コンコン  
 
遼君の病室の前に立ってノックする。  
逃げちゃダメだと心に言い聞かせ深く深呼吸する。  
「どうぞ。」  
「遼君、葵だよ。入るね。」  
入ると遼君が苦虫を噛み潰したような顔でこっちを見ている。  
「そんな変な物を見る目で見ないでよ。」  
私は勤めて明るく言うようにする。  
「もう来るなって言っただろ。」  
「うん、言われた。でももう来ない、とも私は言ってないよ?」  
「うるさい。お前がいると嫌なんだよ。帰れ。」  
心に体に言い聞かせて遼君のベッドへと近寄っていく。  
「遼君。無理するのはやめようよ。つらいでしょ?」  
「辛くなんか・・・ない。」  
私はベッドに腰掛けると、遼君の頭を抱え込む。  
「でも遼君の顔と心はそう言ってないよ?辛そうだよ。」  
10年間も幼馴染みをやっているのだ。好きと自覚してからもかなり時は経っている。  
それだけの間、見てきたのだ。  
無理してるのかどうかなんて、わからないわけない。  
キチンと私を怒ってる時の顔を目を見れれば一瞬でわかる。  
前の私は、衝撃でそこまで気が回らなかった。  
それだけ遼君を助け出すのが遅くなってしまった。  
純粋に悔しさだけを感じる。  
 
「無理してなんかっ。」  
「してる。もっと私を信用して良いんだよ。私は絶対に遼君の前からいなくならないから。」  
 
 
「だって私は、遼君の事が大好きなんだから。幼馴染みとしても、友だちとしても、男の子としても、ね。」  
遼君が一瞬息を詰めるのがわかる。  
そのあと顔をくしゃくしゃにしてるのもわかる。  
私の腕の中に顔はあって、直接的には見えないけど、みえる。  
 
 
「葵、いいの?」  
「うん。」  
とても短い問答。  
 
ひっ、うぅ。  
漏れ始める鳴咽。  
そして遼君は私に抱き付いて、泣き始める。  
 
「泣いていいんだよ。辛かった時には泣かなきゃ。自分を押さえ込んじゃ駄目。人の事ばかりじゃなく自分の事も大事にして。」  
腕の中の遼君を抱きしめながら誰に言うわけでもなく話す。  
 
 
 
 
「葵、ありがと。」  
「ん、大丈夫だよ。」  
 
また一瞬の静寂が部屋を包む。  
「ごめんな。」  
「別にいいよ、一番辛かったのは遼君だろうし。でもなんであんな事を?」  
遼君になんであんなことをしたのか聞く。  
ある程度想像はつくけど、やっぱり本人の口から聞きたい。  
 
「皆に忘れて貰いたくて。」  
「忘れる?」  
「うん。俺いつ死ぬかわからないからさ。その時、皆を悲しませたくなくてさ。」  
遼君は1から10まで他人の事しか考えていなかった。  
優し過ぎるよ・・・  
 
「馬鹿。」  
 
 
「そうかもね。」  
遼君は自嘲的な笑いをする。  
「私はそんな簡単に遼君の事、忘れられない。それに、そんな簡単に遼君の事は死なせない。」  
 
「もう少し自分の事考えてよ。」  
「でも・・・」  
「でも、じゃない。もう遼君は充分に他人の事を考えた。次は自分のやりたい事、やってもらいたい事を私に言って。」  
「そんなことしたら葵に迷惑じゃ。」  
遼君と話してて、わかってきた。  
何故かはわからないが彼は、人に迷惑を掛けることに怯えている。  
更に、あくまで他人は彼に取っての奉仕先で、対等の立場じゃないのだ。  
理由もなんとなく分かる。  
「遼君は自分を過小評価しすぎだし。遠慮しすぎ少しくらい頼み事したり心配かけてもいいんだよ。」  
「駄目だよ。人に迷惑なんて掛けちゃ。全部自分でやらなきゃ。」  
遼君は即答で返してくる。  
「遼君。何に怯えてるの?私は遼君に用事頼まれたら嬉しいよ?」  
 
遼君は沈黙してしまう。  
「いっつも遼君は一人で抱え込んじゃう。私たちが助けてあげたいと思っても、助けられないんだよ。」  
「ごめん。」  
「また謝る。だから謝らなくていいから。次からは私たちを頼って。」  
「うん、わかった。」  
「そう。遠慮せずに用事や頼み事は私に言うんだよ。なんか心配な事があってもね。言えば晴れたりするもんだから。」  
「うん。」  
 
素直だ。  
遼君がとっても素直だ。  
 
まもなく面会時間の終了です。  
 
アナウンスが流れる。  
ふと窓の外を見ると真っ暗になっていた。  
「もうこんな時間だね。」  
「そうだね、もう帰るよ。明日また来るから、頼み事考えておきなさいよ!」遼君はポカンとした顔をしている。  
「え〜っとそれは用事を頼むことを強要してるのかな?」  
「もちろん。じゃあね〜」  
「あ、じゃあね。」  
遼君は苦笑いを浮かべて私を見送る。  
 
 
「やった。やったやったやった!」  
病院を出た頃にやっと、私は達成感と嬉しさに包まれる。  
遼君を助けられたし、人を頼っても大丈夫なように諭したし、どさくさに紛れて告白したし。  
私的には100点を上げてもいいね!  
 
 
よし、かーえろっと。  
 
上機嫌で帰途につく。  
 
 
翌朝  
「岩松、どうだった?」  
教室に着いた私にいきなり高瀬君が話し掛けてくる。  
私は声に出さずに、表情とVっと突き出した手で答える。  
「その表情だとうまくいったらしいね。」  
「うん。」  
「よかったよかった。」  
「な〜に、なんの話?」  
「中川さん「安井の精神状態が安定したって事。」」高瀬君が割り込んで簡略に説明してしまう。  
「あんたは葵の話に割り込まないの。」  
中川さんはそう言うと高瀬君のおでこにデコピンを喰らわせる。  
「いった〜。ひどいぞ、この鬼女!」  
「だ〜れが鬼女ですって?」  
逃げる高瀬君に追う中川さん、一見仲が悪いように見えるけど、本当は凄く仲がいい。  
なにをやってても心の底で繋がってる感じだ。  
 
正直憧れる。  
 
「岩松さん、誰か来てるよ」  
ドア際の人に呼ばれる。人が来てる?誰だろ?  
 
廊下に出た私の前にいたのは、とっても小柄な、でも凛とした風格を漂わせる少女だった。  
「あなたが安井さんにくっついてる悪い虫ですね。」一瞬、何を言われてるのかわからなかった。  
虫?私が?  
「私は今日づけで高校一年三組に転入して参りました、岩崎綾芽と申します。以後お見知りおきを」  
 

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