「こ、ここが理亜の家? ホントに?」
朝からあんなことがあった日の放課後、今度は友達である理亜の家の前で呆然と立ち尽くすという状態に陥っている。
それもそのはず、なにせ初めて訪れた中学時代からの親友の家は、信じられないくらいの豪邸だった。
いや、厳密に言うと建物自体はまだ見ていない。
今目の前にあるのはやたら立派な門と、左右の端までざっと見て100メートルくらいは続いていそうな高い塀だ。
いくらこの辺が田舎に分類される地方とはいえ、この敷地だけでも十分規格外すぎる。
「……当たり前。
よその家になんて連れてこない」
横に立っている理亜は、門構えだけで圧倒されているわたしとは対照的に平然としている。
って、彼女にとっては自分の家なんだから当たり前なんだけど。
「そ、そうだよね。
ごめん、ちょっとびっくりして……」
「じゃ、入ろ」
「あ、ちょっと待って」
門に近づこうとした理亜をとっさに呼び止めてしまった。
「……何?」
「や、あの、心の準備が……」
やっぱりこういう家だと門を開けた途端、中に召使さんとかがずらーっと並んでいたりして、全員そろってお出迎えとかがあったりするんだろうか。
そんなことを考えると友達の家に遊びに来ただけなのに、緊張が……。
「誰もいないから緊張しなくてもいい」
わたしの心配を読み取ったのか、理亜はそんなことを言ってくる。
「パパもママも旅行中」
「え、でも召使さんとかは?」
これだけ広い家――まだ建物は見てないけど――を維持するのに要する人手は、バリバリの庶民であるわたしには具体的に想像できるものじゃない。
でも、少なくともかなりの人数が必要なことだけは間違いない。
それに、今日のお昼も理亜はいつもどおりお弁当を持ってきていたのだ。
あの3段重ねの重箱に隙間なく詰められた見事な料理の数々を、理亜が自分で作っているとは思えなかった。
それは調理実習のたびに理亜の班で発生する惨劇を思い出せば確実のはず。
「……召使はいる」
「やっぱりそうだよね……」
「……でも召使は人じゃないから」
「召使を物扱い!?」
ま、まさか中学時代からの親友が、ここまでのブルジョワ思考の持ち主だったなんて……。
気分はまるで、お忍びで町に下りてきたお姫様と、そうとは知らずに友達になってしまった町娘A。
なんて固まっていたら、不意に理亜がもういいでしょと、歩き出してしまう。
今度は止める暇もあらばこそ。
「あ……」
どこかにセンサーでも付いているのか、かすかな軋みをあげながらゆっくりと開き始める重々しい門。
「うわぁ……」
少しずつ開いていく隙間から見えてきたのは予想通り――いや、予想以上の立派な洋館だった。
門から建物までは20メートルくらいだろうか。
石畳の道が続いていて、その左右には大量の召使さんこそいなかったものの、これはこれで圧倒されるものが並んでいた。
数メートル置きに設置されているのは、やたら精巧な悪魔の石像。
当然本物の悪魔なんて見たこともないけど、もし本当に悪魔なんてものがいたらこんなだろうと思わせる、今にも飛び掛ってきそうなほど見事な出来だ。
「お、襲い掛かってきたりしない、よね?」
思わずそんなことを口走ってしまう。
ガーゴイルとかいうんだったっけ。
ゲームとかでよく門番に使われてるやつ。
まさにあれを連想してしまう光景だった。
「……なに言ってるの?」
でも、そんなわたしの言葉に、理亜はじとっとした視線をこちらに向けてくる。
まあ、それはそうだろう。
お話の中ならともかく、現実で石像が襲い掛かってくるなんて、そんなことあるはずが――。
「お客さんは襲わない」
「やっぱり動くんだ!?」
その言葉がもう致命的だった。
考えないように考えないようにとは思っていたけど、現実はそう甘くなかったということで。
だいたいわたし自身がもう人間じゃないんだし、ことここにいたっては石像が動くくらい有り得ないことじゃないのかもしれない。
……認めたくはなかったんだけど。
「じゃあ、召使が人じゃないっていうのも言葉通りの意味なんだよね……」
「だから、そう言った」
何を今更といった感じの理亜。
ふと見れば遠くの方でジャキジャキと庭木を剪定している大きなはさみがあったりして、あれ、宙にぷかぷか浮いてるし。
「あれって、透明人間さん?」
もう半ば投げやりになって聞いてみる。
「はずれ。
あれははさみ自体に命を持たせてるだけ」
だけって、そんななんでもないことのように。
そんな理亜の姿に、わたしは一瞬エリスの姿をダブらせてしまった。
「話って、やっぱりわたしの体のことだよね?」
理亜の家に誘われたのは今日のお昼休みだった。
『話があるから放課後うちに来て』
唐突にそう切り出してきた彼女に、わたしはちょっとどころではなく驚いたものだ。
なんといっても、結構長い付き合いになるのにわたしはまだ理亜の家に遊びに行ったことがなかった。
まあ、こうして来てみれば、理亜が今まで招いてくれなかったのは当然だと思うけど。
なのにわたしが吸血鬼(もどき)になったその翌日になって、いきなり"この"家に呼ぶんだから用事は当然それ絡みだろう。
理亜の部屋で骸骨が持って来てくれた――我ながらどうかと思うけどもう慣れた――紅茶を一口飲みながら、彼女の反応を待つ。
ちなみに理亜の部屋は、まあ何と言うか少なくとも普通の女の子の部屋じゃなかった。
本棚には、背表紙にアルファベットが並んでいる革張りの本がぎっしりだし、そこら中に使い道のわからないものがごろごろとしてるし。
「美紀がいきなり吸血鬼になってるから」
その部屋の主である理亜は、いつものようにさらっと核心を付いてくる。
彼女は昔から多弁なほうじゃなくて、とにかく必要最低限のことだけを口にする子だった。
それは、こういう風にこちらからは切り出しにくいことを話すときにはありがたいかもしれない。
「あの、ちなみに聞きたいんだけど、理亜ってその、あの……」
その点わたしはこういう時に自分でも情けないくらい歯切れが悪い。
「……魔女。
人間だけど人間じゃない」
「そう、なんだ」
「隠してて、ごめん」
お茶請けにと骸骨が持ってきてくれたお菓子を食べる手を止めて、理亜が少しだけ目を伏せる。
「あ、別に責めてるわけじゃないから」
本当に、責めるつもりなんてなかった。
だから謝られてしまうと、こっちが逆に申し訳ない気持ちになる。
というか、私魔女なの、なんてカミングアウトされても以前の私なら困るだけだっただろう。
こんな体になってしまったからこそ、まだ何とか受け止められるわけで。
それにしても、魔女……かぁ。
お昼の重箱や、さっきまで目の前に山盛りになっていたお菓子もそうだけど、理亜はクラスで一番、しかも結構飛びぬけて小さいのに、とにかくご飯をよく食べる。
今まではこの小さい体のどこに入るのかと思っていたけど、これもその辺が関係しているんだろうか。
そんなどうでもいいといえばどうでもいいことを考えてしまうと、不思議と肩の力がちょっとだけ抜けた。
魔女でもなんでも理亜は理亜。
自然にそう思えること。
これだけは、吸血鬼になったことに感謝してもいいかななんて思えてしまった。
死にそうになったところを、エリスの血を分けてもらうことで命を取り留めたことや、
そのエリスがうちに居候していることを順を追って説明していく。
もちろんエリスの個人的な趣味のことや、血を吸われた時の感覚とかは省いたけど大体の流れはこんなところだろう。
「――とりあえず、こんな感じなんだけど」
そう締めくくると、理亜は何かを考え込むかのように少しだけ目を閉じた。
そして目を開くと、その視線をまっすぐにわたしに向けてくる。
「……美紀は、戻りたい?」
その問いに、息が詰まる。
何に、なんて聞くまでもなかった。
「それは、もちろん戻れるなら戻りたいけど……」
生活自体は、一応それなりに送れそうだとはいっても、やっぱり吸血鬼であることには変わりない。
いつかは誰かの血を吸わないといけなくなる日が間違いなく来るんだろう。
自分が誰かの血を吸って、その人を自分と同じ吸血鬼にしてしまう。
意識して考えないようにはしていたもの、それはひどく恐ろしい想像だった。
「でも、そんなことできるの?」
病気なら薬の飲むとか、患部を摘出したりすれば直るのかもしれない。
でも、エリスの言葉を思い返してみると、吸血鬼化を促しているのはわたしの中に流し込まれた彼女の血ということになる。
それをどうにかしようなんて、それこそ全身の血液を総とっかえでもしないかぎり無理な気が……。
「たぶん、血液自体は問題じゃない」
「血液じゃない? でもエリスは吸血鬼の体液がって」
「それはあくまで媒介にしてるだけ。
変化の本質は、いわゆる魔力、だから。
だから、それさえ完全に除去できれば人間に戻れると思う」
吸血鬼の魔力を除去する、なんて言われてもそっち本面には素人もいいとこなわたしには、具体的な方法がわかるわけもなかった。
わかるわけもないので、専門家である理亜の指示に従うしかない。
「ご、ごめん、もう一回言って?」
とりあえずベッドに移動するように言われたので、言われたとおりに理亜のベッドに乗ってみたわけなんだけど。
だけど次の指示はちょっと予想外というかなんというかで、思わずわたしは聞き返してしまった。
なにせその内容が――、
「……裸になってって言った」
聞き間違いじゃなかったらしい。
「そ、それってどうしても?」
「……着ててもいいけど、たぶん汚れる」
服が汚れるって、これから一体どんなことをするんだろう。
そんな不安がぐんぐん大きくなっていくけど、今はまずその前に考えないといけないことがある。
恥ずかしさと服――学校から来たからセーラー服のままだ――、どちらをとるか。
って、それならやっぱり服を諦めるべきなんじゃ。
制服は家に帰れば替えもあるし、後でちゃんと洗えば――って、今日の帰りどうしよう。
「……あと、美紀、自慰ってしたことある?」
そんな風に悩んでいるわたしに追い討ちをかけるように、理亜はもっととんでもないことを口にする。
「はいぃ!?」
「……だから、オナニー」
いや、言い方を変えられても……困る。
頭の中で"自慰+汚れる=今朝の下着"という方程式が成立して――、
「もしかして、これからすることって、え、えっちなことだったりする?」
できれば否定してほしいなーと思いながら、一応聞いてはみるけれど。
「……うん」
無情にも、理亜の首は縦に振られたのだった。
「――納得した?」
「納得は、してないけど、理解はした……と思う」
講師理亜先生による手短な魔力除去講座を聞き終えて、わたしは目の前が真っ暗になったような錯覚に襲われていた。
なんでも、魔力というものは普段勝手に漏れ出たりしないように栓みたいなのが閉まっているらしい。
で、それが緩むのが、いわゆる、その、性的な絶頂を迎えた時、なんだそうだけど。
ちなみに理亜みたいに修行を積んだ魔女は、ある程度自分の意思で開け閉めができるようになるんだとか。
でも、わたしが今からどうこうしてその域に達するにはあまりにも時間がなさ過ぎる。
だから、今回は誰でもできる方でやるしかない。
うん、理解は……した。
けどやっぱり納得は……。
「ちなみに魔力はこれで吸うから」
悩むわたしを尻目に理亜が棚から取ってきたのは、薄緑色の液体が入った手のひらに収まるほど小さなガラス瓶。
彼女はその中身を自分の手のひらの上にどろりと落とした。
「な、なにこれ……?」
理亜の手のひらの上で半球状になった緑色の液体。
なんか、ぷるぷる震えてる。
なんか、もうものすごく嫌な予感がするんですけど……。
「……魔力を餌にするスライム。
これを××××に入れた状態で絶頂を……って、聞いてる、美紀?」
もう眩暈なんて生易しいものじゃなかった。
仮にも年頃の女の子が口にしてはいけない単語が理亜の口から飛び出した途端、わたしの意識はブレーカーが落ちたように暗転してしまっていた。
「ん……んん……あれ、理、亜?」
ぼんやりとまぶたを上げると、なぜか目の前に中学時代からの親友の顔が大写しになっていた。
なんだか、頭の中に霞がかかっているみたいで、状況がいまいち掴めないんだけど、えっと……。
「……起きた?」
「うん、起きた……」
実際より、ほぼ確実に数歳分は幼く見られる理亜の顔立ち。
こうして間近で見ると、本当にかわいらしいというか、神様は不公平だなぁなんて思ってしまう。
その頭部支えている喉はほっそりとしていて、触れたらそれだけで折れてしまいそうなほど華奢だった。
そしてその下には、膨らみの兆しを見せ始めた胸が……。
……あれ。
どうして胸が見えるんだろう。
目覚めから少し遅れて頭が回転し始める。
「――って、り、理亜、なんで裸で……って、わたしも!?」
そのようやく働き始めた脳が認識した現況。
それは、あまりにも極まったものだった。
裸で仰向けになって寝ているわたしと、覆いかぶさるようにして四つんばいになっている裸の理亜。
慌てて起き上がろうとして、今度は体の異変に気づかされる。
「う、うごけない……」
中途半端に万歳をするように投げ出された両腕も、これまた中途半端に開いた状態になっている両足も、いくら動かそうとしてもぴくりとも反応しない。
「り、理亜、これっていったい……?」
「……美紀が気絶たから、その間にと思って」
そうだった。
わたしは魔力を除去する方法を教えてもらって、そのあまりといえばあまりにも恥ずかしすぎる手段に脳がショートして意識を……。
「で、でも、だからって人が寝てる間になんて……」
「だって……ん……美紀、起きてたら恥ずかしがって話が進まない」
「それは、そうだけど……なら、体が動かないのは……?」
「美紀が起きたときの保険。
ちゃんと、役に立った……んん……!?」
不意に理亜が目をつむったかと思うと、全身をぶるるっと震わせる。
「……ん、はぁ……」
そうかと思うときゅっと噛み締めていた唇から、妙に湿った吐息を零したりして。
「り、理亜……?」
「……なんでも、ない」
そう言う理亜の瞳は閉じる前より潤んでいて、桜色に染まった頬と相まって、なんだか不思議な色気みたいなものを醸し出していた。
「……じゃ、始めるから」
「あ、ちょっ……まだ心の準備が――んぁっ」
理亜は顔を埋めてきたかと思うと、小さな舌でぺろりと首筋を舐めあげてくる。
その一撃だけで漏れてしまった声に、慌てて口をつぐんでそれ以上の失態を避けようとする。
「んんっ……あっ……」
だけど首筋で舌先が閃くたびに、くすぐったさと、そして自分でも信じられないくらいの快感が生まれて自然と声が出てしまう。
頭の中でちらつくのは今朝の吸血。
どうしてもあれを、あの時の蕩けるような感覚を思い出してしまう。
舌だけじゃなく、少し荒くなっている理亜の吐息にくすぐられるだけで、痺れるような快感が掘り起こされていく。
「り、りあ……そこ、だめ」
何とか搾り出した制止の言葉。
このままだとこの感覚に流されてしまう。
そんな危機感から出た言葉だった。
「だ、だめだったら……ふああ!?」
なのに理亜は止めるどころか、むしろここぞとばかりに行為を激しくしていく。
それはまるでミルクを飲む子犬のような熱心さ。
左右で結った髪がちょうど耳のように揺れて、その印象をより強めていた。
押し止めようと思っても両腕は自分の意思では動かない。
ただ意思とは無関係にびくんびくんと痙攣して、今わたしが感じていることを証明するだけ。
「はぁう!?」
意識が首筋へと集中していたところにきた別の刺激。
それは完全に不意打ちだった。
理亜の手のひらが、いつの間にかわたしの胸にあてがわれていたのだ。
これまでの行為によってお互いの肌に浮いた汗のおかげで、まるで吸い付くように密着してくる小さな手のひら。
そこにある5本の指が、まるで別々の生き物のようにざわざわとうごめいて胸の形を変えていく。
「……美紀って、実は大きい?」
「そ、そんなこと……」
一瞬だけ舌の動きを中断させて、そんな恥ずかしいことを口にする理亜。
ただでさえ燃え上がるみたいに熱くなっていた顔の温度が、また一段と上昇するのがこんな状況でもはっきりとわかった。
と、その言葉を確かめるように動き続けていた指が、不意に胸の頂を挟み込んでくる。
「んぁっ」
乳房を圧迫されることで生まれる鈍く重い快感とは異なる、そこから電気を流されたみたいな鋭い感覚。
反射的に背中が浮いて体が弓なりになる。
目の奥で飛び散る火花。
全身が一瞬緊張して、次の瞬間反動のように弛緩する。
毛穴という毛穴が開いて、体内にこもった熱を排出しているような感覚の中、空中を漂っているような錯覚に襲われた。
「……イッた?」
わたしを翻弄していた舌と手、その両方の動きを止めて聞いてくる理亜。
「わ、わかんない、けど……」
正直、自分でも今の感覚がなんだったのかよくわからない。
わからないけど、とにかく一瞬頭の中が真っ白になるほど気持ちよかったのは確かで、あれがイクという感覚だったのかもしれない。
「ん、く……んは」
と、不意に耳元をくぐもった吐息にくすぐられる。
それは込み上げる快感を無理に押し殺そうとしている吐息で、さっきまでわたしが発していた種類のものだ。
だけど――、
「り、りあ……?」
今、それを発していたのは理亜の方だった。
「……み、美紀の、反応見てたら……私も」
言葉の合間に吐き出されれる息は熱く湿っていて、彼女もかなり高ぶっていることを主張していた。
「ごめん、ちょっとだけまってて」
それだけ言って枕に顔を埋めてしまう理亜。
四つんばいの状態から頭だけ下ろしていたから、唯一高く突き出されていたお尻がぶるぶると震えているのが彼女の細い肩越しに窺えた。
こういう言い方は失礼かもしれないけど、それまだ肉付きが薄くて幼さを強く意識させるお尻だったけど――。
「はぁ……だ、めぇ……がまん、できない」
なのに、耳元から断続的に聞こえてくる息遣いは、どうしようもなく大人のそれだ。
直前までわたしを責め立てていた理亜が今度は逆に快楽に流されつつある。
そのギャップにかすかな眩暈に似た何かを感じる。
密着した平たい胸の奥からはとくんとくんと、かわいらしい鼓動が伝わってきていた。
だけどこの状況に1つの疑問が湧いてくる。
「りあ、でもどうして……?」
さっきまでのわたしは、理亜の舌と手で敏感な場所を刺激されて悶えていたのだ。
だけど今の理亜はいったい何に。
わたしは動けないし、理亜自身の両手も今は押し寄せる快感を押さえつけようとしているかのようにベッドに押し付けられている。
そんなことを考えている間にも理亜の反応を階段を駆け上がるように大きくなっていく。
尺取虫のようにびくっびくっと跳ね上がりかわいいお尻。
枕越しに聞こえるくぐもった声も、もうまともな言葉にはなっていなかった。
そして、一際高く突き上げられたお尻がその頂点で動きを止め――、
「んああああ!」
理亜もまた、さっきのわたしと同じ境地に達していた。
長い痙攣の後、脱力したように突き上げられていた理亜の腰が落ちてくる。
湿った音を立てて、わたしの太ももに触れた理亜の股間。
「り、りあ……」
そこにあるぬめりは想像できていたもの。
それを言ったら、今のわたしだってそこは同じような状態だろう。
だけど、太ももから伝わってくるのはそのぬめりだけじゃなくて、わたしはさっきまで抱いていた疑問が氷解していくのを感じていた。
かすかに波打つ理亜の下腹部。
何かが理亜のおなかの中でうごめいている。
それが普段は感情の起伏が乏しい彼女を、あんなにも乱していたのは明白だった。
「りあ、これって」
「……ん、テスト……してみた」
まだ荒れに荒れきっている息の合間に、その単語を口にする理亜。
「じゃあ、移すから」
「え……?」
太ももで感じていたうごめきの位置が、ゆっくりと、だけど確実に下がり始める。
奥からその動きに押し出されるように理亜の体液が溢れ出してきてますますわたしの足を濡らしていく。
その"移動"によってまたしても感じているのか、理亜が悩ましげな吐息を漏らしながら全身を硬直させるのが合わせた肌から伝わってきた。
やがて――、
「――――!?」
彼女自身が分泌した液体に似て非なる感触を持つスライムが、体内からその姿を現したのだった。
気絶する直前に見せられたスライム。
理亜いわく魔力を吸い取ってくれるもの。
それは意思を持っているのか理亜の体内から抜け出すと、迷うことなくわたしのそこへと移動を開始した。
その移動はひどく遅いもので、でもそれだけに恐怖が刻一刻と蓄積されていく。
「り、りあ……?」
自分の声が震えているのがわかる。
「……大丈夫。
痛くないし、私がちゃんとコントロールしてる」
それが体内からいなくなったせいで少しだけ余裕を取り戻した理亜が、わたしを安心させようとそんなことを言う。
「で、でも……あぅ!?」
不意に、中断されていた愛撫が再開される。
ちろちろと首筋を舐められると、それだけであっという間に鳴りを潜めていた快楽が再び活性化する。
異物を体内に受け入れること。
それに対する恐怖すら、容易く押し流していく圧倒的な快楽。
白濁する頭の中で、首筋を這い回る舌先の感覚と、ついに足の付け根を越えて下腹部へと到達したスライムの感覚を混ざり合う。
それでもさすがに、女の子にとって一番大切なその部分に、スライムが蓋をするように覆いかぶさってくると、背筋に冷たいものが走り抜けていく。
体内にいたせいで理亜の体温を持った薄緑の粘体。
だけど、目的地に到達したそれはすぐには中に入ってこず、最初はまるで労わるように波打ちながらわたしのそこを刺激してくる。
「ふあ……ぁあ……」
下腹部全体からじわじわと込み上げてくる快楽。
首筋で閃く舌の動きと確かな連携をもったその動き。
それは、理亜がスライムをコントロールしているという話を確かに証明するものだった。
そのことが、わたしの中からスライムに対する嫌悪感をわずかずつではあるけど拭い去っていく。
「……いい?」
そんな状態がしばらく続いてから、理亜がその問いを口にする。
それが"気持ちいい"と"入っていい"のどちらの意味だったのか、長時間の快楽に晒されて働きを鈍らせている頭では判別ができなかった。
でも、結局はどちらでもよかったのかもしれない。
今ではもうわたしの中で、そのスライムは確かに理亜の一部になっていた。
だから、もう怖くない。
「いい、よ……んぁ!?」
わたしの答えに、理亜が突然わたしの首筋を吸い上げてくる。
音がするほど熱烈な口付け。
そして、一瞬そちらに意識をとられた隙を狙って、スライムが進入を開始した。
「はぁ……はいって、ん、あ、くるぅ……」
自分の中にあるわずかな空間。
それを生まれて初めて意識させられる。
自在に形を変えられるスライムの進入は、さっきの理亜の言葉どおり全くといっていいほど痛みを感じさせないものだった。
ただ無数の舌で体の内側から舐められるているような壮絶な感覚だけが爆発的に膨れ上がって意識を侵していく。
普段から衣服によって摩擦を受けている肌を這われるのとは根本的に違う感覚。
初めて異物と触れ合った粘膜は、突如目を覚ましたかのように桁の違う快感を生み出し始めていた。
「な、あ……んあああ!」
あの理亜が、あんなに乱れていたのも今なら自然に納得できる。
堪えられない。
こんなの堪えられるわけがない。
膣内をくまなく責め立てられるこの感覚は、本当に反則みたいに気持ちよすぎた。
軽く歯を立てられた首筋、指で挟まれ扱かれる胸の蕾、それらと合わさり混ざり合って頭を白く染め上げていく。
再びの、そして前回のものとは文字通り次元の違う絶頂が迫ってくるのが、本能的に実感できた。
「――――!!」
眼球がくるりと反転してしまったかのように、目の前が白一色に塗りつぶされる。
最初に来たのは圧倒的な解放感。
そして――、
「ん、ああ、あああああああああ!」
体内のスライムが一際強くうごめき、わたしの最も深い場所から目に見えない何かを吸い上げていく。
朝エリスに血を吸われたときにも経験した喪失感。
だけどあのときには代わりに何かが流れ込んでくるような充足感が同時にあった。
でも、これは。
ただ一方的に吸い上げられていく。
自分が自分じゃなくなるような、そんな恐怖。
この世のものとは思えないほど濃密な快楽に燃え上がっていたはずの全身が、冷水を浴びせかけられたように一瞬で体温を失っていく。
「いやあああああ!!」
口をついてでたのは紛れもない悲鳴。
「美紀!?」
わたしの異変に気づいた理亜が切羽詰った声をあげる。
その瞬間、わたしの中で何かが切り替わっていた。
※
「ごめん、ほんとに……ごめん」
胸を押し潰すような罪悪感がそのまま溢れ出しているように涙が止まらない。
理亜にすがりつくようにして謝罪の言葉を繰り返すわたしと――、
「……だから、もういい。
悪いのは私だし。
ごめん、美紀」
わたしとは対照的に穏やかな声で、それでもやっぱり謝罪の言葉を口にする理亜。
「そんな、そんなこと……」
それ以上は嗚咽に飲み込まれてまともな言葉にならない。
あとはただ、涙が枯れるまで泣き続けた。
そんなわたしを理亜は根気強く抱き締めてくれていた。
結果から言えば、わたしを人間に戻す試みは失敗に終わったということになる。
それも、頭に大のつくほどの失敗だ。
なにせわたしを人間に戻すどころか、理亜までも吸血鬼にしてしまったのだから。
泣いて泣いて泣き続けて、ようやくわたしがわずかながら落ち着きを取り戻したところで理亜が説明してくれたところによると、
絶頂と同時に魔力を吸い取られたわたしは、その失った分の魔力を調達しようとして理亜に襲い掛かったらしい。
事前にかけられていた動きを封じる魔法すら跳ね除けて彼女を押し倒したわたしは、その首筋に歯を突き立てて――。
一番恐れていた事態。
自分が他の誰かの血をすすり、わたしと同じものにしてしまう。
それも、よりにもよって一番大事な友達を。
死んでしまいたいくらいの罪悪感に襲われる。
だけど、今のわたしの体は自殺すらも許してくれない。
この罪の意識を背負ったまま、わたしはずっと生きていかなくてはいけないんだ。
※
なんて、ちょっと悲壮な決意を固めていたはずだったんだけど……。
耳をつんざく轟音とともに、まばゆい閃光が視界を埋め尽くす。
「こんなもの!」
それを軽々と回避して、そのまま蜘蛛のように天上に張り付く金髪の吸血鬼。一拍遅れて廊下の突き当たりに幾条もの雷撃が着弾し、鼓膜が破れそうなほどの爆発音を屋敷中に響かせる。
長い廊下を吹きぬける爆風。
その勢いに乗るようにして、エリスが天井を蹴って再び跳躍する。
元祖吸血鬼の冗談みたいな脚力を受けきれず、耳障りな音を立てて天井にも穴が開いた。
「ちょ、ちょっとふたりとも……」
自由落下の何倍もの速さで床に降り立ったエリス。
そこは稲妻を放ったばかりでまだ動けない、新米吸血鬼の目の前だ。
間髪いれず突き出されたエリスの腕が、理亜の体を貫いて――、
「ちっ、これも幻――!?」
その瞬間、嘘のように理亜の体が掻き消えてしまう。
もう何度も繰り返された光景。
「な、なんで、こんなことに……」
呆然と呟いたわたしの言葉が、大絶賛戦闘中の今の2人に届くはずがなかった。
聞こえてくるのは、戦闘の舞台となった哀れな屋敷があげる悲鳴のような軋みの音。
それはわたしの中の不安と同調するように、時を重ねるにつれてどんどん大きくなってきていた。
あの後、理亜の家にエリスがやってきた。
なんでも帰りが遅いからと様子を見にきたそうなんだけど――ちなみに彼女にはわたしのいる場所が大まかではあるけどわかるらしい――、その時はまさかこんな展開になるなんて思っても見なかった。
なのに、事情を説明しているうちに、なんだか妙な方向に話が転がり始めて、やがて――。
「ミキの初めてはあたしのなのに!」
炎のように猛るエリスと――、
「……泥棒猫」
氷のように切り返す理亜。
要するに、なぜか2人の吸血鬼が、よりにもよってわたしのバージンを巡って壮絶な死闘を繰り広げているというのが現在の状況だった。
わたし、別にどちらかにあげるなんて、ひとっことも言ってないのに。
そうこうしている内にも建物があげる悲鳴はますます大きくなってきている。
いくらなんでもそろそろ止めないと……。
そんな風に思ったときには、もう本当は手遅れだった。
※
あれから約1時間後。
舞台は変わって、わたしの家。
目の前では昨日からの居候であるエリスと、今日から居候になった理亜が険悪な視線を交差させていた。
その2人とミニテーブルを囲んだわたしは、激しい頭痛に見舞われていたりするわけで。
結局、2人の戦いは舞台となっていた理亜の家を全壊させることで、とりあえずの終了を見ることとなった。
倒壊に巻き込まれてようやく頭が冷えたらしいけど、それでもまだ2人はぴりぴりした空気を隠すこともなく振りまいている。
でも、あの大きなお屋敷ですら、ものの10分程度で倒壊させた2人だ。
うちなんて最初の数発で取り返しが付かなくなるのは火を見るより明らかだった。
「これから一緒に暮らしていくんだから、もうちょっと仲良くしてくれないと」
仲良く、という単語に露骨に顔をしかめるエリスと、眉をぴくんと跳ねさせる理亜。
この辺、わたしから見ればある意味似たもの同士なのに、なんで仲良くできないんだろう。
いわゆる同属嫌悪というものなのかな。
一触即発の空気を感じて、もう一度だけ釘を刺しておく。
「うちまで壊したら絶交だからね」
「……ごめん、ミキ。
あたしちょっと頭に血が上りすぎてた」
「……私も、ごめん」
絶交、という言葉が聞いたのか殊勝な言葉が2人の口を突いて出る。
その事にほっと安心していると――。
「本人をないがしろにしてたのは間違ってたわ。
やっぱり、本人の意見を尊重しないとね」
「……同感。
で、美紀はどっちが好きなの?」
「……はい?」
「……だから、私とこれ、どっち?」
「ど、どっちって、そんな……。
エリスは命の恩人だし、理亜は大事な友達だし、優劣なんて……」
「そんなので納得できると思う?」
「……優柔不断」
エリスは妙に迫力のある笑顔で詰め寄ってくるし、理亜はぼそっと非難してくる。
本当に、こんなときだけ息ぴったりだし。
思わず飲まれかかってしまったわたしは、次の瞬間エリスの口から飛び出した最悪の提案をとどめることができなかった。
それが、最大の失敗だった。
「じゃあ、どれだけミキを気持ちよくしてあげられるか、これから本人に体験してもらって、それから選んでもらうってのはどう?」
「……乗った」
「ちょ、ちょっと、エリス冗談だよね? だって相手が求めないとそういうことはしないって……」
エリスがテーブルを乗り越えてくる。
「大丈夫、膜はちゃんとミキの許可が出るまでとっとくから」
危険な笑みを浮かべて詰め寄ってくるエリスに、わたしは身の危険を感じて後ずさる。
だけど、すぐに背中が何か柔らかいものにぶつかって移動が中断させられた。
壁まではまだ結構あるはずなのに。
「って、理亜、いつのまに後ろに!?」
振り返ってみればそこではいつの間に回りこんだのか、理亜がこれまた危険な笑みを浮かべていた。
「……これなら家、壊れない」
まさに前門の虎と後門の狼に挟まれて逃げ場を失うわたし。
「ひぅん!?」
まるで申し合わせたように息のあったタイミングでエリスの手がスカートの中に、そして理亜の手が胸に宛がわれる。
押し止めようにも、わたしの手は2本しかなくて、対する向こうの手は合わせて4本。
防ぎきれるわけがなかった。
服の上からとはいえ胸を揉まれ、同時に下着越しに大事な場所を摩擦される。
「はひっ、あっ」
挙句の果てに首に、しかも左右同時に舌を這わされると全身を貫く快感を抑えきれなくなってしまう。
お腹の奥から熱い液体が滲み出していく感覚。
それはすぐにエリスに知られてしまった。
「ちょ、駄目だってば、って、エリス、中はほんとに駄目!」
「大丈夫、膜を傷つけたりしないから」
さっきの台詞を繰り返しながら、エリスは指先を下着の中にまで忍ばせてくる。
布越しじゃないぬるりとした感触に、背筋を震えが駆け抜けていった。
「……入れるのは反則」
背後からの理亜の台詞に、小さな希望の火が灯る。
だけど――。
「なによ、あんただってスライム入れたんでしょ? どうせ感覚共有させてミキの中感じてたくせに」
「……あ、あれは、コントロールするために必要だったから……」
めずらしく理亜が言葉を濁している。
「言いよどむってことはやましいことがある証拠よね。
てことで、いただきまーす。
うわ、あったかい」
「んぅぅ!?」
細いとはいえ、スライムと違って確かな形を持った指先が膣内に潜り込んでくる。
その言葉通りほんの入り口付近で進入は止めてくれたものの、それでもその存在感は強烈だった。
あまつさえ先端を鉤のように曲げてこりこりとかかれると腰が砕けてしまいそうなほどの愉悦が脳を揺さぶっていく。
「ふああ、だめぇ!?」
一段と激しくなったわたしの反応に、エリスは嬉しそうに顔をほころばせている。
一方で、背後からは理亜の不満そうな気配が伝わってきた。
理亜が息を呑むかすかな音。
それがこれまでにない危険の前兆だと、気づくべきだった。
喉の左側で爆発が起きた。
それは本当にそう思わせるほどの激感だった。
「なっ、あんた――!?」
驚いて指の動きを止めるエリス。
その見開かれた目はわたしの肩口、ちょうど理亜の顔のある位置に向けられている。
「あなははっへ、みひのひをふった」
あなただって美紀の血を吸った。
たぶんそう言っているんだろう。
聞き取りにくいのはわたしの喉に噛み付いたままで発声してるから。
って、まずい。
これは非常にまずすぎる。
快感に流されつつあった理性が、遅ればせながら警告を発しているのが自分でもわかった。
血を吸われるのは、それだけでも我を忘れてしまうほどの気持ちよさだということをわたしは今朝身をもって知ったのだ。
そんなものを、今このタイミングでやられたら。
恐れと、そしてわずかな期待が胸の中で渦を巻く。
と、そこへ――、
「そっちがその気なら――!」
不意に、硬直から解けたエリスが顔を寄せてくる。
壮絶に、嫌な予感がした。
「――――!?」
今度は首の右側で快感が爆発する。
その瞬間、わたしは悲鳴をあげていたのかもしれない。
だけど大きく開けた口から出たはずの言葉はわたしの耳には届かなかった。
視覚や聴覚が一瞬で遠のき、快楽だけに脳を埋め尽くされる。
首の左右両側から流れこんでくるエリスと理亜、2つの存在。
それらが反発しあい混ざり合い、泥のように体内に降り積もっていく。
加えて胸と膣への愛撫も中断されたわけではない。
それらは吸血による暴力的な快感に飲み込まれることなく、確かに自己の存在を主張し続けていた。
「あ、か、……はっ……」
気持ちよすぎて息もできない。
呼吸の仕方すら忘れてしまった。
苦しい。
苦しいのに、それすらも気持ちいいと感じてしまう。
ああ、おばあちゃん、今、逢いに逝きます――。