「では、失礼させて頂きます。」
彼女は高一の教室、則ち下の階へと降りていった。
「葵ちゃん、あれ誰?」
「さぁ?中川さん知ってます?」
「知らないから聞いてるんでしょ。でも『岩崎』でしょ、もしかしたら三栄グループのお姫様だったりして。」
「まさか〜、三栄はないですよ〜」
三栄とはこの近辺で圧倒的な力をもつ財閥の事だ。
「だよね〜。」
「まあ遼君の知り合いみたいでしたし、今日聞いてみますよ。」
「そうしてみなよ。もしかしたら先にあの娘がいたりしてね。」
「今日は私たちの方が短いから無理ですよ。」
「甘いな葵ちゃんは。早退だよ早退。」
「遼君と会うために?あの子ならやりかねない気が。」
「するよね〜。」
あの子はやると思う。
予知なんていう大層な物じゃなくて、あくまでも直感だけど。
「葵ちゃんも強くなったよね〜。」
「そうですか?」
「うん。昔の葵ちゃんだったら、あんな事言われてたらめちゃくちゃ気に病んでたと思うよ。」
「そういわれると、そうですね。私も強くなったんですよ。」
「うん、いいこといいこと。」
でも、さっきはあっちが帰ってくれたからなんとかなった。
だけどもし遼君の所で同席しちゃったら勝てる気どころか対等にいれる気がしない。
彼女みたいに本当に強そうな、いや強いであろう子に私なんかが。
そもそも私のせいで遼君は倒れたんだし、彼女が言ってることは正しいし「こらっ」
「わっ。な、なんですか?」
「一人の世界に入り込むな!またなんか変な事考えてたでしょ。」
「今の感じだと、[私、あの子にはかなわない。]ってところ?」
「いきなり女の子同士の話に首突っ込んで来るな。」
「女の子同士?女の子とぐはっ」
凄かった。同士?と最後が疑問形になった瞬間に振りかぶり後ろにいる高瀬君のお腹にパンチをしていた。
格闘技の事はよくわからないけど、凄く痛そうなのはわかる。
「ちょっおま。これ死ねる。」
「遺言は?」
「スイマセン。」
「よろしい。」
「高瀬君大丈夫?」
「あはは、大丈夫大丈夫。もうなれたよ。」
「ま、葵ちゃんも変な心配せずに行ってきな。
安井君にとってこの世で一番大事なのは葵ちゃんなんだから。
あんな子に臆さずに堂々といきなさい。」
私の事を買い被り過ぎだと思うけど、純粋に嬉しかった。
「うん。」
「ま、これから授業だけどね。」
「あんたは水を挿すな!」
「あはは。別にいいよ中川さん。」
起立。
号令がかかる。
今日の授業の始まりだ。
コンコン
「遼君、私だよ。」
「葵か?入っていいよ。」
私は学校が終わってから速効で病院に来た。
「入るね、遼君こんにちは。岩崎さんも。」
岩崎さんに会釈をする。
半ば予想はしてたけどやっぱり居た。
岩崎綾芽ちゃんがいた。
「岩崎さん、学校は?」
「葵からも言ってやってくれ。」
「葵も聞いてくれよ。」
「こいつ、転校初日に早退して来たんだぜ。ありえないだろ普通。」
「私は遼兄さまに早く会いたかったんです!」
「だからって早退までするか普通?」
「します!」
その岩崎さんの言葉には女の子が好きな人だけに向けるであろう真摯さがつまってた。
やっぱりこの子も遼君のことが大事なんだろう。
「仲・・・良いんだね。」遼君がギクッとした感じでこっちを見る。
「あ〜、こいつさ、家の母さんが入院してたときに、隣の病室にお前のおばあちゃんだっけ?」
「ひいお爺様です。」
「が入院しててさ、お互いガキだろ?死とかわかんなくて、一緒に楽しく遊んでたのよ。」
「そうですわ。あなたなんかより遥かに昔からのお知り合いですわ。」
私が黙ってしまってるのを見て遼君が助け船を出そうとしてくれてるのがわかった。
「昔ったって。昔に半年くらい一緒に遊んでたってだけだろ。」
「浅く長くより深く短くの方が良いんです。」
岩崎さんは堂々と言い返す。
私を睨みながら。
「おいおい、無理がねーか?」
「ないです。私はそろそろ失礼させて頂きますね。岩松さんもこれ以上私の遼兄さまを傷つけないようにして頂きたい。」
「こらっ綾芽!お前は葵に失礼な事を言うんじゃない。」
「では、失礼させて頂きます。」
驚いた。
遼君と話してるときの甘い空気から私と話すときの冷たい空気に一瞬で纏う空気を変えた。
なかなか出来る事じゃない。
それだけ私の事を憎んでいるんだろう。
自分の大事な人を殺されかけたんだし、当然だ。
「そこのネガティブ少女。」
「ん?」
「葵〜、反論くらいしよ〜ぜ。」
「だって、本当の事だし。みんなに心配ばっかかけてるし。」
遼君の手が私の頭の上に乗る。
「昨日はあれだけ強かったのに、今日はこれか?」
「それは、昨日は忘れてたけど、遼君を傷つけちゃったの私だし。私なんか・・・」
遼君は手で私の頭を撫でながら、ふぅとため息をつく。
「やっぱり誤解してたか。俺のこれ、説明してやるよ。」
「うん。」
「俺のは不整脈起こすのと、心臓の欠陥が重なってるんだ。」
「2個あるって事?」
「そう。どっちも生まれつきで、どちらか一方なら直せるけど、二つあるからいじりようがないんだと。」
「二つあって、治せない。」
私が口に言って出したそれは、つまり。
「でも、今すぐ逝く、逝かないの話じゃないんだ。」「え?」
「明日か、明後日か、来年か、五年先か、十年先か、いつ爆発するか解らない爆弾を持って生きていく。そういう事をしていくわけ。」
遼君の説明を聞いて、私の中に浮かんだ想い。
なんという残酷な病気なんだろう。
何時殺されるのかがわからない恐怖を味わせながら生かしていく。
でも必ず、最後には殺す。
「でも十年位頑張れば特効薬とかも。」
「出てるかもしれないし、出てないかもしれない。」唯一の希望的観測も暗に否定される。
「だから葵。この前の返事をするよ。」
私は急激に与えられた情報に悲観しかけてたけど、また冷静になる。
私はもし彼がイヤだと言ったら、素直に身を引く。
でも今までの遼君みたいに、迷惑云々と言ったら、傍に居続ける。
遼君にそんな遠慮はさせない。
「俺は葵の事が好きだ。女の子として。出来れば傍に居てほしいとも思ってる。」
歓喜に包まれる。
「でも、覚悟が出来ない。葵に傍にいてもらえば、俺自身は幸せだ。
でも例えば10年後、俺が逝った後は葵はどうなる?
人生で一番楽しい時期であろう10年を俺は奪い取っちゃうんだ。
その覚悟が出来ない。」
確かに怖いことだ。
時を奪われるのも辛いだろうけど、大事な人からその人の大事な時を自分の意志とは関係なく無作為に奪い取ってしまうのだ。
それは恐怖となによりの罪悪感に苛まされるだろう。
でも私は嬉しかった。
確かに多少はそういう事も考える。
だがもし遼君から離れて送る80年と、遼君と楽しく生きる1日だったら選ぶ方は明白だ。
「ありがとう。私の事をそこまで考えてくれて。私はそれが嬉しいよ。
でも、大丈夫。
私なりに考えたし、大事なのはどっちかって考えたら一瞬だよ。
」
一瞬息を付いて言う。
「私は遼君を守って傍に居続けて、愛し続ける。ね?」
遼君も不安そうな顔から変わっていく。
「わかった。覚悟は決まった。迷惑かけるかもしれないし悲しませるかもしれない、それでもいいんだね?」
「うん。」
「なら、俺も誓うよ。葵を俺の命が続く限り愛し続ける事を。」
「うん!ね?」
私は満面の笑みで答える。
そして遼君の顔の前で目を閉じる。
遼君の手が私の背中に回る。
そして遼君が私に唇を重ねてくる。
とても柔らかく暖かい。私を包み込むように優しさに溢れている。
そんな心が伝わってくる。
遼君が倒れる前にもしたからファーストキスじゃないけど、誓いのキス。
私と遼君の永遠に続く誓い。