見られることになる。ぜんぜん考えてなかった……  
 今度は、僕が赤面する番だった。   
 
「んぅ……」  
 目を閉じて、少し眉をひそめながらご主人様は僕を受け入れてくれる。  
 いちばん深くまで入った瞬間、目と目が合った。思わず見つめ合ってしまって、僕から先に目をそらす。  
「してることは変わらないのに……なんだかさっきより余計にどきどきする……」  
 僕が考えていたことと全く同じことをご主人様が口にした。  
 理由のわからない照れくささをごまかすように、僕はまた腰を動かし始めた。  
「くぅんっ、あっ……違うところに当たる……」  
 強くなりすぎないように、僕は時間をかけてご主人様の中を往復する。  
 動きがゆっくりだと、ぬるぬるした壁がじっくり絡みついてきてものすごく気持ちいい。結局どうやっても僕に余裕はできないみたい。  
 ご主人様は少しもどかしそうな、けれどどこか安心したみたいな表情。  
「うんっ……ゆっくりも……気持ちいいよ……」  
 さっきが階段を駆け上がる感じなら、今はゆるやかなスロープを上っていく感じ。  
 でも確実にそこに向かっていることには変わりない。  
「はっ、んっ、んんっ……」  
 僕はもう我慢を顔に出さない努力も忘れて、ただ少しでも長くご主人様の中にいるために力をこめる。  
「ぽち、気持ちいい? 私の、気持ちいいの……?」  
「はい、すごく気持ちいいです……!」  
 恥じらいをどこかに置き忘れて、感じていることをありのまま言葉にする。  
「私も、私も気持ちいいよ……」  
 ご主人様のその言葉に、潤んだ瞳に、ずきん、と僕自身が反応してしまう。  
 僕がイヌだったら、ちぎれるくらいしっぽを振りたいのに――  
「うぁんっ! 私、もう、また……っ!」  
 ご主人様の抑えた悲鳴が聞こえる。一拍遅れて、ご主人様の中がぎゅっと僕を締め付けてきた。  
 ご主人様とひとつになるような錯覚を覚えながら、僕は前と同じくらいの量を射精した。  
「あ、ぽち……こんなに……」  
 体の芯が全部吸い取られたみたいに、どっと疲れが押し寄せてくる。  
 半分倒れ込むようにしてご主人様の上に横になる。パジャマ越しでも柔らかいご主人様の胸の感触。  
 アロマキャンドルはもう燃え尽きかけていて、部屋の中にはふたりの呼吸の音だけが響いていた。  
 
 二回目が終わるとさすがに疲れたのか、ご主人様はすぐに穏やかな寝息を立て始めた。  
 僕はご主人様の体を拭いて、衣服を整えて、毛布をかけて部屋を後にした。  
 
 再び真っ暗な廊下に出る。来たときと同じで、そこには誰も――  
「……え?」  
 誰もいないはずの深夜の廊下に、影があった。  
 僕よりもずっと背の高いその影は、黒いマントに身を包んだイヌだった。  
 暗幕のようなその布の上、見下ろしてくる顔に僕は見覚えがあった。  
 黒曜種独特の浅黒い肌と黒い毛並み。そして何より特徴的な、晴れた空のように澄んだ青い瞳。  
「サリクス……様?」  
 どうしてここにサリクス様が……?  
 混乱する僕をサリクス様はただじっと観察して、やがて納得したように頷いた。  
「なるほどね。ヒト召使いか」  
 そう言ってサリクス様は奴隷の証――僕が着けている革製の首輪――に手を触れた。  
「なかなか賢そうな顔立ちをしている。自分の立場をよくわかっていて、妥協や諦めが上手。そんな相だ」  
 す、と膝を折って僕と目線の高さを合わせるサリクス様。  
「その一方で、抑圧された貪欲な本能も持ち合わせている。うん――なかなか面白い」  
 そう言ってサリクス様は優しく微笑んで、  
「っ!?」  
 僕の胴に拳を叩き込んだ。  
「あぐ……っ!」  
 床に倒れ込んだ体が、自分のものじゃないみたいに感じる。  
「だけど、僕のものに手を出したのは許せないかな」  
 上から降ってくる声。表情は見えないのに、なぜかサリクス様は今も笑っているように思えた。  
 意識を手放すのが怖い。いま気を失ってしまったら、僕はきっとそのまま――  
 
「右将軍殿」  
 突然、凛とした声が廊下に響いた。  
 僕の頭の上すぐにあった気配が遠のいて、サリクス様が立ち上がったとわかる。  
「やあ――今晩は。親衛隊長どの」  
「お尋ねする。何用あってここにいらっしゃるのか。この離宮が男子禁制であると知った上での振る舞いか」  
 なんとか顔を上げると、緊張した雰囲気に似合わない笑顔が見えた。  
「ごめんごめん。僕は方向音痴でね。夜の散歩をしていたら、いつの間にかここに迷い込んでしまったんだ」  
 悪びれる様子もなくそう言った青い瞳を、黒い瞳が鋭くにらみつける。  
「そんなに怖い顔をしないでくれ。すぐに出ていくから」  
 あっけなく回れ右をするサリクス様。  
 僕は声も出せず、闇に溶けるようにして去っていくその背中をただ見送った。  
 

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