クリスマスなんて、無ければいいんじゃないかなぁ、と、思う。  
 割と毎年、そう思う。  
 特にイブの一週間前あたりからは、周りの人が皆幸せそうで、一緒に幸せする相手のい  
ない自分が、物凄くかわいそうになってくる。  
 独り身の哀れな男達が集って祝うクリスマスパーティーにすら、隆人は誘ってもらった事が無かった。  
 職場で嫌われていると言う事は無いと思う。バレンタインデーには、手作りチョコをも  
らえた事だってちゃんとある。飲みに行こうと誘われるし、自分から誘うこともある。  
 それなのにクリスマスには、誰も彼も隆人の存在を無い物のように扱って、誰も構ってくれなかった。  
 デパートの巨大なクリスマスツリーや、ショーウィーンドーの小さなツリー。街をキラ  
キラに彩るイルイネーションも凄く綺麗で、隆人はそれを見るのが毎年大好きだったりも  
するのだが、孤独がその喜びを半減させていた。  
「寂しい……孤独で死にそう」  
 ウサギか、僕は。  
 自分の言葉に自分で突っ込む。これ程に虚しい行為が他にあるだろうか。隆人は隙間風  
の容赦ないボロアパートの一室で、ひしひしと孤独を感じていた。  
 身も心も寒々しい隆人の世界で、小さな炬燵だけが何処までも暖かい。肩まで身をうずめれば、  
なんと心休まる事か。  
 このまま目を閉じて眠ってしまえば、目覚めればクリスマス当日である。日本のクリス  
マスはイブが本番のような所があるから、今日を乗り切れば身を切る孤独にさいなまれる  
シーズンと再び一年間おさらばできる。  
 さようならサンタクロース。さようなら七面鳥。さようなら溢れかえるバカップル。  
 
 不意に、玄関が開く音がした。鍵をかけ忘れていたせいで、怪しげな宗教の勧誘でも  
入ってきてしまったのか。どこまでも気が滅入る話である。  
「うわぁ、今年は一段とひどいな」  
 シャン。すずの音がする。  
 隆人は丸まるようにして炬燵ぶとんにうずめていた顔をあげ、首を反らせて玄関を見た。  
「や。隆人。久しぶり」  
「……サンタクロース?」  
 真っ赤なコートのサンタクロースが、真っ白いリュックを背負って小粋よく片手を上げた。  
 片手には大手デパートのロゴが入った袋がぶら下がっていて、中の角ばった物体が袋から角を突き出している。  
 デジャヴを覚えた。どこかで見たことのある光景だ。  
「そうそう。クリスマスに哀れな独身男にターキーとシャンパンを配達します、出張サンタ  
の紗希ちゃんでーす」  
「風俗は頼んでない。そこまで僕、落ちてない」  
「風俗に電話かける勇気が無いだけだろ? 掃き溜めに舞い降りた一羽の鶴をせめてもてなせこの独男」  
「僕は今から眠ってクリスマスイブの孤独を乗り切るんだから、邪魔しないでください」  
 真っ赤な風俗サンタから目をそらし、再び炬燵布団に頭を埋める。  
 すると数秒後、隆人は頭に鈍い衝撃を受けて思い切りのけぞった。  
「い、痛い」  
「ターキーショットだ。七面鳥まるまる一羽の衝撃はなかなかに効くだろう」  
「や……誰かと思えば、風俗サンタはさっちゃんでしたか」  
「何度人を風俗扱いすりゃ気がすむんだ。起きろ隆人。ターキーとシャンパンとツリーと  
美女が一度にやってきたんだぞ。もっと喜べ。歓喜しろ」  
 言いながら、紗希が炬燵に小さなクリスマスツリーを置いた。針金でできたもみの木に、  
色とりどりのビーズが煌いている。  
「うわぁ、綺麗ですねぇ」  
「うん、私が作った。もっと褒めると何か出るかもしれない」  
「素晴らしい。ステキだ。才能に溢れてますね」  
 言われるままに褒め湛える。  
 すると紗希はにやりと笑い、真っ白なリュックサックを下ろして中から綺麗にラッピング  
された小箱を取り出した。  
 
「クリスマスプレゼントだ。明日、目が覚めたらツリーの下からもっていって嬉々としてあけるといい」  
 とん、と小箱を小さなツリーの上に置く。  
 隆人はターキーの箱で思い切り殴られた頭をさすりながら、手を触れずにまじまじと箱を見た。  
「なるほど、さっちゃんは今年も恋人ができなかっ――いえ、つくらなかったんですね」  
 紗希の殺意を込めた一睨みに、慌てて表現を柔らかいものにかえる。  
 幼馴染である紗希は、その男勝りな性格が災いして恋愛ごとがどうも上手く運ばない事が多かった。  
 彼氏が出来ても長続きする事はめったに無い。バレンタインデーに彼氏が出来て、クリスマスまで  
関係が持たないのだ。  
 それ故、孤独死しそうな隆人の所にやって来て、哀れな幼馴染を死の淵から救い出す役目を負う事が  
極めて多い。去年も、一昨年も、もちろんその前の年も、紗希はクリスマスなんて嫌いだといじける隆  
人の下にターキーとシャンパンとツリーを持ってやって来ていた。  
「ピザを頼もう。お前はプレゼントを用意して無いだろうから、もちろんこれは隆人のおごりになる」  
「折角だからチキンもデリバリーです。ケーキが無いのが残念だ」  
「ターキーにロウソクを指せばケーキ気分に……」  
「少なくとも僕はなりません」  
「想像力が足りない奴だな。サンタさんが怒るぞ」  
 本物のサンタに怒られるのと、今まさに宅配ピザに電話せんとしている風俗サンタに怒られるのと、  
どちらが恐ろしいかは考えるなでもないだろう。  
 隆人も携帯電話に手を伸ばし、チキンを買い求める客でてんてこまいの店に嫌がらせのような  
宅配の電話をかけた。  
 
「ようし。じゃあ。えー、ごほん」  
 クリスマスの夜にあっちこっちへ駆けずり回る、哀れな宅配スタッフからピザとチキンを受け取って、  
パーティーの準備が整った。  
 紗希がシャンパンの栓を軽やかな音を立てて引っこ抜き、ワイングラスに琥珀色の液体をなみなみとそそぐ。  
 わざとらしく咳払いしてグラスを掲げ、紗希がにやりと口角を持ち上げた。  
「メリークリスマス!」  
「メリークリスマス」  
 キン、と音を立ててグラスを交わすと、シャンパンがこぼれて指をぬらした。  
 構わずお互いにグラスを傾け、中身を一気に流し込む。炭酸がしゅわしゅわと口と喉を刺激して、  
二人はしばらく声も無く身悶えた。  
「かー! うめぇ!」  
「さっちゃん……おっさんくさい……」  
「もう一杯もう一杯」  
 聞く耳持たない先に苦笑いを浮かべ、隆人は紗希が持ち込んだターキーに手を伸ばした。  
 無理やり突き刺さっているロウソクが滑稽である。  
 すっかり冷たくなったターキーに、手と口を油でベタベタにしながらかぶりつくと、  
紗希が大声で文句を言った。  
「ばか! それは飾りだ! 食いもんじゃない!」  
「何をおっしゃる。立派な食物です。生命です。ありがたや、ありがたや」  
「おいしいか?」  
「そこそこです。冷たいからそれなりです」  
 紗希が胡散臭そうに隆人を睨み、それならばとためらいがちに手を伸ばす。  
 足の肉をむしりとってかぶりつくと、紗希は嫌そうに顔を顰めた。  
「……まぁ、そこそこだよな」  
「だからそれなりだと」  
 紗希がぶつぶつと文句を言いながら、足を一本平らげて宅配のチキンに手を伸ばす。  
こちらはまだ暖かい。  
 隆人も足を平らげると、熱々のピザに手を伸ばした。  
「チーズがたっぷり。カロリーの権化」  
「お前のその性格何とかした方がいいとおもうぞ」  
「今さっちゃんが食べてるチキンは、トランス脂肪酸の塊です」  
 肩に紗希の強力な拳骨が飛んだ。ピザを持ったまま鈍痛に身悶える。  
 
「クリスマスなんだ! いいじゃないかちょっと体に悪くても! いいじゃないか!」  
「だれも悪いなんて言ってないじゃないですか。あぁ、痛い! さっちゃん、そこ痛い!」  
 新たな快感に目覚めてしまいそうである。  
 紗希はひとしきり隆人を殴ると、満足したのか再びチキンにかじりついた。  
 ほっと一息ついて、あぁ、クリスマスっていいなぁ、と思う。  
 隆人は、ほんの数時間前までクリスマスを呪っていた自分を忘れ、友人とのクリスマスを満喫していた。  
 先ほど紗希が言ったとおりだ。  
 美女かどうかはともかくとして、とにかく友人と料理とツリーとプレゼントがここにある。  
これ以上のクリスマスが果たして存在するだろうか。  
隆人には想像できなかった。  
「クリスマスって、いいですねぇ……」  
「うん。キリストとかどうでもいいけどな」  
 紗希がこの上なく日本人的な事を言う。  
 二人は男同士のようにげらげらと笑いあい、存分にクリスマスを楽しんだ。  
 
 隆人がクリスマスに誰にも誘ってもらえない理由は、紗希と過ごしたクリスマスを職場でさも  
楽しそうに話すせいだと隆人が気づくのは、まだずっと先の話。  
 
                               おわり  
 

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