王国北方に広がる山岳地帯。普段から踏み入る者の少ないその一帯には多種  
多様な魔物が巣食っており、古来から危険区域とされていた。  
 彼らは魔王を中心とした一派とは関わりが無いため、人間に対し積極的な敵  
対行動に出ることは少ない。だが、相手が自らの生活を脅かすと判断すれば、  
彼らは容赦なく牙を剥く。  
 
 
 弾かれた長剣が、甲高い音を響かせて舞った。  
 武器を失ったゆうしゃは、崩れ落ちるように膝を地についた。その身を包む  
皮製の鎧は既に壊れかかっていて、防具としての機能を果たしていない。  
「チェックメイトね、ゆうしゃさん。威勢だけは良かったのだけれど」  
 闇の向こうからかかる声に、ゆうしゃは唇を噛んだ。  
 声の主は、余裕を見せ付けるようににじりよってくる。地に落ちたたいまつ  
の明かりを受けて、ゆっくりとその姿が浮かび上がった。  
 上体は病的に白い肌と髪を持つ、人間の女性――しかし、その額には人間に  
は無い六つの眼。下半身は完全に異形のそれで、昆虫で言う腹のような部分が  
続いており、その付け根からは節のある昆虫のような肢が六本生えている。  
 その姿は、巨大な蜘蛛を思わせた。  
 アラクネ――人々の間でそう呼ばれ恐れられる強力な魔物。  
 ゆうしゃは山岳で道に迷い、運悪く彼女の巣に迷い込んでしまった挙句、完  
膚なきまでに敗北したのだった。  
 死期を悟り、せめて精神だけは屈するまいと、ゆうしゃは心の奥底で覚悟を  
決める。  
 アラクネはそんなゆうしゃの様子を見届けると、紅い唇を妖艶に歪ませた。  
「いいわ……、その顔。すごくいい。悲壮な決意で、自分に酔ってる目ね。  
 そんな顔をされると――いじめて、屈服させたくなっちゃう」  
 ゆうしゃの背筋に、悪寒が走った。ぞっと底冷えのするような声音。  
 反射的に逃れようとしたゆうしゃの顔を、アラクネは両手のひらで挟み込ん  
で捕らえる。そして、覗き込むように顔を寄せたかと思うと、むさぼり付くよ  
うに唇を奪った。  
「ん……、ちゅっ――」  
 予測できず、反応が遅れたゆうしゃの口内に、あっという間にアラクネの舌  
が割り入って来る。そして次の瞬間、頬の内側に小さな痛みがほとばしった。  
「ぷは……、ふふ」  
 ゆうしゃは反射的に顎に力を込めるが、アラクネは既に引き払っていた。銀  
糸をくわえた紅い唇が、意味ありげに歪んでいる。  
 ――どくん、と、ゆうしゃの口内が熱く脈打った。  
 熱さは血液の流れに乗り、たちまち全身に伝播していく。  
 毒を注入されたことに気付いた頃には、ゆうしゃの体は既に言うことを聞か  
なくなっていた。  
「ねぇ、勝負をしましょう? あなたの心が屈するのが先か――」  
 後頭部にそっと手が添えられ、頭が少し持ち上げられる。アラクネの下腹部  
が目に入る――一番上の短い肢が器用に動いて、上体と下半身との境にある器  
官を見せ付けるように押し広げる。  
「あたしが我慢できなくなるのが先か――、ねぇ?」  
 紅く濡れそぼったそこが生殖器であることに気付くと、ゆうしゃは無意識に  
喉を鳴らした。  
 
 アラクネが二番目の両肢を翻すと、ゆうしゃの下半身を覆っていた着衣に大  
きく一文字の裂け目が走った。そして、短い一番目の両肢が器用に動き、下着  
をずらして起き抜けの分身を引き出す。異質な感触に突然分身を触れられ、ゆ  
うしゃのそれはぴくりと反応した。  
「ふふ……、びっくりした? こうなってるの」  
 それに気付くと、アラクネはゆうしゃにその肢を見せ付けた。一番目の肢は  
他の肢と違って尖ってはおらず、先端に細かな毛がびっしりと生えそろってい  
る。  
「この肢の使い方は、これから見せてあげるから――よぉく見ててね?」  
 アラクネは一番目以外の肢を突っ張らせ、体を屈した。ただでさえ巨大な袋  
のような腹部が、更に大きく屈曲する。  
「さぁ、見ててよ――、ん……っ!」  
 アラクネが力を込めるようなうめきを漏らすと、腹部の後端から白く細長い  
何かがほとばしった。下腹部に張り付いたそれは粘ついていて、不思議な弾力  
を持っている。蜘蛛の糸――ゆうしゃの脳裏に、すぐにその言葉が浮かんだ。  
「すごいのよ、これ――」  
 アラクネは短い一番目の両肢を別の生き物のようにせわしなく動かし、あや  
とりの要領でそれを編み上げていく。  
 ゆうしゃの肉茎の周囲で、太く編まれた白い糸が複雑に交差する。  
「ん……、ふ――」  
 それにつれ、アラクネの唇から漏れる吐息が熱さを帯びていく。  
 よく見ると、せわしなく動く両肢は、定期的に同じ場所を擦っているようだ  
った。  
「ふふ――、気付いた……?」  
 アラクネは動きを止めると、ゆうしゃの胸に自らの体を横たえた。そして、  
空いている方の腕で、ゆうしゃの方手を自分の下腹へと導く。ちゅく、と水っ  
ぽい音がして、指先が熱くぬめった蜜壺に沈み込む。  
「糸に、愛液をまぶしてるの――滑りが良くなって、ぬるぬるになるのよ」  
 ゆうしゃの腕の端を、糸の冷たくぬめる感触が一瞬撫ぜた。それだけで背筋  
に震えが走り、鳥肌が立つ。  
「さぁ……、始めるわよ」  
 ゆうしゃの肉茎に、八方から弾力のあるぬめった感触が押し付けられた。う  
めき声が漏れる。冷たい刺激とぬめりとで、半勃ちだった分身がたちまち熱く  
張り詰めていく。  
 アラクネはせわしなく動く両肢で巧みに糸を繰り、ゆうしゃの分身を責め立  
て始めた。根元を軽く舐められたかと思えば、首の辺りを強く締められる。絶  
え間なく送り込まれる不規則な快感に、まだ立ち上がり切らないにも関わらず  
一気に射精感がこみ上げる。  
「……あら、まだダメよ?」  
 しかし、アラクネは敏感にそれを察知し、ぎりぎりで刺激を止めてしまった。  
かわりに、肉茎の根元を糸で強く締め上げる。ゆうしゃの肉茎の先が、抗議す  
るように赤黒く張り詰めた。こみ上げてくる何かが、鈍い痛みと疼きを残して  
押し留められる。  
 それが去ると、アラクネはすぐにまた肢を蠢かせ、ゆうしゃの分身への刺激  
を再開した。しかし、ゆうしゃが上り詰めそうになると、やはり同じように肉  
茎を締め上げて射精を妨げてしまう。  
 短い間隔で繰り返し押し上げられて、ゆうしゃは荒い息をつく。視界が歪む。  
体力が更に磨耗していく。こめかみが脈動し、鈍い痛みとともに思考を阻害す  
る。  
 何度目かの絶頂の直後、やはり根元を締め付けてそれを押し留めつつ、アラ  
クネはゆうしゃにささやいた。  
「ねぇ……、イきたい?」  
 毒の回っているゆうしゃは首を動かせない。ただ朦朧とした瞳で見つめ返す。  
「声は出るわね……、ねぇ。  
 『イかせてください』って哀願すれば、考えてあげなくもないわよ?」  
 あえぐように呼吸するのが精一杯の気道は、ただ声を出すのも苦しい。  
 毒を注入された位置と近い舌は、重く動きが鈍い。  
 それでもゆうしゃは、力を振り絞るようにして、大きく息を吸い込み――  
 
 ――口の端から、唾を吐き出した。  
 力の入らない舌では方向が定まらなかったのか、アラクネの顔には当たらな  
かったが――意志を伝えることには成功した。今まで、戦っている最中でさえ  
余裕を崩さなかったアラクネの顔に、ごくごくわずかながら動揺が走った。  
 ゆうしゃは精一杯に顔に力を込め、口元で皮肉げな笑みを作る。  
 ――精神だけは、決して屈しない。ゆうしゃは、自分の卑屈にさえ思える覚  
悟を貫き通すと決めたのだった。  
「ふ。……ふふふふふ」  
 そんなゆうしゃの様子を見届けて、アラクネは含み笑いを漏らした。怒りを  
こらえているのかと、ゆうしゃは思った。――そうではなかった。  
「んっ、んん、んん〜っ」  
 アラクネが、また強引に唇を寄せてくる。反射的に逃げようと小さくよじっ  
た体を、両腕で押さえつけられた。  
 最初の口付けでは奥に押し込んでくるだけの舌使いだったが、今度は違う。  
積極的に舌を絡め、唾液をすすってくる。まるで――深い仲の恋人同士がする  
ように。  
「あたしの負けだわ。――完敗よ、もう我慢できない」  
 長い口付けを終えたアラクネが浮かべていたのは、ゆうしゃが今まで見たこ  
とのない笑みだった。同じ妖艶さを漂わせながらも、どこか暖かい。八つある  
目の一番下の、人間に近い構造をした瞳が、こころなしか潤んで見える。いつ  
の間にやら背中に両手が回されている。逃さないとばかりに。  
 そして、アラクネはゆうしゃの耳元に唇を寄せると、ささやくような声量で  
呟いた。  
「――あなたの子が生みたい」  
 ゆうしゃの腰がわずかに逃げるように動いたが、すかさず一番目の肢ががっ  
ちりと捕まえた。  
 頬を引き攣らせるゆうしゃにもう一度濃厚なキスを見舞うと、アラクネはそ  
のままゆっくりと腰を落とした。  
 熱く粘ついた感触がゆうしゃの肉茎を舐める。絡みついたままの糸が、膣圧  
で更に締め付けられる。  
「ふぅ――、んっ、ちゅ――」  
 アラクネはそのままの姿勢で、グラインドさせるように腰を使い始めた。  
 滴る愛液でほつれた糸が、滾るような熱さを伴いゆうしゃの肉茎をまんべん  
なく撫で回す。  
「ん、んんぅ――、ん」  
 アラクネは両腕と肢とを使い、これ以上無いほど密着してくる。それでいて  
滑らかに腰が動くのは、彼女の人間とはかけ離れた体の構造が故だ。  
 その人間ではあり得ない責めを受けて、事前に散々高められていたゆうしゃ  
が長く耐えられるはずも無かった。  
「ぷは――、ふふ、来てるわ、あなたの……」  
 ようやく唇を開放すると、アラクネは片手で自分の下腹を撫ぜた。解放され  
たゆうしゃのそれは、激しく脈動しながらそこに欲望を流し込む。  
 自分自身が強く搾り取られるような感覚がして、ゆうしゃは虚脱感に包まれ  
る。  
「ダメよ、まだできるでしょう――んっ」  
 が、むさぼるように暴れる舌を押し込まれて、すぐに意識が覚醒した。  
「――今日は、あと二回はここにもらうわ。  
 あたしの体に火を点けた責任、取ってもらうわよ――ダーリン?」  
 ゆうしゃはただ、引き攣った笑みを浮かべるしかなかった。  
 
 
 王が執務室で書類に目を通していると、書類を手にした側近が入室してきた。  
 それだけで、国王は内心ため息をつく。彼が現れたということは、すなわち  
また一人のゆうしゃが消息を絶ったことを意味するからだ。沈痛な表情からも  
それを察することができる。  
 そして、側近は国王の予想と寸分違わぬ報告を行った。  
「遺体 は 確認 でき たの か ?」  
「いえ、確認できておりません。  
 山村の宿屋で記帳した後、消息を絶っています」  
「遺族 に 申し開き が できん な 。  
 遺骨 を 渡すこと も できない とは」  
 たくわえた白い口髭の合間から、物憂げなため息が漏れ出る。  
 側近は応えなかったが、その眉は鎮痛な様子でひそめられている。  
 
 八月。夏の終わりの苦しい残暑は、長引く苦難を思わせる。  
 
 

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