私には弟が一人います。
弟は運動神経抜群で頭もよくて優しくて明るくて頼りになり、身長こそ並ですが
鍛えてある体は男らしくて、清潔感もあるのですごくもてます。
弟の学力ならもっと上の高校を狙えたのにも関わらず、同じ学校に来てくれました。
姉の私はちょっと────いや、かなり太っていて運動も勉強もできずでしかも、
性格が暗いって言われてまったくもてません。あだ名はしろ豚…
同性からもあまりいい風には見られず、肩身が狭い思いをしています。弟の紹介を
して欲しいという人だけは迷惑なのに近寄ってくるのですが。
そんな私ですが、高校二年の終業式前日初めてラブレターというものを頂きました。
「千春姉さん、今日の夕食は凝った料理だね。なんかいいことでもあったの?」
「うん、初めてラブレター貰っちゃった。」
「よかったねー。姉さんのいいとこ見てくれる人がいて。」
うちでは両親が共働きですので家事は弟と二人でしています。情けない姉が唯一
弟に勝っている技術が料理だったりします。
弟も長年好きだった人に告白して付き合って彼女さんがいたので祝福してくれました。
「ありがとう、一春」
「千春姉さんの彼氏さんは美味しい食べ物食べれてきっと幸せになれると思うよ。」
弟はいつもの夏の太陽のような気持ちのいい笑顔で保証してくれました。両親が
なかなか帰らない、いつも寂しい食卓は今日だけは暖かく思えました。
「なんだか今日はカズ君ご機嫌だね。終業式だから?」
僕は相当機嫌よさそうにしていたらしい。恋人の沙希に指摘された。今の学校に
着てから知り合った沙希はしっとりした和風の美人で、綺麗な黒髪をしている。
欠点は眼が少しきつそうなことくらいか。性格もちょっときつい。
「姉さんにラブレターが来たそうでね。姉のいいところを分かってくれる人が
いるみたいで本当に嬉しいんだ。」
「カズ君って……もしかしてシスコン?」
沙希はいじわるっぽくにやりと笑う。
「どうだろう。だけど、家事は万能だし相手をたてる人だし…。外見で損を
しちゃってるのが弟としては悲しくてね。」
「そうなんだ…上手くいくといいね。」
そういって沙希は微笑んだ。彼女は笑うと子供っぽく見えて本当に可愛い。
僕は頷いて、学校へ向かう。
始業式が終わると、夕食を作れないと謝罪のメールを姉にいれて男友達と
一学期終わった記念に、ゲーセン、ビリヤード、カラオケと遊び倒した。
大好きな恋人や馬鹿みたいに騒ぎまくれる友人のいる学校生活はかなり楽しい。
姉も同じように楽しい生活を送れることを祈ろう…。
「ただいまー。ってあれ?」
夜九時に帰宅すると家中の電気が消えていた。両親がいないのはいつものことなので
気にしないが姉がいないのがおかしい…。いや告白されてそのままデートか?
「千春姉さん。いるの?」
姉さんの部屋は電気は消えていたが人のいる気配はした。どうしたんだろうか…。
「千春姉さん、入るね。」
部屋に入って息を呑んで驚いた。いつも綺麗に整理されてる姉の部屋が見る影もなく荒れ、
目覚ましや、趣味で集めていたガラスの小物など色んなものが壊されて散乱していた。
姉は…ベッドでうずくまって泣いていた。
「どうしたの…これ…。姉さん…。」
「一春……うっ…っ……」
僕の服を掴んで嗚咽をもらす。こんな状態の姉を見たのは初めてだった。涙で途切れ
途切れの言葉から判断するに、ラブレターは狂言で数人の男に約束から何時間待つか
賭けの対象にされたらしく、それが分かった後にさらに酷いことを言われたらしい。
「なんてことを…。そいつら殺してやる。絶対に許せない。」
姉が知っている人間ということは恐らく二年、割り出すのは難しくない。人間、
してはいけないことがあるということを思い知らさなければ。だが、姉は
泣きながらも続けた。
「だめよ…暴力は…それはいけないことなのよ。」
「だけど、千春姉さん!!」
「ううん。一春の気持ちだけで嬉しいから。」
こんな姉を傷つけて笑っている奴らがいると思うと、とても平静ではいられない。
なんとか…なんとか…。そうだ!!
「復讐しよう。」
「え…?」
僕は思いついた計画を姉に話した。ちょっと悩んでいたけど、やはり思うところは
あったらしくて納得してくれた。
翌々日、私たち二人は父の故郷である田舎の山奥にいました。
実家の辺りはまさに田舎というのが相応しく田と畑と山ばかりで、都会に住んでる
私たちにはすごく不便な場所です。
「本当によかったの。彼女さんは?」
「連絡はいれといたよ。夏休みはずっと姉さんと田舎で過ごすって。」
弟が復讐するといったときは本当に驚きました。やはりどんな理由があっても
暴力っていけないことなんです。
ですが、弟が考えてくれた計画は違いました。夏休みを使って私自身を変えようという
もので、努力して痩せようってものでした。弟は付き合ってる彼女がいるにも
関わらず、私に協力してくれるっていってくれたので、弟の真剣さに答えるためにも
頑張ることにしました。
正直、美人の彼女より私のことを心配してくれたのはうれしかったです。
「さて、まずは家の掃除と親戚への挨拶と買い物だね。僕はバイクで買い物に行くよ。」
「うん、お化け屋敷を住めるようにしとくね。」
「運動は明日からだね。朝10kmランニングからやるから。」
ごめんなさい、実は少し後悔しています。
次の日からのダイエット計画は大変でした。
まず、早朝にランニングから始まるのですが運動不足なこともあってこれだけで
疲れ果ててしまいます。走る前と後にしっかりと柔軟体操をし、マッサージで
体をほぐします。
そのあと、バスケのゴールがあるのを利用して1on1(ハンデ付き左手のみ)
やバトミントンで遊び、涼しくなったら散歩。時には川で遊んだり釣りをしたり
して過ごしたり、とにかく体を動かして遊びました。
無理じゃないやせ方をするために弟はだいぶ調べたらしく、料理も普段どおりの
量で痩せやすいのをしっかり作ったり、本当に自分のことを考えてくれていて、
そう考えると嬉しいけど変な気分になってきます。
この時は私の感情はまだ普通に弟に対しての感情でした。
そんな田舎生活を続けて一ヶ月が経った。
田舎での生活はテレビの殆どチャンネルがなくて、娯楽も少なく、姉弟での
会話を今まで以上にし、お互いのことをよく知ることが出来たんだけど…
姉のことを本当にわかってあげていなかったんだなあと反省している。
この生活で姉も明るくなってきて、昔と別人のようで本当に嬉しい。
「千春姉さん。湯加減はどう?」
「うんいい感じ。運動した後のお風呂って最高よねー。」
実家のお風呂は権兵衛風呂。お湯の出る蛇口もあるけど、雰囲気があって楽しいので
乾いたヒノキの葉で火をおこしてまきを燃やして沸かしている。お風呂中でも
会話できるのが楽しいだけかもしれないけど。
「ふふーん。そろそろ一春に1on1で勝てそうよね。そろそろ両手使ったほうがいいんじゃない?」
「なにをー!!まだまだ大丈夫だよ。帰るまで千春姉さんには絶対負けない!!」
「絶対勝ってみせる!…しっかし、初めはきつくて泣いたけど今は楽しいわ。この生活。」
「そう…ならよかったよ。帰ったらみんなの反応楽しみだね。」
「そんなに変ったの?自分じゃよくわかんないんだけども…」
「変ったよ。行く前に写真取ったでしょ。後で見比べよう。」
さらに十日後、帰宅する前日についに僕は1on1で敗北した。泣きたくなるほど悔しかったが
姉の本当に喜んでる姿を見てると僕まで嬉しくなって一緒に喜んでしまった。
「千春姉さん、家に帰ったら制服買いに行かないとね。後、日常の服も。」
「前のはもう着れないか〜。でもそれっていいことなのよね。」
これほど学校が始まるのが楽しみなのは初めてかもしれない。
新学期になりました。帰宅してから弟の様子が変で心配だったんですが、
いつも彼女と学校に行っていたのに今日は私と一緒に通学してくれるらしく、
嬉しかったのであまり気にしないことにしました。
秋を少しも感じない夏の熱い日ざしを受けながら二人並んで歩きます。
「ねー。一春。本当に何があったの?」
「いやその…なんでもないんだ。大丈夫。」
余計気になりますって。弟には大きな借りがあるしなんとかしてあげなければ!
そんなことを考えてたら、見慣れた弟の彼女さんがこちらに歩いてきました。
「おはよう。カズ君。姉さんとべったりだと思ってたけどもう、新しい彼女出来たんだ。
しかも、こんな美人…私へのあてつけ!!?」
確か沙希さんといったか…彼女は憎々しげに弟に詰め寄って…あれ?まさか…
「まあいいけどね。ちょっと格好いいから付き合ってあげてたけど清々するわ!」
弟は怒って言い返そうとしましたが、私が抑えます。
「あの…沙希さん?私のことわからないの?」
「え、私あんたなんか知らないわよ。誰よあんた!」
「木原千春…一春の姉ですが…」
「嘘…うそ…」
沙希さんが呆然としています。そりゃそうでしょう。ウエストが25cmほど
落ちてますからね…脂肪の後残らなくてよかった…。
「ごめんなさい。一春は私のために夏休み付き合ってくれたの。あまり怒らないであげてね。
それじゃ学校行きましょう。」
二人を促しましたが、二人はきまずそうに歩くだけで会話はありませんでした。
田舎から帰ると、置いてきた携帯電話には沙希からの履歴がたくさん入っており、最後のメールには
もう別れると書かれていた。
僕はよく告白されたが全て断ってきた。そんな僕が始めて好きになった女性、それが沙希だった。
こちらから告白し、受けてもらえたときにはそれは嬉しくて舞い上がっていたし、
毎日が楽しかった。田舎にいるときも忘れたことはなかった。だから、電話で事情を
必死できちんと説明したし、謝罪もした。だけど、彼女は許してくれない…学校で
直接会えばとも思ったけど…
「まあいいけどね。ちょっと格好いいから付き合ってあげてたけど清々するわ!」
この言葉は僕には絶対許せない。恋心は急速に冷め、ただやるせない怒りだけが残る。
僕は始業式が終わると彼女の教室に赴き言った。
「沙希。僕たちはもう無理だ。君からのメールに返信してなかったけどちゃんと言う。
別れよう。」
「カズ君待って!!」
そこまでいうと泣きそうな顔を見られないように背中を向けて走る。沙希は何か
叫んでいたが聞き取ることは出来なかった。