3年程前、私がヤルピコというワーベアの少年を奴隷商から買い取ったのは、昔飼っていた犬にどこと無く似ていると言う理由からだった。  
年の頃は十かそこら、幼い獣人特有の無邪気な愛嬌を感じさせる顔立ちと癖のない柔らかな灰色の毛並みをした灰色熊の少年で、どこか遠くを見るような鳶色の瞳が餌をやり忘れた時のうちの犬に似ていたのかもしれない。  
体格の良い者が多いワーベアにしては珍しく痩せぎすで背も小さく、第一印象は少し頼りなさ気な印象だった。  
それでも購入に踏み切ったのは、その頃、非常勤の研究員として席を置いていたハプスベローチェの王立錬金研究所が軍備拡張の為に予算を大幅に減じられ、私に与えられていた二名の助手と女中も研究所に戻されてしまったからだ。  
何しろ、一般人から見れば錬金術など淫祠邪教の秘術と大差ない。  
人を雇おうにも、いくら雇い主がうら若く機知と美貌に富んだ才女とは言え、日々怪しげな研究に精を出す魔女の所で働こうという者などそうそういる訳もなく、となれば奴隷でも買ってしまうのが一番手っ取り早かった。  
それに、実験材料や機材の運搬などの力仕事はやはり男手が欲しい、いくら痩せっぽちとはいえワーベアだし男の子なのだから、か弱い私よりは力があるだろう。  
兎にも角にも、骨の折れる力仕事や煩わしい家事から解放されたい――――彼を購入したのは純粋にそういった目的であって、断じて口さがない友人達が言うような如何わしい行為の為ではない。  
 
………はずだった。  
 
人はえてして自分が思うほど自分の事を知らない物で、環境の変化によって思ってもみなかった性癖に気づく事がある。  
かく言う私もその口で、ヤルピコと暮らす様になってから自分が持つ幾つかの性癖に気がついた。  
 
まず、一番最初に気がついたのは、自分に少年愛好の癖があるという事だった。  
 
買い取った当時のヤルピコの有様ときたらそれはもう酷いもので、訛りがきつくて何を言っているかよくわからないし、抱きついてモフモフすれば蚤はいるし、料理をやらせれば指を切り、洗濯させれば辺りを水浸しにし、風呂を沸かさせれば煮立たせる始末。  
余りの事に奴隷商がどんな躾をしていたかヤルピコを問い質してみると、獣人領から人攫い同然に連れられてきたらしく、躾らしい躾など受けことはないと言うではないか。  
獣人は愛玩・鑑賞奴隷や雑役奴隷として高く売れるので、獣人領から浮浪児や戦災孤児を攫ってきて売り払う悪質な奴隷商がいるとは聞いていていたものの、まさか自分がそういう輩にしてやられるなどとは考えてもいなかったので、私はほとほと困り果ててしまった。  
 
人を攫って奴隷にするのは言うまでもなく犯罪――――騙されたとはいえ、私が奴隷商と違法な売買をし、ヤルピコに不法な労働を強いたのは厳然たる事実。  
罰せられる事はまず無いとしても、奴隷商の違法行為の証言・私が詐欺の被害者である事の立証・ヤルピコの面倒を見てくれる施設探しといった厄介な手続きを幾つも行わなければならない。  
 
なにより、私の表情から事の深刻さを察したのか、不安そうに上目遣いで私を見つめる彼の鳶色の瞳を見てしまったらもう………  
 
しち面倒な上に非常に手間隙がかかり、おまけに何ら実益を生み出さないというあまりにも生産性の乏しい事務手続きとの格闘よりも、ヤルピコを優しく抱きしめ、彼の柔らかな灰色の毛皮に顔を埋めて思う様モフモフする事を選んでしまった私を誰が責められようか?  
 
結局私はヤルピコを言い包めて実験助手兼家政夫として契約を結び、彼を手元に置く事にした。  
 

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