「あのさー…、どこ行くんだよー」
私の10m後方をブツクサ呟きながら歩く優人の質問を無視し、構わず歩を進める。
「いいからついてこい!」
本当に伝えたい言葉はこんなことじゃないのに…。
本当はこんなに離れて歩きたい訳じゃないのに。
空いた彼の隣ばかりが気になり何度も振り返ると「別にはぐれたりしねーから大丈夫」とどこまでも鈍感な彼らしい言葉が返ってくる。
「迷子にならないか心配なだけだ!」
なんでこの口は『はぐれたら嫌だから手繋がない?』の一言が言えない!
思わず眉間に皺が寄る、好きな相手と歩いているのに…。
情けない気持ちがこみ上げてきる前に目的地に到着したのは幸か不幸か。
「ここだ…。入るぞ…」
優人に指で指し示しながらこじんまりとしたフラワーショップに入る。
そこは今日までということもあるのだろう、大量のカーネーションが店先に飾られていた。
「そっかー、今日は母の日か…」
一瞬だけ優人の表情が曇る、それは仕方無いのかもしれない…。
「すみません、ピンクのカーネーションを17本、花束で」
一瞬、定員さんがキョトンとした顔をするもそこは接客業、すぐに微笑みを浮かべて作業に取りかかってくれる。
「でも凜トコの叔母さんなら花とかよりお菓子の方がいいんじゃないか?」
優人の言葉通り、残念ながら私の母は花束を贈って喜んでくれるような女性ではない、母にはちゃんと三軒先のケーキ屋に数日前から特大のワッフルを頼んである。これはー…。
「まぁな…」
「お待たせしました、こんな感じで大丈夫ですか?ピンクだったので少し可愛い感じにしてみたんですが」
店主の声に振り返ると緑を多めに使ったあの人にピッタリのミニブーケ風の花束で。思わず頷き、イメージ通りの花束の代金を払うと先程から食虫植物に夢中だった優人の前に差し出す。
「俺が持つのかよ…」
心底嫌そうな優人の背を叩き、花束を持たせると駅へと向かって歩き出す。
「お前家逆…」
「叔母さんのトコ、行こう…」
面食らった顔の優人、漸く私の真意が分かったらしい、そして花束の贈り主も…。
「あー!ちょっと待て!」
突然、呼び止められ再び花屋へと戻る優人の行動に首を傾げながらいばしその場で立ち止まる。
再び店から出てきた優人の手には鉢植えの赤いカーネーション。
それを私に差し出す。
「カーネーションなら…」
「叔母さんに」
少し照れたようにはにかみ、普段より早い歩調で歩き出す優人。
似合わない…、思わず笑ってしまった。
「それより!なんでピンクなんだよ!普通は白だろ!」
笑われたことが恥ずかしかったのか少し不機嫌な優人の声…。
いつまでも変わらないそのクセに胸が熱くなる。
「白じゃ寂しいじゃん…。だから赤を混ぜてピンク。それよりうちの母には良かったのに」
安易な理由だったが仕方無い、それしか思い浮かばなかったのだから。
「………」
「どうした?」
珍しく歯切れの悪い声で聞き取れなかった言葉に聞き返す。「…っ!」
「オバサンがいなかったらお前もいなかった訳だろ」
突然、腕を掴まれ引き寄せられた耳元で顔を真っ赤にしながら呟かれた言葉…。
私もだよ…、
母の日、誰よりも大切な貴方を生んでくれた貴女に感謝する日…。
まるでオバサンのように優しい日差しに後押しされて優人の腕に手を伸ばしたー…。