俺の背中にはよくないものが憑いている。
それは何時までも何処までも離れることなく、俺の背中でほくそ笑んでいるのだ。
忌々しい隣人よ、貴方に呪いあれ。
本日分の仕事を終えた俺は、切らした缶珈琲を補充しに行くついでに、延々と椅子に座り続けが固まってしまいそうな体を動かそうと公園に足を進めた。
ビニール袋に放り込んだ苦味ばかりが売り物の缶コーヒーの重さを感じながらテクテクと歩く。
時刻は深夜二時、草木も眠る丑三つ時というやつだろうか。
月はビルの影に、星はスモッグに隠れて見えない。
それでもギラギラと輝く街頭や家の灯りのおかげで、夜道は不必要なまでに明るかった。
昔はこんなんじゃなかったなあと考えながら俺は歩く。
昔はもっと暗かった。いろんな意味で闇が生きていた。今じゃ闇は人工の光に追い立てられる手負いの獣のようだ……。
もっともそれは人が当たり前に暮らしていける領域に限った話なんだけれども。
そんな少々年寄りくさくなった思考をいじり続けているうちに公園に着いた。
思考を切り替えよう、頭の中はともかく体はまだまだ若いのだから。
ジャケットとシャツを脱ぎ、Tシャツとズボン姿でヒョイヒョイとしばらく運動を続ける。
うん、それほどに体も鈍ったわけでもない。よかったよかった。
骨肉が活きていく実感を味わう楽しみ、そんな俺がもう少し運動を続けようとした時、公園の一角から悲鳴のようなものが聞こえた。
女の悲鳴だった。
思考も介さず体が動く俺、こういう時、自分の行動は本能レベルだ。
二十秒もない場所には悲鳴の主である女がいた、いや、年の頃から考えれば少女といった方がいいかもしれない。
四人の野郎どもに手足を拘束されてもがいている。
「一緒に遊ぼうぜ」とか、
「そんなに嫌がるなよ」とか、
「静かにしろ」とか、
そんな花丸をあげたくなるほどベタベタな定型句を吐きながら、少女の体をまさぐる野郎ども。
おやまあ、このオジョウチャン結構いい体してるなあムヒョヒョヒョヒョ。
いやそうじゃなくて。
こういう場合は何はともあれまず助けた方がいいだろう、多分、そんなわけでスルスルと深く静かに潜行する俺。
お、一人気付いたか。
「あ、何だおまギグッ!?」
とりあえず人中に一本拳。
「誰ーギャンッ!」
爪先で蹴上げて金的。
「てめぇっ!? ガゴッ!?」
掴み掛かってきたのでコメカミに肘でもくれてやったですよ。
ついでに膝もいっとく?
「きゃああ!?」
三人目が地面に崩れ落ちた瞬間、掴んでいた少女を俺に押し飛ばしてきた最後の一人、それいい手だね。
でもかわす。
オジョウチャン受け止めてあげられなくてゴメンネー。
野郎はそのまま大振りに渾身の力をこめて殴りつけてきてくれたので、背負い投げの要領で腕を取って地面に叩きつけさせていただいた。
「あ、受身とれなかった? メンゴメンゴ(死語)」
口から泡の混じった体液をこぼす男、よく見るとまだ若く高校生くらいの連中ではないか。
アラヤダ! オッサンったら子供相手にヤリ過ぎちゃったかしら?
まあいいやこれも少年の成長に繋がるだろう。(思考遺棄)
石畳の上で打ち上げられた魚みたい震えるオトコノコたち、それぞれの腹にもう一発ずつ踵を踏み入れて動けないようにしておいた。
「オジョウチャン怪我はない? 膜は大丈夫?」
下品な冗談も時と場合次第では雰囲気を和ませるものだと師父に言われてたので、少女に振り返りながら一発かましてみる。
果たして返答は無言。
やっちゃった俺?
と思ったら少女は気絶していた。
倒れこんだ少女に近づくと呼吸と脈をたしかめるが、問題はないようだ。
掌を少し切っているのは地面に手をついたからだろう。
やれやれ、一件落着とは行かないまでも何はともあれだ。
俺は改めて少女の姿を確かめると――――「おや?」
白い肌に黒いロングヘア、ツンと伸びた長い睫毛に、閉じられた瞼は二重です。
小顔の造りはこれまた実に丹精で、なんともまあ「美少女ではないですか!(敬語)」。
着ている服は真っ黒黒に染められた高級なシルクっぽい素材、恐ろしく衣装の細かいフリルやリボンに飾られている。
これは……今巷で有名なゴスロリというやつ?
オジサンよく知らないんだけどさ、何となくTVで観た事があるようなないような。
「おやおや?」
それから面白い点が幾つか見受けられますよこの美少女。
頭に山羊みたいな曲りくねった角なんか生やしておられる。
それはツルツルしてて真珠の表面を連想させる、一見すると冠のようにも思えた。
「おやおやおや〜?」
おまけに背中にはこうもりみたいな翼が一対、お尻の方には先の尖がった黒い尻尾がニョロリと……美少女の息とともにパタパタ振れたりして。
「おやおやおや、おや?」
ヒョイと両手で抱えあげてみる。軽いなあもう!
えーと、えーと、えーと。
うん、この娘っ子ってばもしかして?
「悪魔?」
そんなバカなと思う俺の首に悪魔な少女の尻尾が絡みついてきた。
うはwwwwwやわらかいwwwww
思わずニヤけるキモイ俺でありましたとさ。