沸きあがる歓声────張り詰めた空気────  
 
 ハイランド魔法帝国、国立学園剣術大会決勝戦。  
 私───ベル・リスターは戦慄するほどの強敵と剣を交えていた。  
 
 向かい合うだけで、私の紅い髪の毛から汗が落ちるのが判る。それほどの圧力を  
目の前の少し年上の女性は持っているのだ。  
 
 両手剣に軽い革鎧を中心とした軽装、長い金髪を無造作に後ろに縛った怜悧な視線を持った美女…  
 噂だけは聞いていた。万能の天才───シルビア・フォン・シュタインベルグ侯爵。  
 
「はあっ!!!」  
「……………っ!!」  
 立会いで判っていたが、打ち合って確信した。  
 この人は天才だ…だけど、それだけじゃない。この強さは過酷な修練の果てに得たものだ。  
 
 最終的に、徒手格闘を使うことになるまでの激戦にもつれ込み…私は彼女の勝利への  
執念に押し切られて───負けた。  
 
「……………」(貴女いい腕を持っていた。)  
 彼女は試合が終わったあと握手を求め、怪我でぼろぼろの身体でいたずらっぽく  
笑い手話でそういった。  
 私は驚きながらも何とか返した。  
 
「……………」(貴女は私が出会った人の中で最強でした。)  
 これが生涯の親友、シルビアとの出会いだった。  
 
 
「私は貴女のお兄さんを調べていたの。それで貴女のことも知っていたのだけど…。  
 まさか、ここまで強いとは思わなかったわ。」  
「……………」(しかし、負けました。技術は五分だと思ったのですが)  
 私の兄、カイは優秀な魔道技術科の学生だ。侯爵ともなれば手持ちの研究所なども  
持っているはずなので納得し、疑問に思ったことを聞くことにした。  
 
「はっきり言うわね。でも、私もそう思った。実力が五分なら………」  
 彼女は暫く考え、こう続けた。  
 
「後は気合の差かもね。私は何より勝利を重んじているの。貴女は大事なものがあるかしら?」  
「……………」(あります。…今回負けたのも納得しました。侯爵様、感謝します。)  
 彼女は朗らかに笑っていった。  
 
「私のことはシルビアって呼んで。私も貴女をベルって呼ぶわ。」  
 私は頷き、この人を信用することにした。  
 貴族であり、様々なものに囚われているであろうこの人の笑みは…常に自由であろうとする  
兄の笑みに似ていたから。  
 
 
「ベル、おかえり。決勝は残念だったな。」  
 学園に通うために借りている狭い部屋に戻ると兄は私の好きなプリンを作ってくれて  
いたらしく、紅茶と一緒に持ってきてくれた。  
 
 私と兄は本当に血が繋がっているんだろうか───その疑問は常に私にとって大きな  
誘惑だった。髪の色が違うのだ…私は赤だがカイは茶色…両親が貴族の身勝手のせいで死んだため  
真相は誰にもわからない。  
 両親が死んだ後、私たちは貧しいながら支えあって───いや、話すことの出来ない私を  
兄が一方的に支えて生きてきた。苦労しているはずなのに兄は全然そんなそぶりを見せず、  
魔道技術科において優秀な成績を収めている。  
 そんな兄を私は妹ではなく─────女として愛してしまっていた。  
 
「プリンおいしいか?」  
「……………(こく)」  
 嬉しそうな兄に私は頷いた。兄は器用なので料理も上手い…戦時の料理なら私も出来るのだけど。  
 兄は私の表情から好みを全て把握している…らしい。  
 
「……………」(対戦相手がお兄様に興味があるらしい。)  
「おおっ!!!ついに俺にも春が〜〜あてっ!」  
「……………」(違う、魔法技師として)  
 手話でそういうと兄はわざとらしいくらいに大きく落胆し、  
 
「シルビア・フォン・シュタインベルグ侯爵か…美人なのに色気がねーこったなぁ。」  
「……………」(悪い人ではなさそうだった。手話できるみたいでびっくりした。)  
「ふーん。面白そうだな。だけど、俺は貴族あんま好きじゃないからなぁ。何考えて  
 いるのかさっぱりわからん。」  
「……………」(そう。)  
「俺は独立して、お金に困らない程度に稼いで…ベルがお嫁にいけるように出来ればそれでいい。」  
「……………」(好きな人なんていないから、結婚なんて出来ないよ。)  
 それは嘘だ…。目の前にいる人を好きになってしまった私は、兄の好意を踏みにじって  
いるのかもしれない…そんな罪悪感を感じていた。  
 
 
 私はそれからも何度もシルビアと顔をあわせた。兄と同じで籍は大学に置いてあるが、  
昔に一度卒業をしているらしい。  
 彼女にも色々な打算はあるだろうけど、それでも私はさばさばとした性格の彼女を  
気に入り、一緒に行動することが多く親密になっていった。  
 だけど、仲がよくなればなるほど彼女は私と距離を取ろうとした。身分違いだから  
───そういう理由ではないことは察したが理由はわからないでいた。  
 
「ベル………ごめん、あまり私に近づかないほうがいい…」  
 男性のように飾り気のないシンプルな服装に、それでも隠しきれない高貴な雰囲気を  
持った彼女は時々、そういって私を突き放した。  
 
 私は悩みながらも兄ならこういうときどうしただろう───そう考えると答えは簡単。  
 兄なら自分にどのような不利益があろうとも、友人と思った人とは付き合うだろう…と。  
 彼女は話せない私と対等に話してくれた数少ない人だ。理由はそれだけでいい。  
 
 そして、ある日の夕暮れ…  
「ベル……勘違いしないで。貴女のような平民が私のような貴族に馴れ馴れしく話しかけないで。」  
 彼女は嘘が下手だ───何故そこまでして、泣きそうな顔をして人を拒絶するのだろう。  
 シルビアは…誰でも受け入れられる…自然体が似合う性格のはずなのに…。  
 
 ─────殺気!  
 彼女が去っていった方角から、それは感じられた。  
 私は迷わずシルビアを追いかける。  
 
 そこには、剣を抜いたシルビアと……黒装束の男が二人……対峙していた。  
 
「ベルっ!あんたどうして………」  
「……………」(友達を助けるのに理由不要。)  
「あんた、馬鹿ね…」  
 私は黒装束の一人に剣を抜き、向き合う。力量はこちらが上。ただし、相手の手の内  
がわからないので油断は出来ない…。  
 
「見られたからには…お前も死ね。」  
「……………」  
 相手の手が動き、光る刃が迫る。同時に剣を抜き切りかかってきた。投擲された  
ナイフをかわし、相手の斬撃を紙一重で交わして同時に上段から斜めに相手を  
容赦なく切り落とした。目の前の黒装束が血と臓物を撒き散らして倒れる。  
 
 一人を片付けた私はもう一人に向き直る。そして見たのは、足をやられながらなんとか  
凌いでいるシルビアの姿だった。私を確認するともう一人の男は、シルビアへの攻めの手を止め、  
私のほうへ向いた。  
 
「おー嬢ちゃん…やるねえ。あいつを躊躇無く短時間で殺るなんて。侯爵様はてんでなってないぜ。  
 殺気もねえし、ま、所詮人を斬った事の無いぼんぼんの剣術だ。」  
「……………」(シルビア、私に任せて。)  
「無視は酷いだろ。赤髪のお嬢ちゃん。」  
 私は目の前の恐らく自分以上の技量を持つであろう強敵に剣を向けた。  
 
「……………」  
「俺の目的は、そこの侯爵様だ。お前さんじゃない。見逃せば命は助けるぜ?」  
 自分の持てる最大の速度で接近し、もう一人の黒装束に切りかかる。  
 
「ちっ、仕方が無いか。契約外の仕事だな…」  
 それも難なくかわし、反りのある片手剣で相手は切りかかる。  
 近い間合いは不利……  
 そう判断した私は一度距離を取った。だが、相手はそれを許さず防戦一方になる。  
 そして相手は迷いのある私の苦し紛れの上段の斬りを見逃さなかった…。  
 
「まだまだ甘いな、お嬢さん…十年ほど修練が足りん。」  
 相手の黒装束は先ほどまで何も手にしていなかったもう片方の手に剣を持ち、私の剣の根元の  
部分で交差させて剣を受け、私の持ち手を蹴り上げた。静かな夜の学園の中庭に、  
剣の落ちる重い音が響く。  
 諦めの気持ちが私に広がっていく…。  
 
「ベルっ!私を置いて早く逃げなさいっ!!」  
 それを押しとめたのはシルビアの必死な声だった。かつて、彼女は私に勝ったとき言った。  
 大事なものがあれば人は強くなれる…。シルビアは勝利だった。私は?  
 黒装束の追撃をかろうじでかわしながら、私は思う。私が強くなろうと思ったのは…  
 護るため。大好きで愛している兄を……友人を……護るための力を身につけるため。  
 ならば…迷うことはない。私は兄が使うことを禁じた木刀を握った。  
 
「お嬢さん、いい加減諦めて死んでくれないか?時間が無いんだ。」  
「……………」(死ぬのは貴方。)  
 心で念じ、口を動かす。声はでないけど、ルーンは声を必要とはしない…。  
 
<開放せよ!!>  
 
クス………意識が………飲まれ………堪える………全てではなく……クス………  
意識を制御し……クスクス……人を護るだけの……力を……。  
 
「な、なんだこの不気味な声は……くっ死ね!!」  
 先ほどまで圧倒的な速さを誇っていた黒装束の剣がスローに見える。相手から焦りを  
感じ、余裕が消える。私の攻撃もかわされ、そこにあった木が代わりに真っ二つになった。  
 
「ば、化け物……」  
「……クス…クス…フフフ……」  
 人を殺すことに抵抗はない。狂っているのかもしれない…だが、大事な人を護るために、  
その人にたとえ嫌われようとも…私は躊躇はしない。  
 
 次の私の攻撃は、木刀で目の前の黒装束を受けようとした剣ごと二つに断ち割った。  
 
「ベル…貴女……」  
 私は全身の力を使い果たして倒れていた。兄が使うなといった理由…それは危険だからだ。  
 脳は安全な範囲でしか、筋力を使わせない…それを外すこの剣は身体に大きな負担をかけるのだ。  
 そして……過ぎた力は回りに恐怖をもたらす。  
 
静かに時が過ぎる…。  
 
「貴女本当に────馬鹿ね。」  
 シルビアは魔法で自分の傷を治療しながら、私を思いっきり抱きしめた。強いはずの  
彼女は泣いていた…。  
 
「……………」(貴女ほどではありません。シルビア。)  
 私は努力して、普段から無表情といわれている顔になんとか笑顔を浮かべた……  
浮かべれたと思う。  
 
「私の近くにいればこんなことが日常茶飯事になるわ。だから、離れたほうがいい。」  
 ほんとに、この侯爵様はどこまで馬鹿なんだろう…。  
 
「……………」(私は友人は絶対に護ります。そしてそのことで後悔はしません。)  
 シルビアが勝利に執着するように────私は人を護るとき、強くなれるのだと思う。  
 彼女は──吹っ切ったように微笑んだ。  
 
「判ったわ。改めてよろしく……私の友人、ベル・リスター。しかし、どうやったら貴女みたいに  
損な馬鹿になれるのかしらね。」  
「……………」(きっと私の兄のせいです。それより立てないので起こしてください。)  
「貴女のお兄さんにはますます興味が沸くわね。」  
 そういって微笑み、彼女は二度目の握手───私を起こすために私の手を取った。  
 
 
 そして、時が流れ────とある宿屋にて。  
 
「ごめんね、ベル。また無理させてしまって…。」  
「……………」(気にすること無い。シルビア。)  
 私は現在、住処になっている宿の兄の共通の部屋で寝込んでいた。シルビアの護衛…  
明らかな敵、公爵主催のパーティの帰りでの刺客との戦闘はまさに死闘だった。他の  
護衛の殆どが死に絶え、私は切り札を使ったのだ。お陰で護りきれたが…。  
 
「……………」(貴女も貴女の子供も死なせはしない。)  
「ありがとう…。貴女には苦労かけるわね。」  
「……………」(苦労じゃない。やりたくてやってるから。)  
 シルビアはタオルを濡らして、私の身体を拭いてくれた。傷を癒しながら、丁寧に  
拭いていく。傷だらけの私の身体を労わるように。  
 
「ベルの体は綺麗よね…。カイには勿体無いから私にくれない?」  
「……………」(それだけはお断り。)  
 少し笑えた。彼女は本気で私の身体を綺麗だという…兄もそうだけど…。  
 
「まあ、あいつ浮気してるみたいだから代わりに殴っておいてあげるわ。」  
「……………」(お願い。)  
「カイも何か考えているみたいだけどね。ベルに余り無茶させたくないみたいだから…  
 マオとかを利用しようと考えているみたい。まあ、気に入ってるのは本当だと思うけど。」  
 兄は…私を大事にしてくれる。だけど、シルビアの考えているような利用とは少し違う  
と私は思う。彼女たちも友人として付き合っていこうと考えているのだろう。  
 それくらいは理解できる。  
 
 だけど…兄に愛されたあのときから私は少し独占欲が強くなってしまった。どんな理由だろうと  
他の女を抱くことを簡単に許すことは出来ない。  
 
 シルビアに身体を拭いてもらいながら……身体が癒えたらあの浮気性の兄を  
お仕置きしようと私は心に決めた。  
 
 

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