とんとん、とドアをノックする。
「はーい」
深呼吸をしてドアを開けると、白無垢のウエディングドレス姿の彼女が座っていた。
俺は思わず息を呑んだ。
俺と彼女の顔を見比べると、この部屋まで連れてきた女友達がふふっと笑った。
「じゃあ、私はこれで。熱いカップルの邪魔しちゃいけないしね。あゆみ、あとは式場でね」
「あ、うん」
あとに残された静寂……いや、沈黙か?
彼女は高校の同級生。実は高校の頃、俺は彼女に恋をしていた。
もっとも、ヘタレだった俺は告白などできず、片思いで終わっていた。
はずだった。
大学を出て就職後、仕事のお得意先に彼女―あゆみ―がいた。
仕事上で話をするうちにお互いに気づき、お近づきになる機会を得た。
そして彼女もまた、俺に片思いしていたことを知った。
仕事が一区切りついてから、俺たちは生涯のパートナーになる道を選んだ。
かつて好きあっていた二人なのだ。
数年のブランクを経たとしても、ただのカップルから前進するまではそれほど時間もかからなかった。
今日まで、その間わずか7ヶ月。
彼女が仕事では「クール」で「できる女」を見せる一方で、俺の前では甘えたり天然な部分を見せたり、素の部分を見ることができるのは嬉しかった。
ただ、同時に少し後悔もあった。
……なんでもっと昔に告白しなかったんだろうな、って。
ノロケかよ、って突っ込みは聞かない。
「……もう、黙ってないで何か言ってよ」
「ごめん」
少し不満そうな彼女の顔。
「綺麗だなあ、って見とれてたんだ」
その言葉で、彼女の表情が明るくなる。
「ドレス買ったときの試着でもしっかり見てるんだけど……
やっぱり、こうして結婚式っていう場で見ると、オーラが違うっていうか……」
「ありがと」
椅子から立ち上がった彼女は、俺のそばまで近づいてきた。
「キス、しよっか」
「バカ、誰も来ないなんて保証ねえんだぞ」
「いいじゃん。見せ付けてあげようよ、私たちのアツアツぶり」
キスをせがむように目を閉じて唇を差し出してきた。
「ったく、人が見てねえとすぐ甘えるんだから」
そう皮肉を言う俺も、まんざらじゃない。
差し出された彼女の唇に、自分の唇を重ねた。
とはいえ、しっかり舌を絡めあってキスして、他のところもキスしたり触ってあげたりして……
なんていうほどの愛を確かめる時間がないのは、お互いよくわかっている。
それにお互い密着しちゃってるわけで。
何か妙なこと疑われたんじゃ、俺も気分が悪い。
ドレスにしっかりとしわができる前に、名残惜しくも唇を離した。
「この続きは……また今度ね?このドレスは私のものなんだから」
付き合う中で俺の性的嗜好を知った彼女が、見透かすように笑った。
「そうだな。じゃあ、俺…控え室に戻るわ」
「うん」
背を向けて、ドアの手前。
「これから、いーっぱい、楽しい思い出作ろうね、……あなた」
楽しそうに、でも少しだけ照れくさそうな彼女の声が聞こえる。
俺は「ああ」とだけ答えて、彼女の控え室を後にした。