空は青く雲ひとつ無い───快晴のある日、俺はベルとマオを引き連れて、街の大通り  
を歩いていた。辺りからは商店や露店の客引きの声が響き、大勢の人が集まって街は  
活気に満ちている。  
 俺達は今日、近くに迫ったシルビアの誕生日のプレゼントを探すために表通りに出ていた。  
 くじで負けたユウはシルビアの護衛として城に詰めている。  
 
「なぁカイ。わらわはその誕生日とやらをよく知らんのだが…。何で祝うんだ?」  
 道行く人を例外なく振りかえらせる、薄水色のゴスロリ服を着た黒髪の美少女は不思議そうに  
俺に質問してきた。  
 
「……………」(生まれてきたことに感謝するため)  
 俺が答える前に赤い髪にしなやかな身体を持つ、軽装の少女、妹のベルが無表情で考えたことが  
文字になる板をマオに見せた。  
 
「わらわは……うわあっ!」  
 マオは暗い表情に一瞬なったが、俺はヘッドロックして髪の毛をぐしゃぐしゃかき回して  
最後まで言わせない。言いたいことはわかっていたが…彼女は魔王だから誕生した日は…。  
 俺は努めて笑顔で言った。  
 
「マオの誕生日は俺と出会った日だ。来年盛大に祝ってやるから覚悟しておけ。」  
「あ、こらっ!やめろっ…カイ!ぷっ、こしょばい!!……あっ!あれはなんだっ……おおっ!」  
 明るい顔に戻り大道芸や音楽…手品…それまで見たことのなかったものに年相応の  
表情で喜ぶマオを俺とベルは微笑ましく眺めていた。  
 
 
 シルビアに渡すプレゼントを購入し、三人で昼食を取ってゆっくり街を見物しながら  
歩いていた俺たちだったが、はしゃいでいたマオが急に真剣な顔をして立ち止まった。  
 
「魔力の収縮───遠い…」  
「どうした。マオ?」  
「カイ、狙撃だ。一番高い建物…遠距離からの氷の儀式魔術、相当準備されたものだ。」  
「狙いは俺たちか?」  
 マオは少し考え、首を横に振ってこちらへと走ってくる馬車を指差した。豪華なその  
馬車は飛び出た人を轢きかけて止まっている。  
 
「防ぐか。結界を張る、マオ…サポートを頼む。」  
「安心しろ。わらわが絶対護ってやる。」  
「……………」(二人とも気をつけて。)  
 喧騒の中俺達は馬車に向かって走り、射線に立つ。そして、防御のためのルーンを編んでいく。  
馬車に乗っていた銀髪のおそらく貴族の女性は不思議そうにそんな俺とマオを見ていた。  
 
<我、氷を禁じ蒸気と為す!>  
 
 対氷の術を完成させ、ルーンにマオが魔力を上乗せさせる。完成と同時に氷の槍は  
結界に激突した。  
 
ずだんっ!!!  
 
 激しい音と共に発生した衝撃を防ぎきれず、俺は馬車に叩きつけられたが相手の魔法も  
なんとか完全に消滅し、安堵の息を吐いた。  
 
「相手は逃げたな……相変わらずいい腕じゃ。さすがだ、カイ。」  
 勝気そうな目に安堵の表情を浮かべ、マオは駆け寄ってきた。  
 
「……………」(あの貴族を狙ったようですね。)  
 ベルの視線の先には、流れるような銀色の髪に金色の瞳、おっとりとした優しそうな  
雰囲気を持つ…ベルと同年代の女性がいた。彼女を助けた俺たちを、護衛らしい男たちが  
取り囲んだ。剣を抜こうとするベルや、怒って噛み付こうとするマオを俺は押しとどめる。  
 
「貴様ら、何者だ!!」  
「お前らの恩人だ。主人が死んだら護衛は首だろうからな。それに命の恩人を暴力で  
問いただそうとするのが貴族の礼儀か?」  
「おやめなさい。」  
 銀色の女性が静かだがよく通る声で自らの護衛たちを下がらせ、美しい柔らかな微笑を浮かべて  
頭を下げた。見ているだけで温かくなる…そんな笑顔だった。  
 
「失礼いたしました。助けていただきありがとうございます。」  
「別にたいした労じゃないから礼はいい。ここへは侯爵の?」  
「よくご存知ですね。それほどの魔法の腕でしたら…ひょっとして貴方も参加されるのですか?」  
「ああ、俺達は個人的な友人なんだ。」  
 美しい銀色の髪の女性は金の瞳を輝かせ、軽く手を叩き嬉しそうに喜んだ。  
 俺の後ろでは何故かベルとマオが俺の太ももをひねりあげている。正直痛い。  
 
「では、また後でお会いできますねっ!お礼もしたいのでお名前をお聞かせ願えませんか?」  
「カイ・リスターだ。」  
 聴きたくない言葉…というものが世にはある。俺たち三人にとって、その名前は……  
彼女の無垢な笑顔とは裏腹にこの世でもっとも忌わしいものに違いが無かった。  
 
「私は…セシリア・フォン・ヴァストルです。」  
 ヴァストル───それは、俺たち兄妹を地獄に叩き落とし、マオを狂った実験で生み出した  
公爵の姓だった。  
 
「すまない、俺達は急ぐのでこれで。」  
「え、え?……はい、また後ほどゆっくりとお話しましょう。」  
 困惑するベルとマオの手を引き、俺達は歩き出した。いつまでも話していては自分が殺意を  
抱いてしまわないか、助けたことを後悔しないか……自信がなかったから。  
 
 
 シルビアの誕生パーティには多数の貴族や名士が集まり、皇帝も短時間ながら彼女の  
ために足を運ぶという。こうして考えるとやはり、シルビアは大貴族だということを  
改めて実感する……態度を変える気はさらさらないが。  
 
 俺とベルは動きやすい男性用の執事服を着て護衛に当たることにし、女官に大人気の  
ユウとマオは騒ぎ立てる女官たちに辟易しながら、ユウは白のドレス、マオは黒いドレスを  
着せられて軽く化粧されていた。その二人の美少女の姿は正反対の印象ながら妖精のように  
愛らしく、パーティの参加者に可愛がられていた。  
 主催のシルビアもいつものお馬鹿な縦ロールではなく、ストレートの金髪を丁寧に透いて  
流し、鋭い美貌が美しいドレスと相まって自然に客たちの視線を集めている。  
 
 歓談するシルビアの近くにベルと張っていると、見覚えのある銀色の髪の女性が彼女に  
近づき、儀礼的な挨拶を交わしていた。  
 
「ご無沙汰しております…シュタインベルグ侯爵。心よりお祝い申し上げます。」  
「これはヴァストル公爵のご令嬢。ご足労頂ありがとうございます。本日は楽しんでください。」  
 挨拶が終わると女性はこちらを向いた。違和感───確かに、昼に会った女性に見えるが…。  
 
「お初にお目にかかります。カイ・リスター様ですね。一流の魔法技師としてのご高名は  
 伺っております。」  
 その挨拶で俺は決定的に判った。確かに、彼女は瓜二つといっていいほど昼の女性に  
似ていた。瞳の色も同じ、だが………明らかに眼が違った。そう、いくつもの修羅場を  
超えた強い眼。昼の女性は普通の人だった。彼女なら一度会ったことでもあるし、何も  
考えずにこれほど回りくどい挨拶はしないだろう。  
 
「カイ・リスターです。美しいご令嬢に名前を覚えていただいていたとは光栄です。」  
 俺は古い騎士がするように手を取ってその甲にキスをした。彼女が去ったのを確認し、  
シルビアを呼び止め、注意を促す。  
 
「シルビア……公爵の令嬢は偽者だ。そっくりだが、違う。」  
「……その理由は?」  
「成り行きで昼に暗殺者から助けた。そのときに顔を見ている。本物はおそらく  
 世間知らずっぽいお姫様だ。」  
 ふむ…と、シルビアは考え込む。思考と計算が凄い速度で行われているんだろう。  
 
「可能性としては影武者を出して私の令嬢暗殺を警戒しているか、誰かの暗殺か…」  
「本人が城下まで来てるのに、わざわざ影武者を連れてくる意味があるか?」  
「ない…とも言い切れない。パーティが終わったあと本物をそのまま隠して、私に  
 誘拐の罪を押し付けるとか…。暗殺とすれば、狙いは私か陛下。他の人たちも警戒を  
 お願いしたいわね。」  
「令嬢が暗殺したらまずくないか?」  
「多分、私が公爵を落としいれようとしたーとか言うんでしょうね。杜撰というか、  
 手段を選ばなくなってる…昔と違って、勢力がほぼ五分まで迫っているから。まぁ、  
 どんな手を使ってきても今回は大丈夫と思うけど。」  
「わかった、俺たちで警戒しとく。暗殺だった場合、止めるとして本物は?」  
「出来れば確保して欲しい。上手くいけば侯爵家の対処能力を見せて、さらに、公爵に  
 形式的にでも多くの貴族の前で恩を売ることが出来るから。」  
「じゃ、尋問用のアレ準備しててくれ。後、部下も二十人ほど。」  
「了解。……ま、ほどほどにね。」  
「そうするよ。ハッピーバースデイ、シルビア。」  
 ベルやマオ、ユウに同じことを説明し再び警戒に当たった。マオやユウは盛大な料理に  
齧り付くように若さから来る食欲を満たしていた…俺はちょっとだけ心配になった。  
 
 
 四十台の壮年の男…背の高く威厳と風格を持つ男…平民の俺が皇帝を拝むことに  
なるとはね…。俺は皇帝を暗殺しようとした偽の公爵令嬢を取り押さえながらそんな  
場違いなことを考えていた。  
 
「私の手の者が公爵のご令嬢が偽者であることは見抜いておりました。確証が無いのと、  
 目的がわからず泳がせていたのですが、まさか陛下に身を危険に晒させるとは…無能な身で  
 ございますが、謀られた汚名と屈辱を晴らすためにもせめてこの件の解決はお任せください。」  
 シルビアが的確に指示を与えていく。予め、外には誰も出さないよう命じており、  
他の協力者を逃がさないように護衛などは全て捕らえた。俺はロープで相手の腕を後ろ手に縛り上げ、  
防音の聞く、尋問用の部屋へと連行した。  
 
 
「さて、あんたには洗いざらい話してもらわないといけないんだが…。」  
 目の前の公爵の令嬢にそっくりな女性は、女官たちに手持ちの武器を全て没収されて  
こちらから渡されたシャツと下着だけの姿にされていた。彼女は、憎憎しげに俺を  
睨みつける。そこには、本物に感じた温かさなどはかけらも無く、辛い生き方を  
歩んだものだけが持つ恨みだけがあり、整った顔立ちをしているだけに余計に凄惨さを  
醸し出していた。俺はそれを音を記録するアイテムを手で弄び覚めた目で見ていた。  
 
「出来れば素直に話してもらいたい。」  
「話すと思っているの?」  
「俺の名前を知っていたな。俺の噂は聞いてるか?俺は敵には容赦はしない。」  
「………」  
「第一シルビアに喧嘩を売る馬鹿はあいつくらいしかいないからな。」  
「拷問しても無駄よ。子供の頃から暴力も性的なものでも全て耐える訓練を受けている。」  
「さて、それは好都合。簡単に気絶してもらっては困るからな。」  
 
<汝は我の奴隷なり>  
 
 白いシャツにルーンが浮かび上がり、強い魔力が暗殺者の女性を覆っていく。焦ったのか  
女性は舌を噛み切ろうとしたが、  
 
「自殺するな!」  
 俺の命令に逆らえず、その動きを止めた。  
 
「おまえ……何をした……」  
 暗殺者は相手の言葉に従ってしまった自分の身体の変化に困惑しながら、少し顔を紅潮させ  
俺をにらみつけた。  
 
「俺は一流の魔法技師らしいな。それは俺の傑作だ…。催淫魔法もかかっているから  
 身体が熱いだろう。それを着たものは命令に逆らえなくなる。逆らおうとすれば…  
 まあ、それはお楽しみか。時間が惜しいから出来れば素直に吐いて欲しいんだが。」  
 返事は簡潔だった。  
 
「下種が…。誰が話すものか。」  
「お前の目的、雇い主、本物の居場所…全て話せ。嘘はつくな。」  
「………ぐっ………」  
 全身から汗を流し、顔を快楽からくる苦痛に歪めながら俺からの命令を銀色の髪の  
暗殺者は耐え切った。それだけで、身体全体で息をつき股間からは蜜が溢れている。  
 それでも、強気な眼で俺を睨み付けた。  
 
「拒否すれば、催淫魔法の効果が強くなる…我慢すると狂うぞ?」  
「……狂えば情報を引き出せまい。」  
「お前の目的、雇い主、本物の居場所…全て話せ。」  
「…〜〜っ!!やあっ!いやあああくううううう!!」  
 全身が性感帯になったかのように全身を痙攣させながら、彼女は暴れまわった。  
 それでも話すことを拒否し、全身を火照らせ、涎と涙を流しながらも抵抗している。  
そこには初めの冷然とした鋭い容貌は欠片もなく必死で欲情を抑える姿だけがあった。  
 
「話す気になったか?」  
「…私は……何も……話さない…。」  
「ではやり方を変えよう…話したくなったら話してくれ。命令だ…絶対イクな。」  
「えっ……?」  
 俺は愛液でべたべたの下着を脱がせると、強度の催淫の魔法を受けて快楽のために  
ひくひくと蠢くアソコに指を突っ込んだ。  
 
「〜〜〜っい!!」  
 暗殺者の身体が撥ねる。通常より遥かに過敏なそこを俺は相手の体を考えず、  
刺激する。同時に立っている乳首をコリっとつまんだ。  
 
「いやっ!イクっ……いいっ…っえ…うう…イケないっ!あうぅぅぅぅ!!」  
 後ろ手に縛られた身体を痙攣させ、彼女のそこは俺を締め付けたが…快楽を感じつつも  
俺の命令によって絶頂の寸前で止まってしまう。  
 
「目的を話せ。」  
「いやっ!ああああああ、やめて!!まって!あっああああ!!」  
 拒否することが前提の俺の命令。それを拒絶しようとする彼女の意思はさらに催淫の  
効果を高めていく。  
 既に、触れただけで身体を震わせるようになった。そんな彼女にさらにクリトリスを摘み  
愛撫を重ねていく。  
 
「だめええええっ!いやあああ!イクっ!イクっ!!!イカせてえええぇ!!!」  
 もはや、恥も外聞も無く暗殺者ははしたない言葉を大声で叫んでいた。銀色の髪を  
振り乱し、冷徹な表情は痴女のそれとなり、金色の瞳には強さの代わりに情欲に燃えていた。  
 俺は一度指から手を抜いて、両手でそれぞれの足を持つと股間に足を当てた。足にぬらっと  
した水気がつき、足を置いただけの衝撃でも敏感に反応する。  
 
「うぅぁぁ……な、何を………」  
「これはちょっとした子供の頃の思い出さ。楽しいお遊び。本来は男同士にするものだがね。  
 もし、死んでしまっても俺だけを恨めよ?」  
 そして、俺はゆっくりと脚を動かしだした。  
 
「うぁ………」  
 両手をがっしり持って股間の足をずどどどどどどっと軽快に振動を伝えるように  
どんどん動かす足のスピードを速めていく。  
 
「ぎゃぁぁぁぁあぁっ!!やああああああああああぃぃぃぃぁぁぁっ!!!」  
「どうだ、気持ちいいか?」  
 容赦なく、蹴るように。彼女は指だけでしていたときよりも遥かに全身を反応  
させて暴れまわっている。絶頂の寸前までいっているのにいけない…その地獄を味わいながら、  
止めることも出来ずにされている。俺は何も聞かず、三十分それを続けた。  
 
「やあああっ!!!いくっ!!!あああああぎゃあああイケっイケないっ!!!ぎゃああ!!  
 いやあああもう許してえええええええっうううう壊れるっだめええいかせてええ!!!!!!!」  
 
 これ以上は精神崩壊の危険もある。潮を吹きながら転げまわろうとする彼女をしっかりと  
押さえ込んみながらも刺激を緩め、俺は助け舟を出すことにした。  
 
「あああああ、イケないっ〜〜んあああああ、イキそうなのにっうああ!だめええええええ!!」  
「お前の護衛としてきた奴らは全部吐いた。お前が話しても話さなくても同じだ。だから、  
 無理することは無い。」  
「えっ!!うあ!!も、もう我慢しなくてっうひゃあああぁぁひぃーーーっ!!」  
「ああ。お前だけが我慢することは無いんだ。話したらイカせてやる。」  
 嘘だ。他の奴は何も知らなかった。快楽で頭が焼ききれそうになっている暗殺者も  
正常なら絶対に判っただろう。  
 
「全部!!全部話すからっ!!!イカせて!!いや、またくるっ!うう!イケない…  
 イケないよおぉ!!うああああぁっぁあぁぁぁきゃああああ!!!」  
「よし、お前の目的、雇い主、本物のいる場所を話せ。」  
 そして────彼女は陥落した。  
 
「よし、命令だ。イっていいぞ!」  
「あっ!!ひぃあぁぁぁぁぁぁぁあ、いくっイケるっ!!あああああああっいくぅぅぅーーーーーっ!!!」  
 冷徹な憎しみの目で俺を見ていた銀色の髪の美しい暗殺者は口をあけたまま涙と涎にまみれて、最後の  
絶頂による開放感に我慢できずに失禁して失神した。  
 俺は外で待機させておいた女官に牢に入れ、シャツを回収して置くように命令すると、  
シルビアに報告し本物の公爵の令嬢を確保するために動き始めた。  
 
 中の惨状を見た女官たちは俺のテクニックについての色んな噂を流し、たまに熱い眼で  
見られるようになったが…真実は誰も知らない。  
 
 
 
「お怪我がなくて何よりです。セシリア嬢。」  
「助けていただき、ありがとうございます。シルビアお姉様。」  
 皇帝の暗殺未遂から三時間…事件は解決していた。ユウを私の護衛へと残し、  
カイ、ベル、マオの三人で敵を全て生かして拘束…セシリアを回収して片づけを残る部下に任せて  
帰還。満足のできる手際だった。カイは完璧な貴族の儀礼で皇帝やその他貴族と接して  
事件の解決を報告し、皇帝を護ったことと併せて領地こそないが爵位を与えられた。  
 気に入られたのだろう……それとも、皇帝が私とカイを引き離すための工作を始めたか…  
いずれにしても無駄なことだ。大人しく爵位を受けたのは私のためだろう。正確には  
子供のため。血統だけを重視する馬鹿共と戦いやすいようにしてくれた…そういう男だ。  
 
 今までの様々な戦いで相手の優秀な人材は殆ど降伏するか戦死させた。  
 今回も全てが解決し…犯人は誰も言わないが皆気づいている…日和見主義の者たちも私の  
勢力についた。公爵の無謀を悟り、こちらは私が出産で動けない間もカイがいるということを  
印象付けたのだ。今まで裏に隠れていた彼を表に引き出してしまった…友人としては  
失格かもしれない。しかし、ここまで着たからには…  
──────公爵家の滅びはもう遠い話ではないだろう。  
 
 
 そして今、私の部屋にはセシリア・フォン・ヴァストル。公爵家の銀の華と謳われた  
美しい女性が訪れていた。彼女を助ける…あの三人にとってどれほど酷なことだったか。  
 
「何か私に御用がおありとお見受けしましたが。」  
「あの方のことをお聞きしたいのです。」  
 家族でありながら、身内がしていることに気づいていないのだろう。この年若い娘は  
公爵にとって最大の敵であるはずの私に対していつも、尊敬と善意と好意の視線を崩さない。  
 
「聞かぬほうがよろしいかと。知るべきではないことを知るのは不幸なことです。」  
「一度目お会いしたときのあの方は、優しく温かい人物に思えました。何の縁も無い私を  
 身を挺して護ってくださいました。」  
「最初の暗殺……ですね。結局今回の事件とは別件であったようですが。」  
「ですが、二度目助けていただいたときのあの人の目は…他に見たことのない眼でした。」  
「カイが貴女に向ける感情は炎…貴女のような蝶が近づけば一瞬で燃え尽きるでしょう。  
 悪いことは言わないからお忘れなさい。」  
 この人のいいお嬢さんに聞かせることではないだろうと私は思う。  
 
「お姉様、お願いします。」  
「知ってどうするの。貴女とカイじゃ身分が違うのよ?」  
「それでも、あの方とお姉様は対等の友人だと伺っています。」  
「ええ友人よ。だからこそ、好奇心だけで教えるわけにはいかないの。」  
「好奇心だけではないです…。あの方は言っていました。近いうちに誰より自分を  
 恨むようになるから礼は不要…と。私は自分の知らぬうちに恨まれるようなことを  
 しているのです。本来優しいはずの人をあそこまで変えるくらいに。」  
「そうね…。でも、心配しなくてもセシリア…貴女の責任じゃないわ。」  
「知りたいんです…あの人のことを…。」  
 私は溜息をついた。見覚えのある眼だ…夢を見て恋する少女の目…。これからこの少女を  
私は徹底的に不幸にしてしまうのだろう。  
 私にもこんな眼をしている時代もあったわ…。  
 
「判ったわ。教えてあげる…。だけどね、セシリア…悲恋の物語の主人公以上に  
 カイを想うことは貴女にとって不幸な事なのよ。」  
「え……」  
「いい機会だからもう一人聞かせるわ。呼ぶから少し待ってね?」  
 私は鈴を鳴らして使用人を呼び、人を呼びに行かせた。  
 
 
 暫くすると目的の人物が入ってくる。金色の髪に美しい水色の瞳…そして、私の先祖でも  
あるらしい美しい金髪の美少女…ユウだ。  
 
「僕を呼びましたか。シルビア。」  
「ええ、カイの昔のことを話そうと思うの。ひょっとしたら聞いてしまうと、カイと一緒に  
 いれなくなるかもしれないけど…聞く?」  
 私はしゃがんで、背の低いユウの顔を覗き込んで問いかけた。  
 
「聞きます。」  
 ユウは迷い無く頷いた。  
 
「マオは知っても一緒にいることを選んでいるわ。あの子も過酷な道を歩いているから  
 でしょうけど…貴女もそう力まないでね。」  
 そして、私は二人のほうを向いて私が調べ上げた昔話を始めた。  
 
「カイは幼少の頃は公爵の領内で猟師を生業とする両親の元で普通に育っていた。だけど、  
 両親は…殺されたの。たまたま、親戚の一家と一緒に森で遊んでいたらしいわ。そんなとこに  
 貴族が狩りに来たの。彼らはカイ達を見つけるや人間狩りと称して狩り始めた。カイは  
 親戚の娘だった幼いベルを連れて必死で逃げた…逃げ切れたのは彼らだけで残りは全滅。  
 ベルはそれ以来しゃべれなくなった。」  
「じゃあ、ベルは…。」  
「本当の妹じゃない。カイが言うまでいっちゃ駄目よ。ベルは知らないんだから。」  
 ここまで話して、既にセシリアの顔色は真っ青になっていた。私が何を言わんとしているか  
判っているのだろう。世間知らずだけど頭の悪い娘じゃない。  
 
「逃げ切った、カイはベルを家まで連れて帰った……そのときには犯罪者の汚名を着せられて  
 家を燃やされていたの。彼は殺されるのを恐れて隣の領土まで逃げた…凄いわよね。  
 子供なのに…運も良かったんでしょうけど。それをやったのが、前公爵…  
 ゲイリー・フォン・ヴァストル。セシリアの父親よ。」  
「そ、そんな…お父様が……それじゃ恨まれても……。」  
 ユウは、崩れそうになっている彼女を支えて悲しそうに眼を曇らせている。  
 
「彼は前向きな強い人間よ。逃げ込んだ場所で人のいい貴族付き魔法技師に拾われた二人は、  
 そこの貴族の女の子の護衛と遊び役として、それから勉学のライバルとして忠実に優秀に勤めたわ。  
 彼はそんな状況でも養われるのを良しとせず、魔法技師の手伝いをして報酬を貰って  
 ベルと二人で生きた。女の子も凄くいい子でカイの心の傷を癒していったわ。ベルも  
 よく懐いて、自然二人は恋仲になって帝国の最高学府である帝国大学で一緒に学んでいた。  
 私もそのときに会ったわ。可愛い娘だった。もうあれから五年にもなるのね…。」  
 そうして、自分も一緒に通っていた頃を思い出していた…楽しくて…希望に満ちていて…  
そして無力さを思い知った日々…。  
 
「でも僕…その人に会ったことないし話を聞いたことも無いですよ…。」  
「そりゃそうよ。死んでしまったのだもの。」  
 びくっとセシリアは震えた。嫌な予感がするのだろう…そしてそれは当たっている。  
 
「カイは優秀だった…魔法技師として…そう天才といっていいかもしれない。彼は自然に、  
復讐なんて考えず慎ましく生きようと考えていたけど目立ちすぎたのね。  
 当時、大学に通っていた…私の婚約者でもあったセシリアの兄、ライルの眼に止まってしまった。  
 彼はライルを恨まずちゃんと礼儀を持って自分がしたいことを伝えて誘いを断った。」  
 少し話を切る…そして、眼を瞑り…自らの友人でもあった聡明な女性に護れなかったことを謝罪する。  
 無力を…諦めていた頃の自分への決別の出来事…長い長い戦いへ繋がる初めの敗北。  
 
「平民のカイが断ったことでライルは激怒した。人と金を使って私を除く全ての友人にカイを  
 裏切らせ、裏切らない数少ない者を殺し、カイを助けた貴族に圧力をかけてカイの愛する人を  
 強引に奪い、カイへの人質にして……さらに動けないカイの前で輪姦しようとしたのよ。  
 彼女は利用されるのを良しとせずにカイが捨てた剣を隙を見て拾って自殺した。  
 私はそのときあまりに無力で…ベルを助けて、カイを死地から逃がすので精一杯だった。  
 あいつは私を恨んでも当然なのに、壊れそうな精神で言ったのは愛する人への謝罪と  
 ベルを助けた私への礼だったわ。そして、あいつも私も悟ったのよ。甘ければ生きていけないし、  
 強くならなければ大事な人を護れないって。私は婚約破棄した後、あらゆる事をした。  
 何人も殺したし、敵は徹底的に破滅させた。カイも同じ。己の手を血に汚した…そして、  
 五年の歳月をかけて…みんな何度も死に掛けて…対抗できる力を持った。セシリア  
 ……公爵家は滅ぶの。ヴァストルの家名を私は後世に残すつもりは無いわ。徹底的に滅ぼす。  
 彼の友人として…私は貴女の最大の敵なのよ。」  
 セシリアの顔は死人のように血の気が引いて真っ白になっていた。彼女は関わってない、  
責任も無い。好意すら持っている。だけど、それでも敵だ。私と友人の。  
 
「ユウ。貴女はどうする。私や彼は正義になんて程遠いのだけど。」  
「カイ様は…それだけのことがあっても…やさしい人です。人間じゃない僕やマオも  
 温かく迎えてくれています。僕は……例え愛してもらえなくてもカイ様といます。  
 そして、あの人を護ります。聞かせてくれてありがとう。シルビア。」  
「貴女もいい子ね。カイが完全に堕ちてしまわない様にちゃんとみてあげてね。」  
「勿論です。でも大丈夫と思います。」  
 セシリアのほうを向いた。顔に手を当てて泣いている…普通の女性の彼女にとって  
今の話は酷だろう。自分が生活してきたことの裏にどれ程の出来事があるのか…。不幸に  
されたのはカイだけじゃないのだから。なまじ頭がいいだけにそれが判るのだろう。  
 
「後悔してる?」  
「辛いですけど……後悔は……していません。一つ質問していいですかお姉様。」  
「どうぞ。」  
「お腹の子供は……」  
「カイの子よ。私は大貴族の貴女の兄より平民のカイを選んだの。ま、今度爵位貰うみたいだけど、  
 あいつは変らないでしょうね。本当のあいつはあんな夕べのような堅苦しい男じゃない。  
 下品で気さくでおもしろいやつなのよ。」  
「でも、どうして…」  
「公爵へのあてつけでもあるけど………馬鹿でがさつで教養も節操も無い最低の奴だけど…  
 惚れた男の子供を生みたいのは女として当然じゃない?」  
 私はいたずらっぽく二人に微笑みかけた。私は友人、親友として以上に彼を愛してしまった。  
だけど、カイの本当に好きな人を護れなかった私には愛される資格は無い。それは、無力  
だった私への罰であり…侯爵として、帝国の筆頭貴族として…多くの人を率いる私の運命なのだから。  
 だけど、私は子供を生む。カイが婚約者でもあった公爵なんかよりよっぽどいい男だと  
彼に身体で証明してあげるために。そして、彼を愛してしまった私のたった一つの我侭のために。  
 
 私は力なく去っていくセシリアを見送りつつ、大泣きするユウを優しく抱きしめてあげた。  
 セシリアがこれからどうするのかは判らない…それは彼女が決めることだろう。願わくば  
彼女は不幸になることがないよう……私は祈ることしかできなかった。  
 
 
 
 数日後、後の処理を全て片付けてカイ達の暮らす「真珠亭」へと私は足を運んでいた。  
 ここは貴族としてでなく、友人としてみんなと会える大事な場所だ。  
 
「お、来たな。縦ロールお化け。」  
「あら、狼が革を被ったような変態が何かしゃべってますわ。」  
 学生の頃から続く軽口を叩き、微笑みながらいつもの席に座る。  
 
「よう、シルビアの嬢ちゃん誕生日だったんだってな。今日は腕を振るわせてもらったぜ。」  
「え…おじさま、ありがとうございます。」  
 出てきたのは豪勢な料理。ここの料理は見た目はともかく、味は凄くいい。そして、  
果実酒も配られ、私にだけジュースが渡される。  
 
「じゃ、改めて…シルビアの二十…ごほっ、ごほっ歳の誕生日を祝いましてー。」  
「馬鹿!人聞きの悪い言い方しないで!まだ二十二よっ!」  
 必死になって止める私に周囲から笑いが起こった。しかし……ここの常連客にとっても  
私は馴染みの人間になってしまった。  
 そんな中、可愛い服を着たユウから袋が渡された。店中から拍手が沸き起こる。  
 
「これ、僕たちみんなからです。シルビア。」  
「これは…ペンダント?」  
 袋を開けるとシンプルなミスリル銀のペンダントが入っていた。  
 
「ベルが選んだものに、わらわとカイとユウの三人でルーンを刻んで魔力を込めた。  
 お主と子供の身を護るだろう…実用的じゃな。それに…案ずるな。お主が動けない間は  
 わらわたちが必ず護ってやる。遠慮はするな。腹黒いこともカイに任せておけばいい。」  
「……………(こくこく)」  
「そうですよ〜僕たちに出来ることは何でもしますから。」  
 いつも得意げなマオが無い胸を反らして自慢げに説明し、ベルが笑って頷いている。  
 ユウはにこにこと微笑んでいた。  
 
「腕利き魔法技師と魔王と勇者の合作…世界でたった一つの逸品ね。有難う。」  
 私は心から礼を言った。ボロボロになった精神に活力が与えられる…また、明日から  
戦っていける。  
 
「んじゃ改めて、我らが悪友シルビアの二十二歳の誕生日に。乾杯っ!!」  
 全てのテーブルでカチャっと軽い音が鳴り杯が合わされる。色んなものを失ったけど、  
色んなものを得て私たちは生きている。カイのような思いをする人が少しでも減らせるよ  
うに…色んなものを助け、或いは踏みにじりながら…。  
 
 私たちは友人たちと楽しみながら日々生きている。今度は失わないと誓って。  
 
 

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