「姉ちゃん」  
 居間でのんびりしていると、弟がやってきた。  
「なに?」  
「料理…てか、家事全般をちょっと教えてくれないかな?」  
「……なんで?」  
 家では私が担当している分野。なんでそれを学びたいと?  
「いやさ、俺もそう遠くない内に高校卒業じゃん?」  
「…うん」  
 何か嫌な予感がしてきた。  
「それでさ、ここから最寄りの大学は受けるけど、絶対合格するって訳じゃ無いし、正直俺は自信とかも無いし」  
─自信が無い─  
 彼がよく言う台詞。  
 どんなこともそつなくこなすのに自分に自信は持たない。  
 それは完璧と思える姉を見てきたからこその反応。  
 どれだけ上手くやろうが、身近にはもっと上手くこなす人がいる。  
 その心情には、姉どころか弟も気付いてはいない。  
「だからさ、場合によっちゃ、ちと遠くの大学も受けるし、自立の準備も  
「駄目」  
「……はい?」  
 気付いた時には声が出ていた。彼が一人で行ってしまうことを私は恐れた。  
 彼が不思議そうな目で見てくる。私なら教えてくれると思ったのか。  
 確かに、考えてみれば、彼の要求を拒んだのはこれまで、片手の指で数えられる程しかない。  
 しかもその中でも、こんなに即答したことは無い。  
 
「…なぜ駄目?」  
「…ぁ……ぅ…」  
 考えるより先に口が動いたのだ。  
 まさか面と向かって『君がいなくなるのが嫌だ』と言える訳がない。  
 それが言えていれば、苦労も何も無いのだから。  
「…そ、そんな自信が無いとか言っちゃ駄目。いつも頑張ってるじゃない」  
 なんとか考えながら言葉を繋いでいく。  
「まぁ…確かにそのつもりだけども……」  
「努力は報われるものなの。絶対あの大学に合格出来るって」  
─万一で遠くの大学受験するなら同じとこ行って世話してあげるし─  
「…でも、なんにせよ自立は出来ないと」  
「…なんで?」  
「なんでって…いつまでも親と姉ちゃんの世話なる訳にゃ…」  
 彼は優しい。だからこそ言っているのだろうが、私には今の生活こそが理想なのだ。  
「別に良いんだよ?気にしなくても、料理とか好きだし」  
「でも…あー…俺の世話してる内に結婚適齢期とか逃したら笑い話にもならないし…」  
「ふふっ、何年後まで考えてるの?それに、そうなったらなったで、君に養ってもらうからいいもん」  
 舌の回りが良くなってきた。  
「養うって……そこは、好きな人にでも告白して頼んでください」  
「だから君に頼んで……る………」  
 しまった……舌が回りすぎた…  
 これじゃあ「あなたが好き」と言ったようなものじゃないか……  
 顔が赤くなるのが自分でも分かる。  
「姉ちゃん」  
「な、なに?」  
「もうちょい冗談のセンスは上げた方良いと思うよ。俺は」  
「………はぅ?」  
「だからね?姉ちゃんは………………  
 どうやら冗談の類と捉えたらしい。ユーモアがどうとか言っている。  
 そんな弟を見ていると、赤面したのが馬鹿みたく、更に恥ずかしく思えてきた。  
 ちょっとだけ怒りたくもあったが、顔を見るとそんな気も失せる。  
 失せた怒りの代わりに、思う。  
 こんな鈍いところも、私は彼が好き。弟の全てが、私は好き。と─  
 

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