「本ッ当、ごめんね! 原田さん! このお詫びはまたいずれするからー!」  
「あ、いえいえ、そんな。……それより、早く病院に行ってあげてください」  
「ごめんなさいね、ありがとうー!」  
ばたばたと、司書さんが大慌てで帰って行かれます。  
ウチの図書館は、付属の小中学校との共有施設のため、結構大きく、選任の司書さんがいたりします。  
と、いっても正式な先生ではなく、あくまでもパートの職員さんなので、  
勤務も夕方、16時までだったりします。  
で、図書館自体の閉館時刻は17時だったりするので、いつも閉めるのは、当番の図書委員なのです。  
普通は、二人か三人で当番に当たるのですが。  
「ごめんー! 急にバイトが入ったー!」  
「あ、1−Cのモンっすけど、ウチの委員、昼で早退したッスからー。すんませんって、伝言預かってるッスー」  
……と、いうわけで。  
それでなくとも土曜日の当番で昼からてんてこまい。  
司書さんと二人で必死に捌いていたのです。が。  
「え!? ウチの子が!? 39度も!?」  
保育所からの連絡で、お子さんが高熱を出されたとの報せを受けて、  
司書さんも14時で帰ってしまわれました。  
それでまあ、激闘3時間の末。  
「…お、おわりましたあー……」  
もう完全にへろへろになっていました。  
座り続けで、痺れるおしりを撫でつつ、扉に閉館の札を下げに行きます。  
……さ、これから貸し出し記録を整理して、返却本を棚に返しに行かないと……。  
はふう。と、おもわず溜め息が漏れました。  
 
忙しくしている間はいいのですが、こうして、一人ぼっちで黙々と作業をしていると、  
色々イヤな事を思い出して、気が沈んでしまいます。  
タイミング良く、外は雨が降り出して薄暗く、余計に気鬱になってしまいました。  
「…うー……」  
なんでこんなにイライラしているのかというと。  
「ヤなやつですねー……、わたし……」  
数週間前から付きまとう、自己嫌悪のせいなのです。  
「……みいちゃんが、誰と仲良くしてても、わたしが口出す筋合いなんかないじゃないですか。  
 バカですか、わたし」  
そう。  
数週間前、みいちゃんがわたしの知らない女の子と、仲良く話しているのを見て以来、  
なんだかイライラモヤモヤしていて、そう感じる事がまたイヤな気持ちだったりするのです。  
「……アレですねー、ちっちゃい女の子同士でよくある『友達取られちゃったー』ってヤツなんでしょうねー。  
 みいちゃん、昔っから、わたし以外に女の子の友達いなかったから今までそういうのが無かっただけで」  
前に、「なんだか仲良しみたいですけど、あのキレイな人、どういう人?」ってそれとなく  
聞いてみた事があったのですが、そのときも。  
『…あァ、マキの事か。――そうだなァ、ダブリに全く臆さずにあそこまで尊大に  
 話しかけてくるのも珍しいな。おもしれェ子だよ』  
と、ずいぶん愉快そうに片頬を歪めるようにして笑っていましたから。  
 
――みいちゃんがああいう表情をするときは、相手を自分と同等かそれ以上だと認めてるって事です。  
中学生の時、よく一緒に遊んでた男子の話をたまにするときも、あんなカオになってましたから。  
たぶん、わたしは悔しいんでしょう。  
わたしみたいな平凡な女、幼馴染みでもなかったら瑞穂ちゃんに話しかけてもらうことも無かったでしょうから。  
だから、あんなふうに瑞穂ちゃんに認めてもらえる人に嫉妬してしまうのだと―――。  
「……嫉妬。……やっぱり、嫉妬なんですよね、これって……」  
………でも、どうして?  
みいちゃんが誰と付き合おうと、女の子と仲良くしてようと、ただの幼馴染みのわたしには関係の無い事です。  
そうったらそうなんです。  
 
また思考がぐるぐるしてきます。  
気がつくと、貸し出しカードの整理はいつのまにかすっかり終わっていました。習慣ってすごい。  
……ちょうどいいです。  
返却本を戻してきましょう。身体を動かしてる方が気が紛れますし。  
 
 
――流石に土曜日という事もあって、返って来た本も多く、終わる頃には18時をとうに回っていました。  
「えーと、これと、これで最後ですね……」  
あまり貸し出しされない史料コーナーの本が数冊。  
どれもこれも重たく、そのうえ、そのコーナーは本棚が天井近くまでと高く、  
また間も狭いので圧迫感がすごく、正直近寄りがたいのですが。  
しかも外はかなり雨脚が強く、館内は電気をつけているのに、なんとなく薄暗い雰囲気です。  
「……う。なんか、ちょっとイヤかも……」  
やだなあ。と思いましたが、これだけを戻しに行かないわけにもいきません。  
届かない所は脚立を使い、なんとかぜんぶ戻し終えて、やれやれ、と思ったとき。  
――突然の閃光、と、ほとんど同時の轟音。  
ドンッ!! ガラガッシャーンッ!!  
「うひゃああああああああっ!?」  
直後、館内の電気全てが消え、真っ暗闇が訪れました。  
 
「あ、あ、あああああ………」  
カミナリ。  
わ、わ、わたし、カミナリだけは本当に駄目なんです……っ!  
完全に腰が抜けて、その場にへたり込んでしまいます。  
また、ぴかり。と閃光が走り、どがんっ!とすごい音がして窓ガラスがびりびりと震えました。  
「ひっ! や、やだ、やだあー…っ!」  
こわい。  
ものすごく、こわい。  
なんでこんなにわたしがカミナリが恐ろしいのかというと、子供のころ、瑞穂ちゃんに  
上のお兄さん――当時は医学部に通っておられたので、おそらく法医学かなにかの教科書だったのでしょう――の、  
カミナリが直撃した人の事故写真を見せられたせいです。  
――そう。  
あれが落ちたら。  
ちょうど、こんなふうに、まっくろ、な――。  
ドンッ! ガラガラガラガラガラガラッ!!!  
「いやあああああああああ―――――っ!!」  
やだ。  
やだやだやだやだあああっ!  
みいちゃん、みいちゃーんっ!  
「ちょ、おい、暴れるなっ! 落ち着けよ、真由子っ!」  
へ、あ。  
「……みいちゃん……?」  
「お、ちょいと正気にかえったか」  
瑞穂ちゃんに、抱きしめられていました。  
と、いうことはさっきの真っ黒な人影って。  
 
「――しっかし、オマエさん、まだカミナリ駄目なんだなあ。こんなもん屋内にいりゃ別に恐ろしかねェ  
 だろうに。建物にゃ大概避雷針ってモンがついてるんだしよ」  
「あ、あ、あなたがソレを言いますか――っ!?   
 わたしが、こんなにカミナリ怖いの、いったい誰のせいだと――」  
また、窓ガラスを震わせるほどの轟音と閃光が走り、声も出せずに目の前の身体にしがみついてしまいます。  
力強い腕に、しっかりと抱き返され、安心させるように背中を何度もぽんぽん。と軽く叩かれました。  
――そんなふうに優しくされるから、ますます泣きじゃくりながら、目の前の広い胸に顔をうずめ、  
しがみついてしまいます。  
「――だいじょうぶだいじょうぶ。俺がいるからな? こわくないこわくない」  
ぎゅうっと。  
抱きしめられると、そのぶんだけ涙が溢れるようでした。  
 
結局、カミナリが鳴り終わるまでの間、ずっと泣きながらみいちゃんの腕の中に居てしまいました――。  
 
 
 
 
 
「……あの」  
「んー?」  
「……今日は、その、すいませんでした……。みっともないとこ、見せちゃって……」  
あれから一時間ほどでカミナリは完全に鳴り止み。  
雨上がりの夜道を二人で一緒に帰っています。  
うう。しかし醜態にも程がありますよ、わたし。  
完全にパニック起こして子供みたいに泣くわ喚くわ。  
……そ、そのうえ、ずっと瑞穂ちゃんに抱きついて――。  
「あー。気にすンな気にすンな。……むしろ俺からすりゃかなり役得だったしなァ」  
そう言って。  
ニヤリと笑います。  
「や、役得。って」  
「おお。しかし、まゆこ、オマエ、また乳の辺り育ったんじゃねェか?   
 なんか、こー、こう……、ステキな圧力がっ!」  
そういって、ものすごく下品な表情を作って笑います。  
――いつものわたしだったら、ここで怒って、怒鳴って、それでみいちゃんが笑いながら謝って。  
  それで、終わりになるんでしょう。  
 
でも。  
でも、今日は。  
「……やめてください」  
「……まゆ?」  
いつもと違う反応に戸惑ったのでしょう。  
みいちゃんが、不審気な顔でわたしを見ます。  
「……やめてください。そんな風な冗談言うのも、ああいうときに、優しくするのも…。  
 ただの、幼馴染みだったら、あそこまでしませんよ……?」  
「おい、真由子? オマエ――」  
「わ、わたし、ばかですから。単純な、女ですから。ああいうことされると、困るんです。  
 すごく、困るんですっ。あんなふうに、されたら。……されたら―――」  
それ以上いえずに、家までの道を走り出します。  
「、ま」  
「ついて、来ないでっ!!」  
手を伸ばしたみいちゃんに、咄嗟に言葉をぶつけます。  
言いかけた言葉を飲み込んで、立ち尽くすみいちゃんを横目に、走って走って走って。  
 
 
 
部屋に飛び込み、後ろ手にドアを閉めて、ずるずると座り込みます。  
 
――されたら。  
あんなふうに、やさしくされたら。  
 
「……駄目ですよ……」  
 
好きに、なってしまうじゃないですか。  
 
 

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