「恵まれない子供達に暖かいクリスマスをー…」
街中に募金集めをしている声が響く。
今年はベージュのロングコートを着たまじめそうな女の子が箱を持っていた。
毎年毎年よくやるが、ホワイトリングの件もあったり実際に"子供達"まで金が行くのか疑わしいものである。
いくら出るバイトなのかね、頭に雪積もらせて、これで倒れたら―――
と、
目の前で女の子が倒れた。
俺とその子を残して人ごみは流れてゆく。ジロジロと女の子と俺とを見比べて。
これは俺が介抱せねばならないのか?
そういう雰囲気なのか?
周りの目線がそういう空気をつくっている気がする。
あーあー、わかりましたよ。
女の子に近づくと、小さく肩で息をしていた。
顔が赤く火照っている。風邪をひいているのに長い間外で募金していて悪化した、という所だろうな。
お姫様抱っこで我が愛馬であるトライクまで運んだ。後部座席に跨らせて腕を俺の腰に回させる。
安全運転で速やかに家に帰ろう。
アパートに戻ると直ぐに女の子をベッドに寝かせて風呂に湯を張り、ストーブを点けた。
躊躇いもなく服を脱がせる。
華奢な体に白い肌。首筋や胸元、内股には桜の花弁が散っていて、俺の心を痛ませた。
濡れ冷えた体を乾いたタオルで拭き、パーカーを着せて布団を掛けてやる。
ふと女の子が持っていた募金箱に目を遣る。
逆さにして振ってみれば、一番大きな玉が一枚、二番目に大きな玉が五枚、穴のあいた銀の玉が八枚転がった。
1400円。
雪の中一日中ああやって立ってて、風邪ひいてこれか。
一番恵まれてないのはこの子だろうに。
もし雇い主がいるのなら是非一言言ってやりたいね。
湯が溜まったアラームが鳴り、蛇口を締めて戻ると女の子が目を開けてこっちを見ていた。
「具合、どう」
「ええと……大分良いです」
「そりゃよかった。お湯張ってあるから、温まっておいで」
俺はよく"人懐っこい顔をしている"と言われる。前の彼女からは"あなたの笑顔に誰もが騙される"と言われた事がある。
そんな笑顔で女の子に接する。
誰もが俺を警戒しない。
それはこの子も例外ではなかった。
布団から出た女の子は自分が下着の上にはパーカー一枚しか身に着けていないことに気付いた。
「ロングコートは窓際に。元々着ていた服は今乾燥機にいれてるから」
女の子は何故か不思議そうな顔をしながら脱衣場に入って行った。
今時の女の子は知らない男に半裸を晒しても恥じらわないのか。
溜め息をついた俺はストーブの前に椅子を寄せて腰掛けた。
シャワーの湯が風呂場の床を叩く音が響いている。
目を閉じればいつも悲しい事が思い出されるのに、思い出して後悔するのに、
それでもついつい目を閉じてしまうのは彼女の事を忘れたくないからだろうか。
俺は何時の間にか微睡み、深く寝入ってしまっていた。
「あの……起きて下さい…」
女の子に揺すられて目を覚ます。
乾いた涙が瞼に張り付いて不快感を出していた。
「お風呂…頂きました。ありがとうございます」
「しっかり温まったかい?」
「ええ…」
女の子はさっき俺が着せたパーカーを着ているが、下は何も穿いていなかった。
「あ、ごめんね…寒いよねぇ」
苦笑して箪笥を漁る。
スウェットの上下とアイツが穿いてたショーツが出てきた。
「下着……洗ってはあるから、綺麗だから。自分のが乾くまでこれで我慢してくれないか?」
女の子は訝しげな顔で受け取った。
「いや、別に変な趣味とかじゃなくて、元カノが置いてったやつだからさ」
「そうですか…てっきり女装趣味がある人かと」
笑いながらショーツに足を通す。
この子は風俗嬢か何かだろうか?
初めて会った人に肌を平気で晒す、
男の前で着替える、
首筋の……
…まぁ、関係の無いことだ。余計な詮索はすまい。
「コーヒー煎れるから、くつろいでてもらって構わないよ」
「ありがとうございます…」
パイプベッドが軋む音がした。
女の子は名前を、幹使 詩貴美 と名乗った。
舌を噛みそうな名前である。偽名か源氏名だろうか。
「あなたは…」
「好きに呼んでくれ」
「……泣き虫、さん?」
クスクスと笑いながら詩貴美は言った。
「寝てる人の顔を観察するのは良くないぞ」
「ボロボロ泣いてましたね。嫌な思い出ですか?昔の女ですか?」
「君が知る事じゃない」
空気が悪い。タバコを吸うために俺は外に出ようとした。
「何か買ってくる。欲しいものはあるか?」
「こんどーむ」
「………他には」
「ない」
「コンドームなんか何に使うんだ?」
「セックス」
深くは問うまい。家出少女が何して生きようが知ったこっちゃない。
「的場だ」
「……え?」
「的場斗真だ」
上から読んでも下から読んでも同じこの名前が、俺は大嫌いだった。
「上から読んでも下から読んでも同じですね」
またクスクスと笑う。
「君も同じだろうが」
そう言った時、詩貴美は少し嫌な顔をした。
君も俺と同じだろうが。
重い鉄扉を開けると、外は吹雪いていた。
コンビニでコンドームと卵、牛乳を買った帰り道。
「よう」
吹雪の中、友達に会った。
白いスーツ上下にクリーム色のジャケット。
加えて比喩じゃなく髪も白に染まっている。今こいつと雪合戦したら勝てそうにない。
「さっきはいいもの見せてもらったよ」
さっき?
「お前が女をテイクアウトするとはな」
満面の笑みだった。
「見てたのか」
「たまたま居合わせただけだ」
「なんで手伝ってくれなかった?」
「乗り気じゃなかったんでね……大和以外の女には手出さないんじゃなかったか?」
俺はこいつ以上に嫌な奴を知らない。
こいつは嫌な奴一年分だ。これ以上は要らない。
「手出してねぇよ」
「袋ん中の小箱は何だ?」
「知らん。あの子が所望しただけだ」
急に肩を組まれ、耳元で囁かれる。
「自分に正直になるのも大事だ。何時までも過去に縋ってるわけにもいかないだろう」
「縋ってない」
「忘れろとは言わないさ。だが何も行動出来なくなる前に振り切れよ」
「君に言われなくてもわかっている」
ならいい、と彼は雪の中に消えていった。
白い嫌な奴はすぐに見えなくなった。
"寒漆"
アパートの階段を上りながら、まだ少ししか吸っていないタバコを雪の中に放り投げた。
「ただいまーぁーっと」
玄関の扉を開くと暖かい空気が洩れだしてくる。
「誰かが部屋に居てくれるってのはいいもんだねぇ」
「……そうですか?」
「しーちゃんは違うのかい?」
詩貴美はストーブの前で携帯を弄っている。
「私は両親ともいつも家に居ないので…あと、その呼び方は…」
「嫌だったらごめんよ。ホラ」
冷たくなったビニール袋からこれまた冷たくなったコンドームの小箱を詩貴美に渡す。
「今からするんですか?」
詩貴美は携帯をパタンと折り畳むと、パーカーの裾に手を掛け言った。
「は?」
「セックス。したいんでしょ?」
勿論俺はそんなつもりでこの少女をお持ち帰りしたのではないし、そんなつもりでコンドームを購入したのではない。
「いや、俺は……とりあえず、服乾いてるから着ておこうか」
「しないんですか?」
悪いが女の子が男を陥とす武器である下からの見上げも俺には効かない。
「話が見えないよ。俺は君を拾って来ただけで、まだ何も話しちゃいない」
脱衣場に行って乾燥機の蓋を開ける。
入れた時はよく見てなかったが、どこかの学校の制服のようだ。
身元の分からない未成年が成人の部屋に居るのは宜しくない。非常に宜しくない。
話を聞いたらさっさと帰っていただかなければ。
と、後ろから抱きつかれた。
腹に腕をまわされる。何も着ていない。
「小学生じゃないんだから、じっと待つってのは出来ないのかな?」
腰から全裸の女の子をぶら下げたまま暖かい居間に戻る。
「お願い。私とセックスして下さい」
「……わっかんねーなぁ…何でそんなにセックスにこだわるんだ?」
「セックスすれば大抵はワガママ聞いてくれるから」
言いながら、詩貴美はキスをせがんできた。
落ち着きのない娘だ。