滅多に利用者のいない公園。その中にある利用者のいない公衆トイレ。
ここにはお化けが出る、などという噂話が、学校で流れていた。
蛇だか蛸だかの怪物があらわれて、体中ににょろにょろと巻きつかれて襲われる……といった話で、いたずら好きな男子生徒が女子をおどかして回っている。
そんな話を思い出しながら、おさげ髪に眼鏡といったいでたちの、まだあどけない少女が、そのくだんのトイレの前で立ち往生していた。
少女――ヨシミは、学校の帰りに、急な尿意を催していた。
なんとか我慢しながら歩いていたが、とても家に帰り着くまでに耐え切れそうにない。
そして、いつもその前を通っていた、通学路の途中にある公園――といっても遊具の類がなく、鬱蒼と茂る植樹とベンチしかないため、子供もあまり遊ばない――にトイレが設置してあったのを思い出し、そのトイレの前まで来ていた。
しかし、つい先日、怪談――ともなんともしれない話を男子生徒から聞かされていたため、そのトイレを目前にして足がすくんでいた。
「うぅ……。どうしよ。お、お化けとか苦手なのにぃ」
ちょっと半泣き顔で、一人ごちるヨシミ。
足を内股気味に曲げ、もじもじと体をゆすっている。
もう、尿意を我慢するのに限界を迎えてきている。
幼稚園の頃ではあるまいし、いい加減、外でお漏らしなどして許されるわけない。
お化けや怪物なんていうものは、本の中やテレビの中にしかいないものだって、わかってる。
そんなものに怯えるより、パンツをビショビショにしてお母さんに叱られる――いや、下手をすると家に帰り着く前に同級生の子に見られて、『お漏らし娘』などという噂を立てられたりするようなことがあっては、こちらの方が大変だ。
ヨシミは、ごくり、とつばを飲み込むと、意を決すると、そのトイレの中に入っていった。
ばたん、と個室のドアを閉める。
そして、大急ぎでスカートをたくし上げ、パンダの絵柄がプリントされたパンツを引きおろし、あまり清潔な状態であるとは言いがたい和式の便器にまたがる。
――プシャアアアア
無毛の秘裂から、黄金色の飛沫が勢いよく飛び出す。
「……はあぁぁ」
思わず、ため息が出る。気づかない内に、かなりの量を溜め込んでいたらしい。
ぴっ、ぴっ、と最後の一滴まで出し切る。
そして、秘所を拭こうとランドセルからちり紙を出そうとした時だった。
ぬるり
右の足首を、生暖かい何かがつかんだ。
「――――!?」
一瞬のことに、声にならない悲鳴をあげるヨシミ。
そして――おそるおそる自分の右足を見てみる。
――そこには蛇とも蛸の足とも知れない、赤黒い体色の生き物が巻き付いていた。
その生き物は、自分が今またがっている、便器の中から生えてきていた。
「あ……あ…………な、何これ?」
あまりのことに気が動転するヨシミ。
しかし、すぐに、これが噂の怪物ではないか、と思い至る。
「きゃーーーーーっ! た……助けてっ!」
叫ぶが早いか、立ち上がって逃げようとする。
が、その刹那――便器の中からしゅるりともう一本の怪物――触手が出てきて、左の足首に巻きついた。
そして、二本ともがギリリと両の足首を締め付けてくる。逃げ出そうにも、足を動かすことすらままならない。
「あ、ああ…………や、やだっ! やめて、離してよっ!!」
必死に身をもがかせるがやはりビクともしない。
ズルリ――――そして、三本目の触手が便器の中から現れる。
その触手は他の二本と違い、先の部分が膨れ上がってかつ尖っており、イチジク浣腸のような形をしていた。
それが、ヌラヌラと粘液質のてかりを見せながら、ヨシミの秘裂へと先端部分を近づけてくる。
「……なにするの? やめて! だれか……助けて!!」
声を限りに叫んでみるが、答えるものは誰もいなかった。
くちゅっ――湿った音を立てて、その触手の先端とヨシミの秘裂が触れ合う。
その感触に、ヨシミの背筋におぞけが走る。
「ひっ! ……やだよぅ…………お願いだから……助けて」
あまりの恐怖に抵抗する声もか細くなる。もっとも、そもそも言葉など理解できる相手でもないのだろうが。
触手は、ヌメヌメとなめまわすようにヨシミの秘裂をまさぐっている。
その感触にヨシミは途方もない嫌悪感を感じていたが、やがて触手がぴたと動きを止めた。
触手がヨシミの膣口の部分を探り当てたのだった。
ヌププッ!
触手が、ヨシミの膣内に押し入り始めた。
「ああっ! やっ! そこ、おしっこするとこ……ダメ!」
ヨシミが、自分の異様な感覚に痛切な悲鳴を上げる。
触手は弾力性に富んでおり、さらにぬめり気を帯びているために、膣壁の狭さにあまり逆らうことなく、ヨシミの膣内にもぐりこむ。
が、すぐさま、処女膜にそれ以上の進入を阻まれる。
それを意に介するでもなく、触手は処女膜を引き裂いて、さらに奥へとその身を送り込む。
「――――かはっ!?」
感じたことのない類の苦痛に、ヨシミはその身をわななかせる。
見ると、自分の秘所から出た血が、触手の体を伝って降りている。
(ああ――! 血が出てる――! お、お股からこのお化けに食べられてるんだ!)
自分が、生きたまま食われているものと錯覚したヨシミは、いい知れぬ恐怖を覚える。
ちょろろ――と、恐怖のあまりにゆるんだ尿道から、わずかばかり失禁する。
やがて、触手はそれ以上進めない、子宮口の入り口に到達した。挿入から十数秒のことだが、ヨシミにはもっと長い時間のように感じられていた。
(いやだよ! し、死にたくない! やめて! やめてやめて! お願い助けて!)
唇は強張り、ヨシミの悲鳴はすでに声にはなっていない。
しかし、触手は最奥に達した時点で動きを止めていた。
(あれ――? 動かなくなった?)
自分が食べられていると思っていたが違うのだろうか。
と、安心しかけたところで、再び触手に動きがあった。
触手の根の方が膨れ上がっていた。
だが、その膨れた部分は、段々と上にあがってきており――つまり、ヨシミの秘所に近づいてきている。むしろ、膨れているというより、触手の内側を何かが進んでいるようだ。
(うわ…………何これ……? な、何か……変なの入れようとしてる?)
ずずず……。
やがて、それが触手と膣口との結合部にまで差し掛かった。
(だ、だめ……! そ、そこ、おしっこ出るとこだよ! 何も入らないよ!)
その願いが通じたのか、その膨らみはそこで停止している。
いや、よく見ると違う。見ているうちに一回り、二回りと縮んでいっている。
内容物を、少量ずつ送り込んでいるのだ。
(何……!? 一体、何を入れられてるの!?)
やがて、自分の腹部に、異様な温度を感じ始めた。
熱、というほどのものでもないが、自分自身が持つ体温とは明らかに温度差がある何か。
(あ、いや…………お腹の中、変なの入れられてる……! だ、段々、量が増えてる!)
触手と膣の結合部の、膨らんでいる部分がしぼむにつれて、反比例して質量を増していく、自分の体内の異物感。
触手はゆっくりと、しかし着々とその内容物をヨシミの子宮に送り込み続けていたが、やがて、その中身を全て送り終えたようだった。
そして――――じゅぽっ。
粘りつくような音を立てて、触手が唐突にヨシミの膣からその身を引き抜いた。
ドブッ、ドロロロ……。
触手が身を引き抜くなり、ヨシミの膣口から白濁した粘液があふれ出てきた。
(うわ…………なに…………この気持ちわるいの……こんなの出されてたんだ)
自分の秘所から流れ出るものを見ながら、しばし立ち尽くすヨシミ。
とぷん。
水音が一つした。
気がつくと、触手の姿がない。あの便器の中に、また戻ったのだろう。
「…………」
ヨシミは、やがて、一つ、コクとつばを飲み下すと、便器の排水コックを押し下げた。
――ジャアアアアア。
勢いよく流れていく水。おそらく、あの怪物もこれで流されていったはず。
そんなことを考えていると、なんとなく安心できたヨシミは、股間の粘液を拭うことすらせず、急いでパンツを履くと、個室のドアを勢いよく開け、駆け足でそのトイレを後にした。
ヨシミはそれから、家に帰り着くなりシャワーを浴び股間を念入りに洗った。
洗っている間にも、自分の股間からは白濁した液があふれてきて、そこを洗うだけで二十分はかけた。
粘液でギトギトに汚れたパンツは、洗濯するべきかとも思ったが、なぜかこれを母親に見られると怒られるのではないか、という考えが浮かんできたため、台所の生ごみ用のゴミ箱の中に丸めて放り込んだ。
パンダの柄は気に入っていたが、仕方がない。
翌日――――。
ヨシミは学校に登校していた。
昨日の、公衆トイレでのことは、両親には話していない。
そして、担任の教師にも、仲のよい友達にも話せそうにない。
怪物を見た、というだけならともかく、その怪物に自分の、人には見せたりしてはいけない、とされている、何か人としてのタブーのような部分をいじられ、しかも得体のしれない液で汚された……。
こういう話は、人に聞かせてはいけないのではないか、そんな強迫観念のようなものがあるためだ。
昨日のことは、悪い夢、そう、”まぼろし”というものに違いないと思いこみながら、ヨシミは昨日のことは忘れ、つとめて普段通りに振舞うことにした。
一時間目の算数、二時間目の社会までは、過ぎた。
しかし、三時間目の体育の際、それは起こった。
「どうしたの? おなか押さえて……気分わるいの?」
担任教師が心配げに、ヨシミの顔をのぞきこむ。
ヨシミは今はTシャツにスパッツの姿でいる。眼鏡ははずして教室においてあるが、髪はおさげのままだ。
いつも体育の時は、始めにウォームアップのために校庭を一周走ることになっているのだが、ヨシミは突然、腹痛のようなものを覚え、途中で列を外れてへたり込んでいた。
「う…………せんせぇ、おトイレ行きたい」
教師は困ったような顔でまた聞く。
「トイレ? いいけど……大丈夫? 一人で行ける?」
その問いにヨシミはうなずく。先生同伴でトイレなど行ったら、クラスの子に笑われる。
ヨシミは急いで、校舎に戻った。入ったのは校舎の東側。そちらの方が近かったためだ。
この学校の校舎は西側に低学年の教室があり、東に行くほど高学年の教室、となっている。
我慢できそうにないので、ヨシミは普段は上級生たちが使っているトイレを借りることにした。もっとも、授業時間中なので、トイレも廊下もどのみち無人であるため、特に臆することなく入ることができた。
個室のドアを閉め、スパッツとパンツを一度にひき下ろす。
そして、便器にまたがる。
あの公園と同じで、学校のトイレも和式。一瞬、昨日の光景が脳裏をよぎるが、そんなことを気にしている余裕もない。
ちろろ…………。
小水がわずかにこぼれた。しかし、後ろの方が出ない。
そもそも、朝に大便の方は済ませており、腹痛を覚えるほどお腹に内容物があるはずがないのだ。
いぶかしく思いながらも、しかし現に自分の感覚はお腹の中のものを出したがるような、そんな感覚を訴えている。
が、すぐに、自分のその感覚を訴える中心となっている器官が、肛門ではないことに気がつく。
それは前の方、自分では尿をするための場所という意識しかない部分から沸き起こっていた。
「あ…………あれ? おしっこ……もう出ないのに……でも、なんか出そう……」
ヨシミは自分の股間に意識を集中させる。
どうも、尿が出る位置よりは、若干、後ろ側に位置する部分に違和感がある。
――たった今、尿を出してヨシミは気づいた。昨日、怪物にいじられて変なものを入れられたのは、尿をするための部分とは微妙に違っていた。
そして今、違和感を感じているのは、まさにその部位だった。
「う…………ん……はっ! あ、なんか出る……出そう…………あ、出る!」
思い切りいきむと、ぽとり、と何かが便器の硬い陶器に何かが落ちた音がした。
「――――?」
中を覗き込んでみると、ビー球くらいの大きさの、紫色をした球体が転がっていた。
それは何かネトネトした糸の様なもので自分の、それを排出したと思われる部分、つまり膣とつながっていた。
そして、一つが出たためか、堰を切ったように、膣口から次々と、その球体がひり出されてくる。
むり、ぽとり、むり、ぽとり、むり、ぽとり。
何分くらいかかっただろうか。
便器の中には、細長い粘性の糸のようなもので数珠つながりになった、紫色の球体が十数個ほど転がっていた。
「な、なんだろう、これ…………どこかで見たことあるような」
考えて、ヨシミは思いついた。理科の教科書に載っていた、カエルの卵が、これは似ていた。
「え…………!? じゃあ、これ……卵!?」
ヨシミは息を呑む。
一体、何の卵だろうか?
決まっている。たった今それをひり出した部分は、つい昨日、あの気味の悪い怪物に汚されたではないか。
「どうしよう……! これ…………あのお化けの卵だ! わたし……お、お化けのママになっちゃった」
ヨシミはしばし、愕然としていたが、やがて、意を決するように、水洗コックに手を伸ばす。
そうだ、流してしまえ。トイレというのは、汚いものはここに流してしまえば、それでなくなる、消滅する場所だ。
流してしまえば、この変な卵も消えてなくなる。
ヨシミは、そのままコックを押し下げた。
ジャアアア……という水音とともに、その卵はまるで抗う様子は見せず、便器の中に飲み込まれていった。
ヨシミは、すぐさま下着とスパッツを引き上げると、そのトイレを後に駆け出した。
一週間後、ある日の休み時間、教室でヨシミは友達から、噂話を一つ聞かされた。
校舎東側の、一階にある女子トイレに、お化けが出るというものだ。
その内容は、場所が違う以外は、あの公園の話と同じだった。
ヨシミは、またいたずら好きの男子が出所の、女子を怖がらせるための話だ。そう思い込もうとした。
何気なく、教室の窓から外を見てみる。
するとあれは上級生だろう。外で遊んでいたのであろう年上の女の子がお腹を押さえながら、こちらへ、校舎の方へと小走りでやってくるのが見えた。
そして、西口から校舎内へと入っていった。
ヨシミは思わず息を呑んだ――まさか。
−完−