窓から差し込む朝日と、小鳥のさえずりの音に目を覚ます。  
「ふぁぁ……」  
時計を見ると、7時。休日だというのに、早く目が覚めてしまった。  
いつもならここで二度寝しているところだが、今日はちょっと事情が違う。  
せっかく手に入れた超能力……妹やクラスメイトだけに使うのは勿体無いと思っていたところだ。  
早起きは三文の得という諺のとおり、今日という一日を有意義に過ごすとするか。  
そうと決まれば話は早い。俺は早速一日の計画を立てることにした。  
 
まずは姿を消して女性専用車両に乗って原宿に出かけ、ランジェリーショップで午前中を過ごす。  
そして近くにある女子高に侵入し、休日に部活動している女子高生たちをたっぷりと堪能する。  
いい汗をかいた後は、近所にできた温泉リゾートの女湯で疲れを癒し、  
一日の締めとして夜の町に繰り出す。  
くくく、完璧な計画だ。我ながら自分の頭脳が恐ろしい。  
朝食を食べ終わったら早速出かけるとするか。  
 
俺はほくそえみながらリビングに足を踏み入れ――  
先に朝食を食べていた沙耶と目が合う。  
目をそらし、挨拶もせずに黙々と食事を続ける沙耶に、恐る恐る声をかける。  
「あー……おはよう」  
「…………」  
「えっと……休日なのに早いんだな」  
「…………」  
まずい。これは本気で怒っている。  
 
「あー、沙耶。昨日のこと気にしてるのか?」  
「……別に。ごちそうさま」  
おもむろに立ち上がって、リビングから出て行こうとする沙耶を呼び止める。  
「えっと、俺の分の朝食はある?」  
「知らない。」  
「確か昨日まで食卓の上にクロワッサンが2つ置いてあったと思うんだけど……」  
「起きるのが遅いから二つとも食べちゃった」  
「そ、そうか……」  
気まずい沈黙。  
やばい。今のうちに機嫌を直してやらないと危険だ。そう本能が告げる。  
考えるよりも早く、俺は沙耶の前で深々と土下座をしていた。  
「沙耶! 昨日は本当に悪かった! この通りだ!」  
「え? ちょ、ちょっとお兄ちゃん?」  
「お詫びに何でもいう事聞くから、どうか許してくれ!」  
「分かったから、土下座なんて止めてよ!」  
ちょっと慌てた様子を見せる沙耶。  
「だ、大体、元をたどれば私の方も悪くないとは一概に言えないわけだし……」  
昨日のことを思い返してか、目を伏せて口ごもる。  
「そうか……ありがとう」  
ほっと息をつく。とりあえずもう怒ってはいないようだ。  
「えっと……お兄ちゃん。本当に、何でもいう事聞いてくれるの?」  
「え? まあ、もちろん、俺にできる範囲ならだけど」  
「じゃあさ」  
そこまで言った後、沙耶は少し考え込む。  
「じゃあ、今日一日あたしと付き合ってくれる?」  
「……え?」  
 
完璧に練り上げた俺の休日の計画は、音を立てて崩れていった。  
 
 
「じゃあ、次はここ入ろう!」  
「あのー、沙耶さん? ひとつ提案があるんですが…そろそろ休憩しませんか?」  
前が見えないほど両手いっぱいに荷物を抱えた俺が懇願する。  
なんで妹が買った荷物を兄である俺が全部持たなきゃいけないんだ…  
「えー、もう少し位付き合ってもいいでしょ?」  
「いや…もうこれ以上荷物持てないんだけど」  
「もう…分かったよ、じゃあここで最後ね」  
仕方ないなといった感じでかぶりを振る沙耶。  
その足が向かっていた先は――水着売り場だった。  
 
「――って待て妹よ、こういう店は兄と入るものじゃないんじゃないか?」  
「い、いいでしょ別に!そろそろ暖かくなってきたから買っておきたいのよ!」  
今日一日は付き合うと約束した手前、無下に断るわけにもいかない。  
「はいはい、分かったよ…」  
俺はおとなしく沙耶について店に入った。  
 
こんなところ、クラスメイトには絶対に見られたくないな…などという兄の気も知らず、一足先に店に入っていた沙耶は楽しそうに水着を物色していた。  
「ねーお兄ちゃん、これ私に似合うかな?」  
嬉々として尋ねてくる沙耶の持っていたのは、大胆なセパレートのビキニ。  
やたら胸を強調したデザインでそもそも沙耶が着てもずり落ちるだけなのは目に見えているし、たとえ無理に着たとしてもまずあの幼児体型には似合わないと断言できる。  
「えーと…………。」  
だが、ちょっと待ってほしい。ここで「絶対に似合わん」などと返事をして妹の機嫌を損ねるのはデリカシーのない男がすることだ。  
ここは、一応褒めつつもそれとなく指摘してやるのが紳士というものだろう。  
「うんまあ、胸のサイズ以外は悪くないんじゃないかな? ただ沙耶の体型を考えると、あの辺にある水着のほうがずっと似合うと思うよ」  
そう言いながら、アニメキャラのプリントが入った女児向けの水着のコーナーを指差す。  
次の瞬間俺の目に映ったものは、眼前に迫った沙耶の拳だった。  
 
「…なんで殴られなきゃいけないんだ?」  
俺は痛む頬をさすりながらつぶやく。  
「お兄ちゃんのバカ!最低っ! 見てなさいよ、絶対に似合うって言わせてやるんだから!」  
妹はさっきの水着を手に持って試着室に入っていった。  
いや、無理だろ…と内心でつっこみつつ、しばらくしてから試着室の中を透視してみる。  
 
試着室の中では案の定、沙耶がパンツ1枚で悪戦苦闘している。  
懸命に胸を張ったり、両手で寄せたりしているようだが、どう考えても物理的に不可能だ。  
俺は小さくため息をつき、小声で試着室に呼びかける。  
「なぁ…気持ちは分かるけどあまり無理はしないほうが良いぞ?」  
「み、見てもいないくせに何を言ってるのよ! 胸が大きくて入らないから苦労してるだけよ!」  
いや、こっちが気を使って小声で話しているというのに大声で返事をするなよ。  
声を聞いた客が何人かくすくす笑ってるし。  
 
流石に着るのをあきらめたのか、沙耶は水着を試着室の床に置いた。  
「バレバレの嘘はいいから、少し落ち着け。別の水着持ってきてやろうか?」  
「う、嘘じゃないわよ! 私のナイスバディっぷり、見せてあげたいくらいよ!」  
むきになって、パンツ1枚の格好で腰に手を当て俺に向かって叫ぶ沙耶。  
やれやれ…今日一日馬車馬のように扱われて、そろそろストレスを発散したいと思っていたところだ。  
だったらお望み通り見せてもらうとするか。試着室のカーテンに意識を集中させ、指をぱちんと鳴らす。  
 
次の瞬間。  
沙耶の目の前で、自分の裸体を隠していたカーテンがするすると開いていく。  
「え…?」  
一瞬の出来事だった。完全にカーテンが開ききるまでの時間は1秒にも満たなかったが、  
沙耶にとってはスローモーションのように感じられただろう。  
結果、沙耶は店内の全員に自分の貧胸を見せ付けるように、試着室の真ん中で仁王立ちしていた。  
小さな胸の先端の突起から、お気に入りのうさぎのパンツまですべてを晒しながら。  
さっきの喧騒を聴いて試着室のほうを見ていた店員やお客さんたちが目を丸くする。  
救いといえば、ほとんどが女性だったことくらいだろうか。  
 
「ふーん…で、どのへんがナイスバディだって?」  
体を隠すのも忘れて凍り付いている沙耶をからかう。  
「い…い……」  
沙耶の体が見る間に赤く染まり、目の端に涙が浮かぶ。  
「いやああああああ!」  
沙耶の悲鳴は、3軒隣の店にまで響き渡った。  
 

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