部屋の中はひっそりとして、姉の気配は感じられない。
もう仕事に出かけたのだろう。姉の恵は入社3年目の女子総合職で、大学生の健二よりもいつも先にでかけていた。
健二は寝起きのままの恰好でベッドを出た。
いま、このマンションの一室には自分ひとりだという気軽さがある。もう、高校生ではないのだ。
適当な下宿が見つかるまでとは言え、上京して姉と二人暮らしという心地よい新鮮さをかみ締める。
ボサボサの頭を軽く掻きながら、健二はキッチンにはいった。
食器の水切り用の籠には、姉が朝食を食べるのに使ったらしい皿やグラスが、きれいに洗って伏せてあった。
恵は、なるべく健二と一緒に朝食を取る様にしていた。
あんたをほっといたら、ふぁーすとふーどとまずい学食ばっかりで栄養失調になっちゃうよ。それが姉の口癖だった。
せめて朝食だけでもわたしが作ったものを食べなきゃ。
そして、一緒に食事をした後の片づけ役は健二、というのが、いつの間にか姉弟の約束事になっていた。
大学生とOL、生活時間の噛み合わない二人の姉弟が時間を共有できる朝の一時を、恵美は大切にしていた。
せめて、一時的とはいえ同居をさせてもらっているおかえしをしたい、と思う健二だったが、
ふたりっきりの姉弟なんだから、そんなつまんないこと考えなくていいの、と恵はいつも笑って済ますのだった。
『・・・でも、いつまでも同居させてもらうわけにも行かないだろ?』
『ん? なんで??』
『だってさぁ・・・姉ちゃんだって、男の一人も連れ込みたいとき、あるだろ?』
『・・・・・・こら。』
軽口を叩く健二を、恵は軽くどやしつけた。
(でも・・・昨日の晩、姉ちゃんちょっと寂しそうだったなあ。)
下宿が見つかりそうだ、という健二の言葉に、恵は俯いて、そう、と返すだけだった。
健二は冷蔵庫から牛乳パックを出し、グラスにそそいだ。寝覚めの喉に心地よく牛乳がしみる。
そのとき、ふいに続き部屋のバスルームの扉が開いた。
「あッ!」
「きゃっ!」
姉弟の短い叫び声が、血の繋がりを示すようにシンクロする。
姉の姿を見た健二は、一瞬、電撃が走ったかのように、その手から牛乳が入ったグラスを落としてしまった。
・・・どうやら、恵はシャワーを浴びていたらしく、ほのかに桜色に染まった素肌にバスローブをまとっただけの姿だった。
「あれ? シャワーの音で、目が覚めちゃった? ごめんね・・・」
美しい柳眉と、やわらかな二重瞼の奥に輝く栗色の瞳。すっ、と通った鼻筋の下には、少女のように可憐な唇が、艶かしく光沢を放っている。
濡れて額に張り付いた黒髪が、ひどく色っぽい。
「い、いや・・・僕はさっき起きたばっかりだから・・・それより、今日、会社はどうしたの?姉さん」
健二は目を伏せたまま口の中でぼそぼそと呟いた。とても、姉を直視できなかった。
別に、見たくないというわけではない。
実家で同居していた頃から恵は美少女で有名だったし、
社会人になってからの姉の姿は、歳を負うごとにより洗練され、磨き上げられていくように思えた。
「今日はね・・・ちょっと体調が良くないから、姉ちゃん有給取ったんだ・・・」
聞き慣れたアルトボイスで、恵は囁いた。
美しく桜色に染まった肌は、桃のようにしっとりと奥深い白さが滲みでている。
濡れたバスローブはしっとりと姉の体を包み込み、その均整がとれて引き締まった姉の躯のラインを浮かび上がらる。
「それよりもさ・・・健ちゃん、昨日の話だけど・・・」
恵は、腕を上に伸ばして、髪をかるく撫で付けた。
ゆるく結んでいたバスローブの帯がほどけて、肩から胸にかけて露わになるのもかまわず、姉は弟に近づいた。
「なッ!」
健二は絶句した。
バスローブを力強く押し上げる豊かな胸。その、双丘の下から削ぎ落とされたように急激に落ちこむ腹部。
バスローブの境目から覗く、つつましい縦長の臍。くびれた腰からヒップラインが悩ましく盛りあがり、
しなやかに伸びた太腿から膝にかけてのスロープの中心に、ほの黒い繁みがけぶっている。
そして、その茂みの下に、ひと筋、股間を走る地割れのような肉色の亀裂が見えた。
「な、なんだよ、そんな格好でッ! 服、着替えろよ!」
恵は、健二の目前に立った。こうしてみると、未だに、姉の方がやや上背がある。
「健ちゃん・・・もうちょっと、お姉ちゃんと一緒に暮らしてくれないかなあ・・・?」