同じマンションに住むクラスメートのシローは小学校からの仲だ。  
シローは高校生になってすぐに陸上部のホープとして注目され、県大会で走り高跳びと走り幅跳びの県記録を更新し、  
整った容姿と控えめで人当たりのよい性格で男女からの受けも良く、校内で最も有名な一年生となった。  
当然、女子生徒がこのような好物件を放っておくわけがないのだが、彼の傍でカナがその縄張りを主張していては  
おいそれと近づくこともできない。揃いのマフラーと手袋をして登校する二人は、雪をも溶かす程の熱愛ぶりを  
みせつけ、生徒達をドキドキ、教師達をドギマギさせていた。  
 
 
期末テストを前にカナは内心、焦っている。テストの事ではない。シローについてだ。  
仲が良いとはいえ二人は恋人同士ではない。今はまだ。  
中学3年生になるまではカナの方が背が高く、控えめというよりも気弱なシローは守るべき弟のような存在だった。  
カナちゃんと同じ高校に行けば安心と可愛い事をいう“弟”の勉強もみてやった。成績のあまり良くなかったシローも  
県内有数の進学校に入学することができた。やればできる子。カナはシローをそう評価していた。  
「背も伸びたのだから部活でも始めてみれば?陸上部とかどうかな。ひ弱なままじゃモテないよ。」  
カナは何気なく勧めたのだが、シローは陸上部に入部した途端に頭角を現し、県記録を塗り替えてしまった。  
日に日に男らしくなってゆくシロー。一躍有名人となったシロー。クラスで人気者のシロー。  
そんなシローを誇らしく思った。カナちゃんカナちゃんと慕ってくるシローは、やはり可愛い弟のようだった。  
しかし、一学期の半ばを過ぎた頃になると、何か、カナはシローに違和感を覚え始めた。  
部活のせいで一生に登下校する機会が減り、互いの家を行き来する事も殆んどなくなった。  
シローを家に招いて食事をしたり何気ない会話や本を読んで過ごし、シローの家に行ってパソコンやTVゲームで  
遊ぶ時間が、何物にもかえがたいものだったと気付かされる。  
カナ以外の女子生徒と会話する事などこれまでは殆んど無かったのに、最近のシローは他の女子ともよく話す。  
昼食は二人だけで一緒に食べるのが昔からの習慣だったのだが、今は大勢で食べるようになった。  
たくさんの友人と食事をするのは嫌いではない。しかし二人の時間をこれ以上削られるのはたまらない。  
そして一緒に食事をしている女子生徒の何人かはあきらかにシローが目当てなのだ。  
放課後、シローを呼び出して交際を申し込んだ上級生がいるのも知っている。  
カナは自分の感情の変化をはっきりと認識した。嫉妬と独占欲と焦燥感。  
「このままでは、いけない。これは、ずっと前から私のものだ。」  
 
カナはシローの家に足繁く通うようになっていた。  
シローは以前の中間テストの結果が散々な結果で、次の期末テストでも同じような結果なら補習どころでは  
済まないと教師に釘を刺されていた。元々成績の良くなかったシローは授業についていけなくなってきたのだ。  
「部活なんてやってる暇があるなら、勉強しなさいよ。ほら、スペル間違ってるし。ここってテスト範囲だよ。」  
部活を勧めたのはカナちゃんじゃないか。と屁理屈を言えばぶたれるので素直にごめん、と答えるシロー。  
小学校の頃、ささいな事でケンカをして乳歯を二本へし折られてからというもの、カナには逆らえない。  
実際、部活やその他に夢中で、家に帰ってからも予習復習をせずにいたのはシローの自業自得である。  
「カナちゃんに勉強をみてもらうと、すごくはかどるんだ。自分でやってもよくわからなくて。  
 ごめんね、僕、カナちゃんがいないとてんでダメだなぁ。」  
シローの何気ない言葉に、カナはピクっと反応する。自分の体温が上昇するのが分かる。横を向き、眼鏡を  
かけ直すふりをして誤魔化そうとする。窓の向こうでカエルが大合唱をしている。外はすっかり暗くなっていた。  
「もうこんな時間。ちょっと休憩しよ。シローはその問題を解いてからね。」  
 
火照った顔を覚まそうとベランダに出る。見慣れた景色。10年前とずっと同じ。  
「なーんも変わらないねぇ。カエルも飽きないよねぇ。毎年毎年うるさいのなんのって。」  
シローが後ろに立っている。田んぼのカエルがうるさいというのはこの時期のシローの口癖だ。  
手すりにもたれながら、そうねと相槌を打つ。去年と同じ景色、去年と同じ会話。でも  
「シローは高校になってから変わった。なんか、違う人みたい。私の知らない人みたいな時が、ある。」  
「カナちゃん…?」  
思っていた事がつい言葉に出てしまった。慌てて部屋に戻り、いそいそと帰り支度を始める。  
なんとなくきまずくなり、勉強どころではなくなっていた。何より、シローの顔をまともに見る事ができない。  
リビングでくつろぐシローの両親に挨拶をし、逃げるように家を出る。  
突然の事に驚いたシローは、呆然とその場に立ち尽くしていた。  
 
カナは部屋に篭もってさっきまでの事を思い出す。あの状況は、あの状況ならシローに自分の気持ちを伝え、  
シローの気持ちを聞き出す千載一遇の機会ではなかったか。何故自分はあそこで逃げ出したのかと後悔するが、  
後の祭りであった。メールで謝っておけばいくらか気が軽くなるのだろうが、携帯電話をもっていない身が恨めしい。  
「ああー、明日どんな顔で会えばいいんだろう…私、かっこわるいな。」  
カナはその晩、カエルの鳴き声が聞こえなくなるまでベッドの上でジタバタしていた。  
 
 
翌朝、いつもより遅く目覚めたカナがもそもそと登校の準備をしていると玄関のチャイムが鳴る。  
少しして、シロー君が迎えにきたのよ早く用意を済ませなさいと母親に言われる。一緒に登校した日は  
数えきれないがほどあるが、朝寝坊のシローから迎えにくるのは今日が初めてだった。  
「朝練に慣れちゃってさ、早く目が覚めるようになったんだ。今まではカナちゃんに迎えにきて  
 もらってばかりだったからね。僕から迎えにいくのは今日が初めてだよね。」  
「うん…ゆうべはごめんね、その、コンタクトにゴミが入っちゃって。」  
つい出任せを言ってしまい目線を落とす。昨日は眼鏡をかけていたのだがシローはそこに気付かない。  
「そっか。ホント、びっくりしたよ。あの後さ、お前カナちゃんに何したんだーってお父さんに詰め寄られてさ。  
 お母さんは大泣きするし、大変だったんだから。」  
 
いつも通りのシローの笑顔にカナはホっとすると同時に、昨夜あれだけ悩んだ事がバカらしくなって、  
カナは笑い出した。それにつられてシローも笑う。笑い声と一緒にここ数日の間、胸の中でモヤモヤしていたものも  
流れ出ていくようだった。いつもの会話。一緒に登校しているだけで、こんなに楽しい気分になるなんてとカナは思う。  
「シローから迎えに来るなんて、今日は雪が降るかも。もしかして、今のシローは別人だったりして。」  
梅雨も明けかけて夏が近づこうかという朝。久しぶりの太陽が心地よい。  
「そんなことないよ…そんなことないから!」  
シローらしくない語調にハっとして、カナは振り返る。立ち止まって俯いていたシローは震えている。  
「僕を知らない人だなんて言わないでよ。大好きなカナちゃんにそんな事言われたら、悲しいよ。  
 ぼ、僕はずっとカナちゃんの事が大好きなんだ!カナちゃんしかいないんだ!」  
 
大好きなカナちゃん。カナちゃんしかいない。シローは確かにそう言った。  
頭の中で何度も繰り返していても、口にだせなかった言葉。  
シローは顔を真っ赤にながら、カナを見つめている。もう震えていない。  
大好き。シローから聞きたかった言葉。今度はカナが言えなかった言葉を言う番だ。  
「ありがとう…私も大好きよ、シロー。私、シローの事が大好きなの。」  
カナは自然に言葉を紡ぐ。簡単な事なのに、何故それができなかったのだろうと不思議に思う。  
 
どちらからともなく手を繋ぎ、歩き始める。今までどおりの二人はもう今までとは違う。  
 
 
 
朝の通学路で、大声をあげて大好きだ!などと言ってしまえば他の生徒に目撃されないはずが無い。  
シローとカナの一部始終はあっという間に校内に広がっていた。  
二人が教室に入ると、耳の早い野次馬達に囲まれて質問攻めに遭ってしまう。カナはどうせ朝会が始まるまでの  
騒ぎだろうと適当に受け流すつもりだったのだが、担任の女性教師までもがその輪の中に加わっていてはかなわない。  
カナの目論見は脆くも崩れてしまう。シローは恥かしがりながらも、いちいち彼らの質問に答えていた。  
その日はずっと、二人でまともに話す時間がないほどに野次馬攻勢を受け続ける事になり、  
ようやく解放されたのは放課後になってからだった。  
 
午後になって天気が崩れはじめ、黒く濃い雲が空を覆っている。  
天気の良い日なら堤防沿いの遊歩道は人通りが多いのだが、今ここを歩いているのは二人だけだ。  
「シロー、余計な事まで言わなくていいのよ。何考えてるのよホントにもう。」  
「でも、僕たち別に悪いことしてるわけじゃないし。黙っている方が、逆に感じ悪いじゃないか。」  
「だからって、キ、キスしたかとか、セ、えっ…そのアレしたかとか、そこまで答えることないじゃないの。」  
律儀で素直な性格はシローの良いところなのだが、その時ばかりは冗談じゃないと筆箱を投げつけた。  
「ごめん。ちょっと調子にのってたかも。でも、でもカナちゃんは、僕とそういう事するの、嫌?」  
首を傾げてカナを見る。カナにものを尋ねるときの癖だ。心なしか繋いでいる手に力がこもる。  
 
カナはいきなりなんて事を。と言いながら、シローと繋いだ手を一旦放し握り直す。  
「いや、じゃない。嫌じゃないけど、まだ早い。と思う。そういうのはもっと大人になってからだよ。  
 だって私達まだ高校一年生なんだよ?もっとお互いのことを知ってから、もっともっと好きになってから、  
 でも遅くないと思う…んだけど、シローはどう思う?」  
ためらいがちにシローを見上げる。彼の唇は女の自分よりも色気を感じる。人並みにセックスへの興味もある。  
シローとのセックスを想像しながら自慰に耽った事も、一度ではない。シローと二人きりになると身体の奥が疼く。  
本心は今すぐにでも物影に飛び込んでキスしたいシローに抱かれたいもっと触れ合いたいと思ってはいるが、  
ここは精神的年長者として、高校生らしい一般常識を披露しておく。  
 
「そそ、そうだよねぇ。カナちゃんの言う通りだよね。僕ってば何言ってんだろ。ごめんねこんな変な事。  
 あ、そうだカナちゃん家、今日はおじさんもおばさんも居ないんだよね。よかったら、晩ごはんは家で食べない?  
 ってお母さんがカナちゃんに朝、言うようにって。色々あってその、今まで言いそびれちゃって。」  
我ながらこんな聞き方はないな、と思いとっさに話題を変える。カナとしてもこの話は早々に打ち切りたかったので、  
ごちそうになるお礼に勉強みてあげるからと応え、その後はとりとめのない会話を続けながら帰って行った。  
遠くで雷鳴が響く。  
 
エレベーターが九階で止まり、シローはそこで降りる。扉が閉まるまで恋人に手を振る。エレベーターの表示灯が  
十階で止まった。シローの見送りは、エレベーターが自動的に一階へ戻り始めるまで続く。  
もしかしたらカナちゃんが戻ってくるかも、と期待して。子供の頃からの習慣なのだ。  
(僕は今でも充分なんだけどさ。でもカナはちゃんは知らないんだ。もっともっと好きになってって言うけど、  
 僕はこれ以上ないくらいにカナちゃんの事が好きなのに。)  
声には出さず、心の中でつぶやく。エレベーターは降下を始め九階を過ぎる。  
 
 
小学校一年生の時、最上階に引っ越してきたかわいい女の子。それがカナだった。  
初めて会ったときからカナの事が大好きになり、いつも一緒に居たいと思い、後ろをついてゆく。  
「シロー君は、カナのお嫁さんみたいねぇ。」  
カナの母親にそういわれた時、シローはとても嬉しくて、うん。と胸をはる。  
その直後真っ赤になったカナに思いっきりぶたれた。子供時代のカナは気が強く、すぐに手が出た。  
夏祭りの帰りがけ、ちょっとした悪戯のつもりでカナが獲った金魚を川に放流した事があった。  
乳歯を二本失い、しばらく口をきいてもらえなかった。金魚は川に放されても長く生きられないと  
知ったのは少し後の事だった。泣きながらカナに謝り、一緒に金魚の墓標をつくりに行く。  
泣きやまないシローの頭を、カナはもういいのぶったりしてごめんねと優しくなでてくれる。  
手の温もりを感じたシローの心は安らぎ、涙は止まっていた。  
 
中学生になりたての頃、シローは自慰を覚える。これを見ながらちんちんをこすると気持ちいいんだぜ。  
と言う悪ぶりはじめた級友にもらった成人誌により、初めて達した。一度、カナを想像して自慰をしたことがある。  
しかし行為の後、敬慕するカナを性欲の対象にし、汚してしまった自分が情けなくそして卑しく感じ、激しい  
罪悪感と自己嫌悪に苛まれた。カナを想像して自慰をしたのはあれが最初で最後だった。  
 
中学二年生のある日、カナの友人にデコボココンビと揶揄された事があった。カナは女子の中では最も  
背が高く、男子生徒からよくからかわれていた。本人も常にそれを気にしており、少しでも目立たないようにと  
やや猫背気味になっていた。  
カナとシローが歩くと、背の高さが嫌でも際立ってしまう。申し訳なく思ったシローはカナのために少し  
背伸びをして歩く。成長期に入り、ついにカナの身長を追い抜いた時は小躍りをして喜んだ。これでカナが  
恥ずかしい思いをさせなくてすむと考えたからだ。得意げに、カナと背比べをするような動作をした時、  
調子に乗るなよ小僧め。と小突かれる。大きくなってもまだまだ子供ねと言われた。  
カナが猫背でなくなったのは、シローに告白され、手を繋いで歩くようになったあの日からだ。  
 
結局、中学時代は一度もカナと同じクラスになれず、シローはカナに会える昼休みと放課後が待ち遠しくて、  
授業も身に入らずぼんやりと窓の外を見ているばかりだった。今の成績では同じ高校に進学できないと  
わかった時は自我を失いかねないほど慌てた。カナは成績優秀で、一方シローは中の下クラス。このままでは  
カナとの距離がさらに遠くなってしまう。  
遊んでばかりだったから、自業自得よ。そう言いながらもカナは勉強につきあってくれた。  
カナの教え方は上手く、シローはスポンジに水を吸い込むが如くそれを理解した。合格を知らされた時、  
周囲は驚いていたが、シローは必死でやったのだから当然だ、カナがつきあってくれたのだから当然だと思った。  
 
カナと同じクラスになれるとわかりシローは合格した時よりも嬉しかった。  
放課後にカナと桜見物と称して校内を探検していた時の事、ふと立ち止まりグラウンドに目を向ける。  
シローは、体育祭にフォークダンスはあるかなあればいいなぁそうすればカナちゃんと手を繋げるのに。などと  
ぼんやり考えていた。カナはシローの視線の先を見て、ああ陸上部の用具を見ているのかと思い話しかける。  
「背も伸びたのだから部活でも始めてみれば?陸上部とかどうかな。ひ弱なままじゃモテないよ。」  
カナちゃんがそう言うのなら、とその翌日に入部届を提出した。本人は意識していなかったが  
シローの身体能力は同年代の男子のそれを大きく上回り、そして身体を上手くコントロールする才能は  
目を見張るものがあった。陸上部の顧問がクラスの担任教師だったせいもあり、特に気に入られたシローは  
その才能を瞬く間に開花させていく。  
 
教室でカナと一緒にいると、いつしか級友達が周りに集まってくるようになる。  
本音を言えばカナと居られる事こそが最良なのだがこういうのも悪くない。  
カナが皆と談笑している時の楽しそうな顔をみていると、幸せだなぁ、これが青春ってやつかと思う。  
 
「なんだシローお前、あの“ガリ勉”が好きなのか、変わった趣味してるな。お前なら選択肢は無数じゃないか。  
 ああ、東中出身はお前とあいつだけだったな。いわゆる同属意識ってやつか。」  
部活の友人と異姓の話題で盛り上がった時、好きな女はいるのかと聞かれてつい正直に答えてしまった。  
中間テストでほぼ満点の成績をたたき出したカナもシロー程ではないにせよ、学年では有名人であったが、  
背が高いくせに猫背でイマイチぱっとしないつまらなそうな女。シローの周りを衛星のようについて回る  
小雀どもの内の一人。男子生徒から見ればその程度のものだった。失礼な、カナの何がわかるのかと思ったが、  
辛口な友人の評価に苦笑する。  
 
シローはそれでいいと思った。カナの魅力を知るのは自分だけでいい。カナに恋人ができてしまったらと、  
考えるだけでもぞっとする。自分の気持ちをカナに伝えたい想いは日々募るばかりだが、  
今まで続いたカナとの関係が全く変わってしまうのではと思うと、どうしても一歩が踏み出せない。  
 
シローは職員室で数人の教師に囲まれている。先週から続く雨のせいで湿度が高く、居心地の悪さを助長する。  
いくら県大会で好成績を収めていても、学生の本分が疎かになっては意味がない。中間テストの結果を筆頭に  
シローの成績は陸上部のそれとは反比例して下がっていた。陸上部顧問でもある担任は責任の一端を感じてか、  
夏休みになるまで、部活は私に顔を見せに来るだけでいいわ、今は勉強のほうに専念しなさい。  
と異例とも言える措置を言い渡す。自覚はしていたが、自分の成績はそこまでヤバかったのかと落ち込む。  
 
ありがたいことに今度はカナの方から教師役をかってでてくれた。さすがは文殊様天神様カナ様である  
カナ先生による毎日の特別個人授業により、シローはさっぱりわかず難渋していた授業内容が、霧が晴れたように、  
まるで呪いがとけたかのように理解できるようになった。  
「僕、カナちゃんがいないとてんでダメだなぁ。」  
数学の問題集をスラスラと解き進めながらシローはつぶやく。授業についていけだしたのはカナのおかげだ。  
感謝してもし足りない。カナは急に、休憩しようと言い出した。  
さっき紅茶を飲んだばかりじゃないかと思いながらシローは次の問題に取り組む。カエルの声がやかましい。  
集中力が途切れ、ああもうと顔を上げてベランダに立つカナを見る。  
 
このごろのカナは様子がおかしい。どことなく落ち着かない雰囲気で、話しかけてもうわの空な時がある。  
ぼんやりとこちらを見ているかと思えば、よそよそしい態度をとられたりする。そう言えば、いつもは  
肩まで伸ばした髪をゴムで二つにまとめて垂らしているだけなのだが、昨日来た時には三つ編みを後ろで纏め、  
ピンを駆使してお団子をつくっていたし、一昨日はワックスを使って髪を左右非対称に分けて流していた。  
今日はお団子の位置が左に移動している。似合わないしまだ早いと言っていた、年頃の女性らしいおしゃれに  
気を使い始めるなど、いつものカナらしくない行動だ。もしや、恐れていた事が起きたのではと戦慄した。  
カナは誰かに恋をしている!   
その羨ましい、いや恨めしい相手は誰だろう自分の知っている男だろうか、それとも。シローの思考は乱れる。  
これはいけない、これ以上躊躇している場合ではない。  
シローは立ち上がると足音を消して歩き、手すりにもたれているカナの後ろに立つ。いまだ。  
カナを後ろから抱きしめようと手を伸ばしたその時、カナが大きくため息をついた。  
 
はっと正気に返ったシローは咄嗟に両手をあげ、物干し竿に手をかける。手の震えが伝わり竿はカタカタを音を立てた  
ステンレスの冷たさが心をさまし、さっきまでの決意が霧散する。カナが気付いた。シローは何気ない話題を振り、  
その場を取り繕おうとした。  
 
「シローは高校になってから変わった。なんか、違う人みたい。」  
知らない人?僕が?誰の?突然、想像もしていなかった言葉を聞かされ困惑する。何を言ってるんだこの人は。  
聞き間違いかもしれない、そうだきっとカエルが五月蝿いからだと前向きに考えて、  
もう一度聞きなおそうと恐る恐る声を掛けるがカナはシローの顔も見ずに部屋を飛び出して行った。  
さらに困惑し声を出せない。動くこともできずにカナを見ているだけだった。  
その時、シローの中でなにかが動いた。  
 
「カナちゃん慌てて出て行ったけど、どうしたの。」  
「なんか、用事があるの思い出したって。友達と約束でもあったんじゃないかな。」  
「おいおい、カナちゃんになにかしたんじゃないだろうな?んん?」  
「はは、まさか。」  
カナの様子を訝しげに思った両親だったが、シローがそう言うのならそうなのねとそれ以上は聞かなかった。  
シローは普段どおり、リビングでテレビを見て新聞を読み、風呂に入る。あれだけ波立っていた心も今は静かだ。  
湯船に浸かりながらさっきの出来事を思い出し、ばしゃばしゃと顔を洗う。明日、カナに想いを伝えよう。  
結果なんてどうでもいい、今日みたいな思いを続けるよりはよほどましだ。頬を叩き、気合を入れる。  
 
シローはあれから一睡もせずにいた。朝になり、日差しが目を射る。そろそろか、と朝食をとり歯を磨く。  
鏡の前で笑顔をつくってみる。瞼が重い。顔を洗ってもさすがにこの眠気は払えない。  
しかし、心は昂揚している。支度をすませて、時計を見る。いつもカナが迎えにくる時間より15分ほど早く家を出た。  
カナの家の前で数分ほど逡巡するが、意を決してインターホンに指を当て、えいっと押す。  
その日、カナとシローは恋人同士になった。  
 
 
 
そこで、目が覚める。シローは、夢をみていたのか、子供の頃の僕が夢にでるなんてしかし惜しいところで  
目が覚めたな、もっと見ていたかったのにと天井を見る。まだ頭がはっきりしない。いつもと寝心地が違う。  
左足に何かが這っているのに気付く。目が覚めたのもこれを感じたからだった。  
ん?と思い目を向ける。感覚の正体はカナだった。  
「カナちゃん…か。まだ、夢の中なのかな…?」  
「おはよう、といってももうすぐお昼ね。こんにちわ、シロー。」  
「こっちのシローに、おはようのキース。ふふっ。」  
そう言いながらカナはシローの性器に口づけをし、舌を絡めて舐め回し、口に含む。なにされてるの、これ?  
左足の膝がぬるぬるする。カナが自分の性器をこすりつけているのだ。え、まじこれどうなってんの?  
「んふゎ、シローのチンポおいしい…私とシローの味がする…ゆうべの味…ん、これ好きぃ。」  
「うわぁ!カナちゃん!」  
シローは文字通り飛び上がった。カナをはねのける。その拍子に左膝がカナの性器を激しくこすり、嬌声が聞こえる。  
なんなの、ここはどこ僕はどうしてカナちゃんは今?  
 
「あん、シローのいじわる、まだ途中だったのに。ね…キスしよ。」  
シローに顔を近づけキスをする。舌で唇をこじ開け歯を舐り、唾液を貪るように舌をさらに侵入させてくる。  
カナのキスは血の味がした。シローの脳は一気に覚醒する。そうだ、ここはカナちゃんの部屋。この味は破瓜の証、  
ゆうべの証。カナが唇を離すと唾液が糸を引いた。  
「ね、シロ。しよ。私、またしたくなっちゃった。ほら、見て。」  
カナは半目でシローを見つめ、シローの前に寝転がり腰を上げて両足を開く。カナの性器が妖しく光る。  
「うん。カナちゃんのマンコ、ペロペロ舐めるよ。なめてなめて綺麗にしてあげる。」  
「ん…シロ、シロの舐め方すごくえっち。あぁ、それすごくいい、また溢れちゃう、シロ。もっとして、シロ、大好き!」  
ベランダの壁にとまったセミが、カナの嬌声に負けるものかとばかりに大きく鳴き始めた。田んぼの稲が風にゆれる。  
今日から神社で夏祭りだ。そうだ、金魚すくいをやろう。テキ屋のおじさん僕たちのこと覚えているかな。  
カナに腰を打ちつけながら、シローは思った。  
 

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