夕暮れの街の窓からは、暖かな灯が毀れている。
夜も9時を周り、勤め人達の帰宅も一段落したためか、道をゆく人影はまばらだった。
彼方にぽつり、ぽつりと見える都心のビル群の灯火が、たまらなく切ない。
姉弟の頬を、12月の風が撫でて行く。
その冷気は、真冬の厳しい寒さというよりも、今の二人を包む世間の目を体感させるようだった。
恵の白く細い指先が、健二の指に絡みついてくる。その指先から流れ出る愛しい姉の思いは、健二にも痛いほど伝わった。
恵は弟の掌を強く握り締めると、レザーコートのポケットに入れた。そして、愛する弟の肩に頭を寄せる。
誰が見ても、仲睦まじい恋人同士か、新婚の若夫婦にしか見えない。
・・・そうだ、なにがあっても姉さんはぼくの恋人なんだ・・・
・・・たとえ世界が認めなくても、健ちゃんは私の恋人・・・
一度は禁断の園に足を踏み入れた恐ろしさから、この関係を続けることにためらった姉弟だったが、
禁忌の味はあまりにも甘く、その魅力にはとても抗いきれなかった。
二人きりで、都会で暮らすならば、人目を気にすることもない。血の繋がった伴侶だけを信じて生きれば良いのだ。
この半年はそう思っていた。だが、一昨日二人の元に届いた一通の封書が、姉弟の小さな世界を決壊させた。
『三嶋 恵・健二様』とだけ書かれたその封書の中身は、恵と健二の写真、そして2枚の書類だった。
・・・レストランでこっそり口付けを交わす姉弟。
・・・駅のホームでかたく抱き合う姉弟。
・・・ホテルから出てくる姉弟。姉の上気した頬は、明らかに濃厚な情事の結果だ。
・・・・・・望遠レンズで撮ったと思しき写真には、マンションのカーテン越しに絡み合う姉弟のシルエットが焼き付いていた。
・・・・・・・・・そして、恵の産婦人科での診断結果のコピー。
『妊娠』の二文字を、わざわざマジックペンで強調している。
もう一枚の紙には、一言、『親元にも同じものをお送りしました』とだけ書かれていた。
こうして二人の運命は、たった一日にして決まったようなものだった。
この卑劣な行為を誰がやったのか、もはやそんなことはどうでも良かった。
恵のマンションの電話にも、携帯にも一日中ひっきりなしに着信が入った。だが、決して取らなかった。
「・・・別れるなんて、絶対に、嫌・・・」
ぽつり、と漏らした恵の声はかすれていた。その潤んだ瞳には、冬の街の灯が煌いている。
姉さんの瞳はやっぱりきれいだ。健二はぼんやりと思った。
姉弟の夏休みは、いつまでも終わらないと思っていた。いつまでも夏の夢を見続けられると信じていた。
当ても無く歩く二人の目に、駅前のシティホテルのビルが入った。どちらからともなく頷くと、手を取り合ったまま姉弟はフロントを潜った。
アベック達に占拠されて、ホテルの部屋はデラックスツインしか空きは無かった。
躊躇いもなく本名でサインをした恵は、部屋に入るや否や、上着を脱ぎ捨てるのももどかしく、かたく弟の躯を抱き締めた。
冬空に晒されていたはずなのに、姉弟の唇は、熱く火照っていた。
「・・・いや、嫌! 健ちゃんと別れるなんて、絶対に嫌ッ!」
小さく悲鳴のような嗚咽を漏らしながら、恵は健二のセーターをジーンズから引きぬいた。
健二はセーターを頭から脱ぎ放つと、姉の黒いレザーコートを、そしてパールホワイトのスーツを丁寧に脱がせた。
そして跪くと、タイトスカートのファスナーを緩めた。
スカートがすべり落ちて、弟の目前に、姉のパンティストッキングが露わになる。
その薄いパンティストッキングを透かして、ライトグレーのローライズスキャンティ−が浮かび上がっている。
その細かな刺繍が施されたスキャンティーの、まるで装飾の一部に溶け込んだかのような股間の黒い茂みに
健二は触れた。スキャンティーとパンティストッキングを通しても、そのしっとりとした熱は伝わった。
健二は姉の細くくびれたウェストをひしと抱き締め、引き締まったその下腹部に、そしてヴィーナスの丘に頬をこすりつけた。
恵美はその間にブラウスを脱ぎ、その身を覆うのは下着だけとなっていた。
「・・・ね、お風呂、一緒に入ろう?」
涙交じりで、しかし精一杯の笑顔で、恵は実弟を誘った。
切なげに自分を見つめる弟の瞳に、思わず泣き出しそうになった恵であったが、姉として、年上の恋人としての矜持で耐えた。
破滅はもう、すぐ傍まで近寄っているのだ。最後の一瞬まで、恵は健二との時間を、大切にしたかった。
熱いシャワーの下で姉弟は抱き合った。
強張った健二のペニスは、恵の引き締まった滑らかな下腹部に押し付けられて、その根元を姉のしげみでくすぐられている。
抱き締めた手にボディソープをまぶして、互いの背中をこすり合う。
石鹸の泡にまみれて、姉のヒップもバストも、つるつると滑る。
健二が指を食い込ませようとも、その指をはじきかえしそうな弾力が伝わる。まるで美しく快活な姉の、命の輝きそのもののように・・・
健二は姉のバストを両手でそっと包み込んだ。硬くふくらんだ乳首が、健二の掌を押し返す。
微かに喘ぐ恵の姿は、しかし、本当にきれいだった。
見事な釣鐘型で、型崩れの兆候など微塵も無いバストも、
繊細な鎖骨の窪みも、薄い皮下脂肪に包まれ滑らかに引き締まった腹筋も、
鋭くくびれたウェストも、ヒップのふもとの笑窪のようなかすかな窪みも、
きゅっと持ち上がったヒップの双丘も。
姉の躯の、全ての起伏や凹凸を、健二は五感に刻みつけておきたかった。
この世の誰よりも、僕の姉さんは綺麗だ。姉さんは僕だけの女神なんだ。健二は何の疑いも無く思った。
熱い流水で恵の体から石鹸を洗い流すと、健二はボディソープで滑った手を姉の股間に伸ばした。泡立つ茂みの奥に、しかし石鹸とは違うぬめりが溢れてきた。
裂け目をまさぐる実弟の指先が、秘めやかな突起に触れると、恵はかすかに眉間に皺を寄せ、下唇を軽く噛んで呻き声を堪えた。
そして今度はお返しとばかりに、恵は実弟の股間に手を伸ばして、優しく扱く。
健二はがくがくと震えるひざに力をこめてシャワーを止めた。恵はほとんどむしゃぶりつくように、弟のペニスを掴んで頬張った。
その硬さも、大きさも、震える肉の袋も、全てが堪らなく愛おしかった。
「・・・うッ、ん、ううッ・・・も、もう、駄目そう・・・離して、姉さん・・・」
恵が愛弟の股間から口を離すや否や、ひざから力が抜けた健二は、そのまま湯の溜まったバスタブにちゃぷん、と腰を落とした。
縦長だが、二人で入るには決して広いとは云えないバスタブの中で、健二の太腿の上に恵はヒップを落とした。
そしてその長い両足を、力強く弟の腰に絡める。湯のなかで、深海の海藻のように淡く揺れる恵のしげみが健二の視界に入った。
恵はわずかに腰を浮かせると、片手を弟のペニスに添えて自らに導いた。
「・・・んっ・・・」
かすかな鼻声を上げて、恵は両手両足を健二に絡めて抱きしめ、そしてじわじわと腰を落とすと胎内深くへ収めていった。
この半年間、数え切れぬほど交わしたはずなのに、しかしはじめて抱き合ったときのように、新鮮だった。
恵美は顔を寄せて、舌を差しのばした。それに応えて、健二が吸い付いてくる。
甘く、たまらなく切ないときめきが、舌先から全身へと広がり、姉の淫裂は弟の肉棒を優しく力強く締めつける。
「・・・動かないで、しばらくこのままでいよ・・・」
恵は切なく弾む吐息を押し殺し、
とろん、とした半眼になって愛する弟を見つめた。
「昔、良く一緒にお風呂に入ったこと、覚えてる?」
「・・・うん。夏休みとか、昼間っから入ったこともあったよね・・・」
「わたしも健ちゃんも、真っ黒に日焼けしてね。楽しかったなぁ・・・」
「・・・姉さん覚えてる?僕が小五の冬休みに、みんなで熱川の温泉に行った時の事?」
「あ、覚えてる・・・女湯と男湯に別れてるのに、健ちゃんたらついいつもの癖でわたしと一緒に女湯に入っちゃったんだよね・・・」
「・・・途中でほかの客が入ってきてようやくやばい、って気付いてさ・・・ばれないようにばれないように、姉さんにくっついてこっそり出て。」
「ほんと楽しかったよね、父さんも母さんも一緒で・・・」
優しかった両親の姿を思い描いた途端、
犯した罪の深さを改めて思い知らされて恵は声が詰まった。
姉の気を察した健二は、その体を必死に抱き締めた。
「・・・好きだよ、姉さん。大好きだよ・・・」
耳元で囁く健二の声に反応して子宮がぎゅっととひき締まるのを、恵美は自覚した。
「・・・姉さんさえ幸せになってくれるなら、僕はなんだって出来る・・・」
健二がそわりそわりと腰を動かしはじめた。水の抵抗もあってもどかしいそのスローな動きに、恵の子宮に疼きが走る。
生まれる前からこうなることを定められていたかのような、血縁者ならではのその完璧な相性は瞬く間に恵の躯を恥知らずな程に駆り立ててゆく。
「キスして・・・お願い・・・」
恵がローズピンクの唇をうごめかすと、すぐさま健二の唇が覆いかぶさってきた。
「・・・ん・・・はぁむン・・・」
貪り尽すように、姉弟は互いの口腔内を舐め回す。
と同時に、健二が恵の胎内をえぐりあげるように鋭く突いてきた。
「あっ!・・・」
根元まで突きあげられ、思わず恵は悲鳴を上げる。
姉として健二をリードしたかったが、しかし先手を取られてしまった。
・・・・・・まあいい、まだ愛し合う時間はある。
まだ、ほんの少しかもしれないけれど、でも・・・
「あっ! だッ、だめッ!」
恵は衝動的に、まだ少年の面影が色濃く残る弟の体を抱きしめる。
「ね、姉さん・・・いき、そう・・・」
健二は必死に腰を使った。
ねっとりと熱く濡れて、絡みつく姉の肉襞が、刻一刻と弟を絞りあげてゆく。
降りて来た子宮口が、ストロークの度に健二の先端に密着する。
恵は下唇を噛み、叫びだしそうになる声を懸命に押し殺した。
「・・・あッ、で、出るぅッ!!」
「・・・健ちゃん、健ちゃん、健ちゃあん!!」
瞬間、ありったけの力で恵にしがみついた健二は、姉の胎内いっぱいに熱く精汁をぶちまけた。
「ああぁ・・・」
思いを解き放った健二の全身から力が抜け落ち、どういうわけか涙が溢れた。
恵は、弟の瞳からこぼれ落ちる涙を、優しく舐めとった。
それは実に姉らしい行為だった。
その後、バスルームを出てベッドに入った二人は、7回愛を交わした。
そして冬空が白み始める頃、ぐっすりと眠る姉を起さぬようそっとベッドを抜け出した健二は、
部屋に備えつけの便箋と、ボールペンを取った。
健二は窓ぎわの椅子に腰をおろし、ボールペンを手に取った。
ふとブラインド越しに窓外に向けた視線の先には、八重洲口のビル群がまるで墓石のようにそびえていた。
覚悟はしていたつもりだが、いざ書くとなるとやはり筆は重かった。
言葉を慎重に選び、残すにふさわしい綺麗な筆跡で、恵への最後の思いを綴ってゆく。
・・・ひょっとして、全ては夢なんじゃないだろうか、実の姉を愛してしまうなんて・・・
健二は思った。この思いは、恵も同じなのだろうか。
禁断の愛に溺れてしまった苦しみは、この世で、その相手・・・姉にしか共有してもらえないのだ・・・
そのとき、わずかな布ずれの音とともに、恵が寝返りをうった。
そして、『健ちゃん・・・』とかすかにつぶやくのが聞こえた。
健二はボールペンをそっと机に置いた。そして、改めて姉の寝姿を見つめた。
艶のある栗色の髪、桃のような優しさを湛えた白い肌、しなやかな四肢。
持ち主の性格そのままに、誇らしげに隆起するバスト。
やや高めの頬骨が、どこか思春期の面影を残す美貌に、大人のアクセントを加えている。
くっきりと整った柳眉の下に流れる、少し陰を湛えた長い睫毛と、切れ長の二重瞼の瞳。
姉の、濡れたような光を帯びた視線で見つめられると、
何もかも見透かされてしまって、隠し事など何も出来ないような気分がしたものだった。
健二は心の底で別れを告げると、そっと立ち上がって上着の内ポケットをまさぐった。
目当ての錠剤入りの小箱はすぐにみつかった。
健二はそれを持って浴室に入り、コップに水道水を注いだ。
ぷちり、ぷちり、と包装を破ってカプセル錠を一個一個取り出してゆく。
十錠もあれば十分だ、と健二は聞いていた。
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恵は、夢を見ていた。
市民公園のコートで、健二にテニスを教えていた高校時代の、夢だった。
ふと、かすかな冷気を感じて寝返りを打った。いつのまにか、傍で寝息を立てていた筈の健二の気配が消えていた。
セピア色に染め上げられた夢の中で、
大きなボストンバッグを抱えた恵は、部活から帰って帰宅したところだった。
小学生の頃の健二は、姉が帰宅する時間を見計らって家の近所まで迎えに出たものだった。
ときには、姉が通う高校の近くまでいってしまうことさえあった。
7つという年齢差は、思春期の姉弟にとっては絶対的だった。
ましてや、女の子は心身ともに成熟が早いゆえに、家庭における恵と健二の立場の違いは、実年齢を超えるものがあった。
えてして兄弟という存在は、両親の愛情を奪い合うライバルのような関係だ。
だが、三嶋家の場合は違っていた。共働きの両親に替わり、幼い頃から歳の離れた弟の面倒を見て来た恵にとって、健二はかわいくてしようがなかった。
また健二も、思春期にさしかかる頃には、美しい姉を両親以上に慕うようになっていた。
『健ちゃん、お姉ちゃん帰ったよ! ラケット持って降りてきといで!』
夢の中で、恵は玄関で叫ぶ。だが、いつもなら2階の子供部屋から降りて来る筈の健二の姿は、どこにもなかった。
「健ちゃん・・・」
寝言に目を覚ましたのは、恵自身だった。薄くまぶたを開く。枕元の時計に目をやると、もう朝の5時だった。
朦朧とした頭で、昨夜を思い出す。突然に、妙な寒気を覚える違和感の正体が判った恵は、ベッドから跳ね起きた。
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最後の錠剤を溶かし終えた健二は、そのコップを何の感慨も無く見つめた。
姉を救うには、これしかないのだ。
全ては、自分が悪いのだ、姉さんを責めないで欲しいと書き残した遺書を見れば、両親も恵につらくは当たらないだろう。
コップを口にそえたまさにその時、背後の扉が開いて全裸のままの姉がバスルームに飛び込んで来た。
「何やってるの? 健二!」
洗面台の鏡に映る弟、そしてその手にしたコップ、床にちらばった包装パックの残滓を見た恵は、
刹那のうちに全てを悟った。
思わず振り返ってしまった健二の手から、コップを素早くひったくった恵は、バスタブの中にそれを投げ捨てた。
さすがは中高の6年間女子ハンドボール部のエースだっただけの事はあるな、とぼんやり思う健二だったが、
次の瞬間、スパーンという派手な音を立てて姉の平手がその頬に飛んで来た。
その勢いはすさまじく、健二は思わずしりもちをついてしまった。
打たれた頬を押さえ、唖然として仁王立ちの姉を見上げる。
弟に手を挙げることなど滅多に無かった恵だったが、今の姉の表情は、これまで健二が見たことも無いほど怒りに満ちていた。
平手で打たれた衝撃で、床に腰を落とした健二の腕を掴むと、恵は無言で立ち上がらせた。
そのまま、寝室へと引きずるようにつれてゆく。
ふと、窓際のテーブルに目をやると、そこに数枚のメモ用紙がピンで留められていることに気付いた。
その一枚を取りあげ、そこに書かれた小さな文字を素早く目で追ってゆく。
・・・それは間違いなく、実弟が書いた遺書だった。
そう悟った瞬間、恵は下腹部を殴られたような、ずっしりと重い衝撃を受けた。
『ここまで思いつめていたなんて・・・』
恵は唖然として、2の腕を強く掴んだままの健二の顔を見つめた。
死によって実姉との相姦関係を清算する、という健二の浅はかさ、いじましさに対する怒りが、
恵の胸をかきむしった。
・・・この決意はいつ、固めたのか。
昨晩あれだけ激しく愛し合ったときには、そんなことを微塵も見せなかった健二が憎かった。
『・・・ひょっとして、わたしとの関係が重荷になっていたのかも・・・』
一生の宝物と思っていた健二を、相姦の枷に嵌めたのは自分の我侭なのだ。
後悔と怒り、そして愛する実弟を失う寸前だった恐怖・・・
それらが渾然としてドロドロした感情が、恵の内心から噴き挙がった。
「・・・これ、本気だったの?」
恵は、努めて冷静に、メモ用紙を健二の胸に突きつけた。
健二は姉の姉の勢いに押されて、たじろいだものの、しかし腕を掴まれたままだったので目を逸らすことしかできなかった。
「ホントは、わたしと・・・終わらせたかった?」
真摯な表情で問いかける姉に対して健二は、まるで幼い頃しかられた時のように、俯いてぼそぼそとつぶやくのみであった。
「・・・しょうが無いよ、もう姉さんのためにはこれしか無かったんだ・・・」
「わたしの目を見て、はっきり言いなさい! 健二!」
恵は思わず声を荒げた。普段の『姉ちゃん』『健ちゃん』ではなく、『わたし』『健二』という口調が、
如何に恵が真剣に怒っているか、如実に示していた。
「・・・しょうがないだろ! 僕は、だって僕は・・・」
思わず叫んだ健二だったが、姉の表情に続く言葉を失った。
だがやや間を置くと、自嘲気味に、健二は呟いた。
「僕は・・・姉さんが誘ってきたからそれに乗っただけだよ。
結局気持ちよくなりたくて、身体だけが目当てだったのさ。
・・・だから、姉さんの気持ちの押し付けなんて、重荷になるだけだったんだよ・・・」
とても許されぬ暴言を吐いたつもりだった。
多分もう一度殴られるだろう、あるはひょっとすると姉は自分に幻滅して出て行ってしまうかもしれない。
覚悟した健二だったが、恵は掴んでいた弟の腕を離しただけだった。
そして静かに、優しく、
「・・・健ちゃん。それ、お姉ちゃんの目を見て、同じこと言える?」
健二は恐るおそる視線を戻した。
姉の、黒真珠のような深みを湛えた美しい瞳は、瞬きもせずに健二をじっと捉えていた。
健二は、もうその視線から目をそらすことは出来ないまま、ぽろぽろと涙をこぼし始めた。
幼い健二が、ウソをついたとき、悪戯をしたとき、学校で喧嘩をして帰ってきたとき・・・
その時に叱った、その同じ瞳が、今も健二を包んでいた。
恵は弟を、そっとその裸身に抱き寄せた。
「・・・これでもさっきと同じこと、もう一度健ちゃんが言えるなら、もう何も言わないよ・・・」
涙を静かに流す弟を、姉はむき出しの胸で受け止める。
「・・・ごめんなさい・・・」
「・・・うん。」