私は夜空を見上げていた。今宵は満月──月が美しいと思ったのははじめてのことだ。
そんな自分に苦笑する。目的もなく、単に夜空を見上げる日が来るなんて思っても見なかった。
私は、公爵家の娘であるセシリア・フォン・ヴァストルの影として雇われた。貴族としての
立ち居振る舞いから暗殺技術、諜報技術、ありとあらゆることを仕込まれ…最後は皇帝を
暗殺するという名目で成功しても失敗しても死ぬしかない任務を負わされた。
そして、あっさり失敗した。不意を突かれたとはいえ何も出来なかった。耐える訓練も
役に立たず大恥をかかされて情報を全て奪われ、何も為しえず私は死ぬはずだった。
カイ・リスター……奴はシュタインベルグ侯爵と共に私が捕らえられた牢に現れ、いった。
情けないことに私は奴の目を見ただけで本能から恐怖を感じ身体が震えるのを止める
ことができなかった。元いた組織でもこんな眼をした男はいない。
「他の者は全て、皇帝暗殺未遂の重犯罪人として全て処刑した。だが、お前には生か死か
選ばせようと思う。」
私は精一杯の虚勢を張って奴を睨み付けた。
「何故、私だけに取引を持ちかける。」
「俺は強気な女が大好きなんだ。」
奴はおちゃらけて笑いながら私に言った。
「ふざけるなっ!!!」
「冗談だ。そう怒るな。生を選ぶならこっちのシルビアに忠誠を尽くせ。馬鹿公爵よりは
いい扱いをすることを保障しよう。それから…」
「それから…?」
「シルビアに忠誠を尽くす限り、いつ俺を暗殺しようとしても構わない。」
奴の言葉には嘘を感じることは出来なかった。カイ・リスターは本気だ。自分を殺してもいいから
侯爵に仕えろと…。侯爵を見た。確かに彼女は同じ女性として尊敬できる。だが、
「裏切って侯爵を害するとは思わないのか?」
「そこまでの義理は公爵にあるまい。なら裏切られるシルビアが悪い。」
「……役立たずの私をどうする気だ。」
「君への尋問内容を聞かしたら同じ女性としてシルビアに許せないと怒られてな。まぁ、
なんだ、若い身空で死を急ぐこともあるまい。」
私は侯爵を一度見て、カイ・リスターに向き直った。
「わかった。侯爵に仕えよう。だが、貴様は殺して恥を注ぐっ!!!」
「おっけー。契約成立だな。髪の色は染めるぞ。そのままはまずいからな。」
殺意をむけてもやつはへらへらしながら、受け流していた。
侯爵からの初めの任務は私の所属していた組織への手紙の配達だった。組織が裏切った
私を許すはずはない…。やはり、死ぬのかと私は考えていた。
だが、組織の長は手紙を読むと私へ組織からの除名を言い渡した。ただそれだけだった。
長は苦い声で敵にする相手を間違えたと呟いた。私を生かしたことには何かしら、
意味があったのだろう。侯爵は情けで生かすほど甘い人間ではないはずだ。
それからは、カイに戦いを挑んだ。背後から襲い…落とし穴に落ちた。彼は笑いながら
私の頭を撫でた。あるときは、高いところから弓で狙った。だが、それを放つ前に魔法で
弦を切られて終わった。あるときは正面から挑んだが逃げているだけに思った奴は、ルーンを
地面に作って罠を張り、私を拘束した。奴は私の頬にキスをして去っていった。
遊ばれている…。任務のためではなく、殺すために殺す…影としての人生が終わり、
全ての目的がなくなったとき手に入れた初めの目的は、全く上手くいくことはなかった。
そして、命を狙われながらあいつは私を殺さない。
「こんばんは、お姉さん。」
ふと横をみると、私の隣に貴族の着るような可愛い服を着た美しい少女が座っていた。
ここはスラム……市街地が近いとはいえこんな少女が一人で来るような場所ではない。
しかもここは、屋根の上だ。月の光を浴びた少女の現実感の薄い美しさに私は暫く呆然と
見つめていた。そう、幻想的な──物語の一ページのような…金色の少しだけウェーブの
かかった髪は夜風で揺れ、光を跳ね返していた。
彼女は持っていたものを私に差し出した。お茶とお菓子だ。
「カイ様が暗殺者のお姉さんが着てるから僕にもっていってやれって。」
少女に敵意は感じない。私も……何もする気が起きなかった。黙って受け取る。
「貴女は何者?」
「僕はユウって名前だよ。お姉さんは?」
金色の髪の少女は水色の瞳に穏やかなものを浮かべて私に聞いてきた。
「私には…名前がないの。」
「そうなんだ。僕と一緒だね。最近まで僕もなかったから。」
くすくすと少女が笑う。幸せそうに。
「貴女はあの恐ろしい男といて平気なの?」
「カイ様は優しいよ。」
耳を疑いたくなった。優しい人間が何故あそこまで非情になれるのか。
「冗談をいってはいけないわ。あいつは酷い男よ。」
「ううん。冗談じゃないよ。あの人は友達のために身を犠牲に出来る人なんだ。現に、
お姉さんはシルビアのとこでちゃんとお仕事してるでしょ?」
確かにカイの命を狙いながら侯爵に逆らおうと思ったことはない。美しい少女は
当然とばかりに、私を諭そうとする。
「だけど、許せないわ。」
「どうして?」
「あいつは私に……酷いことしたのよ。個人的な恨み。」
「何をしたの?」
少女は私に純真に微笑みながら問いかけてくる。
「性的な暴行よ。意味はわかる?」
「えっちなことだね。」
「貴女は女として許せるの?」
何を言っているんだろうか。私は…。こんな少女に…。
「カイ様がそれをしたことは……必要だったんじゃないかな。不必要に人を痛めて
喜ぶような人じゃないから。」
「貴女はカイ・リスターが好きなのね。」
「うん、僕大好きだよ。」
判っている…あそこで情報が出なければ侯爵家はあそこまで優位には進めれなかっただろう。
あいつは情報を得るために、自分の手を汚しただけだ。現に暗殺のときはあいつはからかう
ことはあっても私に手を出そうとはしなかった。怪我もさせなかった。
「お姉さんはえっちなこと嫌い?」
水色の瞳に純粋な疑問を浮かべて、少女は私に聞いてきた。
「嫌い。いままでのこと思い出しただけでも怖気がするわ。」
「悲しいね。お姉さんは…愛されたことないんだね。一人は辛くない?寂しくない?」
「今まで…任務だけで生きてきたから判らないわね。」
私のために少女は涙を流していた。なんだかわからないけど、私の中の何かがすっと
溶けていったように感じた。
「貴女が泣くようなことじゃないでしょう。少なくとも今は寂しくないわ。ユウがいるから。」
「うん…お姉さんも人を愛せるようになるといいね。」
「何で?」
「愛される優しいえっちは凄く幸せで気持ちいいんだよ?」
少女は年齢に見合わない不思議な表情で微笑んだ。やっぱり、カイは殺したほうがいいかも
しれない。こんな少女を手に掛けるなんて。だけど、あんまりな言い様に私は笑ってしまった。
「楽しかった。今日は帰るわ。ありがとう…ユウ。」
「さようなら。お姉さん…名前がないんだったらアサさんって呼ぼうかな。」
「何それ…またね。」
その月の綺麗な夜、私は襲撃をかけずに帰った。心が少し温かかった。
翌日、私は変装してカイ・リスターが根城にしている「真珠亭」に来ていた。食堂には
カイを初め、ユウや黒い髪の美少女、妹達がわいわいと騒ぎながら食事している…それを
みて、何故か私の胸に鈍い痛みが走った。
気づいている様子は無い。私は刃を取り出しゆっくりと奴の背後に近づき…、
そして、後頭部を殴られた。
「ばか者。わしの店で流血沙汰は禁止だ。」
そんな渋い声が最後に聞こえ、私の意識は途絶えた。
目を覚ますと見慣れぬ部屋のベッドで私は寝ていた。
「こ、ここは…。」
「俺の部屋だ。悪いが武器は回収した。頭は痛まないか?」
目の前には私が命を狙っていた張本人がいた。なんとか記憶をたどっていく…。
「カイ・リスター。私は弱い…民間人に負けた。とんだ無能だ。」
「おっちゃんはお陰で女性陣から女の頭叩くなんて何事だって吊るし上げられてる。
ま、落ち込みなさんな。」
「暗殺者を何故責めない。私を殺さない。」
「決まってる。お前がシルビアの味方だからだ。」
さも当然というようにカイは言った。
「お前にとっては敵じゃないのか。私はお前を殺すつもりだぞ。」
「だって俺、お前に恨みないし。お前はあるだろうけど。」
「と、当然だ。あんなことをされて…」
顔に血が集まるのが判る。思い出したくないのにあの恥ずかしい出来事を思い出してしまう。
「お前には恨まれてるのは判ってる。だけど、お前がシルビアの味方である限りは可能な
限り俺もお前を護ってやる。殺されそうになってもな。」
やな笑いだ。全てを見透かしたような…それでいて邪気のない少年のような目。恨んでる
はずなのに言葉に胸が温かくなる。
「お前を見てると何もかも馬鹿馬鹿しくなるな。私に魔法でもかけたか?」
「恋の魔法ならいつでもかけるぜ?それより、お前名前なんていうんだ?」
あまり似合わない気障な台詞に失笑が漏れそうになる。なんとか我慢しつつ、私は
ユウに言ったのと同じことをいった。
「私には名前が無い。影とか番号でずっと呼ばれてきた。」
「名前が無いと不便だな。暗殺者…そうだ。アサシン…アサって呼ぼう。」
私は思わずぽかんとしてそれを聞いた。我慢できない笑いがこみあげた。
「………くっくっく…ふふふ…あはははははははっそっか。なるほど。よく判ってる!!」
そんな私をカイは怪訝そうに見ている。
「な、何がそんなにおかしいんだっ!」
「ぷ、くく…昨日ユウが……名前ないって言ったら……同じこといったから……!」
「ああくそっ!ユウの奴っ余計なことを!……でも、やっと笑ったからいいか。そうしてる方が
うん、可愛い。そのほうがいい。」
私は、彼を殺そうとしているはずなのに…彼のペースにはまってた。おかしくて笑いが
止まらなかった。こんなのずるい。可愛いとかいうなんてずるい。
「お前はずるいな。カイ。笑わせすぎだ。絶対変な魔法使っただろう。」
「俺は二枚目のはずなんだがな…。」
「ぷっくくく…やめてくれ、お腹が…痛い…。」
私はたっぷり五分ほど、笑い転げた。こんなに笑ったのは生まれて初めてだった。
「気は済んだか?」
「私は…判らない。何も……お前を殺そうとしない限り目的も無い…何も無い。」
「……そうか。」
「でも、私では殺すことも出来ないし、迷ってしまった。何も無いのが怖い。」
私はなんで……目の前の憎いはずの男にこんなことを話しているのだろう。
「判った。アサの不安がなくなるように俺がとっておきの魔法を使ってあげよう。こっちを
向いて、俺の眼を見て力を抜いて…。」
「………何をするんだ?」
彼は私に力を抜くように指示し、深呼吸するように促した。彼の眼は穏やかで吸い込まれる
ようで、自分が彼の眼に取り込まれているようなそんな気がしてくる。
「魔法さ。さ、力を抜いて…俺が三つ数えて手を叩くと君はとても素直な気持ちになる。
そして、全部言いたいことを言った後は生きる活力が沸いて来るんだ。」
引き込まれるような彼の眼を見ていると……気持ちが落ち着いてきて……
「いいか、いくぞ?」
「それは洗脳じゃないのか?」
「洗脳とは少し違う。お前の本当に望んでいることを…不安をましにする…その程度だ。
後はお前の力で切り開くんだ。魔法で何でも解決できるほど甘くない。力を貸すだけだ。」
「わかった。頼む。」
「それじゃ行くぞ、俺の目をよく見るんだ。…3.2.1…はいっ!!!」
「君は生きていたいか?」
「生きたい。」
口が勝手に動く。それも悪い気分じゃない。
「一人は寂しいか?」
「寂しい。」
「俺たちが羨ましかったか?」
「温かくて羨ましかった。」
「お前の出会いはこれからだ。幸せになるのも楽しくなるのもこれからだ。生きてそれを掴め。」
「うん。」
「他に何かして欲しいことはあるか?」
「一度……優しく愛されてみたい。」
「………次、逆に数えて手を叩くと君はすっきりとした気分で目覚める。1.2.3…はいっ!!」
はっと、目が覚めた。記憶はある…。
「気分はどうだ?」
「変な感じだ。重荷がなくなった感じ。不安だけど不快じゃない。」
目の前には優しく笑っている彼の顔があった。悪い気分じゃない。不安はなくなったわけ
ではないけど、前向きに生きていける気がした。これからは楽しい出来事が待っているのだ。
よく考えれば昨日も今日も結構楽しい。こんな日々なら悪くない。
「最後のはちときついな。」
と、彼は苦笑した。そんな困った彼の顔を見て、なんとなく、ユウが言ったことが本当
か確かめてみたくなった。
「一度、私を抱きしめてみてくれないか?」
「は?わかった。」
私は座っていたベッドから立ち上がり、彼にもたれかかってみた。彼は私を包み込むように
優しく抱きしめてくれた。大事なものを扱うように。とく…とく…と心臓の音が聞こえる。
何故か安心できた。
「ふむ、ユウがいったとおり悪くないな。」
「なんかいったのか?」
「女同士の秘密だ。カイ・リスター。頼みがある。」
「言ってみろ。」
「私に魅了の魔術を掛けて…女を愛するように抱いてみてくれないか。嫌じゃなければだが。」
もっとも必要ないだろうけど…。憎いはずのこの男がどうにも憎みきれない。凄惨な人生を
送り非情なはずなのにどこか甘い。冷酷なのに優しい。自分が絶対勝てない強い男。
だけど、惚れたと認めるのは微かに残った矜持が許さない。
カイ・リスターは困りながらも頷いた。
「この女好きめ。」
「こんないい女に抱いてくれって言われて抱かない奴は男じゃない。」
蕩かすような笑顔。ほんとにやなやつだ。彼はルーンらしきものを唱え、抱きしめる
力を強くして私の唇に口付けた。優しいキス…それだけで、私の身体から力が抜けて
身体が熱く火照り、カイの顔しか見えなくなった。魔法がかかったのだろう。
「何か変な感じ…いつも嫌なのに、嫌じゃない…」
「お前が俺のことを好きで、俺もお前が好きだからだ。」
「ほんと?」
彼はその返事を唇を塞ぎ、私の口を舌であけて中に入れることで答えた。彼の舌が
私の口の中で絡み合う。そして、私の身体をゆっくりとベッドに寝かせた。下から
見上げるカイの顔は結構整っていて…見ていると胸がドキドキする。
心臓が早くなっているのが判る…私は緊張してる…期待してる…。
「ひゃっ!」
ぼーっとしていたせいか、カイに急に頭を撫でられて変な声を出してしまった。
彼は私の顔を見て何かに安心したように息をつき、軽く唇を合わせた。
「脱がすぞ。」
「うん…」
なんでだろう。顔がまともに見れない。嫌な感じじゃないのに…。自分がセシリアが
たまには話をしていた物語の少女の気持ちがわかった。
あの時は馬鹿にしてたけど…。好きな人に大事にされるのがこれほど幸せだなんて
思わなかった。例え偽りだとしても…。
カイは慣れているのか、私はあっという間に裸にされた。同じように裸になった彼が
私を抱きしめる。彼の体温が直接私に伝わり、それだけで快感と…それ以上に、私の心に
幸せを感じさせてくれる。
「なんか不思議な感じ。恥ずかしいけど悪くない。」
「恥ずかしがってもいいし、声を出してもいいから…ありのままに…な。」
彼はそういうと私にキスをし身体に指を這わせていく。その行為にいつも怖気を感じていた
けど今日はそういうこともなく、彼の指が与えてくれる快感にのめり込んでいた。カイは尋問の
時のような、相手のことを考えないやり方ではなく私が丁度気持ちがいいと感じる程度の
強さに押さえている。
「う…んっ……カイ……気持ちいいよ……。」
「これからもっとよくなる。」
これ以上?信じられない…。
だけど、その言葉に偽り無く…私の欲しいところに舌や指が動き、時には不意を突かれて
自分でも思いもしないところで感じていた。私の胸の鼓動はどんどん高まり、目の前の男を
貪欲に自分から欲しているのが自覚できた。
「……カイ…もっと気持ちよく……。ああっ!」
強い刺激がきた。彼の指が私の秘所に触れたのだ。頭が一瞬白く染まるほどの快感が
走る。彼の指はそこで踊るように動き、焦らし、攻めて私を翻弄した。
「怖い……気持ちよくて…幸せだけど怖い……。」
裏の世界で生きてきた自分にとって始めて感じる幸せに…私は溺れていた。彼は愛撫を
続けながらも優しく、甘える私を子供をあやす様に抱きしめ額をつけて囁く。
「大丈夫。怖くないから。俺に任せて。」
自信に溢れる彼の言葉を聴くと安心していく。恐怖しか感じなかった彼の瞳は自分を護る
強さを秘めた瞳に変った。少女のように震える私に何度も何度も大丈夫と繰り返し、優しく
私を扱う。なんだか、ユウが好きな理由がわかる気がした。これが彼の本質なのかもしれない。
身体が熱くなり…私は受け入れることが出来る体勢が整っていることを理解していた。
いつもなら苦痛しか感じない行為がどんな風になるのか…期待と不安で心臓が激しく鳴っている。
「……入れるぞ。」
「はい…お願いします…ふぅ……あぁっ………。」
ずぶずぶと自分の中にカイのものが入ってくる。異物感───だけど違う。自分の
隙間が埋まるような───嬉しさと喜び。好きな人と一つになった感触。私は何故か
涙を流していた。労わるように見ている彼の首に手を回して自分の身体を彼に押し付けるように
くっつけた。このまま何もかも一つになりたい気分だった。
「あん………胸がどきどきして…幸せで…いろんな気持ちが混ざって…。感じるよ。カイ…」
彼はキスをし舌を入れ体を動かし始めた。彼の固くて太いものが中で暴れ、なのに
私の気持ちのいい場所を正確に刺激する。
「ぁ……ぅ………いい……気持ちいい………気持ちいいよぉ……」
意識せずとも快感で声が漏れ、自分の声とは思えない欲情した声を聞いてさらに
快感を感じ高まっていく。身体はどうしようもなく熱くなり、腰は気持ちよさを求めて
勝手にうごめき、快楽を貪った。頭が痺れ、全身が痙攣する…永遠に感じていたいけど
限界は近そうだった。
「カイっ!…あんっ……そろそろ…イキそう……お願い…愛してるって言って…」
「今はお前だけを愛してる。最後は一緒にな。」
彼は最後に荒々しく突き始めた。耐えられないほどの刺激を受け、頭から思考が消え、
繋がってる部分に意識が集中する。
「あ、ありがとっ…うぁ…もうだめ…いくっ……ぁぁぁっ!!!」
そして、最後に彼は私の中に精を放った。私は荒い息をつく。中にカイのそれが広がる
感触はいとおしく、感動的なものだった。犯されているという感覚は微塵も無く、ただ
愛された幸せだけがそこにはあった。
カイは私を優しく抱きしめて囁いた。
「魔法はもう少し続く。このまま寝るから魔法が解けたら…シルビアのとこに帰るといい。」
「ありがとう。カイ…こないだのは今日ので水に流してあげる…でも、あんまり女を泣かす
ようなら…改めて殺してやる。」
「うはー。まずい約束しちまったなあ。」
私は行為の疲れもあって、彼の大きい身体に抱きしめられてその体温を感じながら
眠った。起きたとき、彼は眠っていたので起こさないようにそっと起きてシャワーを借り
身体を洗ってから城へと帰還した。
数日後、私は主人であるシュタインベルグ侯爵の私室へと呼ばれた。これは始めての
ことだ。私は緊張しながら入室した。
侯爵は、部屋の中で月夜の晩に出会った金髪の美少女の髪の毛を梳かしてあげていた。
「侯爵。お呼びですか?……え、ユウ!!……あ…失礼しました。」
「本当だわ。ユウの言ったとおり。貴女いい顔になったわね。」
自分では判らないがそうなんだろうか。
「カイへの復讐はもういいの?最近行っていないみたいだけど。」
「ええ。あの女の敵にはいつか制裁を加えたいですが、今のところ殺したいとは思いません。」
そう…。と、侯爵は梳かしていた手を止めた。何故か背中に冷や汗が流れる。
「あいつに抱かれたのね。」
「うっ!!あ、いやその…。」
そんなとき、黙っていたユウが口を挟んだ。
「アサちゃん、僕の言った通り優しいエッチは気持ちよかったでしょ?」
「え…う…はい…」
私はいたずらっぽく笑う自分の胸くらいの身長の幼い少女に情けなくも混乱させられていた。
「折角拾った命ですし、これからは楽しく生きていこうかと…。あいつを見てるとそう思いました。」
「そう…よかったわ。私は死にたがりの部下なんていらないからね。私の部下は任務も
大事だけど命を一番大事にしてもらうわ。失敗してもいいとは言わないけど、生きていれば
元は取れるからね。失敗しても私やカイがフォローしてあげるから安心なさい。」
侯爵はそういって微笑んだ。
「暫く貴女には女官と働いてもらう。その後は貴族相手の諜報・護衛を頼むことになる。
貴族としての訓練を受けてる貴女の能力は遊ばせないわ。危険だけどお願いね。」
「望むところです…喜んでお引き受けします。勿論死にはしませんよ。」
私は自信を持ってそう答えた。今は何も目的は無いけどそのうち見つかると思う。それまで
任務を受けながら気楽に生きるのも悪くなさそうだ。
「その、アサちゃんってカイが付けたの?」
「侯爵様…何故それを。」
私は苦々しい表情で言った。
「あの馬鹿ネーミングセンスないからね。私が付けてあげるわ。そうね………。
ミリアム。これから貴女はミリアム・アサね。大事な友人の名前あげるんだから
勝手に死んだら許さないから。」
ミリアム……悪くないかもしれない。私は頷いて侯爵様に頭を下げた。部下を大事に
する方だとは聞いていたが……この人の下で働くのは楽しそうだ。
「ところで、いくつか質問してよろしいでしょうか。」
「いいわよ。」
「何故、ユウがここに…。」
確かにスラムよりはここのほうが似合っているが…。
「それは僕がシルビアとお友達だからだよ。ミリアムお姉ちゃん。」
「この子は見た目と違って強いの。私は今激しく動けないから護衛にね。」
「は、はぁ…」
綺麗な服を着た、幻想的な少女はあまり強そうには見えないが…そういうことも
あるんだろうと自分を納得させた。
「もう一つ、カイ・リスターが本当に私に殺されるとは思わなかったのですか?」
私のその質問に侯爵様はくすくすと笑っていた。
「無理よ。技量は貴女が多分上…だけど、あいつは悪賢いからね。貴女の視野を狭めて
自分だけを狙うようにして、そこから罠に引っ掛けていたのよ。」
確かに、私は……勝てる気がしなかった。
「それに……最悪あいつの妹とマオとユウが護るから。その必要はないと思っていたけど。
あいつにはなんでもありの戦闘なら私でも勝てない。圧倒的にあいつより強い
ユウもマオもベルも…負けてる。だから、信じてた。命を賭けた甲斐はあったようね…
貴女の顔を見ていると。」
「不思議な男でした。味方なら心強い。少々スケベですが。」
命を狙う私を味方だから護ると本気で言い切ったあの男の顔を思い浮かべて私は微笑み、
自分もそれくらい言えるような強い人間になろうと心に決め、一礼して侯爵の私室を辞した。
さてなにから始めようか────自由になった私は未来へ明るい希望を持って歩き出した。