「はーい、お待たせー! 今夜は正刻君が久しぶりに来てくれたから、正刻君の好きなものを多く作ったわよ!」  
そう言って亜衣が唯衣と舞衣を従えて料理を運んでくる。  
ちびちびとウィスキーを飲んでいた正刻は、嬉しそうな笑顔を浮かべた。  
 
「待ってましたよ亜衣さん! もう腹が減ってたまりませんでしたよ!」  
「はいはいそんなにがっつかないの。今準備が終わるから、もうちょっと待ってなさい?」  
唯衣に窘められたが、正刻はそんなことも意に介さずに楽しそうにしている。  
そんな正刻の様子を楽しげに眺めながら、舞衣も料理を並べていく。  
 
やがて料理が全て並べられ、女性陣も席に着いた。  
「じゃあ早速食べようか! 頂きまーす!」  
家長である慎吾がそう言ったのを皮切りに、食事が始まった。正刻はがつがつと料理を貪り始める。  
「ちょ! 正刻、お腹空いてたのは分かるけど、もうちょっと落ち着いて食べなさいよ!」  
誰も取りはしないんだから、と唯衣は呆れたように言う。  
それを見た亜衣がからかう様に言う。  
 
「でも唯衣、正直な所、こんなに喜んで食べてもらえて嬉しいんでしょ?」  
「母さん! 馬鹿なこと言わないでよ! 私はただ、折角作った料理を粗末に食べて欲しくないだけなんだから!」  
唯衣が頬を染めて言い放つ。それを聞いた正刻がもしゃもしゃと食事を続けながら答えた。  
「心配すんな、ちゃんと味わって食べてるぞー。こんな美味い飯を粗末に食べたら罰が当たるって。」  
そう言って正刻はにっと笑う。  
「だ、だったら良いけど……。あ、ほら! 一つのものばかり食べない! ちゃんとバランス良く食べなさいよ!」  
なんだかんだ言いながら、唯衣は正刻におかずをよそってやる。正刻は礼を言うと、またぱくぱくと食べ始めた。  
 
しかし、視線を感じて正刻は箸を止める。嫌な予感がして目を向けると、案の定ニヤけた顔の舞衣と目が合った。  
「……何だよ舞衣。そんなに見つめられると食事をしにくいんだが……。」  
「何、気にするな正刻。ちなみに私は君の食事姿を見ているだけでご飯三杯はイケるぞ。」  
その言葉通り、舞衣は笑顔のままご飯だけを食べている。正刻は眉間を押さえつつも言った。  
「いや、俺の言いたいことはだな、その……」  
「君の食事の邪魔をする気は無いんだ。その点については謝る。でも、私は幸せなんだ。君とこうやって同じ食卓で食事が出来ることが、な。」  
そう言って舞衣はとびっきりの笑顔を浮かべた。正刻はその笑顔を見ていたが、やがてくすり、と笑い出した。  
 
「全く、お前には敵わないな。……だけど、俺のことを凝視しながら飯を食うのはよせ。落ち着かん。」  
「名残惜しいが仕方が無いな。……だが、これだけはさせてくれ。」  
そう言うと舞衣は正刻の顔に向けて手を伸ばす。そして、そのまま彼の頬についたご飯粒をとる。  
「あれ? くっついてたか。すまんな舞衣。」  
「いいさ。これは私にとってはご褒美みたいなものだしな。」  
そう言うと。舞衣はそのご飯粒をぱくり、と食べた。唯衣の手からからん、と箸が落ちる。  
「あぁ美味い! 君のほっぺについたご飯粒はやはり美味いな!」  
『舞衣ー!!』  
正刻と唯衣の抗議の声などお構いなし、という風情で舞衣は幸せそうにご飯粒を味わっていた。  
 
そんな賑やかな食事も終わり、女性陣も後片付けを終えると皆でまったりとし始めた。  
「ふうー、こういうのんびりした夜も良いわねぇ。」  
からん、と梅酒が入ったグラスを傾けながら亜衣が言う。ちなみに亜衣も正刻や慎吾ほどではないが、そこそこいけるクチだ。  
「そうだね。……しかし、私も酒を飲みたいんだがなぁ。」  
そう言ったのはグレープフルーツジュースを飲んでいる舞衣である。  
「そうね、私ももうちょっと飲めるようになってみたいな。父さんと母さんの相手もできるようになりたいし。」  
同じものを飲みながら唯衣も同調する。そんな姉妹に苦い顔をした正刻が釘を刺す。  
 
「あのな、お前らが酒飲むのは良いけど俺が居ない時にしてくれよ? 後生だから。」  
その正刻の様子に姉妹は顔を見合わせると、おずおずと尋ねてくる。  
「ねぇ正刻、私達って、そんなに酒癖悪い……?」  
「いつも記憶が飛んでしまってよく覚えてないんだが……。」  
そんな姉妹を軽く睨むと、正刻は芋焼酎の入ったグラスを傾けて言い放つ。  
「……今度その機会があったらDVDに焼いといてやるよ。お前ら絶対俺に土下座すること請け合いだから。」  
姉妹は思わず顔を見合わせる。そんなやりとりを見て、宮原夫妻は面白そうに笑った。  
 
「……あれ? ジュース買ってなかったっけ?」  
ジュースを飲み終えた唯衣が新しい飲み物を探しに冷蔵庫を漁っていたのだが、見つからなかったようだ。  
「あらやだ、買い忘れちゃったかしら。」  
困ったように頬に手をあてる亜衣。その様子を見た正刻が声をかける。  
「亜衣さん。じゃあ俺がちょっとコンビニまで行って買ってきますよ。欲しいつまみもあるし。」  
「でも正刻君……、久しぶりに遊びにきてくれたのに何だか悪いわ。」  
そう言う亜衣に正刻はウィンクを返しながら言う。  
「まぁまぁ、そういう遠慮は無しにしましょうよ。そんじゃちょっと行ってきますね。」  
正刻はそう言って立ち上がると上着を羽織って玄関へと向かう。  
 
玄関まで唯衣と舞衣が見送りに来た。  
「正刻、大丈夫? 私たちも一緒にいこうか?」  
「そうだな。君とほんの少しでも離れるのは辛い。」  
そういう姉妹の頭をぽんぽん、と叩いて正刻は言った。  
「まぁまぁ、気持ちは嬉しいが酒も飲めないお子様は留守番してろって。」  
むー、と拗ねた顔をする姉妹に笑いかけ、正刻は買い物に向かった。  
 
まだ春先とはいえ夜は少し冷える。しかし、酒で火照った体にはそれが心地良かった。  
正刻はコンビニ袋をぶらぶらさせながら夜道を歩く。やはり、大勢での食事は楽しい。正刻はそれを噛み締めていた。  
正刻は一人暮らしをしているが、それは両親が既に他界していたためであった。  
彼の両親……高村 大介(たかむら だいすけ)と夕貴(ゆき)は、飛行機事故で亡くなっていた。正刻が10歳、小学4年生の時だった。  
 
色々なことがあったが、しかし正刻は親戚や近所の方々に恵まれていた。  
両親の保険金は莫大であったが、それ目当てでなく、本当に正刻を心配してくれて引き取ろうと言ってくれる親戚は多かったし、  
両親の幼馴染で一番の親友達であった宮原夫妻もその申し出をしてくれた。  
 
しかし、正刻はその申し出を断り、一人で暮らすことを選んだ。  
 
もちろん小学生が一人で生活することなど困難であるから、最初は家政婦を雇い、また宮原家の世話になることも多かった。  
しかし、正刻は驚くべき速さで家事一般を習得し、小学校卒業の頃にはしっかりと自活できるくらいの家事スキルを身に付けていた。  
それは彼が立てたある「誓い」によるものだが、それはまた後に語ろう。  
 
正刻は様々なことを思い出しながら宮原家に帰る。夜空には、見事な月がかかっている。  
夜道を一人で歩いたせいか、いやに感傷的になってるな……。  
正刻はそんなことを思いながら、玄関のドアを開ける。  
すると。  
そこには。  
正刻の感傷を打ち砕く光景が展開されていた。  
 
「あー、まさときお帰りー!!」  
そう言ってポニーテールをぴょこぴょこ揺らしながら、唯衣が飛びついてきた。何事か、と驚く正刻の鼻が、とある匂いを探り当てる。  
「唯衣! お前酒を……!」  
「うーん? あー、ちょっとだけねー。」  
そう言って唯衣は正刻に抱きついたままけらけらと笑う。正刻は唯衣を抱えたままリビングへと向かう。  
すると。  
 
「……遅かったじゃないか正刻。私に放置プレイをするなんて、いい度胸をしているな。」  
床にあぐらをかいて一升瓶を抱えている舞衣の姿が目に入った。  
正刻は責めるような視線を宮原夫妻に向ける。  
亜衣は肩をすくめて舌をぺろり、と出した。  
「ごめんね? でも正刻君も悪いのよ? 二人に『酒も飲めないお子様』とか言ったでしょ? それでふたりともスイッチ入っちゃってねー。」  
次に慎吾を見やると、何故か笑顔と共に親指をぐっ! と立ててきた。  
「正刻君頑張れ! 二人をよろしくね!」  
何をどうよろしくするのか……正刻は目頭を押さえた。  
 
「なによー、まさときー。早くお酒をのもーよー。」  
そう言うと、唯衣が後ろからぎゅっと抱き付いてきた。背中に柔らかいモノが押し当てられる感触が伝わる。  
「こ、こら唯衣! 抱きつくな!」  
そう言うと唯衣は涙目になった。正刻はしまった! とうろたえる。  
「なによ……舞衣はいつもやってるのに……。私だってまさときに甘えたいのに……。ぐすっ……まさときは……わ、私のこと、きらいなんだー!!  
 ふええぇーんっ!!」  
そうして唯衣は泣き出す。そう、唯衣は普段強気なせいか、酔っ払うと甘えはじめる+泣き上戸というコンボを展開し始めるのである。  
 
正刻は必死に唯衣を宥める。普段言わないようなことも言いまくりだ。  
「いや、俺は唯衣のこと好きだぞ!? いや本当に!!」  
「ぐすっ……。本当? じゃあぎゅっとしててもいい?」  
「うっ……! ぐ、ま、まぁ……少しだけなら、な……。」  
「わーい! まさとき大好きー!!」  
そう言うと唯衣は更に正刻を抱きしめる。柔らかい感触が更に強まる。これはまぁ、幸せな状況であると言えなくもない。ただ……  
(……うわぁー!!おじさんと亜衣さんの生温かい視線がきついー!!)  
そう。さっきから宮原夫妻はこの状況をニヤニヤと楽しんで酒の肴にしている。娘の痴態を酒の肴にするってどうなのよ、と正刻が考えていると……  
 
ずしんっ! という音が響いた。はっとしてそちらを向くと、怒りのオーラを噴出させた舞衣が一升瓶を床に打ちつけているのが見えた。  
「正刻。ちょっとここに座れ。」  
「は、はい……。」  
「返事が小さいッッ!!」  
「は、はいッ!!」  
普段は美しい黒髪が、怒りのあまりゆらめいている。正刻は唯衣に抱きつかれたまま急いで舞衣の前に正座する。  
そう、舞衣は普段は素直クールだが、酔っ払うと怒りだす+説教モード+普段以上のスキンシップ展開というコンボを展開するのである。  
 
「まったく君は……。こんないい女が普段から愛を囁いているのに一向に手をださんとはどういう了見だ?」  
一升瓶でラッパ飲みをしながら舞衣が問い詰める。  
「いや、そ、それはですね、その……。」  
しどろもどろになる正刻を一瞥すると、舞衣は猫のような動作でにじりよってきた。  
正刻は後ずさろうとするが、後ろの唯衣が邪魔で上手く後退できない。  
まずい、と思っていると、舞衣の手がすっと正刻の頬に触れる。  
 
「うっ!?」  
そのまま顔を近づけると、熱い吐息を吹きかけながら舞衣は正刻の胸にしなだれかかる。正刻の胸に、舞衣の豊かな双丘が押し当てられる。  
「まったく……私はいつでも君を受け入れる準備は出来ているのだぞ……? 君が望む事は、すべて受け入れてあげるというのに……。」  
そう言うと、舞衣は正刻の腰を抱く。後ろから唯衣に首を抱かれているため、姉妹サンドイッチという大変素晴らしい状態となっている。  
とても柔らかく、気持ちの良い状態ではあるのだが……。  
(うわー!! 親御さんの前でこんなことするなんて、どんな羞恥プレイだよ!!)  
正刻は宮原夫妻の生温かい視線にさらされて、気が気ではない。こうなったらいつもの手しかないか……と、正刻は覚悟をきめる。  
 
「ほら、唯衣、舞衣!! せっかくだからお酒飲もうお酒!! あ、俺二人に注いでもらいたいなぁ!!」  
必死に二人を引き剥がすと、正刻はグラスを二人に向ける。  
酔っ払ってとろんとした目付きになった姉妹には当然正常な思考など出来るはずもなく、喜んで正刻に注ぎ始める。  
それをぐいっと飲み干した正刻は、お返しと二人のグラスに酒を注ぐ。  
二人はそれを空にすると、また正刻に注ぎ、正刻もまた注ぎ返す。  
そしてしばらく後。  
 
「はぁ、はぁ……。や、やっとつぶれやがったか……。」  
完全に沈黙した二人を前に、正刻は溜息をついた。二人が酔っ払うと大概こんな感じになる。しかも必ず正刻がいる時にこんなことが起こる。  
勘弁してくれよ、と漏らす正刻に、亜衣が笑いかけた。  
「ま、二人ともそれだけ君を信頼してる証よ。」  
「信頼されてコレですか……。勘弁してもらいたいんですがね……。」  
そう言って正刻は舞衣の持っていた日本酒を飲む。舞衣が起きてたら間接キス、とか言って喜ぶんだろな、とぼんやり考える。  
 
「じゃあ正刻君。悪いが二人を部屋まで運んでくれないか? 僕らじゃあちょっときつくてね。」  
慎吾の頼みに正刻は不承不承頷く。  
「分かってますよ。……じゃあまずは唯衣から、っと。」  
そう言うと正刻は、唯衣を抱え上げた。いわゆるお姫様だっこである。正刻は彼女を難なく運ぶ。  
「そんじゃあ行ってきますねー。」  
「OK。ついでに色々してきちゃっても良いわよー。」  
「しませんて!!」  
 
そんなやり取りを亜衣と交わし、正刻は2階へと上がる。  
宮原姉妹はそれぞれに部屋を持っている。正刻は唯衣の部屋へと入ると、ベッドに彼女を横たえた。  
すー、すー、と気持ちよさそうに唯衣は寝ている。正刻はふっと微笑むと、唯衣のポニーテールを解いてやった。美しい黒髪が、ばさあっと広がる。  
そのまま彼女の髪を手櫛で梳く。さらさらしていてとても気持ちが良い。本人達には言わないが、正刻は宮原姉妹の髪をさわるのが大好きであった。  
何度か梳いてやった後、頭をぽんぽんと優しく叩いてやった。「ん……」と声をあげる唯衣を正刻は優しく見つめる。  
と、唯衣が寝返りを打った。正刻の方に顔が向けられる。  
正刻の心臓がとくん、と鳴る。美しい顔立ち。そして、桜色の唇。知らず知らずのうちに顔を近づけ────  
 
「んん……。まさとき……。」  
 
─────唯衣の寝言で我に返る。俺は一体何を……!?  
慌てた正刻は、そそくさと唯衣の部屋を後にする。後には、規則正しい唯衣の寝息だけが響く。  
しかし、寝ているはずの唯衣は一言だけ呟いた。  
「……いくじなし。」  
 
一階におりた正刻は、今度は舞衣を抱いて運ぶ。舞衣の部屋まで運び、唯衣とおなじようにベッドに横たえる。  
正刻は、舞衣の髪を撫でた。双子とはいえ二人は大分違う。もちろん髪質もだ。唯衣がさらさらしているのに対し、舞衣はしっとりとしている。  
もっとも、正刻はどちらも好きであったが。  
同じように髪を梳き、頭をぽんぽんと優しく叩いた後、正刻はさっきの唯衣とのこともあってすぐに部屋を出ようとした。しかし。  
むんず、と腕をつかまれる。  
見ると、舞衣がうっすらと目を開けてこちらを見ている。そして。  
「……キスして。」  
と、囁いてきた。  
「……酔っ払ってるな。さっさと眠れ。」  
正刻がそう言うと、舞衣はうなずいて言った。  
「……うん、眠る。だから、お休みのキス。」  
「お前ねぇ……。」  
「お願い……正刻。お願いだから……。」  
そう言う舞衣の瞳からは、一筋涙がこぼれた。こいつ、泣き上戸の属性も持ってたのか……。正刻はそんなことを考えながら舞衣の傍に跪く。  
「全く……。今日だけ、だからな。」  
「うん……。お願い……。」  
そう言って舞衣は目を閉じる。本当、俺はこいつらの涙に弱いな……そう思いながら、正刻は舞衣の顔に唇を近づける。  
 
ちゅっ  
 
「……え? おでこ……?」  
目を開いて舞衣は正刻を見る。正刻は仏頂面で言った。  
「誰も唇とは言ってないぜ。……本当に、今夜は特別だからな。」  
ちょっと拗ねたような顔をしていた舞衣だが、やがてひっそりと笑った。  
「うん。ちょっと残念だけど……ありがとう。でも私は、いつか唇にしてもらうのを待っているぞ。……いつまでも、な。」  
「……ああ。保障は出来ないが……いつかその時が来たら、な。」  
分かった、と呟いて、舞衣は正刻の手を離す。正刻は立ち上がると、舞衣に囁いた。  
「じゃあ舞衣、おやすみ。」  
「おやすみ正刻。愛しているよ。」  
正刻は手を振って答えると、部屋を出て行った。舞衣は額に手をあて、ふぅ、と溜息をついた。  
「大事にされるのは嬉しいが……もうちょっと強引でも良いのだが、な。」  
 
一階に下りてきた正刻は、焼酎をロックでちびちびとやり始めた。そんな正刻に亜衣は声をかける。  
「……で、正刻君? 二人とはイロイロしてきた?」  
ぶっ、と正刻はむせる。唯衣にはキス未遂、舞衣にはおでことはいえキスをしてしまった。しかしもちろんそんなことは言わない。  
「……別に何もしませんよ、そんな……。」  
そう言ってまたちろちろと焼酎を飲み始めた正刻を笑顔で見つめていた慎吾だが、急に真顔になって正刻に語りかけた。  
「なぁ正刻君……。唯衣と舞衣のこと……よろしく頼むな。」  
「?」  
正刻が無言で片眉を上げると、慎吾はさらに言葉を継いだ。  
「あの二人は……君を心底信頼している。無論、僕も亜衣もだけど、ね。僕は、君に……いや、君にしかあの二人を幸せにすることは  
 出来ないって思ってる。だから、これからもずっと……あの二人と一緒にいてやってくれ。」  
 
そう言うと、慎吾はくい、とウィスキーを飲んだ。呼応するかのように、正刻も焼酎を飲む。  
とん、と空になったグラスを置くと、正刻は呟いた。  
「……おじさん。」  
「ん? なんだい?」  
「俺にとっても唯衣と舞衣は……大切で、かけがえのない人間です。だから、あいつらを幸せにしてやりたい。だけど……。」  
空になったグラスをじっと見つめながら、正刻は続ける。  
「……俺に、できるでしょうか? ……未だに『答え』を出せない、この俺なんかに……。」  
「正刻君……。」  
心配そうに呟いた亜衣に向けて正刻はひっそりと笑い……そして、頭を振って立ち上がった。  
「すみません、久しぶりに飲んだせいで、大分まわっちまったようです。今夜はもう寝ますね。……お休みなさい。」  
そう言うと正刻は客間の方へと向かった。  
 
「……焦りすぎよ。」  
「ごめん……つい……。」  
亜衣に窘められた慎吾がしゅんとしている。亜衣は夫と同じくウィスキーを飲むと続けた。  
「……正刻君は、やっぱりまだ大介君と夕貴を失ったことから、まだ完全に立ち直ってはいないのよ。  
 本当はウチで一緒に暮らしてくれれば良いんだけど……。」  
「でも絶対聞かないんだろうね。そういう所は大介似だね。」  
ふふっと亜衣は笑う。  
 
「本当ね……。それに、最近本当に大介君に似てきたわ……。」  
「あ、やっぱりそう思う? 実は今日一緒に飲んでても、時々大介と飲んでる気になってさ。」  
「ほんと、まるであの頃のよう……。」  
亜衣は少し遠い目をした。そんな妻の肩を抱いて慎吾は言う。  
「今日は確かに焦っちゃったけど、でも僕は信じているんだ。彼なら……絶対に、唯衣と舞衣、二人とも幸せにしてくれるって。」  
そんな慎吾の言葉に、亜衣も笑って答える。  
「当然よ。だって、大介君と夕貴の息子……そして、私たちの娘の組み合わせよ? 絶対幸せになるに決まってるじゃない。」  
「あぁ……そうだね。」  
そう言うと慎吾は、グラスのウィスキーを一気に飲み干した。  
 
 
 

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