自転車を快調に飛ばしてきたおかげで、遅刻どころか始業までだいぶ間のある時刻に学校につくことが出来ました。  
「結構、時間に余裕あったよな。いつもと同じ時間に出発で、間に合うんじゃねェか?」  
「……それだと、信号に引っかかっただけで遅刻になるくらいギリギリだと思いますよ?」  
よいしょ。と、荷台から滑り降ります。よし、スカートも引っかかってないし、と。  
「じゃあ、俺、今日日直だから。先に行くな」  
「あ、は、はい。あの、ありがとうございました」  
んー。と、手をヒラヒラと振って、1年の靴箱の所までさっさと歩いていってしまいます。  
……てっきり、途中の階まで一緒に行くのかと。いえ、それどころか、最上階のわたしの教室まで着いてこられたら  
恥ずかしいからどうやって断ろうか。とか色々考えていた自分の自意識過剰っぷりが、ものすごく恥ずかしくなりました。  
うわあ、もう、最低過ぎにも程があります。  
ここまで親切にしてもらって、これ以上の好意をみいちゃんに求めてるって、人としてちょっと何なんでしょうかわたしのばかー!  
「……痛っ」  
恥ずかしさもあって小走りになっていたせいで、捻挫した足首がほんの少し痛みました。  
……ああ、もう。本当に、わたしは馬鹿だなあ。  
 
 
――朝からヘコむ事のあった日は、ロクな一日にならない。というのがわたしのマイジンクスなのですが、  
それをきっちりと裏付けるように、ツイていない一日でした。  
まず、女子の日直の前田さんがお休みだったので、たまたま先生と目が合ったわたしが日直の仕事をやることに。  
それはまだいいのですが、男子の日直の三井くんと二人で黒板拭きをやる事になってしまいました。  
三井くんはクラスで一番背が高いので、小さいわたしと並んで黒板消しをすると、チョークの粉がわたしにまともに掛かってしまうのです。  
他にも、男子が教室で遊んでた野球ボールがわたしのロッカーを直撃して扉が潰れて開かなくなったり。  
しかもその事でわたしが担任の先生に叱られたり。  
お昼ごはんを食べようとしたらお箸が入ってなかったり。  
予習してこなかった授業に限って難しい所を当てられたり。  
しかも、黒板の上のほうに書かれたせいで回答を書くのに一苦労したり。  
……散々な一日もどうにか終わり、職員室に日誌を提出して教室に戻ります。  
しまったなあ、鞄も一緒に持ってくれば良かった。二度手間になってしまいました。  
やれやれ。と重いながら廊下を歩いていると、窓の外、中庭から聞き覚えのある声が聞こえてきました。  
 
「……――マキー、頼むから――……」  
「……――ええー? いいけど、その代わり――……」  
 
――――みいちゃんだ。  
以前、廊下であった、あの可愛い娘と一緒に、何か話し込んでいる様子です。  
人目を憚らなければいけないことを話しているのか、顔を近づけて話しているので、ここからでは  
会話の内容まではとても解りません。  
……あ、肩組んだ。  
やだな。なんか、やらしい。あんなに顔を近づけなくたって、充分話、できるはずじゃないですか。  
……やだ。  
本当に、イヤだ。  
――わたしのみいちゃんに、ベタベタしないで!!  
 
「――あっ」  
わたし。  
わたし、今、何を。  
かあっと、顔が赤くなって、足が震えました。  
恥ずかしい。  
なにが、わたしの。ですか。  
わたしなんかに、そんな事を言う権利なんてあるものですか。ただの、幼馴染みでしかないくせに――!  
こんなのいやだ。  
今まで、誰かを好きになった事は、何回もありました。  
遠くから姿が見れるだけで。声が聞けるだけで。ほんの少し話が出来るだけで。  
それだけで、ドキドキして、ふわふわするくらいに幸せで。  
――ただ、わたしが好きなだけで良かったのに。  
みいちゃんが、他の人と仲良くしてるだけで、おなかの底からドロドロした汚い気持ちが湧き上がってきます。  
帰ろう。  
早く帰ろう。今、みいちゃんと顔をあわせたくありません。  
きっと今、わたしの顔は、とても醜いに違いありませんから。  
 
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆  
――少女が去った後の廊下の窓を、少年が中庭から見上げていた。  
「……ねえ」  
少年が――まるで見せ付けるように――、肩を組んでいた少女が声をかける。  
「んー?」  
その声に生返事を返しながらも、視線はさっきまで別の少女の顔が覗いていた窓から離れない。  
そんな少年から離れながら、少女は胡散臭そうな眼を向ける。  
「……あんた一体、何がしたいの?」  
その声に、やっと少女の方を見て、嘲笑じみた笑みを口の端に浮かべた。  
「――さて、ね。何だと思う?」  
少年の返答を聞いて、呆れ果てた。と、言いたげに頭を振る。  
「……質問に質問で返すの止めなさいよ。ま、どうせくだらない事なんでしょう?」  
「くだらない、か。――そうだなァ。ちょっとで良いから、俺のことだけ考えて欲しいってだけなんだがなァ」  
その答えに、心底から馬鹿馬鹿しい事を聞いた、と言うように顔をしかめ、踵を返してその場から少女が立ち去る。  
「馬ッ鹿じゃないの、あんた子供? いい歳して駄々っ子じみた真似して、せいぜい逃げられないようにね?」  
背中に掛けられた少女の皮肉に満ちた忠告に、少年は黙ってただ肩をすくめてみせた。  
 
 
学校からまっすぐ帰宅し、制服のままベッドに転がります。  
……言える訳がない事です。わたしが、みいちゃんを好きだなんて。  
だって。だって、そんな事を言っても、きっと駄目に決まってます。  
そんな事をしたら、とても気まずい事になるでしょう。今度こそみいちゃんは居なくなってしまうかもしれません。  
――だったら。  
パグのクッションをぎゅう。と抱きしめます。  
――だったら、この先みいちゃんが誰かと付き合って、結ばれて、幸せになるのを横で笑って祝福しなきゃ駄目よ?  
「……うるさい」  
――そうね、そのほうがいいかもね? わたしみたいな、ぐずぐずして可愛くない女より、その方がよっぽどみいちゃんの為になるわよね?  
「……うるさいったら! わかってますよ、そんな事――!」  
――うそつき。解ってなんか、いないでしょう? ほら、どうするの? あの娘にみいちゃん、取られちゃうわよ?  
「……やだ」  
――さっきだって、ほら。すごく良い雰囲気だったじゃない? あの二人。わたしがいなくなった後、キスくらいしてたかもね?  
「……やだ! そんな――、そんなの――、」  
――うるさいなあ、さっきから嫌だ嫌だってそればっかり。そんなに嫌なら、何で逃げるのよ?   
「……だ、だって……」  
――臆病者。全部無くしてから、死ぬまで後悔なさい。  
「……――イヤだあっ!」  
その、自分の叫び声で目が覚めました。  
「……え、あれ……? わたし……?」  
――いつのまにか、眠ってしまっていたようでした。  
 
すっかり夕暮れで、部屋の中は、朱色に染まっています。  
「あらなにようー、真由子、あんた部屋に居たのうー? お夕飯の準備手伝ってちょうだいようー」  
お母さんもとっくに帰ってきていたようで、部屋の外から声をかけられました。  
「あ、はーい。今いきます、ごめんなさい」  
慌てて制服を脱いで部屋着に着替えます。  
……う。スカートがシワになっちゃってる。後でアイロンをかけないと……。  
台所に行くと、すでに良い匂いがしていました。  
「今日のメニューは何ですか?」  
「んーと、そうねえー。餃子鍋の予定だったんだけど、今日みいちゃんお夕飯いらないっていってたからー。  
 メニュー変更で肉じゃがとほうれん草のおひたしと叩ききゅうりにしようかなと思って。  
 あ、おとうさんのおつまみにたこわさがあるから、それ用の器も持ってきてちょうだいなー」  
――え?  
「あ、あの、おかあさん。今日、みいちゃんお夕飯食べに来ないんですか?」  
「そうようー。さっき、おかあさんのケータイにメールしてくれたの。お友達と遊びに行くんですってー」  
……あの娘かな、ひょっとして。  
ぶんぶんと頭を振って、嫌な想像を追い払います。  
べ、別に、いいじゃないですか。みいちゃんが他所の女の子とごはん食べに行ったって、わたしは、別に。  
……別に――、さみしく、なんて――。  
「真由子ー、ぼさっとしてないでお手伝いしてちょうだいようー。おとうさん帰ってきちゃうわようー」  
「あわ、は、はいっ! ごめんなさいーっ!」  
 
なんとか、おとうさんの帰宅時間までに準備が整い、久々に一家三人だけで食卓を囲みます。  
「なんだー、今日はみいちゃんは来てないのかー、餃子鍋楽しみだったのになあ」  
「仕方ないでしょー、明日にするから我慢してようー。真由子も、明日は餃子包むの、ちゃんと手伝ってようー?」  
はあい。と答えて肉じゃがを食べます。  
「……しかし、一人いないと寂しいもんだなあ」  
「そうねえー、ここ最近、ずっと食べにきてたもんねえー」  
二人が、そんな事を言いながら、空っぽのみいちゃんの席に目をやります。  
「それにしても、びっくりしたわようー、体のことは奥さんから聞いてたけど、あんなにかっこよくなって帰ってくるとはねえー。  
 真由子、アンタかっこいい幼馴染みが出来てよかったわねえー」  
おかあさんに背中をばしばしと叩かれます。  
「そうだなあー、昔から綺麗というか、かっこいい女の子だったが、男の子になるとあんな男前になるとはなあー」  
少しお酒が入って、顔を赤くしたおとうさんがしみじみと呟いています。  
「思い出すなー、ゆりちゃんの結婚式の時の事」  
――ゆりちゃん? ゆりちゃんって、従姉妹の百合香姉さんの事ですよね? 昔、同じマンションに住んでた?  
「……あの、ゆり姉さんがどうしたんですか……?」  
わたしがそう聞くと、二人揃ってぽかん。と口を開けました。  
「……あらら、覚えてないのうー?」  
「……まあ、まだ小さかったからなあ……」  
「それにしたって、もう10歳くらいだったでしょうー、あの時ってー」  
「……わが娘ながら薄情な……」  
ふう。と溜め息をつきながら二人揃って、やれやれ。とばかりに頭を振られました。  
「ちょ、何なんですかっ!? 教えてくださいよっ、ねえっ!」  
おとうさんが、渋々ながらですが、口を開いてくれました。  
「あの時はなあ、おまえが『ゆりちゃんと離れたくないー』って、花嫁さんのヴェール持ちの役目なのに、そりゃもう駄々こねてなあ。  
 見かねたみいちゃんが、宥めてくれたんだよ。『私は、真由子とずっと一緒だから泣くな』ってな。  
 それで、やっと機嫌直してみいちゃんと二人でヴェール持ちしただろ? 覚えてないか?」  
――あ。  
『――ほら、妹分のアンタが花嫁さん悲しませんじゃないよ』  
『――はあ。しょーがないな、甘ったれまゆ。……アタシがいてやるから』  
『――……アタシは、どっこも行かずにアンタと居てやるって言ってんだよ』  
 
そうだ。  
思い、だした。  
わたしは、確かに。  
みいちゃんと、やく、そくを――!  
 
「……真由子? 真由子、大丈夫? あんた顔色悪いわようー?」  
おかあさんが、心配そうにわたしの顔を覗き込んでいました。  
「――あ。だ、大丈夫です。あの、ちょっと、今日はもう、御飯やめときます。  
 ……ごちそうさまでした。残りは、朝ごはんに食べますから、置いといてください」  
心配する二人に、しばらく部屋で休めばよくなるから。とだけ言って、部屋に戻ります。  
 
――なんで、あんな大事な約束を忘れてたんだろう。  
自己嫌悪にどっぷりとつかってしまい、食欲なんかどこか遠くに行ってしまいました。  
恥ずかしい。  
全然何も、覚えてませんでした。  
みいちゃんは、ちゃんと、わたしに約束してくれたのに。  
約束をきちんと守って、帰ってきてくれたのに。  
――わたしときたら、きれいさっぱり忘れてて、しかも、みいちゃんに散々悪態ばっかりついて。  
どうしよう、ものすごく、自分が恥ずかしい。  
 
――でも一番嫌なのは、泣いてばかりの自分です。  
 
「…ううーーっ!」  
自虐に走るな、自分を卑下するな、殻にこもって逃げるな!  
ひどい事したって自覚があるなら、これからどうするか、考えろ!  
どんなに謝ったって、もう取り返しなんかつかない。  
みいちゃんの二年半は、ぜったい帰ってこないんだから!  
ぱんぱん。と、自分の頬を叩いて気合を入れます。  
「……がんばれ。ちゃんとしろ、わたし」  
好きとか嫌いとか、嫉妬とか恋心とか、一時保留で棚上げします。  
――忘れてた約束を思い出した。今、わたしがしなきゃいけない事は何?  
枕元の充電器の挿しっぱなしの携帯電話を取ってアドレス張のボタンを押します。  
宛先は『藤井瑞穂』  
内容は『今、どこにいますか? 会いに行っても、いいですか?』  
送信してから30分。帰ってきたメールには『秘密基地だ。当ててみな』とだけ。  
壁にかけてある時計を振り仰ぎます。  
――時刻は、いつの間にやらもう23時すぎ。  
おとうさんもおかあさんも、よく眠っているのか、耳を澄ましても物音は聞こえません。  
そうっと物音を立てないように、家を抜け出します。  
――きっと、あそこだ。  
真夜中のマンションの階段を、足音を立てないように走り出しました。  
 
螺旋階段を昇るたび、かんかんと足音が響きます。  
サビだらけの大きな南京錠を慎重に何度か叩くと、錠が緩んで立ち入り禁止の扉が開きました。  
そのまま階段を昇っていくと、屋上に出ます。  
――まっくら。  
マンションの他の棟から死角になっていることもあり、この屋上までは外廊下に付けられた明かりも届きません。  
「――よォ。覚えていたかよ」  
それでも、うっすらとした人影くらいの区別はつきます。  
「……ええ、なんとか。流石に、覚えてましたよ、ここは。――懐かしい、場所ですよね」  
こちらに背を向けたまま、みいちゃんは屋上の端まで歩いていきます。  
「でも、ここも変わったよ。……こんなに、夜景が派手じゃなかった」  
どこか、寂しそうに呟きます。  
「――で? 用ってなァ、何だよ?」  
改めて聞かれると、なんと答えていいものやら答えに詰まってしまいます。  
「え、ええっと。あのですね、ゆり姉さんの結婚式って……、覚えてます……?」  
後ろめたさもあって、おずおずとした声になってしまいます。  
「――あァ。覚えてるよ、懐かしいな。元気にしてンのかねェ? ゆりさんは」  
「げ、元気にしてるはずですよ。こないだ、二人目のお子さんも生まれたそうですし」  
へえ。と、こっちに背を向けて屋上の柵にもたれたまま、返事が返ってきます。  
ここからだと、表情が全く見えません。  
「……あの、その時の、約束の事、なんですけど――」  
「あの時の、約束なァ――、」  
わたしの声をさえぎって、みいちゃんが、喋りだします。  
「――俺、言ってただろ?『ずっと、一緒にいる』なんてなァ」  
「え、あの、みいちゃ、」  
聞いているのかいないのか。  
もたれていた柵から身体を起こし、こっちを振り向きます。  
「……守れなかっただろ、俺。約束、したのにな」  
ごめんな。と、小さな声で呟きました。  
「……ちがい、ますよ」  
だって。  
だって、みいちゃんは。  
「違わねェさ。……オマエの事、置いて行っちまっただろ?」  
「ちがいますっ! みいちゃんは、約束守ってくれたでしょうっ!? だって、だって――」  
――帰ってきてくれたじゃ、ないですか。  
「約束破りは、わたしの方です。わたし、約束の事なんてすっかり忘れてて――。……みいちゃんが。  
 みいちゃんが、いちばん辛い時に、傍に居てあげられなかった……っ! ごめんなさい、本当に、ごめんなさい……っ!」  
いつのまにか。  
すぐ近くまで来ていたみいちゃんに、頭をぽんぽん。と撫でられます。  
「……いいから。俺は、気にしてねェから。そんな泣くんじゃねェよ」  
「……泣いでばべん」  
鼻をぐじゅぐじゅ鳴らしながら言っても、我ながら説得力がないとは思います。  
「……ったく。泣き虫まゆめ、幾つになっても変わりゃしねェ。挟んで捨てるぞ、アホまゆこー」  
ぽふっと、そのまま抱き寄せられて、からかい混じりに髪を引っ張られます。  
悔しくて、目の前にある広い胸をぽこぽこ叩くと、きつく抱きしめられました。  
「……なァ、まゆ。オマエさん、あの約束、半分しか思い出してないだろ?」  
「……え?」  
半分?  
「やーっぱり忘れてやがったか。……ッたく、可哀想だねェ、俺」  
 
……えっと……?  
「特別ヒント。『ゆりちゃんに、教えてもらった』って、オマエさんの方から言い出したんだぞ?」  
……ゆり姉さん、に――!?  
 
――ちかいの言葉、なんだって。  
――ずーっと、ずっとの『イッショウのやくそく』だから。  
――ね、やくそくよ? わたしとみいちゃん、もうずっとずっといっしょだからね?  
――こほん。いい?『その健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも――』  
 
 
「……えっと『――富めるときも、貧しいときも、お互いを愛し、お互いを敬い、お互いを慰め、  
 お互いを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか――』でしたっけ……」  
「へえ? 意外と細かいトコまで思い出したもんだな?」  
ええもう。おかげさまで、すっかり思い出しました。  
――わたし、こんな事まで言わせて忘れてたんですねー……。  
「おーい、もう今更だろ。落ち込むなよ」  
そうですね、今更ですね……。……うう、ごめんなさいー。  
「ンな事より。結婚の宣誓の文句だろ? アレ。……俺ら、自分たちで思っている以上に深い仲だったんだなァ?」  
え、う。  
「そ、そうですね。そう言えなくもないかも知れませんけど、あの。  
 ……子供の、言った事ですし、どうぞ、忘れてくださいな。ごめんなさい、変な事、誓わせちゃって――」  
「俺は」  
離れようとすると、先ほどよりも、もっと強い力で抱きしめられました。  
「俺は、子供の約束だと、思った事は無いぞ」  
――え? それって、どういう。  
「……好きだ。俺が、こうなる前から、ずっと」  
え。  
だって。  
ウソだあ。いくらなんでも、そんな都合のいい事――。  
「嫌なら殴って逃げろ。このまま大人しくしてるなら、了承したとみなしてそりゃもう凄い事をするぞ」  
ちょ、ちょっと待って――っ!?  
「ま、待ったあっ! なんなんですかそのムチャクチャ理論っ!? あと、凄い事ってなにっ!?」  
「あー、具体的にはまず思う存分に吸って揉んで」  
「やっぱりいいです、言わないで――っ!!」  
何やら公序良俗に反しまくった事を言い出しそうな口を両手で塞ぎます。  
べろ。  
「うひいっ!?」  
な、舐めたーっ!? 驚いて、思わず手を離してしまいました。   
「……オマエな、深夜に騒ぎすぎ。近所迷惑になるだろ?」  
「誰が騒がせてるんですか、誰が!?」  
「オマエが勝手に――って、駄目だ。話ズレてんじゃねェか。  
 あー、その、俺は、オマエがその、ガキの頃からもうずっと、好きだったんだが、その事について返事してくれ」  
うあ。で、でも。  
「……ぜったい後悔しますよ。わたしなんて、可愛くないし、スタイル悪いし、やきもち焼くし…」  
「――……しかも、泣き虫だしすぐいじけるし疑り深いしな」  
うう。  
ぜんぶ本当の事です、否定できません。  
いいんでしょうか。本当に、こんなダメな女でも、いいんでしょうか?  
わたし、本当にみいちゃんの事、幸せに、できるんでしょうか。重荷に、なってしまうのでは、ないのでしょうか。  
「……まーたぐるぐる変なこと考えてやがるなアホまゆ」  
むに。とほっぺを摘まれます。  
「だ、だって…。あの、後悔、させてしまうと思うんです…」  
「馬ッ鹿野郎。ンなもん、する訳ないだろアホッタレ。俺は、オマエが好きだ。  
 それだけで充分だろが、後悔だのなんだのなんざ、それこそしてから考えたんで、お釣りが来らァ。  
 大体な、オマエさんの欠点だの性格だの、俺ァまるっと把握してんだ。十年以上の片思い舐めンじゃねェ」  
――つーかオマエ、俺の事好きだろ?  
自信たっぷりな内容の癖に、妙に震えた声で囁かれました。  
「……はい。あの、ふつつかものですが、よろしくお願いします……」  
 

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