それは蒸し暑く寝苦しい夜だった。  
六畳一間の畳敷きの部屋に女が一人で寝ていた。  
部屋の中央に薄いビニール製の断熱マットとタオルケットを敷き、その上に下着姿でだらしなく横になっていた。  
暑くて邪魔なだけの毛布は足元に団子になっている。  
家具はなにもない。  
やたらと高い天井には古くなった蛍光灯が灯っており、迷い込んだ蛾がパタパタと無意味な突撃を繰り返していた。  
部屋の隅には大きな旅行鞄が口を開けており、携帯用ゲーム機とお買い得花火セット、それに女性雑誌が数冊散乱していた。  
 
「…馬鹿みたい…」  
女が呟いた。  
手に持った携帯には先ほど届いた彼氏からのメールが表示されていた。  
<ゴメン。急な仕事で今日は無理。明日の朝イチに車でそっち行く。ホントにゴメン>  
21:05を示す現在時刻の横には<圏外>のマークがオマケでついていた。  
電波の届く所は、明かりのない夜道を歩いて10分は掛かる管理棟の周辺だけだ。  
 
「…馬鹿みたい…」  
再び彼女は呟いた。  
不貞寝する彼女の枕元には、管理棟で渡されたチラシが落ちていた。  
<○×温泉:夏期営業時間のご案内: 朝7:00〜夜9:00 最終入場は閉館30分前まで…>  
なんで朝7時から開いているのに、夜は9時で閉まってしまうのだろう。  
これが田舎の常識なのだろうか?  
もう1時間遅くまで開いていれば間に合ったのに…。  
いや彼からのメールが届くのがもう30分早ければ、さっさと温泉に行っていたのに…。  
 
「…馬っ鹿みたいっ!!…」  
突然大声で叫んでみても、そこは静かな湖畔に面したバンガローの部屋だ。  
彼女以外にはマヌケな蛾が一匹だけ…驚いてくれる人もいない。  
 
 
彼女は、一月前に彼氏が予約したバンガローで、一泊する予定だった。  
何もない大自然の真ん中でのんびりと一緒に連休を過ごすつもりだった。  
近場の温泉に入り、夜は二人で花火をして、そしてバンガローに戻ったら思いっきり楽しむつもりだった。  
でもいったい一人でどうしろと言うのだろう?  
いい年をした女が、独りで花火をするほど寂しいことはない。  
何が悲しくてバスで2時間も掛けてこんな所まできたのだろう?  
クーラーもない蒸し暑い部屋でゲームと雑誌で時間を潰すだけなら、家でテレビでも見ていた方が遥かにマシだ。  
 
だからといって帰ろうにも最終のバスはとっくに出ていた。  
することもないので横になっていると、じっとり汗が滲み出てきて、わきの下を垂れ落ちるのが鬱陶しい。  
せめて濡らしたタオルで身体を拭きたいところだが、水道は管理棟にしかない。  
ただでさえ生理が近くなってイライラしているというのに、全てが思い通りにいかない。  
彼女はもう何もかもが嫌になってきた。  
 
 
ここでふと彼女は思いついた。  
水ならばすぐそばにあるではないか…と。  
彼女は飛び起きると旅行鞄をあさりはじめ、中から真っ白い水着を取り出した。  
そして下着を脱ぐと手早く着替えを済ませた。  
 
下品にならない程度に抑えてはあるが、少々過激なカッティングの水着はしなやかな肉体を惹き立たせた。  
彼女は一度としてブスと罵られたことはないが、今ひとつ地味でパッとしないことは自覚している。  
しかし身体は別だ。  
彼女は普段からスポーツクラブに通い、体型の維持に苦心している。  
低めの鼻はどうしようもないが、腰のくびれは努力次第でどうにでもなる。  
おかげで強調された胸は一回り大きく見えて、グラビアアイドルにも負ける気はしない。  
普段はスーツに隠れてしまう引き締まった太ももが、プールで男達の視線を集めているのも十分承知している。  
 
彼女はこの水着を着る為に無駄毛の処理をしてはいたが、念のためにはみ出ていないかを今一度確認した。  
しかしすぐに彼女は自嘲的な笑みを浮かべた。  
こんな夜更けに一体誰がそんなことを気にするというのだろう?  
バスタオルと懐中電灯を手にすると、サンダルを履いて彼女は湖に向かった。  
 
 
こんなに暑い夜でも、湖から吹く風は少しだけ涼しかった。  
彼女はバスタオルを近くの木の枝にかけ、そのそばに脱いだサンダルに懐中電灯を置いた。  
目が慣れてしまえば、月明かりでも十分に周囲が見える。  
砂浜とはいかないが、細かな砂利は裸足で歩いても痛くはなかった。  
穏やかに寄せては返す細波が、程よく冷たくて足に気持ちよい。  
 
彼女はそのまま深みへと進んでいき、脚が届かなくなったところで平泳ぎを始めた。  
長めの髪はゴム紐で括ってはあるが、クロールでもしようものなら腕に絡んで泳ぎようがない。  
その点、平泳ぎならばそれほど問題はないし、水に顔をつけずに泳げるので楽だ。  
こんな夜遅くに誰も見ていない所で泳ぐのが危険なことは、彼女も分かってはいた。  
しかし自分でも馬鹿なことをしているとは感じながらも、彼女はどんどん沖へと泳いでいった。  
これ位の冒険でもしないと、クサクサした気分が晴れないと思ったからだった。  
 
適当な所で仰向けになると、彼女は水に身体を預けた。  
海と違ってほとんど波はなく、脱力さえすればいつまでも浮いていられた。  
ベタつく汗もとっくに流れ落ち、自分の髪が水中でゆらゆらと揺れる感触が心地よい。  
高く昇った青白い月とゆっくりと流れる雲を眺めていると、さっきまでのイライラがどこかへ溶けて消えていった。  
…まぁタマにはこんな休みもいいかな…。  
このとき彼女はそう思い始めていた。  
 
 
10分位はそうして浮かんでいたのだろうか。  
不意に彼女の指先に触れたものがあった。  
「何っ!?」  
一瞬、魚でも触ったのかと思った。  
すると今度はそれは彼女の太ももに身体を擦り付けて、離れていった。  
その時に感じた大きさは、普通の魚ではありえないものだった。  
 
慌てて彼女は身体を起こすと、立ち泳ぎをしながら周囲を見渡した。  
すると数メートル先に何かが動く波紋が現れ、三角形のヒレが頭を出した。  
暗くてよくは見えないが、水中にはかなり大きな生き物が居るらしい。  
 
「サメっ!?」  
海ならともかく湖に鮫がいるはずはないが、パニックを起こした彼女にそこまで気づく余裕はなかった。  
そもそも鮫でなかったとして、思い当たる生き物があるはずもない。  
とにかく岸へ戻ろうと思ったが、激しくバタ足をするとすぐに噛み付かれそうな気がして怖かった。  
それで彼女はそろりそろりと平泳ぎで岸へ向かって泳ぎはじめた。  
 
すると三角形のヒレが彼女の先回りをするように、彼女の前へと動いた。  
彼女が方向転換をすると、やはりその前を塞ぐようにヒレは動く。  
何度か繰り返しているうちに、気がつくとヒレは彼女の周りをゆっくりと円を描く様に動いていた。  
彼女の脳裏に昔に見たテレビの内容が浮かび上がる。  
鮫は獲物の周りをぐるぐると回ってから突然噛み付いて来ると…。  
 
恐怖に身体が竦むと同時に、いきなり脚が動かなくなり激痛が走る。  
噛まれたわけではない…緊張のあまり、脚が攣ったのだった。  
落ち着いている状態ならなんとかなったのだろうが、今この時にはどうしようもない。  
脚の止まった彼女の身体はすぐに沈み、潜る前に十分吸い込めなかっただけに、止めている息もすぐに苦しくなった。  
肺が焼けるように熱く、少し水の入った鼻がツンと痛んだ。  
何とか水面に顔を出そうともがいてはみるが、暗闇の中ではどちらが上かさえも定かではない。  
 
やがて酸欠を起こした彼女の目の中に点滅をする星が現れ始めた。  
そしてすぐに彼女の意識は薄れていったが、最後の一瞬に自分へ近寄る大きな影を見た。  
 
 
…チャプリ…チャプリ…チャプリ…  
細波が耳元で音を立てている。  
薄く開けた目に、天井の細い隙間から月の光が差し込んでいた。  
どうやらここは水際にある洞窟のような所らしかった。  
 
…チャプリ…チャプチャプリ…チャプチャプ…  
波のリズムを外れた音が聞こえる。  
大きな生き物が動く気配を感じて、女はハッと目を覚ました。  
見るとすぐそば…数メートル先に、巨大なウナギのようなものが頭をもたげていた。  
逆光で見えにくいが、2メートル以上はあるウナギが、水中の大きな岩から抜け出てきて、宙に向かって昇っている。  
 
不意に岩そのものが動いた。  
…違った…岩に見えたのが胴体で、大蛇のように長い首を持った生き物なのだった。  
「ひぃっ!」  
女は悲鳴をあげようとして、喉を詰まらせた。  
何とか背後の陸上へ戻ろうとジタバタするものの、腰が抜けてしまったのか、うまく脚が動かない。  
苦労して腕だけで後ずさった所で、何かが足首に絡みつき再び腰まで水中に引き込まれた。  
 
突然長い首とその先についたトカゲのような頭が近づいてくると、ベロリと彼女の頬を舐めた。  
もうそれだけで彼女は卒倒しそうになった。  
怪物の身体の表面はヌメヌメと黒光りをしていて、生理的嫌悪を誘った。  
そして大蛇の口からは鞭のように伸びた舌が、シュルシュルと踊り回っていた。  
 
 
動けなくなった彼女の首に、その赤黒い舌が伸びてきた。  
舌は日に焼けていない彼女の白い喉元にくるりと巻きつくと、そのままチロチロと顎の下をくすぐった。  
その舌は涎らしきものでぬるぬるしていた。  
それにも関わらず表面は細かな毛か棘のようなものが生えているようで、ザラザラとした感触がした。  
そしてぬたつく涎の跡を残して、すばやく怪物の口元に吸い込まれるように戻っていった。  
 
再びゆっくりと彼女へと向かう舌であったが、今度は途中で方向転換をすると、彼女の胸元へと進んでいった。  
「い…いやぁっ!」  
舌は彼女の胸の谷間に開いた隙間から、水着の下へと入り込んでいく。  
伸縮性のある布地の下を、ヘビのように這っていく様子が彼女にもはっきりと見て取れた。  
舌はくねくねと蛇行しながら大きく曲がると、腰のくびれに沿って後ろに回る。  
そのまま尻肉の間を割り、会陰部を通って、秘裂の上を這い上がった。  
水着の布を押し上げながら腹部へと昇ってくる様子は、まるで彼女の股間に歪なペニスが生えてくるようであった。  
 
ヘソの上でビチビチと跳ね回り始めた舌が微妙な振動を股間に与え、やはりそこにもヌラヌラとしたものを塗りつける。  
それはしばらく不快な刺激を与えて続けていたかと思うと、いきなりまたシュルリと怪物の口へと引き戻された。  
「…っひゃん」  
彼女の口から小さな悲鳴が漏れた。  
すばやく引き戻された舌が、彼女の陰核と陰裂、そして通り過ぎてきた全ての場所を擦りあげたからだった。  
 

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