「お嬢、おはようございます」
「おう、おはよう。」
「お嬢、おはようございます。今日も御勤めお疲れ様です」
「おう、おはよう。ありがとな。」
屈強で顔に傷がついている男達があたいに対し、わざわざ姿勢を正し挨拶をしていく。
あたいの名前は極堂縁。
極堂組15代目極堂恭司の一人娘だ。
やくざの娘ということだけで小さい頃から皆に避けられていた。
まぁあたいの眼ツケも悪いということもあるのだが。
あたいはいつも一人だった。
けど高校に入ってそんなあたいとある男が付き合うようになったんだ。
これは交換条件によるものだ。だから本当に付き合ってるわけでない。ホントに残念ながら…
あ?あたいにとってじゃなぇぞ?そいつにとってだぞ?勘違いしたら東京湾に沈めるからな!?
所謂愛の無い交際だ。だからキスだってしねぇ。あたいはかまわないのに…て、あぁ?何聞いてんだ!?
も、もちろん、それ以上の・・その・。てめぇ、何言わせようとさせてんだ。東シナ海に沈めるぞ!?
あ?交換条件??聞きてぇ??太平洋にしずめっぞ!?
鬱陶しい雨。あたいは雨が大嫌いだ。今日に限って迎えも来ない。
ま、あたいは一人で帰るのも好きだからいいんだけどね。
滅多にない、一人での帰り道。どこか寄り道しようか?そんなこと考えていたあたいの耳に何かが聞こえた。
「みゃあ〜…んにゃ〜」
こ、これは?この声はまさか!
慌てて周りを見てみる。路地裏の小さな段ボール箱にその子達はいた。
生まれたばかりと思われる可愛い子猫ちゃんが二匹。ビニール傘をかけられているも横雨に打たれて震えてる。
……どこのどいつだ!ネコちゃん捨てやがったのはぁ!
怒りに震えて段ボール箱へと駆け寄る。……いや〜ん!カワイイ〜!
雨に打たれるのも気にせずにギュッと抱き締める。
「可哀想に……体か冷えきってまちゅね?ママが暖めてあげまちゅからね?」
子猫を抱き抱え急いで家へと帰ろうとしたら……ヤツがいた。
「………見た?」「………見た」
「………聞いた?」「………聞いた」
う、うおおおお〜〜!見られちゃいけないものを見られちまった!
聞かれちゃいけないものを聞かれちまった!
どうする?どうしたらいい?
日本海か?それとも太平洋か?意表を衝いてオホーツク海ってのもいいな。
どう口封じするか悩んでいたらそいつの姿が目に入った。
雨なのに傘もささずにずぶ濡れの姿。手には牛乳とスポーツタオルが入ったコンビニの袋。
そうか……段ボール箱を守るように置かれていた傘はコイツのか。
慌てて戻ってきたのか息を切らしている。コイツ……いいヤツだ。
「おう、とりあえずこの子達、あったかくしないといけないから家に持って帰るぞ」
「あ……そ、そうなんだ。このままじゃ危ないからね」
「じゃ、行くぞ」
「う、うん。あとはよろしくね」
「はぁ?テメエの持ってるタオルや牛乳は飾りか?テメエも来るんだよ!」
「え?えええ〜?」
「デカイ声で叫ぶんじゃねぇよ!この子達がビックリするだろうが!」
「ゴ、ゴメン。けど僕が家に行ってもいいの?」
「なんだテメエ?最初に見つけたのはテメエだろうが!責任とれよ」
あたいの強引な誘いに、うれしそうに頷いたコイツ。やっぱり子猫が気になるみたいだな。
家に着いたら組のもんに見つかって『お嬢が男を連れてきた!』って大騒ぎになったんだ。
最初は否定するつもりだった。だけどな……
『天変地異だ!』やら『万馬券が来た!』や『いくらで買ったんですかい?』などど言われちゃ黙ってらんなくなって言っちまったんだ。
『こいつは正真正銘あたいの男だ!』ってな。
おかげでその日は組をあげてのドンチャン騒ぎ。親父も涙ぐんで喜んでやがった。
ますます引っ込みがつかなくなったあたいはコイツに提案したんだ。
『形だけでいいからあたいと付き合ってくれ』って。
『そのかわり、この子達の名前を付けていいし、いつでも会いに来ていいぞ』って。
普通なら断るその提案をコイツは受け入れやがった。
「子猫が気になるし、名前もつけてみたいからね」だとよ。
組をあげての宴会も終わり、コイツを門まで見送りに行った時気が付いたんだ。大事なことを聞いていないってな。
「……そういやテメエ名前はなんてんだ?」「僕の名前は……」
その日から始まったあたい達の関係。
コイツにゃ秘密だけど、あたいは結構気に入ってんだ。子猫達にとっちゃあ、あたいがママでコイツがパパか。
いつかは本当の夫婦に……ば、バカヤロウ!テメエ変なこと考えてっとカリブ海に沈めっぞ!
アイツが来ない…、しかも3日もだ!
1日来ないのは仕方ない、アイツにも人生がある…。
2日目、きっと親が事故でもしたんだろうと思った…。
3日目…、………有り得ねーだろ?!
あたい…もとい子猫ニャンvに会いたくねーのか?!
飽きたのか?!そうなのか?!確かにあたい等は偽りの……こ、恋人だ、ウブで気弱な…まぁ優しいともいうな、…バカ!照れてねーよ!インド洋に沈めンぞ?まぁ、そんなアイツは手すら握ってこない…、だからいけないのか…。
そんなこんなでアイツのせいでヤツ当たりしてしまった組の者の見舞いに病院を訪れ、謝罪をしたのだが…なにが『自分、嬉しいっス!お嬢さんもついに人並みに乙女な悩みを…』だ!
しかも泣きながらってのはどういうことだ!
思わず一度折っちまった腕をもう一度捻りかけたじゃねーか!クソッ!それもこれも皆ー…!
『極堂さんー…?』
そう、付き合ってるにもかかわらずいつまで経っても名字でしか呼ばないー…、クソッ!幻聴まで…!
『極堂さん!あー、……さん!』
自分の名を呼ぶ声に振り返るとそこには…これだけあたいを悩ませたアイツの姿がー。
「あっ…!テメェ何してんだ…」
クソッ!本当はもっと言いたいことがあるのに…!言葉にならないってなんだよっ!
「風邪引いちゃって、極堂さんも風邪?」
あたいの悩みなんて知りもせずいつもの人の良さそうな笑顔で話掛けてきやがる!マジ大西洋に沈めんゾ?
「いや…、あたいは見舞いだけど…風邪引いてたのか?……熱とかは大丈夫か?」
違う!そんなことが言いたいんじゃねーだろが!
「うん、まだちょっと熱あるんだけど…、あっ、あんまり近寄ると移っちゃうよ!」
思わず近寄るあたいを制止する!
そんなヤワじゃねーと言い返そうと思うのに言うことを聞いてしまう…、コイツは魔法遣いか!
「そうか……、あの…猫、××が寂しそっ!…違う!なんでもねー!」
ヤベェ!ついいつもの癖でコイツが猫につけてやった名前じゃなく、あたいが…、練習の為にだぞ!猫ニャンにつけたコイツの名を呼んじまった!………バットで殴れば記憶飛ぶか…?
「僕…?確かに寂しかったけどねー…、風邪治ったらすぐに行くね、猫と……さんに逢いに」
……あたいの顔が赤くなったのはコイツの風邪が移ったせいだ!けしてコイツの言葉と名前を呼んで貰ったが嬉しかったとかじゃねーぞ!納得しろよ?納得しなかったら太平洋でマグロ釣る餌にすんぞ!
くっそ〜、今週もアイツのせいで、つまんねぇ日曜を過ごしちまったぜ。
毎週子猫ちゃんの玩具を一緒に見に行くのはいいが、たまには、で、でぇとにでも誘い……な、なんでもねぇよ!
しかし、アイツが勧める映画は面白いのが多いな。あぁ?なに言ってるんだって?
玩具を買うのに付き合ってくれたお礼だって映画を奢ってくれんだよ。
もちろん昼飯付きでな。……あたいは別にいいんだけどさ。
つぅかさ、映画と昼飯で毎週あたいを買い物に付き合わせるってなに考えてんだ?
特に玩具を買うでもなく、ただブラブラとデパートを歩いてさ。
なぁにが「この服似合いそうだね」だ!テメエは服屋の回しもんか!
ま、まぁ着る服がなくなってきたから買ったけどさ。
……なんでテメエが嬉しそうな顔してんだ?ニタニタしてっと沖縄の海に沈めっぞ!
クソが!試着したあたいを見てなにが「思った通りだ。緑さんは何を着ても似合うね、可愛いよ」だ!
ば、ばか言ってんじゃねぇってんだ!あぁ?なんで買った服をそのまま着てるのかだって?
そのまま着てちゃ悪いのか?ゴタゴタぬかしてたらハワイの青い海に沈めっぞ!
あぁ?さっきから沖縄やハワイの海って言っているって?言っちゃ悪いのか?
別にアイツと一緒に行きたいとかそんなんじゃねぇからな!勘違いすんなよ?
にしても……でぇとか。でぇとってヤツはいったいどんなことするんだろうな?
バ、バカヤロウ!誰がアイツとでぇとしたいなんて言ったんだ!瀬戸内海に沈めっぞ!
おっと、こんなこと考えてる場合じゃねぇや。料理の練習しなくちゃな。
あぁ?あたいが料理したらいけないのかよ!別にアイツのためじゃねぇぞ?
来週の日曜日に子猫ちゃん達を連れて公園に遊びに行くことになったんだよ。
子猫ちゃんにママは料理が出来るってしっかりしたとこ見せてやんなきゃいけねぇからな。
はぁ?誰がその料理を食べるのかだって?そんなもんアイツに決まってんだろ?
テメエバカか!子猫ちゃんが食べたらお腹壊しちゃうじゃね〜か!
ふざけたことぬかしてっと黒海に沈めっぞ!
くっそ〜、なんであたいがこんなモヤモヤしなきゃいけないんだ?
これも全部アイツがでぇとに誘わないから……な、なんでもねぇよ!