(なんて様だよ……明……お前の成りたかったもんはあんなクソヤクザの使いパッシリかよ……)  
ズキズキと痛む脇腹を押さえ、明は咳き込んだ。瞳が険しくなる。下唇を噛み、地面を睨み付けた。タバコに火をつける。  
フィルターを挟んだ指先が震えた。きつく眼を閉じて、タバコの煙を深々と肺に送り込む。いくらか落ち着きを取り戻した。  
どうすればいいのか──いくら考えても出る答えはすべて同じだ。フールの頭──四海(よつみ)を殺ること。無性に笑いたくなった。  
フールのバックには、歌舞伎町に事務所を構える東条会が控えている。フールの頭以下幹部の何名かは東条会の構成員だ。  
明神組が四十三団体の傘下に収め、枝の組員を含めれば構成員数九百人を超える大所帯である組織に対して、東条会は僅か二百人足らず。  
それでも東条会は明神組と同等の金看板を掲げている。東条会は筋金入りの武闘派集団だ。その歴史は明神組以上に長い。  
東条会は戦後の時代、関西の極道社会にその名を轟かせた殺しの軍団、柳瀬次郎が率いた柳瀬組の流れを汲む。  
東条会の代紋は明神組の代紋以上に恐れられていた。東条会は末端の組員も含めて猛者が揃っている。少数精鋭だ。  
明神組と東条会の両組織は現在のところ敵対関係にある。両方とも折り合いが全くつかないのだ。当たり前だ。  
同じ獲物を食い漁るハイエナどもが仲良く出来る道理などどこにも見当たらない。特に餌場が少なくなった今、共存共栄など幻想に過ぎない。  
明神組と東条会が衝突するようになった直接の原因──MDMAの密輸ルートを巡っての対立だ。もっとも、抗争の火種はその前から燻っていたが。  
ヨーロッパマフィアのほうから、両組織にコンタクトしてきたのがそもそもの発端だ。  
 
歌舞伎町を橋頭堡(きょうとうほ)に自分たちのルートを作り上げるのがマフィアの目的だった。  
日本では人気を誇るMDMA──抜け目のないマフィアが見逃すはずがなかった。ただし、行動はすぐには起こさなかった。  
麻薬ルートで一番難しいのは末端の密売ルートだ。大抵のルート壊滅はこれが原因とされている。  
末端からイモヅル式に大型のルートまでもが摘発されるのだ。マフィアは慎重に検討した。取引は信用できる相手でなければならない。  
そして吟味した結果、マフィアは両方の組織に話を持ちかけた。  
交渉の結果、取り分はマフィア側五十%にそれぞれの組織が二十五%ずつだ。二十五%──年間にして五十億の純利益。  
表向きではそれで話し合いはついたものの、腹の底では両者共に互いの潰し合いを画策していた。年間五十億受け取るよりは百億のほうがいい。  
猿でもわかる計算だ。マフィアにしてもどちらの組織が潰れようが関係ない。残ったほうの組織と取引するだけだ。  
むしろそちらのほうがマフィア側にとっても都合がいい。二つより一つの組織と取引したほうが摘発される確率が低くなる。  
マフィアが、二つの組織にわざわざ渡りをつけたのも双方の組織力が伯仲していたからに他ならない。  
どちらかを選べば、どちらかが取引の邪魔をするのは火を見るより明らかだ。警察以上の情報収集力を誇るヤクザをマフィアは甘く見てはいなかった。  
暴対法の締め付けで激しい抗争は表面では押さえつけられてはいるが、それでもヤクザはヤクザだ。ヤクザの本質とはその常軌を逸した暴力性にある。  
殺した相手は埋めればいいのだ。死体が無ければ事件は立証されない。かくして双方の組織で、血で血を洗う抗争が勃発した。  
 
7  
ポツポツと静かに降り注ぐ愁いを帯びた雨が、暗い舗道を濡らした。頬を叩く雨雫──指先で追い払った。金本の言葉を反芻する。  
──四海のタマ、どんな事してても殺ってこいや。必ずだぞ。わかったな。  
(俺ひとりで四海を殺るなんて絶対に無理だ……俺達が束になったところで敵うかどうかもわかんねえってのによ……)  
頭を抱えた。水分を吸ったドレッドヘアが重かった。右親指の爪を噛んだ。噛み続けた爪と肉がえぐれ、血が流れた。明はあせっていた。  
(クソ……一体どうすりゃいいんだ……天馬なら確かに四海を殺れるかもしれねえ。だけどあいつが引き受けるとは到底考えられねえよ  
……いっそのこと、このままフケちまうか……命あっての物種だ……だが……どこに逃げるってんだ……?)  
あらゆる思考が錯綜した状態のまま、明は路地裏から表通りに出た。足取りはおぼつかない。明は己が情けなかった。たまらなく情けなかった。  
どこまで歩いたのだろうか。いつのまにか明は人気の無い繁華街の裏通りに踏み込んでいた。最初に眼にとまったのは鉄の赤錆びた小さな看板だ。  
眼を凝らし、看板を見る。看板には錆で滲んだ文字で『Cross Road Blues』と書かれていた。浮き出た文字はかろうじて読める程度だ。  
相当古い店なのだろう。とりあえず明は店に入ってみることにした。いつもならこんな店は素通りしてしまうだろうが、今は気になって仕方が無い。  
中で考えれば何か良いアイディアが浮かびそうな気がした。窮屈そうに軋む木製のドアを膝で押して店の中に入った。  
店内はお世辞にも広いとはいえなかった。カウンターの奥で、マスターらしい初老の男が黙々とウイスキーグラスを磨いている。客は誰もいない。  
出来すぎている。まるで不出来な映画のワンシーンだ。明はある種の違和感を感じた。少なくても自分みたいな者が入るような店ではない。  
出ようかと迷った。そこで初老の男が微笑みながら、明に声をかけた。静かだが、限りなく優しい声だった。  
「いらっしゃい、何か飲むかい」  
明は端のカウンターに腰を下ろした。身を縮みこませるように前屈みになった。磨き上げられたヒッコリーのカウンターに視線を据えた。  
何を注文すればいいのか咄嗟に思いつかず、とりあえずバーボンを頼んだ。強い酒が欲しかったせいもあるのだろう。  
グラスに注がれる赤みがかった琥珀色のワイルドターキーに視線を移した。無言でグラスを受け取り、一気に胃袋へと呷った。  
「いくら若いからってそんな飲み方してると身体に毒だよ」  
「喉が渇いててね。二杯目からはゆっくり飲むさ」  
アルコールが回り始め、雨で冷えた身体が温まってくる。募った苛立ちが不思議と薄らいだ。空になったグラスをマスターに差し出す。  
 
再びグラスに注がれたバーボンを今度は少しずつ飲む。店内に流れる音楽に耳を澄ませた。ブールスかジャズのどちらかなのだろう。  
どちらなのかは明にはわからなかった。何気なくマスターに尋ねてみる。本当に何気なくだ。  
「マスター、店でかかってる曲って何?」  
「ああこのブルースはね、ロバート・ジョンスンの『Cross Road Blues』っていう曲さ。この店の名前もロバート・ジョンスンのこの  
曲名にちなんでつけたんだよ。どうだい、いい歌だろう」  
「歌詞が気になるんだけど、俺って英語だめなんだよな……」  
 
明がマスターに笑い返した。一つ咳をして、マスターがしわがれた声で歌いだす。調子っぱずれで、やけに粋な歌声だった。  
 
四辻へ行って、ひざまずき  
四辻へ行って、ひざまずき  
神のお慈悲をお願いした、この哀れなボブをどうか救ってくださいと  
   
ああ、四辻につったって、乗せてもらおうと手を振った   
ああ、手を振ったのだけど  
誰もおれを知らないらしく、みんな通り過ぎていくばかり  
 
四辻に立つうちに、日は落ちていく  
四辻に立つうちに、日は落ちていく  
間違いなくこの哀れなボブも沈んでいく  
 
走れよ、走れ、友達のウィリー・ブラウンに伝えてくれ  
走れよ、走れ、友達のウィリー・ブラウンに伝えてくれ  
今朝すぐに四辻に来たけれど、おれはだんだん沈んでく   
 
四辻に出かけていって、あっちこっち見回した  
四辻に出かけていって、あっちこっち見回した  
ああ、優しい女がおれにはいない、悩み苦しむこのおれに  
 
マスターがそこで何度も深呼吸をした。一分ほど深呼吸が続いた。明はいつのまにか涙ぐんでいた。  
明は涙ぐみながら、マスターのブルースに耳を傾けていた。涙を隠すように顔を斜めに向け、うつむいた。うつむいたまま、バーボンをすすった。  
痛切だった。限りなく痛切だった。明は感動に泣いたのではなかった。哀しみに泣いたのだ。わけがわからなくなった。頭がどうにかなっちまいそうだ。  
「……ブルースの本質はね、つらくてやりきれない気持ちなんだよ。前にもこの曲を聞いたお客さんが店で他の客と喧嘩になってね。  
そのお客さん、ナイフで刺されて死んじゃったよ。もう随分昔の話だけど。わかる人にはわかるんだよね……この曲の悲しみが」  
「ブルースってさ、俺生まれて初めてきいたんだよ……」  
 
グラスのバーボンを口に含んだ。細めた明の眼は、どこか遠くを見ているようだった。己の十八年間の人生を振り返る。  
頭をかすめるのは辛い出来事ばかりだ。楽しい思い出など一つも無い。思えばロクでもない人生──自分のようなクズにはお似合いか。  
己に嫌気が指してくる。親からは捨てられ世間からは疎んじられて、それでも這いつくばってなんとかここまで堪えてきた。  
今まで、チンピラヤクザに顎で使われるのを我慢してきたのはいったい何の為だったのか。この世界でのし上がるためではなかったのか。  
「なあ、マスターさん。そのロバート・ジョンスンってのはまだ生きてるのかい?」  
「ジョンスンは一九三八年に恋人に刺されて死んだ。二十七歳の若さでね。彼が残していったのは二十九曲のブルースだけだった」  
マスターが口の端を歪めて見せた。グラスを片手で揺らしながら明が静かに呟いた。  
「二十七歳で死んじまったのか……それでも何か残して死んでいけたなら人としての悔いは無かったかもな……」  
「ジョンソンは十字路で悪魔に魂を売り渡したんだ。あの天才的なギターのテクニックと引き換えに。その代償に悪魔は彼の魂を持っていって  
しまったんだろうね」  
「悪魔に魂を売り渡したのか……」  
ブルースに脈々と流れる感情──それは奴隷として虐げられてきた者達の怨みであり、憤りであり、失意だった。明の喉仏が上下する。  
グラスの酒を飲み干して立ち上がった。尻ポケットからビニール製の財布を抜き取り、飲み代をマスターに手渡す。つり銭を受け取って明は店を出た。  
(俺も……この世界でのし上がれるってんなら喜んで悪魔に魂を差し出すぜ……このまま、惨めな負け犬になるくらいなら……  
殺されちまったほうがマシだぁぁッッ!!)  
腹の底で鬱屈していた怒りが爆発した。雨粒を振り落とす夜空を睨みつけ、明が叫んだ。それは魂の発露であり、慟哭だった。  
「天馬ぁッ、俺は知ってるんだぜぇッッ、優しくてすげえ美形の恋人がお前にいるってのをよぉぉッッ、それなのによぉぉッッ!  
おめえは他の女とやりまくってしかもゼニ貰って、そのゼニでクスリなんか買いやがってぇぇぇッ!  
なんでおめえはそんだけ恵まれてるんだよぉぉぉッッ、なんでそれだけ女から愛されるんだよぉぉぉッッ!  
俺なんか今まで、一度だって誰からも愛されたことなんかねえのによぉぉぉぉッッッッ!!  
俺がポリ公に怯えながら、こそこそヤク売って金本からスズメの涙ほどのちんけなゼニしか貰えなかった時によぉぉッッ!  
テメエはどっかのキャバクラのホステスとホテルにしけこんでおマンコやって小遣いをたっぷりと貰ってやがったんだろうがぁぁぁッッ!  
ああぁッッ、不公平だぁぁッッ!神様は不公平だよぉぉぉッッッ!俺だって良い女とやりまくりてえよぉぉぉッッ、金が腐るほど欲しいよぉぉッッ!  
美味いもんを腹いっぱい食ってみたてえよぉぉぉッッッッ、良い服着て女つれてベンツを乗り回してみてえよぉぉぉッッッッ!!!!  
なんでだぁぁッッ、血に飢えた狂犬のお前がッッ!俺と同じ穴のムジナのお前が幸せでなんで俺が不幸なんだよぉッッ!幸せになりてえよぉぉッッ!  
誰でも良いッッ、誰でもいいからよぉぉぉッッ!俺に愛をくれよぉぉぉぉッッッッ!!!!!!!!!!ああぁぁッッッ!  
ひとりでもいいから親友が欲しいよぉッッ、優しい恋人が欲しいよぉッッ!!  
それとも俺みてえな虫ケラは惨めに死んでいくしかねえのかよぉぉぉッッッッ!!!!!!!!!!  
あああああああああああああああぁぁぁぁッッッッッッ!!!!!!!!」  
明は泣いた。泣き喚いた。降り注ぐ雨はあたかも明の涙を覆い隠すように、激しさを増していった。  
 
              *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  
         『聖なるかな!聖なるかな!聖なるかな! 世界は聖なるかな! 魂は聖なるかな! 皮膚は聖なるかな!  
          鼻は聖なるかな! 舌、陰茎、尻の穴は聖なるかな! すべての物質は聖なるかな!  
          すべての人間は聖なるかな! すべての場所は聖なるかな!すべての日は聖なるかな!  
          誰もが天使である!』  
                          ──アレン・ギンズバーグ「ギンズバーグ詩集」  
 
鈴奈が天馬の腋下を匂いを嗅ぎながら、屹立するペニスを優しくしごいた。天馬の体臭は僅かにだが、ミルクの匂いがした。鈴奈はこの香りが好きだ。  
妖しげな心地に誘われてしまいそうになる。鈴奈は腋下を舌で舐めた。肌に舌を這わせたまま、ゆっくりと天馬の胸まで回遊する。  
「ああ……」  
薄いグミの実のように色づいた乳首を唇でついばんだ。前歯でコリコリと甘咬みする。鋭い快感と痛みが、同時に天馬の脊髄を走り抜けた。  
肋骨が浮き出た天馬の脇腹に鈴奈は掌を押し付ける。細身のしなやかな身体だ。一見すると華奢だが、触れれば柔軟な筋肉がついているのがわかる。  
互いの肌を触れ合わせるのは気持ちがいい。どこかほっとする。温もりを感じると人は落ち着くものだ。  
「僕の身体って痩せてて貧相だよね。鍛えても筋肉つかないし、なんか悲しいよ」  
照れくさそうに天馬が髪の毛をかきあげた。斜め使いに眼を伏せる。ひどく女性的な仕草だ。鈴奈が天馬に身を寄せ、皮膚に密着した。  
「そんな事ないよ。綺麗な身体だよ」  
天馬がそっと鈴奈を抱きしめた。ストレートヘアの黒髪から、淡い石鹸の清潔な香りに混ざった鈴奈の体臭が、フワッと天馬の鼻腔粘膜に忍び込む。  
何故か胸が張り裂けそうになった。このままずっとこうしていたい。このままずっと──鈴奈と抱き合っていたい。  
「……ありがとう、鈴奈」  
天馬が背筋から腕を下降させ、鈴奈の双臀を強く抱く。鈴奈の顔を窺いながら、尻房の中心部に指を沈ませていった。  
アヌスを傷つけないようにゆっくりと、細心の注意を払って奥まで入れる。肛門粘膜に感じる天馬の指先──鈴奈は喉を振るわせた。  
ペニスの芯が硬くなり、根元から匂うような情欲が這い昇った。形の良い鈴奈の乳房が、天馬の胸板で押し潰れる。  
鈴奈も同じように、天馬のアヌスに自分の指先を嵌入させた。互いの肛門を指で弄びながら、口づけをする。鈴奈の引き締まったウエストが揺れた。  
半開きの唇に天馬が舌を滑り込ませた。キスの感触を味わいながら、ふたりは肉欲の愛に没頭した。歯茎を舐めて唾液を交換する。  
絡み合う舌は蛇のように口腔内でのたうった。鈴奈の首筋から漂う清純な色気が、天馬の心を痺れさせる。  
愛を確かめ合うようかのに、ふたりは互いの唾液を求めた。切なさが胸を刺した。鈴奈の唇を天馬が舌で弾く。  
「天ちゃん……」  
鈴奈がうっとりとした声で囁いた。それ以上の言葉はいらなかった。欲情の露に濡れた鈴奈の瞳が、全てを物語っていた。  
今のふたりにとって、言葉はあまりにも無粋だった。互いの瞳を見つめるだけでいいのだ。それだけで事足りた。淫靡な色合いが鈴奈の頬を染めた。  
 
8  
両太腿の間に腰を入れ、激しく前後に動く。強張ったペニスの切っ先が、子宮口をグリグリとえぐった。入り口がペニスを締め付けてくる。  
顔を左右に激しく振って鈴奈は髪を乱した。溢れる蜜液がペニスの根元を濡らし、恥骨同士が当たった。当るたびに鈴奈が  
「あううぅ……ッ」  
と低く喘ぎながら、天馬の背中に爪がめり込むほど、強く抱きついてくる。裸体がうねった。張りのある鈴奈の真っ白い臀部がきゅっとすぼまる。  
割れ目の内部にある薄襞が、法悦に天馬の亀頭に吸い付く。鈴奈の敏感な感覚器官を探るように、ペニスをグラインドさせた。  
「ああ、天ちゃん……あたし、気持ちよすぎてどうにかなっちゃいそう……ッ」  
膣壁の細やかな凹凸の感触に、天馬が身震いする。下腹部が熱くなった。鈴奈の狭隘な陰部に、このまま射精してしまいそうになる。  
「このまま鈴奈の中に出したいよ……」  
「いいよ……ッ、このままあたしの中に出してもいいよ……ッ、ううん……出して欲しいッ!」  
表面の体温とは異なる膣内部の熱が、どんどん上昇していく。オーガズムの兆しだった。天馬は昂ぶった。亀頭が膨れ上がる。  
一旦腰を引き、猛然とラストスパートをかけた。細かい汗が額に浮かび上がってくる。ふたりの息遣いに混じり、熱気と汗の匂いが立ち昇った。  
肢体を弓なりに反らして鈴奈がすすり泣いた。獣のように低い呻き声をあげ、天馬が子宮にホワイトリキッドを放出した。  
              *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  
天馬と鈴奈は、のんびりと井ノ頭通りを散歩していた。鈴奈が天馬の二の腕にしがみつく。センター街を抜けて道玄坂に向かった。  
「ねえ、鈴奈。今日は何して遊ぼうか」  
「天ちゃんは何がしたいの」  
「別にってところかな。しいていえばクラブにいってビール飲むとか」  
「クラブよりもカラオケいかない?」  
「じゃあカラオケいこうか」  
道玄坂のカラオケボックスにはいった。ハイネケンとペプシを注文する。鈴奈は酒が飲めない。ふたりで二時間近く歌った。喉がいがらっぽい。  
息が続かなくなり、天馬がソファーにへたりんだ。肺が熱かった。ビールを飲んで渇きを潤す。  
「歌うのってやっぱり楽しいね」  
「僕はちょっと休憩、疲れちゃった。鈴奈はよくそこまで歌えるね。疲れないの?」  
「うん、あたしは平気だよ。楽しいことならずっとしてても疲れないもん」  
「全く元気だね」  
「ふふ」  
鈴奈がマイクを握ったままクルリと回転した。無邪気に微笑んで見せる。天馬もつられて微笑んだ。鈴奈がマイクを天馬に差し出す。  
「じゃあもう一曲、一緒に歌おう」  
「ええ、勘弁してよ……」  
「だめ。ほら早く」  
嫌々ながら天馬はマイクを受け取った。鈴奈が横に並ぶ。ふたりのデートはまだ始まったばかりだ。  
「じゃあ、いくよ」  
 

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