「くそっ、またダメだ」  
相手方が通話中であることを示す忌々しい音。  
あれから何度も電話をかけているのだが、毎回その調子で一向に繋がる気配がなかった。  
こうしている間にも、1つまた1つと売れていってしまっていると考えると焦る気持ちばかりが胸の中に募っていく。  
祈るような気持ちでリダイヤル。  
何十回も聞いた規則正しい電子音の配列、そして――、  
「やった!」  
思わず小躍りしそうになる。  
携帯からコール音が聞こえたのだ。  
1回、2回――、  
『お電話ありがとうございます。  
 こちらは――』  
聞こえてきたのはテレビと電話では多少印象が異なるが、ほぼ間違いなくあのキッカという少女の声だった。  
逸る気持ちをなんとか抑えて咳払いを1つ。  
「あ、あの、さっきの――」  
『申し訳ありません。  
 本日の商品はご好評を頂き、すでに完売となっておりまして……』  
「そ、そんな……」  
目の前が真っ暗になるというのは正にこういう状況だろう。  
頭の中でセラフィという少女の痴態や、画面に並んでいた20人の天使の顔がフラッシュバックする。  
逃した魚のあまりの大きさに眩暈すら覚えそうだ。  
『誠に申し訳ありません。  
 またの――』  
『ご、ご主人様!』  
電話を切ることも忘れ悲嘆に暮れる俺の耳に、たぶんそのセラフィのものだろう切羽詰った叫び声が聞こえてきた。  
『なに? 今、電話の応対ちゅ――のわっと!?』  
キッカの慌てたような声と、直後に聞こえた風を切るような音。  
突然慌しくなった向こう側の状況がわかるわけもなく、俺は混乱することしかできない。  
『あ、お客様、大変申し訳ありません。  
 ただいま少々取り込んで――ああもう!』  
またキッカの声が悪態とともに途切れてしまう。  
『すみませんお客様、もしよろしければ、このままお待ちいただけませんでしょうか?』  
「え、あ、いや、それは構わないんですけど、いいんですか?」  
どうやら電話の向こうは妙な事になっているらしい。  
さっさと切るべきだろうかと思っていた矢先のキッカからの提案に、俺はますます困惑を深めてしまう。  
『ええ、何とかもう1セットご用意できそうな目処が――よっと……セラフィ! ちょっとだけでいいからあいつの動き止めといて!』  
『そ、そんなご主人様ぁ……』  
『ああ、すみません、それでですね、バイブの方は番組で実演に使ったもの、天使の方は番組で紹介した20人とは別のになりますが、それでよろしければお譲りいたしますがいかがでしょう?』  
「いいんですか!?」  
もうダメだと思っていた所に差し伸べられた救いの手に、俺はもちろん縋り付いた。  
 
それから数分間、電話の向こうでは色々と大変なことになっていたらしい。  
もちろん俺が得られる情報は電話口から聞こえる音だけでしかないのだが、どうやら誰かに襲われて応戦しているようなのだ。  
そして、その戦いは実際にその場にいたわけでもない俺ですら戦慄を禁じ得ないほど酸鼻に満ちたものだったことが容易に窺えた。  
『エンジェルバリヤー!』  
『いたたたたたた! ご、ご主人様ぁ……』  
だの――、  
『エンジェルブーメラン!』  
『あ〜〜〜〜れ〜〜〜〜〜』  
だの、聞いているだけであの天使の少女が不憫でたまらなくなる。  
やがて――、  
『エンジェルスマーーッシュ!!』  
『あぐっ!?』  
鈍い打撃音と、悲運の少女のくぐもった呻き声をともなったその技で、凄惨な戦いはようやく決着がついたらしい。  
『お待たせしました、お客様。  
 それではこれよりそちらに参りますので、受話器を通話口を上にして床の上に置き、なるべくそこから離れていてください』  
多少息の上がった声で告げられたキッカの指示。  
俺がそれに従って部屋の壁まで下がっていると――、  
「うおおお!?」  
なんとなく予想していたとはいえ、実際にその現象を目の前にすると驚愕の声を抑えられなかった。  
なにせ床に置いた携帯から、両肩にそれぞれ天使を担いだキッカがテレビで見たままの姿で現れたのだから。  
「よっと、ととと……」  
さすがに自分と同じか、むしろ少し大きいくらい2人の体を担いでいるせいかバランスを崩しそうになるがぎりぎりの所で持ちこたえる。  
そしてあの完璧な営業スマイルを浮かべると――、  
「この度はお買い上げありがとうございます!  
 いやー、それにしてもお客様は運がいいですよ。  
 たまたま新しい天使が入荷致しまして……」  
などと言いながら肩に担いでいた荷物を下ろす。  
どちらも意識を失っているらしく、床の上でぐったりとしたままぴくりとも動かない2人の天使。  
片方は既に目隠しを取ってはいるが、あのセラフィという天使だった。  
白いワンピースの裾がかなり際どいところまでめくれていて、彼女が下着を穿いていないことを思うとついつい生唾を飲み込んでしまう。  
もう1人の天使は俺から窺える横顔を見るかぎり、セラフィよりも少し大人びた感じの天使。  
腰くらいまであるブロンドが、床の上に広がって蛍光灯の光を反射しているのが印象的だった。  
 
「あ、あの、パワーチャージ用の天使ってこの人、なんですか?」  
「はい、そうですよ。  
 どうです、なかなかのものでしょう?」  
薄い胸をこれでもかと反らして誇らしげに言うキッカの言葉は、確かにその通りだった。  
長い睫毛。  
すらりとした頬の輪郭。  
着ているのは飾り気のない白い服。  
その上に、胸や肩、肘や膝などの要所要所にプロテクターらしきものを装着している彼女は本当にこの世のものとは思えない神々しさを湛えていた。  
「いやー参りました。  
 セラフィったら放送のあれ以来、ずっと気を失ったままで……。  
 まったく、運ぶ方の身にもなってほしいですよねー」  
あはは、と笑いながら言うキッカだが、それは間違いなく嘘だろう。  
――なにせ、さっきまで声聞こえてたしなぁ……。  
セラフィのこともそうなのだが、それよりさらに問題なのはもう1人の方だった。  
どう考えてもこの新しい天使はさっきキッカが戦っていた相手のはずで、つまりこの取引が本人の意思を無視したものであるだろうことは容易に想像できる。  
とすると、あの20人や、もしかするとセラフィだって最初は……。  
「あらら? どうかされたんですか、お客様。  
 お顔の色が優れないようですが」  
「い、いや……」  
テレビで見た非日常的な映像に沸騰していた頭が、冷水をかけられたように冷えてくる。  
今更になって悪魔と取引をするという事に対する恐怖や罪悪感が湧いてきた。  
「もしかして、今更キャンセルしようなんて、考えてたりはしませんよねぇ?」  
俺の思考を先回りするような台詞。  
目を細め、幾分トーンを落とした声で告げられたそれは、俺の背筋を震えさせるには十分な力を持っている。  
口元には笑みを張り付けたままなのが、今の俺にはかえって恐ろしかった。  
その背後にはぷかぷか浮かぶ蝙蝠の羽と、うねうね動く真っ黒な尻尾。  
目の前の少女が、人知を超えた存在であることを証明するもの。  
背中に嫌な汗がじっとりと浮いてくる。  
「ん、んん……」  
自分の胸あたりまでしかない小柄な少女に圧倒されていた俺を呪縛から解放してくれたのは、足元から聞こえた小さな呻き声だった。  
キッカの視線から逃げるように下を向くと、セラフィがもぞもぞと体を動かし上半身を起こそうとしている。  
「あ、あれ? ここはどこでしょう?」  
大きな瞳。  
初めて見る彼女の瞳は、その髪と同じく金の色をしている。  
何度かぱちくり瞬きをして、きょろきょろあたりを見渡す姿はなんとも愛らしく俺の心を和ませてくれた。  
 
「ここはお客様の家。  
 さっき調達できた最後の1セットをお買い上げくださったんだよ」  
俺が買ったということを強調する。  
彼女が今どんな顔をしているのか、確認するだけの勇気は俺にはなかった。  
「あ、そうなんですか? あ、あの、お買い上げありがとうございます」  
立ち上がり、ワンピースの裾をぱっぱと払い俺に向かって頭を下げるセラフィ。  
――まずい、なし崩し的に既成事実が……。  
なんとかしないととは思うのだが、一体どうすればこの状況を打破できるのか、具体的な案が何一つ思い浮かばない。  
「ということでセラフィ、さっさとバイブ出して。  
 あれはもうこのお客様の物なんだから」  
キッカがそう言いながら、セラフィのワンピースの裾を不意打ちで摘み上げる。  
露わになる股間。  
そこにある少女の秘園からは、深々と刺さったままのバイブの根元が顔を覗かせていた。  
「あ、やだ!」  
釘付けになった俺の視線に気づいたセラフィがそこを隠すように、ワンピースの前を押さえて座り込んでしまう。  
「何恥ずかしがってんだか。  
 もうぜーんぶ見られちゃってるのに」  
「そ、そんなぁ……」  
呆れたようなキッカの口調と、今にも泣き出しそうなセラフィの口調。  
悪魔と天使ということを抜きにしても、随分対照的な2人の様子だった。  
「ほらほら、さっさとしないと。  
 お客様だって待ちくたびれてるし」  
もう1度促され、セラフィは座ったままで服の下に片手を入れると、中にある異物を抜き始めた。  
もう片方の手で裾を押さえているおかげで俺からはその中の様子は見えないのだが、それが逆に俺の想像力をひどく活発にさせる。  
「ん……ふぅ……」  
かすかに聞こえる押し殺した吐息がまた扇情的だ。  
股間に再び血液が集まっていき、我ながらどうかと思うが、それに反比例するようにさっきまでの恐怖やらなにやらが小さくなっていくのを感じる。  
やがて少女の体液で塗れ光るバイブがセラフィの手に握られて姿を現すと、湯気が立ちそうなほどのそれが手に入るなら悪魔との取引ぐらいと思えてしまうほどになった。  
「はい、じゃあセラフィはお客様の方の準備お願いね。  
 こっちはあたしが準備しとくから」  
用心深く裾を押さえながら立ち上がったセラフィからバイブを受け取ると、代わりに何か指輪のようなものを渡しながらキッカが言う。  
その指輪を見たセラフィは、なぜか血相を変えて悪魔の少女に耳元に口を寄せた。  
「こ、これを使うんですか!?」  
「そうだよ。  
 だって、最初の1回でそれなりにがっつりやっとかないとまずいじゃん。  
 あたし達がいるのは今回だけなんだし」  
目の前で交わされる内緒話。  
ただ、動転しているせいかセラフィの声は微妙に大きくその内容がばっちり聞こえてきてしまう。  
キッカの方はむしろわざと聞こえる音量でやってる気がするんだが。  
「それはそうですけど、でも……」  
「へーきへーき、その辺はセラフィがちゃんとサポートしてあげればさ。  
 随分気に入られてるみたいだし」  
横目でこちらをちらりと窺うキッカの視線。  
最初顔に来たのが、ついっと下に移動するのが見て取れた。  
おまけにくんくんと小さく鼻を鳴らす仕草まで。  
放送を見ていた際の粗相まで見透かされているようで、というか間違いなく見透かされてさすがに俺はバツの悪さを感じずにはいられなかった。  
 
「あの、手を出していただけますか?」  
微妙に物騒な気配がする内緒話の後、セラフィが俺の前までやってきた。  
少し潤んだつぶらな瞳で上目遣いという反則じみたオプション付きのそのお願いは、無条件で従ってしまいたくなる魔性の魅力を伴っている。  
さっきのあの内緒話さえなければ、言われるがままにそうしていただろう。  
「あ、あの、さっきの指輪みたいなのはめるのか?」  
「あ、はい、そうですけど、別にそんなに危険だったりはしませんから。  
 ちょっとだけ、その……色々と……」  
安心させたいなら途中で言葉を萎めさせないでほしかった。  
というか“そんなに”ってなんだ、“そんなに”って。  
ああ、でもそんな姿もいじらしく、困らせている自分がものすごく悪者になったような気がしてくる。  
――本当に大丈夫なんだろうな……。  
結局不安を拭いきれたわけではないが、罪悪感に負けるようにして手を差し出してしまう。  
飾り気のない銀色のリング。  
彼女の指に摘まれたそれは、まるで俺の為にあつらえたように中指にはまり、きらりと光を反射した。  
「なんだ……?」  
緊張していたわりに、はめても特に変化はない……ように感じられた。  
もちろん問題がなければないに越したことはないのだが、それでも少し拍子抜けした感じで彼女の小さな両手が添えられた自分の手を眺めていると――、  
「それじゃ、起動しますね」  
セラフィは指輪がはめられた手に顔を近づけていくと、そっと口付けを施した。  
「何を……ぐぅっ!?」  
彼女の唇が触れた瞬間、指輪にいきなり異変が起こった。  
一瞬その内径が縮んで指が締め付けられたのかと思うほどの痛みが走ったのだ。  
「きゃっ!?」  
驚きのあまり乱暴に彼女の手を振り解くようにして自分の顔の前へ手を引き寄せるが、リングのサイズ自体は変わっていない。  
締め付けられたりも、少なくとも見る限りではしていない。  
「つ……」  
なのに、また指に痛みが走る。  
ドクン、ドクンと心臓の鼓動に合わせたように規則正しく痛みが生まれ全身を駆け抜けていく。  
それはまるで指にもう1つ心臓ができてしまったかのような感覚だった。  
それと同時に、指輪から根のようなものが生えて全身に蔓延っていくようなイメージが頭の中に描かれる。  
「な、なんだ、これ……」  
それを抑えようと反対の手で握り締めてもそれは一向に収まらない。  
むしろ1度拍を打つたびに痛みは強く、そして火傷しそうなほど指輪が熱く感じられるようにすらなってきた。  
「お、落ち付いてください! 一時的なものですから」  
どんどん増していく熱と痛みに思わず屈み込んでしまった俺の頭の上から、セラフィの慌てた声が聞こえてくる。  
「落ち付けったって……」  
搾り出すように呟いた直後、全身を温かい何かに包み込まれる感覚が生まれた。  
今も全身を駆け巡る激痛を、その外側からふわりと包み、和らげていく温かさ。  
「大丈夫ですから、落ち付いて受け入れてください……」  
痛みを堪えるために丸めた背中。  
そこに2本の細い腕が回されていることに気づく。  
額に当たる感触は、まだ発育途上ではあるものの確かに女性を感じさせる柔らかさを持っていた。  
かすかに香る甘酸っぱい少女の体臭。  
怯える子どもを安心させるように、天使の少女が俺を抱き締めていたのだ。  
氷が溶けるように、俺の中の痛みや熱、未知の事態への恐怖が和らいでいく。  
まあ、彼女の香りの中にはほんの少しのアンモニアの香りやらも混ざってはいたのだが、そんなことが考えられる程度には、俺の中に余裕のようなものが生まれていた。  
体内に広がっていく根の先端が、指輪をつけていない方の手の先、そして両足の先にまで到達したイメージ。  
そして、それはついに頭の中心にまで――。  
 
突然指先から全身にまで広がっていた痛みが嘘のように引き、俺は固く瞑っていた瞼を開いた。  
目の前にはセラフィの顔。  
息がかかりそうなほどの距離で、不安そうに眉を寄せてこちらを見つめていた。  
「あの、私の言っていること、ちゃんとわかりますか?」  
と、彼女はいまいち意味がわからない質問をしてきた。  
もちろん言葉がわからないというわけではなく、さっきまでちゃんと会話できていたのに今更なぜそんなことを聞くのかがわからないという意味だ。  
「キシャー?」  
質問の意図を問い質そうとした俺の耳に、奇妙な音が聞こえてきた。  
一方で俺が口にしようとしていた言葉は自分の耳には聞こえない。  
「あ、そうですね、これだと私の方があなたの言葉がわからないんですよね。  
 すみませんけど、はいなら1回、いいえなら2回短く鳴いてみてください。  
 できますか?」  
「キシャー?」  
何を言っているんだ? と言おうとしたのに、またも聞こえてくるのは奇妙なこの音。  
なぜか俺が喋ろうとすると代わりに聞こえてくるこの音の発生源はいったいどこなんだろう。  
「や、やっぱり自我がなくなってしまったんでしょうか……」  
セラフィの眉がますますひそめられ、声も潤みを帯びていく。  
「自分の姿を見せてやったら?  
 どんな状態なのかわかってないんじゃない?」  
突然横からかけられた声にそちらを向くと、キッカは部屋の隅に一昔前にはやったぶらさがり健康器のようなものを組み立てている最中だった。  
「そう、ですね。  
 少し失礼しますね」  
耳元で聞こえたセラフィの声に顔を戻すと、ただでさえ近かった彼女の顔がさらに一層寄ってくる。  
「キ、キシャッ!?」  
何を、と言おうとしたのにまたもこの音。  
3度目でようやく、この音がなんとなく自分の頭のてっぺんのあたりから聞こえてくることに気づいた。  
ただ、今はそれどころではなく、目を閉じて顔を寄せてくる少女から逃げるべきかどうかが重要だ。  
見るからに柔らかそうな桜色の唇。  
それが自分のものに合わせられる未来を思い描いた矢先、こつんとお互いの額がぶつかった。  
――な、なんだ、驚かせないでくれ……。  
熱を計る時のように、そこでセラフィが動きを止めたことに、俺は安堵半分失望半分といった気持ちで内心胸を撫で下ろす。  
触れ合わせた皮膚を通じて、さっき抱かれている時にも感じた少女の高めの体温と、そしてそれ以外の何かが流れ込んでいるような感覚があった。  
「私の見ているものをあなたにも送りますから」  
10秒ほど額を合わせていただろうか、セラフィはそう囁いて離れていった。  
彼女が下ろしていた瞼を上げる。  
と、それに合わせて俺の頭の中に異変が起きた。  
右目と左目が全く別のものを見ているような感覚と言えばいいのか、頭の中にスクリーンが2つできたような感じと言えばいいんだろうか。  
さっきのセラフィの言葉を思い出すと、片方がもともと俺が見ているもので、もう片方は彼女が見ているものなんだろう。  
とにかく、いきなり視覚からの情報が2倍になった俺の中に、不思議と混乱は起きなかった。  
ただ、ある疑問だけは湧いてくる。  
 
2つのスクリーン、片方にはセラフィの可愛らしい顔がアップで映っている。  
それは元々俺が見ていたものだ。  
その金色の瞳はまっすぐにこちらに向けられている。  
つまり、もう片方が彼女の見ているものだとするなら、当然そこには俺の顔がアップで映っていなければいけないはずだった。  
なのにそこには奇妙な物体が映っているだけで、俺の姿がどこにもないのだ。  
表面に凹凸のあるぶよぶよとした赤黒い壁。  
俺の視界の中でセラフィが身を引くと、彼女の視界の中でそれの全体像が確認できるようになる。  
それは円筒形の肉の塊だった。  
サイズはちょうどドラム缶くらいだろうか。  
それが彼女の目の前でぷるぷると身を震わせている。  
「どうですか? ちゃんと見えていますか?」  
理性は徐々に今の状況を理解しつつあった。  
ただ感情はそう簡単にはついていけない。  
今彼女の目の前にあるこの肉の塊が自分だなんて、認められるはずがなかった。  
「キシャ、キシャシャシャ、キシャー!?」  
いったいなんなんだこれは、と言ったつもりだった。  
なのに言葉は出ず、何度目かの奇妙な音が聞こえ、彼女の視界の中で肉筒がその上部をぐねぐねと動かしただけ。  
――これが、俺の声……。  
彼女の目を通して、自分が喋る、いや鳴く姿を確認してようやくそれが理解できた。  
理解できてしまった。  
これが目先の欲望に負けて悪魔と取引しようとした人間の末路なんだろうか。  
セラフィの前で前屈みに肉筒を折るその姿は、我がことながらあまりにも惨めで、哀れだった。  
「お、落ち付いてください。  
 この変身は一時的なもので、朝になれば元に戻れますから」  
「キシャ?」  
これから一生この姿で、と絶望していた俺に、セラフィのその言葉は正に天から射し込んだ一筋の光明だった。  
というか、それならそうと先に言って欲しかったというのが正直なところだ。  
「もう1度聞きますけど、私の言葉、わかりますよね? はいなら1回、短く鳴いてみてください」  
「キシャッ!」  
「よかった……」  
俺が言われた通りに反応したことに、セラフィの顔がぱっと明るさを取り戻す。  
「体は戻るんですけど、たまにリングの効果を無理に拒絶しようとして心が壊れてしまう場合がありますから心配したんですよ」  
さっきまでと違い、今度は安堵の涙を目尻にためて物騒なことを言うセラフィ。  
だから、そういう大事なことは先に言って欲しかったんだが……。  
 
「それじゃ、その体の使い方を説明しますね」  
セラフィが目の前にある肉筒の中に手を差し入れる。  
肉筒の中は、元の体で言えば口の中のような感じだろうか。  
自分の体の中を触られるくすぐったいような奇妙な感覚に自然と身じろぎをしてしまう。  
彼女の細い指が何かを摘むと、俺にとっては指先を摘まれたような感覚があった。  
口の中に指があるというのも妙な感覚だが、なぜかそんな風に感じられるのだ。  
それを言うと頭のてっぺんに口がある感覚がすでに異常ではあるんだが。  
肉筒の表面に目があるようには見えないのに、ちゃんと目の前のセラフィの姿が“見えて”いるのも不思議といえば不思議だった。  
「ゆっくり引っ張りますから、それに合わせてこれが伸びる感じをイメージしてください」  
そんなふうに俺が考えていると、言葉とともにその指先のような突起に優しく力がかけられる。  
俺はそれに抵抗しないように、その擬似的な指が伸びていく様を思い描く。  
「キシャッ!?」  
肉筒から引き出されたセラフィの指には、外皮と同じ赤黒い肉色の細い紐が摘まれていた。  
太さはちょうどそれを摘む彼女の人差し指くらい。  
透明な液体で濡れ光るその紐を、セラフィは自分の胸へと導いていく。  
内側からわずかに布地を押し上げるだけのなだらかな丘陵。  
そこへ俺の肉紐を螺旋状に巻き付けると、セラフィは恥ずかしそうに頬を染めながら言葉を紡いだ。  
「力を入れてみてください。  
 あ、でもなるべく優しくお願いしますね」  
俺は言われるまま、その紐が彼女の胸を緩く圧迫するイメージを思い描く。  
それに反応し、それまでおとなしく彼女に導かれるままだったそれがぐねぐねと動き出し、少女の胸の控えめな膨らみを変形させ始めた。  
「そ、そうです……次は」  
微妙に声を上擦らせながら、再びセラフィが俺の中に手を伸ばす。  
その指が、今彼女の右胸に巻き付いている肉紐の根元、そのすぐそばの別の突起に触れてきた。  
「ここにもありますから、今度は伸ばすところから……んん……ご自分でやってみてください」  
悩ましげな吐息を織り交ぜながらの言葉。  
さっきので多少感覚を掴んでいた俺は、すぐに言われた通り自力で肉紐を伸ばし、今度はセラフィの左の胸に新しい肉紐を巻き付けていった。  
「そ、そう、上手……です」  
白いワンピースの胸に、2本の赤黒い肉紐が螺旋状に巻き付いている光景。  
誰も足を踏み入れてない処女雪を荒らすような感覚に、徐々に俺の中で嗜虐的な興奮が高まってくる。  
乳房と呼ぶのは躊躇われるほどの慎ましやかなそれを縊り出すように、少し力を強めて絞り上げると、その中心にこれもまた控えめながら確かにピンク色の突起が布の下でしこり立っているのが見て取れるようになった。  
「ひゃんっ!?」  
肉紐の先端でそれを服の上から押してみると、面白いようにセラフィがびくんと全身を痙攣させる。  
「あ、ああ、ちょ、ちょっと、まって……くださ……ああん」  
ぐりぐりと先端を押しつけると、肉紐が纏っていた粘液が服に染み込み、より一層その敏感な突起の色が透けて見えるようになった。  
 
「お、お願いですから、まって……まってください」  
あまりの反応の良さに、思わず行為に没頭していた俺はセラフィの泣きそうな声での懇願にようやく我に返って動きを止めた。  
「ま、まだ……説明することがありますから……もう少し待ってくださいね」  
頬を上気させ、息遣いを荒くした少女の姿は、見ているだけでまた我を忘れてしまいそうなほど扇情的だった。  
その衝動をなんとか抑えこみ、次の言葉を待つ。  
もちろん、自分のこの新しい体の機能をもっと知れば、さらに彼女を感じさせることができるだろうという打算もあった。  
「これの先、細い線があるのが見えますか?」  
直前まで彼女の乳首を虐めていた肉紐の先端を摘み、セラフィは彼女自身の顔に向けさせた。  
相手の視界を通してその線というのを確認した俺は、さっき言われた通りキシャっ! と1回短く鳴いて意思を伝える。  
「ここは口みたいに開いて、ものを吸ったりできるんです」  
その説明を聞き、指の先に口がついているようなイメージでそこが開く姿を想像する。  
最初はうまくいかなかった。  
それでも何度か繰り返していると、彼女の目の前でその肉紐の先端にぱっくりと口を開けさせることに成功する。  
粘液の糸を引きながら精一杯大きく開いた異形の口。  
「試しに私の指を吸ってみてください」  
摘んでいるのとは反対の手の指先を近づけられる。  
素直に従おうとした俺の心に、不意に悪戯心が湧きあがってきた。  
一応は彼女の指に摘まれて固定されているとはいえ、肉紐の表面はぬるぬるした粘液で包まれていて、その気になればその指から自由になることは簡単だった。  
つるりと指の間から抜け出すと、俺は指なんかよりもっと吸いたいあれに肉紐の先端を向けたのだ。  
「あっ! だ、だめ……きゃぅぅぅ!?」  
半透明になった布地に浮き出る淫突起にむしゃぶりつくと、それだけでセラフィは可愛い嬌声をあげ、俺は心の中でガッツポーズを決めた。  
「だ、だめですったら……ああん、も、もう……」  
咥え込むだけでなく教えられたように吸引も施し、さらに反対の胸にも同じように責めを加えていく。  
「ひあ……や……ひぃん」  
セラフィの言葉の中で意味のある単語と喘ぎの割合が変わっていく。  
確実に頂点に向けて昇りつめていくセラフィ。  
1時間ほど前はテレビで見ていることしかできなかったそれを、今は自分が為しているんだと思うと、得も言われぬ充実感が俺の胸を満たしていった。  
「だ、だめ……ですぅ……本当にイッちゃいますからぁ……」  
セラフィの声が甘えるような媚びた色を帯び始める。  
その変化に調子に乗った俺は、2本の肉紐で休むことなく少女の両胸を責め上げながら、同時に自分の体の中にも意識を向けた。  
――思った通りだ。  
案の定、口の中には他にもたくさんの肉紐の芽とでも言うべきものが存在することを自力で感じることができた。  
「そ、そんなに……いっぺんになんてぇ……」  
彼女の目を通し、肉筒から数えきれない肉紐がぞわぞわと這い出していくのを確認する。  
今や、本来の両手の指をはるかに上回る数の肉紐ですら、自由に動かせるようになっていた。  
まずは両胸から込み上げる快感に足をがくがく震わせ、今にも崩れ落ちそうだったセラフィの体を支えるべく腕の付け根に新たな紐を巻き付かせる。  
そのついでにつるつるの腋の下に、肉紐の先端の口で吸いついてみるのも忘れなかった。  
「はあぁん……」  
胸とは違い、キスマークを付けるくらいの強さで肌を直に吸引すると、セラフィは鼻から抜けるような吐息を漏らして身悶えする。  
そのまま両手両足に何本もの肉紐を巻き付け、無数の口でキスを施していった。  
「あ、ああん、……え?」  
もう抵抗することなくその刺激に身を委ねていたセラフィは、俺が1本の紐でワンピースの裾を咥えてひらひら揺らすと、一瞬きょとんとした表情を浮かべてそこを見下ろした。  
彼女自身の視界の中、肉紐が直に巻き付いてその身を擦り付けたり先端の口で吸い付いているのは、両手や両足など露出している部分だけだ。  
それが言葉を話せない俺からの、服の中に入っていいかという質問だと気づくとほんのわずかに恥じらうような迷いを見せ、そして小さくこくんと頷いた。  
「キシャー!」  
本人の了承を得て、俺が心の中で喝采をあげてセラフィの秘められた場所に潜り込もうとした、まさにその時だった。  
「はーい、ストップストーーップ!」  
その存在をすっかり失念していた悪魔の少女の声が、突然部屋に響き渡ったのだ。  
 
「はぇ?」「キシャ?」  
期せずして同じタイミングで疑問の声をあげ、2人揃って声のした方に視線を向ける。  
ずかずかと近寄ってくるキッカの後ろには、件のぶらさがり健康器に逆さ吊りになったもう1人の天使の姿があった。  
「はいはい、とりあえずセラフィを放してくださいね、お客様」  
穏やかな口調なのに、どこか有無を言わせない迫力を感じた俺は素直に従ってしまう。  
セラフィの体に巻き付けていた肉紐を引き上げさせると、彼女は立ち続ける体力も残っていないかのように床に崩れ落ちた。  
「もう、あんたまでその気になっててどうするの」  
「す、すみません……」  
首から下、露出した両手足は粘液にぬらぬらと光らせ、ワンピースもほぼ全面が半透明に透けて肌にぴったり貼り付くような状態のセラフィ。  
ぺしっと頭を叩かれ弱々しく謝罪する。  
と、それまで見えていたセラフィの視界が不意に見えなくなった。  
どうやら接続が切れたらしい。  
「お客様も、あくまで本番は向こうですからね」  
その事を残念に思う暇もなくキッカに促され、俺は逆さに吊られた天使の方に視線を向けた。  
服やプロテクターはキッカの手で剥ぎ取られ、ぶらさがり健康器もどきの横棒に膝をくくり付けられて全裸で吊るされている。  
手は左右に広げられて支柱にくくり付けられていて、ちょうど大の字を上下逆にしたような体勢だ。  
口には太い棒のようなものを噛まされているのに、それでも美しさを失わない少女の姿に俺は思わず見蕩れてしまう。  
さっき感じた罪悪感のようなものは、もうほとんど俺の中には残っていなかった。  
今胸の中で燃え盛っているのは、中途半端なところでお預けをくらった欲望を新たな獲物に叩きつけたいという思いだけ。  
わずかに残っていた理性すら――、  
「思いっきりやっちゃって大丈夫ですよ。  
 セラフィだって最初は結構手を焼きましたけど、快楽を覚え込ませちゃえば天使ってものすごく従順になりますから」  
その悪魔の囁きによって完全に打ち砕かれる。  
俺は行き場を失って宙をさまよっていた全ての肉紐を、一斉に逆さ吊りの天使に向かって解き放った。  
 
セラフィに勝るとも劣らないほど白い肌。  
その全身にグロテスクな赤黒い肉紐を絡み付けていく。  
そのコントラストにひどく興奮をそそられた。  
「ふ……うぅ……」  
全身を這いずるぬるぬるとした感触に天使が小さく吐息を漏らし、ゆっくりと目を開いていく。  
目覚めたばかりでぼんやりとしていた瞳が、自分の状況を認識して次の瞬間かっと見開かれた。  
「んぅ!? んーー!!」  
何かを言おうとしているのだろうが、噛まされた棒のせいでまともな言葉は何一つ聞き取れない。  
ただその言葉の代わりとでも言うように、天使の口の端から薄緑の液体がつうっと溢れて零れ落ちていく。  
捕らえられているということに怯えるかと思ったが、むしろこちらを射抜く勢いで睨み付けてきたのが少し意外だった。  
意思の強さを表すような少し太めの眉。  
そんな彼女がやがてセラフィのように従順になるかと思うと、胸の内からどす黒い悦びが込み上げてくる。  
「あー、あんまり喋ろうとしない方がいいと思うよ。  
 それ、圧迫されると催淫液が滲み出てくる仕掛けになってるから。  
 もちろんさっさと気持ち良くなりたいんなら止めないけどさ」  
どうやら彼女が咥えている棒は、言葉を封じるだけが目的ではないらしい。  
俺の背後からキッカがそう説明すると、それを聞いた天使が表情を強張らせた。  
その間も俺は彼女の体を思うままに貪っていく。  
セラフィにもしたように、ただし今回は直に量感のある双丘に肉紐を巻き付け絞り上げた。  
螺旋状の紐の隙間からむっちりとはみ出した柔肉を、別の紐の先端で時に押し込み、時に口を開いて吸引し解していく。  
捕われの天使は棒を圧迫しないよう、必死に鼻から空気を抜くようにして自分の胸が蹂躙される屈辱に耐えているようだ。  
「はひぃっ!?」  
それでも立ち上がりつつあったその頂きを咥えこみ吸い上げてやると、さすがに反応を抑えきれなくなる。  
また口の端から薄緑のとろりとした粘液が溢れ出した。  
身を捩って逃げようとしても、その程度で伸縮自在の肉紐から逃げられるはずがない。  
バタバタ動く膝から先を絡め取り、その指の隙間まで丹念に丹念に舐めしゃぶっていく。  
太股や腹、腋の下なども余さず巻き付き、吸い付き、刺激していくと、何度も分泌された催淫液の効果もあってか少しずつ天使の様子が変わりつつあった。  
目が覚めるほど白く透き通っていた肌がほんのりと赤みを帯びてきている。  
それを否定するように、そして内から込み上げる何かに耐えるように目を固く閉じ、いやいやをするように首を振っていた。  
 
「ご、ご主人様……あの……」  
背後から聞こえるセラフィの遠慮がちな声。  
「なに、見てるだけで我慢できなくなっちゃったの?」  
からかうようなキッカの声音に、真っ赤になっているセラフィの顔は直接そちらを見ないでも容易に想像できた。  
俺と同様、彼女もさっきは中途半端なところで止められてしまったのだ。  
その直後に、目の前でこれだけの光景を見せ付けられてしまえば、我慢できなくなるのもしかたないことだろう。  
「なら、何をどうしてほしいのか、ちゃーんと言ってごらん? そしたら考えてあげる」  
「あ、あうぅぅ……。  
 ……ご、ご主人様の太い尻尾で……はしたないセラフィの……え、エッチなところを……つ、突いて、ほしいんですぅ……」  
ところどころでどもりながら、セラフィが卑猥なおねだりを口にしている。  
「はーい、よく言えました。  
 それじゃあ……」  
「ひゃああぁん!」  
魂が抜けてしまいそうなほどの歓喜の声が聞こえてくる。  
「はひぃ……いいぃ……いいですぅ、ご主人様ぁ!」  
続けてじゅぼじゅぼという水音が生まれ、それに合わせてセラフィが悶えているのが伝わってきた。  
そこにあるのは俺と、そして今目の前で逆さ吊りにされている天使の最終到達地点と言っていいものだ。  
勝ち気な瞳でこちらを睨み付けていた彼女が、俺が与える快楽に依存しきって縋り付いてくる姿を思い浮かべると自然と笑みが零れてしまう。  
笑みといっても、今の俺の体では肉筒の上部を不気味に蠢かすことぐらいしかできないのだが。  
――と、いかんいかん……。  
意識を背後に向けていたせいで、いつのまにか肉紐の動きが惰性に近いものになっていたことに気づく。  
緩くなった責めに天使が目を開け、またこちらを睨み付けていた。  
その瞳に宿る意思はまだ確かだ。  
――それならそろそろ。  
何本かの肉紐を縒り合わせ、擬似的に1本の極太の凶器へと変貌させる。  
それを目の前に突き付けると、さすがに彼女も顔を引き攣らせた。  
その反応に内心ほくそ笑みながら、喉、胸の谷間、へその上と、焦らすように、脅すようにことさらゆっくり彼女の身体の中心線を移動させていく。  
天使というのはそういうものなのか、セラフィと同様に彼女の下腹部にはわずかな茂みも存在していなかった。  
女性器自体はそれなりに成熟していることとのギャップが、妙に俺を興奮させる。  
割れ目の両側、ふっくらと盛り上がった土手に何本かの肉紐を吸い付かせ左右に引っぱると天使が全身を震わせた。  
蛍光灯の光の下、完全に曝け出されたサーモンピンクの肉色。  
今まであえて触れないようにしていたそこは、わずかに染み出した液体ですでに濡れ光っていた。  
 
極太の逸物で膣口を捏ねるようにマッサージする。  
その一方で女性器の一端、薄皮に包まれ隠れるように存在している突起にも1本の肉紐を向かわせた。  
敏感過ぎるそこは、口でやさしく含んだだけでも捕われの天使に無視できないだけの衝撃を与える。  
まして一切の容赦なく思いきり吸引してやったりすれば、意思の力だけで堪えることなんてできるはずがなかった。  
「はぅぅぅ!?」  
全身をがくがくと痙攣させ、口の端から唾液と催淫液が混ざり合ったものを滝のように溢れさせる少女。  
捕われてなお気丈にこちらを睨み付けていたその瞳からも、ついに大粒の涙が零れ落ちた。  
「ひあああああ!」  
追い討ちをかけるように、陰核への刺激で新たな蜜を吐き出した膣口に擬似性器を潜り込ませる。  
必死に閉じようとする肉壁を力任せに押し開き、蛇のようにその身をうねらせて中へ中へと入っていく。  
複数の肉紐で構成されたそれには、当然のことながら幾つも口が存在していた。  
身を進めながら、周囲にある細かな襞を啄ばみ、引っ張り、吸引する。  
ずるずると愛液を吸い取る下品な音が少女の秘所から絶え間なく生まれ、それでも飲み干しきれなかった分が結合部から溢れ出した。  
「ふむぅ!? んむ!? うんんっ!?」  
体奥を一掻きするごとに、少女の瞳が焦点を失っていく。  
そして――、  
「んんんぅぅぅぅぅ!」  
口枷のせいでくぐもった絶叫をあげながら、彼女は今夜最初の頂点へと昇り詰めた。  
いや、もしかするとこれは彼女にとって生涯最初の絶頂だったかもしれない。  
それを示すように、彼女の秘奥から掻き出される愛液には、かすかに赤の色彩が混ざり込んでいた。  
両手両足の拘束を引き千切るほどの勢いで全身を痙攣させ、なかば白目を剥くような状態で悦楽の波に翻弄される。  
その姿と、膣の収縮によりそれまで以上に強烈に締め付けられたことで、俺の中でも何かが爆発した。  
肉紐の中を熱い塊が通り抜けていく。  
「キシャアァァァッ!」  
全ての肉紐の先端、そこにある口から黄味がかった白濁液が噴き出していく。  
人間の体のときとは比べ物にならないほどの射精感。  
それが何十本も同時に、そして何十秒も持続する。  
頭が煮えたぎるような快楽からようやく覚めた時には、少女の体は全身生臭い汚濁液でコーティングされたような状態になっていた。  
その姿がまた俺の中の炎を燃え上がらせる。  
射精後の脱力感とは無縁のこの体なら、まだいくらでも続けられることを感じ取り、俺は喜びに身を震わせた。  
元の体に戻る朝までには、まだまだ十分な時間があるのだ――。  
 
「お……おねがい、もう……ゆるして……」  
猿轡を外した後の彼女の第一声に、俺は軽い失望を覚えていた。  
――まだ足りないんだ……。  
あれから俺の方も10回を優に越える、そして彼女の方はその数倍、下手をすると数十倍の絶頂を経験した。  
もうそろそろ自分から求めるようになったかとも思ったのだが、その読みはまだまだ甘かったらしい。  
ただ、失望を感じる一方で、それ以上に闘争心が燃え滾るのも感じていた。  
こちらはまだ全然疲れてはいない。  
まだ足りないというのなら、もっともっと責め続ければいいだけなのだ。  
「ひぐぅ……おねが……おねがい、すこし、ひあぅ……やす、ませてぇ……」  
膣への無慈悲で一方的な抽送を再開すると、彼女は息も絶え絶えに喘ぎと懇願を繰り返すことしかできなくなる。  
限界以上に感じやすくなった体は、すぐにまた少女を頂きへと押し上げていく。  
その、はずだった。  
「キシャッ!?」  
突然、彼女の体に絡み付かせていた無数の肉紐が、ほのかな光を放ち始め、驚いた俺は思わず動きを止めてしまう。  
徐々に強くなっていく光。  
と、何度目かの絶頂でセラフィが一際高く鳴いて失神した後、静かに俺達の様子を見守っていたキッカが久しぶりに声をかけてくる。  
その内容は、俺にとっては絶望的なものだった。  
「あー、お客様、そろそろタイムリミットみたいですねー」  
――そんな!? まだ終わっていないのに……。  
いつのまにか、窓からはカーテン越しに朝日が射し込む時間帯になっていた。  
その爽やかな朝の光に対抗するように、俺を包む光もさらに強さを増していく。  
「まぁ、これぐらい仕込んでおけば、後は自力でもなんとかなるんじゃないですか?」  
俺を迂回して逆さ吊りの天使に歩み寄ったキッカが気楽な調子で言う。  
「キシャー! キシャシャー!!」  
光がますます強くなっていく。  
もう目の前にいるキッカ達の姿すら見えないほどだ。  
――まだだ! まだ終わりじゃないんだ!  
心の中でそう叫んだのとほぼ同時、視界が完全な白一色に包まれた。  
 
「イッちゃいます……セラフィ、もうイッちゃいますぅ!」  
束ね合わせた俺の肉紐に胎内を掻き回されたセラフィが、全身を痙攣させて何十回目かの絶頂に打ち上げられる。  
全身に巻き付いた肉紐によって、まるで神に捧げられる生贄のように宙に掲げられた状態。  
股間から盛大に潮を吹き、しかもその後には少量ながら薄黄色の液体までもぽたぽたと滴らさせる。  
床には俺と彼女、2人分のありとあらゆる体液が水溜まりを作り、なんともいえない性臭を発散させていた。  
「も、もうだめですぅ……」  
誰に言うでもなくそう呟き、首を力なく垂れさせる。  
失禁と同じくいつものことなのだが、どうやら快感のあまり失神してしまったらしい。  
また少し刺激を与えてやれば目を覚まさせることもできるのだが、俺はとりあえず彼女の体を床に下ろし、全身に纏わりつく肉紐を引き上げさせることにした。  
体中を粘液でどろどろにしながらも、対照的にどこまでも安らいだ表情で静かに眠る天使の少女。  
とある廃ビルの一室で、俺達は数時間にも渡り本能の赴くまま交わっていた。  
あの日、部屋を満たした光が消えた後も、俺はこの怪物の姿のままで、元の姿に戻ることはなかった。  
指輪の効果が切れそうになった時、心の中で必死に抵抗したのが影響したらしいのだが詳しいところはもちろん俺にはわからない。  
これはキッカにとってすら意外だったらしく、唖然としてこちらを見つめる彼女の表情は今思うとなかなかに貴重なものだった。  
あの、俺が買うはずだった天使はもう別の人間に売られてしまい、ここにはいない。  
その事に別に思うところはなかった。  
キッカはセラフィのように特に気に入った場合は例外として、捕らえてきた天使のほとんどは快楽を覚え込ませた後、いかがわしいアイテムと一緒に売り払ってしまう。  
そして俺は今、その調教を手伝う助手としてキッカに雇われて――いや、飼われていた。  
人間だった頃への未練も特段ない。  
というより、いつの頃からか、この体になる前のことはおぼろげにしか思い出せなくなっていた。  
もしかすると人間だったというのは何かの思い違いなのかもしれないとさえ思ってしまう。  
もしくは今こうしていること自体が夢の中の出来事なのか。  
「たっだいまー!」  
そんな風に物思いに耽っていたちょうどその時、扉を開けてキッカが部屋に入ってくる。  
「あーもう、人がせっせと働いている時にあんた達はー」  
そして入ってくるなり眉を顰めて、俺達がやっていたことに対して文句を言ってきた。  
まあ気持ちはわからないでもないんだが、天使の調達はキッカにしかできないのだからこればっかりは仕方のないことだ。  
当然その辺はキッカだってわかっていて、すぐに表情を戻す。  
「まあいいけどね。  
 よっこらしょっと」  
あの日のように両肩に担いでいた荷物を置いて息をつくキッカ。  
双子なのだろうか、ぱっと見では区別がつかないほどうりふたつの少女達。  
この2人が今回の俺の担当らしい。  
「キシャー!」  
「はいはい、相変わらず返事はいいんだよね。  
 とりあえず3日ぐらいで仕上げといて」  
それだけ言い置いて部屋から出ていってしまう。  
別の部屋にいる天使達の様子でも見に行くんだろうか。  
まあ、どうでもいいことだ。  
俺は俺の仕事をするだけ。  
双子は調教の時の反応も似ているんだろうか。  
そんなことを考えながら、俺は任された仕事を果たすため、眠り続ける少女達目掛けて肉紐を伸ばしていった。  
 

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