新学期が始まった今日、弟は先日より酷い状態になっていました。家に戻り、  
夕食の時間になっても部屋から出てきません。  
 
「一春。入っていいかな?………入るね。」  
 弟は机の椅子に座って何か考え込んでいるようでした。  
 
「勝手に入ってごめんね。何かあったの?」  
「ううん。大丈夫、なんでもないんだ。」  
 少し微笑んでそういいましたが、無理をしているのがありありとわかります。気づかないで  
いるには、二人で過ごした夏休みの時間はあまりに長すぎたのです。  
 
「ね、一春。終業式のとき、私は貴方に話して助けられた。何か困ってることが  
 あるのなら、今度はお姉ちゃんが助けになりたいの。」  
「いや………うん。実は沙希と別れたんだ。」  
「そうなんだ…ごめんね。私のせいだね。」  
 少し困りました。弟の相談を受けながら、本当なら悲しむところなのに嬉しいと  
感じている自分がいるのです。そんな自分が少し嫌でした。  
 
「違うよ。確かに別れる原因にはなってしまったけど、そんなことより沙希まで  
 人を外見でしか判断しない人だったことが悲しいんだ。」  
「本当にそうかな。あの子は昔、私と普通にしゃべっていたし売り言葉に買い言葉で  
 ついポロッと言ってしまっただけかも知れないよ?」  
 私は姉なのですから…弟の幸せを望まないと…。  
 
「そう…かな?」  
「そう思うけどね。だから良く話し合ったほうがいいんじゃない?」  
 弟は納得してくれましたが、私自身はあまりきちっと笑顔を出来ていたのか不安でした。  
 
 
 夕食は今日あれほど悩んだのが嘘のようにすっきりした気分で食べることが出来た。  
 夏休みに僕が作った料理を姉なりに改良したらしく、やはりこの点では僕は全然  
叶わないと思う。  
 
 僕は昔から姉の優しさを感じて育ってきた。だから、馬鹿にされたときは悔しくて  
自分の持てる全部の力を姉のために使うことが出来た。それによって失ったものあるけど  
僕は後悔していない。  
 姉は明るく美しくなった。今は少し焼けているけど白く、美しい肌に綺麗な髪。  
以前からあった長所はそのままにスタイルも良くなり顔も整っている。  
 これからは、姉の外面に邪魔されて前に出なかったいいところを見てくれる人は  
増えるだろう。だけど…いざこうなってみると複雑だ。  
 
「そうだ、千春姉さん。今日の学校はどうだった?」  
「うーん。誰も私だって気づかなかったわ。おもしろいよね。」  
姉は上品に微笑む。この人は思い悩むことが無くなったおかげか笑顔が増えた。  
以前の外見的な面影はもはやない。  
 
「そりゃそうさ。今の千春姉さんはだれがどう見たって美人だもの。」  
「ありがとう。」  
「これで、今度こそ姉さんのいいところがわかってくれる人が見つかるね。」  
 姉は少し食事の手を止めた。少し考えたらしく、  
 
「うーん。そうなんだけどね。」  
「何か不満が?」  
「ううん。なんでもないの。ただ考えすぎているだけだと思うし…。」  
 姉は何か思うところがあるようだったけれども、それほど深刻なわけではなさそう  
だったのでこの時はあまり深くは考えなかった。  
 
 
 翌日、先日と同じように一春と二人で登校していると同じように沙希さんに会いました。  
弟は別れたばかりということもあるでしょうが、あまりいい顔はしてないみたいです。  
 
「おはようございます。沙希さん。」  
「おはようございます。千春先輩。それにカズ君も。」  
「じゃ、私は先に行かせて貰うね。二人でちゃんと話し合うんだよ?」  
 私は笑顔で二人に別れを告げ、学校へと向かいました。このとき明らかに私は沙希さんに  
嫉妬していました。普通の姉弟で弟を取られるのはこんな感情なんでしょうか…。  
 
 学校に到着して下駄箱を開けると驚いたことに、四通ラブレターが入っていました。  
教室に入り、数少ない友人に挨拶して眼を通します。  
 
「千春ちゃんすごいねー。早速だよ。」  
「うん…。でも複雑な心境です。」  
「ほんと、男って調子いいよね。そだ、ダイエット教えてよ!もうさー。みんな興味津々だよ!」  
「水も空気も綺麗な田舎で運動して美味しいもの食べてただけだよ。昨日もいったでしょ。  
ダイエット用のレシピとかは少し考えたけどね。それでよければ…。」  
「うん。お願いね。じゃさ。体育とかも大丈夫なの?」  
「そりゃもう。ハンデつきだけどあの一春に1on1のバスケで勝てるくらいには。」  
「そかそかーすごいすごい。しかし夏休み彼女ほったらかしで付きっ切りとは弟君の愛を感じますなー。」  
 前から友達だった女の子とは、明るくなったって喜んでもらってさらに仲良くなりました。  
そのことは本当に心から嬉しかったのです。ですがラブレターは…。  
 
「どうしようかな。これ…」  
「彼氏いないんでしょ。受けてみたら?」  
「ラブレターにはいい思い出がなくて…ね。」  
「そうだね。結局、本当にそのままの千春を好きだったのは弟君だけだったんだよね…。」  
 友人との会話で何故ラブレターを貰っても嬉しくないのかはっきりとわかりました。  
 単に嫌な思い出があるからだけでなく、それより結局外面がよくならないとこういうの  
も貰えないんだということに虚しさを感じていたのです。  
 そして、それを気にしない人が身近にいて本気で好きになってしまったことを  
気づいてしまったのです。それは常識を持っていることを心がけている私には  
辛い恋でした。  
 
 
 姉は沙希と話をするようにと言って去っていった。本当に優しい姉だと思う。だけど…  
何故かあまり嬉しくはなく心は痛んでいた。僕が姉の背中を見送っていると沙希が話しかけてきた。  
 
「千春先輩、いい人だね。」  
「うん…」  
「昨日はごめんなさい。言い過ぎだった。」  
 彼女は真剣な顔で謝ってきた。嘘ではないのだろう…でも、一学期に感じていた  
緊張や熱さといったものを見つめられても感じない。  
 
「怖かったの…。夏休み全然連絡取れないし…。もう捨てられたのかと…。」  
「千春姉と田舎に帰るってメールで書いたろ?」  
「それでも携帯くらい持っていくって思うじゃない…。」  
「それは悪かったと思ってる。でもそれくらいやらなきゃ駄目だったんだ。」  
 甘いことをしていては変れなかったから…。  
 
「千春先輩…凄いよね。尊敬しちゃった。」  
「そう?」  
「これから凄くもてて大変なんだろうなー。いい人だし。」  
「……そうだね。」  
「ねえ……カズ君……私のこと許してくれる?」  
 少し僕は考えた……でも、確かに僕には明らかに非がある。今はちょっといらいらしてる  
だけで、いつかは好きだったときのように戻るのかもしれない。  
 
「僕も言いすぎたし……おあいこってことで。」  
「うん…ありがと。好きだよカズ君。」  
 彼女は僕の手を掴むとゆっくりと正門へと向かって歩いていった。  
 
 
 昼休み、私は宛名のある手紙については断りの文を書いて友人に配達を頼んだ後  
(代金として今度クッキーを作れといわれました。)自分のお弁当をうっかりと入れ忘れた  
ために、食堂へと向かっていました。  
 数個パンを買い、いじめられていた頃逃げるために隠れていた裏庭の目立たない場所  
へと歩きます。友達と今なら食べることも出来ますが、外で食べるのも田舎生活で  
美味しいものということを学んでしまい、たまにはいいだろうと一人で食べることに  
しました。しかし…今日は先客がいらしたようです。  
 
「…で…なんとか、繋ぎとめたのよ。」  
……?  
この声は沙希さん?  
 
「でもー危なそうだったよねー。もうだめかと思ったのにしぶといー。」  
「あのシスコンもさすがに悪いと思ってたみたいだしね。地雷踏んじゃった  
 時は焦ったけど……ほら、賭けは私の勝ちでしょ。出すものだしな。」  
 ………え?  
 
「ちぇー。沙希ずるいなー。あんなお人よしの格好いい男捕まえてさー。」  
「ふん…どうでもいいわよ。あんなやつ。あの程度の男に振られるのがプライドに  
 触っただけよ。とっとと貰うもん貰ってこっぴどく振ってあんたにでも上げるわ。」  
 ………  
 ………意味が…わからない。  
 
「それにあの姉…白豚は白豚らしくぷくぷくしてりゃいいのに、一人前に人間になって。」  
「あははー。あんな美人になるとは思わなかったよねー。沙希もすぐ人気抜かれるね。」  
「うるさいっ!すぐ元に戻るわよ。どうせ。リバウンドで前以上に!」  
 これ以上ここには居たくなかった。私はどこで間違えたのでしょうか…。  
 もしこちらが本性だったとしたならば……弟に仲直りを勧めた私はなんと馬鹿なのでしょう。  
私の悪口はいい。一春の悪口は……それだけは許せません。  
 
 …私はこれからどうして行くべきなんでしょう。  
 
 
 放課後、僕は千春姉さんに呼び出された。相談したいことがあるらしい。  
 姉は僕の前で右往左往している。どうも悩んでいるらしい…。  
 
「千春姉さん。なんでも遠慮なく言ってくれよ。そんな悩まずに。」  
「うん…ごめんね。」  
「いいんだよ。」  
 そう…。姉さんが困っているなら僕はどんなことでも喜んで力になる。  
 
「うん…えとね…。」  
「………」  
「えと………。」  
「そ、そう!実はラブレター貰っちゃったんだけど…」  
「……え……そ…そうなんだ……。」  
 姉は心なしか気落ちしたように見えたが…気を取り直して話し始めた。  
 
「うん…。でも、断りたいの。」  
「え…なんで?」  
「だってラブレターって…ほら…」  
「あ……ごめん。」  
 僕は自分の無神経さを恥じた。姉の変化のきっかけはラブレターによるからかいで  
受けた心の傷がきっかけである。喜ぶはずはない。  
 
「それで……屋上とか、一人で行くの怖いから…。こっそり付いてきて欲しいの。」  
「うん。そういうことなら喜んで。僕が絶対千春姉さん守るから。」  
「……っ!ありがと、一春。」  
 姉さんは百合の花のような綺麗な笑顔で微笑んでくれた。やっぱり姉さんは笑っているほうがいい。  
 屋上に上がると一人の男が待っていた。宛名のある文は既に断りの手紙を書いたので  
誰が待ってるのかは姉にもわからないらしい。  
 
「あの………あ………赤川君………。」  
 知り合い…?  
 
「前はすまなかった。俺と付き合ってくれないか?」  
「ごめんなさい。私は今は誰とも交際しません。」  
 千春姉さんは頭を下げた。一秒の間もなかったな…。  
 暫くドアの影から見てると少しずつ様子が変っていく。  
 
「謝っているんじゃないか。前は喜んでたくせに。俺が好きなんだろ?」  
「あんなことしておいて…何を言っているんですか。」  
 …あんなこと?…まさか…  
 
「あんときはここまで化けるとは思わなかったんだよ。な、誰とも付き合わないなら  
 別にいいだろ?気持ちよくしてやるからさあ。」  
「やめてください!」  
 赤川とやらが姉の腕を掴んで強引に抱きしめようとした…僕はドアから飛び出し、  
有無を言わさず本気で顔面を蹴り飛ばした。俯いたところを思いっきり左で殴る。  
 
「千春姉さんに何するんだ。このぼけ!」  
「一春!もういいから……暴力は駄目。」  
「お前みたいに上っ面しか見ない奴に誰が!!」  
「もういいから……赤川君。ごめんなさい。ハンカチ使ってください…返さなくていいから。」  
 そういうと呆然としている赤川を置いて、屋上から出た。  
 
「だめでしょ。一春…暴力ふるっちゃ…」  
「ごめん……どうしても我慢できなくて。」  
「でも…ありがとね。一春。格好よかったよ。」  
 千春姉さんは僕の左手を掴み、殴って怪我をした拳にキスをした。僕は優しい姉さんを  
守ることができたことに満足しつつ、そのまま姉が握ったままの左手を指摘せず穏やかな  
気持ちで帰宅の途についた。  
 

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