(エピローグ/たとえ遠く離れても)
そりに、ロケットと発射台を積み込んで家を出る。
空は雲ひとつ無い、呆れるほどの快晴。しばし、足を止めて、洋大は空を見上げた。
三月。合格発表はとうに終わり、卒業式も、先日済んだ。
結局、受験の結果はどうだったかというと、二人とも、第一志望の学校に見事合格。
それに伴い、洋大は旭川市にある工業高等専門学校。静は、札幌市にある短大付属の女子高へ、
それぞれ進学することになった。
他のクラスメートたちも、道内外に散らばって進学する。
もう、この町にはいない者もいるくらいだ。自分も、今週末には旭川へ行くために、荷物をずいぶん送った。
空を見ながら、しばらく呆けている事に気が付いて、そりを引いて歩き出す。
この町でロケットを飛ばすのは、おそらく今日で最後だろう。と洋大は思う。
洋大が、ロケットそのものに魅せられたのは、彼が十歳のときだったが、
いわゆるモデルロケットの類を飛ばし始めたのは、十二歳の頃からだ。
それでも、最初のうちは市販されているキットを作って飛ばしていたのが、
自分で設計をして一から作る事にこだわるようになりだした。
当然のように、失敗した。
最初の一機は、そもそもまともに飛ばなかった。
二機目は、途中で気が変わったように校長室の窓に突っ込んで、
猛烈に叱られた(そのころは中学校の校庭で打ち上げをやっていた)。
三機目は、結構な高度まで達したのはいいものの、着陸用のパラシュートが開かず、地面に激突して大破した。
そんなこんなで、自作を始めて約二年。作ったロケットはすでに三十機を超えた。
しかし、完全成功には、まだ至っていないというのが、現状である。
――今日は、今日こそは。
そんな決意を胸に秘め、一人、燃えて歩いているうちに、斉藤家の前まで来る。
玄関から、静が飛び出してきた。そのまま、二人、並んで歩く。
洋大がふと、横を見ると、静が寒そうに手をこすり合わせていた。
「シズカ、手袋、どうした」
「いや、ちょっと出るときぱたぱたしてたから、忘れちゃって」
しもやけになるぞ。と呟いて、自分の手袋を外して静に渡そうとする。
「駄目よ。それじゃ、よーちゃんが寒いじゃない。わたしはへいきだから、いいの」
こうなると、静は頑固だ。洋大は、困ったように少し考えてから、右手の手袋だけを静にはめさせ、
戸惑う静の左手を繋いで、そのまま自分のポケットに入れた。
あったかいね。と、くすぐったそうに静が笑う。
いつもの『打ち上げ場所』に付き、発射台にロケットをセットする。
成功すれば、ここからそう遠くない場所に降りてくる筈である。
「成功、するかな」
するさ。というように、洋大は静の手をぎゅっと握る。
息を詰めて、タイミングを計る。
点火。
どこまでも青い空に、銀色のロケットが火の粉を吹き上げてまっすぐに飛んでいく。
静の歓声。
上空でパラシュートが開いて、そのままゆっくりと、降りてくるのが見えた。
今日の事は、ぜったい一生忘れないと思う。
この町で、生まれてずっといっしょだった。
これから、今までになく離れる二人の、大事な思い出のひとつになるはずだ。
離れ離れになったとしても、忘れなければ、いつでも会える。
記憶の中に、いつでもいる。
静が恐れていたように、思い出になったから、終わってしまうわけじゃない。
終わってしまうのは、忘れてしまうからだ。
思い出が、ひとつでもあれば、たとえどれだけ遠く離れたところで、この想いが消える事は無いだろう。
頭上には、青い青い空。
その下に広がる白い大地。
ゆっくりと降りてくるロケットと、君の、声。