「はいはい、もうどいてくださいな」  
見かねた彼女に、背中から声をかけられた。  
俺のトランクの前に座り込むやいなや、一向に片付かなかった中身が  
次々と選別され整頓されていく。  
「……えーと、俺は何をすれば……」  
「次のお仕事の資料でも読んでてください」  
きっぱりと俺に戦力外通告をつきつけ、彼女は要領よく作業をこなしていく。  
 
長い髪を頭の後ろでまとめて、部屋着の上にカーディガンを羽織った地味な姿。  
見慣れた普段着を見ていると、今日見た白く眩いドレス姿がまるで夢だったかのようだ。  
それが不思議で、休みなく動く細い腕をじっと見つめてしまう。  
 
「……生真面目なくせに、だらしないとこありますよね。あなたって」  
あきれ返った声で我に返る。  
彼女はくしゃくしゃに突っ込まれていたシャツを取り出し、大げさに溜め息をついた。  
じとりと切れ長の目がこちらを見ている。  
「う、すまん」  
ここは手伝ってもらっている手前、素直に謝っておくべきだろうと頭を下げた。  
「……まあ、いつものことですけど」  
拍子抜けしたように、彼女はしかめっ面をほころばせて、  
手際よく洗濯物をまとめて立ち上がる。  
 
二つ年上の彼女とは、同期入社で知り合って、やがて仕事上のパートナーとなり数年、  
いつ恋人と呼べる関係となったのかは曖昧なまま、とうとう結婚した。  
結婚に至る経緯というのは、正直思い出したくないことの方が多い。  
ただ、自分の妻となってくれた物好きな彼女に感謝しよう。  
それでいいじゃないかと自分に言い聞かせ、軋み始めそうな胃を押さえ、  
言われた通り仕事の資料に目を通そうと努める。  
 
不意に暖かいお茶を満たしたカップが、顔の横に差し出されて驚く。  
見上げると、彼女が腹を押さえた俺を心配そうに見つめていた。  
俺の横に腰を下ろし、じっと俺の顔を覗き込んでくる。  
 
「久々のご実家でお疲れになったんでしょう?」  
勘当息子の俺が10年ぶりに帰省した実家での日々は、  
結婚式を含めて、慌しいことこの上なかった。  
しかし、いくらうちの母が友好的で、姉妹どもと面識があったとはいえ、  
他人の家で過ごした彼女の方が、精神的負担が大きかったのではないだろうか。  
 
「いや、俺は大丈夫だ。おまえの方こそ疲れてないのか?」  
「んー……、疲れてる暇もありませんでした」  
すました顔で平然と答えて、自分のカップを口に運んでみせる。  
このしたたかさには、一生かなわんと思う。  
 
つられるように口にしたお茶は、俺の好み通りで文句のつけようもない。  
それは二人が過ごした時の長さを実感させる。  
俺だって、彼女の嗜好――好きな食べ物だとか、酒の銘柄だとか――は  
よく知っているつもりだ。  
とはいえ、俺が彼女に文句のつけようもないお茶を淹れられて、  
彼女の荷物を手際よく片付けられるかというと、間違いなく無理なのだが。  
 
「あー、何と言うか、その……、これからも、よろしく頼みます」  
世話をかけてしまっていることを改めて自覚し、自然と出てきたのは、  
我ながら気の利かない言葉だ。  
ぽかんとした彼女の顔に、呆れられたか?と内心びくついてしまう。  
 
「……はい。こちらこそよろしくお願いします」  
頷いた彼女の白い頬が、少し赤く染まっていた。  
はにかんだような笑顔に、不覚にもどきりとして慌てて目を逸らす。  
 
その顔も姿も、何もかもが見慣れたもので、結婚したからといって  
目新しいものはないはずなのに。  
気の強さも、辛辣な物言いも、すぐ手の出る性格も重々承知しているのに。  
 
それでもこうして並んでいると、顔がほころんでしまいそうなのは何故なのだろう。  
カップを置いて、甘えるように身を寄せてきた彼女の小さな肩を抱いて、  
俺はぼんやりとそんなことを考えた。  
 

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