『台風は、ゆっくりと………』  
「台風……か…」  
 居間でゲーム中、ロード中が暇だったからチャンネルを回してみた。  
 現在我が国を台風が横断中、それは先日からニュースで知っている。  
 それはまだ、結構な威力があるらしく、突風による怪我、雷による停電が各地であるらしい。  
 このペースだと今日の夜あたりにここにきそうだ。現に今も弱めながら雨が降っている。  
「…一応……最低限、備えはしとくか……」  
 ゲームを一度中断。テレビも命知らずのレポーターがうるさいので消す。  
 とりあえず……ロウソク、かな?確か、どれかの棚にはあったよな?  
 棚を物色し始めると、姉が居間に入ってきた。  
「あれ?今日は何を探してるの?」  
「ん?いや、ロウソクをさ。夜に備えて」  
「…ぇ……」  
「………なんかした?…」  
「……い、いや………そ、そういうのが……好き…な、の?」  
「……はぃ?」  
「いや、わ、私は否定しないよ!?人にはそれぞれ趣味があるわけだし………」  
 なにやら赤い顔で「君がそっちなら……そ…それはそれで……好、都合……だし…」とかなんとか呟いている。  
 まぁ、なんだ、俺だっていつまでも純粋無垢でいられた訳じゃない。  
 何を言ってるかは、なんとなく分かった。  
 さぁ、どうしよう?  
 そういう趣味は無いと言うべきか?……  
 とりあえず両者の幸せのために再びテレビをつける。  
『…号は今だ衰えていません。台風の予想進路上の方々は雷雨による停電などに備え……』  
 これくらい言っていれば分かるだろう。  
 そのニュースを見た姉は、顔を真っ赤に染める。しかし、その朱が消えたら、姉の顔色は良くはないだろう。  
 弱点ってのは、簡単には消えないからな。  
 姉は、雷に弱い。  
 
 俺は残念ながら、雷でテンションが上がる厄介な性格のお陰でよく分からない。  
 ただ姉は、小さいときから雷が苦手で、母に引っ付いたり、布団に潜り込んだり、色々大変そうだった。  
「ん、あったあった」  
 少々ばかし小さいロウソクだが、最低限の光があればいい。光量が必要なら携帯電話のライトでも使う。  
「んじゃ、今から、バーっと風呂掃除終わらせるから、早めに姉ちゃん入っちゃいなよ」  
 まだ六時にもなってないが、早いに越した事はない。  
 雷が嫌ならそれが来る前に寝てもらえば良いだろう。  
「あ、うん……」  
   
 光った……………音…  
 光と音の時間差から大体の距離を予測、まだだいぶ遠い。  
 雨風は数時間前からだいぶランクアップしている。  
 雨が地を叩く音、風が吹き荒ぶ音。  
 姉ちゃんは……寝たかな?おびえてなけりゃ良いけど………  
 姉には風呂の後、自室に向かってもらった。わざわざ起きててもらうことも無い。  
 二、三人掛けのソファーに一人で座りテレビを見る。  
 テレビの向こうじゃレポーターがガンガン風に煽られている。もっと安全を考えろよな、安全を。  
 ─また光った………音……  
 どこぞに、芸術は爆発だ、とぬかした芸術家がいたな。全面的に同意してやろう。  
 まぁ、観点や視点は違うだろうが。  
 俺としては、一瞬の輝き……とでも言うか?  
 うまくは言えない、けど、その一瞬が美しい、そう思う。  
 悲しいかな、あんまり人には分かってもらえない考え方だが……  
 ニュースがスポーツコーナーに入る。  
 
 さっきから雷鳴が聞こえてくる。  
 ……やっぱり、一人じゃ怖い………寝れないや………  
 ベットからもそもそと体を起こす。  
 薄い、淡い黄色のお気に入りのパジャマは、寝れずに寝返りばかりうっていたため、シワになってしまった。  
 お水飲んで、落ち着こう……  
   
 ニュースが終わる。  
 光と音のタイムラグが短くなり、こっちに近付いてくるのが分かる。多分もう落雷圏内には入っただろう。  
 ………寝るか。後は特に見るもんも無いし。  
 テレビを消す。  
 ロウソク、使わなかったな……まぁ良いか。使わなきゃいけない訳じゃ無いし。  
 居間の照明のスイッチに指を掛け─  
   
 ゴッ!  
   
 一瞬、眼前が白く染まる強烈な光。コンマ五秒もなく、腹の底に響く音。  
─近い……近すぎるぞおい……  
 まるで地震が来たかのように揺れるガラス。居間に隣接した台所では食器がカチャカチャと震えている。  
 暗転─  
 俺はまだスイッチを押していない。試しに二、三回スイッチを押しても何も変化は無い。  
 ………停電か……  
 持っていた携帯電話のライトをつける。光源は確保。  
 もう時間も遅いし、ベットに直行……?  
 ドアが半開きになっている。さっきの振動で開くほどボロくはないはず─  
 ライトを向ける。  
 そこにはへたりこんでいる……  
「……姉ちゃん?…」  
「………ふぇ?……」  
「……どったの?」  
「……お水を飲みに…」  
「寝てなかったの?」  
「……こ、怖くて…」  
「………立てる?……」  
「む、無理そう……腰抜けちゃって………」  
 ……ぬぅ…  
 この停電の暗闇で置いていく訳にはいかない。いや、まぁ、そんな選択肢は元より無いが。  
 携帯を持ちかえ、利き手を差し出し、それをライトで照らす。  
「うい」  
「……なぁに?」  
「掴んで。立たせたげるから」  
「あ……うん……」  
 俺の手を姉の両手が掴む。  
 暖かく、柔らかい、優しい手。  
「……っ…」  
「……どうしたの?…」  
「……いや、なんでもない、さ…」  
 手が触れた瞬間、俺は意識せずに息を呑んだ。なぜだ?………まぁいい…  
「いくよ」  
「…うん」  
 一息に力を入れ、姉を立ち上がらせる。  
 軽い。勢い余って互いの体が触れそうになる。  
「……ありが─  
 また、落雷。さっきほどじゃないが、近い。  
「ひぅ!?」  
 再びへたりこみ、しりもちをつく姉。  
 雷が鳴っている間、姉は立てない。そう思ってよさそうだ。  
 どうするか?……選択肢はそう多くは無いか。  
 俺は姉に背を向け、しゃがみこみ、腕をひねり背中にライトをあてる。  
「ほい」  
「え……と?…」  
「乗って。おんぶするから」  
「え……う…で、も」  
「ずっとここに座ってる訳にもいかんでしょ?」  
「うー…うん……」  
 ゆっくりと、俺の首に腕を回してくる。  
─ぬ……  
 別に邪な考えがあった訳じゃない。だけど、姉の体が触れていくほど、意識せざるを得なくなる。  
 それほどに、姉の体は、柔らかかった。  
 服の上からでもはっきり分かる胸の感触。耳を撫でる吐息。微かなシャンプーの香り。  
「………どうしたの?」  
「な、なんでもない」  
 どうも落ち着かない………なぜだ?…  
 
 弟に渡された携帯電話のライトで、彼の足元を照らす。  
「……ねぇ…」  
「ん?」  
「重く…ない?……」  
「全然。てか、ちゃんと飯食べてるのか不安になるくらい軽い」  
 雷が落ちても今はそれほど気にはならない。  
 私としては、雷<弟のおんぶ、だ。  
 いつの間にか、こんなに大きくなっていたんだ……そう思う。  
 やっぱり、男の子なんだよね……  
 彼の背中は広くて、暖かくて、私をドキドキさせる。ベットじゃなくて、この背中で寝たい。そんなことすら思う。  
 ほんの少しだけ、弟をからかいたくなった。  
「……栄養は一ヶ所に集まっちゃった…のかな……」  
「どこに?」  
「……ここ」  
 そう言って彼の首に回している腕に力を入れて、体を更に密着させる。  
 平均より大きい胸を突き出して、弟の背中に押し付ける。  
「っ!…ちょ……何を…」  
「……何か…した?」  
 わざとそしらぬ振りをして言葉を返す。  
「っ…………入るよ。戸、開けて」  
 気付けばもう私の部屋の前。彼が少しすねたのが声で分かる。  
 そんな弟の仕草ですら、愛しいと思ってしまう。  
 こういうのは先に好きになった方が、敗けなのだ。  
 好きだから、彼を見て、弟を知り、更に彼を好きになり、更に弟を見て、更に彼を知り、更に弟が好きになる。  
 好きになるばかり。好きになればなるほど、更に彼を、弟を好きになる。  
 ただ、好きだからこそ、その人には幸せになってほしい。  
 私のこの気持ちの結末がどうであれ、まず、彼に幸せになってほしい。  
 彼がもしも……あくまで、もしも………好きな人がいるならば、私はそれを応援しよう。  
 彼の幸福は、私の幸福にもなりえるから。  
 ………まぁ、もちろん、私といてくれるのが、私の一番の幸せなのだけど……  
 弟の手は私の足の下に回されている。だからその代わり、私の手がドアノブを回す。  
 
 まだ雷は衰えない。だけどなぜか、遠く聞こえる。  
 さっきの姉の悪戯?のせいで顔は赤いだろう。  
 姉が部屋の戸を開ける。姉が携帯のライトを振り、ベットを照らす。  
「あそこまで……お願い…」  
「ん」  
 ベット側まで歩を進め、姉を背中から降ろし、へたりこまない様に支え、ベットに横たわってもらう。  
「じゃあ、俺も寝るから。おやすみ」  
「あ、ぅ……ち、ちょっと待っ…て」  
「ん?なに?」  
「そ、その……雷…止むまで良いから…ここにいてくれない…かな?…」  
   
   
 揺らぐ火が、淡く赤い光を巻き散らし、部屋を染める。  
 俺は姉のベットを背もたれにあぐらをかき、テーブルに乗せたロウソクを見続ける。  
「これで雷がうるさくなかったら、ムード充分なのになぁ……」  
「ん?なんか言った?」  
「………ううん、なんでもない」  
 あとは相手がその気なら……とか言う呟きが聞こえる。  
 目の前にあるロウソクが揺らぐ。準備をしといて良かった。備えあればなんとやら、だ。  
 そういえば、姉の部屋に入るのなんか、いつぶりだろう?  
 部屋が分かれたのが俺が小六の時で…その後しばらくはちょこちょこ勉強聞きにいったから……まぁ、五年以上?  
 昔の部屋の記憶はおぼろげだが、なんとなく、それほど変わっている気はしない。  
 変わった様な気がするのは、本の数と……写真立ての数だろうか?  
 ……いけないな、家族とはいえ、女性の部屋をジロジロと見るのは、不躾と言うものだ。  
 まぁ、それ以外には、ロウソクが揺らぐのを見るくらいしかすることが無いんだが……  
「ねぇ?……」  
 姉が沈黙を破る。  
「ん?」  
「ちょっと聞きたいんだけど……」  
「何?」  
「……迷惑……だった?…」  
 
「何が?」  
「その、私の……告白………」  
「……なんで?」  
 心なしか姉の声は小さい。  
「だって……やっぱり、血は繋がってるし………そ、そんな相手から告白されても……」  
 声がくぐもっている。布団に潜っているからか、それとも、また違う理由か、分からない。  
「……言ったでしょ。そういうのは、関係ない、ってさ」  
「でも……」  
「好きだって言われて喜びこそすれ、迷惑だなんて思いはしないよ」  
「……」  
「それにさ、好きな人なんて、選べるようなものじゃないでしょ?あの人を好きになろう、とかさ?」  
「……うん…」  
「だからさ、近親愛とか、同性愛とか、世間は変な目をするけど、別におかしいことじゃないと思うんだ」  
 言葉を続ける。  
「誰を好きになろうとその人の自由、そう思うんだよね。俺は……おかしいかな?」  
「おかしくない……と思う…」  
 穴だらけの持論。  
姉に言うより、まるで自分に言い聞かせている様に感じる。  
「俺は……驚きはしたけど…嬉しかったよ。うん」  
「……え?」  
「なんて言うかさ、こんな俺を好きになってくれる人がいるんだなって思ってさ」  
「……じゃあ…」  
「ゴメン、まだ悩んでる」  
「……そう…」  
 沈黙が降りる。  
 
 答えは決まっている。がまだ悩んでいる。  
今の俺の姉への感情を言うならば「果てしなくloveに近いlike」とでも言えばいいか?  
 分かってはいるのだ、近親愛がそれほど簡単ではないと。  
 さっき言ったほど簡単ではないと。  
 誰かに気付かれれば後ろ指を指される。親に知られれば勘当されても文句は言えまい。  
 それでも、姉の気持ちには答えたい。そう思う。  
「姉ちゃん?」  
「………」  
 返事は無い。聞こえるのは規則正しい呼吸音。  
「寝た、のか……」  
 いつの間にか雷は止んでいる。天井を見れば電灯の豆電球も光っている。  
 姉を起こさないように立ち上がり、ロウソクを消す。豆電球がその役目を引き継ぐ。  
 雷は止んだ。姉も寝た。俺の役目はもうない。そうなりゃ撤退さ。  
 出来るだけ戸を静かに開ける。  
「じゃあ、おやすみ」  
 そのまま出ようとしたが、なんとなく後ろ髪を引かれた。そうだ、聞かれなくても良い。言っておこう。  
「……愛しているか?と問われれば悩む。だけどね、好きだよ。姉ちゃん」  
 言ってから気付く。何を言ってんだ俺は。  
 急に恥ずかしくなってきた。なに格好つけてんだ。いや、それほど格好良くもねぇし。  
 あぁ、この言葉が独り言で良かった。聞かれてたら恥ずかし死に出来る。  
「……おやすみ」  
 静かに戸を閉める。  
   
「……うん、おやすみ………」  
 そっと、呟く。  
 

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