あの急な告白(?)から一週間。  
 特になんら変わったことはない、と思う。  
 強いて、変わったと言うならば、姉と接する時の気恥ずかしさが増した。  
 ……それくらいだろうか?  
   
   
 俺の部屋には無い。いつも置いてある棚にも無かった。どこだ?  
 俺は居間でガタガタと棚や小箱をあさっている。  
 外では太陽が遠慮なく日光を巻き散らし、蝉さんが大合唱をしている。  
 正直暑い。我慢出来るくらいではあるが、太陽さんには是非とも特別休暇を与えたいものだ。  
 一応エアコンはあるが、自分一人のために使う気にはならなかった。  
 姉が居間に入ってきた。手には洗濯カゴを持っている。  
「……あっつくないの?」  
 姉の服装はTシャツにホットパンツと、だいぶ肌を出しているがそれでも暑いらしい。  
 シャツの裾を結んで臍を出し、ホットパンツもほとんどふともものきわどいところまで見える。  
 そこまで肌を露出しても暑いのですか?というか私も一応男なんですが?  
「いや、我慢出来るくらいだから……」  
「我慢とか、そういう話じゃないと思うけどなぁ……」  
 姉が苦笑しながら洗濯カゴを置き、エアコンのスイッチを入れる。  
「ところで、何してるの?」  
「ん?あぁ、姉ちゃん。耳かき、どこにあるか知らない?」  
「え?……あ、ごめん、たぶん私の部屋。前使ってそのままだったと思う。取って来るね」  
「あ、いや、別に洗濯物片付けた後でも……」  
 俺が言い終わる前にパタパタと居間から出て行ってしまった。  
「……ぬぅ」  
 別にそんな急がなくても良いんだけど……  
 ………あ、涼しくなってきた………………  
 ………蝉、元気だなぁ………………  
「ごめんねぇ」  
 姉が戻ってきた。  
「いや……別に謝らずともいいけど……」  
「……はい」  
 姉が正座をして、自らの剥き出しのふとももをぺちぺちと叩いている。  
─?…なんのボディランゲージでございますか?  
 
「耳掃除するんじゃないの?」  
「うん、そのつもりだけど……」  
「じゃあ、ほら」  
 再び自らのふとももをぺちぺち叩く姉。  
「えっ……と?…どゆこと?」  
「してあげる!ってことだけど?」  
「いや…一人で、出来  
「お姉ちゃんがしてあげるの!!」  
「あー…うん…」  
 勢いに負けてしまった。そう思う。  
 俺が答えた瞬間。姉はまさに「にぱっ!」というような擬音が聞こえて来そうなくらい満面の笑みになった。  
 その無邪気な笑顔を見て、今更断ることなど出来るものか!  
「ほら、膝枕膝枕」  
 渋々と姉のふとももに頭を乗せ  
─っ!……柔らかい……  
 その柔らかさは俺に姉を意識させるには充分過ぎた。  
 後頭部には姉の腹の感触。右側頭部に暖かく柔らかい、まだ少しだけ汗ばんだ姉のふともも。  
「それじゃ、動かないでね?」  
「ん……」  
 姉の指が優しく俺の耳たぶをつまむ。姉の吐息が俺のこめかみを撫でる。  
 姉が耳かきで俺の耳の中を優しく、優しく撫で、かく。  
 ……気持ち良い…  
 それが、姉がしてくれる耳かきの感想なのか、姉のふとももから伝わる感触の感想なのか、分からない。  
「結構、耳、きれいだね」  
「…耳かきくらいは………よく、自分で…してるから…」  
「…気持ち良い?……」  
「……うん…」  
「良かった……」  
 安らぐ。姉の温もり、姉の吐息、彼女の鼓動が、全てが感じられる様な気がして。  
─姉ちゃん…俺は………  
 
 
 弟の耳は充分きれいだった。けど、すぐ離れるのが嫌だったから、そのきれいな耳をただかりかりとかいていた。  
 さすがに、これくらいだろうか?  
 終りの合図の様に、彼の耳に息を吹きかける。  
「それじゃ、逆の耳も見せて」  
「…………」  
 反応が帰ってこない……  
「……もしもし?」  
 体を曲げて弟の顔をのぞき込む。  
 安らかな顔。閉じられた目。少しだけ開いた口。聞こえてくるのは規則正しい呼吸音。  
 寝ちゃった…のかな?……  
 ………幸せ……うん、幸せ。  
 好きな人が私の膝枕で寝ている。それのどこに文句のつけどころが有ろうか?いや、無い。  
「ふふっ…」   
 ついつい笑ってしまう。いや、にやけていると言った方が合っているかもしれない。  
 彼の耳たぶを摘んでいた左手を首筋に、その指先を顎へ、そして唇へと滑らせる。  
 この唇に……キス……しちゃったんだよね………  
 告白してから一週間。もちろんその間にキスすることなんかなくて……  
─また……したいな……  
 ………いい……よね…寝ちゃってるし………  
 わ、私は悪くないもん……君がいけないんだよ?…  
 自分に対して告白した女の子の前で無防備に寝て、何もされないと思う方がいけないんだもん。  
 だから……その…おしおき………  
 静かに左手を弟の右頬の下に。右手をこめかみの下に。  
 ゆっくりと、慎重に両手を挙げて、顔を持ち上げる。  
 それと一緒に、自らも前傾姿勢になっていく。  
 ………別に……しちゃ駄目……って…言われてないもん………  
 彼の顔が目前に。互いの吐息が触れ合う。  
 ……もう…ちょっと………  
「ん……うぅ…」  
 
 
 気付けば目を閉じていたみたいだ。  
「…ん……ぁ……寝て、た…?」  
「ぅ……そ、そうみたい………」  
 すぐ上から、姉の声?  
 ………あぁ、そうか。姉ちゃんに膝枕されてんだっけ?……道理で柔らかいと………って!?  
 首をはね上げて、頭を姉のふとももから離す。  
 姉の肌の柔らかさや、暖かさ。それに感じた思いが妙に気恥ずかしく、顔を赤くさせる。  
「お、起きたなら逆の耳、見せて、くれないかな?……」  
「…うん……」  
 ほぼ、反射での返事。  
 そうだ、主目的は耳かきであって、膝枕はその過程での事であって、その  
「……聞いてた?…」  
「なっ、何!?」  
 首を曲げ、振り返り見た姉の顔は真っ赤だった。  
「逆の耳、見せて?ほら、寝返り寝返り」  
「う、うん」  
 短い眠りからとは言え起きたばかりだ。どうも判断力が鈍っていたらしい。  
 姉の言ったままに寝返りをうつ。  
 
 
 これは……駄目だろ………  
 失念していた。姉は今、きわどいホットパンツに、裾を結び臍まで出したTシャツとかなり薄着な訳で……  
 今、俺の目の前にあるのは  
 姉の臍  
 形の良い窪みに、白い肌。それはとても綺麗で、至近距離で見るには刺激が強すぎた。  
─駄目になりそうだ……  
 右に視線をそらすと……Tシャツを押し上げている姉の胸。  
 なんだろう?  
 爆乳とか巨乳って言うより……美乳?…いや、もちろん大きい部類だがって、何考えてんだ俺は…  
 左に視線をそらすと……あ…もっと駄目だ……  
 かなりきわどいホットパンツだから、姉のふとももが見える。  
 さらにそのふとももとホットパンツの裾の間から……その…黒い下着がちらっと……  
 だけどなにより厳しいのが、その……あの…ま…まん……てか……あそこが………  
 近すぎる。いくら服があるとはいえ、この距離で気にしないのは無理だ。  
 何も見ないように目を閉じたら閉じたで、他の感覚を意識せざるをえなくなる。  
 頬やこめかみから伝わる、ふとももの柔らかさ、暖かさ。  
 姉の使う香水か、石鹸か、それとかすかに混ざった汗の匂い。  
 頬を撫でる姉の優しい吐息。  
 全てが全て、甘美な刺激を俺に送ってくる。  
 理性がチリチリと刺激に焼かれ、どうにかなりそうだ………  
 
 
 耳かきは続けているけど、意識は全く向いていない。  
 ふとももに弟の頭。  
 さっき、ちょこっとだけ見えた彼の顔は赤かった。  
 私を意識してくれてるんだったら……嬉しい…  
 ……キスは……またいつか……チャンスはある…と思いたい。  
 告白して一週間。  
 その間にも私の中で弟の存在は、どんどん大きくなっていった。  
 一緒にいるときはもちろん、彼が学校に行っているときでも考えるのは彼のこと。  
 今どんな表情をしてるのか。  
 今どんな話をしているのか。  
 どんなタイプの女の子が好きなのか。  
 ………好きな女の子はいるのか……  
 出来れば私だけ見ていて欲しい。  
 贅沢な願いなのは分かる。だけど、願わずにはいられない。  
─欲って……恐いな…  
 この前までは一緒にいれれば、それでよかった。  
 だけど、弟の口から「家族だからとかで誤魔化す気はない」と聞いてから。  
 進展する可能性を彼の口から聞いてから。  
 どんどん弟が好きになっていく。  
 答えは、いつまで待つことになっても構わない。  
 一ヶ月でも、一年でも、十年でも、待ち続けよう。  
 彼が私を受け入れてくれるなら、私は一生でも、愛し続けよう。  
 拒否されたら………  
 いや、考えるのはよそう。この幸せに、自分で水を差したくない。  
 弟の視線を、吐息を、お腹に感じる。  
 じんわりと全身に歓喜が広がる。  
 彼の鼻先にあるあそこは………きっと、濡れているだろう…  
 気付かれたら……どうしよう…  
 襲われる?  
 むしろ、このまま襲われてもいい。いや、襲われたいのかもしれない……  
 だからこんな服装で、膝枕なんて大胆なことをしてるのかもしれない。  
 そう思うと途端に自分がとてもいやらしい女に思えてくる。  
 それも弟のせいだと思ってしまうのは、言い訳として、ちょっと、ずるいだろうか?  
 
 
 なんとか平常心を取り戻すことには成功した。  
 考えるのは、今、最大の懸案事項。  
 姉への返答  
 もちろん人に相談できはしないし、する気もない。  
 どう言われようと、最終的に決めるのは俺だ。他の誰でもない。  
 膝枕、いや、耳かきしてくれているのも、俺を好きと思ってくれているからなのか?  
 だとしたら嬉しい。純粋に、そう思う。  
 だが、どうしても姉に、家族としての暖かさを感じてしまう。  
 考えまい。としても、どうしようもない。  
 十数年見ていたものを、一週間で別に見ようとするのは、無理だ。  
 しかしそんなことを言ったら、姉をどれだけ待たせなければならないのか。  
 まぁ……本音を言えば…姉は、俺の好みに完全に合致している。  
 ど真ん中ストレート、とでも言えば良いか?  
 いつも姉を見ていたせいか、いつの間にか姉に憧れるようになったんだろう。  
 そして、会う女性全てに、姉の影を探していた気がする。  
 だけど、なかった。ただ一人、その本人を除いては。  
 ………  
─そこまで思うようなら、多分、俺の選択肢は、一つしか無いんだろう。  
 だけど、その一つは、重い。軽い気持ちで選んではいけない一択。  
 後悔なんか、したくない。  
「姉ちゃん」  
「……なに?…」  
「答え、時間かかりそう……待ってて…もらえるかな?」  
「……うん…………はい、おしまい…」  
 耳に息が吹きかけられる。  
 俺は、起き上がる。  
「ありがと……いつまで、待っててもらえるかな?」  
「……いつまでも、ずうっと、待ってるから」  
 姉の、笑顔。  
─やっぱり、選択肢は一択なんだろうな  
 そう、思った。  
 

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