「な、なんで?」  
私はやっとその一声を搾り出す。  
「あのさ、もうこういう関係やめよう。普通の友達としていよう。おかしいよこんなの。」  
「なんで?」  
私には意味が解らなかった。  
私は遼君のことが大好きで、この前遼君も私のことが好きだ、と言ってくれたのになんで?  
「遼君なんで?私の事嫌い?この前、私の事好きって言ってくれたよね、あれは本当だよね?」  
「葵の事は大好きだよ。  
でも・・・」  
「でも何?嫌いなら嫌いって言ってよ、好きって言われて・・・でも離れようなんて言われても解らないよ。遼君お願いだから、そんな事言わないで。やだよ。お願いだから・・・」  
私はいつの間にか泣き出していた。  
ヒック・・・ウエッグ  
私のしゃくり上げる声だけが部屋にこだまする。  
「うるさいよ。そうだよ僕は君のことが…嫌いだ。だからもう、来るな。」  
私は崩れ落ちそうになった。  
でもそれをなんとか耐えて病室の外に出る。  
もう理性はなかった。  
外に出た瞬間にへたりこむ。  
「遼君酷いよ。」  
私はそんな事を呟き呆然と何処かを見つめる。  
 
 
…ごめん、本当に…でもこうするしか……  
 
 
どこからか泣き声混じりの言葉が聞こえてくる。  
それに気付いては、いた。  
でもそれを気にする余裕は私にはなかった。  
 
その後私は抜け殻のように家に帰り。  
次の朝学校に行った。  
そしてそのまま授業を受けた。  
 
何も考えずに、ただ遼君の事だけを想い・・・  
 
「岩松?おーい、生きてるか〜い。」  
誰かが私を呼んでる。  
反応したくない。  
私の世界の中にいたい。でも変に思われちゃう。答えなきゃ。  
「うん。大丈夫だよ。高瀬君。」  
「ま〜たまた〜ご冗談を。」  
「さっきからず〜っと、何かに悩んでるしょっ。」  
「いや、別に。遼君に嫌いだから来るなって言われただけ。」  
なんで私は?  
私自身のことなのに、私が不思議に思う。  
 
「はぁ?安井がそんな事言うはずないんだけど?あいつ岩松にベタ惚れだし。」  
「言ったよ。だからもう遼君の所に行けないの。ただそれだけの事。」  
 
「岩松〜大丈夫だよ。心配するな、安井の気の迷いだって。今日行って確かめてやるよ。」  
 
なんで私は言わないんだろう。  
こうまで言ってくれてる高瀬君にこうなってしまった事情を何一つ言おうとしない。  
親身になってくれてる高瀬君に説明した方が良いのは解ってるのに。  
怒られるのが恐くて、見捨てられるのが嫌で、それを言えない。  
最悪だ  
「うん、わかった。ありがとう。」  
言ったものの、私には恐怖しか残っていない。  
これで遼君に次いで高瀬君もいなくなっちゃった。  
誰でもあの事を知ったら、私を軽蔑する。  
 
「じゃあな〜。結果、電話するからな。」  
私は高瀬君を見送りそのまま家に帰る。  
 
帰りながら、また物想いに耽る。  
 
皆良い人ばっかりだ。  
人が学校に来なかったからって倒れるまで私の事心配してくれる人。  
 
息子がここにいる女に傷つけられてるのに全く怒らない親。  
 
人が悩んでいるからと、頼んでもいないのに、その解決に乗り出してくれる人。  
 
本当に皆良い人。  
それに比べて私は・・・  
 
私は家で電話を待つ。  
罵られるだけと理性では解っているのに、感情が期待を持って待っていた。  
 
プルプルプル  
電話がなる。  
 
手が出ない。  
 
取りたいのに取れない。こんなところでも期待と恐怖。感情と理性がせめぎあう。  
 
プルプルプル  
プルプルプル  
 
でも取らなきゃ、高瀬君への裏切りだ。  
そう覚悟し受話器を取る。  
 
「はい、もしもし。岩松です。」  
「もしもし岩松さん?高瀬だけど今大丈夫?」  
私は開口一番で怒られなかった事に少し安心し応答する。  
「うん。大丈夫だよ。」  
「ちょっと悪いんだけど出てこれる?」  
私は時計を見る。  
8:30、ちょっと遅いけど説明すれば出してもらえる時間だろう。  
「うん、行けるよ。どこ?」  
「有り難い。電話じゃ話しにくいんだ、八幡で。」  
「わかった。」  
 
私は電話を切るとコートを羽織ってお父さんの部屋に行く。  
 
コンコン  
 
「お父さん、入るね。」  
「おう。どうした?」  
「ちょっと出掛けて来て良い?」  
言った途端お父さんの目が厳しくなる。  
まぁ当然。  
前科持ちだし。  
「なぜだ?」  
「今は言えない。でもお願い。」  
私は正直に言った。  
お父さんの目の前に立つとごまかしは言えないし、ごまかす気もない。  
でも事情を全て話す気にもならない。  
いや話したくない。  
「ちゃんと、帰って来るんだろうな?」  
「うん。大丈夫。」  
「わかった。この前とこれで二つ貸しだぞ。」  
「ありがとうございます。いつかきちんと話すよ。」  
「まぁ遼太君との結婚式で聞かせてもらうさ。」  
お父さんはそういって茶化した。  
逆に私は遼君と結婚という単語に反応して、顔が真っ赤になっていく。  
 
でも、有り得ない未来だ。  
その事が、私を冷やす。  
「そんなこと・・・有り得ないよ。」  
「ふぅ。悩んでるねぇ。早く行きなさい。ちゃんと帰ってくるんだぞ。」  
「はい。じゃ行ってきます。」  
 
私は家を出て八幡に行く。  
また八幡だ。  
今度は何があるんだろう。  
私の心から恐怖は消えていた。  
 
勇気という名の覚悟をもって、私は行く。  
 
また遼君と沢山笑っていたあの時期に戻りたい。  
心の中の何処かにそんな想いを持って。  
 
 
高瀬君はもう来ていた。  
「こんばんは。高瀬君、速いね。」  
「レディーを待たすのは趣味ではございませんから、岩松様。」  
「やめてよ高瀬君。」  
私は冷たくそう言い放つ。  
「やれやれ、尖ってるねぇ。」  
「え?」  
「安井が倒れてから、岩松すごく恐くなってるよ。」  
「い、いや、そんなこと・・・ないよ。」  
「しかし怒るは罵るはで最悪だなあいつ。」  
「ちがう!遼君は悪くない!悪いのは私!」  
高瀬君が遼君の事を誤解してる。遼君がああなっちゃったのは私のせい。  
早く誤解を解かなきゃと強い口調になる。  
 
「岩松、落ち着いて俺の話を聴いて。これからわかったつもりで話すから。ok?」  
そして高瀬君は私に覚悟を求める。  
決意はできていた。  
「うん。」  
 
「まず、君は安井の事が好きだった。  
で安井も君の事が好きだった。  
これは間違いない。  
普通ならこのまま両想いで付き合うんだろうけど、安井は自分の価値を見誤っていた。  
自分は岩松に釣り合わないとでも想ったんだろうな。  
だから好きなのに告白しなかったんだ。  
まぁフラれて、疎遠になるくらいなら今程度の親密さでも良いという逃げだな。  
で気付いていたのか、いなかったのか知らないけど、岩松は岩松で告白しようとしたんだな。  
で何かしらの誤解が有って、告白を失敗したように感じたのかな?  
でそれに傷つき、学校に来なかったと。  
で責任を感じた安井は、君を探そうと無理をして倒れた。  
そして岩松は安井が倒れたのは自分のせいだと責任を感じて悩んでいる。  
で安井は安井で岩松に迷惑をかけたと悩んで手が出せなくなっている。  
これが君達の大誤解のプロセスだ。  
まぁ一歩引いて全体を考えてみることだ。  
後は逃げない事ね。  
まぁここまでは元々相思相愛なんだし誤解さえ解ければうまく回るでしょ。で問題はここからだ。」  
「ちょっと待って。じゃあ悪いのはどっちなの?」  
 
「だからどっちも悪くないって。君達の引っ込み思案から起きた誤解だから、一歩踏み込めば氷解する。間違いない!」  
「でも遼君、私の事嫌いって。もう来るなって」  
「問題はそこなんだよね。今日、あいつの所に行ってこの話して来たんだけど、話はちゃんと聞く癖に、終わった途端いきなり怒り始めるの。意味不明なんだよな。」  
「高瀬君も嫌いって言われたの?」  
「言われた。あいつお見舞いに来てくれた人全員にそんなこと言ってるみたいなんだよね。」  
明らかにおかしい。  
遼君は理由もないのに人を怒ったりしない。それに遼君が人を罵ったところなんて見たこともない。  
もともとすごく優しい人で他人第一の人なのに。  
いきなり罵るなんて事を不特定多数の人にやり始めるなんて。  
「あいつ最近すごい評判悪いぜ。まぁお見舞いに行ったら、いきなり怒られるんだもんな。でも回りを全員敵にして何をするつもりなんだ?」  
私には全てが初耳だった。  
そんなに前から面会できたこと。  
クラスの中でそんなに遼君の評判が悪くなってること。  
そして遼君が皆にそんな事をしていること。  
 
やっぱり、私のせい?  
 
「ねぇ、何で遼君はそんなことしてるの?」  
 
「う〜ん。知らない!」  
「し、知らないって。」  
「つっても、あいつは人の事、理由もなく罵れる奴でもないしね。」  
「じゃあ、なにか理由が?」  
「そこは、恋人が調べるとこ。明日もう一回行ってみな。」  
さらっと、彼はそう言った。  
「い、いや。遼君がもう来るなって。」  
私の中を恐怖が走り怯える。  
もう遼君に嫌われたくない。  
「辛いのはわかるけどさ、もう一回だけ、ね?」  
「やだ・・・やだやだやだやだ。」  
私の心は怯えで塗り潰されていた。  
「落ち着け!辛いのはわかる。君を傷つけたのは、確かに安井だ。でも一回だけ行ってくれ。今あいつを救えるのは君しかいないんだよ。」  
「私しか?」  
「そう、君しか。次行った時も、多分安井は岩松を罵る。でもその時に、負けずに彼を看てあげてほしい。残念だけど、俺には何かがあるって事しか判らなかった。でも君なら。」  
 
私の中でまた感情と理性が闘う。  
遼君の所に行くべきか、行かないべきか。  
私はどうする「あと一つだけ。今、一番つらいのは安井だよ。」  
 
 
私は何を怯んでいたんだろう。  
そう。一番辛いのは遼君なのだ。  
それなのに私は自分の事で悩んでしまい、遼君の所まで考えが及んでいなかった。  
 
遼君を助けなきゃ。  
 
私は言う  
「うん。明日行ってみるよ」  
「よかった。やっと目に力が戻って来たね。それじゃ安井のことは頼んだよ。」  
「うん。」  
「それじゃあね。気をつけて帰るんだよ。」  
 

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