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Blue   
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二つめ:  
 
 
 
 
真夏のお昼時は手持ち無沙汰だ。  
洗濯物なんて午前中で乾いてしまったし、お野菜が安くなるのは夕方から。  
おまけに雲ひとつ無いこんな日に外に出たら絶対に日焼けする。  
あまり強い日焼け止めを塗りすぎるのはお肌によくない。  
髪だって紫外線でダメージを受けるのだから肌なんて何をかいわんやだ。  
 
だから平日は本を読んだりしてすごすのだけれど。  
土日はみんなの分もお昼ご飯を作る。  
今日はおとうさんが午後までお仕事だから、昨日の残りを温めてサラダだけ作った。  
二日目のカレーをかき回して溶けたジャガイモをお皿に盛る。  
とろりとコクが増した濃い色に新しく茹でたブロッコリーと温泉卵を添えて、  
真っ白なお皿をことりとお盆に載せる。  
エプロンを外しながら居間に声をかけた。  
 
「イチ君。またサボってる。手伝って」  
 
答えまでにはややあって、のそりとワイシャツ姿が台所をくぐってきた。  
頭をかがめて入るのでちょっとおかしい。  
サラダとカレーライスの器を指差すと、イチ君は無言のままこちらを睨み、ふいと持っていってしまった。  
顔をしかめる。  
 
――昨日からろくに口を利いてくれない。  
 
朝叩き起こしたときに  
「なんだよ休日なのに。だいたい雨音さんは横暴だ。エロ本だって捨てるし。」  
捨てるし。捨てるし。捨てることないよ。  
とかなんとかひたすら言うのでいじいじしないの。また買うくらいの気概を見せたらどうなの。  
と誠心誠意叱ったら余計に口をつぐんでしまった。  
 
ええもう。  
 
昨日のは、早速朝7時に私のうちから廃品回収に出しました。  
 
確かに、イチ君がああいう女の人であんなことやこんなことを考えているのがちょっと嫌だったっていうのもあったのだけれど。  
少し邪心があったのは認めなくてはいけない。  
でもいやらしいのはいけない。  
 
別に。  
別に、イチ君をいじめようとしてやっているわけじゃないのだ。  
うん。  
ほんとに。  
いやらしい本を捨てられたのがそんなにショックだなんて私もショックだ。  
そんな。そんなにも女の人の裸が大好きだなんて思わなかった。  
どうしよう。  
このままだとイチ君は不良になってしまうんじゃないだろうか。  
まず最初に家族と口を利かなくなる。これは大変な兆候なのかもしれない。  
 
溜め息と一緒に冷蔵庫からオレンジゼリーをふたつ取り出す。  
よく冷えていた。  
氷を二個ずつ入れたグラスに水道水を注いで、周りを拭き取ってから台所を出る。  
大きい背中が律儀にお皿とスプーンを並べて待っていた。  
 
大窓にたてすがあるせいかダイニングは涼しい。  
昼のテレビは天気予報に入っている。  
 
イチ君は無言でカレーを口に運んでいた。  
私はカレーとごはんの部分を混ぜて、さましてから一口ずつ食べる。  
少なめによそったから早く食べ終わった。  
ちらと横を眺めて、水を飲む。  
 
……いちくんはカレーが好きだ。  
うん。  
 
「イチ君。お代わりはいらないよね。私が全部食べちゃうからね。」  
 
おもむろに立ち上がってお皿を台所に持っていく。  
水が足りなくなったので片手には冷え切ったグラスも。  
 
「え。え」  
 
後ろでは誰かがうろたえている。  
誰のことだかは知らない。  
ガタンと椅子が弾かれている。  
 
「雨音さん。雨音さん、待つんだ。待ってください」  
 
うん。  
カレーはすごい。  
一時間ぶりにイチ君の声を聞いた。  
 
網戸になった台所の窓からは蝉が騒がしく降っていた。  
コンロの火がチ、とついて換気扇が回り始める。  
夏の野菜カレーはジャガイモ・にんじん・豚肉のほかにもたまねぎを普段の二倍入れて、トマトも溶かしている。  
お父さんが好きなサヤインゲンもポイントだ。  
豚肉の代わりにひき肉を使うのも好きなのだけれど、イチ君はお肉は固形がいいといつも我侭を言う。  
次からカレーはずっとひき肉か鶏肉にしよう。  
シーフードにしてみるのもいいかもしれない。  
 
「雨音さん、そんなに食べるほうじゃないじゃんか。だめだって。俺の。じゃない、俺が食べてあげる。おなかを壊しちゃだめだ。  
 父さんだっていつも言ってるじゃないか。女の人はおなかを大事にしなくちゃいけないんだ。  
 俺もそう思うよ。ほら、その、女の人は自分で戦う力を持っている。男なんか到底敵わないくらい強いよね。  
 それは大事にしなくてはいけない部分が男より多いからなんだと思うわけ。」  
と思うわけといいながら台所に突入してきたイチ君は非常に真剣な顔でお皿を差し出してきた。  
 
「だからね、俺は雨音さんに頼られるような男でありた」  
 
脛を蹴ってみた。  
うめき声が聞こえた。  
さすがに呆れる。  
いつもこうだ。  
どんなに拗ねられて口を利かれないのが悲しいかなんてイチ君はちっとも分かってくれない。  
私だって。  
素直にもっと、怒ってくれたら謝りたいと思っていたのに。  
 
「雨音さん。無視してごめんなさい」  
「……」  
 
イチ君は心を読んだみたいに素直に謝ってきた。  
私はカレーの火を止める。  
 
「うん。いいよ。」  
 
それから黙ってイチ君のお皿にほかほかのごはんをよそって、カレーをたっぷり載せてあげる。  
息がしにくかったので水を飲んだ。  
網戸向こうのたてすのせいかダイニングは相変わらず涼しい。  
さっきまで冷え切っていたはずのオレンジゼリーは少しぬるかったけれど、美味しかった。  
冷たい水も、二日目のカレーのお代わりも美味しかった。  
そしてそれがお昼時で。  
ちょっと名前の上数文字が違っていてもひとつの屋根の下で誰かと食べて。  
季節は夏の盛りの少し手前で、簾から覗くのが雲の無い青空だったのなら。  
こんなに素敵なことはない。  
 
 
 
何より、隣にいるのがイチ君だというのが一番嬉しいのだけれど、きっとそのことはいつまでも私の秘密だ。  
 
 
了  
 

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