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ブルー 第3話:
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俺より先に、寝てはいけない。
俺より後に、起きてもいけない。
飯は美味く作れ。いつも綺麗でいろ。
出来る限りで、かまわないから。
殴られる。
少なくとも我が家でそのような態度を取ったら雨音さんに殴られる。
男の見栄とそして不器用な愛の表現が語られたこんなに良い曲なのに。
幸せの形は様々とは言う。
うちはうちでこれで良いのだとも思う。
しかしかかあ天下ここに極まれりという感じでは少々肩身も狭い。
こういう家庭である理由は雨音さんが世話好きだとか、
母親がいないだとか色々あるかもしれないが
俺はひとえに父親の性格によるものだと思っている。
妻つまり俺の母親だがに逃げられた現在42歳公務員で毎日6時には家にいる冴えない男、
俺の父親の事を俺から見て端的に表現するとこんな感じの人間となる。
気が弱く、腰が低く、外で喧嘩でもしてる所なんかは見た事がない。
その癖説教臭く、事ある毎に俺に説教をする。
それが又ねちっこい上に理不尽だ。
子供の頃は喧嘩に負けたといえば負けるお前が悪いと説教され、勝ったといえば乱暴を振るうなと叱られた。どうしろと。
その割に雨音さんには異常に甘い。
フェミニストとかそんな物を凌駕する感じに甘い。何があろうとどうあろうと雨音さんの味方になりやがる。
そう、まあ言ってみれば理不尽な位にだ。
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「お前が悪い。」
開口一番こうだ。まだこっちは何も言っちゃいねえ。
「いや、あのなあ」
「雨音に謝って来なさい。」
公務員てのは公正を旨にするべき。
という世の常識に真っ向から反発するかのごとく人の話を聞かねえ。この親父。
警官じゃなくて本当に良かった。
もし警官だったら俺みたいなちょっと世の中を斜めに見ちゃう年頃の、
でも内面は凄く男らしくて頼りがいがあって、
でも口にすると自分を上手く表現できない、
そんな不器用な男を次々と冤罪に陥れていたに違いない。
「別に雨音さんが勝手に怒ってるだけで俺は何もしてないって。」
「怒るのにも怒られるのにも理由がある。それを聞いて謝って来なさい。」
「親父は理不尽なことで怒られた事はねえのかよ。」
「理不尽だと思った事はあるよ。でも後々良く何度も考えれば父さんの場合はそう理不尽じゃないと思える事ばかりだった。
理不尽だと思ったのは自分が未熟だったからだ。雨音が怒ったならお前が悪い。我慢しなさい。」
実の息子に背を向けながらこれだ。驚くべき理不尽さだ。いつもこうだ。
「親父が雨音さんに甘いのは判るけど今日なんか俺、ただ学校から帰って来ただけだぞ。」
それなのに口を聞いてくれないわ、ご飯は茶碗に小盛り一杯とメザシだわ、
洗濯物は俺の分だけ綺麗に畳んでくれているものの仕舞ってくれてはいないし、
夜のおやつは無くなってるし家に帰っちゃうしで大騒ぎだ。
親父は今、こちらに背を向けながらちゃぶ台の前に丸まって
いつもならあるはずの晩酌のつまみなしに中年男の悲哀、ここに極まれりという感じでちびりちびりと日本酒を啜っている。
「じゃあただ帰ってきたその中に不味い事があったんだろう。」
俺が反論すると不貞腐れたようにそう言う。
「ねえよ!」
と叫んだ瞬間に、ふと気に掛かった。
「・・・まあ、でも、あれは。」
「ほらあるじゃないか。」
今日は確かに後輩の女の子と2人で帰った。
「でも関係ないよなあ。」
「関係なくはないんじゃないか。」
「いや、関係ないよ。判らないくせに口挟むなよ。」
「因みに今日は雨音は午後5時半頃に鬼のような顔をして帰ってきたぞ。
それから3分おきに時計を見て、だんだん角が尖ってきてたな。」
確かに今日は後輩の女の子と2人で帰った。大体そのくらいの時間に。
テレビや最近はやりの漫画について語り合い、大分盛り上がったのも確かだ。
盛り上がりついでに喫茶店に誘われたのでついていって小一時間ほど話をした。
主に剣道の話やテレビや音楽の話などを。
その後輩の女の子は派手だがそこそこ可愛いと評判の子でもあり、
帰り際には俺の腕を取ったり、にこにこと笑いかけてきて悪い気がしなかったのも確かだ。
しかしそれが何か問題でも?
「多分それだよ。」
「だから何も言って無いじゃん。」
エスパーか。
「とにかく父さんはにこりともせずエプロンを握り締めて台所の暗がりに立ち尽くす雨音を見るのは正直怖い。
怒りを父さんに隠そうとするところも含めて。どう対処していいのかわからん。」
まさか。
「・・・そんなに怒ってたの?」
「イチは遅いねえと言ったら
き っ と 楽 し く 遊 ん で る ん で す! 剣道を辞めたとたん羽伸ばしちゃってさ。
とかなんとか目線を全く動かさずに答えてたからな。
だからまたお前が何かしたんだろうと思ったんだけどな。」
そういって又背を丸めてぼりぼりと頭を掻く。
「いやだから特段何もしてないけど。」
「そうか。ならいい。謝って来なさい。」
「聞いてる?俺の話。」
何故に俺が謝らなきゃいけないのか。
そういうと親父はようやくくるりとこっちに向き直り、真面目な顔をした。
「・・あのな。雨音は良く怒るけど、怒った後に毎回悲しい気持ちになる芯の優しい子だ。
お前だって雨音が悲しい気持ちになっていたら嫌だろう。
理不尽だと思ったら謝らなくてもいいけれど、兎に角話しに行きなさい。」
・・・この始末だ。
いつもいつもだが親父はえこひいきじゃないかって位に雨音さんを可愛がる。
「・・・ま、謝りはしないけど、迎えに行くよ。今日は雨降りそうだし。」
そういうと親父は頷いた。
「それがいい。雨の夜に家で1人なんて可愛そうだ。連れて帰ってきなさい。
なんだったら向こうに泊めてもらってきてもいいが。」
冗談を。雨音さんは父親がいないし、母親は殆ど家に帰ってこないからいつも家にいるときは1人きりだ。
昔ならいざ知らず17にもなってそんな所に泊まれるか。
ただでさえ近所じゃ何言われてるかわからないのに。
「・・連れて帰ってくるよ。」
俺が立ち上がるとそういって親父はほっとしたような顔をしてうんうんと頷いた。
「うん。そうだな。そうするといいな。雨音も家に一人じゃ寂しいだろうからな。
雨音が落ち着いてから連れて帰ってくる方がいいな。うん。
あ、あれだ。雨音の好きなお菓子があっただろ。ふんわり名人とかいう。
あれ帰りに2人でスーパーで買って帰ってきなさい。お金渡すから。な。な。」
一段落。といった顔で、じゃあ雨音が帰ってくるまでお酒は控えておこうかな。うん。
などと1人ごちている。
雨音さんのいない晩酌が嫌だから、だろうがエロ親父が。
了