私はさっき自分がした行為を思い返す。  
 兄の部屋の机の引き出しから、私が今日部屋に干した下着が精液が付いた状態で  
出てきたこと。それを私は兄のあそこから出てきた精子だと思い込んで、啜ったこと。  
 だけど考えてみれば、本当に兄の行為だったのかは分かっていない。だって私の  
部屋は二回、盗聴マイクが仕掛けられた事もあるのだから。兄以外の誰かが私の部  
屋に忍び込んで変態的な行為をして、それを兄になすり付けた可能性だってなくはない。  
 自分の下着と同じものが机の引き出しにあったというだけで、兄が私の部屋から  
下着を持ち出したと思い込んだ事。兄が自分を好きなどとあらぬ期待を一瞬たりと  
も抱いた事。  
 それがどれだけ低い可能性か考えもせず、都合のいいことばかり考えて。自分と  
兄との関係が変わってほしいと期待して。  
「……『馬鹿ジャン』」  
 クラスメートが良く使う言葉を口にした。明るく振舞う自分と違って、本当に活  
発なクラスメート達のような言葉遣いをすれば少しは気が紛れるだろうか。いや、  
この胸の痛みはきっと一生消えない。  
 私はお兄ちゃんの妹だから、妹らしく振舞おう。私はお兄ちゃんを好きじゃなく  
て、お兄ちゃんは私のことを好きじゃなくて。  
 立ち上がって下着を机の引き出しに仕舞う。  
 その時、机と対角線上にあるクローゼットの扉がふいに開いて、ワイシャツと短  
パンとお兄ちゃんがゴトリ、と音を立てて床に落ちた。  
「……ただいまぁ〜」  
 頭から床に突っ込んだ兄が、ひっくり返った亀のような体勢のままそう言った。  
その様はお世辞にもかっこよくはなくて、どこか間抜けな挨拶も手伝って私は直ぐ  
に返答できなかった。  
 お兄ちゃんは今までずっとここに隠れていたのか。ということは今までの私の独  
り言を全て聞いていた、だけじゃなくて下着に口を付けていたのもしっかりと見て  
いたのか。  
 私は顔が真っ赤になって、何も言えなくなってしまった。  
 兄はいつのまにか両手を付いて起き上がり、私の前で正座した。  
「ごめん。優衣」  
 
 兄は私に土下座して謝った。でも何について謝っているのか分からなかった。  
「お兄ちゃん」  
 私は兄の前に座って、床に頭をこすり付けている兄の顔を上げさせる。  
「どうして謝るの?」  
「盗み聞きするつもりじゃなかったんだけど……つい出られなくて、あは、あは、  
あはははははは!」  
「お兄ちゃんは……」  
「うん」  
 お兄ちゃんが真剣な表情で聞いてくれている。  
「さっき優衣が言ってたこと、全部聞こえてた?」  
「……うん」  
「そっか」  
 私は微笑んだ。「あれね。全部嘘だから」  
 兄の瞳が鋭くなる。私が嘘をついたときはいつも、眼差しがきつくなった。私  
が嘘を吐き続けられた例がない。それでも吐かなくてはいけない。兄を騙せなく  
てどうして自分を騙せるというのか。  
「お兄ちゃんがそこにいたの知っててからかったの。びっくりした?」  
 声が上擦らないよう細心の注意を払う。  
「今日告白されたって話も嘘、みんなジョークだから……ごめんね。お兄ちゃん。  
からかったりして……」  
 私が何をいっても、お兄ちゃんの私を見る目は変わらなかった。  
「優衣。俺も優衣に謝らなくちゃいけないことがあるんだ。あのさ……優衣の部  
屋から下着盗ったの、俺だ。下着でオナニーしたのも俺だ。俺、変態だからさ」  
 普通の人が聞いたら引いてしまうような事を、お兄ちゃんは言った。絶交と言  
われても仕方ない発言だ。だけど今その言葉は私にとって、甘い麻薬のように聞  
こえる。  
 私を思って、してくれた……ということ?  
 胸が苦しくなるのを必死で抑えて、「変態だね。お兄ちゃん」といって微笑んだ。  
 お兄ちゃんも苦笑した。「うん。ごめん……もうオナニーしないから」  
「でも……オナニーを我慢するの大変でしょ? 気が狂いそうになるほどつらい  
んじゃないの?」  
 
「そりゃ、そうだけど……」  
「……いいよ」  
「え?」  
「お兄ちゃんがしたかったら、優衣の下着、使っていいから」  
 
 目の中に入れても痛くない位に可愛い実妹に、己の嗜好を容認された者がこの  
世に何人いるだろう。血を分けた妹のパンティで一物をしごく行為は普通、軽蔑、  
罵倒、非難の対象となる。絶対に秘密にしておかなくてはいけない性癖であり、  
特に自慰の対象である妹に告白するなど有り得ない。  
 だが俺は、妹に己の所業を告白した。許してくれると思ったからというのは否  
定できないが、何か妹が無理をしていると思ったからだった。先ほど優衣が言っ  
た、「皆嘘だから」という話が事実だとしたら、精液を飲んだ行為は何だったの  
か。冗談であんなこと出来るわけがない。  
「優衣」  
 優衣は俺の顔をじっと見つめてくれる。俺を信頼しきった、迷いのない純粋な  
瞳だ。どうしてお前は妹なんだ。俺は、お前を犯したくて仕方がない。お前の全  
てを俺のものにしたくてたまらない。  
「優衣を抱きたい」  
 本心であろうと、言ってはいけない言葉がある。何の問題が起こるか分かって  
いるのだから、絶対に口にしてはいけない言葉がある。だが俺は言ってしまった。  
優衣の目の前で。  
 優衣は最初、その言葉を受け止めようとして俺の目を見つめていたが、段々と  
目に涙が浮かんでいった。顔が赤くなり、鼻がツンと痛くなり、目が潤んで、呼  
吸をするのも苦しそうで、耳まで赤くなって。  
 返答することさえ優衣は忘れていた。  
「俺、優衣が好きだから」  
 優衣の両方の瞳から涙が一滴、頬を伝って床に落ちた。  
「お兄……ちゃん」  
 いつにも増して小さな声だった。  
「うん。何だ、優衣」  
「胸がね。苦しいの。鉛を入れられたみたいに重くて、苦しくて……でも」  
「うん」  
「……はは。ごめん。言葉が飛んじゃって、何も出てこない」  
 優衣の頬から、また一滴、涙が音を立てずに落ちる。  
「うん」  
 
「兄妹なんだよ。結婚できないんだよ。恋愛だって、しちゃいけないんだよ」  
「うん」  
「じゃあどうして好きだなんて言うの?」  
「嘘ついたってしょうがないじゃんか」  
 優衣は首を左右に振って、なおも俺を見た。  
「優衣の人生だけじゃなくて、お兄ちゃんの人生も棒に振るかもしれないんだよ」  
「俺は絶対、お前を守るよ。命はかけられないけどな。人生だったらかけてもいい」  
「酷いよ」  
 鼻がぐしゃぐしゃになりながら、優衣が言う。  
「何が」  
「馬鹿ぁ」  
 俺は優衣をそっと抱きしめて、背中を抱きかかえた。優衣の体は小柄で、抱き  
しめた右手が優衣の首元まで伸びた髪にかかる。左手は腰に伸ばした。俺の顔は  
優衣の左肩に、優衣の顔は俺の左肩に乗った状態だ。  
 胸が締め付けられるように痛くて、でも、それは耐え切れないほどの痛みじゃ  
ない。こうして抱き合っていられるなら少しは、痛みが和らぐから。  
 優衣は声を出さずに泣いていた。今までどれ程の悩みを抱えていたのか。封じ  
込められた言葉が涙に変わるかのように、涙がやむことはない。  
 どうして今までこうして抱き合うことができなかったんだろう。優衣の温もり、  
感触、匂いがこんなに近くにあるのに、どうして。  
「おに……ちゃん」  
 可愛らしい擦れ声が、胸元から聞こえてきた。  
「うん」  
「凄く胸が苦しいの」  
「……あ、ごめん。力入れすぎたか?」  
「ううん。そうじゃなくて、胸を熊手で何回も擦られてる感じ。苦しいけど、で  
もいいの。お兄ちゃんが抱きしめてるから、苦しいけど、でもいいの。あ……」  
「どうした?」  
「お兄ちゃんの鼓動、伝わってきてる」  
「優衣のも分かるよ」  
 
 優衣が上を向いて、俺を見た。吸い込まれそうなほどに綺麗な瞳をしている。  
「……夢みたい」  
「夢だよ」  
「夢……sleeping beauty?」  
 優衣は最近見たアニメを思い出したのか、顔を赤くして俯いてしまった。  
「眠れる森の美女か。優衣。もう一度、顔上げてくれないかな」  
「うん」  
 優衣は目線を徐々に上げる。優衣が俺の目をしっかりと見てから、俺は言った。  
「俺は、お前が好きだ」  
 途端に優衣は亀みたいに顔を下に引っ込めてしまった。  
「おい……優衣。目を逸らすな」  
「だって……」  
「俺だって恥ずかしいんだ」  
「嘘だよ。絶対嘘だよ」  
「俺の顔を見ろ」  
 優衣は今までにない感情のせいで、自分でもうまく処理しきれないようだった。  
優衣が再び、俺を見上げてくれる。  
「優衣は俺のこと、好きか?」  
 優衣の口が歪んで、そして言葉がうまれた。  
「好きです。優衣が幼稚園生の頃から、お兄ちゃんのことが、大好きです」  
「……ありがとう。そう言ってくれると嬉しいよ」  
 優衣がまた下を向かない内に、俺は右手の人差し指で優衣の上顎につけて上に  
傾けさせて、優衣の唇に自分のを触れさせた。  
 優衣の瞳が煌いていた。またうるっと来たのかもしれない。  
 
 優衣の唇が俺の唇に触れるだけで、胸が温かくなる。ただキスをしているだ  
けなのに、目頭が熱くなる。唇が擦れるだけで、胸が痛む。  
 優衣は一生懸命、目を開けて俺を見ようとしていた。だけど瞼がひくひくして、  
うまく開けられないようだった。息をするのも辛くなるほど胸が苦しくて、ゆっ  
くりと吐いて、ゆっくりと吸っていた。  
 俺が少し口を開けると、優衣のも擦れて少しだけ開く。  
 その中に、舌をさきっぽだけ入れてみた。優衣の歯の間に挟まる程度だ。自分  
の唇に兄の舌が触れたことに気づいて、優衣が瞼をゆっくりと開く。俺が何をし  
ようとしているのか分からずに、でも恐怖心は抱いていないようだった。  
 優衣の唇の上を舌がちろちろと蠢き始める。舌の腹の部分で丁寧に、リップク  
リームのついた優衣の朱い唇の感触を味わってゆく。  
 唇全体を舐めた後、再び唇を強く押し付けて優衣の唇に栓をする。  
 優衣が目を潤ませて、云った。  
「お兄ちゃん」  
「うん。何?」  
「もう、これからお兄ちゃんのこと自慢できなくなっちゃうね」  
「ん? 何で?」  
「だって、お兄ちゃんって言うだけで、今日のこと思い出しちゃうから、恥ずか  
しくなっちゃう」  
「……今まで自慢してたのかよ」  
「優衣、ブラコンで有名だから」  
「そりゃ俺もシスコンって言われるけど」  
「ねえ、お兄ちゃん」  
「ん?」  
「今まで、誰か好きになった人はいなかったの?」  
「お前ほどの人はいないよ」  
 優衣は小さく微笑った。  
「嘘。お兄ちゃん面倒見がいいから、いい人たくさんいたはずだよ」  
「お前がいたからな」  
「優衣が重荷になってたんじゃないの?」  
 
「正直、そう思ってた時はあった。中一の頃は特にな」  
 中一の頃、我が家に盗聴器が仕掛けられた事が発覚して、メディアに取り上げ  
られる事件が起こった。盗聴器が仕掛けられる事自体はどこにでもある、ありふ  
れたものだが、被害者のルックスがよかったというそれだけで、メディアは優衣  
を知る権利を盾に被写体に収め、インタビューを繰り返した。ワイドショーにま  
で取り上げられ、我が家は引越しを余儀なくされた。その際『被害者の兄、報道  
リポーターに手を上げる』という記事までついてきたが、「手を上げた」のは事  
実だった。それ以外の醜聞に関しては言う気にもならない。  
 中二の春、落ち着いたと思ったらまた盗聴器が仕掛けられた。  
 共通して言えることは、優衣でなければ盗聴されなかっただろうということ。  
「じゃあ、どうして?」  
「お前といると楽しいのさ。優衣じゃなかったら頑張れなかっただろうな」  
 雑務は俺が一手に引き受けた。送迎から家の防犯設備のメンテナンス、優衣へ  
のスタンガンの携帯など。過剰反応だと周囲に揶揄されても、結果的にはそれが  
必要な事だった。周囲の理解は得られなかったが、お父さん、お母さんは納得し、  
協力してくれた。  
「もし私が可愛くなかったら──」  
「お前は悪くない」  
 そういうと優衣の目にまた涙が溜まった。「優衣は顔も性格も可愛いよ」  
 優衣は顔をくしゃくしゃにさせて、俺の胸に顔を押し付けた。  
「優衣。俺、優衣の顔が見たいな」  
 だが優衣は俯いたままだった。  
「優衣とキスしたいな」  
 優衣は少しだけ上目遣いで俺を見て、また顔を伏せてしまった。  
 面白い奴だな。  
「優衣、好きだよ」  
 そういうと俺を抱きしめる優衣の手の力が強まった。  
「優衣」  
 顔を真っ赤にさせた実妹が、俺を見上げた。俺は微笑んで言った。  
「おかえり」  
「ただいま」  
 蚊の泣くような優衣の声。泣きそうな表情の優衣が愛しい。  
 吸い寄せられるように、俺たちはキスをした。  
 

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