「消えなさいっ!」  
夜の草原に響く凛とした声。  
銀弧一閃、ソフィの操る長剣の軌道上にいた半透明の狼が、風に吹かれた煙のように掻き消えた。  
それが最後の1体。  
あたしが2ヶ月以上かかって準備した50体近い擬似精霊達が全滅するまでにかかった時間は、ほんの30分にも満たなかった。  
「ふん……」  
不機嫌そうに、あるいはつまらなさそうに、最後にもう1度、付いているはずもない血脂を払うように一振りして、彼女は剣を収める。  
確かに彼女に襲いかかっていた擬似精霊達は全滅した。  
でも、まだあたしがいるのに。  
擬似精霊達に彼女を襲わせたあたしが、まだ目の前にいるのに。  
いつも、そうだった。  
彼女はあたしのことなんて歯牙にもかけてくれない。  
降りかかる火の粉は払うけど、その火の粉の発生源であるあたしのことなんて気にもしない。  
煌煌と夜闇を照らす頭上の光輪。  
一点の穢れもない白くて大きな翼。  
切れ長の瞳に、すらりと通った鼻筋。  
ただでさえ整った容貌は、無表情故にさらにその印象を加速させる。  
昔は、あたしに笑いかけてくれた。  
最後に彼女の笑顔を見た日のことを、忘れられるはずもない。  
あたし達がただの幼馴染として、何も知らずに暮らしていられた最後の日。  
宣戦布告の、前の晩。  
透き通るほどに白い肌に、あたしはいつも憧れていた。  
彼女が動くたびにさらさらと流れる長い金髪に憧れていた。  
あたしが持っていたのは錆びたような赤髪と、小さな小さな蝙蝠の羽と、浅黒い肌、そして歪に捻じ曲がった真っ黒な尻尾。  
天使と悪魔。  
あまりにも彼女とあたしは違いすぎていた。  
だからこそ、あたしはソフィに惹かれていた。  
 
開戦は、少なくともあたしにとっては突然だった。  
ずっとずっと昔、天使と悪魔が激しい戦争を繰り返していたことは歴史の授業で学んでいた。  
でも、それはあくまで過去のこと。  
あたし達が生まれるよりもはるか昔、その頃のことを想像しようとしただけで気が遠くなるぐらい過去の出来事。  
そして決して繰り返してはいけない過ち。  
そう教えられたはずなのに。  
だからこそ、天使であるソフィも、悪魔であるあたしも、同じ学校に通っていたはずなのに。  
 
「まだ、わからないの?  
 あなたが私に敵うはずなんてないのよ」  
冷たい視線。  
何の感情も読み取らせない、氷のような視線に射抜かれて身が竦む。  
「そんなの、まだっ!」  
泣き出しそうになるのを堪えるために、みっともないことを承知で声を張り上げる。  
本当はわかっていた。  
おちこぼれのあたしがどんなに頑張ったって、優等生の彼女に敵うはずなんてないって。  
そんなこと、友達として会えなくなって、もう敵として会うしかないって決めた時から、ううん、そんなのよりずっと前からわかりきっていた。  
本当にわかってないのは彼女の方。  
天使と悪魔の戦いは、体育の授業や休み時間にやっていたスポーツなんかとは根本的に意味合いが違う。  
天使が勝てば、負けた悪魔は消滅させられ塵ひとつ残らない。  
悪魔が勝てば、負けた天使は徹底的に辱められ堕天させられる。  
そうなった天使はそれまでの記憶の全てを失い、彼女を堕天せしめた悪魔に絶対の忠誠を誓う生きた人形となる。  
ソフィはあたしなんかよりはるかに強いけど、でもそんな彼女より強い悪魔なんて世界にはいくらだっている。  
あたしは、誰かの人形になったソフィなんて見たくなかった。  
そうさせないためには他の誰でもないあたしが彼女を――。  
だけど、あたしに彼女を屈服させるだけの力なんてあるはずもなくて、だからあたしは決めた。  
いっそ彼女の手にかかって死のうと。  
戦争になって、他の誰かの手にかかるぐらいなら、大好きだったソフィの手で、と。  
「まあいいわ。  
 どうせ、この茶番も今日で終わりだから」  
涙が零れ落ちないよう、必死に目に力を込めて睨み付けても、彼女にとってはそよかぜ程度にも感じられないらしい。  
身を翻し、去っていこうとする背中。  
彼女が言った通り、こうして闘いを挑めるのはたぶん今日で最後だった。  
もうすぐ大きな戦いがある。  
その流れは、もう誰にも止められないところにまで来てしまっている。  
今度こそ、どちらかが全滅するまで終わらない。  
従軍する彼女と、結局力不足で志願しても受け入れてもらえなかったあたしが出会う機会はもうこれで最後。  
 
「まだ、終わってないっ――!」  
指先の皮膚を尖った牙で噛み破る。  
痛みととも溢れ出すどす黒い悪魔の血液。  
それを使って空中に魔方陣を描いていく。  
所詮おちこぼれのあたしが、自分の力で作った擬似精霊なんかじゃやっぱり全然足りなかった。  
「――!?」  
立ち去ろうとしていたソフィが、背後で膨れあがる魔力に気づいて振り返る。  
その顔に浮かんでいるのは紛れもない驚愕の表情。  
久しぶりに彼女の顔に表情らしい表情を見て、あたしは内心で喝采を挙げた。  
これならいける、そう思った。  
その間も、口では召喚のために淀みなく呪文を紡いでいく。  
何一つうまくこなせないあたしだったけど、ここだけは失敗するわけにはいかなかった。  
「やめなさいっ! それはあなたの力で押さえ込めるようなものじゃ――っ!」  
彼女の切羽詰った叫びを掻き消すように、別の世界とあたし達の世界を繋げる魔方陣から濃密な瘴気が溢れ出し、あたりの草木を枯らしていく。  
悪魔であるあたしですら、この瘴気は濃度が高すぎて息苦しい。  
あたしが呼び出そうとしているのは、それぐらいの大物だった。  
さすがのソフィもこの瘴気はきついのか、前傾姿勢で強風に耐えるように足を踏ん張っている。  
ソフィが言ったように、こんなものあたしの力で制御しきれるはずがない。  
制御どころか、召喚だけで自分の全てが吸い出されていく脱力感に膝が崩れそうになっている。  
本当に本当の、最後の手段。  
「――出でよ、腐泥の王!」  
声に応じて、魔方陣からその一端が顔を覗かせる。  
召喚の儀式があたしの手を離れた瞬間、張り詰めていたものが切れて今度こそ膝から崩れ落ちた。  
地面に手を付き、それでも気力を振り絞って顔を上げる。  
最後まで見届けなくてはいけない。  
最後まで、見届けたかった。  
 
あたしが呼び出したそれは、名前の通り腐った泥のような存在だった。  
空中の魔方陣から溢れ出したそれは、最初は地面の上に小さな水溜まりを作る程度でしかなかった。  
けれど魔方陣が消える頃には、小さな沼と呼んでも差し支えないくらいの体積を獲得する。  
これでも本来のサイズから比べれば、氷山の一角に過ぎないらしい。  
それでも今のあたしでは、制御を端から放棄してすらこれだけ呼び出すのが精一杯だった。  
周囲には饐えたような異臭が漂い、青く茂る草の匂いが心地よかった草原が、今ではあたし達悪魔の祖先が住んでいたと言われる魔界のような様相を呈している。  
こんな世界に住んでいたから、もっと住み良い世界を求めて悪魔は戦争を起こしたんだろうか。  
そんなことをふと思う。  
「馬鹿なことを……」  
ソフィが再び剣を抜くのとほぼ同時、ぶくぶくと泡立つ表面がにわかに波だったかと思うと、まるで中に蛇でも潜んでいたかのように一筋の水流がソフィに向かって射出された。  
彼女は、一直線に向かっていったその触手を紙一重でかわし、その優雅に舞っているかのような動きを止めることなくそれを両断する。  
「ちっ……」  
腐臭を乗せた風に紛れて、かすかな舌打ちが聞こえた。  
擬似精霊を一撃で吹き散らしたソフィの斬撃。  
けれど、それを受けた触手は切断面を一瞬で接合させ、それどころか1度は行き過ぎた先端が弧を描くようにして再び彼女に狙いを定めたのだ。  
それに合わせ、挟撃するように新たな触手が本体からも撃ち出される。  
前後から高速で迫る水の牙から、大きく翼を打たせることで上空へと逃げるソフィ。  
効果がないとわかって剣を収めた彼女を撃ち落とそうと、無尽蔵に生み出される触手が網のように空へと向かって殺到していった。  
 
あたしなら、逃げに徹しても10秒ももたないだろうその猛攻。  
なのにソフィは、縦横無尽に飛び回り、雨のように降り注ぐ触手の先端を避けながらも、着実に反撃の力を蓄えていた。  
何も持たない両の手の平に光球が生まれ、見る見るうちにその大きさを増していく。  
頭上の光輪にも似て、そしてそれよりもずっと濃い白の光球。  
それぞれが一抱えもあるぐらいに成長したところで、2つの光球を胸の前で融合させ一気に膨張させる。  
「受けなさい、神の力!」  
凛と響く彼女の声。  
あたしが作った魔方陣からは、腐った泥が溢れ出した。  
そして彼女が作った光球からは、どこまでも清浄な光の奔流が溢れ出す。  
それがそのままあたし達の差なんだと、心の底から思い知らされる光景。  
腐った泥と浄化の光が衝突し、当然のように雌雄は一瞬で決していた。  
泥でできた触手はあっという間に光の中に呑み込まれていき、その光の先端は泥沼の本体に接触した瞬間轟音とともに爆発する。  
物理的な衝撃を伴う光爆にあたしの体は容易く吹き飛ばされ、枯れた草の上を為す術もなく転がされる。  
ようやくそれが止まって顔を上げた時、あたりには大きなものでも握り拳くらい、小さなものになると豆粒にも満たない程度の腐泥の王の破片がそこら中に飛び散っていた。  
それらを全部掻き集めても、元の体積を半分にも遠く及ばないだろう。  
その光景に、あたしは別にショックを受けることはなかった。  
破片になっても一応は生きているらしく、それらはまだプルプルと震えている。  
けれどその姿はあまりにも弱々しく、こうなっては王なんて大仰な呼び名がかえって滑稽なほど。  
一方で、完全に止めを刺すために、再び上空のソフィが両手に光を生むのが見えた。  
全部、予定通り。  
この状況で、死に瀕した腐泥の王が、あたしに狙いを変えるのも全部予定通りだ。  
この計画の1番の問題は、彼女の一撃を受けて生き残れるだけの量を召喚できるかどうかだった。  
でもあたしはその賭けに勝ったんだ。  
 
ソフィという極上のご馳走を前にして、さっきまではあたしのような残りかすには見向きもしなかった。  
けれど今はどんなわずかな魔力でも再生のために求めているんだ。  
破片達が一斉にあたしの方に飛びかかってくる。  
逃げるだけの余力もなければ、逃げるつもりも最初からなかった。  
あたしが身につけているのは、胸と腰に巻いた黒い布だけ。  
露出している腕にも、首にも、お臍にも、足にも、コンプレックスだった羽や尻尾にも、悪臭を放つ腐った泥が纏わりついてくる。  
そしてナメクジのように肌の上を這い回るそれは、次の瞬間には布の下にまで潜り込んできた。  
バラバラになっていた破片が全て集まると、それでもあたしの首から下を完全に包み込むぐらいの体積はある。  
呼吸のために頭だけは外に出されていた。  
けれど、それ以外の部分には一切の容赦がない。  
生温かい泥が全身の肌をくまなく這い回り、それどころか膣や腸の中まで無遠慮に流れ込んでくる。  
「はっ……あ、や……」  
体内入ってきた泥は、液体というより確かな触感を持った固体のように感じられた。  
グネグネとその身をよじりながら、奥へ奥へと入ってくる泥の触手。  
気持ち悪い、心底そう思った。  
体を内側から舐め回されているような感触に全身に鳥肌が立つ。  
そしてそうやって粟立った肌を、今度は外からも舐め回される。  
全身のありとあらゆる所から、なけなしの魔力が吸い出さると、一回り二回り泥がサイズを増していく。  
脱力感に意識が遠のきかけると、引き止めるように体内の触手が大きく身をうねらせて刺激を与えてきた。  
最後の1滴まで搾り取ってやろうという、そんな意思すら感じられる動き。  
それに対してあたしは、泥の中で汚辱感に身を震わせることしかできない。  
でも、それももうすぐ終わり。  
白く霞む視界の中、ソフィの手にある光球はもう十分過ぎるくらい大きく成長している。  
彼女はそれを、さっきと同じく胸の前で融合させた。  
泥の中に流れが生まれ、あたしの体がちょうどソフィに面したあたりに移動させられる。  
「そんなことしても、無駄なのに」  
言葉にしたって、これが理解なんてできないことを知りながら、それでも自然と呟いていた。  
ソフィの攻撃に対し、あたしの体なんて紙切れ1枚ほどの役にも立たない。  
彼女の一撃で、あたしはこれと一緒に消滅する。  
それから先、ソフィがどうなるかはわからない。  
でも、できることなら、天使が戦争に勝って、彼女が無事に生き延びてくれたらと思う。  
この戦争に天使が勝つということは、裏返せばあたし達悪魔が全滅するということで、この願いは悪魔にはあるまじきものなのかもしれないけれど。  
だったらこんな願い、誰に祈ればいいんだろう。  
神様は、悪魔の願いでも聞いてくれるんだろうか。  
 
「どうして……」  
いつまで経っても光は降り注がない。  
それどころか、上空のソフィが構えていた光球は、それまでの存在感が嘘のように掻き消えてしまった。  
唇を噛み締めた、ソフィの表情。  
自分の目で見ているのに、その光景が信じられない。  
死の間際に幻を見ているんじゃないかと、真剣にそう思った。  
と、彼女が背負っていた満月が、不意にその姿を雲の向こうに隠してしまう。  
――違う。  
その原因を見て取ったあたしの中に、今まで感じたことのない危機感が稲妻のように駆け抜けていく。  
破片は、全てあたしに集まっていると思っていた。  
けれど実際には、あたしに纏わりついているものが全てではなかったんだ。  
「――危ないっ!」  
ソフィが身を翻す。  
それが、あたしがとっさに放った声に反応したのか、遮られた月光に気づいてのことかはわからない。  
わかったのは、それがほんの少し遅すぎたということだけ。  
彼女が身を翻すより一瞬だけ早く、背後から飛びかかった破片の1つが彼女の翼に纏わりつく。  
力の象徴にして源である天使の翼。  
それを不浄の存在に侵され、ソフィの体は空中で体勢を崩して、そのまま一直線に落下を開始する。  
「このっ――」  
泥に塗れまだらになった天使の翼が、その存在を主張するようにほのかな光を放つ。  
たぶん、翼から直接力を放出して、汚らわしい泥を弾き飛ばそうとしたんだろう。  
けれど、中途半端な力は腐泥の王にとっては極上のエサにしかならなかった。  
「くあああっ」  
ソフィの悲鳴。  
力を吸収し、一気に体積を増した破片はすぐさま翼全体を覆い尽くし、さらにソフィの体にまでその食指を伸ばす。  
「あぐっ」  
ろくに受身も取れないまま、ソフィの体が地面に激突する。  
墜落の衝撃で気を失ってしまったのか、ぐったりと力なく伏せるその体。  
そこへ今まであたしを包んでいた泥までもが、ずるずると移動を開始する。  
白い服があっという間に腐った泥の色に染められていく。  
その様子を、もう用済みとばかりに放り出されたあたしはただ見ていることしかできなかった。  
 
ソフィの体がびくんと跳ねる。  
それが何を意味しているのか、あたしはさっき身をもって知ったばかりだった。  
「な、ひ――や、やめてぇ!」  
体内の異物感に強制的に目を覚まさせられたのか、ソフィが悲痛な叫びをあげた。  
服の下で、泥が我が物顔で彼女の肌を味わっているのがあたしからでも見て取れる。  
あたしからは見えない場所は、もっとひどいことになっているんだろう。  
彼女の力を吸収してぐんぐん体積を増した泥沼の表面から触手が伸び、再びあたしを引きずり込む。  
「は、あ、たすけ……ちからが……」  
彼女の声音が、徐々に徐々に変わっていく。  
「な、なに、これはぁ……」  
天使であるソフィに対して、この泥はあたしにはなかったある種の作用を持っている。  
気高き天使の精神を堕落せしめる、文字通り悪魔の薬。  
皮膚や、そして粘膜から吸収されたそれが、ソフィの心を急速に蝕んでいく。  
「ひ……っく、うぁ……」  
頬が紅潮し、目尻がとろんと垂れ下がっていく。  
いつも引き締められていた口からは、今では絶えず熱を帯びた吐息と唾液が零れ落ちていくようになっていた。  
「ち、ちが……こんなの……こんなはず……」  
宝石のような瞳が揺れているのは、そこに浮かんだ涙のせいだけじゃない。  
意思が、揺れているんだ。  
そんな彼女の様子を見ている内に、あたしの方もさっきまでとは違う何かが込み上げてくる。  
羽の付け根や尻尾の根元を扱かれるように刺激されると、悪寒とは別の理由で全身に震えが走る。  
平坦の胸の中心や、見なくても大きく開かれていることがわかる膣口のすぐそばから、電流のような痺れが生まれ、理性を根こそぎ奪い取っていく。  
そして膣や腸の中で触手が蠕動する度に、腰どころか全身が蕩けそうなほど甘い愉悦が込み上げる。  
なにより、ソフィも同じ責めを受けていると思うと、それだけで目の前が真っ白に染まるほどの快感がスパークした。  
「だめぇ……い、いく……いきたくないのに、いっちゃうぅ!」  
涙混じりの絶叫。  
泥の中、ソフィが絶頂に至ったことが伝わってくる。  
彼女に比べれば、まだあたしの方がこの腐泥の王には近い存在なんだろう。  
それの喜びがあたしの中にまで浸透してきて、あたしの意識と交じり合う。  
まるで、あたし自身が彼女を絶頂に導いたような、そんな至福感。  
実際にはソフィもあたしも、腐泥の王からしたらただの獲物にすぎないことはわかってる。  
それどころか、あたしなんて手が空いたからお情けで仲間に入れてもらえてるだけの存在だということも。  
それでも良かった。  
こうやって、ソフィと同じ存在に取り込まれ同化できるなら。  
意識が今度こそ遠のいていく。  
だらしないあたしを叱咤するように、体内の触手が動きを激しくする。  
だけど、それすらももう大して役には立たなかった。  
心が泥の中に溶けていく。  
もう、止められなかった。  
 
「――?」  
意識の糸が途切れたと思った次の瞬間、いきなり視界がクリアになった。  
遠く、どこまでも広がる枯草の絨毯。  
雲ひとつない空にあるのは真円の月。  
頬を撫でる風の感触。  
全てが鮮明で、一瞬前までの混濁していた意識は嘘のように冴え渡っている。  
「ぁ……う、ぅ……」  
足元から聞こえた呻き声に視線を下ろす。  
そこにはソフィが仰向けで横たわっていた。  
朱に染まった頬と、汗で額に貼り付いた前髪。  
閉じられた瞼が細かく痙攣し、長いまつげが震えている。  
真っ白だった服はボロボロになり、もう服とは呼べない布切れが申し訳程度に肌に貼りついているといった状態だ。  
仰向けになっても崩れない胸の膨らみはかすかに上下して、彼女がまだ生きていることを主張しているけれど、それもかなりぎりぎりの状態でというレベルだった。  
一方で、その横でうつ伏せに倒れているあたしの体は、もうぴくりとも動かない。  
紛れもない、あたしの死体。  
それを大した感慨もなく見下ろすあたし。  
腐泥の王は、いつのまにかその姿を消していた。  
召喚の時点であたしとあれの関係は切れていて、召喚主であるあたしが死んだからといって勝手に還るはずはない。  
わけがわからなかった。  
「ん……ぁ……」  
ソフィが小さく身じろぎする。  
その股間で、何かが布を押し上げているのに気がついた。  
単体でも完全な存在。  
両性具有たる天使の証。  
気づかない内に、あたしは生唾を飲み込んでいた。  
自分でも驚くほど大きく喉を鳴らし、そこでようやく自分がしたいことに気がついた。  
 
彼女の体を跨ぎ、腰を下ろしていく。  
邪魔な布をどけ、露わになった彼女のペニスをあたしの中に迎え入れる。  
触手なんて目じゃないほどの圧倒的な存在感。  
体の中がソフィの一部で満たされていく。  
だけど、これだけじゃ足りない。  
1番奥まで彼女のものを飲み込み、今度は両胸に手を伸ばす。  
手の平に余るサイズの乳房を掴み、力任せに握り締めた。  
指を飲み込むほどの柔らかさと、そして一方で指を弾き返そうとする弾力を併せ持ったその感触。  
指の隙間から覗いた桜色の突起を指の隙間に挟んで潰すと、その刺激でソフィがようやく目を覚ました。  
「も、もうやめ――っ!?」  
まだ腐泥の王による陵辱が続いていると思っていたんだろう、うわ言のような制止の言葉。  
それすら言い切らない内に、ソフィの目が驚きのあまり限界まで見開かれる。  
「な、なに、どうして? ひあぁあ」  
もう1度ぎゅっと乳房を握り締めると、彼女は眉根を寄せて喘ぎをあげる。  
腐泥の王自体はいなくなっても、あれが散々彼女に擦り込んだ薬の効果はまだしっかりと残っているらしい。  
刺激に反応して膣内のペニスが一回り大きくなった。  
「また大きくなったよ、ソフィ」  
教えてあげると、ソフィは羞恥のあまりか今まで以上に頬を染める。  
おちこぼれだったあたしが、幼馴染でずっと憧れの対象だったソフィを組み敷いている。  
あたしが主導権を握っている。  
嬉しかった。  
貪るようにソフィの胸を捏ね回し、同時に腰を上下させる。  
「は……あっ……や、やめて……もうやめてぇ」  
あたしの体の下で身悶えるソフィの姿はひどく扇情的で、頼まれたって止められるはずがない。  
もっと、もっと彼女を感じさせたい。  
そう思っていると、願いを叶えるようにあたしの体に変化が起きた。  
 
小さかった蝙蝠の羽が、一瞬でソフィの翼にも負けないぐらいに大きくなる。  
そして次の瞬間、何本もの触手へと分裂して彼女の翼に巻き付いていったのだ。  
今の今まで自分にそんなことができるなんて知らなかった。  
でも、こうなってしまうと、まるで手を動かすのと同じくらいなんでもないことのようにそれを操れる。  
「はあああぅぅぅ」  
翼を扱き上げられる刺激に悶絶していたソフィに、追い討ちをかけるように新たな責めを施していく。  
今度は自分の意思で尻尾が二股になるイメージを思い描くと、歪に捻れた醜い尻尾が思い描いたまさにその通りになった。  
そのことに驚きはない。  
それをそのまま、さっきまでは泥の触手に蹂躙されていた2つの穴に潜り込ませていく。  
「だ、だめえぇぇえ!」  
2つの狭穴の中で尻尾を前後させると、反射のようにソフィの腰が跳ね上がった。  
彼女の弱点を責めているのは、あたし自身の弱点でもある。  
あたし自身、羽を擦り付ける感覚、尻尾を締め上げられる感覚、そして膣奥を突き上げられる刺激に翻弄されそうになる。  
「ひぐぅ、いく、そんなにされたら――んぷぅ」  
舌を突き出すようにして喘いでいた彼女の唇を塞ぎ、同時にお互いの乳首を擦りつけるように、上半身で8の字を描く。  
全身でソフィを感じる。  
初めての口付けで唾液を流し込みながら、あたしは徐々に今の自分のことを自覚し始めていた。  
今の自分は、力を吸い尽くされたあたしの意識の残滓。  
それが一時的に泥を従えて、この体を形作らせているんだ。  
こんなものがいつまで続くかはわからない。  
1秒後には泥の塊に戻って崩れ落ちる可能性だってある。  
それでも怖くはなかった。  
元々、さっきの瞬間消えたはずの命だった。  
この時間は、言ってしまえばおまけのようなもの。  
最期の瞬間祈りを捧げた神様の、もしかしたら慈悲のたまものなのかもしれない。  
それなら本当の最期の一瞬までソフィを感じていたかった。  
死の恐怖なんて、感じている暇なんてなかった。  
「……んく……く」  
流し込んだ唾液がソフィの喉を滑り落ちていく。  
今のあたしの体液は、全てが天使である彼女にとっては媚薬としてはたらくはず。  
案の定、彼女の瞳に残っていた最後の理性が消えていく。  
「はひぃ……いい……もっと、もっとしてぇ!」  
口を離すと、飛び出してくるのは普段の凛とした彼女からは考えられないおねだりの言葉。  
求められている。  
ソフィに求められている。  
その思いが、膣内の存在をより一層強く感じさせてくれる。  
それはソフィの方も同様だった。  
「くひぃっ、しまる、しまるよぉ……」  
一方で、あたしの尻尾も今まで以上に強く食い締められる。  
千切られそうな締め付けに逆らって前後させると、やじりのようになっている先端の返しが彼女の愛液と腸液を掻き出して、地面の上に水溜まりを作っていく。  
「も、もうげんかいっ……もうたえられないぃ!」  
ソフィの一際大きな絶叫。  
「あたしも、あたしもっ――!」  
世界が真っ白に染まる。  
それはまるで彼女の生み出す光に包まれたような世界。  
体の1番奥深くに浴びせ掛けられた熱い飛沫。  
それがあたしが感じた最期の――  
 

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