今年は冷夏だといわれているものの、やはり夏の日差しはじりじりと身を焦がす程に熱い。  
業を煮やした部長の進言により部活は午前中までに切り上げられ、陸上部員達は生ける屍の如く帰路に着く。  
亡者の一群にはシローも混じっていた。ふらふらと歩いていたが校門の日陰に立つ人に気がつき、足を速める。  
カナが立っていた。大きな手提げ袋を持っている。中にはシローの着替えと弁当が入っているのだろう。  
「シロー、お疲れ様。おばさん出かけちゃって、代わりに私がきたの。今日はもうお終い?」  
「うん、こう暑いとやってられないって、部長が先生にお願いしてくれてね。僕も助かった。  
 ゆうべゲームやりすぎて寝坊してさ、慌ててたからお弁当とか色々忘れてたんだよね。  
 カナちゃんが持ってきてくれるなんてうれしいなぁ。ありがとう。」  
言いながら手提げ袋をカナの手から取り、肩を並べて帰り始めた。途中、部活の先輩や友人達に冷やかされるが、  
シローは慣れたもので、照れながらも愛想よくそれに応える。調子に乗ってカナの肩に手を廻そうとしたが  
カナに小突かれた。手を繋ぐ以上のスキンシップは二人きりの時だけという暗黙のルールができていたのだ。  
一方カナはそれが恥ずかしく、背を小さく丸めて歩く。デリカシーのないやつらめ、と心の中で毒づいた。  
 
「カナちゃん、赤くなったよねー。昨日の海、暑かったし。もっと強い日焼け止めにしとけばよかったね。  
 顔なんてりんごみたいだよ。それ、ヒリヒリして痛いでしょ?僕はもう慣れちゃったけどね。」  
真っ黒に日焼けした腕を上げ、どうよとカナに見せつける。  
「シロー君も男らしくなって。お姉さん、うれしいぞ。」  
お世辞ではないのだが、冗談と受け取られたのだろう、シローはかなわないなあと苦笑する。  
カナの顔が赤いのは、日焼けのためだけではない。シローの発する汗の匂いに酔っていた。男の匂いに欲情している。  
 
着替えを持ってこなかったせいで、シローはまともに汗を拭えていない。  
これではカナが嫌がるだろうと思いやや距離をとって歩いていたのだが、  
それでもカナには刺激が強すぎた。下腹の奥が疼き、体が熱くなってくる。呼吸も深く大きくなった。  
もう一度シローに肩を抱かれたら、シローの体に触れたなら、歯止めが効かなくなりそうだった。  
人目も憚らず抱き合って唇を貪るかもしれない。そんな自分の姿を想像してさらに興奮してくる。  
頭が朦朧としてきた。こんなところではしたないと思い、カナの理性が総動員される。シローとの会話を繋げつつ、  
鎌倉室町江戸の歴代将軍に続き、歴代総理大臣を暗誦しアメリカ大統領を18代目まで数えた頃にようやく理性が勝った。  
堤防沿いの遊歩道で子供たちが元気よく駆け回っていた。それを見ながらカナは小さくため息をつく。  
 
「僕、先にシャワー浴びるから。またあとでね。」  
「えぇっ?し、シャ、シャワー!?なんでいきなり!?」  
エレベーターの中でカナは取り乱す。まだ完全に理性を取り戻せていないようだ。  
離れて立っているシローは手のひらで首元をぱたぱたと扇ぎ、暑い、とジェスチャーで示す。  
「だって、汗が気持ち悪い。あとで家においでよ。こないだのリターンマッチしようよ。じゃあね。」  
シローが降り一人になったエレベータの中で、カナは大きく深呼吸をした。いつもより濃い、シローの残り香。  
チン、と音が鳴って扉が開き、また空気が入れ替わる。  
 
「私も、シャワー浴びよ…」  
カナのショーツは、下着の用を為さない程に濡れ、溢れた液体が足首まで垂れていた。  
 
昼食はシローの家でとった。情欲と闘っていたカナは良く覚えていないが、  
帰りがけにそういう事になっていたらしい。弁当のおかずを二人で分け、足りない分はカナが作る。  
子供の頃から互いの両親が留守の時には、カナがシローの面倒を見てきた。  
シロー家の厨房は、カナの厨房でもあった。  
 
馴れた動作で食器をしまう恋人の後姿を、椅子に座ったカナはじっと見つめている。  
食器洗いと後片付け、これはカナの厳しい躾の賜物だ。同棲カップルってこんな感じかしらと思い、照れる。  
「ごちそうさま。じゃあカナちゃん、しよっか。部屋に行こ。」  
「す、する!?え、な何を…?   
 あ。そうね。」  
妄想に耽っていたところを、シローの呼びかけでこっちの世界に引き戻されたカナは、椅子を蹴り  
一瞬うろたえたが、すぐにここへ来たもう一つの目的を思い出す。今月のゲームの戦績は4勝3敗1戦無効。  
 
格闘ゲームでカナが仁義にもとる行為をした、とシローから物言いがついて1戦分が棚上げにされている。  
シローはここで勝って五分五分に持ち込み、次回のレースゲームで逆転勝利を狙っているのだ。  
たかが息抜きでそんなに必死になることはないかと思うがシローはいつになく食い下がる。  
先月の罰ゲームがそんなに堪えたのか、今度の罰ゲームはもう少し軽くしてやろうとカナは考える。  
 
勝負は本気を出したカナの完全勝利であっさりと幕を閉じる。これで3勝5敗。逆転勝利の目は潰えた。  
昨夜の特訓も無駄となり、ああー、と背後のひときわ大きなスポーツバッグにどすんと体を投げ出したシローは  
心底落ち込んでいる。勝利の賞品に、カナにキスをねだるつもりだった。  
「シロー、合宿はあしたから、なんだね。もう準備できた?」  
「まだ。本当は明後日からなんだけど、合宿する所が遠いですから。明日出ないと間に合わないんですよー。  
 荷物も重くて大変なんですよねー。」  
カナに背を向けながら応える。シローは拗ねていた。敗北感だけではない。合宿が億劫で仕方ないのだ。  
 
県内の有力な選手を集めた十日間の特別強化合宿。インターハイには出場しなかったが、顧問の強い後押しによって  
シローの参加する枠が用意されていた。若いながらも各方面に強力なコネをもつあの女教師が頼もしくもあり、  
恨めしくもあり、シローは複雑な気分だった。勧められてなんとなく始めた陸上だったが、続けているうちに  
だんだんと楽しくなっていたし、結果が出せた時の達成感が良い。そして恋人の応援がなによりも励みになった。  
しかし合宿は別だ。シローは陸上選手を目指している訳ではない。たかが部活にそこまでする程の価値はあるのかと思う。  
往復合わせて十二日も我が家に帰れないのは初めてのことで、不安がある。そして、  
 
「僕さ、これだけ長いことカナちゃんの顔をみれなくなるのって初めてなんだよね。こわいっていうか、  
 寂しいっていうか。緊急時以外は電話もだめなんだって。そう考えると合宿、イヤだな、行きたくないなーって。」  
 
以前のカナならば、子供のような駄々をこねるシローを叱っていたところだろうが、今は。  
会えなくて寂しいなどとしおらしい事を言う恋人を愛しく、それを言わせた自分を誇らしく思った。  
先ほどと違い、下腹の奥ではなく胸の奥が熱くなる。心と心が繋がっているという充実感に満たされる。  
シローを後ろから抱き締め、優しく手を握る。恋人のように姉のように。行っておいでと耳元で囁き、  
頬に口づけをする。シローは体を硬直させ、黙って頷く。  
「帰ったら美味しい物、食べさせてあげる。そうだ、夏祭り。去年は行けなかったから、  
 今年は一緒に行こうね。浴衣着て、夜店廻って、たこやき食べて…ね?」  
「うん。なんかやる気出てきた。合宿なんてあっという間だよね。浴衣姿のカナちゃん、きれいだろうなあ。」  
目の前にニンジンを提げられて走る馬の心境が、シローには理解できた。  
 
家を辞する際、カナはシローの着替えの洗濯を申し出た。シローは汚いよと拒んだが、早く洗わなければ  
もっと汚いと言われ、ユニフォームだけを渋々差し出す。靴下と下着は自分でやるからと固く断った。  
「じゃあ、洗ったら、おばさんに渡しておくから。シロー、頑張ってね。」  
ありがとう、大好きだよ。とシローの方からカナの頬にキスをする。  
今度はカナが体を硬くさせ、顔を真っ赤にしながら何度も頷いた。  
 
カナはベッドに寝転がり天井を見つめている。シローが合宿に行って二日目が経っていた。  
朝から雨が降っていたので、夏期講習は自主休講している。サボりなんて初めて。と自嘲する。  
シローが抱いていた不安はカナも同じく感じていた。あと十日。長すぎると思った。  
格好をつけて行ってこいと言ったものの、いっそ泣きじゃくって引き止めた方がよかったのかとも考える。  
そっと頬に触れる。シローに口づけされたところを人差し指と中指で撫でた。  
 
その指を口につけ、二度三度と唇をなぞる。ついばみ、咥え、押し付け、キスをするように。  
今度は舌を伸ばし舐め始める。口の中に含み、念入りに唾液を絡ませ、そして吸う。  
この指がシローの唇だったなら、と思うとたまらなく切なくなる。  
指は自然とアゴをなぞり、首筋を経て、寝巻きの中の乳房に辿りつく。  
「ぅん…シロー…そこは…だめ…」  
二本の指は乳首を挟み交互に擦りはじめる。先を爪で軽く引っかく。体が小さく波打った。  
カナの中のシローは乳首を甘噛みし、尖端の割れ目を舐め回している。もう一度、キス。  
 
“唇”はショーツの中に侵入してくる。今日のシローはせっかちね。と思った。  
カナは身体を反してうつ伏せにになり、膝を立て尻を高く上げる。“唇”に恥丘を弄られながら、片手で  
もどかしく動かしながら性器を露わにしてゆく。今日はショーツに染みをつける前に脱ぐことができた。  
身体を動かす度に、日焼けした肌が衣服で擦れて痛むが、それさえも快感にすげ替わるような気さえしてくる。  
「そんなところ、はずかしいから、なめ、ないで…あんっ!」  
思わず大きな声を上げてしまった。枕の下から、シローより強奪してきたユニフォームを取り出す。  
声が漏れないようにその裾を噛み、大きく息を吸い込む。洗剤の匂いがする。  
 
あの日、シローの家から帰るとすぐに自慰を始めた。  
ユニフォームに顔を埋め、匂いを嗅ぎ口に含み、舐め回し、抱きしめ股間にすりつけまた匂いをかぎ、  
それを繰り返し、全身を使って貪る。その日、カナの中のシローは獣の如く乱暴に、何度もカナを犯した。  
自慰の果てに気をやったのは初めてだった。  
唾液と愛液塗れにしてしまったシローの置き土産を、自己嫌悪に苛まれつつ洗濯したのは夜中のことだ。  
 
記憶に残ったシローの匂いを反芻するように、鼻を鳴らして、ユニフォームへ顔をつけた。  
指は陰唇を割り、膣口の周りを撫でる。愛液が、指で掻きださなくとも溢れ長い太腿を伝う。  
シーツに染みをつけないよう片手にはティッシュペーパーを持ち、あふれたそれを手早く拭きとってゆく。  
乾いた紙が腿の内側に触れるだけで背筋が伸びる。しかしそれも一瞬。ティッシュはすぐに水分を含んだ  
重い塊へと成れ果ててしまう。  
(いやだ…もうこんなに使ってる…)  
ティッシュの箱を膝元まで寄せその動作を数回反復させる。  
前にかかる体重を、首だけで支えるのが辛くなってきた。両足を開き重心を移動し、いくらか楽になった。  
顔を動かし時計を見ると、正午が近い。  
 
カナの理性が、このはしたない行為を早く済ませろと抗議を始めた。指の、いやシローの“唇”の動きが速まる。  
(ここ、は…はじめてだからやさ、しく…)  
“唇”がクリトリスを摘み、皮を剥き、恐る恐る触れ、さする。  
痛く、こそばゆく、淫らで心地よい感覚。初めての刺激に、カナは軽く昇りつめた。  
下半身が痙攣し、ぎゅっとつま先を丸める。身体が震え、あはっと息が漏れる。ほんの一瞬だが、意識が飛んだ。  
(シロー、シロー。早く、はやく帰ってきてね。私、このままじゃ、おかしくなりそう。)  
わずかの間余韻に浸ったあと、起き上がり自慰の後始末を始める。  
 
「勉強、しなきゃ。シローの分の、ノートもつくらないと。」  
気だるげにカナが机に向かったと同時に母親から、昼食ができたわよと呼ばれた。  
短く返事をし、部屋を出る。いつものカナに戻っていた。  
 
 
「えぇー!?ちゅーもまだって、ありえない!何よソレつまんない!」  
「今日びブラトニックラブなんて、小説じゃないんだから。」  
「夏休みなのに、なーにもしてないって、なーにやってんのよ!」  
「ちょ、ちょっと。声が大きいわよ、外に聞こえちゃうじゃない…」  
夏期講習の息抜きにとカラオケに誘われたカナは、三人の女子生徒から歌そっちのけで突き上げを食らっていた。  
声が外へ漏れにくいカラオケボックスは、年頃の女性たちの憩いの場、そして密談の場として重宝されている。  
カナもたびたび参加しては、女子同士のぶっちゃけた会話とBGM代わりに歌う流行歌を楽しんでいた。  
今日の誘いも二つ返事で了解したのだが、議題がシローとの交際経過報告だと判った時には、カバンを放り出し  
この場から逃げ出そうかと思った。渋々ながらもこれまでの事を話すと、この有り様である。  
「なにもしてない訳じゃ、ないわ。毎日会ってるしデ、デートもしてる。映画館ではずっと手を握り合ってたもの。  
 ほら、先週はみんなで海に行ったじゃない。私その次の日、シローのほっぺたにキスしたんだから。」  
カナは三人の態度にムキになっている。  
 
「カナさん、それじゃダメだよー。そんなの小学生でもできるじゃーん。なんで唇にちゅーしないのよーもー!」  
元気のいい茶髪の少女はまるで自分の事のように悔しがる。外見も態度も子供っぽさが抜けていない。  
精神年齢もシローと近いのか、よく二人で冗談を言い合っている。カナの次にシローと仲の良い女子はこの茶髪だろう。  
カナと席が近く、色々と話をしている内に仲が良くなった親友で、今回の密談会の発起人は彼女だ。  
 
「シロー君は見た目通り奥手なのね。ああいうタイプはこっちからリードしなきゃいけないのよ。  
 私がシロー君に告白されていたら、その日にキスどころか最後までシてあげたのに。ざーんねん。」  
細い銀縁眼鏡が似合いすぎる美女は隣のクラスなのだが、茶髪とは長年のつきあいで、それが縁となりカナ達と  
親しくしている。長い髪をさらりとかきあげながら、メガネは恐ろしい事を言う。実際、彼女はそれを易々と実行できる  
魅力と行動力を持っている。校内で人気投票を行えば、一年生の部は男子ならシロー、女子ならこのメガネが  
トップになる事は間違いない。シローがメガネに手をつけられなかった事をカナは神に感謝した。メガネは続けて言う。  
 
「女と男が心だけで繋がっていられるなんて嘘よ。男を自分だけのモノにしたいなら身体に言い聞かせるのが一番なの。  
 カナは背も高くてスタイルもいいんだから、それを武器にしてシロー君を押し倒すくらいの勢いがないとね。  
 あなた達付き合い始めてもう二ヶ月になるんだからとっくにシてるかと思ってたのに。」  
年上の“下僕”がいる高校一年生は言う事が過激だ。  
 
「そ、そんなっ、シローはそういうコじゃ…それに、まだ二ヶ月と十日よ。私達は健全な交際を…」  
「シロー君はもてるんだから、そんな奇麗事言ってるうちに泥棒猫に寝取られちゃうぞー?」  
カナの言葉を遮り、茶髪は意地悪そうに言う。泥棒猫とはクラス委員長の事を指しているのだろう。  
シローに対して委員長が積極的にアプローチを仕掛けていたのはクラスの誰もが知っていた。  
 
それを敏感に察知した委員長はなーによ、と唇を尖らせるが、やおら立ち上がり胸をはった。  
「あたしはもうシロー君に未練はないよ。だってあたし、彼氏いるもん。えっちもしてるし。」  
委員長の宣言に三人とも同じタイミングで、マジか!?と聞き返していた。  
 
「そうよ。相手はほら、海に行った時にシロー君と一緒に来てたアイツ。終業式の日から付き合い始めたの。  
 意外といいヤツでさ。付き合いだしてから解る良さ?っていうのかな。アイツには全部あげられるっていうかー」  
人が変わったようにでれでれと身をくねらせはじめた委員長ののろけ話に三人は呆然としている。  
委員長のいう彼氏とは、彼女には悪いが、シローと較べれば月とスッポンの冴えない男子だった。  
「…でね、最初はね、適当に付き合ってすぐに振ってやるつもりだったんだけど、その、いろいろあってさ…って、  
 今回の議題はあたしじゃなくてカナさんとシロー君でしょ!」  
一通りのろけた後正気に返り、彼女はクラス委員長らしい態度で場を仕切り始めた。  
「はい!カナさん!あたしもね、そこの淫乱メガネとは同意見。元ライバルとして、もうぶっちゃけて聞くけどさ。  
 あんたは、シロー君とえっちしたいの?したくないの?」  
メガネが淫乱とは何よと抗議するが、委員長はそれを制して、呆気にとられていたカナに詰め寄る。  
 
「したい…です。ホントは。キスだけじゃなくてその先も。いつも考えてます。でもシローに、私がそんな事ばかり  
 考えてるって知られるの、怖い、んです。…がっかりされるんじゃ、嫌われるんじゃ、ないかって思うとっ。」  
委員長の剣幕に呑まれて正直に答えてしまう。しかも敬語で。話しているうちにカナは感極まって涙声になっていた。  
部屋が静まり返る。どこのボックスからか、下手糞な歌声が聞こえて気まずさに拍車がかかる。  
「カナさんて意外と子供ねー。そんな事で嫌われるわけないよーきっと、シロー君も同じ事考えてるよよよょょ」  
沈黙を破ったのは茶髪だった。マイクごしに喋ったので語尾の残響音が外まで漏れる。  
カナたちはその声色がおかしくて一斉に笑い転げる。  
 
「そう、なのかな。シローもそんな事考えてるのかな?」  
「当然じゃないの。男は皆スケベ。もちろん女も…ね。」  
メガネは男を誘うように、豊かな肢体をくねらせてソファに寝そべる。髪の毛一本の流れまで計算されている  
蟲惑的な動きに、三人は思わず顔を赤くしてしまう。カナもこれくらいできなきゃね、と微笑んだ。  
「だってさ、海に行ったあの日シロー君、カナさんの水着姿に見とれてたじゃない。なんか目つきもいやらしかったし。  
 あれはオオカミの眼だったね。あたしはその晩に、あんたらはやっちゃったと思ったんだけど。」  
それはあなた達の事でしょうとメガネが委員長に、さっきの仕返しとばかりにちゃちゃを入れる。  
「あーもう、話を混ぜ返さないで。…ええそうよ、その日は朝までよ。文句ある?」  
「わ、いいんちょもオトナだねー。夏なんだねー。三人ともいいなぁ、わたしもカレシ欲しくなったなー。」  
「私の知り合いでよければ、紹介してもいいけど、どうかしら?でもあなたにはちょっと早いかもね。」  
 
「ねえ、委員長…あの、初めての時は痛いって聞くけど、本当…?」  
「ん、ああ。最初はとても痛かったね。まあ慣れてくるよ。さすがのあんたもそうだったでしょ?」  
委員長も女になったのは最近なのだが、彼女は遠い目をして語り、メガネに水を向ける。  
「私は最初だけだったわ、我慢できない程じゃなかったけど。でもそれは人によると思うわ。  
 相手のサイズもあるんだし。そうだ、シロー君のは大きそうだからカナは覚悟した方がいいかもね。」  
「もー脅かしちゃだめだよー。カナさんはシローくんの事大好きなんだから、そんなのきっと平気だよ。ね!」  
メガネの脅しにたじろぐが、茶髪がフォローに入り、カナを励ました。  
 
「やーね。さっきまで健全な交際とか言ってたのにさ。やっぱひと皮剥けばみんなえっちなのよね。   
 えっちなカナさんの、この胸がこの胸がもうすぐシロー君の物になるのか!」  
委員長が両手を蠢かせてカナの胸を揉む仕草をする。この娘は言動がいちいち親父くさい。  
 
メガネと委員長の、見事に息の合ったデュエットに聴き惚れていると茶髪が話し掛けてきた。  
「ごめんね。シロー君がいなくて、カナさん寂しいだろうと思って誘ったんだけど、こんなのになっちゃって。  
 でもわたし達、悪気があったわけじゃなくて…」  
目を伏せて申し訳なさそうにする茶髪の頭を、何も言わずに撫でる。柔らかい髪の感触が心地よい。  
ありがとうっと顔を綻ばせた茶髪が抱きついてきた。曲が終り、カナの歌う順番が回ってきた。  
茶髪を誘い二人で、演歌をこぶし付きで熱唱する。  
カナ達がカラオケボックスを出たのは八時を過ぎた頃だった。  
普段は喧騒に包まれる商店街も、この時間帯になると人通りはまばらになる。  
店のシャッターが下ろされ静まりかえった商店街はまるで別世界のように新鮮に映り、カナ達は探検隊気分で歩く。  
 
「じゃ、わたし達はここから別働隊ー。隊長、また明日ねー。」  
店が途切れたところで茶髪とメガネが別れる。茶髪が委員長に敬礼をした。探検隊ごっこのつもりらしい。  
「カナ、これ。持っておきなさい。」  
メガネが小さな袋を渡してくる。なんだと思い中を覗くと可愛らしい包装をされたコンドームが入っていた。  
「こっこんなの!ちょっと、何を、返す。い、いらない!」  
見た事はあるが、まさか自分が手にするなど思ってもいなかった。  
「ダーメ。一応の、ね。シロー君のサイズに合えばいいんだけど。持っていればいつでもできるって思うと、  
 気分も楽になるでしょ。これは女のお守りよ。」  
ありがたい物ではないが、嬉しい心配りに礼を言い、袋をカバンの奥にしまう。  
 
談笑をしながら離れていく別働隊を見送り委員長と歩きだす。シローは全く、完全に意識すらしていなかったのだが  
カナと委員長は形式上シローを取り合った間柄だ。会話の糸口がみつからず、正直、気まずい。  
「カーナさん!シロー君の事、考えていたね?妬けちゃうなーもう。」  
委員長が首に腕を回し、重って来た。20センチ程の身長差があるので、よろけたカナは大きく身を屈めた姿勢になる。  
「火照った体をもてあましたカナさんに、コレあげる。無修正ものとか、色々あるから。  
 パソコン持ってたよね?いとしのシロー君が帰って来るまで、使いなさいコレおかずに使っちゃいなさい!」  
バッグから数枚のディスクを取り出し、カナのカバンに無理矢理突っ込む。  
正体を聞けば、委員長の彼氏が秘蔵していた猥褻な動画を集めたDVDだという。  
「あたしがいるんだから、アイツにはもう必要ないでしょ。だから全部巻き上げてやったの。  
 ま、中身は一見の価値ありね。参考になるよ。いろいろとねー。」  
鬼嫁がいたずらっぽく笑い、聞いてもいないのにDVDの中身を語りだした。やがて委員長自身の話も混じりだす。  
 
委員長の話は、カナには刺激というか衝撃が強すぎた。時には道具を用い、手を口を体中を使って相手を自分を悦ばせる。  
愛や恋という感情ではなく、快楽と欲を追究する、肉体の為の性交。言葉の端から窺える委員長の性体験に較べれば  
カナの自慰など児戯に等しい。シローも、こういう事を望んでいるのだろうか。自分は悦ばせる事ができるだろうか  
聞いているうちに頭がクラクラしてきた。  
「なーに想像してんのよ、むっつりスケベ!カナさんはシロー君とラブラブだしねー。もう辛抱たまらんってかー?」  
勢いよく背中を叩かれたカナはゴホゴホと咳をする。見知らぬ人間にされたなら問答無用で殴り倒していたが  
委員長に悪意はない。彼女なりの親愛表現なのだ。  
「…体で繋がってないと、不安なのよ。えっちして、アイツと気持ちよくなっていないと、シロー君のこと…」  
咳き込んでいるカナの後ろで、委員長は何かを言いかけ下唇を噛みしめた。  
 

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