「どうしよう…」  
ハロウィンパーティはもうほんの数日後まで迫っている。  
実行委員としての仕事に追われているうちに、  
私は今になって自分の仮装の準備をしていない事に気付いた。  
仮装は強制されてるわけじゃないけど、  
中心となって場を盛り上げていくべき実行委員が普段のままの格好だったら、  
みんな盛り下がっちゃう。  
他の人は自分の準備で精一杯だろうし……  
「なんとか、誤魔化せる程度のものでも…」  
ようやく仕事が一段落つき、私は、使えそうな小道具でも探しに街へ出た。  
 
「……うーん、あんまり良いのが…」  
時期が時期だけに、どの店でもパーティグッズの類で良い物はほぼ全部売り切れ。  
残ったのはあまりにも子供だましなものとか、しょうがない物ばかり。  
途方にくれてとぼとぼ道を歩いていると…  
「……あれ?」  
大通りから脇に入ってちょっと奥まった所。裏道みたいなところに、古ぼけた建物がある。  
近づいて見ると、何かの店みたい。  
「こんな所にこんな店があったんだ…」  
ショーウィンドウに並ぶ品物には共通点が無く、骨董店か雑貨屋のような感じを受ける。  
窓ガラスのスミに蜘蛛の巣が張っててちょっと不気味……  
…でも、その古臭さ、不気味さがひょっとしたら助けになるかも、と思った。  
ハロウィンの仮装に使うのにちょうどいい小物なんかが見つかるかもしれない。穴場みたいだし。  
私はちょっと勇気を出して、その店のドアを開けた…  
 
薄暗い部屋。その端にカウンターがある。  
そこに座っているのは一人のお爺さんで、多分店主なんだろうけど、私が店に入っても目をつぶったままぴくりとも動かない。  
「寝てるのかな…?」  
店の中を見まわす。本、家具、衣服…色々な種類のものがある。ほんとに何の店なんだろう?  
と、一つの品物が私の眼を引いた。  
「あ、これ…」  
箱に、二足歩行してる豚の写真。いや、豚が二足歩行するわけない。これは…着ぐるみセット?  
思いがけない幸運に喜ぶ。  
見れば、顔とかもよくある漫画や人形劇みたいなデフォルメじゃなく、かなりリアルに作られていて、  
ハロウィンで人を驚かすのにも十分使えそう。  
それでいてどこかしら愛嬌のある感じで何か可愛い。  
豚に仮装、というのは女の子としてちょっと抵抗があるけど、他に良さそうな物も無いし、  
それに私はこの着ぐるみに何か愛着と言うか、言いようの無い魅力を感じていた。  
 
「あの、すいません。これ、いくらですか?」  
箱を抱えて店主の所に持っていく。  
店主は眠っていたという感じでもなく、驚きもせずにゆっくり目を開き私を見た。  
…何か、痩せて血色も悪く、幽霊みたい。  
「…ああ、お嬢ちゃん。やめた方が良い。そいつはちょっと扱いが難しいんだ…。  
 お嬢ちゃんが使うには、ちょっと荷が重いんじゃないかな…」  
「え?」  
私は店主の言い出しにきょとんとする。  
客が品物を買う、というのに「買うな」と言われるなんて、今まで一度も無かった。  
でも、私のことを心配して言ってくれてるんだ、と思いなおして、もう一度頼む。  
「でも、私はこれが欲しいんです…売ってもらえませんか?」  
「……どうしても、と言うなら仕方ないな。値段は……」  
「へ?」  
私はもう一度きょとんとした。安い。安過ぎる。安物とは思えない作りなのに、古着より安い。  
「ほ、本当にそんなお値段で良いんですか?」  
「ああ、十分だ。……おっと、ちゃんと注意書きを読むんだぞ。いいな。絶対だぞ」  
私は店主の人にぺこぺこ頭を下げ、飛び跳ねたくなるような気持ちで店を出て家路についた。  
 
私はちょっと急ぎ足で家に到着する。  
というのも、よくよく考えたら着ぐるみって、  
サイズが合わないとかそういう問題も有るかもしれないのだ。  
もしそうなったら、また他の仮装用グッズを探さなくてはいけない。  
…この着ぐるみは返品するにはちょっと惜しい気持ちがするんだけど…  
 
箱をテーブルに置いて改めて眺めると、それぞれの面にいろんな写真が載っててそれだけでも面白い。  
「ブタ」という言葉のイメージとはどうやっても結び付かなそうなスリムで綺麗な女の人が、  
もう一人の女の人に手伝われて着ぐるみを纏っている。  
全身を着ぐるみに包まれて四つん這いのポーズをとった彼女の写真は、まるで本物の豚みたいだった。  
 
私は、そっと箱を開いた。返品するかもしれないから、中身を傷付けないよう、慎重に。  
テーブルにその中身を出す。  
床に一枚の紙きれがひらりと落ちた。素材とか生産地とか製品概要かな?後で見よう。  
スーツ部分、頭部、一組の黒い手袋…それぞれビニール袋に入っている。  
黒いブーツ部分は袋に入ってなかったけれど、型崩れしないようにティッシュで詰め物がしてあった。  
 
ビニール袋を開けて、まず手袋を見る。手袋と言うか、ミットと言うか…  
内側にはちゃんと5本の指を入れる作りになってるんだけど、外側はヒヅメを模した塊。  
試しに手を入れてみる…うん。安心した。サイズ合う。と言うか、ぴったり。  
でも、これじゃあ指が使えない。他の着ぐるみのパーツを着る事もできないから、これは最後かな。  
 
ブーツも外見上はヒヅメの形をしているけど、内部ではかかとがやや高くなっていた。  
爪先立ちで歩くような感覚…かな。でも、嬉しいことに全然痛かったり辛かったりしない。  
 
頭部は、内側がゴムっぽいフードと、その前側につける豚の顔のマスク。  
…鼻や口がかなり前に突き出してるんだけど、私の生身の鼻や口と隙間が空いて変にならないかな?  
とぼんやり思ったけど、それは当日までに考えよう。  
 
今まで着ぐるみの構造なんて見る機会なかったせいもあるけど、スーツ部分は見てるだけで面白い。  
外側を柔らかい毛皮に覆われたその内側は、ウェットスーツと同じような素材で作られてるみたい。  
尻尾の付け根から首の後ろまで引っ張って閉めるジッパーが付いていて、  
そのジッパーは織物の「毛皮」の一部が覆い被さって簡単に隠せるようになっている。  
腕や脚部は、手足を通して穴から出すみたい。この上からさっきのグローブとブーツをはめるのね。  
……うぁ、よく見ると胸から腹にかけて、  
毛皮に埋もれてぽつぽつと小さな豚の乳首が並んでいくつも再現されてる。  
徹底したリアル志向なのか、それともブラックユーモアなのか…  
出来が良過ぎるのも考えものだと思った。  
 
一通り見た後、ふと思い出して床に落ちた紙を拾い、ざっと目を通す。  
それほど多くの事は書かれていなかった。  
「この着ぐるみを着る際は下に何も着ていない方が良い」とか、  
また、「着る時と脱ぐ時に手伝ってくれる人が居ると最適です」とか。  
でも、私はこんなの一人でも着れると思った。  
それに、みんなを驚かせたいから、ハロウィンの前に誰かに知られたくないし…。  
あと、「着用する順番は、まずスーツ、次にブーツ、マスク、最後にグローブです」とか。  
言われるまでも無くもうわかってる。というか普通に推測できる。  
やっぱり退屈なただの説明書か、と思って目を走らせてると、最後に注意書きがあった。  
「この着ぐるみを48時間以上連続して着用するのは避けることをおすすめします」  
その理由は書いていない。  
……何か皮膚に悪影響を与えるとか、そういうことだろうか?  
 
私は服を脱ぎ始めた。シャツを椅子に放る。  
下着だけになって一瞬ためらったけど、仕方が無い、とそれも脱ぐ。  
広げたスーツの中に身体を入れて、引っ張り上げて足を通す。  
……うん。ほんの一瞬だけ「ちょっとキツイかな?」という感覚がしたけど、  
ぴったりフィットして丁度良い。  
袖へ腕を滑り込ませて…自分が今かなり滑稽な姿をしてるんだろうな、と苦笑して鏡を見る。  
………え。  
……この着ぐるみ、豚の…あの部分まで、再現しちゃってる。  
…流石にそれはどうなんだろう…いや、別に着ぐるみだし……リアリティ追求って事で…  
気を取り直して、背中のジッパーを引き上げ始める。  
う…思ったより…ちょっと…いや、かなり…難しい。  
なんで「誰か手伝いが居るほうが良い」って書いてあったのかわかった……  
私は苦労しつつ、ようやく首までジッパーを上げた。  
 
マスクを着けて、私はそのマスクの目が内側から見ると透明な事に驚いた。  
覗き穴か何かは開けてあるだろうとは思ったけど…マジックミラーか何かかな?  
大きく突き出た鼻のせいでやっぱりマスクと顔の間にちょっと大きな隙間ができたけど、  
意外なほど、全然邪魔な感じがしない。  
マスクのふちはスーツの端を覆って、接合部のジッパーを見事に隠してる。  
振り返って鏡で背中側も確認したけど、自分でもどこにジッパーがあるのかわからないくらいだった。  
…こんな着ぐるみ作れる人って、凄い技術を持った人に違いない。  
あの値段じゃホントに安過ぎるんじゃないのかな…?  
 
ブーツは、履くことは平気だけど、立つのにちょっとぐらぐらした。  
ハイヒールって数回しか履いたこと無いんだけど、あんな感じかな……。  
パーティまであと数日でも時間があって良かった。  
この歩き方に慣れるにはちょっとかかりそう…  
 
壁に寄りかかって、最後にグローブにとりかかる。  
一つめを着けるのは簡単だった。けど、もう一つが凄く大変……  
なんせ指が使えないから、掴むこともできない。  
悪戦苦闘の末、なんとかかんとか、両手にグローブをはめることができた。  
 
ようやくこれで、着ぐるみを全部着る事ができた…  
一人で着るのはホントに大変だった…意地張らずに誰か口の固い人にでも頼もうかな…  
と、突然、ぐらり、と目眩がした。  
「あれ…?」  
着ぐるみ着るのに苦労して疲れたせいか、と思ったけれど、何か変。変な…感じ…  
体から……力が、抜けてく…  
そんなつもりはないのに勝手に床にへたり込んでしまった。  
お尻が、何か、むずむずする。全身がびくんびくんと痙攣するみたいに震える。  
立ち上がろうとしてるのに、手に、足に、力が入らなくて立てない。  
体が……いつもよりはるかに…重い。  
「ふぁ、あ、あぐ、あ…」  
おかしい。鼻とマスクの間の隙間が小さくなってきてる感覚に気付いた。  
マスクが縮んでる…?違う、この感じは、私の鼻が大きくなって…?  
 
ぞくっ  
「ふぁぁう!?」  
手が、足が、熱い。  
苦痛を伴う熱さではなく、生温かい美酒の中で、何かの舌に愛撫されているような  
快楽を伴う、熱さ。  
その熱にとろけてしまったかのように、指やつまさきの感覚がぼやけていく、  
輪郭がわからなくなっていく。  
電気的なうずきが腕と脚を伝わり、背筋をくすぐる。  
鼻がむずむずする。痒いような、くすぐったいような…  
「あブぅ、ぁああ!」  
そのむずがゆさを少しでも取り払おうと、グローブに包まれたままの両手でマスクの上から鼻を掻く。  
…気持ちいい。  
掻くたびにむずがゆさが一瞬何か別の感覚に変わり、すぐまた猛烈なうずきが襲ってくる。  
止まらない。止められない。  
掻くほどにグローブとブーツが少しずつ暖かくなっていく。  
それらがスーツと溶け合って…  
グローブやブーツとスーツの繋ぎめが消えたように感じたのは、幻覚だろうか?  
体じゅうを駆け巡る感覚の波と裏腹に、心は異常な状況への不安と恐怖に覆われ始める。  
着ぐるみの尻尾がぴくんと震えて、私は凍り付いた。  
 
下腹部や腰が、一瞬、ひやりとするような無感覚状態になる。  
しかし次の瞬間、  
「ブぐぁああ!?」  
熱い。下腹部が信じられないほどにうずく。  
股間に作られたスリットから液体が溢れ始め、胸に作られた乳首が腫れあがる。  
 
何が起こったのかもうわかっていた。  
どうやっているのかわからないが、この着ぐるみが私の体を変化させている。  
いや、もうこれは着ぐるみではなく、私の肉体そのものになろうと……  
「ブヒィイイイイイイイ!!!」  
…今のは…今、豚のような鳴き声をあげたのは、私…!?  
「いやぁっ!ブヒぃやあっ!わたひ、わたブヒッ、喋れブゥ!」  
大きく広がって上唇と一つになった鼻。前へ突き出した口。膨れ上がった舌。  
人間の言葉が、うまく、発音できない。  
鏡が視界に入る。映ったその姿は、間違い無く豚。  
誰が見ても人間とは思わない、牝豚。  
 
私は恐怖に震えながら、熱を帯びた下半身に伸びそうになる手を必死で抑え、  
グローブを外そうとした。  
けれど、グローブの端が見つからない。  
まるで、スーツと…いえ、私と一体になったように。  
フードとスーツの間のジッパーを見付けようと首を探っても、  
以前のような感覚を失ったごつごつしたヒヅメでは何もわからない。  
 
ジッパーがあるのかどうかさえわからない私は、パニックになりかけた頭の片隅で思い出した。  
「着る時と脱ぐ時に手伝ってくれる人が居ると最適です」と説明書に書いてあったのを。  
でも、誰が私を助けてくれるの?それに「48時間」ってどういうこと…?  
 
ボンッ  
私が混乱と絶望の海に沈もうとしていると、  
テーブルの反対側で突然眩い閃光が走り、雲のように煙がわいた。  
煙の中から現れたのは…あの店の年を取った店主。  
「やぁ、お嬢ちゃん」  
大股で歩み寄り、肥大化した私のお尻をぺしっと軽く叩く。  
「ブギッ!?」  
屈辱的なはずのその刺激に、何故かびくんと体が震え、下腹部から染み出す液体の量が増える。  
「だからあれほど言ったのに…注意書きをちゃんと読まなかったようだね?」  
 
「だブゥ、だ、だってぇ、だいじょうブゥだと、思ブて…こブな、こんなに、なブなんてぇ…」  
泣きながら鼻を鳴らして答える私。  
 
「ふぅん……そんなことを言って、実はお嬢ちゃん、元から豚になりたかったんじゃないのかい?」  
「…え?」  
びくん、体がまた震える。  
「その着ぐるみを選び、注意書きを無視してでも着る事を望んだ…  
 お嬢ちゃんが無意識の内に望んでたんだよ。豚になることを、ね」  
「そ、そブなぁ…んッ、こと…ブゥ…」  
びくん、びくん  
「認めちまえよ。お嬢ちゃん…いや、メ・ス・ブ・タ・ちゃん?」  
「ひが、違ぁッ!わたブヒ、メスブタなブかじゃ…!?」  
 
どくん。  
「メスブタ」といった瞬間、私の体の中で、圧倒的な感覚がはじけた。  
半ば肉体と一つになっていた着ぐるみが、最後の蹂躙をはじめた。  
着ぐるみに全身を愛撫される。  
胸を揉みしだかれ、乳首を吸われ、首筋を舐められ、穴という穴を犯される感覚。  
「ブ、ブギッ、ブヒィイイイイイッ!!!」  
今までは、体や姿は変わっても、意識は変わっていなかった。  
それが、もはや着ぐるみが私の全てを支配している。  
両手が自分のものでは無いように勝手に動き、乳首を責めたて、秘所を擦る。  
「ブ…ブヒィイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!!」  
絶頂に達した「私」…その意志が人間のものなのか豚なのか着ぐるみなのか、もう、自分にもわからなかった…  
 

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