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ブルー 第4話:  
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○月×日  
 
うちへの帰り道、雲が黒くて雨が降りそうだったので引いていた  
自転車をこいで坂道を登ったら息が切れてしまいました。  
でも雨が降るまでに間に合ったからよかったかな。  
熱かった風も冷えてきて、お風呂上りにベランダへ出たら少し雨が降ってきました。  
 
 
それにしても、何で剣道をやめてしまったんだろう。  
考えてみたけれど、分からない。  
 
初めて会ったときから、イチ君は竹刀と一緒に飛び出してきた根っからの剣道少年だったのに。  
大好きだった相手にある日突然興味がなくなってしまうのは、よくあることなのかな。  
 
夏中ずっと考えていたけれどやっぱり分かりません。  
 
 
@@  
 
 
椅子を引いて、麦茶を入れ替えるためにキッチンへ出た。  
2LDKのマンションは母娘で暮らすには贅沢な広さだといつも思う。  
「ぁ。雨」  
窓を開け放した居間には雨の音がぱらついている。  
夕方の予報どおり、本格的に降ってきたようだ。  
 
湿気でただでさえいうことを聞かない髪がまた跳ねているのを  
あいた右手で撫でつけて、冷蔵庫を開けた。  
暗い中で白い光が眩しかった。  
相変わらず何も変化が無い。  
タッパーにおひたしや和え物なんかを並べて、いつ帰ってきても大丈夫なようにしているのに、無駄になりそうだった。  
 
冷えた空気を眺めて手前のタッパーだけ取り出した。  
 
今回もまた、悪くなる前に、榊原のうちに持っていかなくちゃいけない。  
いつもそうだ。  
お母さんは、一週間に一度帰ってくればいい方なのだから、もう慣れている。  
寂しくないといったら嘘になるけども、  
――だからといってお母さんが嫌いというわけでもないのだし。  
たこときゅうりの酢の物をつまみながら、麦茶をグラスに継ぎ足した。  
ビールでもいいかもしれない。  
とふと思って、グラスと一緒に冷えた缶ビールを抱えて部屋に戻る。  
なんたってもう20歳なのだ。  
合法的にお酒が飲める。  
前にイチ君がお父さんに隠れて飲んでて怒られていたけれど、私はもう大丈夫だ。  
 
うん。  
 
それを考えたら少し気分が良くなった。  
 
でも夕方のことを併せて思い出してしまったので、麦茶を後にしてビールを飲むことにした。  
よく冷えていた。  
もやもやする。  
ご飯と生焼けの目刺しだけで、お腹をすかせていないだろうか。  
あ、でもきっと可愛い女子高生と何か食べてきたんだろうから大丈夫だ。  
うん。  
じゃあ大丈夫だ。  
 
考えてたらなんだか頭がぐるぐるして、喉が苦しくなったのでそのまま缶を飲みきって、机に頭を埋めた。  
熱い。  
20歳になって発覚したところなのだけれど、残念ながら私はとてもお酒に弱いみたいだった。  
好きなのに悔しい。  
 
水がベランダを打つ音が心地いい。  
 
アルコールが血を巡っていくと指の先までぽかぽかしてきた。  
 
 
「……んー」  
 
チャイムの音で目が覚めた。  
酔ってしまって寝ていたみたいだ。  
まだ十時前だったのであまり寝ていないのにほっとする。  
頭がふわふわした。  
ぼうっとしたままインターフォンを取ると、向こうでちょっと怒ったイチ君の声で「帰るよ」と一言だけ  
聞こえたので酔っていたせいだと思うけどどうしようもなく泣きたくなった。  
ロビーまで傘を持って降りていって、顔を直接見たら泣いてしまった。  
雨でよかった。  
水がアスファルトを覆っていて、足の指が濡れている。  
後ろでぐずぐず泣きながらサンダルでぺたぺたと歩いているのを、イチ君が時々溜息をついて待ってくれた。  
別にすぐ帰らなくてもいいじゃん。と言われるのがなんとなく余裕めいていて生意気と思ったので強引に背中を押して帰っているような感じだ。  
いつもは私が先を歩いて遅い遅いと怒っていたから、これもなんとなく珍しい。  
 
 
 
最初の頃、おとうさんとイチ君が、私はどうしてもいい人だと信じられなくて、  
ただ「私はお客様」の気持ちが強くて、小学生のくせにすごく嫌な態度をいっぱい取った。  
 
それはもうこのおうちのひとに信じてもらえない方があたりまえ、みたいな、勝手なことをいっぱいしたと思う。  
 
20になった今思えば、いくらうちに帰ってこなくてもお料理を作ってくれなくても  
お母さんだけが家族なんだと信じたかったのかもしれないし、  
いくら面倒を見てくれるといっても、お母さんの恋人ではなく  
まして本当のお父さんでもない人を「おとうさん」と呼ぶことを、  
どこか裏切りみたいに感じていたのかもしれない。  
 
でもイチ君の面倒を見てあげなくちゃ、といつの間にか当たり前みたいに思っていた。  
周りの子達が妹や弟の話をするのを聞いていたから、小さかった私も、誰かのお姉ちゃんになれることだけはすごく嬉しかったのだ。  
 
 
スーパーにイチ君が寄って私の好きなお菓子を買ってきてくれて  
(こんな顔で人前に出るのいや、と駄々をこねたらものすごく仕方なそうな顔をして中に入っていった)、  
うちの近くの街灯を見上げる頃には、そんなことを思い出して、涙が収まっていた。  
「雨音さん歩ける?」  
「歩けてますー。お姉ちゃんのことばかにしてるんでしょ。」  
「いやだってまっすぐ歩いてないじゃん。お酒弱いのに飲むからだよ。この酔っ払い。」  
生意気なことを言うので傘でアタックしてくすくす笑った。  
「痛いって!人がお腹すいてんのにそれかよ!」  
「分かった分かった。おつまみと一緒に何か作ってあげるから。  
 目刺しの焼いたのとか。そら豆茹でたのとか。ワカメのおひたしとか」  
「それただのおつまみじゃん!」  
 
呆れ顔の男の子を雨越しに眺め、しばらくじっと観察する。  
 
そうか。  
私、今、イチ君と一緒に帰っていくところじゃない。  
ふと気づいてなんだかおかしくなってますます笑った。  
 
自分でも思う。  
こんなしょうもないことで笑えるくらい、絶対ものすごく酔ってる。  
 
そして次第に強まる雨の中をお父さんが待つイチ君のうちまで一緒に歩いて帰った。  
楽しかった。  
 
 
 
 
 
 
 
ただ問題がひとつあったのは。  
 
次の朝起きたとき、恥ずかしくて死にそうなのでした。  
 
 
ああ。  
 
 
了  
 

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