ようするに、それは綺羅の空間だった。  
 主に良家の子女を対象に、幼稚園から大学まで一貫した教育システムを誇る聖四文字学園は、明治十六年創立以来、動乱の大正、昭和期を経て、今日に至る名門女子高である。  
創立当初は礼儀作法などの淑女教育が主体であったが、時代の流れとともに現在では会社経営に関する超高等教育などもおこなわれるようになっている。  
 伝統を感じさせる古めかしい校舎。生徒の親たちからの寄付により充実しきった設備。生徒に手を出すことなど考えたこともない、まさに聖職者と呼ばれるにふさわしい教師たち。  
そしてキリスト教系の学校であるために存在する本当の聖職者たち。  
 もうすでに五年間、ほぼ毎日眺めているにもかかわらず、校舎を前にして、大形散歩は毎回のように圧倒されてしまう。  
 大形家は先祖代々竹之園家に仕えている家系で、明治維新によって身分制度が消滅してからも、家来ではなく、部下として使え続けてきた。  
散歩も、幼い頃から父や祖父が竹之園家に秘書として仕えているのを見ていたため、自分も大きくなると竹之園家に仕えるのだと自然と思っていた。  
そして、大学を卒業してからは祖父の引退と入れ替わるように、竹之園家に秘書として仕えるようになった。  
大学時代の友人たちはいまだにそんな時代錯誤な関係があるのかと驚いていたが、散歩にとっては当然のことだった。  
 しかし、自分の家を裕福だと思っていた散歩であるが、竹之園家に仕えるようになってから、本当の上流階級社会というものの存在を知ることになる。  
それはテレビに出演している富豪などとは比べ物にならない世界だった。  
 その象徴が眼前の聖四文字学園である。  
建物もさることながら、そこに通う生徒たちの品行ときたら。世界に悪が存在することすら知らない清らかな女性ばかり。  
しかも、不思議なことに美人ぞろいときている。入学には容姿の審査があるのではないかと疑いたくなるほどだ。  
もちろん、実際にはそんなものはないのだが。  
 大抵の男なら、聖四文字学園生徒及び卒業生だと聞くだけで、よだれを垂らさんばかりになる。  
もっとも、聖四文字学園生がそんな狼たちと接することなどまずない。  
 だが、世の中に例外のない事象などない。大形散歩もその例外の一つだった。  
 彼は竹之園家の秘書団の一人として、竹之園家に三人居る子供の一人、竹之園花月付きの秘書――現状での実態は世話係である――として、彼女の登下校の送り迎えをしている。  
そのため、聖四文字学園生徒との接触がある、数少ない部外者なのである。  
 といっても、彼の入ることのできるのは、いま居る駐車場――リムジンやベンツのような高級車がうんざりするほどずらりと並んでいる――までだ。  
周囲には、彼と同じように己の家のお嬢様を迎えに来ている運転手や、ボディガードがたくさんいる。  
 散歩は小さくため息をついた。ここに来るたびに、世の中にはこんなにも金持ちが存在するのかとむなしくなるのである。  
 腕時計を見ると、もうそろそろ終業のチャイムがなる頃合だった。  
 ぴかぴかに磨かれたリムジンに移った自身の姿をチェックする。  
綺麗に整えられた髪に、しわ一つないスーツ、今朝磨かれたばかりの革靴。完璧だ。竹之園家の秘書として恥ずかしくない格好で居なくてはいけない。  
お嬢様に恥をかかせるわけにはいかないからだ。  
 そうこうしているうちに、チャイムが鳴った。そこいらの学校のように放送ではない。校舎の天辺に据え付けられている真鍮製のぴかぴかの鐘を打ち鳴らすのだ。わざわざ。  
 
 典雅な響きを背景に、駐車場にそこはかとない緊張感が走る。それぞれの主を迎えるための準備である。  
 散歩も背筋を伸ばして主を待ち構える。  
 そこ、ここで老若男女の違いこそあれ、車の脇には散歩と同じく、姿勢を正した人々が直立している。  
 正面口から生徒たちが姿を現した。と言っても普通の高校のように喧騒とともにではない。話し声はするものの、あくまで和やかに落ち着いた風情である。  
 シンプルなセーラー服――胸元にある金糸で刺繍された校章がよく目立つ――に濃紺のスカートという野暮ったいと言ってもよいような制服であるが、着用しているのが美少女ばかりのせいか、清楚で可憐な姿に見える。  
もちろんスカートはきっちり膝下十センチに合わせられ、黒いソックスのせいで足が露になる部分はほんのわずかである。太ももなどもってのほかだ。  
 彼女たちは互いに優雅に一例を交わし、駐車場の入り口で分かれると、自家の車にやってくる。  
「お鞄をこちらに」  
「本日はこの後山村先生のところでお華のご予定でございます」  
「――かしこまりました。それではすぐに手配を致します」  
 などと執事や運転手とのやりとりがあり、あくまで淑やかにお嬢様が後部座席に入り、音もなくドアが閉められ、車が発進していく。  
 一台、また一台と車が減っていくなか、散歩は自分の待ち人がいつまで経っても姿を現さないことを気にしだした。  
 今日はクラブ活動のある日でもなし、まさか先生に怒られるようなわけがなし、色々と花月がやってこない理由を考えるも思い当たるものがない。  
 そのうちに、車は数台を残すのみとなってしまった。  
 もう五分して来なかったら校舎へ向かおうと、腕時計に目をやりながら散歩が考えていると、花月がやって来た。  
なにやら数人の生徒と談笑している。  
 散歩はため息をついた。大方彼女たちとの話が弾んでやって来るのが遅れたのだろう。  
 美少女ぞろいの聖四文字学園生徒の中でも、自分の主人は群を抜いて美しさが際立っていると思うのは決して散歩の贔屓目ではない。  
花月はセミロングが良く似合う、大きな瞳の特徴的な笑顔の可愛らしい、超をつけてもよいほどの美少女である。  
おしとやかな深窓の令嬢というわけではなく、スポーツが大好きな、健康的な爽やかさを持っていて、まだどこか子供っぽいところも残っているが、数年後が楽しみだと思わせる容貌の持ち主である。  
 美少女集団を目で追っていると、駐車場の入り口で他の生徒と同じように別れ、それぞれの車の元へ向かっていくのだが、おかしなことに花月ともう一人が、なぜか二人で散歩のほうに向かってくる。  
 一緒に来る生徒に見覚えがあった しとやかな雰囲気の女の子で、名を京極礼子。確か花月の所属する日本舞踊部の先輩である。  
 そういえば、日本舞踊部のご友人とのお茶会にも何度もご一緒されていた。ということは話が盛り上がった成り行きで、またお茶会を開くことになったのだろうか。これは各家への連絡と準備をさせなくては、と散歩はこの後の指示について頭をめぐらせる。  
 
 散歩の目の前にやってくると、彼が声をかける前に、花月が口を開いた。  
「散歩。あなたに折り入ってお願いがあるのです」  
「かしこまりました。一体どのようなことでしょうか」  
 家でお茶会を開きたいの、とくるとばかり思ってたずねた散歩にとって、花月の態度は意外なものだった。  
彼の質問には答えず、花月は礼子と視線を交わすと、頬を染め、照れ隠しの笑顔を浮かべたのである。  
「それは……。散歩、少しこちらに来てください」  
「はい」  
 散歩が花月に一歩近づく。  
「少しかがんで耳を貸してちょうだい」  
 花月に言われるままにしゃがむと、彼女は散歩の耳に手を添えてひそひそ声でお願いを口にした。  
「私たちにあなたのペニスを見せてほしいの」  
「ベニスですか。次の長期休暇は年末になりますが、それでよろしければスケジュールを調整させていただきます。  
京極様とご一緒なさるのであれば、お家へもそのようなお誘いを連絡させて頂いて、休暇が合えばその後、さらに細かな日程を詰めるということでよろしいでしょうか」  
 散歩は手にした手帳をぱらぱらとめくりながら主人のスケジュールを確認すると、顔を上げて二人の美少女に言った。  
 ところが、彼女たちは散歩の言っていることがまるで理解できない顔をして返事もしない。  
「お嬢様?」  
「あの、違うの。散歩、わたくしの言ったお願いがきちんと聞こえなかったのね」  
「いいえ、きちんと聞こえておりましたが。ベニスに行きたいとおっしゃられたのでしょう。  
この夏に行かれたばかりでしたので意外と言えば意外でしたが、確かにベニスは素晴らしい街でございますから、何度訪れても良いかと存じます。  
それが気の合うご友人と一緒ということになればさらに格別でしょう」  
 うっすらと頬を染め、伏目がちになりながら、おずおずと礼子が散歩の言葉を訂正した。  
「あの……違うのです」  
「京極様はご一緒なさらないのですか。これは失礼いたしました。てっきり私は――」  
「散歩」  
 礼子に向かって喋っている途中で名前を呼ばれ、散歩が花月に向き直る。  
「はい、お嬢様」  
「もう一度言いますから、今度はちゃんと聞いてくださいね」  
 花月は散歩に身をかがめさせると、先ほどと同じように彼の耳元に手を添えてささやく。  
「私たちにあなたのペニスを見せてほしいの」  
 全神経を耳に集中させていた散歩は思わず大声をあげかける。  
それを秘書としてのプライドで必死にこらえ、主の言葉を反芻する。  
 あなたのペニスを見せて欲しいの。確かにそう聞こえた。  
そんな馬鹿な! 先日耳掃除をしたばかりだから、耳が聞こえにくいというはずはない。  
もしや深刻な病気にかかってしまったのだろうか。これは家に帰ったらすぐに竹之園家の侍医である吉川先生に見てもらわなくては。あの先生なら信頼できる。  
いや、待てよ。耳に障害を持ったままで車の運転などをしてもし万が一のことがあってはまずい。  
代わりの運転手を手配しなくては。  
 ぐらぐらする頭を抱え、混乱の極みにある散歩に、花月が声をかける。  
「あの……散歩? もしかして聞こえなかったのかしら。わたくしの声が小さすぎたのかしら」  
 溜まっているのだろうか。確かにここしばらくそういうことがなかったが、かと言って己の仕える主の言葉をそのように捻じ曲げるとは情けない。  
俺の仕事に対する心構えというのはそんな程度のものだったのか。  
いや、待て。お嬢様がもう一度おっしゃってくれるのだ、これをきちんと聞き取ればよいだけの話じゃないか。  
 
 崩壊寸前の精神を必死に立て直そうとしている散歩のことなど知らずに、花月はあたりをきょろきょろと見回している。  
「もう周りには誰もいないみたいだから、ひそひそ声で言うのはやめます」  
「はい。どうぞおっしゃってください」  
「私たちにあなたのペニスを見せてほしいの」  
 花月の言葉の途中で、散歩は慌てて周囲を確認した。  
そして、花月の言ったとおり誰も居ないことに胸を撫で下ろす。  
 やはり聞き間違いではない。散歩は目の前の女性たちに気づかれないように、ゆっくりと息を吸い込み、吐き出す。  
 どう考えても自分のものを見たいと言っているように聞こえた。  
 散歩は目を閉じ、天を仰いだ。  
 彼は決心したのだ。花月に、自分のものを見たいと言っているのか確認しようと。  
もしそのようなことを言っていないという返答がきたら、その瞬間竹之園家の秘書を辞し、大形家からも離れて、二度とお嬢様に近づかずに生きていこうと。カウンセリングを受けようと。  
「失礼ですがお尋ねいたします。お嬢様は今、私の男性器が見たいと仰られましたか?」  
 汗をにじませながらたずねる散歩の声が次第に小さくなっていく。  
 ところが、花月は満面の笑みを浮かべた。  
「ええ。そう言ったわ」  
 ようやく自分の意思が散歩に伝わり嬉しいのだろう。花月は秘書とは対照的に晴れやかな顔をしている。  
 ぐらりと散歩の体が前のめりに倒れた。受身もくそもない、棒が倒れるような倒れ方である。  
鈍い音をたてながら地面に衝突した散歩が慌てて立ち上がり、体についている砂を払う。  
「散歩、大丈夫?」  
「大丈夫ですか? なにか持病でもお持ちなの?」  
「いいえ、そんなことはないはずですが……」  
 お嬢様方は突然倒れた散歩の体調の心配をしているが、彼としては体より心の心配をして欲しかっただろう。  
「マジで!? はぁ!? なんで!? わけは!? 」  
 秘書としての体面はどこかへ吹っ飛んだ散歩が、プライベートでの言葉遣いに激しい身振り手振りで主に驚きを示してしまう。  
 そのような言い方をされたのが初めてなのだろうか、お嬢様二人は唖然として散歩の変わりようを見つめている。  
 視線に気づいた散歩は、大きく広げた両腕をたたみ二、三度咳払いをし、ハンカチで汗をぬぐってから、さらに咳払いをした。  
「し、失礼いたしました。思いもよらぬお言葉でしたので少々取り乱しました。  
……し、しかしなぜ突然そのようなことを。いや、その前に、失礼ながら性教育をお受けになったことはございますか?」  
「もちろん、二人とも小等部のころに受けています」  
 花月の言葉に礼子もこくりと頷き同意する。  
「では……改めてお尋ねいたしますが、なぜそのようなことをおっしゃられたのでしょう」  
「実は、こちらの礼子様が卒業後に結婚なさることが決まりまして」  
 友人の慶事が嬉しいのか、花月がにこにこと笑いながら礼子を示す。  
 礼子もはにかみながらも、幸せそうである。  
「それはおめでたいことでございます。謹んでお祝いを述べさせていただきます」  
 慇懃な態度で散歩が深々と礼をすると、礼子もそれに応えるように礼をする。  
 奇妙な間があいた後、散歩はこのようなほのぼのとしたやり取りを交わしている場合ではないことを思い出した。  
「し、しかし、それと先ほどのご要望といったいどういう関係が……」  
「そうね……、少々長くなるかもしれないから家で話すことにしましょう」  
 にっこり笑ってそう言われてしまっては、散歩に逆らうことなどできようはずもなく、一向は竹之園邸に向かった。  
散歩の運転するリムジンの挙動が、いつもよりわずかながら粗かったのは致し方ないことであろう。  
 
 竹之園邸に到着すると、散歩が花月の部屋の一つに礼子を案内をした。  
そこは花月の勉強部屋である。といっても、ただ本棚や机があるだけというものではない。  
大きなプロジェクターやホワイトボードの類が備えられ、友人との勉強会を開くときのために机も複数用意されているような、教室といっても差し支えないようなものである。  
部屋の隅には休憩のためのスペースまで用意されている。そして、続きになっている部屋は図書室になっていた。  
 休憩用のテーブルへ礼子を案内し、椅子を勧めると、散歩はその脇に控えて主を待つ。彼の主は現在私服に着替えているところである。  
 二人が部屋に入ってすぐに、メイドがティーセットを持ってきてお茶の支度をして出て行った。  
 主人を待つ間に、散歩が礼子をさりげなく観察する。  
 以前に何度か会ったときにも思ったが、こうして改めて見ると、素晴らしく綺麗な女性である。  
腰まである艶やかな黒髪はまさに鴉の濡れ羽色。黒曜石のように深みのある瞳が、絹のように滑らかな白い肌によく映えている。  
時折伏せられるまつげはマスカラなど必要ないほどに長い。  
着物が良く似合うであろう、まさに大和撫子の鑑のような容貌である。  
 彼の仕えている花月ももちろん美人であるが、彼女とはタイプが違う。  
礼子が静だとすれば、花月は動の美しさの持ち主だといえるだろう。  
もっとも、礼子と比べれば、ほとんどの女性は動になってしまうかもしれない。  
 いったいどうしてこんな奥ゆかしげな美少女が自分のものを見たいなどということになったのか。  
散歩は礼子に尋ねてみたかったが、他家のお嬢様にそのような質問をすることなどできるはずもなく、また、礼子からその理由を説明されることもなく、数分の微妙な沈黙が過ぎていった。  
 散歩が困り果てていると、花月が姿を見せた。  
「お待たせしてごめんなさい」  
 二人に声をかけると彼女は礼子の向かいの席に座る。  
 主のために散歩がお茶をいれると、カップを手にした花月はやきもきしている彼を尻目に、瞳を閉じてゆっくり香りを楽しんでから、一口飲んだ。  
「ああ、やっぱり私の口には散歩のいれた紅茶が一番合うわ」  
 のんきなことを言っている花月に、とうとう散歩は我慢できなくなった。  
普段の彼ならば、花月が話し出すのを待っただろうが、話題が話題だけに黙っていられなくなったのである。  
「そのお言葉は大変ありがたいのですが、できるならば先ほどのお話の続きをしていただけませんか」  
「そうね。先ほども言いましたが、礼子様は来年の卒業と同時に結婚なさることになりました」  
「はい。おめでたいことでございます」  
「ありがとうございます」  
 礼子が再び、頬をわずかに染めながら謝辞を述べる。  
 自分のことのように、花月が嬉しそうな顔をしながら話を続ける。  
「もちろん、礼子様ご自身もお望みになっていたことですから、大変喜んでおられます。  
ですが、それにあたって不安が一つあるという相談を受けたのです」  
 そこで礼子が口を挟んだ。  
「わたくしが悩んでいるのを察してくださった花月様が、悩みがあるなら相談に乗ってくださるというお言葉に、あつかましくも不安ごとを打ち明けてしまったのです」  
「あつかましいなんてとんでもない。敬愛する先輩が悩んでおられるのに、見過ごすなんてわたくしにはできません」  
「花月様……」  
「礼子様……」  
 互いの名を呼び、感動の面持ちで二人が視線を交し合う。  
 
 美少女二人が友情を確認し合っている姿を眺め、散歩も思わず感極まりかけるが、今はそれよりも話の続きが気になった。  
「それでいったい、その不安とはなんでございましょう。先ほどの……お願いと関係してくるのでしょうか」  
「失礼しました。ここからはわたくしがお話いたします」  
「でも、礼子様」  
「いいえ、自分のことぐらい自分で話さないと、花月様のご好意に甘えっぱなしというわけにはいきません」  
 また麗しい友情を見せられるのかと散歩が心配したが、幸いにもそうはならなかった。  
 礼子がためらいがちに唇を動かす。  
「わたくしには、その……男性経験がございません。  
そのこと自体については婚約いたしました丹羽様に操を捧げられることを嬉しく思っております」  
 操といういささか古風な言葉も、礼子の口から出てくるとまるでおかしく聞こえないのは、彼女の持つ雰囲気のせいであろう。  
「ですが、そのせいで初夜の晩に、なにか失礼をしてしまうのではないかと不安でたまらないのです。」  
 そこまで言い終えると、礼子がどこかほっとした表情になる。  
 そして、ちらりと花月に目をやったかと思うと、散歩を見つめる。  
「そのことを花月様に話しますと、秘書の大形様に頼んで、男性の生理について教えていただきましょうと仰ってくださったのです。  
わたくしも代々竹之園家の秘書をお勤めになっておられる大形家については色々と聞いておりましたので、  
大形様ならば信頼に値するお方だと思い、あのようなお願いをさせていただいたのです」  
 礼子の言葉通り、大形家は上流階級ではそれなりに知られた家であった。  
そこでは竹之園家に仕える秘書の家系ではなく、両者は半ば竹之園グループの共同経営者であり、大形家はいわば竹之園家の大番頭として認識されていた。  
実情はその認識とは少し異なるが、ともかく世間からは大形なくして竹之園なしとまで言われているほどなのである。  
 ただし、現在の花月と散歩の関係は、世間を知らないお嬢様の無理難題に困らせられる執事以外のなにものでもない。  
「し……しかしそのような……」  
 いつものように、かしこまりました、と言わずに、歯切れの悪い答えを返す散歩に、花月が言葉をかける。  
「なにも無茶を言っているわけではないでしょう。礼子様がおっしゃった通りの、きちんとした理由なのですから。  
あなたはいったいなにを悩んでいるのです」  
「いいえ、やはりわたくしのお願いが無茶なものだったのです。  
世間のことはよく存じませんが、きっと恥知らずなお願いだったに違いありません」  
「礼子様、決してそのようなことはないはずですわ。  
将来の夫に対してきちんと準備をしておこうと思う心のどこに恥などあるでしょう」  
 散歩は頭がくらくらした。彼女たちは男のものを見せろという願いに対して羞恥心を抱いていないのだ。  
花月がお金を手にしたことがない――基本的に彼女の買い物はカードないし、後で竹之園家に請求が来る顔パスによる信用買いである――ことを知ったときに思い知ったが、  
育ってきた環境が違うとこれほどに認識に差が出るものかと、改めて驚愕した。  
 呆然としている散歩をよそに、美少女二人が話し合っている。  
「ですが、大形様のあのお困り様はただ事ではございません」  
「いいえ、きっと礼子様のお心に感激して正しい言葉が出ないだけです。  
少し時間を置いて頭を冷やすことができればきっとわたくしたちの願いを聞いてくれます。散歩はわたくし自慢の秘書ですもの」  
「花月様。本当にわたくしはあなたのような友人を持てて幸せです」  
「いいえ、わたくしこそ礼子様のお優しい心に触れることができて心が洗われるようです」  
「花月様」  
「礼子様」  
 麗しの友情表現第二段を終え、二人の視線が散歩へ移動する。  
「大形様」  
「散歩」  
 礼子のうっすらと濡れた瞳に見つめられ、花月の真摯なまなざしに追い詰められた散歩はとうとう了承の言葉を口にしてしまった。  
「か……かしこまりました」  
 
 
 思わず了承してしまったものの、考えれば考えるほど次の行動に移ることができない。  
 かと言ってこんなことを相談できる相手も時間もなく、散歩はじりじりと追い詰められていく。  
「や、やはり写真や映像でというわけには――」  
 往生際の悪い発言も、花月に途中でさえぎられてしまう。  
「だめです。そんなものなら見たことがありますから。本物を触ってその感触を確かめたいの」  
「それと、できれば射精なされるところも拝見しとうございます」  
 本能的に羞恥を憶えるのだろうか、さすがに恥ずかしそうに礼子が付け足す。  
「しゃ、射せ……っ」  
 あまりに直接的な単語に叫びそうになるのを危ういところでこらえると、目を閉じ、天を仰ぎ、とうとう散歩は観念した。  
「そ、それでは失礼いたします」  
 諦めの境地に到達した秘書がのろのろと手を動かすのをお嬢様方は純粋なまなざしで見つめる。  
 どれほど時間をかけようとも、ズボンを脱ぐ程度のことはすぐに終わってしまう。  
 一生仕えるであろう主とその友人の前で、散歩は下半身はトランクスのみという情けない姿をさらした。  
「男の方の下着はわたくしたちのものほど凝ってはいないのですね」  
「そうですね礼子様。でも、わたくしはやはりレースがついているほうが可愛らしいと思うけれど」  
 下着談義に花が咲いているのを聞き、ついうっかり花月の下着姿を想像しかけた散歩が慌ててそれを打ち消す。  
 ところが、そんな秘書の忠心など知らない花月が言う。  
「いけない、話が逸れてしまいました。まったくわたくしの悪い癖ね。さぁ、散歩脱いでくれてかまいませんよ」  
 永遠に逸れていてくれと願う散歩を、再び二つのまなざしが突き刺す。  
 内心でご先祖様に詫び倒しながら、散歩がトランクスを脱ぎ終えた。  
「まぁ……これが――」  
「散歩の――」  
 二人とも驚きに口を開けたまま閉じることも忘れて、興味津々といった様子で散歩の股間を凝視する。  
 このようなはしたない振る舞いは二人ともおそらく初めてであろう。  
 当の散歩は股間を隠すこともできず、かといってなにか話すこともできず、ただひたすらに突っ立っていることしかできない。  
「本物は初めて見ましたが、写真よりもなんだか良い感じがします」  
「ええ、あちらはグロテスクな感じが致しましたが、それに比べて散歩様のものはなんだか……撫でてみたいような、と言ったら失礼かしら」  
「いいえ礼子様、わたくしもそう感じておりました。先のほうがなんだか亀のような風情で」  
「確かに花月様のおっしゃるように亀の頭に見えますね」  
 自分たちの言葉通り、その部分を亀頭と言うことも知らずに、二人は好き放題言っている。  
 
「でも、これはまだ勃起していないのでしょう?」  
「そのはずですが。どうなの散歩?」  
 無体な主の質問に、どうしてこんな質問に答えなければいけないのだと天を呪いながら、やむを得ず散歩が口を開く。  
「はい。まだ勃ってはおりません」  
「まぁ……」  
 突然、不安気な様子になった礼子に花月が言葉をかける。  
「どうかなさいましたか礼子様」  
「いえ、これよりも大きくなってしまうのに、本当にこのようなものがわたくしの中に入るのかと不安になってしまって」  
「授業ではそのように習いましたが、そう言われれば確かに信じられないような出来事ですね」  
 と、そこまで言った花月がじっと散歩を見つめる。解答を求めているのだ。  
 度重なる視線の圧力に、とうとう散歩は諦めを通り越してやけくそになってしまった。  
「ご心配なさらずとも、そのときにはきちんと入るようにできております」  
「ですって。良かったですね礼子様」  
「ええ、本当に。それにしてもわたくしはすぐに怯えてしまって。もっと強い心を持たなくては」  
「そうですとも。まだ射精どころか勃起も見ていないのですから。  
 でも……あのように言えるということは散歩は入れたことがあるのかしら。いったい誰と?」  
 興味深げな表情で花月に股間と顔を見比べられる散歩。  
「プライベートなことですのでお答えいたしかねます」  
「まぁ。お聞きになりました? 礼子様。先ほど褒めていただきましたけれど、こんないじわるをするのですよ」  
 すねた風に言った花月に礼子が微笑み返す。  
「それは仕方ありませんわ。好いたお相手があってのことですし」  
「それはそうですけれど……」  
 わたくしにも少しぐらいなら知る権利あると思うのです。そう口の中で呟いた花月の言葉は幸か不幸か、他の二人には聞こえなかった。  
「それでは気を取り直して、早く勃起させましょう礼子様」  
「ええ。ですけれどどのようにすれば勃起するのかしら」  
「確か性的興奮や刺激を与えれば勃起すると習いましたが」  
「性的興奮ですか。……やはり裸を見たりということでしょうか?」  
「それは……少々恥ずかしいですわね」  
「それに婚約者以外の方に礼子様の体を見せるわけにはまいりませんわ」  
「まぁ。お心遣い感謝いたします」  
 愛らしい唇で勃起勃起と連呼され、さらには劣情こそないものの視姦されているに等しい散歩は、しだいに興奮が高まって下半身に血が集まりだした。  
 どうやって勃起させようかと話し合っている二人をよそに、むくむくと大きくなっていくが、まだ膨らみ始めた程度で、固くそそり立ちはしていない。  
 そのうちに、散歩のものの変化に気づいた花月が声をあげた。  
「まぁ、礼子様、ご覧になってください。だんだん大きくなってきました」  
「これが勃起かしら。でも本当に大きくなっていくのですね」  
「不思議なものです。けれど、これで射精できますわ」  
「まだなにもしておりませんのに」  
 きゃあきゃあと歓声をあげる二人に、散歩が言葉を挟む。  
「失礼ながら……お嬢様方。その、まだこれは勃ったわけではありません」  
「あら、でも散歩のペニスは大きくなりましたよ」  
「このようになるのを勃起と言うのではないのでしょうか?」  
 
 無邪気な質問に声を詰まらせながら散歩が答える。  
「確かに、えー、大きくはなりましたが、まだ途中と申しましょうか、その、まだ完全に勃起したわけではなくてですね、  
 このような状況をわたくしどもは、いわゆる、その、半勃ちと呼んでおりましてですね――」  
 さすがに自分がなにを言っているのかという思いにとらわれ、散歩は己の顔が熱くなるのを感じる。  
「ではまだ射精はできないのですね」  
 残念そうな声で礼子が呟いた。  
「完全に勃起させるにはどうすればよいのかしら。散歩?」  
「こ、ここまでくればもう少しばかり刺激すれば完全に」  
「どう刺激すればいいの?」  
「そ、それではわたくしが自分で――」  
「お待ちなさい」  
 腕を股間に伸ばそうとした散歩を花月が押しとどめる。そして、なにか思いついた顔で両手を合わせた。  
「良いことを思いつきました。散歩、自分でしなくてもかまいません」  
「で、ですがそうしないことには――」  
「いいえ、わたくしたちが見たいと言ったのにそこまで散歩の手を煩わせては申し訳ありません。  
 やり方さえ教えてくれればわたくしがしてあげます」  
 実際にハンマーで思い切り頭を殴られたほうがましだと思えるほどの衝撃が散歩の頭を襲った。  
「し、しかしそのようなことをしていただくわけには!」  
「遠慮することはないわ。常々お父様にも、散歩たちが仕えてくれるのを当然と思ってはいけない、傲慢になってはいけない、と教えられています」  
「なんと立派なお心がけでしょう……」  
「それとこれとは話が――!」  
 絶対に違うと言いたいが、花月は散歩に有無を言わせない。  
「あなたがわたくしを大事に思ってくださる気持ちは大変嬉しく思います。しかし、いつまでも頼ってばかりではだめだと思うの。  
 だからわたくしが散歩のお世話をすることができるほど成長したという姿を見てもらいたいのです」  
「あぁ……本当に素晴らしいお心です。わたくし今の花月様のお姿を胸に刻み込んでお嫁に参らせていただきます」  
 感極まった礼子は今にもハンカチを取り出して目じりを押さえそうなほどである。  
「でっ、ですからわたくしが申し上げたいのは――!」  
「いいえ。もう決心したのです。散歩、どうすればよいのか教えてください」  
 毅然と言い放つと、花月は一歩前に踏み出した。  
「……かしこまりました」  
 主の勢いに押され、散歩が説明する。  
「ではまず、棒を持つような感じで軽く握ってください。……そうですね、しゃがまれたほうが良いかと存じ上げます」  
 
 さすがに緊張した様子でしゃがみこむと、花月が静かに息を整える。  
 そして、腕を上げ、目の前にあるペニスの手を伸ばしていく。動作はゆっくりではあるものの、ためらいは見られない。  
「……こうかしら」  
 言われたとおりに、指先でつまみあげるように散歩のものに触れる花月。  
 触れているのは親指、中指に人差し指の三本。  
 あくまで上品な仕草なのだが、つまんでいるものがものだけに、妙に淫靡な姿に見える。  
「きゃっ」  
 花月が小さく悲鳴をあげた。  
 刺激のせいか、散歩のものがぴくんと跳ねたのである。  
「し、失礼いたしました」  
「いえ、少し驚いただけです。でも……どこか持ち方が悪かったかしら」  
 しげしげと自分のつま先を花月が見つめる。  
「違います。その、気持ちよかったもので、勝手に動いてしまったのです」  
「それならいいけれど。それでは改めて――」  
 再び男のものをつまみあげると、花月は自分の秘書を見上げた。  
「これからどうすればよいのですか?」  
 主が自分のものに触れているだけでなく、上目遣いで見つめてきたせいで、散歩は股間にさらに血液が流れていくのを感じた。  
 少し前に比べて、表面により血管が浮かび上がり、なんだか凶悪さが増している。  
「そのまま腕を前後させてこするような感じでしごいて――」  
 言葉の途中で、快感の呻きをこらえるために散歩が口を閉じた。  
 説明の途中で花月が散歩のものを刺激し始めたのである。  
 常ならば、人の話の途中で行動するなど考えられない彼女だが、平静そうに見えてもこの状況に知らず知らず興奮しているのかもしれない。  
 指先にあまり力を込めていないせいだろうか、しごきたてるというよりも表面を撫でさすっているようである。  
 自分でするよりもかなり小さな刺激に散歩は次第にもどかしさを感じ出した。  
 花月にそんなつもりはないだろうが、まるで焦らされているようなのである。  
「お嬢様、もう少し力を込めていただけないでしょうか」  
「それはかまわないけれど、加減がわからないから痛くなったら言ってくれるかしら」  
 少しづつ、散歩のものを包む指の力が増していく。  
 しかし、散歩がもう少しと思ったところで、それ以上の力は込められなくなってしまった。  
「もうこれ以上は無理だわ。これ以上すると散歩が痛くなりそうでとてもできないもの。これぐらいでいいかしら」  
 緊張したような、申し訳なさそうな表情で花月が散歩を見上げる。  
 彼としてはもう少し力を入れて欲しいところだが、これ以上仕えるべきお嬢様に要求するのは心苦しかった。内心を隠し、頷く。  
「十分ですお嬢様。それでは先ほどのように手を動かしていただけますか」  
「ええ」  
 あくまでたおやかに返事をすると、花月はゆっくりと手を動かし始める。  
 かなりぎこちない動きであるが、真剣にやっていることが表情からも動作からもわかるため、散歩は体よりも心で快感を受け取っていた。  
 礼子も食い入るように散歩の股間を見つめている。  
 時折、自分の手で見えないなにかを握るような素振りを見せるのは、婚約者のものを想像して練習しているのだろうか。  
 
「男の方のものって凄く熱いのね……」  
 散歩のものをしごいている花月が我知らず呟いた。  
「本当ですか」  
 礼子の問いかけに、花月は自分が口を動かしていたことに気づいたらしい。  
「まぁ、わたくしったらいつの間にそのようなことを……。でも、本当に熱いのです。触ってごらんになりますか?」  
 花月の提案に礼子はわずかにためらったが、静かにうなずくと、おずおずと指を伸ばしてくる。  
 持ち主の意向は関係ないらしい。  
 礼子の絹のように滑らかな指先が赤黒い亀頭にそっと触れる。  
「確かに熱いわ。けれど心地よい熱さですね。なんだかいつまでも触れていたいような気さえします」  
 うっとりとした様子の礼子が細い指を伸ばし、えらをはった亀頭をいたわるように撫でさする。  
 その間も、休むことなく花月は手を上下させている。  
 異常なシチュエーションに我慢できなくなった散歩が、いつもより早く限界に達した。  
「だ、だめです……っ。もう、出ますっ!」  
「どうかしま――」  
 手を動かしながら、なにごとかと問いつつ花月が散歩を見上げかけた瞬間。  
 彼女の指の掌の中で、大きく跳ねたペニスが精液を発射した。  
「っあ……!」  
 声こそ上げたものの、半ば呆然とした様子で花月は初めて目の当たりにする射精に身じろぎもしない。  
 しかし、さすがに握っていたペニスは離してしまっている。  
 そのせいで抑えのなくなった散歩のものは、大きく上下に揺れながら精を吐き出し、あたりを白濁で汚す。  
 そればかりか、花月と礼子の手にまで欲望を吐きかけた。  
 礼子のほうも、口元を押さえながら大きく目を見開いて散歩の射精を凝視している。  
 とりあえず満足したのか、なにも出なくなってからも、散歩のものはひくついて揺れている。持ち主は荒い息をついて、放心状態だ。  
 しかし、股間だけは硬くそそり勃ったままである。  
 
 散歩の射精が収まってから、花月は自分の指に精液がついているのに気づいた。  
 指を動かすと、糸を引いて粘つく。  
「これが精液……散歩の」  
 まだショックが収まらないのか、夢見心地の瞳で精液を見つめている。そのうちに、それを鼻に近づけると匂いを確かめている。  
「変な匂い――」  
 そう言ったかと思うと、ぺろりと舐めてしまった。  
 普段そんなことをすれば、すぐにはしたないと注意する散歩も、驚きに声も出ない。  
 それを尻目に、  
「味も変です」  
 などとどこか嬉しそうに言っている。  
 そんな彼女の姿に当てられたのか、礼子も指にかかった精液の匂いをかぐと、口に入れる。  
「本当に。……苦くて、美味しいとはいえませんね」  
 自分が作り出したとはいえ、目の前の光景が信じられない散歩は、ただただ唖然とするばかりである。  
「一度射精すれば小さくなるのではなかったのですか」  
 精液の味を確認し終えると、次の興味はそれを出したものに移ったらしい。  
 礼子は驚きに大きくその瞳を見開いて、じっと散歩のペニスを見つめている。  
 教わった知識と現実が食い違っているのが不思議そうである。  
「その、人によると思いますが、溜まっているとなかなか収まらないのでして」  
 恥ずかしげに散歩が応える。  
「本当に……まだ硬いままなのね」  
 うっとりした声で言った花月の細くたおやかな指が、勃ったままの散歩のものに再度絡められた。  
 射精したばかりで敏感になっているものをつかまれて、散歩は思わず腰を引きそうになるのをなんとかこらえる。  
 そして、なぜか謝罪の言葉を口にしてしまった。  
「も、申し訳あり――」  
「謝ることなどありません」  
 嬉しそうな声で、花月が言う。ペニスにこびりついた精液が指につくこともまるで気にならないらしい。  
 じっと勃起したペニスを見つめていた礼子が口を開いた。  
「勃起したままということは、まだ射精できるのでしょうか」  
「は、はい」  
 その返事を聞くと、礼子はなにかを決心したように、ゆっくりと頷いた。  
「この際ですから、口腔愛撫の練習もさせていただきたいのですが」  
 
「……は?」  
 耳慣れぬ言葉に散歩が反応できないでいると、花月が勝手に話を進めていく。  
「まぁ、それは良いお考えです。本当に向上心に溢れておられて、礼子様の旦那様になられる丹羽様はお幸せですわ」  
 花月は両手を合わせてにっこり微笑んだ。  
「それでは失礼いたします。なにぶん初めてのことですので色々と不調法でしょうが、よろしくご指導お願いいたします」  
「は、はぁ」  
 生返事でいまだ事態についていけない散歩の前で礼子が座り込む。しっかりとスカートの裾を押さえながらの美しい正座である。  
 そのまま、普段しっとりと落ち着いた声をつむいでいる唇で散歩のものにくちづける。  
 そこでようやく、散歩は口腔愛撫がフェラチオであることに考えがいたった。  
「そっ、そのようなことを――!」  
 次から次に予想外の出来事が津波のように散歩を襲う。  
 すでに尋常ならざる領域まで踏み込んでいるのに、さらにその奥があろうとは。  
 あまりのことに開いた口がふさがらない散歩をほうって、礼子が再び唇を彼のものに近づけていく。  
 淑やかな外見からは、とても自らそのような行動を取る女性には見えない。  
「なんだかキスをしたみたいです」  
 清楚さの中に、艶っぽさをのぞかせた声で礼子が言った。その瞳は濡れてきらめいている。  
 ささやくように言われたその言葉は散歩の脳髄を痺れさせた。これからこの声を紡ぐ舌で、口でしゃぶられるのかと思うとさらに股間が熱くなる。  
 散歩は生唾を飲み込んだ。  
 今さらながら、自分のものをくわえるために、目の前に座っているのが礼子であることが散歩には信じられない。  
 かすかに緊張の色を見せて、これから自分が舌を添えるものを見つめている彼女を見ていると、ひどい背徳感が湧き上がる。  
 なんと言っても彼女には婚約者がいるのだ。  
「し、失礼ですが、京極様はこういった行為を御覧になったことや、なさったことはおありでしょうか。例えば、その……婚約者の丹羽様と」  
「先ほども申し上げましたように、男性器を見るのは初めてでございます。  
 丹羽様とは一度手をおつなぎしたことがございますが、くちづけもまだで……まぁ、わたくしとしたことがなんということを」  
 うっかり婚約者との進展状況を口にしてしまい、恥ずかしいのか、礼子が頬を押さえた。  
 が、そのようなことで恥ずかしがるような女性が今からフェラチオをしようというのである。  
「もしや、わたくしが口腔愛撫が初めてだということを心配しておられるのでしょうか。  
 確かに経験はございませんが、精一杯できる限りのことをさせていただくつもりです。なにか至らぬ部分があればお教えください」  
「い、いや、そのような心配ではなくですね――」  
 本当にこんなことをして良いものかと、そう言おうとした散歩であるが、今更なにを言ったところで手遅れであるし、目の前のお嬢様方がこちらの言うことを聞くわけもないと、諦める。  
 
「それでは」  
 まるで茶道のお手前でも始めるような調子で礼子が宣言すると、彼女は静かにまぶたを下ろした。長いまつげが美しい。  
 唇をかすかに開けると、その隙間から舌をちろりと除かせる。  
 決して突き出すようなことはせず、あくまで上品なしぐさである。  
 舌先が散歩のものに触れる。  
「っあ……!」  
 声を漏らしてしまった散歩が唇をかみ締める。  
 礼子には聞こえなかったのか、彼女はまるで子犬が人間の指先を舐めるように、ちろちろと舌を動かしている。  
「思ったより変な味はしないのですね。精液の味から、ペニスも苦いのかと思っておりましたが」  
 ぎょっとするようなことを言って、礼子が散歩を見上げた。  
「そうなのですか。ではどのような味がするのでしょう?」  
 興味津々な花月の問いに、礼子が少し考える素振りを見せた。  
「かすかにしょっぱいような……不思議な味です。今まで口にしたことがないような」  
 同意を求めるように散歩に微笑みかけると、礼子がフェラチオを再会する。  
 ゆっくりと亀頭を舐める礼子。  
 まるで舌で散歩のものを洗っているような丁寧な奉仕である。  
 しかし、それだけでは散歩には物足りない。  
「同じところだけでなく、色々な部分を舐めてくださると嬉しいのですが」  
「はい」  
 楚々とした返事をすると、礼子は今度は舌だけでなく、顔も動かしてさおのほうへ顔を寄せてきた。  
 ちろちろと舌を動かす上品なしぐさは変わらないが、できる限り散歩に言われたとおりにしようと、先端から根元のほうへと舌を進めていく。  
 散歩が快感に酔いしれている間に、どんどんと礼子の顔が散歩の体に近づいていき、彼女の鼻先を彼の陰毛が掠めるまでになった。  
「ん……ふ」  
 礼子がくぐもったような息を漏らした。  
 それを目ざとく見つけた花月がすぐに問いかける。  
「どうかなさいましたか?」  
「いえ……大形様の下の毛に鼻をくすぐられてしまいました」  
「まぁ、そんなことも注意しながら男性器を愛撫しないといけないなんて、大変ですわね」  
「大変だなんて。私のつたない奉仕で喜んでいただけるのですから、ちっとも苦になりませんわ」  
「本当に礼子様はお優しいお方です」  
「そんなことは……」  
 照れるようにそう呟くと、礼子が目を伏せ、再び舌を散歩のものに伸ばそうとする。  
 そこへ散歩が口を挟む。  
「できれば舐めるばかりでなく、その、くわえて欲しいのですが」  
 より強い刺激を求めて、散歩が要求する。  
 礼子の奉仕は心地よいものの、次第に物足りなくなってきていたのである。  
 言われた礼子が舌を止め、じっと今まで舐めていたものを眺める。  
「わたくしの口に入るでしょうか。……いえ、ここでやってみなければ、なんのために大形様にこのようなことをお願いしたのかわかりませんね」  
 自分を鼓舞すると、礼子が唇をゆっくりと動かしていく。と言っても、常日頃のしつけのせいか、あくまではしたなくない程度にしか開かれない。  
 これでは散歩のものをくわえるなど夢のまた夢である。  
 ゆっくりと顔を近づけていく礼子。  
 散歩が息を亀頭に感じたと思うと、すぐにその先端がさらに暖かく心地よい感触を感じた。  
 予想通りというべきだろう。  
 礼子はペニスをくわえているのではなく、その先端のさらに先端、つまり亀頭の先っぽ鈴口に吸い付いているようにしか見えない。  
 礼子としては精一杯なのだろうが、ちゅうちゅうという音こそないものの、哺乳瓶に吸い付く赤ん坊のようである。  
 それでも、散歩に気持ちよくなってもらおうというのか、舌を小刻みに動かして刺激を与えてくる。  
 
 散歩が気持ちよさにうっとりしかけると、礼子が口を話してしまった。  
 残念な気持ちを押し隠す散歩に彼女が言う。  
「大形様、今のような感じでよろしいでしょうか」  
「もちろん良いのですが、もう少し口の中に入れることはできないでしょうか」  
 散歩の言葉に、礼子が悲しそうに目を伏せる。  
「申し訳ありません。せっかくのご指導なのですが、わたくしにはあれが精一杯でございます」  
「散歩! 礼子様が懸命に頑張っておられるのにそのような言い方はなんですか」  
「お、お嬢様。あつかましいことを申し上げまして、大変失礼いたしました京極様」  
「いえ、謝られることなどございません。わたくしのためを思ってのご指導なのですから」  
「あぁ、本当に礼子様のお優しさと向上心の素晴らしいこと――」  
「できる限りのことをするのは当然ですもの」  
 感激している花月に微笑みかけると、礼子が唇を開いた。やはり先ほど同様にわずかにしか開かれていない。  
 とはいえ、彼女にしてみれば、普段できる限り見せないようにしている口の中を見られていると思うと、羞恥心が湧き上がってくるのだろう。  
 頬が染まっている。  
 フェラチオには恥じないのに、口をあけることを恥じるとは、散歩には理解不可能である。  
 が、快感を与えてくれるのだから文句はない。  
 やはり、亀頭にくちづけをするようにして、礼子がペニスに吸い付く。  
 散歩に言われたように、できるだけ深くくわえ込もうとしているのか、先ほどよりもわずかに多く亀頭を口中にふくんでいる。  
 かすかな違いだが、硬く目を閉じて一生懸命な顔である。  
 その表情が舌での奉仕とあわせて散歩の快感を高めていく。  
 しかし、射精に至るほどの強烈な刺激ではない。  
 と、散歩が油断していたところに、予想外の新たな刺激が加わった。  
 袋のほうに指が触れたのである。  
 ぎょっとして礼子を見ると、彼女の手は正座している太ももの上に、きちんとそろえて置かれている。  
 となると、指の持ち主は一人しかいない。花月である。  
「えっ、あ……おっ、お嬢様!?」  
 先ほどまで礼子の横で見ていた花月がいつの間にか、散歩のほうへ移動している。  
「こんなところにも陰毛が生えているのね。柔らかいような、そうでないような……おかしな感触」  
 これが睾丸かしら、などと呟きながら、花月は楽しそうに散歩の袋を揉みしだく。  
「ふぁふきふぁま?」  
 礼子もペニスをくわえたまま、驚いた声を漏らす。  
 だが、口を離すことはなく、舌もちろちろと亀頭を嘗め回している。  
 
 二つの刺激に、散歩はあっさりと二度目の射精を迎えた。  
 先ほどなかなか出そうにないなと、高をくくっていたのが情けない。  
「イくっ!」  
 その短い言葉も言い終わらないうちに、礼子のくわえていた亀頭が一回りほど大きさを増した。  
 驚きに目を白黒させている礼子を無視して、彼女の口の中に精液が吐き出される。  
「ぁっ……ふむぅぅぅっ!」  
 跳ねるように痙攣する散歩のものに、礼子が必死で吸い付く。  
 すでに背筋をぴんと伸ばした綺麗な正座は崩れ、必死にすがりつくような格好になっている。  
 礼子の狭い口腔内に一度目と変わらないような大量の精液が溢れかえる。  
 目じりに涙を浮かべながら、彼女は口いっぱいに白い粘液を受け止めた。  
 礼子の口の中に独特の匂いが広がっていく。  
 一方、ファーストキスもまだの美少女に口内射精をした散歩は惚けたような顔で余韻に浸っている。  
 ちゅぷ、という静かな音とともに、礼子の唇が散歩のものから離れた。  
 それに気づいて、散歩が慌ててハンカチとティッシュを取り出す。  
「京極様! さ、さあ、これに吐き出してください」  
 しかし、差し出されたものを手にすることなく、礼子はふるふると頭を振り、目を閉じてこくりと喉をかすかに鳴らした。  
「あ……」  
 散歩が驚き、花月も口元に手を当てて礼子を見守る。  
「せっかく出してくださったものですから、出してしまうのがなんだか申し訳なくて」  
 潤んだ瞳でそう言った直後に、礼子が口元を手で覆ってむせた。  
 背中をさすろうとした花月を手でとどめる。  
「大丈夫です花月様。先ほども味はみましたけれど……こんなにたくさんだと飲みにくいですね」  
 礼子が感想を述べた。それが男にどれほどの興奮を覚えさせるものかまったく自覚していない。  
「あら、礼子様口元に」  
 花月がその長く繊細な指を礼子の口元に伸ばした。  
 収まりきらなかった精液が彼女の唇の端からたれていたのである。  
 それを指で掬い取ると、なにを考えたのかぺろりと舐めてしまう。  
「これははしたないところを……」  
 恥ずかしそうに唇を押さえる礼子に、花月も照れ笑いを浮かべる。  
「いいえ、わたくしこそ指を舐めてしまうなんて無作法なまねを。なんだかおかしくなったみたい」  
「男の方のものには女性をおかしくさせてしまう効果があるのかしら」  
「きっとそうです。そうでなければこんな苦いものを舐めたくなるわけがないもの」  
「そうだと思いたいですわ。口にものを入れたまま声を出してしまうなんて」  
 先ほどのペニスをしゃぶりながら、花月の名を呼んだことを言っているのだろう。  
 まったくとんでもないものを入れたまま喋ったものである。  
 
「花月様ったら」  
「礼子様こそ」  
 自分の精液を舐めとり、その感想を言い合って笑顔を交わしている美少女二人の姿に、散歩のものは萎える様子をまったく見せない。  
 あきれたことにいまだに硬く大きいままである。  
「しかし……お嬢様の指が伸びてきたときには驚かされました」  
「先ほど触らなかったものだから、どのような感触かしらと思って。でも、射精したということはあれを触られても気持ちよいのね」  
 うふふ、と嬉しそうに笑う主の姿に、散歩は何も言えなくなってしまう。  
「それにしても……礼子様の熱心なご様子を拝見していると、わたくしも挑戦してみたくなりました」  
 とっぴょうしもない主の言葉に散歩がぎょっとする。  
「い、いや、それは、おやめになったほうがよろしいかと――」  
「どうしてかしら? 礼子様は良くてわたくしはだめなの? それに散歩のペニスは大きいままですから射精できるのでしょう?」  
「ですが、やはりこれ以上は」  
 大きいままの己のものを恨めしく思いつつ、なんとか主を思いとどまらせようと苦心する散歩。  
「いいえ、わたくしもいたします。だいたいあなたは礼子様ではなくわたくしの秘書なのです」  
 さりげなく所有権を主張しながら、礼子が散歩に迫っていく。  
「ね? かまわないでしょう?」  
 散歩は主の笑顔でのお願いに思わずうなずいてしまった。  
 結局のところ、彼は花月には逆らえないのである。  
「では――」  
 花月が散歩の前で両膝をついた。  
 首を曲げるようにして口元を散歩のものへ近づけていく。  
 礼子よりは多少大胆に口を開き、そこから舌先をのぞかせている。  
 尖らせた舌先が散歩のものに一瞬だけ触れ、すぐに離れた。  
 鈴口に浮かんでいた、精液の残りを掬い取ったようにも見える。  
「……やっぱり変な味」  
 なぜか幸せそうに口元をほころばせて呟く花月。  
「申し訳ありません」  
 情けない声で散歩が謝った。  
「謝ることはありませんよ。あなたのせいではないでしょう?」  
 そう言うと、いたずらっぽい表情で息を散歩の股間に吹きかけた。  
 ペニスがぴくんと跳ねる。  
「本当に元気なのね」  
 やさしげに、花月が散歩のものを撫でる。  
 そして、再び顔を散歩に寄せていく。  
 舌は大きく突き出されて、脇で見ている礼子などは驚きに目を丸くしている。  
 普段の上品な花月からは想像できないような、はしたない姿なのだろう。  
 
 撫でるようだった礼子の奉仕とは違い、こちらはぺろぺろとキャンディでも舐めるような舌の動かし方である。  
 二人の性格の違いが出ているようで、散歩に面白い印象を与えた。  
 さすがに礼子のフェラチオをすでに見ていただけあって、花月は先端だけでなく、顔を動かし巧みに全体を舐めしゃぶる。  
 その舌技はとても初めてとは思えないほど素晴らしいものだった。  
 その上、散歩にとってはこのようなことは考えたことすらない、、常日頃お仕えしているお嬢様からの奉仕である。  
 まさに天にも昇る気持ちとはこのことだった。  
 散歩のものに花月の唾液がまぶされて、てかてかといやらしく光る。  
 それを見て興奮するのか、花月の頬が上気して、息遣いが押さえ切れずに荒くなる。  
 彼女は自身に興奮に気づかぬまま、唇をペニスの先端からずらしていき、さおの部分へと動かす。  
 花月が今までしたことのないような横ぐわえの形になると、そのままハーモニカでも吹くように柔らかな唇を滑らせる。  
 散歩は彼女が習っているフルートの練習姿を思い出し、さすがに自分を戒めた。  
 しかし、練習中の彼女と今の彼女を対比すればするほど、彼の興奮は増していく。  
 まだ触れていない部分を求めて舌を動かしていくうちに、今度はペニスの裏側に花月の顔が回りこんだ。  
 両手は腰の辺りで合わされたままなので、支えのない散歩のものは花月の顔にぴたぴたと当たる。  
 舌が唇から姿を見せるたびに、ペニスが動かされ、その反動で彼女の顔を汚す。  
 興奮のために出る先走りが花月の顔に光る筋となって塗りたくられた。  
 さすがにひどい罪悪感から腰を引こうとしたのだが、それを敏感に察した花月の、  
「動ひてはらめです」  
 とう言葉に押しとどめられてしまう。  
 口の中にものを入れて喋らないという礼儀は、この部屋には関係ないらしい。  
 やがて、散歩のものを全部舐めきった花月は満足げに顔を上げると、散歩を見上げた。  
「くわえるのでしたね?」  
「は……はい」  
 秘書の返事に目を細めると、花月はまるで誓いのキスでもするような表情で散歩のものに顔を近づけていく。  
 唇がペニスに触れると、その形に合わせて唇がむにむに押し開かれる。  
 花月が亀頭をなんとか口に含んだ時点で動きが止まった。  
「まぁ。そんなにくわえてしまって……お苦しくはございませんか?」  
 礼子の問いに花月は目で大丈夫だとうなずいてみせると、顔を前後させ始める。  
 ちゅぷちゅぷという可愛らしい音とは裏腹に、やっていることは淫らなことの上ない。  
 雁首が花月の口元から見えては隠れる。  
 艶やかなピンクの唇に赤黒いペニスが出入りするたびに、横で見ている礼子が熱い吐息を漏らした。  
「ん、んっむ……ふぅ……ぁんむっ」  
 花月も息を荒げながら奉仕を続ける。  
 その動きに慣れ、花月が舌を動かすこともはじめた頃、油断したのか、彼女の歯が散歩のものに引っかかってしまった。  
 
「っつ!」  
 予想もしなかった刺激に、散歩は思わず腰を浮かしてしまう。  
 そのせいで、亀頭の先端をくわえていた花月の口の中深くまでペニスが突っ込まれてしまった。  
 いきなりのことに、うろたえ花月の喉が異物を排除しようと収縮を繰り返す。  
「むぐぅっ……んぇっ! けほっ、んんっ!」  
「も、申し訳ありません!」  
 口腔を通り越して喉を突かれ、えずく花月を心配して散歩が慌てて腰をひこうとする。  
 しかし、それを抑えるように花月は両手を散歩の腰に回すと、浮かんだ涙もそのままに彼を見上げる。  
 その健気な表情と、口中とはまた違うのどの感触は、散歩に止めを刺した。  
「花月お嬢様っ!」  
 主の名を呼びながら散歩が果てる。  
 花月の苦しさなどお構いなしに、ペニスが花月の口腔で膨れて射精した。  
 今までで一番勢いよく、びゅくびゅくと精液が発射される。  
 さすがの花月もそれには耐え切れず、飲み込んでいた散歩のものを半ばまで口から出してしまう。  
 射精の場が喉から口中に変わっても、白濁した粘液の勢いは収まらない。  
 花月のうち頬に熱いものがぶちまけられていく。  
 勢い良い射精のせいか、花月の頬が膨れた。中では精液が溢れかえっているのだろう。   
 花月はそんな激しい射精中にもかかわらず、口をはなすことなく、吐き出される熱い粘液を全てその小さな口で受け止めている。  
 それどころか、全てを飲みつくそうとばかりにちゅうちゅうとはしたなく音を立てて肉棒を吸いたてる。  
 普段ならたしなめるところだが、敏感になっている部分に強烈な刺激を与えられて散歩はそれどころではない。  
 精液とともに力まで吸い取られてしまったらしい。  
 口をだらしなく開き、ただ情けない声を出すだけである。  
「んちゅ、ちゅゅ……ぅう。んっ、んんっ、ふぅぅん」  
 最後の一滴まで吸い尽くすと、ちゅぽんという軽快な音を立てて花月はペニスを吐き出した。  
 勢いあまって、一度散歩のものが花月の唇をぴたんと叩いたが、すぐに彼が腰を引いたおかげで二度目はなかった。  
 それをなぜか残念そうに見やると、花月が目の前にある散歩のものを見つめる。  
 さすがに三度も達したため、ようやく硬さを失い、萎え始める様子を見せている。  
 それを見た花月は口元をべとべとに汚しているのにもかまわず、満足げな表情である。  
 
「お、お嬢様。これに――」  
 散歩が先ほどのようにハンカチとティッシュを差し出したが、これも先ほど同様、首を振って拒否されてしまった。  
 ゆっくりとまぶたを落とすと、花月は心持ち顔を上に向け、のどを静かに鳴らしてどろどろした欲望の塊を飲み下し始める。  
「っん……んく……」  
 時々むせそうになるがなんとか堪えると、最後にあごを軽く動かし、全てを飲み終えた。  
「お、お嬢様?」  
 散歩がどきどきしながら花月に呼びかける。  
 秘書を無視して口元についていた精液を指で拭い取ると、花月はそれも丁寧に舐めしゃぶってしまってから、ようやく言葉を発した。  
「凄いのね……射精って」  
「お嬢様――」  
「それに礼子様がおっしゃられたように、こんなにたくさん出されてしまっては飲み込むのも一苦労です」  
「ですから吐き出してくださいと」  
「散歩のものだと思えば、これぐらいは大丈夫です」  
 秘書が情けない声で反論するのを聞き流し、花月が口の中で呟いた。  
「は? なにかおっしゃられましたか」  
「いえ、礼子様がお出しになられなかったというのに、主の私がそのようなことはできないと言ったのです。ねぇ、礼子様」  
「立派なお心です。花月様は上に立つ人間にふさわしい資質をお持ちでございます」  
「そのようなことは――」  
「いいえ、わたくし、花月様の懸命なお姿を拝見させていただいて、大変勉強になりましたわ」  
 感極まり、半ば涙声になりながら礼子が花月に駆け寄る。  
「礼子様」  
「花月様」  
 散歩は半ば放心状態で、目の前の二人のやり取りを眺め続けた。  
 
 
 数日後、聖四文字学園の駐車場には、いつものように主を迎えるため、リムジンの脇に控えている大形散歩の姿があった。  
 典雅な響きのチャイムが学園中に鳴り響いてしばらくすると、校舎の正面口からたくさんの女生徒が駐車場のほうに向かってくる。  
 すでに自らの格好の点検は済ませてあった。  
 今日も誰に恥じることなく竹之園家の秘書を名乗るにふさわしい姿である。  
 散歩は背筋を伸ばし、胸を張って主を待った。  
「先日ピアノのコンクールに参加させていただいたときに知り合ったのですが、宗利様に電話番号をたずねられまして」  
「確かヒロオ楽器が主催の――」  
 だとか、  
「――先日のお華はお見事でした」  
「ありがたいお言葉ですが、先生からはお叱りを受けるばかりなのです」  
「そんなことはございませんよ――」  
 だとか、  
「まぁ。では広尾様はまた試合でご活躍なされたのですか。なんでもプロのスカウトの方も注目なさっているとか」  
「ええ、先日のパーティでご一緒させていただいたときに少しお話をさせていただきまして」  
「それはうらやましいですわ。わたくしなどいつも遠くからお姿を拝見するばかりで」  
「でしたら今度お茶会でも開いて――」  
 どことなく雅なテーマで楽しそうに会話に花を咲かせる女生徒たちの声が自然と耳に入ってくる中、散歩は自分の主の姿を探す。  
 人並みが一段落したころ、数人の友人と談笑しながらこちらに遣ってくる花月を見つけた。  
 楽しそうにしている主人を見ると、散歩は自分も嬉しくなってしまう。  
 いつものように、駐車場の入り口で別れの挨拶をして散歩のほうにやってくる花月だが、なぜか今日は二人の友人が別れずに一緒にいるままである。  
 あれは確かお嬢様と同じ日本舞踊部に所属しておられる同級生の国城沙良様と、クラスメートの藤天音様。  
 お話が盛り上がったので、このままお屋敷でお茶会でも開かれるのだろうか。  
 そんなことを考えつつ主を迎えようとすると、散歩の目の前にやって来た花月がにっこりと微笑んだ。  
 強烈な既視感が散歩を襲う。  
「散歩。お願いがあるの」  
「かっ、かしこまりました。一体……どのようなことでしょうか」  
「実は、こちらの天音様と、沙良様が卒業後に結婚なさることが決定して――」  
 

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