股間が妙に生暖かかった。寝ぼけ頭で左手をトランクスの中にある自身に突  
き入れて、暖かく粘り気のあるものをが手についた。  
「また、やっちった……」  
 俺は目を開けて掛け布団を右手で掴んでベッドから降りた。どんな夢かは覚  
えてないが、夢精したのだから相応の夢だろう。優衣が出てこなかっただけマ  
シだが、出したはずなのに股間に蠢く僅かな疼きに顔をしかめた。部屋のベッ  
ド脇に置かれた時計を見ると現在時刻は午前5時50分。今の時間なら優衣は起  
きていないはずだ。シャワー浴びよう。  
 戸棚の引き出しの一つを開いて、黒柄のトランクスと白いTシャツを引っ張  
り出す。部屋のドアを開けて、階段を降りて洗面所の前で何かをごしごし洗っ  
ている優衣とばったり出会ってしまった。  
 優衣はパジャマ姿のまま、風呂場向かい側の洗面所に電気もつけずに立って  
いた。必死になって自分の下着を洗っていた所を俺に見つかって、声も出ずに  
硬直していた。それは俺もそうだ。今まで優衣の下着をまじまじと見ることも  
なく、優衣の顔が真っ赤になるのも見た事がなかったから。  
 優衣の下着は、精緻な白い花柄模様で、中央にちっちゃな赤いリボンが飾ら  
れていた。上品な中にも可愛らしさのある下着の、あそこの部分が石鹸の泡に  
まみれている。大事な下着なのかブラシは使っておらず、指で丁寧に洗ってい  
たようだ。その細い手は16歳らしく、白くきめこまやかな肌だ。  
 俺は頭が真っ白になって、ただ突っ立っていた。  
「お兄ちゃん……」  
「うん」  
「……見ないで」  
「うん」  
 優衣が顔を真っ赤にさせながらも俺にお願いしているにも関わらず、俺は優  
衣の話を右から左に聞き流していた。  
「お兄ちゃん……本当に」  
 優衣の声色がやや上擦る。その声がいけなかった。俺は股間が再び勃起する  
のを抑えられなくなると共に、「ごめんっ」と言って後ろを振り返った。  
「……ごめん」  
 
 言ってみたものの、その場から立ち去ろうとはしない俺がいた。優衣のパン  
ティを洗っている音が聞きたかった。どんな表情で洗っているのか、克明に見  
ておきたかった。股間は膨張していた。  
「……お兄ちゃん。恥ずかしいから……どこか行って」  
「ああ。ごめん」  
 これ以上ここにいたら本当にダメな人間になってしまう。俺はトイレに直行  
した。  
 
 
 トイレの中で、俺は洋式の便器にズボンを下ろして座ったまま、当然のよう  
にペニスを左手で握っていた。皮被りのペニスは10センチ強に勃起していたの  
で紅い亀頭が丸見えだ。その亀頭と皮に自分の唾液を垂らして、息を殺してオ  
ナニーした。  
 あの虫も殺さぬような端正な優衣が、今自分の下着を洗っている。朝早くか  
ら電気もつけずに洗っているのは何故か。見られたくないような汚れがついて  
いたのか。あの指が、下着を泡立てて洗っていた。下着をいためないように優  
しく洗っていたのだろう。音がまるっきり聞こえなかったから、相当気をつけ  
ていたに違いない。  
 優衣の可愛らしい笑顔に撃墜された男子は数知れない。あげてもいないバレ  
ンタインデーのお返しチョコなども山のように届いた時もあった。二回も違う  
ストーカーに狙われて追い返したこともある。街を歩けばモデルにならないか  
と誘われたことも腐るほどあった。お淑やかな、言葉を選ぶ妹だから相手を傷  
つけるような台詞は口にしない。だから他人は誤解してしまう。まだいけるの  
ではないかと。  
 優衣は他人の冗談にも理解を示し、そこにいるだけで和みキャラとなってし  
まう。優衣がいるだけで他の女子は見劣りし、結婚式に行けば優衣よりは可愛  
くない、という評価が男性でなされてしまった。  
 俺ぐらいは、優衣の前では真人間でいてやらなくてはいけない。そう思って  
いるはずなのに、優衣の仕草一つで今日もオナニーを始めてしまった。夢精を  
したとか関係なかった。優衣がいる。ただそれだけで、勃起するようになって  
いた。夢の中でなら何回も優衣を犯した。優衣も気持ちよくなってくれたこと  
もある。だが現実ではそんな関係にはない。なってはいけないのだ。  
 もうオナニーしないと誓ってからは、一週間に一度くらいのペースでしかオ  
ナニーしないようになった。だがオナニーするとき、ネタは妹しかなくなって  
いた。ダメ人間だと自分を否定し続けても何も変わらない。良い兄貴でなくて  
はいけないのだ。  
 そんな御託を吹っ飛ばすくらいに、自慰は気持ちよかった。今日の「優衣」  
はたっぷり溜まった精子をお口で吸い取ってくれる「優衣」だった。「一週間  
の勉強の疲れをとってあげたいから」と大きな瞳をうるわせて、俺のチンコを  
大切に取り出して、両手で皮を剥いて舌を這わせた。アイドル顔のAV女優のよ  
うに目を細めて微笑んで、しゃぶり続ける妹がそこにいた。「私の膣じゃきつ  
すぎるから……」そういって優衣は両手で俺の竿を加減しながら上下にこすっ  
ていった。カリ首が弱いと見透かすや否や唾液をふんだんに塗して、舌と唇で  
ねっとりとペニスのカリ首辺りを舐めしゃぶっていく。「お兄ちゃんの心が読  
めたらいいのになぁ。そうしたらもっと気持ちよくできるのに」  
 優衣の手コキと舌技は絶品だった。健気にも俺を慕う優衣の口腔に、俺は大  
量の精液を放出した。放出と同時に、俺のペニスを掴んだ優衣の手がきゅっと  
締まる。強すぎる締め付けではなく、極上の快楽をもたらす優衣の手ほどきに、  
俺は自身の白いどろどろの精液が睾丸からペニスを通り、亀頭を抜けて優衣の  
口の中に放出されてゆくのを感じていた。  
「お兄ちゃん……優衣がしてあげるから、もうオナニーしちゃ駄目だよ……」  
 頷くことさえできず、ただ思った。  
「また、やっちった……」  
 
 
 俺の家族は四名。父さんと母さんと俺と優衣だ。父さんは東京の九段下に単  
身赴任していて、母さんはクラブのママさんをしているから昼頃出かけて深夜  
に帰ってくる。母さんに似て優衣は異常に可愛らしかった。最近ロングヘアー  
からボブカットにしたが、可愛らしさは変わらず、更にチャーミングになった。  
 優衣は俺と同じ高校一年生で、俺の方が先に出てきたという理由だけでお兄  
ちゃんとなった。優衣は頑張り屋だった。勉強も、スポーツも一生懸命で小さ  
な頃から弁護士になると決めて、勉強を続けていた。その努力は尋常でない。  
 自分は学校の先生になりたいと考えていた。高校こそ一緒だが、大学になれ  
ば優衣とは会えなくなる。  
 優衣がいたから俺もしっかりしなくちゃと思うようになった。だけど優衣で  
オナニーするのだけは、止められなかった。  
 自慰を終えた俺は朝ごはんの準備に取り掛かる。キッチンの洗い場で石鹸を  
使って洗  
う。家事は優衣と分担していて、月曜は朝ごはんが俺で、洗濯は優衣という風  
に曜日ごとに仕事は分かれていた。  
 念入りに手を洗いつつ、今日の献立を考える。朝飯は簡単にご飯と味噌汁、  
ベーコンとほうれん草の炒め物にする。夕飯は、としばし考えても思いつかな  
いので冷蔵庫をあさって、家計簿を見て考える。ある程度の食費を捻出できそ  
うだったので優衣の好みも聞いておこう。  
「おはよう……お兄ちゃん」  
 料理が一通り済んだところで優衣を呼びに行こうとする前に、優衣は階段か  
ら降りてきた。すでに制服姿になっていた優衣は綺麗なボブカットを靡かせて、  
俺を見上げながら申し訳なさそうに言った。  
「おはよう。さっきはごめんな」  
「え? あ……ううん。大丈夫。気にしてないから」  
 優衣はそういって微笑んだ。だが気にはしているだろう。兄とはいえ男子に  
下着を見られたのだから。  
「いや。優衣は気にしているに違いない」  
「え?」  
「俺を憎んでるに違いない」  
「え、ええ〜〜?」  
「俺を困らせようと画策してるんだ」  
「し、してないよぉ……」  
「そうか。そんなに俺が憎いか」  
「に、憎んでないのに」  
「優衣は考えた。『こいつを懲らしめるにはどうすればいいか?』」  
「考えてない……」  
「『金だ。それもありったけの金を奪い取ろう。120円、150円なんては  
した金じゃなくて』」  
「はぁ……」  
 呆れて反論する気も失せている優衣。  
「『ディズニーシーに行きたいんだ私は。チケットを購入させてやる!』馬鹿  
な! なんて酷いこと考えるんだお前は! 俺の弱みを握ったな!」  
「い、いきたい」  
「そこだけ本音かよ! ま、とにかくそういうわけで、俺はチケットを買わな  
くちゃいけなくなったわけだ。料金改定前に」  
「お兄ちゃん……」  
「何だよ勝ち組」  
「朝からテンション高すぎだよぉ」  
「スマンこういう性格なもんで」  
「むしろお兄ちゃんがディズニーシーに行きたかったりする?」  
「ぐっ」  
「一人だと寂しいから誰か適当な人を」  
「違う! 俺は、お前と行きたいんだ〜〜!」  
 右手に力瘤を入れて力説する俺。傍目で見ると愚かかもしれないがそれは気  
にしない。  
「シーは一度も行ってないから妹を出汁に使って」  
「そんなことないです。優衣。君は間違っている。君はもっとお淑やかな妹だ  
ったはず」  
 優衣は少し黙って、顔を綻ばせた。「いいよ」  
「はい?」「お兄ちゃんとだったら、いきたいな」  
 上目遣いではにかむ妹がそこにいた。兄を全編的に信頼する穢れのない少女  
の応答に、俺は胸が一瞬にして焦がれた。「だっ……」  
 言葉を発しなくては場の空気が悪くなるのは分かっていたが、邪な自分とは  
あまりにも異なる優衣に、心が砕けてゆきそうだった。優衣の可愛らしい唇か  
らまた、今日も爆弾級の言葉が漏れた。いつも、そうした言葉をオカズにしていた。  
「優衣、じゃいつが空いてるか調べといてくれよ。俺が優衣に合わせるから」  
 俺の言葉一つ一つに頬を染めて頷く優衣。その瞳を覗き込んでいるだけで、  
抱きしめたくてうずうずしてしまう。  
「メシにしようぜ。ひとまずはさ」  
「うん」  
 優衣は眩しそうに俺を見て微笑んだ。「お兄ちゃん」  
 その表情にドキドキしてしまう。「な、なに?」努めて冷静に答えようとし  
たが、声がうわずってしまった。  
「ありがとう」  
 俺はもう、優衣の口元しか見られなかった。耳に柔らかく響く、優しげな声  
で優衣は「ありがとう」といった。  
「そ、そんなに改まって言うなよ。照れるじゃんか」  
「だって優衣はお兄ちゃんに、何もしてあげられてないのに……どうすればお  
兄ちゃん、喜んでくれるのかな。分からなくって」  
 優衣は椅子に座ったまま、目がうるんでいた。「時間がないだなんて言い訳  
だよね……お兄ちゃんに聞かないで探そうって思ったけど、全然思いつかなくて」  
「優衣がここにいてくれれば、それでいいよ」  
 怒ったような困ったような、優衣は顔をくしゃくしゃにさせた。涙が両頬か  
ら一滴零  
れておちる。  
「メシにしよう。冷めちゃうから」  
 俺は努めて笑顔でいった。「聞いて驚けよ。味噌汁には料理会コンテスト第  
一位の永田さんの白味噌と、永田さんのご主人の取れたて茄子が入っているん  
だ。朝一で貰ってきた。心して食せ? ベーコンは三件あるスーパーマーケッ  
トの中で一番安い石橋屋のベーコン111円の一切れを利用してる。旨いかどうか  
は分からんけど……」  
 空回りしてるのは自分でも分かってる。気にするな。優衣は頬を紅潮させて、  
静かに俺の話を聞いていた。自分の気持ちを隠すでもなく、だけど言うでもな  
く。優衣は俺の話を涙を流しながら、聞いていた。  
 
 
 放課後になると、クラスメートは一様に部活のため、帰宅のために教室を後にする。  
俺も帰宅するために教科書などを鞄に詰めて教室のドアをがらりと開けたら、目の前  
の廊下に優衣がいた。手提げ鞄を胸に押し付けるように両手で抱え込んでいた優衣が  
俺に気づくと、伏し目がちな目を輝かせて「お兄ちゃん」と左手を小さく振った。  
 う、おおおお。  
 そんな仕草が男子生徒を一々悶絶させているなど、優衣は知る由もない。只でさえ  
女子高生のブレザー姿は男子生徒の妄想の的なのだ。しかも学内きっての美少女がグ  
ラビアに出てこない笑顔を見せたとあっては、一大事件である。  
 隠れて彼女の挙動を視姦していた男子生徒諸君(先生含む)から複雑な声が漏れる。  
歓喜、驚愕、憤怒、悲哀、様々なうめき声が廊下を走る。  
「おう。お疲れ。どうした? 優衣」  
 いつもは自分から優衣のクラスに入ってくのだが、今日は優衣が廊下で待っていた。  
何か用事があるのかもしれない。  
「あのね。今日……これから数学の若本先生の特別講習があるから」  
 それでは一緒に帰ることはできない。「そうか。分かった。先に帰るけど、いいか?」  
「うん。ごめんなさい」  
「気にするなよ。優衣が大丈夫なら、俺はいいよ」  
「……うん」  
 痴漢未遂事件があってから、俺は必ず朝夕に優衣と一緒に帰るようにしていた。学  
校に行きたくないという気持ちを押し殺して学校に行こうとした事件後の次の日、優  
衣は高熱を出して倒れた。優衣には話していないが、痴漢に対しての精神的な拒絶反  
応が高熱を出させたのではないか。そんな気がしている。ともあれここ一ヶ月以上は  
放課後になるとお互いのクラスで落ち合い、帰るようになっていた。今日のケースは  
例外だ。だが、朝はともかく夕方なら、痴漢に会わないように帰れるのではないかと  
思うようにもなっていた。夕方なら電車のラッシュはないし、緊急用のアラーム機も  
持たせていたから、何かあったらそれを押して助けを求めればいい。  
 そして俺に依存する生活をし続けていても、優衣のためにはならない。  
「ありがとう……おにいちゃん」  
「……馬鹿。照れるだろ」  
 そういって優衣の眉間を軽く小突くと、優衣は頬を染めて俯く。  
 廊下から「おおおおお、ふおおおお」というざわめきが聞こえてきた。  
 
 
 家に帰ってきた俺は私服に速攻着替えて台所に立ち、今日の献立を考える。やっぱ  
男はカツ丼だろ。というわけで優衣に相談すべく、焦げ茶の階段を登る。  
「優衣は女の子だけど、やっぱカツ丼食って頑張ろう」  
 理論もへったくれもないのは重々承知だが、今日はカツ丼だと思った。反論は許さない。  
いや優衣がもっと軽いものがいいって言ったらすぐ変えるが。  
 肉がなかった。あと調味料がいくつか足りなかった。カツ丼を買うためにいくらか  
出費が高くなるが、許して欲しいと優衣にお願いする必要があった。食費は決められ  
ている。お金を使いすぎて生きていけるわけがないのである。  
 優衣の部屋の前に立って、二回ノックするが、返事がない。しばらくしてもう二度、  
ノックしてから気づいた。まだ帰ってきてなかったんだ、あいつ……。  
 その時、魔がさした。今なら、優衣の部屋に入れる。俺は左手をドアノブにかけて、  
ゆっくりとドアを開けた。  
 
 西日の入る八畳ほどの部屋に、赤い柄物のシーツがかかった折りたたみのベッド、  
棚がついた木製の勉強机、グレーの洋服箪笥が並んでいた。部屋は暖色系に統一され  
ていた。整然と参考書が並んだ本棚、チリひとつない机の上、皺一つないシーツなど、  
優衣がどれだけ部屋に気を使っているかが分かる。俺はまず、彼女の本棚を舐めるよ  
うに閲覧した。学校関係の参考書、法学関係の書籍、またはファッション誌も何冊か  
ある。書籍の横には、ホワイト・テリアやウェルシュ・コーギー、ゴールデン・レト  
リバーなど色々な犬のキーホルダーが何匹か、その部屋の住人を眺めるように置かれ  
ていた。  
 そこにある犬の瞳を眺めていたら、猛烈に優衣の弱みを握りたくなってきた。ちら  
りとその話題を振ろうとしただけで涙目で口を震わせて、何でもするから言わないで  
欲しいと懇願されるような弱みを、握りたくなった。この部屋の清潔感がたまらなく  
嫌だった。いや、汚れていればいいというわけじゃない。優衣だって、一つや二つ、  
他人には絶対に見られたくないものがなくてはいけないのだ。今朝の下着のように。  
 馬鹿だな。そんなことも忘れていたなんて。  
 優衣は今朝、俺に隠し事をした。兄として何でも把握しなくてはいけないのに、優  
衣はそれを拒んだ。なぜ、見せたくないのだ。下着を兄に見られたからといって別に  
いいではないか。下着が汚れていた? それでどうして恥ずかしがる必要がある。俺  
に見られたくない? 俺に見られないような所に隠したってことか?  
 俺は周囲を見渡した。  
 窓のサッシにかかった物干しに、白の花柄パンティーがかかっていた。中央に小さ  
な赤いリボンがついているのも、今朝の下着とそっくりだった。今朝洗ったのだ、干  
されているのが当然だ。俺は本棚からくるりと向き直ってその下着に駆け寄った。  
 
 ちりちり、と理性が焼け焦げる感覚に襲われる。言いようのない不安、罪悪、苦し  
み、孤独。説明のつかないものが胸の奥  
で蠢いた。今、何も考えずに部屋の外に出れば収まるかもしれない。だが俺は  
あの愛らしい優衣の下着を掴むためにここにいる。下着を掴めなくて何が男だ。とぐ  
ろを巻いたような胸の苦しみなど、パンティをペニスに擦り  
付ければすぐに直るさ。今までだってそうだ。優衣にさえバレなければいいんだ。  
 すぐさまパンティを咥えている洗濯ばさみを取り除き、下着を両手の掌に乗せた。  
 肌触りのいい、シルクの下着だった。ふわりと両手に乗った純白の下着に鼻を近づ  
けて、匂いを嗅いでみる。朝から丁寧に洗っていただけのことはある。石鹸の香りが  
するだけで、別段卑猥な匂いはしない。  
 パンティの裏地を見なくては。  
 朝、優衣が洗っていた箇所は丁度股間が当たる箇所だった。表の生地が綺麗とはい  
え、裏がそうとは限らない。俺の右手は早速パンティを表裏をひっくり返した。真っ  
白な下着の股間部に残る、うっすらと黄色がかった汚れが見つかった。なぜこんな色  
なのか。これは昨日できた汚れだろうか。それとも以前からあったのか。今朝優衣が  
必死に洗っていたのは、汚れが付いたばかりだったからではないか──可能性はある。  
では付いたばかりだとしたら。  
 お漏らし……?  
「はぁ……はぁ……」  
 興奮でくらくらする。この小さな下着を、優衣は昨日、穿いていたのだろう。優衣  
の白いお尻がこの下着の中に納まっていた。優衣の大切なあの箇所もこの白いパンテ  
ィの下にあったと想像するだけで、息を荒げてしまう。  
 ふと、それで自慰をしたらどれだけキモチイイか想像した。それが駄目だった。心  
臓が早鐘を打ち、気づいた時には、下着を亀頭に被せていた。  
 駄目だ、こんなことをしていてはいけない、と自制の声が聞こえたが、俺の右手は  
問答無用にピストンを繰り返していた。優衣、洗って返してあげるから勘弁してくれ。  
黄色がかった染みだって俺がきちんと純白にしてあげるよ。知ってるかい優衣。おち  
んちんからは精子が出るんだ。精子の色って知ってる? すっごく白いんだぜ。ルー  
ズソックスくらい白いのがたっくさん出てくるんだ。これを優衣の下着に満遍なく塗っ  
てあげるよ。こんな黄色い染みなんてわからなくなるくらいに塗りたくってあげるか  
ら、ちょっと待ってな。  
 今……うっ。  
 ドクドクと射精していた。  
 肉棒はすっぽりと下着に覆われていて、白い下着の丁度股間の割れ目の辺りに赤黒  
い亀頭が突き刺さっていた。亀頭からは白濁液がびゅる、びゅくっと放出されつづけた。  
 刹那、階下から「ただいまぁ〜」という声が聞こえた。妹の優衣だ。俺は瞬時にあ  
たりを見渡し、ここが妹の部屋であることを再確認した。このままここにいてはいけ  
ない。俺は精子で濡れた下着をズボンのぽっけに突っ込んで、同じく精子で濡れた右  
手を上着の裏にこすり付けて、妹の部屋のドアに手をかける。  
「お兄ちゃ〜ん。いないの〜?」  
 マズイ。優衣は俺を探している。今すぐ部屋を出なくてはいけない。俺はドアノブ  
を捻って、廊下に半身を出してから振り返った。優衣の部屋の中の、先ほど俺がオナ  
ニーしていた辺りにはいくつも、両手から零れ落ちた精子が絨毯に染みこむ事無く残  
っていた。4箇所、こってりとした精子の固まりが見えた。精子をふき取る余裕はな  
かった。俺は、優衣の部屋を出てからドアを閉めて、自室に戻った。  
 自分の部屋に戻り、自分の両手を近くにあったティッシュで綺麗にしてから、  
ベッドに倒れこんだ。  
 危なかった。左のポケットを見ると、優衣の白いパンティが半分出ていた。  
 おい!  
 俺は速攻パンティを引っ張り出して、丁重に折りたたんで自分の机の引き出しにしまった。  
 
「お兄ちゃ〜ん」  
 階段を軽快に駆け上がってくる音と、優衣が俺を呼ぶ声がする。俺は立ち上がり、  
クローゼットの扉を開いて自身の体を無理くり押し込んで扉を音を立てないよう慎  
重に閉じた。だが服や下着がすでにこんもり並んでいる中に高校一年の体がまるま  
る入ったため、ドアはきっちり閉めることが出来ず、僅かだが隙間ができてしまっ  
た。右手でもう一度扉を閉めようとしたが、うまく扉を閉めるためには俺の足が邪  
魔だった。俺の体を更に奥に押し付けようにも服が邪魔で、服は外に出さなくては  
いけないくらい満杯だった。  
 大体……なんで俺隠れてんだ。  
 隠れる必要なんて更々──とは言えないが──ないのに、優衣が二階に上がって  
くるだけで自分の部屋のクローゼットに隠れてしまった自身の卑屈さに胸が痛む。  
得てしてそうだ。俺は馬鹿だ。  
「お兄ちゃん〜、いる?」  
 コンコン、とドア向こうから優衣のノックする音がした。  
 「いるぜ」と言おうとして、口が止まった。俺はクローゼットの中にいるのに、  
普段よりも大声を出して返事するのか? まずクローゼットから出ろよ俺!  
 俺が右手でクローゼットの扉を押し開こうとした時、優衣がドアを開いた。  
「いないの……? お兄ちゃん」  
 うおおおおお……!!  
 俺の右手は瞬時に固まった。ギリギリ扉を開けなかったことで、優衣に己の存在  
を隠し通すことができた。この指がちょっと早ければ、高校一年生がクローゼット  
の中で体育座りをしている様が見えたことだろう。ありえない、ありえないマジ  
やばい。  
 真っ暗な闇の中、一本の光が縦に走っている。その光は俺が今さっき扉を開けよ  
うとしたことでできた光だ。俺の部屋を覗ける一条の光の中に、優衣はいた。学校  
帰りの制服姿で、Yシャツの首元にあるピンクのリボンが可愛らしい。  
「いないんだ……お兄ちゃん」  
 優衣が声のトーンを落として、俺の部屋から引き返そうとする。  
 その声に良心が痛んだ。優衣はとてもつらそうに顔を伏せて、いった。  
「あのね……本当は数学の補修じゃなかったの。お兄ちゃんに嘘つくつもりじゃな  
かったんだけど……お兄ちゃんの顔見たら、本当のこと言えなくて……今日ね。同  
じクラスの男子が──お兄ちゃんも知ってる人。大野くんから、『放課後、大丈夫  
か?』って言われて、本校舎の屋上で……告白されちゃった」  
 俺の心臓の鼓動がやけに大きく聞こえてくる。普段優衣は、自分の恋の話をしな  
い。一際美形だから皆からチヤホヤされてて、色んな男子からアプローチも受けて  
るだろうが、そんな話を俺にしてくることはない。俺もそんな話は聞きたくもない  
し、話を振らないようにしていた。バレンタインデーの日などは特別だ。振らない  
方が不自然だから、率先して話題にした。だが本命は誰かなど直球の話はしなかっ  
たし、優衣からもしてこなかった。  
 優衣が告白されるなんておこずかいの日くらいの確率で発生することを、俺も知  
っていた。だから隠す必要も、嘘をつく必要もないはずだった。  
「本当にね……大野くん、私のこと好きなんだなぁって思って、何も言えなくなっ  
ちゃった。だってどう言えばいいの? 『ごめんなさい』なんて、言いたくないのに」  
 優衣は殆ど涙目になっていた。俺がその場にいたとしても、何も言い返せなかっ  
ただろう。言える事など何もない。  
「優衣には、好きな人がいます。その人は、近くて遠い人。いつも優衣を見てくれ  
て、優衣のために何でもしてやるよって言ってくれる人。優衣が悪いことしたら真  
剣に怒ってくれて、いつも笑ってる人。すっごく優しくて、大好きなの」  
 自分との相違点を必死にチェックする。俺と合ってるような、合ってないような  
……合ってる気がするのは俺の希望に過ぎない。仮に合っていたとしても、決定的  
な証拠が欠けていた。  
「……お兄ちゃん」  
 急に呼ばれて、ドキッとする。顔が赤くなるのが自分でも分かる。優衣の  
表情も心なしか赤くなっていた。「うん」とか返事しそうになる自分がいる。バレ  
てないはずだ。返事をするべきじゃない。  
「甘えてばかりの優衣だけど、傍にいてもいいですか?」  
 俺は壊れた。それはもう間違いなく。  
 

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