時は16世紀、ドイツのハイデルベルク。夜もすっかり更けた頃、閉店ぎりぎりの賭場を人間が2人出てきた所だった。
「ファウスト先生、惜しい所でしたねぇ。あそこで7にもう一口賭けていれば莫大な掛け金が手に入ったものを。」
声を発したのは金の刺繍の施された赤い上衣に絹の外套といった貴公子のようななりの、中性的な顔立ちで艶な漆黒の髪、光を映さない黒い瞳が印象的な人間ー憶測に過ぎないがー少なくとも姿形はそれに見えた。
気品ある格好をして上手に隠してはいるが、それでも彼の周りだけまがまがしい空気が滲んでいる。
やたら優しげな、その癖深い所は氷のように凍てついているのだろうと思わせる冷たさを持つ声だった。
「そんな事言ってもどうせ手に入るのは金だろう、メフィスト。私は金には執着していない。」
言い返したのはファウストと呼ばれたもう一方の人間だった。やはり中性的な顔立ちをしていて細身の体躯にストレートの柔らかい金髪に金色の睫、純水のような青い目となかなか綺麗な容姿をしている。
ともすれば女にも間違えられそうな姿で、此方はまがまがしい気配など微塵も放っていない。むしろ汚れなどとは全く別次元にいるような、そんな崇高な雰囲気を醸していた。
「私は天の一番美しい星が取りたい。同時に地の一番深い楽しみを極めたい。金など今夜の宿代すらあれば十分だ。」
「それは確かに金では片付かない問題ですね。」
宿屋で部屋を借りる手続きをしながらメフィストと呼ばれた悪魔、メフィストフェレスは相槌を打った。本当にどうしたらこの先生は満足なのだろう、とそっと溜め息を吐いた。
先日私はファウストと契約を交わした。ファウストは人間なのに神に随分気に入られていてそれが生意気だと思った事が引き金だった。
先日天国に潜り込んで神と世間話した際、神はファウストがどんなに敬虔で努力を重ねている素晴らしい人間か語った。そんな人間なら堕落させてみたくなるに決まっている。
試しにファウストを堕落させてみて良いですか、と持ちかけてみたところ、神は二つ返事で許可したのだ。奴が堕ちる訳が無い、と。
ファウストは実際神に気に入られるだけあってその魂は汚れを知らずとても綺麗で真っ白な儘だった。
頭も良く、哲学も法学も医学も、果てには神学まで学び尽くしたのだがそれでもファウストの知的好奇心は満たされなかった。ファウストは兎に角快楽を求めていた。
私はそんな彼の魂をすぐにでも手に入れたくなって、即座に契約を持ちかけた。
現世では私が奴隷となり、あなたが満足するまで快楽を教えましょう。その代わり死後はあなたの魂を頂きます、あなたが私の奴隷となって下さい、と。
驚いた事にファウストは簡単に話に乗った。
少し考えればこれは彼に不利な契約だとわかりそうなものなのだが、限りある現世と違って死後は永遠なのだから。
「私はありとあらゆる学問を学んだ。しかしまだ知りたいのにわからない事、知らない事がある。私はそれを手中に納めたい。」
それが例え悪魔の領分でも、と彼は私を見据えて語ったのだ。えらく向学心の強い人間だと思う。どうせ世間を知らない学者なのだからすぐに満足するだろうとたかをくくっていたのだが、なかなか彼は手ごわかった。
何しろ俗な事に興味が無いからご馳走を並べても一口二口つつくだけ、美味い酒を並べても嗜む程度、並の女は相手にしない、賭けですら金に執着が無いからつまらないらしい。
じゃあ何がいいのかと問うと先程のように天の一番美しい星などと言い出す。
良くも悪くも常人離れした人間に手を出してしまったものだ。
「はい、ここです。」
取り留めない事を考えている内にあてがわれた部屋に着く。ドアを開けて主人を先に通した。
ベッドが2つ並んでいて、私は壁際に座った。いつも決まって彼は窓際を選ぶ。
そして寝る前に手を組んで神に祈り出す。馬鹿げているというか、悪魔の主人が天使の加護を乞う図などそうそう見れるものではない。
「お前はまだ寝ないのか。」
いつの間にか薄絹のくつろいだ服に着替えたファウストが言った。少し違和感を覚えたが答える。
「先生がお休みになるまでは寝る訳にはいきません。」
そうか、だが私の祈りは長いぞ、と言うと彼はベッドの上に跪き、申し訳程度に付いている天井近くの窓を向いて祈り始めた。
酔狂な奴だ。ぼんやりと彼の背中を見つめながら、手持ち無沙汰に先程感じた違和感の正体を探っていた。
「………!」
思い当たる事があり、ベッド上の彼に近づく。熱心に祈っているらしく、私の気配には微塵も気付いていない。
十分近づいた所から腕を伸ばして、抱きしめた。そこで初めて気づいたらしくファウストが一瞬ビクッとしたが、すぐ落ち着いた、しかし少し荒げた声を出した。
「お前、いくら悪魔と云えども主人の祈りを邪魔するとは何事か。大体私も譲歩して声には出さないようにして…。」
ファウストの声なんて聞こえなかった。ああ、やはり私の感じた違和感は間違いではなかった、とそればかりが思考を奪っていた。
私は彼を確かに抱きしめた。触った。主に胸を。…膨らんでいた。
薄い着物は体の線が出る。私が感じた違和感はファウストの胸の僅かな膨らみだった。
普通ならまず気が付かないだろうが数日寝食を共にし、彼自身も細身だったからその控え目な主張が目立ったのだろう。
「し、失敬!」
何が起こったかよくわかっていない彼をベッドに倒すと、服を剥ぎ取る。抵抗する腕を押さえ付けて露わになった彼の体は、人間として明らかに異常だった。
まず、体全体が細い。男としての筋肉もついていないし、女が持つ特有の丸みも帯びていない。
そして、やはり胸は僅かながら膨らんでいる。但し本当に僅かなもので、Aカップも無いのでは、といった容貌。下半身には男性器と女性器が同時に存在していた。
「これは…。」
まじまじと眺めていると物凄く怖い視線を感じて彼、いや彼女か?の顔を見た。殺してやろうか、とでも言いたげな目で睨んでいる。
「で、何の積もりだ?」
「まぁ落ち着いて下さい先生。」
私が彼の手を封じ、組み敷いてしまっている以上彼は動けない。殺される心配はない筈。
「…いきなり主人の祈りの最中に抱きついてきて挙げ句の果てに裸体を曝させるなど一体何の積もりなのかと聞いている!」
まあ、この状態で落ち着けなど土台無理な話だろう。
「先生、あなた一体男なんですか?女なんですか?」
「生涯男だと信じて生きてきた!何か異論が!?」
「はぁ…。まあ今の時代男の方が生きやすい時代ですしね…。」
体に視線を戻す。男なんだか女なんだか曖昧な存在。天使、という言葉が浮かんできて被りを振る。
こいつは人間だ、只の人間!同時にこんな体だから神から愛されていたのかと疑惑も湧く。こんな天使みたいな体だから。違う、天使じゃない、相手は人間だ。
しっかりしろ私、頭がふらふらする。私は一つ確信した。こんな体で、あんなに信心深い清い魂はこのままではよっぽどの事が無い限り確実に天国行きだということ。
以前からそんな事は決定事項なのだがその時の私にはそれが許し難い事のように思えた。悪魔と契約までしておいてぬけぬけと天国に上るなんてそんな理不尽な事があってたまるか!
もしかしたらそれは裏を返せば彼の魂を手に入れたい願望の強まりだったのかもしれないのだが、私はわざわざそんな考えの裏を覗こうとは思わなかった。ああ、それではどうするか。
彼を満足させる方法。天の一番美しい星を取ってくる、そんな無茶な…。
「…なぁ、いい加減にしてくれないか。」
別方面に飛び掛けていた思考を戻したのはファウストの声だった。少し、飽くまで少しだけ悲痛さを感じさせた。
「確かに私の体はおかしいだろう。一種の奇形だよ、でも仕方無いではないか、私のせいじゃない。だからそんな所ばかり見ていなくても良いだろう…!」
私の思考は浮遊していたのだが、はっと気付いて視線の先を辿ると彼の股間を凝視していた。本能的にそこに目がいってしまうのだ。
確かに奴隷の悪魔に無理矢理足を広げられて、露わなそこを見られるなど彼のプライドが許さないのだろう。しかし彼の男性器が立ち上がりかけているのに気付き、いい考えが浮かんだ。
ごくん、と喉が鳴る。彼の顔立ちは綺麗だし、体も認めたくはないが天使の様だ。
「先生、地の一番深い楽しみを教えましょうか。」
必死に押さえ付けられている手を解放させようと躍起になっていたファウストは楽しみ、の言葉に反応した。
「天の一番美しい星も事によったら見れるかもしれません。何しろ酷く高い所にいけますのでね。」
彼は半信半疑といった、しかし期待の混じった眼差しを向ける。
「そんな所に行けるとでも?」
「ええ、行けます。ですからどうか言う事を聞いて下さいね。」
「わかった、それならいい加減私の上からどけ。服を着るから。」
「いえ、それはなりません。」
「何?」
ぴたりと閉じている女性器をツゥッと撫でた。びくんとファウストの体が跳ねる。
「初めて、ですよね?」
何をされるか悟ったらしく、彼の青い目が見開かれた。脱がせた薄絹を裂いて細かくし、両腕をベッドの上部の鉄柵に縛り付ける。
こいつは俗な事に興味が無さそうな風だが逆に最も原始的な快楽を与えてやったらどうなる?自らそれを求めて堕ちたりしないだろうか?
薄絹の切れ端で男性器を縛り上げると、呻くように声を上げた。
「主人に何をする気だ。」
「あなたの求めている物を差し上げようかと。」
「私はこんな汚らわしいことは求めていない!」
その瞳の色は未だ強さを湛えている。
「さて、それはどうですかね。太古の昔から生きとし生けるものが味わってきた快楽ですよ?」
両の足首を掴み、大きく押し広げた。
「やめろっ!主人の命令が聞けないのか!?規約に反する!」
規約違反とは、と眉をしかめた。
「随分な言いようだ。あなたの望みは快楽を手に入れる事でしたね?私はあなたに快楽を与えようとしている。あなたが後込みしているだけだ。どこが規約違反なんです。」
「しかし…。」
ファウストはもう何も言い返せないようで、唇を噛み締める。女性器に顔を近づけた。
「ご心配なく。痛い事や怖い事は何もございません。あなたに与えたいのは快楽だけなので。」
舌を這わせるとファウストの体ががくがくと震えた。今まで全く刺激を受けた事が無いのだろうから、当然の反応だ。
押さえ付けて執拗に舌で舐め回すとそこが熱くなっていくのがわかった。とろりとした液体がにじみ出て来たのでそれも舌ですくい上げ、それを全面に塗布するように舌を動かす。
「気持ち良かったら声出していいんですよ、先生?」
「だ…誰が…そもそも良い訳ないだろう…。」
「へぇ…じゃあもっと気持ち良くしてあげなきゃ駄目ですね。」
女性器に指を1本挿入する。
「ひ…っ!」
悲痛な声が上がった。中は大分濡れているとはいえ酷く狭い。指1本でもきついぐらいだ、もっと解さなくてはだめだろう。
指を抜き差しする度に粘膜が絡みつき、ファウストの体は震えた。女性器を弄びつつ、今度は男性器を舐め上げる。
「…あっ!?」
新たな場所を攻められて声が裏がえった。先から根元まで丹念に丹念に舌で探っていくと、溜まらず汁が流れ出した。
「…やめろ…メフィスト、もういい…もうやめろ。」
顔を上げると未だ光を失わない瞳と目が合った。まだ悪魔に命令する気力があるのか、と少し驚く。
「もう嫌だ…神への祈りの最中だったのに。やめろ。」
隣りのベッドを顎で示した。そっちに行け、と言うことだろう。
「しかしですね、先生。」
女性器を弄るとびくりと顔が歪む。
「先生お口では嫌だのやめろだの言っておられますが…。」
指を離すと透明な糸が引く。
「体はそう言っているとは思えないのですよ。むしろ喜んでー」
「黙れ、違う!」
「何が違うのですか。」
すっと詰め寄った。改めて体をまじまじと見る。細い体、白い肌。犯されているせいだろう、胸がささやかながらぴんと張り、その中で二つの薄桃色の突起が自己を主張していた。
下半身は分泌液に濡れ、シーツに染みを作っている。
彼ーいやこうなったら彼女と呼んだ方が相応しいかもしれない、元々曖昧な性別だーは整った顔を少し赤く染めてはいるがまだ主人としての威厳を保とうと努力していた。
「何って…。」
「ではこれは何ですか。」
乳房に、そして勃っている薄桃色に触れる。
「ひ…。」
「何でここがこんなに固くなっているのですか。」
「そ、それは…。」
「気持ち良いからでしょう?」
「ち、ちが…。」
「違わない!」
ぎゅうっと突起を摘み上げた。
「うあ…っ…ああっ!」
油断していたところに突然与えられた刺激に思わず声が出る。
「ほら、そんなに嬉しそうな声を上げる。」
「あ…あぁ…。」
ぐりぐりと責めると青い綺麗な目がとろんとなった。口から唾液が糸を引き、そこではっと我に返って睨み付ける。少しずつ、少しずつ堕ちかけている。
胸の膨らみを揉みしだく。小さいけれどとても柔らかい。そのまま首筋を舐め上げると泣きそうな声を上げた。そうだ、その調子で理性を無くしてしまえ。
神を崇める信仰心など捨ててしまえ。汚れてしまえ!
「さて…と。」
存分に可愛がったところで下半身に手をやる。ああ、もうとろとろだ。十分濡れている、これなら私のものも入りそうだ。
「先生、やっぱり良かったんじゃないですか。」
透明な液を掬って見せ付けるとぼんやりとそれを見る。
「私にされてあなたが出したものです、ほら、こぉんなに。」
歌うように言うとファウストの青い目から涙が溢れた。
「あ…。」
口の中に指を突っ込んでみたが舌を動かさないので引き抜いた。自分からしゃぶる程我を忘れてはいないのだろう。私は自らの自身を露わにした。
既に勃っているそれを女性器にあてがう。雰囲気を察知したのかファウストが我に返って叫んだ。
「やめろメフィストフェレス、それだけは!」
ファウストは神を信仰している。悪魔と契約をするにはしたが、それでも悪魔を蔑み信仰を失わない自信があったのだろう。
しかも自分の性が男だと信じていたのだから、悪魔に貫かれ女にされる事は彼、もしくは彼女にとってどれだけ陵辱的な事なのかー。
「大丈夫、痛く無いですよ。」
そんな的外れな返答をしながら体重をかけた。ずずっ、と受け入れられていく。
「あっ…ああっ。」
ファウストが絶望の声を上げる。ゆっくりゆっくり私のものは飲み込まれていった。
愛液が潤滑油になった事もありファウストに痛みは無いようだったが、彼は痛みなんか比べ物にならない悲惨を味わっていた。
「…全部入りました。」
「か、神様…嘘…。そ…そんな…。」
軽くパニックを起こしているようだが、私は構わず動き出した。
「やっ…。」
ファウストも追いかけて腰を揺らす。本人は打ちひしがれているのだが、なかなかどうして本能という物は残酷だ。愛液が絡まり卑猥な水音を立てる。
「淫乱ですね、先生。初めてでこんなに出すなんて…。」
「い、嫌だ…。」
「この後に及んでまだ嫌などと?いやらしいのはあなたでしょう。勝手にこんなに白濁液垂らして、大して拒みもせず易々と悪魔を受け入れて…。」
本当は先に手を出したのは私なんだが、この言葉責めは効いたようで、更に滑りが良くなった。
「…今のでまた濡れましたね、マゾなんですか先生は。そういえば契約の時にも快楽と苦痛を欲するとか言ってましたっけ?」
「ちっ…違うっっ!」
頬を染めて泣きながら叫ぶ。こういう理性は壊せる時に一気に壊してしまうにかぎる。
「いきますよ…。」
「嫌だ…ぁっ!」
奥底まで腰を打ちつけると中がきゅうっと締まって、そこで私も精液を吐き出した。ファウストもいったらしく、腰を動かすのをやめた。しかし私はここで止める気は無かった。
悪魔の精液は媚薬効果も持ち合わせている。何しろ悪魔はこういう汚れた快楽の専門家なのだ。
そして勃ちっぱなしの彼の男性器は絹で縛られているせいで射精できていない。満足するから射精させてくれ、と彼に言わせた時ファウストの魂は永遠に私のものになる。
媚薬成分が吸収された頃、私はまた動き出した。これで終わりだとたかをくくっていたファウストは自分の体の中で再度動き出したおぞましいものに悲鳴を上げた。
しかし媚薬効果もあり、すぐにそれは喘ぎに変わっていく。
「先生、いきたいでしょう?」
私は事あるごとにそう尋ねた。頑なに拒否の姿勢を変えず私を罵倒する言葉を絶やさなかったファウストも、回を重ねるごとに喘ぐしかなくなっていく。
既に五、六回目かの行為に及んでいた。ファウストはぐったりして、手首の戒めを解いてももう抵抗しない。
感度もとても良くなっていて、首筋を撫で上げるだけで崩れ落ちる。もう女にしか見えなかった。
しかし射精できない男性器からはだらだらと先走りの汁ばかり流れ落ちている。今夜中に間違いなく堕とせる、と私は確信していた。
「先生、いけないでしょう?満足できないでしょう?」
「あ…ぅ、やぁ、っ。」
もう呂律も回っていないファウストを突き上げた。
「ほら!一言です、一言言って下さい、いったら満足する、と!」
「ん、ああっ!」
結合部からは彼女の愛液だか私の精液だかわからない液体がだらだら伝っている。
「あ…、神様…。」
「まだそんな事を!?」
私は思わず激昂して怒鳴ってしまった。大体神の名は悪魔の前ではタブーなのに。やおら立ち上がり山羊の右足を突き付けた。
ファウストは突如突きつけられた黒い毛のそれにぎょっとしたように私を見上げる。
「よく考えて下さいファウスト先生。私は悪魔です、あなたは私の虜なのですよ!どうせ最後は私の物になるんです、さっさと言って楽になったらどうですか!」
よっぽど蹄の蹴りをくれてやろうかと思ったけれど主人なのだから、と思い止まる。座り直すと脚を広げ、男性器を舐め上げた。
「あっ!?だっだめ、うぁ。」
そこは射精できないだけあって今のファウストの体の中で最も敏感な部分になっていた。そこを責めたら壊れてしまうかもしれないと遠慮していたのだが、この際細かい事は気にしない事にした。
予想通り、拷問にも等しい快楽がファウストに与えられる。
「あっ、だ、だめ、やっ!」
「…あなたの望んだ苦痛ある快楽じゃないんですかね。」
呟く私の声など聞いていない。
「ほら、一言言えば解放されますよ?」
下品な音を立てて汁を啜る。ファウストは目を瞑っていたが、必死に口を動かしていた。
「ん…神様…うっ、わ、私達を誘惑に陥らせず…。」
何を言っているのかと思えば主の祈りの最後の節を唱えている。ほぼ我を忘れている状態なのに、大したものだ。
「あ…悪からお救い下さい。」
無駄な事を。救われる訳など無いのに。お前は悪魔とつながった。鼻で笑うと続きに集中させようと言葉を紡ぐ。
「無駄な事やってないで、とっとと堕ちて下さいよ、先ー」
先生と言おうとして嫌な予感がしてファウストを抱き起こす。目を見開き、ちっと舌打ちした。
「有り得ねぇ…こいついってないのに失神しやがった…。」
失神したらもう約束の言葉を言わせるのは不可能だ、意識を失っているのだから。今日はお開きか、と絹の戒めを解くとどろりと精液が大量に溢れ出した。
とりあえず部屋に置いてある水桶で自分とファウストの体をざっと清めて、使い物になるとは思えない窓際のベッドを見やった。ファウストを自分のベッドに寝かせ、どうしようかと少し迷い壁に体を預けた。
翌朝、私が目を覚ますとファウストは既に起きていた。既に外出着を着て、床に跪き一心不乱に祈っていた。
金髪は陽光を反射し、伏せた金の睫も白い腕も整って全く汚れなく見えた。
「…先生。」
「おや起きたか。」
澄んだ青い目も強い光を保ったままで、主人としての威厳ある口調で言う。
「済まなかったね、昨夜はお前の寝台を使ってしまって。」「い、いえ。それより祈りを中断なさって宜しいので?」
「ああ、気にする事は無い。ちょうど今終わった。」
ファウストは支度を始める。…大抵の天使でも悪魔にあそこまでされたら怯えるようになり、神に祈りなど出来なくなるのだが。
「しかし朝にお祈りなど珍しいですね。何を祈っておられたので?」
「いや、昨夜悪い夢を見たもので。」
「…夢?」
「夢だ。」
それ以上の意見は許さない、とばかりにきっと睨む。
「…窓際のベッドが酷く乱れていますが。」
「夢、だ。」
反論は許されないらしい。
「はぁ。で、神は何と。」
「神の声は私には聞こえ無い。しかしどんな悪夢を見てもそれ以上の善行を天に積めば神は救って下さる。」
一体快楽と善行は両立するのだろうか。わからないが、昨夜の事を微塵も感じさせない気配から悟った。
神はファウストを許したのだ。昨日あれだけ汚したのに。何たる事だ、そんなに気に入られているのかこの人間は。
「支度は出来たかメフィスト。」
「とっくに。」
「では行こうか。」
「しばしお待ちを。」
「どうした?」
背を向けた儘のファウストを昨夜のように抱きしめた。
「なっ何っ!?」
明らかに取り乱した声を上げる。彼の手が凶器になりそうな花瓶を掴んだので即座に離れた。
「失敬。何もする気は御座いません。」
「そ、そうか、それなら行こう…。」
改めて私に背を向ける。私は指先に残った感触を確かめた。昨夜より胸の膨らみが少し大きくなっていたような…。
という事は調教次第で完全に女の体にする事も可能なのでは。口の端を歪ませて昨夜の言葉を復唱した。
あなたは私の虜なのですよ。崇高な快楽を与えるのは難しいが、汚れた快楽を教え込むのは大得意だ。
宿屋の外に出て、高い空を眺めながら呟いた。神様、この賭けあなたが勝つか私が勝つか見物ですね、と。