宮原家で食事をした数日後の放課後、正刻は図書委員会の仕事に精を出していた。  
その日は本棚の整理、掃除であった。図書館があまりに広大なため、毎日当番製で少しづつ掃除を行なっているのだ。  
正刻は自分の当てられた場所の掃除を終えると、ふぅーっと息をついた。  
 
「さてここらは大体終わったな。佐々木、そっちはどうだ?」  
「…………。」  
「黙殺するなよ……俺一応先輩なんだから……。」  
 
そう言うと正刻は自分の掃除場所から後輩の元へと向かう。  
少し離れていた所で掃除をしていたその少女は、正刻が近づくと黙って視線を向けてきた。  
 
少女の名は「佐々木 美琴(ささき みこと)」。図書委員会に所属する一年生である。  
身長はかなり高めで170前後。ただ凹凸が少なく、ひょろり、とした体型である。  
長い髪を後ろで一つに纏めている。ピンクの可愛いリボンが印象的であった。  
 
「どうだ佐々木? そっちは終わりそうか?」  
正刻はさっきと同じ問いを発する。その問いに、美琴はゆっくりと首を傾げ、ついで自分の掃除場所をじっと眺める。  
そして正刻に向き直ると、「ふるふる」とゆっくり首を振った。その仕草に正刻は思わず苦笑する。  
 
そう、彼女は余計なことは一切喋らない性格であった。喋ったとしても、その声は小さく、聞き取りにくい。  
正刻や他の図書委員は彼女が極度の恥ずかしがり屋なのでは、と考えたのだが、実際は極度のマイペース、ということが分かった。  
とにかく誰が相手でもぽーっとした態度を崩さない。先輩相手でも、教師が相手でも、だ。  
 
その性格故か人付き合いは苦手なようで友達も少なかったが、図書委員会ではよく可愛がられていた。  
正刻が通う学校は地区でもトップクラスの進学校であったが、どういう訳か「天才と何とかは紙一重」を地でいく変わり者ばかりが集まる  
学校であり、その中でも特に生徒会と図書委員会、化学部、新聞部は変人ばかりが集まる部として知られていた。  
そのため普通の学校では浮いてしまうであろう美琴も、図書委員会内では普通に接してくる人間が多いため、それほど浮かずに済んだ。  
とはいえ流石に「無口っ娘萌え!!」「天然美少女萌え!!」と言われる事には戸惑いを隠せないようだが。  
 
正刻は美琴の掃除状況を確認する。まだ半分も終わっていない。  
「おい佐々木……。お前がちょっとのんびり屋なのは分かるが、もちっと何とかならんか?」  
正刻が言うと、美琴は困ったように首を傾げる。その様子を見て正刻はまた苦笑した。  
 
彼女は決して仕事をサボるような人間ではない。それを正刻は良く知っていた。  
だがどうにも行動が遅く、要領が悪いという欠点も持っていた。頭をかきながら正刻は外を見る。  
もう18時を大分回っており、あたりは暗くなり始めていた。自分は平気だが、女の子をこれ以上残すのも可哀想だ。  
そう判断した正刻は美琴に告げる。  
 
「じゃあ佐々木、後は俺が引き受けるからお前は帰れ。戸締りなんかも俺がやっとくから。」  
すると美琴は「ぶんぶん」と首を振って嫌だという意志を示した。彼女がここまではっきりした意志を示すのも珍しい。  
「いいから帰れ。女の子をこのまま残すのは可哀想だしな。」  
正刻が重ねて言うと、美琴は小さな、しかしとても澄んだ声で言った。  
 
「でも……それじゃ先輩が……可哀想……。自分の仕事は、ちゃんとやり遂げたいし……。」  
そう言う美琴が可愛くて、正刻は彼女の頭をわしわしと撫でてやる。美琴はちょっと身をすくませながらも、頬を赤く染めた。  
「ありがとな佐々木! ……でも、俺としてもお前が心配なんだよ。今日は俺に任せて帰ってくれないか?」  
「……でも……。」  
渋る美琴に正刻は少し考える。やがて浮かんだ考えを美琴に告げた。  
「じゃあこうしよう。俺はお前の代わりに残って掃除をする。お前はそのお礼に、そのうちトマトジュースを俺に奢る。それでどうだ?」  
 
美琴は笑顔で言ってくる正刻をじっと見下ろすと、やがてコクン、と頷いた。  
 
帰り際に何度もこちらへ向けて頭を下げる美琴へ軽く手を振り、正刻は掃除を始める。  
終わったのは、19時半を過ぎた頃だった。  
 
「ふぅー、やっと終わったか……。さて、今日は何を作ろうかなっと……ん? あれは……。」  
帰途に着こうとした正刻は足を止める。殆ど明かりの消えた校舎に、まだ明かりがついている。しかもそこは、生徒会室だった。  
「まさかあいつ……。」  
そう呟くと、正刻は踵を返し、校舎へと戻っていった。  
 
「……やっぱりお前だったか……。」  
生徒会室の扉を開けた正刻は、中に居る人物を確認すると、やれやれといった具合に呟いた。  
その人物……舞衣は顔をあげ、驚いたように言った。  
「正刻? どうして君がこんな時間にここに……?」  
「図書館の掃除が長引いてな。それで帰ろうとしたら生徒会室に明かりがついてるのに気づいてな? こんな時間まで残っているのはお前  
 ぐらいのもんだろうと思って顔を出したって訳さ。」  
 
そう言って正刻は舞衣に缶コーヒーを差し出す。舞衣は礼を言って受け取ると、一気に飲み干した。  
「どうだ? どのくらいで終わりそうだ? 俺に手伝えることはあるか?」  
正刻の問いに舞衣は書類を見て答える。  
「そうだな……。あとは私が目を通してチェックするものだけだから、君が手伝えることは残念ながら無いな。時間は……30分ぐらい、かな。」  
その答えに頷くと、正刻は手近な椅子に腰を下ろし、鞄から文庫本を取り出した。  
 
「……正刻?」  
「早く終わらせろ。待っててやるから、さ。」  
そう言って本を読みだした正刻を愛しそうに見た後、舞衣は自分の仕事を急いで終わらせるべく書類に没頭した。  
 
やがて。  
「うーん……。待たせたな正刻、終わったぞ!」  
仕事に没頭した舞衣は、15分で終わらせた。これも彼女の集中力の成せる業である。  
「え? もうか? お前まさか……。」  
「甘く見るなよ正刻。仕事はきっちりやったさ。」  
「……だよな。お前がそんな手抜きをする訳ないもんな。」  
 
そう言うと正刻は、うーんと伸びをしている舞衣の後ろに回ると、その肩を揉み始めた。  
「おつかれさん、舞衣。……しかし、お前の肩は相変わらずひどく凝ってるな……。もうちっと気楽にいけよ。」  
「あぁ……。いや、最近は大分周囲に仕事を分担しているんだがなかなか、な……。それに肩の凝りの原因はそれだけではない。この……」  
舞衣は両腕で自分の胸を抱く。見事な巨乳がたゆんと揺れる。  
「……胸の所為だ。」  
 
「あ、そ……。そりゃどうも……。」  
正刻はそう言うと黙って肩を揉む。舞衣はニヤリ、と笑うと囁くように呟く。  
「……正刻、今お前、私の胸を見てたろう……?」  
「……!!」  
正刻は黙っていたが、わずかに肩を揉む手に力が篭る。それは肯定の証であった。それを感じた舞衣は、更に言う。  
「いや、責めている訳ではない。むしろ、どんどん見て欲しい。」  
「……。」  
「私の胸は……いや、私の全ては、君のためにあるようなものだから、な。」  
「……。」  
「なんなら……いや是非、今ここで思う存分揉みしだいてもらっても構わんぞ?」  
「……!」  
 
正刻は肩を揉む手を止めると、舞衣の頭に手刀を叩き込んだ。  
「うらっ!!」  
「あいたっ!!」  
舞衣は頭を押さえて前のめりになる。そんな舞衣を見下ろして、正刻は告げた。  
「ったく、調子に乗りすぎだっつーの……。ほら、さっさと帰るぞ!!」  
 
帰り道、正刻と舞衣は並んで歩く。登校は大抵三人一緒だが、帰りが一緒になることは滅多に無い。  
そのせいか、舞衣は上機嫌だった。  
「……何だよ、随分楽しそうだな。」  
正刻が問うと、舞衣は満面の笑顔を浮かべて答える。  
 
「それはそうだろう。君と久しぶりに……しかも二人っきりで帰れるのだから。これほど幸せなことはそうそう無いぞ。」  
その笑顔に正刻は苦笑する。そんな事でこんなに喜ぶ舞衣を愛しく感じたが、それを素直に顔に出せばまた困った事になるからだ。  
そんな正刻に、舞衣はいきなり腕を絡めてきた。  
「お、おい、舞衣!?」  
激しく狼狽する正刻に比べ、舞衣は落ち着いたものだった。  
 
「それにしても、やはり君のマッサージはとても気持ちが良いな。そのうち全身をやってくれると嬉しいのだがなぁ。」  
腕を組みながらそんな事を平然と言ってくる舞衣に対し、正刻は慌てながらも抗議する。  
「分かった! そのうちやってやるからこの腕を離せ!! 恥ずかしいじゃねーか!!」  
「何だこれくらい。全く君は本当にこういう所はヘタレだな。大体私達は既にキスまでした仲ではないか。これくらい何でもないだろうに。」  
「あのな! その……キス……っていったっておでこだろ! それに、俺は人前でいちゃいちゃするのは苦手なの!! お前も知ってるだろ!!」  
 
正刻が真っ赤になって言うと、その反応を楽しむように舞衣が顔を近づけて囁く。  
「ほう。それはつまり、人前でなければたっぷりいちゃいちゃしてくれる、という事だな? いいだろう。今度唯衣にナイショで泊まりに……。」  
「だーっ!! そーいう事じゃないっての!!」  
正刻はまた絶叫する。舞衣はそんな正刻が可愛くて、愛しくて、楽しくて、嬉しそうに笑った。  
 
ひとしきり笑い終えた舞衣に、腕から逃れるのを諦めた正刻が少し真面目に言う。  
「だけど舞衣……。お前、こんな時間まで一人で仕事をするのはやめろよ。危ないからさ。」  
そう言う正刻に舞衣は微笑みかける。  
「何だ正刻、心配してくれるのか?」  
「当たり前だ。大体、お前が頼めば誰かしら一緒に残ってくれるだろ。だからさ……。」  
「ふーん……。」  
舞衣は絡めていた腕をするり、と離すと、正刻の数歩先を歩き始めた。その様子に正刻は少し戸惑う。  
 
「ま、舞衣……? 急にどうし……」  
「正刻……。」  
その言葉は、急に立ち止まり振り返った舞衣により遮られた。  
「な、何だよ……。」  
「君は……私が他の男と一緒に遅くまで残っていても、平気なのか? 私が……他の男と一緒に帰っても……良い、のか?」  
 
そう言って舞衣は正刻の瞳をじっと見つめてくる。正刻はその瞳に射竦められながら……内心溜息をついた。  
まったく鈴音の言うとおり、俺はこいつらにとことん甘いな、と思いながら。  
「……分かった、俺が悪かったよ。遅くなるときは必ず俺を呼べ。他の男に声なんぞかけなくていい。俺が……一緒に帰ってやるから、さ。」  
 
正刻がそう言うと、舞衣は大輪の花のような笑みを浮かべ、正刻に飛びついた。  
「正刻ぃっ! 君ならそう言ってくれると思ったぞ! だから大好きなんだ!!」  
そう言うが早いか舞衣は、正刻の頬に口付けた。電光石火の早業であった。  
突然頬に走った柔らかい感触に正刻は呆けてしまう。キスされた頬に手をあてて呆然としている。  
 
そんな正刻を愛しげに見ると、舞衣はまたぴょん、と離れた。  
「ほら正刻、流石に早く帰らないと唯衣や父さん、母さんが心配するぞ! 今夜は一緒に夕食もとろうじゃないか!」  
そう言って手を振る舞衣を、やっと我を取り戻した正刻は苦笑しながら追いかけていった。  
 
 

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