負けた…完全に負けた。敵に手玉に取られ何もさせてもらえなかった。
敗北した後のことは鮮明に覚えている。屈辱的な陵辱をえて子宮に卵を産み付けられ、精液も注ぎ込まれた
多少の覚悟はしていたつもり…負けたらどうなるかも解っていた。だが実際に汚されるのとそうでないのとは全く違う
霞もこんな気持ちになったのだろうか。そう思うと気持ちがまた沈んでいく
『う、う〜ん』
目を覚ます。目覚めは最悪だ、というより自分はいつ眠ったのか?それにここは自分のベッドではない。記憶の限りでは病室のベッドだと思われる
『夢……だったの?』
その考えは真っ先に否定された。まず下腹部が違和感を訴え、その場所に目をやると其処には妊婦のように膨らんだ自分のお腹が存在していたのだから
『あ……(やっぱり…現実だったんだ……)』
突き付けられる容赦ない残酷な現実。今、ここに異種の…デスパイアの幼生が蠢いているのだろう。そう想像しただけで頬を一筋、涙が流れる
『アカネ……』
ふと横から弱弱しい声が聞こえてくる。普段よく耳にしている声だというのに初めての声のように聴こえた。
『玲奈先輩……』
その声の主は隣のベッドで上体を起こしてこちらに話しかける。その表情は暗く、いや、暗すぎて別人のようだ。恐らく自分もこんな表情をしているのだろう
玲奈の腹部も同じように大きく膨れあがっている。どのような命運を辿ったか一目で理解できてしまう
『玲奈先輩も…その……卵を?』
おずおずと尋ねる…触れるべきことではないかもしれないが、聞かずにはいられなかった
『ええ……私は…お尻に…』
まるでそれ以上は言えないとでも言わんばかりに口を閉じる。さらに表情は落ち込み、重い空気が流れていく
『アカネちゃん!!玲奈先輩!!』
そのとき部屋のドアが開かれ、よく知った人物が声を上げた。両手には洗面器とタオルが入っており、自分たちの世話をするつもりだったのが見て取れる
すぐさま二人の下に駆け寄る。本気で心配していたのだろう
『良かった……二人とも助かって…』
良かった…とは言えないかもしれないが、この時代では一度敗北したエンジェルが救助されるということは珍しいことなのだ
20年前に比べてデスパイアの数に対してエンジェルの数が圧倒的に少なく、さらにエンジェルの質まで低下している。
救助には少なくとも敗北したエンジェルよりも強い者を派遣する必要がある。だが人手は全く足りておらず、各地の防戦で手一杯なのだ
この間に捕えたエンジェルを用いて繁殖を行うデスパイア…これが現状。人類の対デスパイア戦線は完全な悪循環に陥っていた
アカネ達のように部隊全員が敗北して全員救助されるというのは奇跡に近いことだった
『そうね…助けてくれてありがとう……霞』
重い空気から暖かい空気に変わった
……………
………
…
『それで…お、お腹の治療なんだけど…』
霞は椅子に座り、下を見つつ表情を朱に染めながら今の二人にとって最も重要な話題を切り出す
『そ、そう!速く治療して欲しいんだけど…』
慌てたように返答するアカネ、何しろ今現在も卵は成長を続けているのだから。
たとえ治療に男性の精液を膣内に注入する必要があったとしても、デスパイアの子孫を出産するより数段マシだ
『おかしいわね…普通は救助されて直ぐに治療が施されるハズ…私達が眠っている間に何故済まさなかったの?』
疑問も浮かぶだろう…玲奈の言うとおり通常なら治療されているはずなのだ。けれど今の二人は出産が近いお腹なのだから
『実は…そのことでデスパイア研究班からお願いがあったの……』
言いにくそうに話す霞…あまり良い内容ではないだろう
『あの…研究サンプルとして……受精卵と…デスパイアの赤ちゃんを提供して欲しいらしいの……』
確かにそれらが手に入れば研究が捗り、ひいては人類のためになるだろう。
『も、もちろん拒否権はあるから!!命令ではなくてお願いらしいからね!』
霞としても拒否権を行使して欲しかった。人類のためとはいえ、これは酷すぎる…
『霞…私はダメ…いくらなんでも…それはできないよ……』
『私も無理よ…研究部に文句の一つでも言いたくなるわ…』
当然だ…異種の仔など産めるものではない
『よかった…それじゃあ、治療を始めるね』
霞は席を立ち、医務室の引き出しからあるモノを取り出す。何か背後に不気味なオーラが見えるのは気のせいだろう
『二人とも…四つん這いになってお尻を突き出してね…』
振り返った霞の手には白い液体の入った極太の注射器が二本。なぜか眩しい笑顔を振りまきながら迫ってくる
悲鳴とも嬌声とも取れる声がこだまする昼下がりの医務室…
とある少女の証言によると『あれは新種のデスパイアだよ!!』だそうだ。
といっても施設内にデスパイアなどいるはずもない。謎は謎のままにしておくのが一番のようだ
2日後―――
本日より霞の休暇が終了し、現場に復帰することとなる。とは言っても休暇の後半は隊の被害者の看護や自主訓練を行っていたために大した変化はない
さらにアカネと玲奈も身体と魔力が癒え、同時に現場に復帰という形となった。
この二人は霞とは違って直ぐに立ち直った
今は訓練中。ここ数日玲奈の頭の中は、ある疑問が支配していた…
『霞…そういえば私達を助けた時のあなたの攻撃……相当な威力だったのだけど一体なにを?』
思い切って疑問をぶつける。この部隊の攻撃力はアカネを筆頭に次に玲奈、最後に霞の順だったはずである。
だというのに自分の切り札の攻撃でもヒビを入れるに留まった敵の表皮を完全に打ち貫いたのだから
『えっと…それは上手く言えないんですけど…武器に魔力と気持ちを注ぎ込むというか……』
抽象的なことばかりで要領を得ない…まあ無理もないのだろう
『私もやろうと思ってやったわけではないんです……とりあえずやってみますね…』
キィィィィィン
微かな音と共に霞の狙撃銃が光りだし、それと同時に形状を変えていく。その光景にアカネと玲奈は目を丸くしてしまう
『こんな感じです。一度出来てしまえば自転車に乗るみたいで後は簡単ですよ』
変形を完了させた霞の銃は口径が全く違う。狙撃銃というより狙撃バズーカと呼んだ方が妥当かもしれない
この武器ならばデスパイアを一撃で葬ることも納得だ
『でも、これで攻撃すると魔力の消費が半端ではないんです。実際”あの日”はアレだけで変身限界が来ましたから…』
当然ながらメリットもあればデメリットもある。今回の代償は魔力の浪費だろう
『これで説明は終わりです。アカネちゃんも玲奈先輩もやってみてはいかがです?』
ビィー!!!!ビィー!!!!ビィー!!!!ビィー!!!!ビィー!!!!ビィー!!!!ビィー!!!!ビィー!!!!
デスパイアは待ってはくれない。この時、三人は再び絶望を味わうことになることを予想していただろうか?
ビィー!!!!ビィー!!!!ビィー!!!!ビィー!!!!ビィー!!!!ビィー!!!!ビィー!!!!ビィー!!!!
鳴り響く警報、一瞬で戦士の顔になるエンジェル部隊。コンマ一秒を競うかのように現場に向かう
もう過去に受けた惨劇など頭には無い。今はただ一刻も早くデスパイアを倒すことだけを考えていた
なんとか現場に辿り着く。其処はまさに阿鼻叫喚、地獄絵図とはこれを指すのだろう
一部分だけ大地震に遭遇したかのように廃墟となっている。建物は根元から崩れ人が物のように転がる
ただ大地震による災害と違うのが転がっている被害者が裸だということと、むせ返るような性臭、さらに被害者は若い女性のみ。しかも例外なくお腹が膨らんでいた
3人は被害者を見据えて知らず知らず歯を食いしばる。燃えるような怒りが湧き上がってくるのが自分でも分かった
「よう、やっと到着かい?エンジェル部隊さん」
声のする方を見ると上半身は成人の男性、下半身はイソギンチャクを逆さにしたような身体をした怪物
これは恐らくデスパイアの中で最高位と呼ばれる融合型だ
融合型とはデスパイアと人間同士で波長が合った者が合体してしまった固体を指す。
知能は人間のものを使用し、用いるデスパイアの力も融合により増大してしまう。はっきり言って最悪の敵だ
『アカネ、霞、こいつは今までのとはレベルが違うわ…油断しないで』
デスパイアの醸し出す雰囲気や口調、容姿から融合型だと判断したのだろう。玲奈の表情にも若干の焦りが見える
『(慎重に…相手の戦力が判らないことには…)』
作戦を練る玲奈。アカネはいつでも突撃可能な体勢、霞も既に銃を構えて臨戦態勢だ
『ひとまずいつものパターンで仕掛けるわ!…霞、アレは温存して』
玲奈の指示とともに一触即発の空気が一気に弾けた!!
いつもの様に接近を試みるアカネとそれをフォローする霞、二人の間でバランスを取る玲奈。そしてそれを迎え撃つ触手の群れ
だが、融合型といえども単純に攻撃力と耐久力が上がるものであり、動きが良くなるものではない
もうアカネは二人の援護のおかげで必殺の間合いに入り込んでいた
『必殺!!シャイニングナックル!!!!!!』
放たれる必殺拳。轟音と共に光の渦が辺りを包む
いつもならここで戦闘は終了する。だが後方の二人の表情は緩むことはない。今回は相手が相手なのだから
数秒で光は収まっていく。だが、それよりも早く霞と玲奈の前に突撃娘が吹っ飛ばされて来たのだった。何が起こったのだろうか?
『いった〜〜い!!何だよアレ!!』
直ぐに体勢を立て直して立ち上がるアカネ、だが恐らく触手の一撃を受けたのだろう。彼女の制服が一部破り取られたかのようになっていた
『霞、玲奈先輩、絶対に攻撃に当たったらダメ。咄嗟にガードできたけどこのダメージだから…』
よく見ると彼女のナックルに大きな亀裂が走っているではないか。もし直撃を受けたなら…想像は容易にできる
「どうした〜終わりか〜〜?」
デスパイアの軽口が聞こえてくる。光が完全に収まり敵の姿を確認する
どうやらダメージは全く無いようだ。部隊内で最大の攻撃力を誇るシャイニングナックルでさえ無理ならばどうしろというのか
『玲奈先輩…私がアレを使えば……』
霞が切り札の使用を提案する。だが玲奈は直ぐには答えない
『待って……アカネ、私たちもアレをやるわよ。そして同時に叩き込む』
驚愕の作戦…それは未だやったことの無い武装の強化かつ同時攻撃。これ程の賭けがあるだろうか?
しかし、強力すぎる相手には手段など選んではいられない
『玲奈先輩!!正気!?』
アカネは聞き返すが彼女の表情に揺るぎは無い。普段の冷静な彼女のままだ。つまり、これは適切な判断なのだろう
『覚悟を決めて…』
やるしかない…三人は今までにない真っ直ぐな表情だ
キィィィィィィィィィン
それぞれ手にした得物が光を発する。その光は武器を包み、形を変化させていく
魔力を…想いを込めて
やがて光は収束し変形を完了させる。一発勝負のアカネと玲奈の二人も成功させることができた
霞は前回と同じ超大口径狙撃銃、通称狙撃バズーカ
玲奈の槍は刃の部分が自身の背丈ほど巨大化を果たす。古代における斬馬頭に似ているとも言えなくもない
そしてアカネのナックルは篭手のようには肘までカバーされ、手の甲から肘にかけて筒のようなものが存在していた
『行くわよ!!!』
玲奈の掛け声と共に三人とも突撃を開始する。当然触手の群れが迎撃の為に襲い掛かるが強化された武器を一振りするだけで全て消え去った。強化の恩恵を強く感じる
直ぐに触手は再生するがその僅かなタイムラグがあれば充分
『バスターショット!!』
大口径の銃から極太のエネルギーの柱が射出されデスパイアを捉える
『ザンバーストライク!!』
身の丈並みの巨大な刃を振り回し、怯んだデスパイアに追い討ちをかける。あと一撃…
『これで終わりだよ!!』
ゼロ距離に対峙するアカネとデスパイア。彼が顔を引き攣らせるよりも先に拳を胴体にめり込ませる!!
襲い掛かるのは必殺の一撃
『シャイニング…バンカーーーーーーー!!!!!!!!』
腕の甲の部分に設置された筒が爆発音と共に作動し、岩盤採掘用のパイルバンカーの如く敵を文字通り討ち貫いた
威力も光の量も以前とは比べ物にならず、今度こそデスパイアは四散して絶命する
光が収まり、視界が元に戻ると其処には魔力を使い果たしたエンジェル達が倒れるように座り込んでいた
どうやら武器強化状態での必殺技は彼女らの魔力と体力を根こそぎ奪うものらしい
『二人とも…無事?』
二人の妹のような存在を気遣う声
『な…なんとか…』
『ハハ…しばらく動けそうにないや』
全員満身創痍な状態。しばらく休憩した後帰還しようと思い、玲奈が言葉を発しようとしたその時
ドクンッ
『『『………ッ』』』
三人同時に息を呑む。何度も感じたデスパイアの反応、しかも圧倒的に近く三体いる!
『まさか…囲まれている!?』
その通り…デスパイアは彼女らを中心に展開を完了していた。あとは動けない天使達を捕え、剥し、辱めるのみ
やがてデスパイア達を肉眼で確認できるようになり、天使達は一人ずつ触手に絡めとられていく
『このっ……やめてよ!!』
アカネの嘆きとも抗議ともとれる声もむなしく完全に脱出不可能となってしまった三人
『えっ!?…そんな、何処に行くんですか!』
霞が思わず声を上げる。それは彼等のとった行動が意外であったから
何故ならデスパイア達は自分達それぞれの巣に向かって移動を開始したのだ。普段なら捕えたその場で宴は始まるのだが今回はそれをしない。彼らも知恵を着けてきているとでもいうのか
『アカネ!!霞!!くっ…放しなさい!!』
声を荒げても無駄。三人はそれぞれの方向に向かって移動を強制され、どんどん距離が離れていく
この時……これが今生の別れだと誰が思っただろうか…………