「――ごちそうさま。75点」  
「…またビミョーなとこですねー…」  
むう、確かにちょっと薄味だったかもしれません。  
水菜サラダもほんの少しですが水切りが甘かったのか、水っぽい感じがしましたし。  
「いや、そういう問題じゃないですよっ! せっかく作ったのに失礼なっ!」  
なんだってこうかわいくない事ばかり言うのでしょう。嫌になってしまいます。  
「いいじゃねえかよ。そりゃ、全体的にはそこそこ美味かった。  
 しかしな、イマイチな所もあったんだから、適当に美味しかったと褒めるだけじゃ、  
 次に活かせないだろう? 辛口な意見も聞くべきだと思うぞ?」  
…そりゃ、その通りだとは思いますけどね。  
言い方ってものがあるでしょうに。かわいくないんだから。  
「…おいおい。そんなに膨れるなよ」  
むに。と、ほっぺをつつかれます。  
「…やめてください」  
んー。などと、適当な返事で、ますますぷにぷにと人のほっぺを突付いてきます。  
「…っもう! やめて、くださいっ!」  
わたしが本気で怒っているのに、謝るどころか、ひはは。と軽薄な笑い声を返してきます。  
「いやいやいやいや。あんまり突っつきがいのある頬肉してるからさ、オマエさん」  
言うに事欠いてなんて事を言いやがりますか瑞穂ちゃん。  
…はっきりいって、わたしは自分の、人より少し丸い頬の線が大嫌いです。  
 
「おーい、冗談じゃねェか、そんな怒るなよ、まゆー」  
「……怒ります。なんですか、もう。本当に、昔っから瑞穂ちゃんは、ちょっと自分がスタイルいいと思って。  
 どうせわたしは太ってますよ、無神経なんだからっ」  
「悪かったよ、悪かったって。それにオマエの場合、太ってるっていうより、乳と尻がデカイんだよな」  
いいことだ。とうんうん肯きながらそんな事を言います。  
「ちょ、変なこと言わないでくださいよっ、いやらしいっ」  
「変な事とはなんだ。俺はただ、オマエのそのでかい乳と安産型の尻が可愛くて大好きだと、そう言ってるだけだろが」  
大真面目な顔でなに言ってやがりますかこの人はもう本当に。  
「……ちょっとも嬉しくないです。ていうかセクハラにも程がありますよ、その発言」  
「褒めてんじゃねえかよ」  
「ハラスメントです」  
おたがい、むうーと黙ったまま、後片付けのために立ち上がります。  
「…まったくもうっ。なんだってこんな人になっちゃったんでしょうね。昔はそんな事言わなかったのにっ」  
「そりゃオマエ、あのころはまだガキで女だったから口に出さなかっただけだ。  
 俺は昔からオマエさんの乳尻は好きだったぞ、欲しかったし」  
また何をとんでもない事口走るかなあ、藤井君っ!?  
「ふ、不潔ですっ! いやらしいっ! すけべっ!」  
「おーおー、悪かったなあ、いやらしくて。言っとくがな、男が助平じゃなけりゃ、種の保存の危機だぞ」  
そういう問題じゃありません。  
うわあ、そういえばそうですよ、深く考えないようにしてたけど、わたし、あの頃のみいちゃんとはしょっちゅう一緒にお風呂だの、  
一緒の布団で寝たりしてますよ。それも、みいちゃんは乗り気じゃないのに、わたしから枕もって押しかけたりとかしてましたよ。  
今更ながら、恥ずかしさのあまり、あたまがぐるぐるしてきます。もう、まともに瑞穂ちゃんの顔が見られません。  
 
「……おーい? 真由子? どうした?」  
俯いてしまったわたしを不審に思ったのでしょう。  
手を、わたしの頬に伸ばしてきます。  
その、大きくてごつごつした、わたしの物とはまるで違う、男の人の手を見た途端、昼間に抱きしめられたときの感覚を思い出して、  
一気に頭に血が上りました。  
「――や、やだっ!」  
ぱしん。と、反射的に手を振り払ってしまいました。  
「――あっ」  
みいちゃんが、びっくりしたように目を見開いている表情になっているのを見たら、大後悔しましたが、  
引っ込みがつかなくなった口から飛び出たのは、まるきり反対の言葉でした。  
「―――っ! し、知りません! もう! みいちゃんなんか、大っ嫌い!」  
自分の口から飛び出た言葉に、本気で仰天してしまい、部屋に逃げ込んで閉じこもりました。  
うわあああああ、なにをやってるんでしょう、わたしーッ!?  
布団を頭から被っていると、少しだけ頭が冷えてきて、ついさっきの自分の行動を思い返すと、死にそうになります。  
いますぐ、みいちゃんに謝りに行くべきなのですが、それも出来ずに布団の中で固まってしまいます。  
だ、駄目だ。はやく、行かないと、いけないのに……っ。  
自分の不甲斐なさと浅はかさに、涙がぼろぼろとこぼれます。  
なんで、わたしはこんなにもダメダメなのでしょう、情け無い…っ!  
「…まゆこー? 聞いてるかー?」  
コンコン、というノックの音と共に、みいちゃんが話しかけてきました。  
「あ、はっ、はいっ!」  
「あのさ、さっきは、俺が悪かった。驚かせて、すまなかった。…台所も、片付けといたから。それじゃ、おやすみ」  
それだけ言うと、ドアの前の気配が遠ざかります。  
「あっ、あっ、あのっ! わたしも、いきなりぶって、ごめんなさいっ!」  
「――気にしてないよ、別に。それじゃ、おやすみ」  
それだけ言うと、みいちゃんはおとなりに帰っていきました。  
謝る事が出来て、少しは気が楽になりましたが、どうもこの先、みいちゃんの顔を見るたび、気まずい思いをしそうです…。  
 
 
はひはひはひ。  
廊下を、息を切らしながら走って、教室に戻ります。  
ああもう、なんだってシャーペンの芯が無いことに気がつくのがよりにもよって  
昼休み終了10分前だったりするのでしょう、わたしときたら。  
長期休暇の後は、ぼうっとしやすくなるそうですが、GW呆けなんていうのは、聞いたことがありません。  
10分と言うのは、わたしにとっては割と中途半端な時間で、余裕を持って購買部まで行けるほどの時間もないし、  
諦めて誰かに借りるほどギリギリの時間でもない。  
それで結局、予鈴の音におびえながら廊下をひた走る事になるわけです。  
あ、でも、これならもう走らなくても充分間に合うかも…。  
「いよう、お嬢さーん。そんなに急いでどうしたのー?」  
「うわ、ああっ!」  
足を止めて歩き出した途端、後ろから誰かに抱きつかれました。  
いや、誰かって言うか、犯人はハッキリわかってるんですけどっ!  
「みいちゃんっ!」  
「よ、珍しいな、オマエさんが廊下走ってるなんてさ。どうしたよ?」  
いや、どうしたもこうしたもっ!  
こんな廊下の真ん中で、一体何考えてんですかっ。  
うう、それに、こないだ以来、こんな風に体に触れられる事を、変に意識してしまって気まずいったらないのです。  
「もうっ、放してくださいっ! 授業に遅れちゃうじゃないですかっ!」  
「んー? まだ、しばらく時間あるぞ? 15分くらい」  
と、自分の腕時計を見ながらいいます。  
「え、そんなはずは。ほら、もう5分前ですよ」  
こないだ買ったばかりの腕時計を見せます。  
「……なあ、まゆこ。オマエさん、前に『ついノンビリしすぎちゃうから』って、  
 わざと針を10分進めてる。って、言ってなかったか……?」  
「……あっ」  
 
はふううう。と、盛大な溜め息が聞こえます。  
「あわてもんっつーか、普通にマヌケだよな、あまりにも」  
「……ほっといてください」  
うわー、もう、情け無い。自分でやっててすっかり忘れてました。  
「……それより、みいちゃんは何でこんな所にいるんです。あなたの教室、反対方向でしょう?」  
「次が移動教室だから。通り道じゃん、ここ」  
「……そうだったんですか。なら、早く行った方がいいんじゃないですか?」  
て、いうか、放してください。  
「あー、大丈夫大丈夫。あの先生いつも、5分は遅れてくるから」  
「……わたしは大丈夫じゃないんですっ! もう、放してくださいよ、廊下の真ん中ですよっ!」  
「安心しろ、俺は気にしない」  
「わたしはするんですっ!」  
この、いいかげんにしないと、怒りますよっ…!  
わたしが、そう怒鳴りかけたとき、みいちゃんの後ろ頭がばしんと、勢いよく鳴りました。  
「――なに馬鹿やってるの。藤井」  
 
みいちゃんが振り返ると、女の子が、そこに立っていました。  
長い黒髪に真っ白な肌の、日本人形みたいな女の子。  
凛とした、力強さを感じさせる少し切れ長の眼に、今時珍しいシンプルな黒いフレームのメガネが、よく似合っています。  
形のいい眉をひそめ、ほっそりとしたあごを、傲然とそびやかすと、艶のある髪がさらりと揺れて、天使の輪が出来ました。  
そんなに身長があるわけではなさそうなのに、すごくすらりとして、格好よく見えます。  
…卒業してしまった彩先輩とはまた違ったタイプの、けれどすごく綺麗で颯爽とした雰囲気の人です。  
こういう女性を、クールビューティーというのでしょうか。  
わたしがぼんやりと見惚れていると、視線に気がついたのでしょう、こちらに向かって軽く会釈をされました。  
そうすると、黒髪がさらりと流れて、その仕草だけでもひどく絵になります。  
うひゃあ、キレイな子って、何させてもキレイなんだなあー…。  
「…マキー、オマエなあ、いきなり叩くこたあねえだろ。非常識なヤツだな」  
「…それはこっちの台詞。廊下でイチャつくのは勝手だけれど、  
 せめて自分の仕事を終わらせてからにしてくれる? 藤井、あなた、日直でしょう?」  
みいちゃんはかなり背が高いので、彼女からすれば見上げなければならないのに、その視線はとても堂々としています。  
 
「あー。実験器具の準備か。へいへい、今行くよー」  
「早くして頂戴。私一人じゃ間に合わないわ」  
そう言うと、もう用は済んだとばかりにくるりと踵を返します。  
「…悪いな、まゆ。それじゃ、また後で」  
瑞穂ちゃんも、彼女の後を追うように、教室に戻ってしまいました。  
「…かえろ。わたしも、急がないと」  
とぼとぼと、2年の教室までの道を歩きます。  
何故か、胸の奥がざらりとしてきます。  
――あんなキレイなひとと、呼び捨てで話すくらい、仲良くなってたんだ。  
「…いいこと、ですよね」  
ええ、みいちゃんは、割と人見知りする人でしたから。仲の良い友達が出来たのは、いい事です。  
委員会の人とも、すぐに親しくなってましたし、2年半の間にそれだけ変わったって事なのでしょう。  
「…うん。みいちゃんが誰と仲良くしてても、別に、わたしは」  
関係ないもの。  
 
 

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