「お兄ちゃん、朝だってば! 学校に遅刻するよ!」  
心地良いまどろみの中、ゆさゆさと体を揺さぶられる感覚。  
「うーん……あと10分……」  
「10分前も、20分前も同じこと聞いた! いいかげんにしないと私、先に出かけるからね!」  
「分かったよ、起きる、起きるってば……ん……」  
まったく、せっかく人がいい気分で惰眠を貪っているというのに邪魔しやがって……  
ええと、メガネメガネ……。うまく働かない頭で、右手を枕元にあるテーブルの方に伸ばす。  
ふに。伸ばした掌に、ふと暖かくてやわらかい感触が伝わる。  
「ふゃぁっ!?」  
「ん……?」  
俺、こんな所に何か置いたっけ……? ぼんやりと思い起こしながらその物体を撫で回してみる。  
真っ平らで、ごつごつとした感触。これは……  
「洗濯板……?」  
目をこすりながら起き上がった俺の目に留まったものは、目に涙を浮かべながら拳を俺めがけて振り下ろす沙耶の姿だった。  
 
「もう、お兄ちゃんのバカ! もう私出かけるからね! 遅刻して怒られても知らないんだからっ!」  
壮絶な勢いで壁にめり込んだ俺の耳に、沙耶が玄関を開けてどたばたと出て行く音が届く。  
「いたた……ったく、沙耶の奴、本気で殴りやがって……兄をなんだと思ってるんだ」  
心配してくれるのはありがたいが、俺にとって遅刻などありえない。  
そう、何を隠そうこの俺は超能力者なのだ。その気になれば、テレポーテーションで一瞬にして学校に移動することだっててきる。  
むしろそんなことよりも優先すべきは……  
「最近沙耶の奴、俺に対して暴力を振るいすぎじゃないか?」  
そう。  
もともと生意気な妹ではあったのだが、反抗期という奴なのか、最近になってとみに俺に対する暴力が激しくなってきた気がする。  
ここはひとつ兄として、妹がこれ以上人としての道を踏み外さないよう、しっかりと躾けてやるのが兄としての筋ではなかろうか? うん、そうに違いない。  
そうと決まれば善は急げ、俺は早速行動を開始した。  
 
まずは念視能力を使って沙耶の様子を探知してみる。  
沙耶の学校の方角と家を出た時刻からあたりをつけると、果たして簡単に見つかった。どうやら、クラスメイトの女子たちと一緒のようだ。  
「本当にもう、お兄ちゃんのバカ! しねばいいのに」  
「あはは、最近沙耶ってお兄さんの話ばっかりだねー」  
「だっ、だって本当にひどいんだもん! デリカシーはないしスケベだし節操なしだし……!」  
……ほう、俺が聞いていないと思って好き放題並べやがって。反省しているようなら勘弁してやってもいいと思っていたが、どうやらこの場でお仕置きしたほうがよさそうだな。  
念視であたりを観察すると、妹と同じ制服を着た男女がちらほら目に入る。時間帯を考えれば当然か。  
ちょうどいい。こいつらにはギャラリーになってもらうとするか……。  
沙耶は、自分の身に何が降りかかろうとしているのか気付くそぶりもみせずに、信号待ちの交差点で相変わらず友達に愚痴をこぼしている。  
俺はそんな沙耶の制服のスカートに意識を集中させる。ごく普通の、ホックとファスナーのついているタイプだ。  
(よし、まずは……)  
「だいたいお兄ちゃんってば、いつも私のこと子供みたいだって馬鹿にしてるんだよ? この間だって……」  
(外れろ)  
俺が軽く念じると、ぷちんと軽く音を立ててスカートのホックが外れ、すとん、とスカートが重力に引きずられて地面に落ちる。  
 
「……ふぇ……?」  
一瞬にして、沙耶はネコのプリントパンツを丸見えにしながら、クラスメイトたちの群れる交差点で立ち尽くしていた。  
もともと大声で愚痴をこぼしていたのが災いし、周囲の多くの生徒の目は沙耶に注がれていたため、沙耶のパンツは文字通り衆目の元にさらされる形となる。  
「き……きゃあああっ!?」  
慌てて悲鳴を上げ、鞄を地面に落として両手でスカートを掴んで引き上げた沙耶だったが時既に遅し、恐らくネコのパンツを穿いているという事実は周囲にいるほぼ全員に知れ渡ったことだろう。  
「あ、あぅぅ……なんで突然スカートが落っこちるのよ……」  
真っ赤になって涙目でつぶやく沙耶。だが、兄に陰口を叩いたことに対するお仕置きはこんなもんじゃ済まさないぞ?  
 
再び俺がスカートに意識を向けて念じると、今度は風も吹いていないのに勢い良く沙耶のスカートがめくれ上がる。  
当然、またもやパンツは周囲から丸見えの大サービス状態だ。誰もが目を丸くしてパンツに注目している。  
「や、やだ、今度は何っ!?」  
必死でスカートを抑えようとする沙耶だが、そうは問屋が卸さない。俺は沙耶の両手に意識を集中させ、「持ち上がれ」と念じる。  
「え、手が……きゃぁっ!?」  
本人の意思に反して両手が万歳するように持ち上がってしまい、スカートを抑えることは叶わない。  
そしてスカートは胴体に張り付くほど完全にめくれ上がり、もはやパンツを隠すという役割を完全に放棄していた。  
 
「や、やだ、見るなバカぁっ!」  
泣きそうな声で周囲の男子に向かって叫ぶが、当然見るなといわれて大人しく従う奴がいるはずも無い。  
沙耶の姿は完全に道行く生徒たちの注目の的となっていた。  
「ふぇーん、どうなってるのよー!」  
涙声で訴える沙耶だったが、事態はそれだけにとどまらなかった。  
ぱちん、という音と共に再びスカートのホックが外れ、まるで意思を持つかのように沙耶の体を滑って上空に飛び上がる。  
「やだぁっ、なんでスカートが……!?」  
飛んでいくスカートを必死で掴もうと、ようやく自由を取り戻した手を伸ばす沙耶だったが、無情にもスカートは沙耶の指を抜けて空高く舞い上がる。  
しばらく空中を漂っていたスカートがふぁさり、と落ちた場所は車の行き交う交差点の真ん中。  
当然、信号が青に変わるまで拾いに行くこともできず、沙耶はその間ずっと下半身パンツ1枚で立ち往生を余儀なくされていた。  
「あぅぅ……見るなって言ってるでしょ……」  
両手で前後からパンツを押さえるが、到底それで隠しきれるものでもない。  
ようやく信号が青に変わると沙耶は真っ先に駆け出し、スカートを拾うために手を伸ばすが、再びスカートは(俺のテレキネシスによって)沙耶の手から逃げるように空に浮き上がってしまう。  
 
「なっ……ちょ、待ってよー!」  
必死で手を伸ばす沙耶をあざ笑うかのように、スカートは手の届かないギリギリの距離を保ちながら沙耶から逃げ続ける。  
その向かっている方向は、沙耶の通う学校だ。当然、学校に近づくにつれ、沙耶の姿を目撃する生徒の数も多くなる。  
「うわーん、やだやだー! 待ってってばー!」  
沙耶は全速力で追いつこうとするが、まるで馬の鼻先に吊るされたニンジンのように、沙耶が追いかければ追いかけるほどスカートは逃げていく。  
空中を飛び回るスカートと、パンツ丸見えでそれを追い掛け回す沙耶という稀に見る光景に、あたりのギャラリーはあっけに取られていた。  
 
そうこうしているうちに、学校の目の前まで近づいてくる。そろそろこの追いかけっこも終わりにしてやるか……?  
そう考えながらなんとなく校庭のほうに目を移すと、教師陣と生徒たちが1箇所に固まって整列しているのが見える。どうやら今日は全校朝礼のようだ。  
……よし、折角だしこれを利用してやるか。  
俺はテレパシーを利用して沙耶の思考を一時的に軽く弄り、スカートを取り戻すことに全神経を集中させ、その他のことを考えられないようにした。  
これで沙耶は、スカートを取り戻すためならばどんな場所だろうと意に介さずに足を踏み入れることになる。  
そう、たとえそこが、全校生徒の集まっている校庭の真ん中であろうと、だ。  
 
「ううー……いい加減にしなさいよっ!」  
一体どれだけの時間この追いかけっこを続けただろうか。もはや十数回目に及ぶ、スカートに向かって掴みかかる挑戦も、当然のごとく徒労に終わる。  
だが、そんな中沙耶はあることに気付く。僅かずつだがスカートの動きが鈍り、自分との距離が縮まり始めているのだ。  
いける。恐らく次の挑戦で、確実にスカートを捉えることができる。  
「今度こそっ……!」  
沙耶は渾身の力で地面を蹴り、スカートに向かって腕を伸ばした。  
「届けーっ!」  
スカートが離れるより一瞬早く、しっかりと右手で裾を握りしめ、自分の方に引き寄せる。  
「や、やった……!」  
両手でスカートを抱えながら、満面の笑みを浮かべて顔を上げた沙耶の目に映った光景は、  
――目を丸くして自分のことを見詰めている、全校生徒の姿だった。  
 
「え……あ、嘘……」  
いつの間に自分は学校に足を踏み入れていたのか。  
何故、校庭に集まっている生徒たちの存在に気付かなかったのか。  
全校生徒のほぼ全員に自分の恥ずかしい姿を晒してしまったという事実を認識し、沙耶の目に涙が浮かんでいく。  
「……うわぁーん!」  
慌ててスカートを穿き直し、泣きながらあてもなく逃げていく沙耶。  
そんな沙耶に対して周りの生徒ができることは、呆然とその後ろ姿を見送ることだけだった。  
 

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