純白の翼を夕日の色に染めながら、1人の天使が人間界の空を飛んでいた。
長い金髪は所々がほつれていて、その飛び方もふらふらと上下左右に揺れていて危なっかしいことこの上ない。
その顔にあるのは濃い疲労の色だ。
「あ〜、つっかれた〜」
そんなことを言いながら肩をぐるぐる回すその姿は、人間が想像する高貴な天使の姿というよりは退社直後の中年サラリーマンのようだった。
(でもまあ、今日のノルマ、カップル成立10組は余裕で達成したし、これを報告したら……)
不意にその表情がだらりと緩む。
だらしなく口を半開きにしたまま、その瞳が夢見るように虚空を彷徨ったかと思うと――、
「あぁ、天使長さま……」
熟しすぎてぐずぐずに蕩けてしまった果実のように甘ったるい呟きを漏らすのだった。
『やあ、ガブ子、今日もよく頑張ってくれましたね』
そもそもが美形揃いの天使の中でも、特に際立った美貌を持つと誰もが認める天使長が労いの言葉をかけてくれる。
それだけで、ガブ子は圧倒的な幸福感に包まれていた。
『そ、そんな、これくらい天使として……いえ……て、天使長さまの部下として当然ですぅ……』
現実にはその状況になれば緊張のあまり何も喋れなくなってしまうガブ子だったが、妄想の中でならそんな大胆なことも口にできてしまう。
『おやおや、これは嬉しいことを言ってくれますね。
私も貴女のような優秀な部下を持てて鼻が高いですよ』
『そ、そんな……』
喜びのあまり身をくねくねとよじらせるガブ子。
その彼女の耳元に、天使長が流れるような動作で唇を寄せてくる。
耳朶にかかるかすかな吐息。
ほのかに甘いかぐわしい香り。
『後で私の部屋に来なさい。
ご褒美をあげましょう』
『は、はいいいいぃぃぃぃ!』
耳元で囁かれ、ガブ子の中で何かがぷちんと弾け飛んだ。
(――はっ、殺気!)
ガブ子を現実に引き戻したのは、不意に感じたその気配だった。
「上!?」
これからというところで妄想を中断させられたことによる不機嫌さをとりあえず抑え込み、それまでの危なっかしい飛行が嘘のように回避行動に入る。
見上げる暇すら惜しみ、直感だけを頼りに右へと体を投げ出した。
直後、それまで彼女のいた空間を黒い何かが高速で突き抜けていく。
それは、まさに間一髪としか言いようのないタイミングだった。
「あ、悪魔!?」
その黒く細長い槍のような何かから放たれる禍々しい気配に、さすがにガブ子も表情を引き締める。
その彼女が見守る中、狙いを外した悪魔はそのまま十メートルほど行き過ぎてから停止すると、その形態を人型へと変化させた。
「ちぇっ、あとちょっとだったのになぁ……」
その身を包んでいた1対の黒い翼を大きく開き、力強く空気を打ち付けるばさりという音を夕暮れ時の空へと響かせた。
翼と同じ墨色の尻尾を波打たせながら、不機嫌そうに顔を歪める悪魔。
その姿にガブ子は一旦はきりりと引き締めた表情を弛めると――、
「……って、なんだ、子どもじゃない」
そう吐き捨てる。
ガブ子自身もまだ若く、人間で言えば十代半ばの外見をしているが、その悪魔はそれに輪をかけて幼い少女だった。
短い髪といい、全く起伏のない胸といい、一見すると少年と見紛うばかりの幼さだ。
「あ、あんた、いまベルのことバカにし――げげっ!?」
さっきのガブ子の言葉が聞こえたのだろう、憤りを露にするベルと名乗った悪魔の顔が言葉の途中で突然引きつる。
「な、なによ?」
汚いものでも見るような視線に耐え切れず、ガブ子が不機嫌そうに問いかける。
それに返ってきたのは、ガブ子の予想外の答えだった。
「は、はなぢでてるけど……だいじょぶ?」
「あれ、って――やばっ!?」
口元に手をやればそこにあるのはぬるりとした感触。
そして遅れたように生臭さと鉄臭さを併せ持った味が舌の上に広がっていった。
血が止まるまでの5分ほどのインターバル。
その後、再び天使と悪魔は空中で睨み合っていた。
「ど、どうやら掠っていたようね。
やるじゃない、あなた」
エロ妄想による鼻血と、敵の攻撃をかわし損ねたことによる負傷。
どちらがまだマシか頭の中で天秤にかけたガブ子は、とりあえず後者を選択した。
「ふ、ふん、あたりまえじゃない」
とはいえ、攻撃を仕掛けた本人としては当たってなかったことは誰よりも知っているのだろう、舌ったらずな声で応えながら薄い胸を張るベルの表情もどこかぎこちない。
「と、とにかく、ここであったがひゃくねんめ、こんどこそ――」
2人の間にきまずい空気が漂う中、仕切り直すようにそう宣言すると、ベルの翼が再びその矮躯を包み込んでいく。
またしても漆黒の槍と化したその姿を見て、しかしガブ子は不敵な笑みをその口元に浮かべた。
「ふふん、不意打ちでも当たらな――じゃなくって、えっと、直撃……そう、直撃させられなかったのに、正面からやって当たるわけがないじゃない」
「ば、バカにするなー! こんどのはひとあじちがうんだからー!」
翼に包まれているせいでくぐもって聞こえる甲高い声。
その内容にわずかに身を緊張させるガブ子の目の前で、ベルの体が激しい回転を開始した。
「なっ!?」
ガブ子の顔が驚愕に染まる。
そのベルの姿は、最早槍と呼ぶよりドリルと呼ぶべき状態だ。
見るだけで恐ろしいまでの破壊力を確信させるその凶器が、今度こそガブ子の体を打ち砕くために音もなく射出された。
「てか、それ命中率に関係ないし」
「し、しまったぁぁぁぁ!」
ひょいと横に動いたガブ子の横を、漆黒のドリルが高速で通過していく。
回転を加えたせいだろうか、ベルが停止するまでに今度は数十メートルが必要だった。
しかし回転による副作用は止まるまでの距離だけではない。
「ふわー、きもちわるいよー」
上下を入れ替え、今度は上空に位置取ったベルの黒目が、見ていて気持ち悪いほどの速さでぐるぐる回っていた。
「く、くそー……って」
と、瞳どころか頭ごとぐらぐら揺れるベルの顔が、またしても突然引きつった。
未だ定まらぬ視線の先で、弓矢を構えるガブ子の姿を発見したのだ。
しかも番えられているのは5本の矢。
「ちょ、ちょっとまっ――」
「やだ」
にっこりと、状況さえ無視すればまさに天使にふさわしい微笑を浮かべながら答えるガブ子。
「ベ、ベル、さっきはなぢとまるまでまっててあげたのに」
今にも泣き出しそうなベルの声。
それは普通の人間なら無条件に罪悪感に駆り立てられてしまう魔性の響きだ。
けれど天使であるガブ子にそんなものは通じない。
それどころか過去の汚点に触れられたことで眉がぴくんと跳ねたのが自分でもわかって、弦を引く右手に一層の力が込めただけだった。
「消えなさい、悪魔」
厳かに言い放ち、一度大きく息を吸うと――、
「ゴッドゴー○ン束ね撃ちだぁぁぁぁ!」
空を震わす叫びと共に、ガブ子は第一射を解き放つ。
「いやああああ!」
最早恥も外聞もなく悲鳴を上げながら懸命に回避運動をするベル。
束ね撃ちのせいで狙いが甘かったせいもあり、辛うじてその全てを避け切ることに成功した。
「ちっ、ちょこまかと」
ガブ子は据わった目付きで再び矢筒から5本の矢を引き抜くと第二射を放つ。
今度はその結果を確認することすらせず第3射。
続いて4射、5射と立て続けに射掛けていく。
「はははは、堕ちろ、この蝿がー!」
「は、ハエってゆーなー!」
天使の哄笑と悪魔の悲鳴は、天使の矢筒から全ての矢がなくなるまで響き続けたのだった。
「はぁっ……はぁっ……、や、やっとおわり……?」
肩を大きく上下させながら、何とか全てを避けきったベルが大きく安堵の息をつく。
「な、なら、こんどはこっちから――」
見下ろすベルの視線の先、矢を撃ち果たしたはずの天使の少女は、なぜか妙に落ち着いていた。
そのことに漠然とした不安を感じながら、それでも悪魔の少女は3度翼でその身を包もうとする。
「ちょっとタンマ」
「やだ。
もうまってなんてあげないんだから」
「ふぅん、ま、いいけど」
にぃっと笑いながら突撃準備を続けようとするベルと、彼女に向けて矢を番えないまま弦を引き絞るガブ子。
「なにやってんの? そんなことしたって」
それをただの脅しと判断したらしいベルの馬鹿にしたような声音を受け、ガブ子はにやりと悪魔のような笑みを浮かべた。
「そういうことは、まわり見てから言った方がいいんじゃない」
「……え?」
言われるままに横を見たベル。
その全身が一瞬で凍りつく。
目に映ったのは宙に浮いている無数の矢。
さきほど彼女が必死の思いで避けていた数え切れないほどの矢、その矢尻がまるで一つずつ丁寧に並べていったように等間隔に並んでいた。
ぎぎぎ……と音が聞こえそうなほどのぎこちなさでガブ子の方に向き直ったベルの瞳に大粒の涙が浮かぶ。
「あ、あの……」
「バイバイ」
その潤んだ視線の先、簡素な別れの言葉と共にガブ子が弦から指を離す。
ベルを中心にほぼ半球状、包み込むように発生した風切音の中、ガブ子は身を翻してその場を去ったのだった。
「うふふふ、褒められちゃった褒められちゃった〜」
スキップせんばかりの足取りで家路に着くガブ子。
その顔は幸せに緩みきっている。
与えられていたノルマ達成に加え、幼いとはいえ悪魔を1体退治した。
もちろん彼女が妄想していたような展開にはなるはずもなかったが、労いの言葉と共に頭に手を乗せられた、そのことだけでガブ子は心の底から幸せだったのだ。
「もー、一生頭洗わないんだー。
……あれ?」
と、これ以上ないほど浮かれきっていたガブ子だったが、自分の家が見えてきたところで不意に足を止めた。
1人で暮らしているため当然留守にしているはずの自宅の窓から、なぜか明かりが漏れている。
泥棒などというものが存在しない天界では、そもそも家に鍵をかけるという習慣がない。
だから留守中に誰かが尋ねてきて、中で待っていること自体は決しておかしいことではないのだが、ガブ子は妙な不安を覚えながら自分の家の扉の前に立った。
「誰か来てるのー?」
その不安を拭い去るようにことさらのんきな声をあげながら扉を開く。
その隙間から溢れ出してきたのは、仕事終わりの彼女のお腹を刺激する何ともいえないいい匂い。
そして――、
「あ、おかえりなさーい」
聞き覚えのある幼い声と、ぱたぱたぱたという軽い足音だった。
「な、ななな、何やってんのよ、あんた!? ていうか、死んだはずじゃ!?」
確かに結果を見るまでもなくガブ子はあの場を去った。
けれどそれは絶対に避けきることなどできないという確信があったからだ。
驚きのあまり硬直するガブ子に対し、なぜかエプロン姿のベルが満面の笑みを浮かべて飛び掛ってくる。
悪魔が接近してくることに本能的に矢筒に手を伸ばしたガブ子だったが、その手はむなしく空を切るだけだ。
(――しまった、さっき使い切ってて)
そうしている内にもベルの体は目の前まで迫ってきている。
来るべき衝撃に備えるように、ガブ子は全身を緊張させたのだが――、
「……へ?」
覚悟していたものと実際の衝撃のあまりのギャップに、思わず間抜けな声をあげてしまう。
それは体当たりなどというものではなく、ただ抱きついてきただけのような――。
「おねえさまおねえさま、わーいおねえさまだー」
ベルよりはまだマシといった程度の胸のふくらみに柔らかそうな頬を擦りつけてくるベル。
もう、何が何だかわからなかった。
ただ、とりあえずどういうわけか敵意のようなものだけは感じない。
「あんた、どうしてあたしの家知って……ていうか、そもそもどうやって天界に入ったのよ?」
子どもとはいえ悪魔が天界に侵入するなど前代未聞だ。
当然過ぎるそんなガブ子の疑問に当のベルは――、
「そんなのぜんぜんへいきだったよ。
だってベル、おねえさまのことあいしてるんだから!」
何でもないことのように滅茶苦茶な答えを返してくる。
「あ、あいぃ? って、あああああ!」
あまりにも悪魔らしくないその単語。
だが、その単語によってガブ子の中で何かが一つに繋がった。
(今日持ってった矢って、全部恋愛成就用の……)
射られると次に見た相手を無条件に好きになってしまう魔法の矢。
彼女がノルマ達成のために少々非合法な手段で作り上げた特別な矢だ。
周囲に他の誰もいなかったあの状況、射られたベルが最初に見たのは当然去っていくガブ子の背中だったのだろう。
子どもではあっても、ベルも1人の悪魔。
魔法に対しある程度は耐性があったかもしれないが、それでも百を優に超える本数をその身に受ければ話は別だったらしい。
「どしたの、おねえさま?」
いきなり大声をあげたガブ子を、抱きついたままのベルが不思議そうに見上げてくる。
(ど、どうしよ、これ……、ん、待てよ?)
困り果てていたガブ子の脳裏にある考えが閃いた。
(悪魔を手懐けるのって、退治するより凄いことなんじゃない?)
うまくやれば憧れの天使長からさらに褒めてもらえるかもしれない。
数多くいる部下の1人でしかない現状から脱却するための、これはまたとないチャンスなのかもしれない。
「おねえさま、ごはんできてるから、いっしょにたべよ」
これからの算段を脳内に繰り広げながら、ガブ子はベルに手を引かれるまま自分の家に入ったのだった。
(あいつ、結構使えるじゃない)
少し熱めの湯に浸かりながら、ガブ子はにんまりとした笑みを浮かべた。
(しばらくは家事やらせてるだけでも置いとく価値はあるかな)
1時間ほど前、家に入ったガブ子が見たのは綺麗に整頓された部屋と、テーブルの上に並ぶ見るからに美味しそうな料理の数々だった。
正直ベルの家事全般の腕前は、仕事にかまけていてその手のことをないがしろにしていたガブ子のそれをはるかに上回っていた。
悪魔、それも年下相手に劣っている部分があるというのはあまり好ましい認識ではなかったものの、家政婦代わりに使えるというのなら我慢できる程度のささいな問題だ。
しかも将来的には出世の足がかりにもなる。
いちいち纏わりついてくるのは鬱陶しいが、それもまあ我慢できないほどじゃない。
「問題は……手懐けた方法よね」
ノルマ達成のために認められていない魔法の矢を使っていたことまで発覚してしまうため、事実をありのまま報告するわけにはいかない。
「やっぱ根気よく愛を説いたってことにするしかないのかな」
ベルに口裏を合わせさせるのは難しくはないだろう。
「そうすると、どれくらいのタイミングで発表したらいいんだろ」
できる限り急ぎたいが、とは言っても早すぎては怪しまれる。
「とと、ちょっとのぼせたかな」
考え事をしていたせいか思いのほか長湯になっていたらしい。
いざ出ようと湯船の中で立ち上がった瞬間、軽い立ちくらみに襲われてガブ子は思わず湯船の縁に手をついてしまった。
全身が火照り、鼓動がひどく早くなっていて、まるで耳の後ろに心臓が移動してきたかのようだ。
「おねえさま、あらいっこし――ど、どしたの!?」
そこへタイミングよくと言うべきか入ってきたベルが、ガブ子の様子に駆け寄ってくる。
ガブ子の体を支えようと健気にもその手を伸ばしてくるベル。
「ひゃう!?」
その小さな手が触れた瞬間、ガブ子は経験したことのない感覚に身を貫かれていた変な声をあげてしまった。
まるでベルの手が触れた場所から電気が流れてきたような、けれど決して不快ではない不思議な感覚。
「おねえさま?」
心配そうに、不思議そうに見上げてくるベルの視線。
「な、何でもない」
何故か居心地が悪くなって、逃げるように目を逸らしてしまう。
心臓の動きはますます早くなり、今も触れ続けているベルの手からじわじわと何かが染み込んでくるような、そんな気が――。
「ぁあん!?」
またしても意思と無関係におかしな声を漏らしてしまう。
その原因はいつの間にか胸に移動していたベルの手だった。
ほのかな膨らみをマッサージするように、やわやわと微妙な力を加えてきたのだ。
短い指が蠢く度、さっきまで感じていた何かを何倍にも濃縮したような感覚が全身を駆け抜けていく。
「な、何やって、ふあ、んんぅ」
身を震わせたことで足が水面を揺らし、小さな水音を鳴らす。
下腹部に疼きのようなものを感じた瞬間、その内股を風呂の湯とは違う何か熱い液体が伝い落ちていく感覚があった。
「きもちいい、おねえさま?」
(き、きもち、いい……? これって……きもちいい、の?)
混乱するガブ子の頭の中で、ベルの言葉によって今感じている何かがそれに収束していく。
そう、それは紛れもない快感だった。
「さっきのごはんにね、おくすりいれたんだ」
ベルの助けを借りながら湯船から出たガブ子は、そこでもう立っていられなくなってへたり込んでしまった。
そんな彼女にベルは嬉しそうにそう告げる。
「く、くすり?」
まるで頭の中にまで湯気が入り込んで来たかのように白く霞む意識の中、オウムのようにその不穏な言葉を繰り返す。
「ほうとうは、にんげんにのませてエッチなことしかかんがえられなくするためのおくすりなの。
でもよかった、おねえさまにもちゃんときいて」
その言葉に、ガブ子の心の中にわずかに寒気が込み上げてくる。
この感覚に身を委ねるのことが、天使として許されないことだと悪魔の薬に蝕まれつつある理性が必死に警鐘を鳴らしたのだ。
「きゃ!?」
思わず突き飛ばすようにベルの体を押しのけていた。
それは普段のガブ子からは考えられないほど弱弱しい抵抗だったが、ベルの軽い体重に加え、ここが滑りやすい風呂場だったこともあって彼女に尻餅をつかせることに成功した。
「いたた……おねえさま、ひどい」
頬を膨らませて立ち上がるベル。
その腰の後ろで黒いものが動くのを見た直後、ガブ子は両腕に何か細いものが巻きついてくる感覚に襲われ目を白黒させた。
抵抗する間すらなく、ベルの尻尾によって腰の後ろで両腕を束ねるように縛り上げられてしまったガブ子はそのままうつぶせに押し倒されてしまう。
自分より年下の、しかも悪魔に組み伏せられている。
普段なら悔しくて仕方ないはずの状況なのに、何故か胸が締め付けられるような、天使長に褒められたときに感じるのにも似た気持ちが込み上げてきてガブ子の心をかき乱していく。
「ベルね、するのははじめてだけど、ちゃあんとおべんきょうしてるから、ぜったいおねえさまをきもちよくしてあげる」
嬉しそうに宣言するベル。
その頬は湯に浸かってもいないのに真っ赤に染まっていて、瞳もじんわりと潤んでいた。
さっきの食事で基本的に2人は同じものを食べている。
つまり、ベル自身も量の差はあれ薬を摂取しているのだろう。
うつぶせにされ、そこだけ掲げるように高く上げさせられた細い腰。
そこへベルが背後から顔を寄せてくる。
逃げるように、誘うように、左右に揺れるガブ子の双丘。
小さな手のひらで両側から挟まれると、それだけで腰全体が溶けてしまうような気すらしてしまう。
「おねえさまのここ、きれい」
うっとりした声音で恥ずかしい場所を寸評され、ガブ子の顔が羞恥に染まった。
意識しないようにしようとしても、荒くなった息を薬によって敏感になったそこに吹きかけられるだけで居ても立ってもいられなくなる。
わずかに開き始めた細い隙間。
そこから覗く桃色の媚肉。
「ひぃあ!?」
そこへ息とは違う、それよりもはるかに存在感のある何かが触れてきた瞬間、ガブ子は目の前が真っ白になったよう錯覚に襲われていた。
ぴちゃりぴちゃりとかすかな水音を立ててそこを這い回るのは、ベルの小さな舌だ。
ぬめりを纏った熱い軟体がそこを這い回る度、意思とは無関係に背筋がびくびくと震えてしまう。
「は、あ、それ、やめてぇ」
絶え間なく込み上げてくる背徳的な愉悦の前に、ガブ子は弱弱しく懇願する。
けれどベルはその言葉に耳を貸すことなく一心不乱に行為を続けた。
それどころか尖らせた舌先を大陰唇を隙間に割り込ませ、その存在を主張し始めている最も敏感な秘豆を暴き出そうとする。
「あ、――――」
瞬間、目の奥で火花が散るような錯覚。
床に押し付けられた体も、縛り上げられた両腕も、その全てが解放されたかのような飛翔感に貫かれる。
腰がぶるぶると震えたかと思うと、それまでにない勢いで秘唇から淫らな粘液が分泌されベルの口元を汚していく。
一滴も残さず飲み干そうと吸い付いてくるベルの柔らかな唇。
その感触だけを確かなものと感じながら、ガブ子は初めての絶頂に意識をさらわれそうになる。
「おねえさま、いっちゃった?」
(い、いく……?)
朦朧とする意識の中にベルの声が滑り込んでくる。
軽く意識を失っていた間に解放されていたらしく、両腕は自由になっていた。
けれどもう抵抗する気すら起きず、左右に力なく投げ出している。
腕だけではなく、もう全身どこも動かせないほどの脱力感に包まれていた。
その中で下腹部だけがじくじくと疼くように熱を持ち、その存在を主張している。
何かが足りない。
先ほど訪れた全てが満たされたような一瞬。
けれど波が引いてしまうとあれですら何かが足りなかったような、そんな気がした。
「おねえさま、すごくエッチなおかおしてる」
笑みを含んだベルの言葉。
「だいじょうぶだよ、ちゃんとさいごまでしてあげるから」
子どもをあやすような、優しげな声音。
その時、ガブ子の視界の隅を黒くて細長いものが横切っていった。
それが少し前まで両腕を拘束していた尻尾だと理解した瞬間、今度こそ、ガブ子の意識は他に比べるもののない本当の高みへと打ち上げられる。
「は、ああ、あああああ!」
ベルの小さな体に相応しい細長い尻尾。
けれど、初めて異物を受け入れるガブ子のそこにとって、それはあまりにも強烈過ぎる存在感を有していた。
閉ざされた肉洞を乱暴に割り広げられているのに、痛みのようなものはほとんど感じる暇がなかった。
唯一途中でかすかな痛みを感じもしたが、それも一瞬で大きすぎる快楽の奔流へと飲み込まれて消え去ってしまったのだ。
「おねえさま、ぎゅうぎゅうしめつけてくるよぉ」
幼貌に相応しくない恍惚とした表情を浮かべながら、ベルが尻尾を前後させる。
それに貫かれたガブ子は、数え切れない絶頂の果て、完全に意識を失うまで獣の吠声のような喘ぎを迸らせていたのだった。